【基礎 物理】Module 3: 古典力学Ⅱ:仕事、エネルギー、運動量
【本モジュールの学習目標】
Module 2では、ニュートンの運動方程式という、いわば「微分的」な視点から、ある瞬間の力と加速度の関係を追跡することで物体の運動を解明しました。このアプローチは力学の根幹ですが、力が複雑に変化する場合や、多数の物体からなる系を扱う際には、より大局的で強力な視点が必要となります。このモジュールでは、物理学における二つの至高の概念、「エネルギー」と「運動量」を導入します。これらは、自然現象の前後を貫く「保存則」という形で、力学に新たな光を当てます。まず、運動方程式を積分することで導かれる仕事とエネルギーの関係を学び、特定の条件下で力学的エネルギーが保存されることを見ます。次に、衝突現象などを鮮やかに解き明かす運動量保存則を確立します。最後に、これらの強力な分析ツールを用いて、物理学で繰り返し登場する二つの典型的な運動、円運動と単振動を徹底的に解析します。このモジュールを終えるとき、あなたは力学の問題を、力の視点だけでなく、エネルギーと運動量という二つの異なる、そしてより高い視点から自在に分析する能力を手にしているでしょう。
1. 仕事とエネルギー:力学の新しい視点
運動方程式は、運動の「プロセス」を詳細に追跡しますが、「エネルギー」という概念は、運動の「始状態」と「終状態」を直接結びつけ、その間に何が起こったのかを教えてくれる、いわば会計帳簿のような役割を果たします。その導入として、まず「仕事」という物理量を厳密に定義します。
1.1. 仕事(Work)の物理的定義
- 日常用語との違い
- 日常で「仕事」というと、勉強や労働など、精神的・肉体的な労力を指しますが、物理学における「仕事」は、より限定的かつ定量的に定義されます。重い荷物を持ってじっと立っているだけでは、疲労はしますが物理学的な仕事は「ゼロ」です。
- 仕事の定義
- ある物体に一定の力 F を加え続け、物体が変位 x だけ移動したとき、力 F が物体にした仕事 W は、力と変位の内積で定義されます。W=F
⋅x
=∣F
∣∣x
∣cosθ
- ここで、θ は力 F
の向きと変位 x
の向きがなす角度です。
- この定義の本質は、「物体を動かした方向の力の成分」 × 「移動距離」ということです。力の成分 Fcosθ が、実際に物体を距離 x だけ動かすのに貢献した部分と解釈できます。
- 仕事は向きを持たないスカラー量であり、単位はエネルギーと同じ**ジュール(J)**です。(1 J=1 N⋅m)
- ある物体に一定の力 F を加え続け、物体が変位 x だけ移動したとき、力 F が物体にした仕事 W は、力と変位の内積で定義されます。W=F
- 仕事の正負
- 仕事には符号があり、その物理的意味は非常に重要です。
- W>0(正の仕事): 0∘≤θ<90∘ の場合。力が物体の運動を「助ける」向きに働いたことを意味します。物体はエネルギーを受け取り、速くなる傾向があります。
- W<0(負の仕事): 90∘<θ≤180∘ の場合。力が物体の運動を「妨げる」向きに働いたことを意味します。物体はエネルギーを奪われ、遅くなる傾向があります。動摩擦力がする仕事は常に負です。
- W=0(仕事がゼロ):
- 力がゼロ(F=0)の場合。
- 変位がゼロ(x=0)の場合。
- 力と変位の向きが垂直(θ=90∘)の場合。これは非常に重要で、例えば円運動における向心力は、常に速度と垂直なため、仕事をしません。
- 力が変化する場合の仕事
- 力が一定でない場合(ばねの弾性力など)の仕事は、F-xグラフ(縦軸に力のx成分、横軸に変位x)を描いたときの、グラフとx軸が囲む面積として求められます。これは、力を微小な区間で積分することに相当します。W=∫x1x2F(x)dx
1.2. 仕事率(Power):仕事の効率
- 仕事率の定義
