【基礎 政治経済(政治)】Module 15:政治と経済の関係

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本モジュールの目的と構成

政治と経済は、しばしば別々の学問分野として語られますが、現実の世界では、決して切り離すことのできない、いわば国家という車を動かす「車の両輪」の関係にあります。どのような政治体制(誰が、どのようにルールを決めるか)を選ぶかが、その国の経済活動のあり方(誰が、どのように富を生み、分配するか)を決定づけ、逆に、経済の状況が、人々の政治への要求や満足度を左右し、時には政権そのものを揺るがすからです。この切っても切れない関係性を解き明かす視点こそが、「政治経済学(Political Economy)」の面白さであり、現代社会を深く理解するための鍵となります。

このモジュールは、皆さんが政治と経済の複雑な相互作用を、歴史的な思想の対立から、現代のグローバルな課題に至るまで、体系的に理解し、日々のニュースの背後にある「富と権力」の力学を読み解くための「分析ツール」を手に入れることを目的とします。

本モジュールは、以下の10のステップを通じて、政治と経済が織りなすタペストリーの模様を解き明かしていきます。

  1. 二つの世界の相互作用: まず、政治システム(権力)と経済システム(富)が、互いにどのように影響を与え合っているのか、その基本的な関係性を整理します。
  2. 自由と市場の結びつき: 近代を形作った二大潮流、「資本主義」と「民主主義」が、なぜ歴史的に密接な関係にあるのか、その相性の良さと、内に秘めた緊張関係を探ります。
  3. 計画という名の統制: 資本主義へのアンチテーゼとして登場した「社会主義経済」と、その具体的な運営形態である「計画経済」のメカニズムを学びます。なぜ多くの社会主義国家が、経済的な困難に直面したのか、その構造的な理由に迫ります。
  4. 現実世界の着地点 ― 混合経済体制: 純粋な資本主義でも、純粋な社会主義でもない、現代の多くの国が採用する「混合経済体制」とは何か。市場の活力と政府の役割を、いかにバランスさせるかという問いを考えます。
  5. 政府のサイズをめぐる対立 ― 大きな政府と小さな政府: 福祉や公共サービスを重視する「大きな政府」と、個人の自由や市場の競争を重視する「小さな政府」。この二つの国家モデルをめぐる、現代政治の根源的な対立軸を理解します。
  6. 不況を救う処方箋 ― ケインズ政策と新自由主義: 20世紀以降の経済政策の二大潮流、「ケインズ政策」と「新自由主義」の思想を比較します。不況の際に政府が積極的に介入すべきか、それとも市場の自由に任せるべきか。この思想的対立が、私たちの生活にどう影響してきたかを探ります。
  7. ゆりかごから墓場まで ― 福祉国家の成立とその再編: なぜ国家は、国民の生活を包括的に保障する「福祉国家」を目指したのか。その歴史的な成立過程と、グローバル化や少子高齢化の波の中で、現代の福祉国家が直面している再編の圧力について考察します。
  8. 国境を越える資本 ― グローバル資本主義と国家の役割: 巨大な多国籍企業や金融資本が、地球規模で活動する「グローバル資本主義」の時代。この巨大な力に対し、個々の国家は、自国の経済や国民の生活を、いかにして守り、コントロールすることができるのか、その役割の変化を探ります。
  9. 経済成長を最優先する権力 ― 開発独裁: 民主主義を犠牲にしてでも、強権的なリーダーシップの下で急速な経済成長(開発)を最優先する「開発独裁」という政治体制。なぜ一部の途上国でこの体制が生まれたのか、その功罪を分析します。
  10. もはや一国では生きられない ― 政治と経済の国際的な相互依存: 最後に、現代の世界では、一国の政治的決断が瞬時に他国の経済を揺るがし、他国の経済危機が自国の政治を不安定化させる、という「相互依存」の現実を学びます。グローバル時代における、国内政治と国際経済の不可分な関係性を理解します。

このモジュールを修了したとき、皆さんは政治ニュースを経済の視点から、経済ニュースを政治の視点から、立体的に読み解くことができるようになっているはずです。それでは、富と権力の交差点への探求を始めましょう。


目次

1. 政治システムと、経済システムの相互作用

政治と経済は、社会という一つのコインの表と裏のような関係にあります。政治システムが、**「社会の公式なルール(法や制度)を、誰が、どのように決定し、実行するか」という権力の配分と行使の仕組みであるのに対し、経済システムは、「希少な資源(モノやサービス)を、誰が、どのように生産し、分配し、消費するか」**という富の創出と配分の仕組みです。

この二つのシステムは、互いに深く影響を与え合いながら、一つの社会の形を決定づけています。

1.1. 政治が経済を規定する(Politics determines Economics)

