【基礎 地理】Module 10: 地誌Ⅳ:アングロアメリカ・ラテンアメリカ
【本モジュールの学習目標】
Module 9では、近代以降の世界システムを構築し、長らくその中心であり続けた旧大陸、ヨーロッパとロシアを探求しました。このModule 10では、大西洋を渡り、コロンブスによって「発見」された「新大陸」アメリカへと、私たちの思考の旅を進めます。
しかし、この「アメリカ大陸」は、決して一枚岩ではありません。それは、北のアングロアメリカと、南のラテンアメリカという、言語、文化、宗教、歴史、そして経済発展のレベルにおいて、全くと言っていいほど対照的な二つの世界に大別されます。なぜ、同じ新大陸でありながら、これほどまでに異なる運命を辿ったのでしょうか。本モジュールでは、この二つの地域を比較対照しながら、それぞれの地理的特質を深く解き明かしていきます。
まず、アングロアメリカ(アメリカ合衆国、カナダ)では、その広大で体系的な自然環境が、いかにして世界で最も生産性の高い農業地帯(適地適作)を生み出し、世界最大の食料供給基地とならしめたのかを理解します。そして、「人種のるつぼ」から「サラダボウル」へと形容される、世界中から移民を受け入れてきたアメリカ合衆国の多民族社会のダイナミズムと、ラストベルトの衰退からサンベルトの興隆、そしてシリコンバレーのIT産業へと、常に世界の最先端を走り続ける産業構造の劇的な転換を分析します。
次に、舞台を南のラテンアメリカに移します。アンデス山脈やアマゾン川に代表される、地球規模で壮大な多様な自然と、アステカやインカといった高度な先住民文明、そしてその上に重ねられたスペイン・ポルトガルによる過酷な植民地支配の歴史的背景を理解します。そして、多くの国が今なお直面している、プライメイトシティやスラムといった都市問題、累積債務問題、そしてプランテーション農業や資源開発に経済を依存するモノカルチャーからの脱却という、現代的な開発課題を、その構造から考察します。
なぜ「アメリカ」は二つに分断されたのか?その根源を、自然環境、植民地支配のあり方の違い(イギリス型かスペイン・ポルトガル型か)、そして独立後の歴史的経路という、地理的・歴史的な視点から深く掘り下げていくこと。それが、本モジュールの最大のテーマです。
1. 神に祝福された大地?:アングロアメリカの自然と世界最大の農業
アングロアメリカ、とりわけアメリカ合衆国は、その圧倒的な経済力と軍事力で、20世紀以降の世界をリードしてきました。その力の源泉の一つは、疑いようもなく、広大で多様、そして利用しやすい、恵まれた自然環境にあります。
1.1. 広大で体系的な地形
アングロアメリカの地形は、西と東に巨大な山脈が走り、その間に世界最大級の平原が広がるという、極めて単純明快で、体系的な構造をしています。
- 東部:アパラチア山脈と大西洋岸平野
- 大陸の東側には、古期造山帯に属する、なだらかなアパラチア山脈が南北に連なります。長年の侵食で丸みを帯びたこの山脈には、かつてのアメリカの工業化を支えた、豊富な石炭が埋蔵されています。その東麓には、大西洋岸平野が広がります。
- 中央部:世界最大の穀倉地帯、広大な平原群
- アパラチア山脈と、次に述べる西部のロッキー山脈の間には、北米大陸の心臓部ともいえる、広大で平坦な中央平原とグレートプレーンズが広がっています。
- 中央平原: 五大湖の南側に広がるこの地域は、氷河時代に大陸氷河によって運ばれた肥沃な土壌に覆われ、世界で最も生産性の高い農業地帯の一つである**コーンベルト(トウモロコシ地帯)**などが位置します。
- グレートプレーンズ: 中央平原の西側、ロッキー山脈の麓まで広がる、より乾燥した短草草原地帯。企業的な小麦栽培や、大規模な牧畜が行われます。