- 同じ量の仕事をするにも、短時間で終えるか長時間かけるかで、その「能率」は異なります。この単位時間あたりにする仕事の量を仕事率と呼びます。
- 単位時間 Δt の間に仕事 W がされたとき、平均の仕事率 Pˉ は、Pˉ=ΔtW
- 瞬間の仕事率
- ある瞬間における仕事率は、Δt→0 の極限で定義され、P=dtdW
- 仕事 W=Fx (力が一定で変位と同じ向きの場合)を代入すると、P=dtd(Fx)=Fdtdx=Fv となります。
- より一般的には、力 F と速度 v の内積で与えられます。P=F
⋅v
- 単位
- 仕事率の単位は**ワット(W)**です。(1 W=1 J/s)
1.3. 運動エネルギー(Kinetic Energy):運動がもつエネルギー
- エネルギーの概念
- エネルギーとは、物体が仕事をする能力(The ability to do work)と定義される、非常に抽象的で根源的な物理量です。
- エネルギーには様々な形態(運動、熱、光、化学、核など)がありますが、力学ではまず運動に伴うエネルギーを考えます。
- 運動エネルギーの定義
- 質量 m の物体が速さ v で運動しているとき、その物体が持つエネルギーを運動エネルギーと呼び、記号 K または Ek で表します。K=21mv2
- 特徴
- 速さ v の2乗に比例し、質量 m に比例します。
- 速さが2倍になれば、運動エネルギーは4倍になります。
- 運動エネルギーは常に0以上の値をとるスカラー量です。
1.4. 仕事とエネルギーの原理:運動方程式からの導出と意味
「仕事」と「運動エネルギー」という二つの概念は、実は運動方程式を介して固く結びついています。この関係を仕事とエネルギーの原理(または仕事と運動エネルギーの定理)と呼びます。
- 原理の導出
- 質量 m の物体に一定の力 F が働き、距離 x だけ移動して速さが v0 から v に変化した状況を考えます。
- 運動方程式は F=ma。
- 等加速度直線運動の公式(時間を含まない式)は v2−v02=2ax。
- この公式の a に、運動方程式から得られる a=F/m を代入します。v2−v02=2(mF)x
- 両辺に 21m を掛けて整理すると、21mv2−21mv02=Fx
- 原理の主張
- 左辺は「運動エネルギーの変化 (ΔK)」、右辺は「物体がされた仕事 (W)」です。
- したがって、この原理は以下のように述べられます。物体にされた仕事は、その物体の運動エネルギーの変化に等しい。Wtotal=ΔK=Kあと−Kまえ
- Wtotal は、物体に働く**すべての力(合力)**がした仕事の合計です。
- 仕事とエネルギーの原理の重要性
- この原理は、ニュートンの第2法則を積分し、視点を変えたものに他なりません。
- 力の詳細な時間変化や、運動の途中の経路を知らなくても、始状態と終状態の速さ(運動エネルギー)と、その間にされた仕事さえ分かれば、力学的な関係を論じることができます。これにより、多くの問題が劇的に簡単になります。
2. 位置エネルギーと力学的エネルギー保存則
仕事とエネルギーの原理はすべての力について成り立ちますが、力の種類によっては、エネルギーを「蓄える」ことができます。この蓄えられたエネルギーが「位置エネルギー」であり、この概念を導入することで、物理学で最も強力な法則の一つである「力学的エネルギー保存則」が導かれます。
2.1. 保存力と非保存力:エネルギーを蓄えられる力
物体に仕事をする力を、その性質によって2種類に大別します。
- 保存力 (Conservative Force)
- 定義: その力が物体にする仕事が、途中の経路によらず、始点と終点の位置だけで決まる力。
- 特徴:
- 物体が一周して元の位置に戻ってきたとき、保存力がする仕事は常にゼロになります。
- この力がした仕事は、位置エネルギーという形で物体(と地球などからなる系)に蓄えられ、後で運動エネルギーとして取り出すことができます。エネルギーが「保存」される所以です。