政治システムは、経済活動が行われるための基本的な「土俵(ルール)」を設定します。

  • 所有権の保障: そもそも、個人や企業が財産を私的に所有することを認めるかどうか、そして、その所有権を国家がどれだけ強く保護するかは、政治的な決定です。財産権が保障されていなければ、人々は安心して投資したり、働いたりすることができず、資本主義経済は成り立ちません。
  • 市場のルール設定: 政府は、法律によって、企業間の公正な競争を促すルール(独占禁止法など)を定めたり、労働者の権利を守るルール(労働基準法など)を定めたりします。
  • 税制と再分配: 政府は、税金(所得税、法人税、消費税など)を通じて、民間から富の一部を徴収し、それを公共サービス(インフラ整備、教育、社会保障など)の形で、社会に再分配します。どのような税を、誰から、どのくらい徴収し、それを誰のために、どのように使うのか。これは、最も重要な政治的争点の一つです。
  • 経済政策: 政府や中央銀行は、金融政策(金利の調整など)や財政政策(公共事業など)を通じて、景気の安定化を図ろうとします。

1.2. 経済が政治を規定する(Economics determines Politics)

一方で、経済の状況や構造もまた、政治システムに大きな影響を与えます。

  • 政治的安定への影響: 経済が成長し、多くの人々が豊かさを実感しているとき、人々は現行の政治体制を支持し、社会は安定する傾向があります。逆に、深刻な不況や高い失業率、拡大する貧富の差は、人々の不満を高め、現政権への批判や、時には過激な政治思想への支持(ポピュリズムなど)につながり、政治を不安定化させます。
  • 政治的争点の形成: 経済の発展段階は、その社会の主要な政治的争点を規定します。産業化の初期段階では、労働者と資本家の対立が主要な争点となりますが、社会が成熟するにつれて、環境問題や福祉のあり方などが、より重要な争点となっていきます。
  • 利益団体の影響力: 経済的に力を持つ産業界や、大きな組織力を持つ労働組合といった利益団体は、献金やロビー活動を通じて、自分たちに有利な政策が実現されるように、政治に大きな影響力を行使します(Module 9-3参照)。

このように、政治と経済は、互いに相手を形作り、規定しあう、分かちがたい関係にあります。この相互作用を分析する視点こそが、現代社会を理解するための鍵となるのです。


2. 資本主義経済と、民主主義の関係

近代以降の世界史を動かしてきた、二つの巨大な潮流。それが、経済システムとしての資本主義と、政治システムとしての民主主義です。この二つは、歴史的に見て、しばしば同じ国で、同じ時代に、共に発展してきました。そこには、偶然ではない、深い親和性(相性の良さ)が存在すると考えられています。

2.1. 資本主義と民主主義の親和性

  • 個人の自由という共通の価値:
    • 資本主義は、個人が自らの利益を追求する経済的な自由(財産権、契約の自由、職業選択の自由)を中核とします。
    • 民主主義は、個人が自らの意見を表明し、政治に参加する政治的な自由(表現の自由、参政権)を中核とします。
    • このように、両者は**「個人の自律的な選択」**を尊重するという、共通の価値観(個人主義)を土台としています。
  • 権力の分散:
    • 資本主義は、経済的な力を、国家から独立した、多数の民間企業や個人に分散させます。これにより、国家が経済を完全に支配することを防ぎます。
    • 民主主義は、政治的な力を、選挙や権力分立によって分散させ、権力の集中と独裁を防ぎます。
    • 経済的な力が分散している社会では、政府から独立したメディアや、野党を支援する経済主体が存在しうるため、政治的な権力集中に対する、重要な防波堤となります。
  • ブルジョワジーの役割:
    • 歴史的に、資本主義の担い手であった市民階級(ブルジョワジー)は、絶対王政の経済的制約から自らの自由な経済活動を守るために、議会制民主主義や法の支配といった、政治的な権利を求めて闘いました(市民革命)。

2.2. 資本主義と民主主義の緊張関係

しかし、この二つの関係は、常に調和的なわけではありません。その間には、深刻な緊張関係も存在します。

  • 平等(民主主義) vs 格差(資本主義):
    • 民主主義は、「一人一票」の原則に象徴されるように、政治的な平等を理想とします。
    • 一方で、資本主義は、自由な競争の結果として、必然的に**経済的な不平等(貧富の差)**を生み出します。
    • この経済的な格差が極端に拡大すると、富裕層が、献金やロビー活動を通じて、政治に過大な影響力を持つようになり、「一人一票」の政治的平等を形骸化させてしまう危険性があります。
  • 市場の論理 vs 社会の論理:
    • **資本主義(市場)**は、効率性と利潤の最大化を追求します。その論理の下では、採算の合わない事業からの撤退や、労働者の解雇も正当化されます。
    • しかし、**民主主義(社会)**は、効率性だけでなく、雇用の安定、地域社会の維持、環境の保護といった、市場の論理だけでは守れない価値も重視します。
    • この二つの論理の衝突が、規制緩和の是非や、福祉政策のあり方をめぐる、現代政治の主要な対立点を生み出しています。

