【基礎 政治経済(政治)】Module 19:環境問題と政治
本モジュールの目的と構成
現代社会が直面する課題の中で、国境という人為的な線をいとも簡単に飛び越え、全人類の生存基盤そのものを脅かす問題、それが「環境問題」です。それはもはや、単なる科学や倫理の問題ではありません。誰が汚染のコストを負担するのか、どの国の責任がより重いのか、そして、未来の世代に対して私たちはどのような責任を負うのか。これらの問いはすべて、希少な資源の配分と、価値の対立の調整という、「政治」の最も核心的な営みを必要とします。
このモジュールは、皆さんが21世紀の政治を理解する上で不可欠な、この「環境と政治」という新しいレンズを手に入れることを目的とします。単なる環境問題のカタログではなく、それらの課題がなぜ国際社会や国内政治の主要なアジェンダとなり、どのような対立と協調のドラマを生み出してきたのか、その力学を解き明かしていきます。このモジュールを学び終えたとき、皆さんは、地球温暖化をめぐる国際交渉のニュースの裏側にある国家間の利害対立を読み解き、自らの生活と地球の未来が、政治的な意思決定によっていかに深く結びついているかを、主体的に考えるための知的基盤を確立しているでしょう。
本モジュールは、以下の10のステップを通じて、地球という有限の舞台の上で繰り広げられる、新しい政治の最前線を探求します。
- 新しい人権の地平 ― 環境権の思想: まず、私たちの探求の哲学的土台となる「環境権」という思想を学びます。「良好な環境の中で生きることは、すべての人間の基本的な権利である」というこの考え方が、いかにして生まれ、現代の法や政策にどのような影響を与えているのかを探ります。
- 人類共通の課題 ― 地球温暖化と国際的な枠組み: 現代最大の環境問題である地球温暖化に焦点を当て、国際社会がいかにしてこの脅威に立ち向かおうとしてきたのか、その苦闘の歴史を辿ります。気候変動枠組条約から京都議定書、そしてパリ協定へ。国際的な合意形成の論理とその困難さを解き明かします。
- 生命の織物を守る ― 生物多様性の保全と国際条約: 地球の豊かな生命のつながり、「生物多様性」がなぜ重要なのか、そして、それが今どのような危機に瀕しているのかを学びます。ワシントン条約や生物多様性条約といった、国際的な保全の取り組みを概観します。
- 開発の前の「健康診断」― 環境アセスメント: 大規模な開発事業が、環境に取り返しのつかないダメージを与える前に、その影響を予測・評価する「環境アセスメント」の仕組みを学びます。予防原則と市民参加を具体化する、この制度の意義に迫ります。
- 使い捨て社会からの脱却 ― 循環型社会の形成: 大量生産・大量消費・大量廃棄という一方通行の経済から、資源を大切に使い、循環させる「循環型社会」への転換がなぜ必要なのか。3R(リデュース、リユース、リサイクル)を基本とする、新しい社会システムの姿を探ります。
- エネルギーを選ぶ政治 ― 再生可能エネルギーと政治的決定: エネルギーの問題は、環境問題の核心であると同時に、国家の安全保障や経済を左右する、高度に政治的な問題です。太陽光や風力といった「再生可能エネルギー」への転換が、なぜ単なる技術選択ではなく、難しい政治的決断を必要とするのかを考えます。
- 汚染に値段をつける ― 環境税: 環境汚染という「社会的なコスト」を、経済の仕組みの中に組み込む「環境税」の考え方を学びます。市場の力を利用して環境問題の解決を目指す、この政策ツールの論理と課題を理解します。
- 市民が自然を買い取る ― ナショナル・トラスト運動: 開発の危機に瀕した貴重な自然や歴史的景観を、市民自身の寄付によって買い取り、永久に保全していく「ナショナル・トラスト運動」。市民社会が主役となる、この環境保全のアプローチの意義を探ります。
- なぜ合意は難しいのか ― 環境政策における合意形成の難しさ: これまでの論点を統合し、環境政策をめぐる合意形成が、なぜこれほどまでに難しいのか、その構造的な要因を分析します。先進国と途上国の対立、経済界と環境団体の対立など、複雑に絡み合う利害の調整の困難さに迫ります。