- ミシシッピ川: この広大な平原を、大陸のほぼ中央を北から南へと貫流するのが、北米最大の大河ミシシッピ川です。その広大な流域は、アメリカの農業生産を支える大動脈であると同時に、重要な内陸水運路としての役割も果たしてきました。
- 西部:険しい新期造山帯
- 大陸の西側には、太平洋プレートが北米プレートに沈み込むことで形成された、新期造山帯の険しい山脈が、何重にもなって南北に連なります。内陸側のロッキー山脈、太平洋岸のカスケード山脈やシエラネバダ山脈などです。
- 環太平洋変動帯に属するため、地震や火山活動が活発で、地形は非常に急峻です。しかしその一方で、銅や金、銀といった、多様な非鉄金属資源の宝庫でもあります。
1.2. 多様な気候と農業への影響
広大な国土は、北極圏のツンドラ気候(ET)から、南端フロリダの熱帯気候(Aw)まで、ほぼ全ての気候帯を含む、気候のショーケースです。
- 南北に障壁のない地形の影響: アングロアメリカの地形の大きな特徴は、東西に山脈が走る一方で、中央の広大な平原には、南北方向の風を遮る地形的な障壁が全くないことです。
- これにより、冬には北極から強烈な**寒気団(ブリザード)**が、夏にはメキシコ湾からの高温多湿な気団が、中央平原を遮るものなく一気に吹き抜けます。この性質の異なる気団が衝突することで、**トルネード(竜巻)**が多発する、世界で最も激しい気象変動が見られる地域の一つとなっています。
- 西経100度線:乾湿を分ける境界線:
- ミシシッピ川の西、グレートプレーンズを南北に走る西経100度線は、おおむね年間降水量500mmのラインと一致し、アメリカの自然と農業の景観を、東西に大きく二分する、極めて重要な地理的境界線です。
- 東側(湿潤アメリカ): 年間降水量が500mmを超え、比較的湿潤。森林が広がり、畑作を中心とした農業が可能です。
- 西側(乾燥アメリカ): 年間降水量が500mm未満で、乾燥・半乾燥。草原や砂漠が広がり、牧畜や、灌漑を利用した農業が中心となります。
1.3. 適地適作:世界最大の食料供給基地
アングロアメリカ、特にアメリカは、その広大な土地と多様な気候条件を最大限に活かし、高度に機械化・資本化された、世界で最も生産性の高い農業大国となりました。その成功の秘訣は、それぞれの地域の自然環境に最も適した作物を、最適な場所で大規模に単一栽培する**「適地適作」**の徹底にあります。
- 主要な農業地帯:
- 酪農地帯: 五大湖沿岸から北東部。冷涼な気候が酪農に適し、また、ニューヨークやボストンを擁する巨大都市群メガロポリスという大消費地に近いという立地条件を活かしています。
- コーンベルト(トウモロコシ地帯): 中央平原に広がる、世界最大の農業地帯。夏の高温と適度な降雨がトウモロコシの栽培に最適。ここで生産されるトウモロコシの多くは、食用ではなく、豚や牛を肥育するための飼料や、近年では自動車燃料となるバイオエタノールの原料として利用されます。
- 小麦地帯: グレートプレーンズ。より降水量が少ない地域で、冬の寒さの程度に応じて、南部の冬小麦地帯(カンザス州など)と、北部の春小麦地帯(ノースダコタ州など)に分かれます。
- 企業的牧畜(放牧): さらに西側の乾燥した地域。広大な牧場で牛を放牧し、出荷前にはフィードロットと呼ばれる巨大な肥育場に集め、穀物飼料で集中的に太らせます。
- 綿花地帯(コットンベルト): かつては南東部が中心でしたが、土壌の疲弊や害虫(ワタノミゾウムシ)の被害により、現在はテキサス州や、カリフォルニア州の灌漑農業地帯が新たな中心となっています。
- 地中海式農業: 夏に乾燥する地中海性気候(Cs)のカリフォルニア州。灌漑を利用し、野菜、果物(オレンジなど)、そして高品質な**ブドウ(ワイン)**を大規模に生産しています。