2.3. 多様な関係性

歴史を見れば、資本主義と民主主義の関係は、決して一通りではありません。

  • 民主主義なき資本主義: 近年の中国のように、政治的には共産党の一党支配という権威主義体制を維持しながら、経済的には市場経済を導入して目覚ましい成長を遂げる国もあります(権威主義的資本主義)。
  • 資本主義なき民主主義?: 逆に、民主主義でありながら、資本主義ではない経済システム(例えば社会民主主義的な混合経済)も存在します。

このように、資本主義と民主主義は、互いに親和性を持ちつつも、常に緊張をはらんだ、複雑でダイナミックな関係にあるのです。


3. 社会主義経済と、計画経済

19世紀のヨーロッパで、資本主義がもたらした深刻な貧富の差と労働者の搾取という問題へのアンチテーゼとして登場したのが、社会主義思想です。その経済的な処方箋として構想され、20世紀のソビエト連邦や東ヨーロッパ諸国、中国などで、国家の公式な経済システムとして実践されたのが**「計画経済」**です。

3.1. 社会主義経済の基本理念

社会主義経済は、資本主義経済とは正反対の原則に基づいています。

  • 生産手段の社会的所有:
    • 資本主義の根本的な問題は、土地、工場、機械といった生産手段を、一部の資本家階級が私的に所有していることにある、と社会主義は考えます。
    • そこで、この生産手段の私的所有を廃止し、社会全体で**共有(社会的所有)**することを目指します。
    • これにより、資本家による労働者の搾取をなくし、生産の成果を、社会の構成員全員で平等に分かち合うことが可能になる、とされました。

3.2. 計画経済(指令経済)のメカニズム

この生産手段の社会的所有(実際には国有化)を前提として、経済を運営するための具体的な仕組みが計画経済です。

  • 市場メカニズムの否定:
    • 資本主義経済では、何を、どれだけ、いくらで生産・販売するかは、個々の企業が、市場における需要と供給の関係(市場メカニズム、アダム・スミスの言う「見えざる手」)に基づいて、自由に決定します。
    • 計画経済では、この市場メカニズムを否定し、国家の計画がそれに取って代わります。
  • 中央計画当局による指令:
    • 政府の中央計画当局(ソ連のゴスプランなど)が、国民経済の全体像を把握し、「何を、いくつ、いつまでに生産し、それを誰に、いくらで分配するか」という、極めて詳細な経済計画(例えば「五か年計画」)を立案します。
    • 個々の工場や農場は、この中央からの指令に従って、生産活動を行う義務を負います。価格も、市場ではなく、国家が決定します(統制価格)。

3.3. 計画経済の失敗とその原因

社会主義国家は、当初、重工業化などで一定の成果を上げましたが、最終的には、その多くが深刻な経済的停滞と、国民生活の困窮を招き、崩壊に至りました。その原因は、計画経済が内包する、いくつかの構造的な欠陥にありました。

  • 効率性の欠如とイノベーションの停滞:
    • 企業(工場)には、より良い製品を、より安く作ろうという競争のインセンティブが働きません。与えられた生産ノルマを達成することだけが目的となり、品質の向上や、新しい技術を開発しようという動機(イノベーション)が失われてしまいました。
  • 需要と供給のミスマッチ:
    • 巨大で複雑な現代経済において、中央の計画当局が、国民一人ひとりの多様なニーズ(何が欲しいか)や、生産現場の状況を、すべて正確に把握し、計画に反映させることは、事実上不可能でした。
    • その結果、人々が欲しがらない製品が大量に山積みになる一方で、本当に必要なものが常に不足している、という非効率な状態が慢性化しました。
  • 個人の自由の抑圧:
    • 経済活動の自由(職業選択の自由や、私有財産の保有)が根本的に否定されることは、人々の働く意欲を削ぎ、政治的な自由の抑圧とも表裏一体の関係にありました。

この計画経済の失敗という壮大な社会実験は、皮肉にも、効率的な資源配分を行う上での、市場メカニズムと価格シグナルの重要性を、歴史的に証明する結果となったのです。


4. 混合経済体制

20世紀の歴史は、純粋な自由放任の資本主義も、また、純粋な中央集権的な計画経済も、それぞれに深刻な欠陥を抱えていることを示しました。

  • 資本主義(市場の失敗): 放置すれば、恐慌、失業、貧富の差の拡大、環境破壊といった「市場の失敗」を引き起こす。
  • 計画経済(政府の失敗): 官僚的で非効率な資源配分や、技術革新の停滞といった「政府の失敗」を引き起こす。