- 未来への責任 ― 世代間倫理と環境: 最後に、環境問題の根底に流れる、最も重要な倫理的な問いを考えます。「世代間倫理」とは何か。現在を生きる私たちは、まだ生まれていない未来の世代に対して、どのような責任を負っているのか。その哲学的な問いが、環境政策の究極的な羅針盤となります。
それでは、地球の未来と政治の交差点への旅を始めましょう。
1. 環境権の思想
現代社会において、私たちが享受するべき基本的な権利は、もはや国家からの自由(自由権)や、人間らしい生活の保障(社会権)だけにとどまりません。社会の変化と、新たな脅威の登場に伴い、人権のカタログは常に進化し続けています。その20世紀後半に登場した「新しい人権」の中でも、特に重要な位置を占めるのが**「環境権」**という思想です。
1.1. 環境権とは何か
環境権とは、**「すべての人が、健康で快適な、良好な環境の中で生活を営む権利」であると同時に、「その良好な環境を享受するだけでなく、それを維持・形成していく責務をも負う」**という、包括的な権利思想です。
- 背景:
- この思想が強く主張されるようになったのは、1960年代以降、日本をはじめとする先進国で、高度経済成長の負の側面として、大気汚染や水質汚濁といった深刻な公害が多発し、多くの人々の生命や健康が脅かされたことが、直接的なきっかけでした。
- イタイイタイ病や水俣病、四日市ぜんそくといった四大公害病の悲惨な経験を通じて、「経済的な豊かさと引き換えに、健康や良好な環境が犠牲にされてはならない」という、強い社会的認識が生まれたのです。
1.2. 環境権の憲法上の根拠
環境権は、日本国憲法に、そのものズバリの条文があるわけではありません。しかし、多くの学説や判例は、既存の憲法上の権利を組み合わせ、解釈することによって、その憲法上の根拠を見出そうとしてきました。
- 憲法第25条(生存権)と第13条(幸福追求権)の結合:
- 最も有力な説は、憲法第25条が保障する**「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利(生存権)」は、単に貧困から免れるだけでなく、その生活が「良好な環境」**の中で営まれて初めて、実質的に保障される、と考えるものです。
- そして、この生存権を、憲法第13条が保障する**「生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利(幸福追求権)」**と結びつけることで、人格的利益としての環境権が導き出される、とします。
1.3. 裁判所の判断と法律による具体化
- 裁判所の判断:
- これまでの裁判所の判例では、環境権を、独立した具体的な権利として正面から認めることには、慎重な姿勢を示してきました。
- しかし、例えば大阪空港公害訴訟の最高裁判決(1981年)では、航空機騒音による被害について、環境権そのものは認めなかったものの、「人格権」の侵害として、損害賠償を認めるなど、実質的には環境的な利益を法的に保護する判断を下しています。
- 法律による具体化:
- 一方で、環境権の理念は、具体的な法律によって、政策レベルで実現が図られてきました。
- 1993年に制定された環境基本法は、その基本理念の中で、「現在及び将来の世代の人間が健全で恵み豊かな環境の恵沢を享受」することの重要性を謳っており、環境権の思想を色濃く反映しています。
環境権は、今なお発展途上の権利ですが、それは、人類の生存基盤そのものを守るという、21世紀の人権思想の、新しいフロンティアを切り拓く、極めて重要な理念なのです。
2. 地球温暖化と、国際的な枠組み(気候変動枠組条約、パリ協定)
現代の環境問題の中で、最も規模が大きく、最も深刻で、そして最も解決が困難な課題。それが地球温暖化です。これは、もはや一国や一地域の問題ではなく、全人類の未来を左右する、地球規模の危機(グローバル・リスク)です。
2.1. 地球温暖化とは ― 人類共通の課題
