【基礎 物理】Module 6: 波動
【本モジュールの学習目標】
これまでのモジュールでは、物質粒子そのものが移動する「並進運動」や「回転運動」、そして無数の粒子群の統計的な振る舞いである「熱現象」を扱ってきました。このモジュールでは、物理学のもう一つの主役である**「波動」を探求します。波動とは、物質そのものが移動するのではなく、ある場所で生じた振動という「状態」が、エネルギーを伴って周囲の空間に伝播していく現象です。水面の波、弦を伝わる振動、空気中を伝わる音、そして空間を駆け抜ける光。これら一見すると全く異なる現象が、実は「波」という統一的な概念と、驚くほど共通の法則によって支配されていることを見ます。本モジュールでは、まず波の基本的な性質と、波に特有の現象(重ね合わせ、干渉、回折など)を学び、それらを統一的に説明するホイヘンスの原理を理解します。次に、これらの原理を具体的な波である音波と光波**に応用し、それぞれの性質を深く探求します。特に光については、その粒子と波の二重性の歴史から始め、レンズや鏡による像形成(幾何光学)から、干渉や回折といった波動性の決定的な証拠(波動光学)までを網羅します。このモジュールを終えるとき、あなたは身の回りの世界が、物質の運動だけでなく、エネルギーを運ぶ波で満ち溢れていることを、物理学の眼を通して見ることができるようになるでしょう。
1. 波の基本性質と記述法
まず、あらゆる波に共通する基本的な性質と、その運動を数学的に記述するための言語を学びます。
1.1. 波とは何か:エネルギーを運ぶ「状態」の伝播
- 波の定義: 波とは、**媒質(Medium)**のある一点で生じた振動が、次々と隣の点に伝わっていく現象です。
- エネルギーの伝播: 波が伝わる際、媒質の各部分は、その場で振動しているだけであり、媒質そのものが波と一緒に移動していくわけではありません。波が運んでいるのは、振動のエネルギーと情報です。海の波で、浮き輪が上下に揺れるだけで流されていかないのが良い例です。
- 波源(Wave Source): 最初に振動を始める点のことを波源と呼びます。
- 媒質(Medium): 波を伝える物質のこと。弦、空気、水などがこれにあたります。光や電波のように、媒質を必要としない波も存在します。
1.2. 横波と縦波:媒質の振動方向による分類
波は、媒質の振動方向と波の進行方向の関係によって、2種類に大別されます。
- 横波(Transverse Wave)
- 定義: 媒質の振動方向が、波の進行方向に対して垂直である波。
- 特徴: 山(最も高い部分)と谷(最も低い部分)ができます。
- 例: 弦を伝わる波、光や電波などの電磁波。
- 縦波(Longitudinal Wave / Compressional Wave)
- 定義: 媒質の振動方向が、波の進行方向に対して平行である波。
- 特徴: 媒質が密になっている部分(密部)と、疎になっている部分(疎部)ができます。
- 例: 音波、ばね(コイル)を縦に揺らしたときの波。
1.3. 波を記述する基本量:波長・振動数・周期・速さ
波の形や動きを定量的に表すために、以下の5つの基本量を用います。
- 振幅 (Amplitude) A: 媒質の振動の中心(つり合いの位置)から、最大の変位までの距離 [m]。波のエネルギーの大きさと関係します。
- 波長 (Wavelength) λ: 波一つ分の長さ [m]。空間的な周期性を表し、山から次の山、あるいは密部から次の密部までの距離に相当します。
- 周期 (Period) T: 媒質のある一点が1回振動するのにかかる時間 [s]。時間的な周期性を表します。
- 振動数 (Frequency) f: 媒質のある一点が1秒間に振動する回数 [Hz](ヘルツ)。周期とは逆数の関係にあります (f=1/T)。
- 速さ (Speed) v: 波が単位時間に伝わる距離 [m/s]。波の速さは、媒質の性質(弦の張力や密度、空気の温度など)によって決まります。
- 波の基本式:これらの基本量の間に成り立つ、最も重要で基本的な関係式が以下です。v=fλ
- 意味: 波は、1周期(T)の間に1波長(λ)進むので、速さ v=λ/T。f=1/T を代入すると、この基本式が得られます。この式は、音、光、電磁波など、すべての波に対して普遍的に成り立ちます。
1.4. 波の式:y-xグラフとy-tグラフ
波の運動は、時間と空間の両方で変化するため、その状態を完全に記述するには数式(波の式)を用います。
- y-xグラフとy-tグラフ:
- y-xグラフ: ある特定の時刻における波の形(スナップショット)を表すグラフ。このグラフから波長 λ と振幅 A を読み取れます。
- y-tグラフ: ある特定の場所における媒質の変位の時間変化を表すグラフ。このグラフから周期 T と振幅 A を読み取れます。単振動のグラフと同じ形になります。
- 正弦波の式:波源が単振動する場合に生じる、最も基本的な波の形を正弦波と呼びます。原点(x=0)の媒質が y(0,t)=Asin(T2πt) と振動している場合、そこから距離 x だけ離れた点での振動は、原点の振動が時間 vx だけ遅れて伝わったものと考えられます。
- したがって、位置 x、時刻 t における変位 y(x,t) は、y(x,t)=Asin(T2π(t−vx))
- v=fλ と T=1/f の関係を用いると、この式は様々に書き換えられます。y(x,t)=Asin(2π(Tt−λx))
- この式は、波のすべての情報(振幅、周期、波長、進行方向)を含んでおり、波の運動を完全に記述します。
2. 波の重ね合わせと特有の現象
複数の波が同じ場所で出会ったとき、波は粒子とは全く異なる振る舞いを見せます。これが、波を波たらしめる最も本質的な性質です。
2.1. 重ね合わせの原理
複数の波が同じ媒質中の一点で出会ったとき、その点における合成波の変位は、それぞれの波が単独で存在した場合の変位のベクトル和に等しい。
- つまり、波は互いにすり抜け、影響を与え合うことなく足し算される、という単純な原理です。
- この単純な原理から、干渉やうなり、定常波といった、波に特有の複雑で興味深い現象がすべて生まれます。
2.2. 干渉:波が強め合い、弱め合う現象
- 干渉 (Interference) の定義:二つ以上の波が重なり合った結果、場所によって波が強め合ったり、弱め合ったりする現象。
- 干渉の条件:干渉が安定して観測されるためには、波源の振動数(と波長)が等しく、位相の関係が一定である(コヒーレントな)波である必要があります。
- 強め合い(Constructive Interference):
- 二つの波が、山と山、谷と谷のように、同じ位相で重なるときに起こります。合成波の振幅は、元の波の振幅の和になります。
- 二つの波源からの距離の差(経路差)が、波長の整数倍 (mλ) である場所で起こります。強め合いの条件: ∣L1−L2∣=mλ(m=0,1,2,…)
- 弱め合い(Destructive Interference):
- 二つの波が、山と谷のように、逆の位相で重なるときに起こります。合成波の振幅は、元の波の振幅の差になり、振幅が等しければ完全に打ち消し合って変位がゼロになります。
- 二つの波源からの経路差が、波長の半整数倍 ((m+1/2)λ) である場所で起こります。弱め合いの条件: ∣L1−L2∣=(m+21)λ(m=0,1,2,…)
2.3. 定常波:進まない波
- 定常波 (Standing Wave) の定義:振幅と波長が等しい二つの波が、互いに逆向きに進んで重なり合った結果生じる、その場に止まって振動しているように見える波。
- 腹 (Antinode) と節 (Node):
- 腹: 振幅が最大になる、最も激しく振動する点。
- 節: 全く振動しない、常に変位がゼロの点。
- 腹と腹(または節と節)の間隔は、元の波の波長の半分 (λ/2) です。
- 定常波の形成:定常波は、壁などによる波の反射によって、入射波と反射波が干渉することで容易に生じます。ギターの弦の振動や、気柱の共鳴は、定常波の典型例です。
2.4. 共振・共鳴:振動が劇的に大きくなる現象
- 固有振動数:物体(振り子、弦、ブランコなど)には、それぞれ揺れやすい特定の振動数があり、これを固有振動数と呼びます。
- 共振・共鳴 (Resonance):外部から、物体の固有振動数と等しい振動数で周期的に力を加えると、物体の振幅が非常に大きくなる現象。
- 例:
- 気柱の共鳴: 管の内部に定常波ができ、特定の波長の音だけが強められる現象。管の長さと、開口端(腹)か閉口端(節)かによって、共鳴する波長(振動数)が決まります。
- ブランコをタイミングよく押すと、揺れがどんどん大きくなるのも共振の一例です。
3. 波の伝播と振る舞い
波が異なる媒質の境界に達したり、障害物に遭遇したりしたときに見せる振る舞いを学びます。
3.1. 反射と屈折
- 反射 (Reflection):
- 波が媒質の境界で跳ね返る現象。
- 反射の法則: 入射角(入射波と法線のなす角)と反射角(反射波と法線のなす角)は等しい。