そこで、現代のほとんどの国が、この両極端のいずれでもない、中間の道を選択しています。それが**「混合経済体制(Mixed Economy)」**です。

4.1. 混合経済体制とは

混合経済体制とは、基本的には資本主義の原則(私有財産制、市場メカニズム)を土台としながら、市場だけでは解決できない問題に対して、政府が積極的に介入・補完する役割を果たす経済システムのことです。

これは、アダム・スミスが描いた純粋な市場経済(神の「見えざる手」)と、政府がすべてをコントロールする計画経済(政府の「見える手」)を、いわば「混合(ミックス)」させた体制と言えます。

4.2. 政府が果たす役割

混合経済において、政府は主に以下のような役割を担います。

  1. 市場の失敗の是正:
    • 景気の安定化: 不況期には、公共事業などの財政政策や、金融緩和によって、需要を創出し、失業を減らそうとします(ケインズ政策)。
    • 所得の再分配: 税制(累進課税など)や、社会保障制度(年金、医療保険、生活保護など)を通じて、市場が生み出す貧富の差を是正し、国民の最低限の生活(ナショナル・ミニマム)を保障します。
    • 外部不経済の規制: 公害などの、市場の外部に悪影響を及ぼす活動(外部不経済)に対して、環境規制などを行います。
  2. 競争条件の整備:
    • 独占・寡占の規制: 一部の企業が市場を支配し、公正な競争が妨げられることがないように、独占禁止法を運用します。
  3. 公共財・公共サービスの提供:
    • 市場に任せていては、十分に供給されないか、あるいは供給されない可能性のある、社会に不可欠なサービス(公共財・公共サービス)を、政府が直接、または補助金などを通じて提供します。
    • 例:国防、警察、消防、道路、義務教育、基礎研究など。

4.3. 混合経済の現実 ― 「混合の比率」をめぐる対立

現代の先進国のほとんどが、この混合経済体制を採用していると言えます。しかし、その**「混合の比率」、すなわち、「市場の役割」と「政府の役割」のどちらを、どの程度重視するか**という点については、国によって、また、同じ国でも政権によって、大きな違いがあります。

  • 社会民主主義的な国(例:スウェーデンなど北欧諸国): 政府の役割を重視し、手厚い福祉を提供する「大きな政府」を目指す。
  • 自由主義的な国(例:アメリカ): 市場の役割を重視し、政府の介入は最小限に留めるべきだとする「小さな政府」を志向する。

この「混合の比率」をめぐるせめぎ合いこそが、次項で学ぶ「大きな政府 vs 小さな政府」や、「ケインズ主義 vs 新自由主義」といった、現代政治における根源的な対立軸を形作っているのです。


5. 大きな政府と、小さな政府

現代の混合経済体制の中で、「市場と政府の最適な役割分担」をめぐる政治的な対立は、しばしば**「大きな政府」「小さな政府」**という、二つの対照的な国家モデルをめぐる論争として現れます。これは、政府の財政規模や、国民生活への関与の度合いに関する、根本的な思想の違いです。

5.1. 大きな政府 (Big Government)

  • 思想:
    • 市場経済がもたらす格差や不安定性を問題視し、政府が積極的に経済・社会に介入することで、結果の平等社会全体の安定を実現すべきだと考えます。
    • 福祉国家社会民主主義の理念と親和性が高いです。
  • 特徴:
    • 手厚い社会保障: 国民の「ゆりかごから墓場まで」の生活を保障するため、年金、医療、介護、失業保険、教育といった、幅広い公共サービスを、手厚く提供します。
    • 所得の再分配: 累進課税制度などを通じて、高所得者からより多くの税金を徴収し、それを低所得者向けの社会サービスや給付の形で再分配することを重視します。
    • 高福祉・高負担: これらの手厚いサービスを賄うため、国民全体の税金や社会保険料の負担(国民負担率)は、高くなる傾向があります。
  • メリット(とされる点):
    • 貧困や格差が緩和され、社会が安定する。
    • 国民は、失業や病気といった生活上のリスクに対する不安が少ない。
  • デメリット(とされる点):
    • 高い税負担が、人々の働く意欲や、企業の投資意欲を削ぎ、経済の活力を失わせる可能性がある。
    • 行政機構が肥大化し、非効率になりがち(官僚制の逆機能)。

5.2. 小さな政府 (Small Government)