- 原因: 人間活動、特に先進国が産業革命以来、大量に燃やし続けてきた石油や石炭といった化石燃料の消費によって、大気中の二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガスの濃度が急激に上昇。これにより、地球の平均気温が上昇していく現象です。
- 影響: 海面の上昇(水没の危機に瀕する島嶼国)、異常気象(豪雨、干ばつ、熱波)の激甚化、食糧生産への打撃、生態系の破壊など、その影響は、地球上のあらゆる場所に、深刻な形で現れ始めています。
- 「地球的公共財の悲劇」:
- 地球の大気は、特定の誰のものでもなく、全人類が共有する財産(地球的公共財)です。しかし、各国が、自国の経済的利益を優先して、温室効果ガスを排出し続けると、結果として、共有財産である地球環境全体が破壊され、最終的にはすべての国が被害を被る、という**「共有地の悲劇(コモンズの悲劇)」**の典型的な構造を持っています。
2.2. 国際的な取り組みの歴史
この一国では解決不可能な課題に対し、国際社会は、国連を中心に、共通のルールを作って、協調して対処しようと努力を続けてきました。その歩みは、各国の利害が激しく衝突する、困難な交渉の連続でした。
ステップ1:問題の共有と枠組み作り
- 国連環境開発会議(地球サミット、1992年、リオデジャネイロ):
- 地球温暖化対策に関する、最初の国際的な基本合意として、**国連気候変動枠組条約(UNFCCC)**が採択されました。
- 目的: 大気中の温室効果ガス濃度を安定させること。
- 原則: 先進国と途上国の歴史的責任や経済力、技術力の違いを考慮し、「共通だが差異ある責任」の原則を掲げました。これは、地球温暖化という問題には、すべての国が共通の責任を負うが、これまで大量に排出してきた歴史を持つ先進国が、率先して対策を主導すべきだ、という考え方です。
ステップ2:先進国への義務付け
- 京都議定書(1997年採択、2005年発効):
- この条約に基づき、温室効果ガスの削減について、先進国に対して、初めて法的な拘束力を持つ、具体的な数値目標を課した、画期的な議定書です。
- 成功と限界:
- 成功: 国際社会が、初めて具体的な削減義務に合意した点。
- 限界: 世界最大の排出国であったアメリカが離脱したこと。また、中国やインドといった、排出量が急増していた途上国には、削減義務が課されなかったこと。これらの限界から、世界の排出量全体をカバーするには、不十分な枠組みでした。
ステップ3:すべての国が参加する枠組みへ
- パリ協定(2015年採択、2016年発効):
- 京都議定書に代わる、2020年以降の新しい国際的な枠組みです。
- 歴史的な転換: 京都議定書と異なり、先進国・途上国を問わず、歴史上初めて、すべての参加国が、温室効果ガスの削減に取り組むことを約束しました。
- 仕組み(ボトムアップ方式):
- 各国が、**「自国が決定する貢献(Nationally Determined Contribution: NDC)」**として、自主的な削減目標を5年ごとに国連に提出し、その達成に向けて国内対策をとります。
- すべての国の取り組みを合計しても、世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求するという、協定の長期目標にはまだ届かないため、5年ごとに目標を見直し、強化していく仕組み(グローバル・ストックテイク)が導入されています。
パリ協定は、すべての国を同じ土俵に乗せることに成功しましたが、各国の目標達成を法的に強制する仕組みが弱いなど、その実効性をいかに確保していくかが、今後の大きな課題となっています。
3. 生物多様性の保全と、国際条約
地球環境問題は、温暖化のような気候システムの問題だけではありません。私たちの生存基盤を支える、もう一つの重要な柱である、地球上の生命の豊かさそのものもまた、深刻な危機に瀕しています。これが、生物多様性の喪失の問題です。
3.1. 生物多様性とは何か、なぜ重要なのか
生物多様性とは、地球上に、多種多様な生き物(種)が存在し、それらが、様々な環境(生態系)の中で、互いにつながり合って生きている、その生命の豊かさ全体を指す言葉です。