- 例: 重力、弾性力(ばねの力)、万有引力、静電気力。
- 非保存力 (Non-conservative Force)
- 定義: その力が物体にする仕事が、途中の経路に依存する力。
- 特徴:
- 物体が一周して元の位置に戻ってきたとき、仕事は一般にゼロになりません。
- この力がした仕事は、主に熱エネルギーや音エネルギーなどに変換され、散逸してしまいます。元の運動エネルギーとして完全に取り戻すことはできません。
- 例: 摩擦力、空気抵抗、人が押したり引いたりする力。
2.2. 位置エネルギー(Potential Energy)の導入
- 位置エネルギーの定義
- 位置エネルギー U は、保存力に逆らって仕事をすることで、系に蓄えられるエネルギーと定義されます。
- より厳密な定義は、ある基準点から物体をある位置まで移動させる間に、保存力がした仕事 Wc の符号を逆にしたものです。ΔU=Uあと−Uまえ=−Wc
- なぜマイナス符号がつくのか?:例えば、物体をゆっくり持ち上げる場合、重力(保存力)は下向きに負の仕事をしますが、系の位置エネルギーは増加します。このように、保存力がする仕事と位置エネルギーの変化は、常に符号が逆の関係にあるためです。
- 基準点の任意性
- 位置エネルギーで重要なのは、その**差(変化量)**です。位置エネルギーの絶対値そのものには物理的な意味はありません。
- したがって、どこを位置エネルギーの基準点(U=0 となる点)にするかは、問題を解く上で都合の良いように任意に選ぶことができます。通常は、地面やばねの自然長の位置を基準とします。
2.3. 重力による位置エネルギー
- 導出: 質量 m の物体を、基準点(y=0)から高さ y までゆっくりと持ち上げることを考えます。
- このとき、重力 mg は鉛直下向きに働き、変位は上向きに y です。
- 重力がした仕事 Wg は、Wg=(mg)(y)cos(180∘)=−mgy。
- 位置エネルギーの定義より、Ug(y)−Ug(0)=−Wg=−(−mgy)=mgy。
- 基準点 y=0 で Ug(0)=0 と定めると、Ug=mgy
- y は基準点からの高さです。
2.4. 弾性力による位置エネルギー
- 導出: ばね定数 k のばねを、自然長の位置(x=0)から x だけ伸ばす(または縮める)ことを考えます。
- ばねの弾性力は F=−kx (フックの法則)と、変位と逆向きに働きます。力が一定ではないため、仕事の計算には積分(またはF-xグラフの面積)が必要です。
- 弾性力がした仕事 We は、F-xグラフ(傾き-kの直線)の面積として、We=∫0x(−kx)dx=[−21kx2]0x=−21kx2
- 位置エネルギーの定義より、Ue(x)−Ue(0)=−We=−(−21kx2)=21kx2。
- 基準点 x=0 で Ue(0)=0 と定めると、Ue=21kx2
- x はばねの自然長からの伸びまたは縮みです。2乗なので、伸びても縮んでも位置エネルギーは蓄えられます。
2.5. 力学的エネルギー保存則:物理学における最も重要な原理の一つ
- 力学的エネルギーの定義
- 運動エネルギー K と位置エネルギー U の和を、力学的エネルギー E と呼びます。E=K+U=21mv2+U
- 保存則の導出
- 仕事とエネルギーの原理 Wtotal=ΔK から出発します。
- 物体に働く力を保存力 (Fc) と非保存力 (Fnc) に分け、それぞれの仕事も Wc, Wnc とします。Wtotal=Wc+Wnc
- よって、Wc+Wnc=ΔK。
- ここで、位置エネルギーの定義 Wc=−ΔU を代入すると、−ΔU+Wnc=ΔK
- 移項して整理すると、Wnc=ΔK+ΔU=Δ(K+U)=ΔE
- 法則の主張
- この最後の式は、「非保存力がした仕事は、力学的エネルギーの変化量に等しい」という、より一般化されたエネルギー原理です。