  • 思想:
    • 政府の過剰な介入は、個人の自由を侵害し、経済の効率性を損なうと考えます。個人の自己責任と、市場メカニズムの力を最大限に尊重すべきだとします。
    • 古典的自由主義や、現代の新自由主義(ネオリベラリズム)リバタリアニズムの理念と親和性が高いです。
  • 特徴:
    • 政府の役割の限定: 政府の役割は、国防、警察、司法といった、国民の生命と財産を守るための最小限の機能(夜警国家)に限定すべきだと考えます。
    • 規制緩和と民営化: 経済活動に対する政府の規制をできるだけ撤廃(規制緩和)し、これまで政府が行ってきた事業(郵便、通信、鉄道など)を、民間の企業に委ねる(民営化)ことを推進します。
    • 低福祉・低負担: 国民全体の税負担は低く抑えられる一方で、社会保障サービスは最小限となり、医療や教育なども、自己負担や民間のサービスに頼る部分が大きくなります。
  • メリット(とされる点):
    • 減税や規制緩和によって、自由な競争が促進され、経済全体が活性化する。
    • 小さな行政組織で済むため、効率的である。
  • デメリット(とされる点):
    • 貧富の差が拡大し、社会が不安定になる可能性がある。
    • 市場競争の敗者や、病気・失業などで困難に陥った人々が、十分なセーフティネットなしに、社会からこぼれ落ちてしまう危険性がある。

「大きな政府」と「小さな政府」のどちらが優れているかという問いに、唯一絶対の正解はありません。それぞれの時代や国の状況、そして人々がどのような社会を望むかという価値観によって、その振り子は、両者の間を揺れ動き続けているのです。


6. ケインズ政策と、新自由主義

20世紀以降の資本主義経済の歴史は、「大きな政府」と「小さな政府」の理念を体現する、二つの大きな経済政策思想の、振り子のような揺れ動きの歴史でもありました。それが、ケインズ政策新自由主義です。

6.1. ケインズ政策(ケインズ主義)

  • 登場の背景:
    • 1929年に始まった世界大恐慌は、アダム・スミス以来の古典派経済学が信じてきた「市場は(見えざる手によって)常に均衡し、完全雇用を達成する」という神話を打ち砕きました。大量の失業者が溢れ、市場は自力で回復する力を失っていました。
  • 思想:
    • イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、主著『雇用・利子および貨幣の一般理論』(1936年)の中で、この危機に対する新しい処方箋を提示しました。
    • 彼は、不況の原因を、モノやサービスに対する社会全体の需要(有効需要)の不足にあると考えました。
    • そして、民間部門(企業や家計)が需要を創出できない不況期には、政府が、自ら借金をしてでも、公共事業などを行うことで、意図的に需要を創出し(財政政策)、経済を回復させるべきだ、と主張しました。
  • 政策:
    • 不況期: 政府支出の拡大(公共事業など)と、減税によって、市場にお金を流し込み、需要を刺激する。
    • 好況期: 政府支出の削減と、増税によって、経済の過熱を抑制する。
    • このケインズの思想は、大きな政府による積極的な経済介入を正当化し、第二次世界大戦後の先進資本主義国で、経済政策の主流となりました(ケインズ革命)。アメリカのニューディール政策は、その先駆けと言えます。

6.2. 新自由主義(ネオリベラリズム)

  • 登場の背景:
    • ケインズ政策は、戦後の高度経済成長を支えましたが、1970年代に入ると、二度の石油危機をきっかけに、世界経済は、物価が上昇し続ける中で景気が停滞するスタグフレーションという、新しい困難に直面しました。
    • ケインズ政策は、このスタグフレーションに対して有効な処方箋を示すことができず、その権威は揺らぎ始めました。
  • 思想:
    • このような状況を背景に、オーストリアの経済学者フリードリヒ・ハイエクや、アメリカのミルトン・フリードマン(マネタリスト)らの思想が、再び注目を集めます。
    • 彼らは、ケインズ的な政府の裁量的な介入が、かえって経済を非効率にし、インフレを悪化させたと批判しました。
    • そして、アダム・スミスのような古典的自由主義の理念を、現代に復活させ、市場原理と自由競争を最大限に尊重し、政府の介入を極力排除すべきだと主張しました。これが**新自由主義(ネオリベラリズム)**です。
  • 政策:
    • 小さな政府を目指し、規制緩和民営化(国営企業の売却)、福祉国家の縮小減税(特に法人税や富裕層向け)、そして労働組合の力を弱める労働市場の自由化などを、一連のパッケージとして推進しました。
    • この政策を強力に推進したのが、1980年代のイギリスのサッチャー首相(サッチャリズム)と、アメリカのレーガン大統領(レーガノミクス)です。日本の中曽根康弘内閣による国鉄民営化なども、この流れの中に位置づけられます。