- アグリビジネスの支配: これらアメリカの農業は、個々の農家が独立して経営しているというよりは、種子や肥料、農薬、農業機械から、収穫物の買い付け、加工、流通、販売に至るまで、農業に関わる全てのプロセスを支配する、カーギルなどの巨大なアグリビジネスのグローバル戦略の中に組み込まれているのが、現代的な特徴です。
2. 世界の盟主:アメリカ合衆国の多民族社会と産業
アメリカ合衆国は、建国以来、世界中から多くの移民を受け入れてきました。その多様な人々がもたらす活力と、絶え間ないイノベーションが、この国を世界のリーダーへと押し上げました。
2.1. 「人種のるつぼ」から「サラダボウル」へ:多民族社会のダイナミズム
アメリカ社会は、移民の歴史そのものです。その出身地域や民族構成は、時代と共に大きく変化してきました。
- 移民の歴史の波:
- 初期移民(〜19世紀後半): イギリス、ドイツ、アイルランドなど、主に西・北ヨーロッパからの移民。プロテスタントが多く、**WASP(ホワイト・アングロサクソン・プロテスタント)**が、アメリカ社会の主流派を形成しました。
- 新移民(19世紀末〜20世紀初頭): イタリア、ポーランド、ロシア、ギリシャなど、南・東ヨーロッパからの移民が急増。カトリック教徒やユダヤ教徒が多く、先行の移民との間で摩擦も生みました。
- 近年の移民(1965年〜): それまでヨーロッパ系に有利だった移民法が改正されると、移民の構成は劇的に変化。ラテンアメリカ(特にメキシコ)からのヒスパニックと、アジア系(中国、インド、フィリピン、韓国、ベトナムなど)が、新たな移民の主役となりました。
- 多文化社会への変容:
- かつてアメリカは、様々な民族が溶け合って一つのアメリカ文化を形成するという「人種のるつぼ (Melting Pot)」と表現されました。
- しかし近年では、移民たちがそれぞれの出身国の文化や言語、アイデンティティを維持したまま、一つの社会の中で共存している状態を、様々な具材がそれぞれの味を保ちながら一つの器に盛られている様子にたとえ、「サラダボウル (Salad Bowl)」あるいは「モザイク社会」と表現する方が、より実態に近いと考えられています。
- 現在、ヒスパニックは、アフリカ系アメリカ人を抜いて、国内最大のマイノリティ集団となっています。
- 現代アメリカ社会の課題:
- 不法移民問題: 特にメキシコとの長い国境を越えてやってくる、正規の資格を持たない不法移民の存在は、常にアメリカの政治的な大争点となっています。
- 人種間の格差と対立: 公民権運動を経て、法の下の平等は達成されましたが、アフリカ系やヒスパニック系の人々の所得水準や教育レベルは、依然として白人層との間に大きな格差が存在します。Black Lives Matter (BLM) 運動に象徴されるように、人種差別や警察による暴力の問題は、アメリカ社会の根深い亀裂であり続けています。
2.2. 産業構造の転換:ラストベルトからサンベルトへ
20世紀後半、アメリカの産業地図は、劇的な地殻変動を経験しました。
- マニュファクチャリングベルトの栄光と没落:
- 19世紀から20世紀半ばにかけて、五大湖周辺から北東部にかけての地域は、豊富な石炭・鉄鉱石資源、そして水運の利便性を背景に、鉄鋼業(ピッツバーグなど)や自動車産業(デトロイト)が隆盛を極め、「マニュファクチャリングベルト(製造業地帯)」として、アメリカ経済の心臓部の役割を果たしました。
- しかし1970年代以降、日本やドイツとの国際競争の激化、設備の老朽化、環境問題などを背景に、この地域の製造業は急速に衰退。工場は次々と閉鎖され、失業者が溢れ、街は活気を失いました。この衰退した工業地帯は、皮肉を込めて「ラストベルト(錆びついた地帯)」と呼ばれるようになります。