- ここから、もし非保存力が仕事をしない(Wnc=0)、すなわち摩擦や空気抵抗などが無視できる状況であれば、ΔE=0⇔Eあと=Eまえ
- これが力学的エネルギー保存則です。物体に働く力が保存力のみ(または非保存力が仕事をしない)場合、その物体の力学的エネルギーは一定に保たれる。
- 保存則の威力
- この法則は、系の「前」と「後」の状態を比較するだけで、途中の複雑な運動の詳細を一切知ることなく、速さや高さを求めることを可能にします。
- 力学の問題を解く際、まず「力学的エネルギーは保存されるか?」を自問する習慣は、極めて有効な戦略です。
2.6. 非保存力が仕事をする場合:エネルギーの散逸
- 現実の世界では、摩擦や空気抵抗といった非保存力が仕事をすることがほとんどです。
- この場合、力学的エネルギーは保存されず、その変化量は非保存力がした仕事に等しくなります。Eあと−Eまえ=Wnc
- 動摩擦力や空気抵抗がする仕事は常に負 (Wnc<0) なので、力学的エネルギーは減少し、その分が熱エネルギーなどに変換されます。これを**エネルギーの散逸(dissipation)**と呼びます。
- エネルギーは無くなったり創られたりするわけではなく、ただ形態を変えるだけです。熱エネルギーなども含めた全エネルギーは常に保存される、というのがより普遍的な「エネルギー保存則」です。
3. 運動量保存則と衝突現象
エネルギー保存則と並び立つ、もう一つの偉大な保存則が「運動量保存則」です。この法則は、特に複数の物体が相互に力を及ぼしあう系、とりわけ衝突や分裂といった現象の解析に絶大な威力を発揮します。
3.1. 運動量保存則の導出と本質
- 復習:運動量と力積の関係
- Module 2で学んだように、物体が受けた力積 I は、その物体の運動量の変化 Δp に等しい。I
=Δp
- Module 2で学んだように、物体が受けた力積 I は、その物体の運動量の変化 Δp に等しい。I
- 内力と外力
- 複数の物体からなる系(システム)を考えるとき、力を2種類に分類します。
- 内力 (Internal Force): 系内の物体同士が相互に及ぼしあう力。作用・反作用の法則に従うペアになっています。
- 外力 (External Force): 系の外から系内の物体に働く力。重力や外部からの接触力など。
- 複数の物体からなる系(システム)を考えるとき、力を2種類に分類します。
- 保存則の導出
- 物体Aと物体Bからなる系を考えます。衝突のように、2物体が内力(F
AB と F
BA)を及ぼしあうが、外力は働かないか、無視できるとします。
- 作用・反作用の法則より、F
AB=−F
BA。
- 衝突時間 Δt の間に及ぼしあう力積を考えると、F
ABΔt=−F
BAΔt、すなわち I
AB=−I
BA。
- 各物体の運動量の変化は、
- Δp
A=I
AB
- Δp
B=I
BA
- Δp
- したがって、ΔpA=−ΔpB、これを移項すると、Δp
A+Δp
B=0
⇔Δ(p
A+p
B)=0
- 物体Aと物体Bからなる系を考えます。衝突のように、2物体が内力(F
- 法則の主張
- Δ(p
A+p
B) がゼロということは、系全体の全運動量 P
=p
A+p
B が変化しない、すなわち保存されることを意味します。ある系に働く外力の合力がゼロ(またはある方向の成分がゼロ)ならば、その系の全運動量(またはその方向の成分)は一定に保たれる。P
まえ=P
あと
- Δ(p
- 法則の本質
- 運動量保存則は、ニュートンの第3法則(作用・反作用の法則)の直接的な帰結です。
- この法則はベクトルの保存則であるため、平面衝突などの場合は、x成分とy成分でそれぞれ保存則の式を立てることができます。
3.2. 衝突問題への応用
衝突問題では、通常、以下の2つの保存則を連立させて解きます。