6.3. その後の展開

新自由主義的な改革は、経済の効率化や、財政赤字の改善に一定の成果を上げた一方で、貧富の差の拡大や、金融市場の不安定化といった、深刻な副作用ももたらしました。2008年のリーマン・ショック(世界金融危機)以降は、行き過ぎた市場原理主義への反省から、再び政府による適切な規制や、再分配の役割を重視する議論が、世界的に再燃しています。


7. 福祉国家の成立と、その再編

**福祉国家(Welfare State)**とは、市場経済を前提としつつ、国家が、国民の最低限の生活(ナショナル・ミニマム)を保障し、教育、医療、年金といった社会サービスを、普遍的に提供することを、その重要な責務とする国家のことです。「ゆりかごから墓場まで」というスローガンが、その理想を象徴しています。

7.1. 福祉国家の成立

現代的な福祉国家の理念が、国家の明確な目標として確立されたのは、第二次世界大戦中のイギリスでした。

  • ベヴァリッジ報告(1942年):
    • イギリスの経済学者ウィリアム・ベヴァリッジが、戦後の復興社会の構想としてまとめた報告書『社会保険と関連サービス』。
    • この報告書は、人間社会が克服すべき五つの「巨大な悪」として、**窮乏(貧困)、疾病、無知、不潔(劣悪な衛生環境)、無為(失業)**を挙げました。
    • そして、これらの悪を克服するために、すべての国民を対象とする、包括的な社会保障制度を確立することを提言しました。
  • 戦後労働党政権による実現:
    • 戦後のイギリス労働党(アトリー内閣)は、この報告書の理念に基づき、「ゆりかごから墓場まで」をスローガンに、国民保健サービス(医療の無料化)、国民保険(年金・失業保険など)、国民扶助といった、一連の社会保障制度を創設し、福祉国家のモデルを築き上げました。
  • 経済的背景:
    • この福祉国家の拡充を、経済理論の面から支えたのが、Module 15-6で学んだケインズ主義です。政府による社会保障支出は、国民の購買力を安定させ、有効需要を下支えすることで、経済の安定成長にも貢献すると考えられました(「ケインズとベヴァリッジの結婚」)。

7.2. 福祉国家の危機と再編

1970年代まで、先進資本主義国の多くが、この福祉国家モデルを追求し、拡充させてきました。しかし、1970年代の石油危機をきっかけとする低成長時代(スタグフレーション)の到来と、その後のグローバル化の進展は、福祉国家を深刻な危機に直面させます。

  • 福祉国家の危機をもたらした要因:
    • 経済の低成長: 経済成長が鈍化し、税収が伸び悩む一方で、社会保障への支出は増え続けるため、深刻な財政赤字に陥りました。
    • グローバル化: 企業が、より税金や人件費の安い国へと生産拠点を移すグローバルな競争の中で、各国政府は、法人税の引き下げや、労働規制の緩和を迫られ、福祉国家を支える財源の確保や、雇用の維持が困難になりました。
    • 少子高齢化: 高齢者人口の増大は、年金や医療費といった社会保障給付を急増させ、財政をさらに圧迫します。
  • 福祉国家の再編:
    • こうした危機に対応するため、1980年代以降、新自由主義の思想を背景に、多くの国で福祉国家の見直し(再編)が進められました。
    • サッチャーレーガンの改革に代表されるように、社会保障給付の削減、公的サービスの民営化、自己責任の強調といった、「大きな政府から小さな政府へ」の転換が図られました。
    • しかし、これらの改革は、貧富の差の拡大という新たな社会問題も生み出しました。

現代の福祉国家は、「グローバルな競争力」と「国内の社会的公正」という、二つの相矛盾する要請の間で、いかにして持続可能な新しいモデルを再構築するか、という困難な課題に直面し続けているのです。


8. グローバル資本主義と、国家の役割

グローバル資本主義とは、冷戦の終結と、情報通信技術(IT)革命を背景に、資本(カネ)が、利益を求めて、国境を越えて地球規模で、かつてないほどの速度と規模で移動し、生産活動を展開する、現代の資本主義のあり方を指します。

その主役は、複数の国に生産・販売拠点を持ち、世界的な戦略を展開する多国籍企業や、瞬時に巨額の資金を国境を越えて移動させる**機関投資家(ヘッジファンドなど)**です。