- サンベルトの興隆:
- ラストベルトが衰退する一方で、北緯37度線以南の、温暖で日差しの強い「サンベルト」と呼ばれる地域が、第二次世界大戦後、特に1970年代以降、アメリカの新たな成長センターとして急速に台頭しました。
- 成長を支えた要因: ①温暖な気候と豊かな自然といった快適な生活環境(アメニティ)、②石油・天然ガスといったエネルギー資源の存在、③土地や労働力が安価であったこと、④労働組合の影響力が弱かったこと、⑤軍事産業や宇宙航空産業(NASAなど)への連邦政府による巨額の投資。
- サンベルトは、航空宇宙産業、エレクトロニクス産業、石油化学工業、そしてリゾート・観光業や、退職者の移住先として、多くの人口と富を惹きつけています。
2.3. ハイテク産業とグローバル経済の司令塔
現代アメリカ経済の強さの源泉は、最先端のハイテク(高度技術)産業と、世界経済を支配する金融・サービス業にあります。
- シリコンバレー: カリフォルニア州サンフランシスコの南に位置するこの地域は、単なる地名ではなく、イノベーションを生み出し続けるエコシステムそのものを指す言葉となりました。
- 成功の要因: スタンフォード大学などの世界トップレベルの研究機関、そこから生まれる新しい技術を事業化しようとする野心的なベンチャー企業、そのリスクに資金を供給するベンチャーキャピタル、そして世界中から集まる優秀な技術者たち。これらの要素が有機的に結びつき、次々と新しい企業(アップル、グーグルなど)を生み出してきました。
- 金融・サービス業の中心: ニューヨークのウォール街は、ロンドン、東京と並ぶ、世界の三大金融センターの一つです。アメリカ経済は、モノづくり(第二次産業)から、金融、情報、ソフトウェア、ビジネスサービスといった、知識集約型の第三次産業・第四次産業へと、その重心を大きく移しています。
3. 多様性と格差の大陸:ラテンアメリカの自然と社会
アングロアメリカの南、リオ・グランデ川からフエゴ島まで広がる広大な地域、ラテンアメリカ。そこは、壮大で多様な自然と、ヨーロッパとは異なる高度な先住民文明、そしてスペイン・ポルトガルによる過酷な植民地支配の記憶が、深く刻み込まれた大地です。
3.1. 壮大な自然環境:アンデス、アマゾン、そしてパンパ
- 地形:アンデス山脈と安定陸塊:
- 西部: 大陸の西岸に沿って、太平洋プレートが南米プレートの下に沈み込むことで形成された、新期造山帯の長大なアンデス山脈が、南北7,500kmにわたって「世界の背骨」のように連なります。環太平洋変動帯に属するため、火山活動や地震が多く、銅(チリ、ペルー)をはじめとする豊富な非鉄金属資源を産出します。
- 東部: ブラジル高原やギアナ高地といった、先カンブリア時代に形成された、広大で古い安定陸塊(楯状地)が広がっています。ブラジルは、この安定陸塊に由来する、世界最大級の鉄鉱石の産地です。
- 中央部: これらの山地・高原の間には、アマゾン川やラプラタ川といった世界有数の大河が、広大な低地を形成しています。
- 気候と植生:
- 赤道をまたぐため、地域の大部分が**熱帯気候(Af, Aw)に属します。アマゾン川流域には、世界最大の面積を誇る熱帯雨林「セルバ」**が広がります。
- 南部のアルゼンチンには、温帯気候(Cfa)の広大な温帯草原**「パンパ」**が広がり、世界有数の小麦・牧畜地帯となっています。
- アンデス山脈では、標高に応じて気候が劇的に変化する**高山気候(H)**が見られます。低地が熱帯でも、標高の高い場所では、一年中春のような常春の気候(コロンビアのボゴタなど)や、氷河を頂く寒帯の気候が存在します。
3.2. 植民地支配の歴史と社会構造