- 運動量保存則: 衝突の前後で、系の全運動量は常に保存される(衝突の間に働く力は内力と見なせるため)。
- エネルギーの関係: 衝突の種類によって、力学的エネルギーが保存されるかどうかが変わります。
3.3. 反発係数(はねかえり係数):衝突の種類を定量化する
- 定義
- 物体の「はねかえりやすさ」の度合いを示す無次元量で、記号 e で表されます。
- 2物体が直線上で衝突する場合、衝突後の相対速度の大きさを、衝突前の相対速度の大きさで割った値として定義されます。e=∣v1−v2∣∣v1′−v2′∣=−v1−v2v1′−v2′
- v1,v2 は衝突前の速度、v1′,v2′ は衝突後の速度です。マイナス符号は、衝突後は相対速度の向きが逆転することを考慮して、eが正の値になるように付けられています。
- 値の範囲: 0≤e≤1
- e の値は、衝突する物体の材質や形状によって決まります。
3.4. 弾性衝突と非弾性衝突
反発係数 e の値によって、衝突は以下のように分類されます。
- 弾性衝突 (Elastic Collision) : e=1
- 定義: 反発係数が1の、最もよくはねかえる理想的な衝突。
- 特徴:
- 運動量保存則が成り立つ。
- 力学的エネルギー保存則も成り立つ。
- 問題では、「弾性衝突する」という記述があれば、運動量と力学的エネルギーの2つの保存則を連立できます。
- 非弾性衝突 (Inelastic Collision) : 0≤e<1
- 定義: 反発係数が1未満の、現実の多くの衝突。
- 特徴:
- 運動量保存則は成り立つ。
- 衝突の際に、変形や熱、音の発生により、力学的エネルギーは保存されない(減少する)。
- 問題では、運動量保存則と、反発係数の式の2つを連立させて解きます。
- 完全非弾性衝突 (Perfectly Inelastic Collision) : e=0
- 定義: 反発係数が0の、最もはねかえらない衝突。
- 特徴: 衝突後、2つの物体は一体となって同じ速度で運動します(v1′=v2′)。
- 力学的エネルギーの損失が最も大きくなります。
4. 特殊な運動の力学Ⅰ:円運動
円運動は、自然界(惑星の公転)から人工物(回転機械)まで、至る所で見られる基本的な運動です。その解析は、力学の重要な応用例です。
4.1. 円運動の運動学:角速度と加速度
- 等速円運動: 速さが一定の円運動。ただし、速度(ベクトル)は常に向きを変えているため、加速度運動です。
- 角速度 (Angular Velocity) ω:
- 単位時間あたりに回転する角度。単位は [rad/s](ラジアン毎秒)。
- 速さ v、半径 r との関係は、弧の長さの関係から v=rω。
- 周期 (Period) T と回転数 (Frequency) f:
- 周期 T: 1回転にかかる時間 [s]。T=v2πr=ω2π。
- 回転数 f: 1秒あたりの回転数 [Hz]。f=T1。
- 加速度 (Acceleration) a:
- 円運動の加速度は、常に円の中心を向いています。
- その大きさは、速度ベクトルの変化を幾何学的に考察することで導かれ、a=rv2=rω2
4.2. 向心力(Centripetal Force):円運動の原因となる力
- 向心力の定義
- 運動方程式 F
=ma
によれば、加速度が生じるためには必ず力が必要です。
- 円運動では、加速度は常に円の中心を向いているため、物体には常に円の中心方向を向いた合力が働いているはずです。この中心方向を向く合力のことを向心力と呼びます。
- 運動方程式 F
- 極めて重要な注意点
- 向心力という名前の新しい力は存在しません。
- 向心力とは、物体に実際に働いている重力、張力、垂直抗力、摩擦力などの合力が、円運動をさせるために果たしている「役割」の名前です。
- 力を図示する際に、「向心力」を他の力と並べて描いてはいけません。それは力の二重計上になります。
4.3. 円運動の運動方程式