このグローバル資本主義の進展は、これまで経済をコントロールする主体であった国民国家の役割を、根底から揺さぶり、変容させています。

8.1. グローバル資本主義が国家にもたらす挑戦

  • 国家のコントロール能力の低下:
    • 課税権の制約: 多国籍企業は、税率の最も低い国に利益を移転させる(タックスヘイブンの利用など)ことで、法人税の負担を最小化しようとします。これにより、各国政府は、企業活動から十分な税収を確保することが困難になっています(法人税引き下げ競争)。
    • 金融政策の制約: グローバルな金融資本の巨大な奔流の前では、一国の中央銀行が、自国の金利や為替レートを、意図した通りにコントロールすることは、ますます難しくなっています。
    • 労働基準の低下圧力: 企業は、人件費や労働規制の緩い国へと、工場などを移転させる(産業の空洞化)と示唆することで、自国の政府に対して、労働者の権利を弱める方向での規制緩和を迫る圧力をかけることができます(底辺への競争)。

8.2. 変容する国家の役割

では、グローバル資本主義の前に、国家は無力化してしまったのでしょうか。そうではありません。国家の役割は、消滅したのではなく、変容しているのです。

  • 魅力的なビジネス環境の提供者として:
    • 国家は、グローバルな企業や資本を自国に惹きつけるため、法人税を下げ、規制を緩和し、質の高いインフラや労働力を提供するといった、魅力的な投資環境を整備するという、新たな役割を担うようになっています。
  • グローバルなルールの形成者として:
    • タックスヘイブン対策や、巨大IT企業への課税(デジタル課税)、地球環境問題といった、一国だけでは対処できないグローバルな課題に対して、他の国々と協調し、**国際的な共通ルール(国際レジーム)**を形成するという役割の重要性が、ますます高まっています。G7やG20といった国際的なフォーラムは、そのための重要な舞台となります。
  • セーフティネットの提供者として:
    • グローバルな競争の敗者となった国内の産業や、失業した労働者を保護し、再教育の機会を提供するといった、国内の社会的セーフティネットを維持・再構築する役割は、依然として国家にしか担えません。

グローバル資本主義の時代における国家は、かつてのように国内経済を一方的にコントロールする「船長」ではなく、グローバルな荒波の中で、他の船と連携しながら、自国の船(国民経済)の安全と繁栄を確保しようと努める、巧みな「航海士」としての役割を求められているのです。


9. 開発独裁

第二次世界大戦後、アジア、アフリカ、ラテンアメリカで、多くの国が植民地支配から独立を達成しました。しかし、これらの新しい独立国(発展途上国)の多くは、貧困からの脱却と、近代的な国民国家の建設という、二重の困難な課題に直面していました。

こうした中で、一部の国々では、欧米流の民主主義を導入するのではなく、むしろ強権的な指導者の下で、政治的な自由や民主主義的な手続きを犠牲にしてでも、急速な経済成長(開発)を最優先するという、独特の政治・経済体制が生まれました。これが**「開発独裁(Developmental Dictatorship)」**です。

9.1. 開発独裁の特徴

  • 権威主義的な政治体制:
    • 政治的には、軍人出身の指導者や、強力な単一政党による**独裁体制(権威主義体制)**が敷かれます。
    • 言論の自由や、野党の政治活動は厳しく制限され、国民の政治参加は抑圧されます。
  • 経済への国家の強力な介入:
    • 政府が、特定の産業(輸出産業など)を戦略的に育成するため、保護や補助金を与えたり、外資を積極的に導入したりするなど、国家が経済に深く、かつ強力に介入します。
  • 経済成長至上主義:
    • 政治的な正統性(国民がなぜその支配に従うべきか)の根拠を、民主的な手続きではなく、経済成長を実現し、国民の生活水準を向上させるという「成果」に求めます。
  • テクノクラート(技術官僚)の役割:
    • 政治家だけでなく、経済に関する専門的な知識を持った、優秀な官僚(テクノクラート)が、経済政策の立案・実行において重要な役割を果たします。

9.2. 代表的な事例とその功罪

  • 事例:
    • 1960年代〜80年代の韓国(朴正煕政権)台湾(蔣介石・蔣経国政権)シンガポール(リー・クアンユー政権)、**インドネシア(スハルト政権)**などが、その典型例とされています。
    • これらの国々は、開発独裁の下で、「漢江の奇跡」などに象徴される目覚ましい経済成長を遂げ、後に民主化を達成していきました。
  • 功罪(評価):
    • プラスの側面(功):
      • 強力なリーダーシップの下で、政治的な混乱を抑え、国の資源を経済発展に集中的に投入することで、短期間での工業化と貧困からの脱却を可能にした、という側面。
    • マイナスの側面(罪):
      • 基本的人権や政治的自由が、著しく抑圧されました。
      • 開発の恩恵が一部の特権層に集中し、深刻な腐敗や**縁故主義(クローニー・キャピタリズム)**の温床となることが少なくありませんでした。
      • 指導者の後継問題などをきっかけに、体制が不安定化するリスクを常に抱えています。