ラテンアメリカの現代社会を理解するためには、16世紀初頭から約300年間にわたった、スペインとポルトガルによる、過酷な植民地支配の歴史を抜きにしては語れません。
- 高度な先住民文明の破壊: コロンブス以前のアメリカ大陸には、メキシコ高原のアステカ文明や、アンデス高地のインカ帝国など、独自の高度な文明が栄えていました。しかし、これらは、鉄砲と馬で武装した少数のスペイン人征服者(コンキスタドール)によって、容赦なく破壊され、滅ぼされました。
- 人口の激減と奴隷の導入: 先住民(インディオ)の人口は、ヨーロッパ人が持ち込んだ疫病(天然痘、麻疹など、先住民は免疫を持たなかった)や、銀山などでの過酷な強制労働によって、地域によっては10分の1以下にまで激減しました。
- アフリカからの奴隷貿易: この失われた労働力を補うため、植民地支配者は、アフリカから数百万人の黒人を奴隷として、カリブ海の島々やブラジルのサトウキビプランテーションへと、強制的に連行しました。
- 複雑な人種構成と不平等な社会階層:
- この歴史の結果、ラテンアメリカは、先住民(インディオ)、ヨーロッパ系白人(植民地生まれの白人であるクリオーリョなど)、そしてアフリカ系黒人という、三つの異なるルーツを持つ人々が混在する、世界で最も人種的に複雑な地域となりました。
- これらの間の混血も進み、白人とインディオの混血であるメスティーソ、白人と黒人の混血であるムラートなどが、人口の大きな割合を占めます。
- しかし、この人種のモザイク模様の上には、植民地時代に形成された、少数のヨーロッパ系白人エリート層が、広大な土地(大土地所有制、ラティフンディオ)や富、政治権力を独占し、大多数の先住民やメスティーソ、黒人層が、貧しい小作人や労働者として従属するという、極めて不平等な社会階層構造が、独立後も多くの国で根強く温存されました。これが、ラテンアメリカが抱える多くの問題の根源となっています。
4. 開発と停滞の狭間で:ラテンアメリカの経済と都市
独立後も、ラテンアメリカの多くの国々は、植民地時代から続く経済構造と社会の歪みに苦しみ、開発と停滞の間を揺れ動いてきました。
4.1. モノカルチャー経済からの脱却の試み
- 植民地型経済構造の継続:
- プランテーション農業: カリブ海の島々や中央アメリカ、ブラジルでは、独立後も、外国資本(特にアメリカ)に支配された、サトウキビ、コーヒー、バナナといった、特定の商品作物を輸出するためだけの大規模農園(プランテーション)が、経済の中心であり続けました。
- 鉱物資源開発: アンデス諸国の銅(チリ)、ボリビアの銀やスズ、ブラジルの鉄鉱石、ベネズエラやメキシコの石油など、豊富な鉱物資源も、その多くが外国資本によって開発され、未加工の原料のまま、安価に輸出されてきました。
- モノカルチャー経済の脆弱性: このように、国家経済が、特定の一、二品目の一次産品の輸出に極端に依存する経済構造をモノカルチャー経済と呼びます。この経済は、国際市場での価格が暴落すると、国家財政が破綻の危機に瀕するなど、極めて不安定で脆弱です。
- 輸入代替工業化と累積債務問題:
- 1950年代から70年代にかけ、多くのラテンアメリカ諸国は、このモノカルチャー経済から脱却するため、これまで輸入に頼っていた工業製品(繊維、自動車など)を、国内で生産しようとする輸入代替工業化政策を推進しました。
- しかし、国内市場の規模が小さく、また保護された国内企業は国際競争力を持てなかったため、この試みは多くが失敗に終わりました。工業化を進めるために先進国や国際機関から借り入れた多額の資金は、やがて返済不能な対外債務となり、1980年代には、ラテンアメリカ全体が深刻な経済危機に見舞われ、「失われた10年」と呼ばれる長期の停滞を経験しました。