- 位相の変化:
- 自由端反射: 媒質の端が自由に動ける場合。反射波の位相は変わらない(山は山のまま反射)。
- 固定端反射: 媒質の端が固定されている場合。反射波の位相は**πずれる(逆になる)**(山は谷として反射)。
- 屈折 (Refraction):
- 波がある媒質から、波の速さが異なる別の媒質へ入射するとき、境界で進行方向を変える現象。
- 屈折の法則(スネルの法則):媒質1(速さv1, 波長$\lambda_1$, 入射角$\theta_1$)から媒質2(速さv2, 波長$\lambda_2$, 屈折角$\theta_2$)へ進むとき、以下の関係が成り立つ。sinθ2sinθ1=v2v1=λ2λ1=n12
- n12 は、媒質1に対する媒質2の相対屈折率と呼ばれる。振動数 f は、屈折しても変化しないことに注意。
- 屈折は、波の速さが変化することによって起こります。
3.2. 回折:波が障害物の背後に回り込む現象
- 回折 (Diffraction):波が障害物の背後に回り込んだり、隙間を通り抜けた後に広がったりする現象。
- 起こりやすさ:回折は、波長 λ が障害物や隙間の大きさ d と同程度のときに顕著に起こります。(λ≈d)
- 波長が短い波(光など)よりも、波長が長い波(音など)の方が、回折しやすいため、壁の向こうの音が聞こえても、姿は見えないという現象が起こります。
3.3. ホイヘンスの原理:すべての波の振る舞いを説明する統一原理
- オランダの物理学者ホイヘンスが提唱した、波の伝播を説明するための美しい作図原理。波面の各点が、それぞれ新しい波源(素元波)となり、そこから球面波(二次波)が発生する。次の瞬間の新しい波面は、これらの無数の二次波に共通に接する面(包絡面)によって作られる。
- 原理の威力:この一見単純な原理を用いることで、波の直進、反射、屈折、さらには回折といった、すべての波の振る舞いを統一的に、かつ幾何学的に説明・作図することができます。
- 例えば、屈折の法則(スネルの法則)は、ホイヘンスの原理と、媒質によって波の速さが異なるという仮定から、数学的に導出することが可能です。
4. 音波とその性質
これまで学んだ波の一般原理を、具体的な波である「音」に適用します。
4.1. 音の速さ
- 音は、空気などの媒質の密度変化(粗密)が伝わる縦波です。
- 音の速さは、媒質の性質によって決まります。
- 気体中の音速: v=γP/ρ
(γは比熱比, Pは圧力, ρは密度)で与えられ、温度が高いほど速くなります。常温の空気中では約 340 m/s です。
- 一般に、気体 < 液体 < 固体 の順に音速は速くなります。
- 気体中の音速: v=γP/ρ
4.2. 音の3要素:大きさ・高さ・音色
- 音の大きさ (Loudness): 振幅の大きさで決まります。振幅が大きいほど、大きな音になります。
- 音の高さ (Pitch): 振動数で決まります。振動数が高いほど、高い音になります。
- 音色 (Timbre): 波の波形で決まります。同じ高さ・大きさの音でも、ピアノとバイオリンで音が違って聞こえるのは、音波に含まれる倍音(基本振動数の整数倍の振動数の音)の混ざり具合が異なるためです。
4.3. ドップラー効果:音源と観測者の運動による振動数の変化
- ドップラー効果 (Doppler Effect):音源または観測者が運動することにより、観測者が聞く音の振動数が、本来の振動数とは異なって観測される現象。救急車が近づくときはサイレンが高く聞こえ、遠ざかるときは低く聞こえるのが典型例です。
- 原因:音源や観測者が動くことで、観測者が単位時間に受け取る波の数が変化するためです。
- 近づく場合: 波が「圧縮」されたり、波に「追いつく」形になり、振動数が高く観測される。
- 遠ざかる場合: 波が「引き伸ば」されたり、波から「逃げる」形になり、振動数が低く観測される。
- 公式:音速を V、音源の速さを vs、観測者の速さを vo、音源の振動数を f とすると、観測される振動数 f′ は、f′=V−vsV−vof
- この式では、音源から観測者へ向かう向きを正とします。vs と vo には、それぞれの運動方向に応じて正負の符号を付けて代入します。
5. 光学:光の波動性と幾何学的性質
物理学の歴史において、光の本性を巡る議論は、常に中心的なテーマでした。ここでは、光が持つ波としての性質を深く探求します。
5.1. 光の本質と伝播
- 光の粒子説と波動説の歴史的対立:
- 粒子説(ニュートン): 光は微小な粒子の流れである。直進や反射をうまく説明できる。
- 波動説(ホイヘンス): 光は波である。干渉や回折といった、波に特有の現象を説明できる。
- 19世紀にヤングやフレネルが光の干渉・回折を実験的に証明し、波動説が優勢となりました。さらに、マクスウェルは光が電磁波の一種であることを理論的に予言し、波動説は確固たるものとなりました。
- しかし20世紀に入り、光電効果などの現象から、光が粒子のような性質(光子)も持つことが明らかになり、現代物理学では光は粒子と波の二重性を持つと理解されています。
5.2. 光の反射・屈折の法則と全反射
- 光も波の一種なので、反射・屈折の法則に完全に従います。
- 光の屈折率 n:真空中の光速 c に対する、媒質中の光速 v の比を、その媒質の絶対屈折率と呼びます。n=vc
- 屈折率が大きい媒質ほど、光速は遅くなります。
- スネルの法則の屈折率による表現:媒質1(屈折率n1)から媒質2(屈折率n2)へ光が入射する場合、スネルの法則は以下のように書けます。n1sinθ1=n2sinθ2
- 全反射 (Total Internal Reflection):
- 光が、屈折率の大きい媒質から小さい媒質へ入射するとき、入射角を大きくしていくと、屈折角が90°になります。このときの入射角を臨界角 θc と呼びます。
- 入射角が臨界角よりも大きくなると、光はすべて境界面で反射され、屈折して向こう側へは進めなくなります。この現象を全反射と呼びます。
- 光ファイバーは、この全反射の原理を利用して、光信号を効率よく遠くまで伝送しています。
6. 幾何光学:レンズと鏡による像形成
光の波長が、扱う器具(レンズや鏡)の大きさに比べて非常に小さい場合、光の回折を無視して、光が直進する「光線」として扱えます。この近似に基づいた光学を幾何光学と呼びます。
6.1. レンズの基本:凸レンズと凹レンズ
- レンズ: 光の屈折を利用して、光を集めたり発散させたりする光学素子。
- 凸レンズ (Convex Lens): 中央が厚いレンズ。光を集める(収束させる)働きがある。
- 凹レンズ (Concave Lens): 中央が薄いレンズ。光を発散させる働きがある。
- 焦点 (Focal Point):
- 凸レンズ: 光軸に平行な光線が、レンズを通過した後に集まる一点。
- 凹レンズ: 光軸に平行な光線が、レンズを通過した後、あたかもその一点から発散したかのように見える点。
- レンズから焦点までの距離を焦点距離 f と呼びます。
6.2. レンズの公式と倍率
- 光軸上の物体と、それによってできる像の位置関係は、レンズの公式(または写像公式)で与えられます。a1+b1=f1
- a: レンズから物体までの距離
- b: レンズから像までの距離
- f: 焦点距離
- 符号の約束:
- a は常に正。
- b は、実像の場合は正、虚像の場合は負。
- f は、凸レンズの場合は正、凹レンズの場合は負。
- 倍率 (Magnification) m:物体の大きさに対する像の大きさの比。m=a∣b∣
6.3. 実像と虚像
- 実像 (Real Image):レンズを通過した光が、実際にその点に集まってできる像。スクリーンなどに映し出すことができます。
- 虚像 (Virtual Image):レンズを通過した光が発散し、あたかもその点から光が出ているように見える像。光は実際には集まっていないため、スクリーンには映せません。虫眼鏡で物体を拡大して見るときの像は虚像です。
6.4. 鏡(球面鏡)による像形成
- 凹面鏡(光を集める)や凸面鏡(光を発散させる)も、レンズと同様に像を作ります。
- 鏡の場合も、レンズの公式と全く同じ形の公式が成り立ちます。
- 焦点距離 f は、鏡面の曲率半径 R を用いて f=R/2 と表されます。
7. 波動光学:光の波動性の証拠
幾何光学では説明できない、光が波であることの決定的な証拠となる現象を探求します。
7.1. 光の干渉:ヤングの実験
- イギリスの物理学者トマス・ヤングが19世紀初頭に行った、光の波動説を確立した歴史的な実験。
- 実験の概要:単一のスリットを通過させた光を、さらに近接した二つのスリット(複スリット)に通し、その先のスクリーンに映る模様を観察します。
- 結果:スクリーンには、単なる二つの明るい線ではなく、明るい縞(明線)と暗い縞(暗線)が交互に並んだ干渉縞が現れます。
- 解釈:これは、二つのスリットを通過した光が、それぞれ新しい波源となって干渉し、スクリーン上の各点で強め合ったり(明線)、弱め合ったり(暗線)した結果です。この現象は、光が波でなければ絶対に説明できません。