- 円運動の問題を解く手順は、基本的には直線運動と同じですが、座標軸の取り方が異なります。
- 着目物体を決める。
- 物体に働く力をすべて図示する。(重力、張力、垂直抗力など)
- 座標軸を設定する。 円の中心方向を正とする動径方向の軸と、それに垂直な接線方向の軸をとります。
- 力を軸方向に分解する。
- 動径方向について、運動方程式を立てる。m×(加速度)=(中心向きの力の合力)mrv2=Fcenterまたはmrω2=Fcenter
- この方程式で、Fcenter の部分に、図示した力の合力の動径成分を具体的に書き下します。
4.4. 円運動における仕事とエネルギー
- 等速円運動の場合:
- 向心力は常に物体の速度の向きと垂直です。
- したがって、向心力は物体に対して仕事をしません (W=Fxcos(90∘)=0)。
- 仕事とエネルギーの原理より、仕事がゼロなので運動エネルギーは変化しません。これは、速さが一定であるという等速円運動の事実と一致します。
- 非等速円運動の場合:
- 物体が振り子のように円弧上を運動する場合、速さは変化します。
- この場合、向心力(張力と重力の動径成分の合力)は仕事をしませんが、重力が接線方向にも成分を持ち、この成分が仕事をするため、運動エネルギーが変化します。
- このような問題は、円運動の運動方程式と、力学的エネルギー保存則を連立させて解くのが定石です。
4.5. (発展)非等速円運動と観測者から見た力(遠心力)
- 非等速円運動: 糸の先に付けたおもりを鉛直面内で回す場合など、速さが変化する円運動。この場合、接線方向にも加速度が生じます。
- 遠心力 (Centrifugal Force):
- 円運動する物体と一緒に回転する観測者(非慣性系)から見ると、物体には中心と逆向き(外向き)に見かけの力が働いているように感じられます。これが遠心力です。
- 大きさは向心力と同じ mv2/r です。
- 遠心力は、あくまで非慣性系で運動を記述するために導入される慣性力の一種であり、慣性系(静止した観測者)の立場では存在しません。大学入試では、特別な指示がない限り、慣性系に立って向心力の考え方で問題を解くのが基本です。
5. 特殊な運動の力学Ⅱ:単振動
単振動は、ばねに付けられた物体の振動や振り子の揺れなど、ある安定なつり合いの位置を中心とした往復運動の最も基本的なモデルです。波や交流回路など、物理学のあらゆる分野に現れる極めて重要な運動形態です。
5.1. 単振動(SHM)の定義と復元力
- 単振動 (Simple Harmonic Motion) の定義
- 物体が、つり合いの位置からの変位に比例し、常につり合いの位置の方向を向く力を受けて行う往復運動。
- 復元力 (Restoring Force)
- この、物体をつり合いの位置に引き戻そうとする力のことを復元力と呼びます。
- 変位を x とすると、復元力 F は正の定数 k を用いて以下のように表されます。F=−kx
- この式が、単振動の定義式です。マイナス符号は、力が常につり合いの位置(x=0)を向く、すなわち変位 x とは逆向きであることを示しています。
- ばねの弾性力は、まさにこの形の復元力の典型例です。
5.2. 単振動の運動方程式と解
- 運動方程式: ma=−kx
- 加速度 a=dt2d2x を用いて書くと、mdt2d2x=−kx⇔dt2d2x=−(mk)x
- これは2階の線形微分方程式であり、その解(任意の時刻 t での位置 x(t))は三角関数で与えられます。
- 解の形:
- x(t)=Asin(ωt+ϕ) または x(t)=Acos(ωt+ϕ′)
- 振幅 (Amplitude) A: つり合いの位置からの最大の変位。振動の幅を表します。
- 角振動数 (Angular Frequency) ω: 振動の「速さ」を表す量。運動方程式と比較することで、ω=mk