4.2. 急速な都市化と都市問題
- 過剰都市化: 第二次世界大戦後、農村の貧困と土地問題から逃れるため、多くの人々が職を求めて、一斉に都市へと流入しました。しかし、都市の工業は、彼ら全員を吸収できるほどの雇用を生み出せなかったため、都市の人口増加のスピードに、インフラ整備や雇用創出が全く追いつかない**「過剰都市化」**と呼ばれる現象が起こりました。
- プライメイトシティへの一極集中: 人口や政治・経済・文化といったあらゆる機能が、植民地時代の行政の中心であった、たった一つの首位都市(プライメイトシティ)に極端に集中するのも、ラテンアメリカの都市化の大きな特徴です。メキシコシティ、アルゼンチンのブエノスアイレス、ペルーのリマなどがその典型で、国の他の都市との間に、圧倒的な規模の差が存在します。
- スラムの形成と社会の分断:
- 都市に流れ込んだ貧しい人々は、正規の住居を得ることができず、都市周辺の山の斜面や、河川敷といった危険な場所に、廃材などでできたバラックを建てて住み着きます。こうして形成された、上下水道などの基本的なインフラを欠く巨大な不良住宅地区(スラム)は、ブラジルではファベーラ、ペルーではバリアーダなどと呼ばれます。
- これらのスラムは、衛生状態が悪く、失業と貧困から、麻薬取引や暴力などの犯罪の温床ともなっています。
- ラテンアメリカの大都市では、高い壁と鉄条網、そして警備員によって厳重に守られた、富裕層の高級住宅地(ゲーテッド・コミュニティ)のすぐ隣に、広大なスラムが広がっているという、貧富の格差が空間的に最も露骨に現れた、深刻な社会の分断が、日常の風景となっています。
【モジュール10 全体の要約】
本モジュールでは、新大陸アメリカを、その歴史的・文化的背景から、北のアングロアメリカと南のラテンアメリカという、極めて対照的な二つの世界に分けて、その地理的特質を比較考察しました。
アングロアメリカは、イギリスからのプロテスタント移民が主導し、広大で体系的な自然環境という「神の祝福」ともいえる地理的条件を背景に、家族経営の自営農民を社会の基礎として発展しました。独立後は、産業革命の波に乗り、世界最大の農業大国・工業大国となり、現代世界の政治・経済の覇権を握りました。その社会は、今なお世界中から多様な移民を受け入れ、ラストベルトからサンベルトへ、そしてシリコンバレーへと、絶え間ない産業構造の転換を続ける、ダイナミズムに満ちています。
一方のラテンアメリカは、スペイン・ポルトガルによる征服と、カトリックの布教という形で植民地化が始まりました。その支配は、先住民文明の徹底的な破壊と、鉱物資源の収奪、そしてアフリカからの奴隷導入を伴う、極めて収奪的なものでした。独立後も、少数の白人エリートが大土地所有制を維持し、多くの人々は貧困から抜け出せず、政治的な不安定も続きました。その経済は、プランテーション農業や資源輸出といったモノカルチャーに依存し、現代に至るまで、先進国への「従属」という構造から抜け出すことに苦しんでいます。急速な都市化は、スラムの拡大など、新たな社会問題を生んでいます。
このアングロアメリカの「成功」と、ラテンアメリカの「停滞」の間の著しい「格差」は、単なる偶然ではありません。それは、植民地支配のあり方(定住型か収奪型か)、独立後の政治的安定度、そして産業革命との関わりのタイミングと質の違いなど、地理的・歴史的な要因が、数世紀にわたって複雑に絡み合った結果なのです。この構造的な違いを理解することこそが、アメリカ大陸という二つの世界を、そして現代の南北問題を、地理的に深く読み解くための鍵となります。
次のモジュールでは、最後の地誌として、南太平洋に浮かぶ孤立した大陸、オセアニアのユニークな自然と社会を探求します。