- 明線・暗線の条件:スリット間隔を d、スクリーンまでの距離を L、スクリーン中心からの距離を x とすると、経路差は近似的に dLx と書けます。
- 明線の条件: dLx=mλ(m=0,1,2,…)
- 暗線の条件: dLx=(m+21)λ(m=0,1,2,…)
7.2. 回折格子:多数のスリットによる干渉
- 回折格子 (Diffraction Grating):ガラス板などに、非常にたくさんのスリットを等間隔で平行に刻んだもの。
- 特徴:スリットの数が多いため、多数の光波が干渉し、特定の方向にだけ非常にシャープで明るい明線ができます。
- 明線の条件:スリットの間隔(格子定数)を d、光の進行方向と角度 θ をなす方向の明線は、dsinθ=mλ(m=0,1,2,…)
- 回折格子は、光を波長ごとに分離する能力(スペクトル分析)が高く、天文学や物質科学で広く利用されています。
7.3. 光の回折
- ヤングの実験で、そもそもなぜスリットを通過した光が広がるのか、その原因が回折です。
- 光は波長が非常に短いため、通常は回折が観測されにくいですが、スリットの幅が波長と同程度になると、顕著な回折現象が見られます。
8. 光のさらなる性質
最後に、光が持つ他の重要な波動的性質を学びます。
8.1. 光の分散と虹の原理
- 光の分散 (Dispersion):プリズムなどに白色光(太陽光など)を通すと、光が虹のような色の帯(スペクトル)に分かれる現象。
- 原因:媒質の屈折率 n が、光の波長(色)によってわずかに異なるためです。(n=n(λ))
- 一般に、可視光では、波長が短い紫色の光ほど屈折率が大きく、大きく曲げられます。波長が長い赤色の光は屈折率が小さく、あまり曲げられません。
- 虹の原理:虹は、太陽光が空気中の無数の水滴によって分散・屈折・反射されることで生じる、壮大なスペクトルです。
8.2. 光の偏光:光が横波であることの証拠
- 偏光 (Polarization):特定の方向にだけ振動する光を取り出す、またはそのような光の状態のこと。
- 自然光は、あらゆる方向に振動面を持つ横波の集まりですが、**偏光板(ポラライザ)**というフィルターを通すことで、特定の振動方向の成分だけを通過させることができます。
- 偏光の重要性:縦波は、進行方向にしか振動の自由度がないため、偏光という現象は起こりえません。偏光現象が観測されることこそ、光が横波であることの決定的な証拠です。
- 液晶ディスプレイ(LCD)やサングラス、写真撮影のフィルターなど、偏光は現代技術に広く応用されています。
【Module 6 まとめ】
本モジュールでは、エネルギーと情報を運ぶ波の世界を、その基本原理から具体的な応用まで、広範にわたり探求しました。
- 波の普遍的性質: あらゆる波に共通する概念として、横波・縦波の区別、波を記述する基本量(v=fλ)、そして波の振る舞いを支配する根源的な原理である重ね合わせの原理とホイヘンスの原理を学びました。これらから、干渉、回折、反射、屈折といった、波に特有の現象が生まれることを見ました。
- 音波: 波の原理の具体的な応用として、空気の粗密波である音を扱いました。音の速さや3要素を学び、音源や観測者の運動によって振動数が変化するドップラー効果を解析しました。
- 光の幾何光学: 光を「光線」として近似し、屈折を利用したレンズや反射を利用した鏡によって、どのように像が形成されるかを学びました。レンズの公式は、これらの現象を定量的に扱うための強力なツールです。
- 光の波動光学: 光の本性が波であることを示す決定的な証拠である干渉と回折を、ヤングの実験や回折格子を通して詳しく見ました。これらの現象は、幾何光学の近似を超えた、光のより深い本質を明らかにします。
- 光の複合的な性質: 分散(屈折率の波長依存性)や、光が横波であることの証拠である偏光といった、光が示すさらに豊かな性質を探求しました。
波動の学習を通して、我々は自然を記述するための新しい言語と視点を手に入れました。特に、光の探求は、古典物理学の枠組みに収まらない「粒子と波の二重性」という、現代物理学への扉を開きました。
次のModule 7「電磁気学Ⅰ」では、この光の正体、すなわち「電磁波」とは一体何なのかを理解するための準備として、その源である電気と磁気の世界に足を踏み入れます。まず、静止した電荷が作る静電気学から始め、電気と磁気の現象を支配する法則を一つずつ学んでいきます。