開発独裁は、「経済発展は、民主主義に先行するのか、あるいは、民主主義が経済発展の条件なのか」という、政治と経済の関係をめぐる、重い問いを私たちに投げかけています。


10. 政治と経済の、国際的な相互依存

グローバル化が進展した現代の世界では、もはや、いかなる国も、自国だけで孤立して存在することはできません。すべての国が、貿易、投資、金融、情報といった、複雑で多岐にわたるネットワークによって、互いに深く結びついています。この、国家間の相互の影響力が高まり、一国の行動が、他国の行動や利益に大きな影響を及ぼす状態を**「相互依存(Interdependence)」**と呼びます。

この相互依存の関係は、特に、政治と経済の領域において、顕著に見られます。

10.1. 経済の政治化 ― 経済が外交の武器になる

  • 資源ナショナリズムと経済制裁:
    • 石油などの戦略的な資源を持つ国が、その資源を「武器」として、自国の政治的な目的を達成しようとすること(資源ナショナリズム)があります。1973年の石油危機における、OAPEC(アラブ石油輸出国機構)による石油禁輸措置は、その典型例です。
    • 逆に、ある国の行動(侵略行為や核開発など)を止めさせるために、多くの国が協力して、その国との貿易や金融取引を制限する経済制裁も、現代の外交における重要な手段となっています。
  • 貿易摩擦と政治問題化:
    • 二国間の貿易不均衡が、単なる経済問題にとどまらず、両国間の政治的な対立へと発展することがあります。1980年代の日米貿易摩擦は、その代表例です。

10.2. 政治の経済化 ― 政治が経済のルールを決める

  • 国際レジームの形成:
    • 自由で安定した国際経済活動を可能にするためには、そのための共通のルールや制度(国際レジーム)が必要です。
    • 第二次世界大戦後、アメリカの主導の下で、GATT(関税と貿易に関する一般協定、後のWTO)IMF(国際通貨基金)世界銀行といった、自由貿易と通貨の安定を支える国際レジームが構築されました(ブレトン・ウッズ体制)。
    • これらのルールの形成と維持は、各国の利害がぶつかり合う、極めて高度な政治的な交渉(外交)の産物です。
  • 地域統合の進展:
    • Module 11-10で学んだEUやASEANのように、経済的な相互依存の深化が、国境を越えた、より緊密な政治的な協力や統合へと発展していく動きも、現代の大きな特徴です。

10.3. 相互依存の二面性

この相互依存の深化は、国際関係に二つの相反する影響をもたらします。

  • 平和への貢献(プラスの側面):
    • 経済的な結びつきが深まれば、各国は、戦争によってその関係が破壊されることの不利益を、より大きく感じるようになります。このため、相互依存は、国家間の紛争を抑制し、平和を促進する効果がある、と期待されます(リベラルな国際関係論)。
  • 脆弱性の増大(マイナスの側面):
    • 一方で、相互依存は、他国の経済危機や政治的混乱の影響を、自国が直接受けやすくなるという**脆弱性(vulnerability)**も生み出します。
    • また、依存関係が非対称(一方が他方により強く依存している)である場合、より依存度の低い国が、その関係を「武器」として、相手国を脅す(パワー・ポリティクス)ことも可能になります。

このように、グローバル化した現代世界では、政治と経済は、国内レベルだけでなく、国際レベルにおいても、分かちがたく結びつき、複雑な相互依存の関係を織りなしているのです。


Module 15:政治と経済の関係の総括:富のルールを決める力、力の源泉となる富

本モジュールでは、国家という車の両輪である「政治」と「経済」が、いかにして互いを動かし、規定しあっているのか、その不可分な力学を探求しました。私たちは、資本主義と民主主義という近代の双子が、自由という価値を共有しつつも、平等と格差をめぐって常に対立する宿命にあることを見ました。そのアンチテーゼとしての計画経済の壮大な失敗は、市場と政府の最適な役割分担、すなわち「混合経済」をめぐる、大きな政府か小さな政府か、ケインズか新自由主義か、という現代政治の根源的な対立軸を生み出しました。福祉国家の理想とその再編の圧力、そしてグローバル資本主義の波が国家の役割そのものを変容させていくダイナミズムは、この対立が、国内だけでなく、国際的な文脈の中で展開されていることを示しています。政治とは、つまるところ「富の配分に関するルールを決める力」の闘争であり、経済とは、その「力の源泉となる富」を生み出す活動です。この相互作用のレンズを通して初めて、私たちは現代社会の複雑な動きを、その根源から理解することができるのです。

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