- 角振動数は、ばねの強さ(k)と物体の質量(m)のみで決まります。
- 周期 (Period) T: 1回の振動にかかる時間。T=ω2π=2πkm
- 振動数 (Frequency) f: 1秒あたりの振動回数。 f=1/T。
- 位相 (Phase) (ωt+ϕ): 振動の中での位置(タイミング)を表します。ϕ は初期位相です。
5.3. 単振動のエネルギー保存則
- 単振動の復元力(弾性力など)は保存力であるため、単振動において力学的エネルギーは保存されます。
- 任意の時刻における力学的エネルギー E は、E=K+U=21mv2+21kx2
- この合計値は常に一定に保たれます。
- 振動の中心(x=0): 位置エネルギーがゼロ、運動エネルギーが最大(速さが最大)。E=21mvmax2
- 振動の端(x=±A): 速さがゼロで運動エネルギーがゼロ、位置エネルギーが最大。E=21kA2
- したがって、E=21mv2+21kx2=21kA2=21mvmax2=一定
- このエネルギー保存則は、単振動の速さや振幅を求める際に非常に強力なツールとなります。
5.4. 単振動と等速円運動の関係(射影)
- 一見すると異なる運動に見える単振動と等速円運動には、実は深い関係があります。
- 等速円運動の射影
- xy平面上で角速度 ω の等速円運動をしている点を考えます。
- この点の運動を、x軸上(またはy軸上)に射影した(映した)影の動きを追うと、その影の運動は単振動になります。
- この対応関係を利用すると、単振動の位置、速度、加速度の式を、円運動の幾何学的な関係から直感的に導出することができます。
- これは、単振動という抽象的な運動を、より具体的な円運動のイメージと結びつけて理解するための非常に有効なモデルです。
【Module 3 まとめ】
本モジュールでは、ニュートン力学を「力」の視点から「エネルギー」と「運動量」の視点へと昇華させ、力学現象をより大局的に捉える強力な分析手法を習得しました。
- 仕事とエネルギー: 運動方程式を積分することで、「物体がされた仕事が、運動エネルギーの変化に等しい」という根源的な原理を導きました。さらに、力の種類を保存力と非保存力に分類し、保存力がする仕事から位置エネルギーを定義しました。
- 力学的エネルギー保存則: 非保存力が仕事をしない理想的な状況では、運動エネルギーと位置エネルギーの和である力学的エネルギーが一定に保たれることを見ました。これは物理学における最も重要な保存則の一つであり、力学の問題解決における強力な武器です。
- 運動量保存則: 作用・反作用の法則から、外力が働かない系では全運動量が保存されること(運動量保存則)を導きました。この法則は、力が複雑に働く衝突現象の解析に絶大な威力を発揮し、反発係数と組み合わせることで、様々な衝突を定量的に分析できることを学びました。
- 応用:円運動と単振動: 獲得したエネルギーと運動量の視点も活用しながら、物理学で頻出する二大周期運動を解析しました。
- 円運動では、運動を維持する向心力の正体が既存の力の合力であることを理解し、運動方程式を立てる方法を学びました。
- 単振動では、復元力 F=−kx という定義から運動方程式を立て、その解が周期的な運動になること、そしてその運動の中で力学的エネルギーが保存されることを見ました。
これらの保存則(エネルギー保存則、運動量保存則)は、力学の枠を超えて、電磁気学、熱力学、さらには量子力学や素粒子物理学に至るまで、あらゆる物理法則の根底に流れる普遍的な指導原理です。
次のModule 4「古典力学Ⅲ:回転運動と万有引力」では、これまで扱ってきた「質点」の運動から、大きさを持つ「剛体」の回転運動へと議論を発展させます。そこでは、力のモーメントや角運動量といった、回転の世界におけるエネルギーや運動量のアナロジーが登場します。また、我々を地上に縛り付け、惑星を軌道に留める壮大な力、万有引力についても深く探求していきます。