それは、以下の三つのレベルの多様性から成り立っています。
- 生態系の多様性: 森林、河川、湿地、サンゴ礁など、様々なタイプの自然環境が存在すること。
- 種の多様性: 動物、植物、菌類、微生物など、多種多様な生物種が存在すること。
- 遺伝子の多様性: 同じ種の中でも、個体ごとに遺伝的な変異があり、個性があること。
この生物多様性は、単に「たくさんの種類の生き物がいると楽しい」というだけのものではありません。私たちは、生物多様性がもたらす、様々な**「生態系サービス」**の恩恵を受けて生きています。
- 供給サービス: 食料、水、木材、医薬品の原料などを提供してくれる。
- 調整サービス: 空気を浄化し、気候を安定させ、水害を緩和してくれる。
- 文化的サービス: 私たちに、精神的な安らぎや、芸術的なインスピレーションを与えてくれる。
しかし、人間活動(乱開発、乱獲、外来種の持ち込み、環境汚染など)によって、この貴重な生物多様性は、過去にない速度で失われつつあります。
3.2. 生物多様性を守るための国際条約
この危機に対応するため、国際社会は、いくつかの重要な国際条約を結び、協力して保全に取り組んできました。
- ラムサール条約(1971年採択):
- 特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地を保全するための条約です。
- ワシントン条約(CITES、1973年採択):
- 絶滅のおそれのある野生動植物の国際取引を規制するための条約です。
- 象牙や、特定の動物の毛皮などの取引が、この条約によって厳しく制限されています。
- 生物多様性条約(CBD、1992年採択):
- 生物多様性の問題に、包括的に取り組むための、最も中心的な条約です。地球サミットで、気候変動枠組条約と共に採択されました。
- この条約は、以下の三つの目的を掲げています。
- 生物多様性の保全
- 生物多様性の構成要素の持続可能な利用
- 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分(ABS)
- 特に3番目の「利益配分」は、先進国の企業が、途上国に存在する生物資源(薬草など)を利用して、医薬品などを開発した場合、そこから得られた利益を、資源を提供した国にも公正に分配すべきだ、という、南北問題の視点を含む、重要な原則です。
これらの条約に基づき、締約国会議(COP)が定期的に開かれ、具体的な国際目標(愛知目標や、その後の昆明・モントリオール生物多様性枠組など)が設定され、各国の取り組みが進められています。
4. 環境アセスメント
環境問題への対策は、すでに起きてしまった汚染や破壊への**「対症療法」(後始末)だけでは不十分です。より重要なのは、環境に深刻な影響を及ぼす可能性のある行為を、未然に防ぐことです。この「予防原則」**の考え方を、具体的な法制度として実現したのが、**環境アセスメント(環境影響評価)**の制度です。
4.1. 環境アセスメントとは
環境アセスメントとは、道路、ダム、空港、発電所、工場、大規模な宅地開発といった、環境に大きな影響を及ぼすおそれのある事業について、その事業者が、あらかじめ、事業が環境にどのような影響を与えるかを、科学的に調査、予測、評価し、その結果を公表して、住民や専門家の意見を聞き、それらを踏まえて、環境保全のために、より望ましい事業計画を作り上げていく、一連の手続きのことです。
- 英語: Environmental Impact Assessment (EIA)
- 目的:
- 開発と環境保全の調和。
- 事業の実施に関する、意思決定の透明性と民主性を高めること。
4.2. 環境アセスメントの手続きの流れ
日本の環境影響評価法に定められた、一般的な手続きは、以下の通りです。
- 配慮書手続き(戦略的環境アセスメント):
- 事業の、より早い段階(どこで、どのような規模の事業を行うか、といった計画段階)で、複数の案を比較検討し、環境への影響を大まかに評価します。
- 方法書手続き:
- 事業者が、これからどのような項目(大気、水質、騒音、生態系など)について、どのような方法で調査・予測・評価を行うか、その計画書(方法書)を作成し、公表します。
- この段階で、住民や自治体の長から意見を聞きます。
- 準備書手続き:
- 方法書に基づき、実際に調査・予測・評価を行い、その結果と、事業者が考えた環境保全措置をまとめた報告書(準備書)を作成し、公表します。
- この段階で、再び住民からの意見を募り、説明会などを開催します。
- 評価書手続き:
- 住民や自治体の長の意見を踏まえて、準備書の内容を検討し、必要であれば修正を加えた、最終的な報告書(評価書)を作成し、国(環境大臣)や都道府県知事に提出します。
- 国や知事は、この評価書を審査し、環境保全の観点から意見を述べます。
- 報告書手続き:
- 事業者は、工事中や事業の実施後に、評価書に書かれた環境保全措置が、きちんと実施されているかを調査し、その結果を報告します。
4.3. 制度の意義と課題
- 意義:
- 環境アセスメント制度が導入されたことで、かつてのように、環境への配慮を欠いた大規模開発が、一方的に進められることは、少なくなりました。
- 事業計画の、より早い段階から、住民が情報にアクセスし、意見を述べる機会が保障されるようになったことは、住民参加の観点から、大きな前進です。
- 課題:
- 最終的な評価書の内容を踏まえて、事業の実施の可否を判断するのは、あくまでも事業の許認可権を持つ行政庁であり、アセスメントの結果が、事業の中止に直結するとは限りません。
- 評価そのものが、事業者側に有利な、甘いものになりがちではないか、という批判もあります。
5. 循環型社会の形成
20世紀の経済システムは、地球の資源を、あたかも無限であるかのように、一方通行で使い続ける**「大量生産・大量消費・大量廃棄」のモデルの上に成り立っていました。
地球から資源を採取(Take)し、製品を作り(Make)、使い終わったら捨てる(Dispose)。この線形経済(リニア・エコノミー)**は、私たちの生活を物質的に豊かにしましたが、その一方で、資源の枯渇と、増え続ける廃棄物(ごみ)という、二つの深刻な問題を生み出しました。
この持続不可能なシステムから脱却し、環境への負荷が少ない、新しい社会経済システムを構築しようとする理念が、**「循環型社会(Sound Material-Cycle Society)」**です。
5.1. 循環型社会とは
循環型社会とは、製品の生産から廃棄に至るまでの、すべての段階で、廃棄物の発生を抑制し(リデュース)、使用済みの製品や部品を再使用し(リユース)、そして、どうしても出てしまう廃棄物は、資源として再生利用する(リサイクル)ことで、天然資源の消費を抑え、環境への負荷をできる限り低減する社会のことです。
5.2. 3R(スリーアール)の原則
この循環型社会を形成するための、行動の優先順位を示したのが、**3R(スリーアール)**の原則です。
- リデュース (Reduce):発生抑制
- 最も優先順位が高い原則です。
- そもそも、ごみになるものを、減らすこと。
- 例:マイバッグを持参してレジ袋を断る、詰め替え用の製品を買う、長持ちする製品を選ぶ。
- リユース (Reuse):再使用
- 使い終わった製品や容器を、すぐに捨てずに、繰り返し使うこと。
- 例:リターナブル瓶(ビール瓶など)、フリーマーケットやリサイクルショップの活用、修理して使う。
- リサイクル (Recycle):再生利用
- 使い終わった製品を、資源として回収し、新しい製品の原材料として、再生利用すること。
- マテリアル・リサイクル: ペットボトルを、新しいペットボトルや衣類の繊維に再生するなど。
- サーマル・リサイクル: 廃棄物を燃やして、その熱をエネルギーとして回収する(熱回収)。
5.3. 日本の法制度
日本は、この循環型社会の構築を、国の重要な政策課題として位置づけ、世界でも先進的な法体系を整備してきました。
- 循環型社会形成推進基本法(2000年制定):
- 循環型社会の理念と、3Rの優先順位を明確にした、基本となる法律です。
- 個別リサイクル法:
- 特定の製品について、消費者、市町村、事業者の、それぞれの役割分担を明確にし、リサイクルを義務付ける法律が、次々と制定されました。
- 容器包装リサイクル法
- 家電リサイクル法
- 食品リサイクル法
- 建設リサイクル法
- 自動車リサイクル法
- 特定の製品について、消費者、市町村、事業者の、それぞれの役割分担を明確にし、リサイクルを義務付ける法律が、次々と制定されました。
これらの法制度は、私たちの日常生活における、ごみの分別や、リサイクル料金の負担といった形で、深く関わっています。循環型社会の実現は、政府や企業の努力だけでなく、私たち一人ひとりのライフスタイルの変革が、不可欠なのです。
6. 再生可能エネルギーと、政治的決定
地球温暖化対策と、循環型社会の形成。この二つの大きな目標を達成するための、鍵となる要素が、エネルギーシステムの転換です。現代の産業社会は、そのエネルギーの大部分を、温室効果ガスを大量に排出し、かつ、いつかは枯渇する有限な資源である、石油や石炭、天然ガスといった化石燃料に依存してきました。
この化石燃料への依存から脱却し、持続可能なエネルギーシステムを構築するための、最も有力な選択肢が、再生可能エネルギーです。
6.1. 再生可能エネルギーとは
再生可能エネルギーとは、太陽光、風力、水力、地熱、バイオマスといった、自然界に常に存在し、利用しても枯渇することがなく、繰り返し再生が可能なエネルギーの総称です。
- 特徴:
- CO2を排出しない(または、排出量が極めて少ない): 地球温暖化対策に、直接的に貢献します。
- 純国産エネルギー: 海外からの輸入に頼る化石燃料とは異なり、国内の資源を活用できるため、国のエネルギー安全保障の向上にもつながります。
6.2. エネルギー転換が「政治的決定」である理由
どのエネルギー源を、どのくらいの割合で利用するか、という国のエネルギー構成(エネルギーミックス)を決定することは、単なる技術的な選択の問題ではなく、様々な価値観や利害が衝突する、極めて高度な政治的決定を必要とします。
再生可能エネルギーへの転換が、政治的な争点となる理由は、主に以下の通りです。
- 経済的なコストと負担:
- 再生可能エネルギーの発電コストは、技術革新によって低下してきていますが、依然として、火力発電などに比べて高い場合もあります。
- その導入を促進するための費用(**固定価格買取制度(FIT)**の賦課金など)を、電気料金を通じて、国民や企業がどのように負担するのか、という問題があります。
- 既存産業との利害対立:
- 再生可能エネルギーの普及は、石油業界や電力会社といった、従来の化石燃料に依存してきた、巨大な既存産業の利益と、真っ向から対立します。
- 立地をめぐる地域との対立:
- 大規模な太陽光パネル(メガソーラー)の設置や、風力発電所の建設は、景観を損なったり、騒音を発生させたりするとして、地元住民からの反対運動(NIMBY:Not In My Back Yard、「自分の裏庭にはごめんだ」)に直面することが少なくありません。
- 原子力をめぐる対立:
- 福島第一原発事故以降、原子力発電の是非をめぐる、国民的な議論が続いています。再生可能エネルギーを推進する立場と、原子力を「CO2を排出しないベースロード電源」として維持・再稼働すべきだという立場の間で、国のエネルギー政策の根幹を揺るがす、激しい政治的対立が存在します。
このように、エネルギー政策は、環境、経済、安全保障、そして地域社会のあり方といった、多様な価値が複雑に絡み合う、政治の最重要課題の一つなのです。
7. 環境税
環境問題、特に地球温暖化のような、個々の企業や消費者の活動が、社会全体に負の影響(コスト)を及ぼす問題(外部不経済)に対して、経済学的なアプローチから解決を目指す政策ツール。それが**「環境税」**です。
7.1. 環境税の基本的な考え方 ― 「汚染者負担の原則(PPP)」
環境税の根底にあるのは、**「汚染者負担の原則(Polluter Pays Principle: PPP)」**です。
- 外部不経済の内部化:
- 通常の市場取引では、例えば、工場がCO2を排出することによって、将来、社会全体が被るであろう気候変動の被害(社会的コスト)は、その工場の製品価格には、反映されていません。
- 環境税は、この**これまで考慮されてこなかった社会的コストを、税金という形で、汚染の原因となっている経済活動に上乗せ(内部化)**する仕組みです。
- 炭素税(カーボンタックス):
- 環境税の最も代表的な例が、地球温暖化対策として導入される炭素税です。
- これは、石油や石炭、天然ガスといった、化石燃料の炭素含有量に応じて、課税するものです。炭素を多く含む燃料ほど、税率が高くなります。
7.2. 環境税に期待される二つの効果
炭素税のような環境税を導入することには、二つの異なる効果が期待されています。
- 環境保全効果(汚染行動の抑制):
- 化石燃料に課税されると、ガソリンや電気の価格が上昇します。
- これにより、企業は、エネルギー効率の高い設備に投資したり、よりクリーンなエネルギー源に転換したりする**インセンティブ(動機)**が生まれます。
- 消費者もまた、省エネを心がけたり、燃費の良い自動車を選んだりするようになります。
- このように、環境税は、価格メカニズムを通じて、人々や企業の行動を、環境に配慮した方向へと、自発的に誘導する効果を持ちます。
- 税収効果(グリーンな財源の確保):
- 環境税によって得られた税収は、再生可能エネルギーの導入支援や、省エネ技術の開発、森林保全といった、さらなる環境対策のための、貴重な財源として活用することができます。
- また、この税収を、他の税金(例えば、所得税や法人税)の引き下げの原資とすることで、経済全体への負担を中立に保ちながら、環境保全を進める**「税制の中立性」**という考え方もあります。
7.3. 環境税をめぐる課題
- 経済への影響:
- 環境税の導入は、エネルギーコストの上昇を通じて、企業の国際競争力を損なったり、家計を圧迫したりする可能性がある、という経済界からの強い懸念があります。
- 逆進性の問題:
- 所得の低い人ほど、収入に占める光熱費などの割合が高いため、エネルギー価格の上昇は、低所得者層に、より重い負担を強いる逆進性を持つ、という問題があります。そのため、導入にあたっては、低所得者への配慮(給付金など)をセットで考える必要があります。
8. ナショナル・トラスト運動
環境保全の担い手は、政府や国際機関だけではありません。市民自身が、主体となって、自らの手で、かけがえのない自然や、歴史的な景観を守り、未来へと引き継いでいこうとする、力強い市民運動が存在します。その代表的なものが**「ナショナル・トラスト運動」**です。
8.1. ナショナル・トラスト運動とは
ナショナル・トラスト運動とは、開発などによって失われる危機にある、貴重な自然環境(森林、湿地、海岸線など)や、歴史的な建造物、街並みを、広く市民や企業から寄付金を募り、その土地や建物を買い取って(取得して)、国民全体の共有財産(ナショナル・トラスト)として、永久に保全・管理していく市民運動です。
8.2. 運動の始まりと理念
- 発祥はイギリス:
- この運動は、19世紀末のイギリスで、産業革命による急速な都市化と、乱開発から、美しい田園風景や、歴史的な遺産を守るために、三人の市民の提唱によって始まりました。
- 1895年に設立された英国ナショナル・トラストは、現在では世界最大級の民間環境保護団体へと発展しています。
- 理念:
- その根底には、「かけがえのない自然や文化遺産は、特定の個人の所有物ではなく、国民全体、そして未来の世代のための、共有財産である」という思想があります。
- 行政の規制や保護だけに頼るのではなく、市民自身の自発的な力で、これらの財産を守り抜こう、という強い市民的責任感に基づいています。
8.3. 日本におけるナショナル・トラスト運動
- 始まり:
- 日本での運動の先駆けは、1964年、乱開発の危機に瀕した神奈川県鎌倉市の**「御谷(おやつ)の森」**を、作家の大佛次郎らの呼びかけで、市民の寄付によって守った活動であると言われています。
- 全国への広がり:
- その後、北海道の知床や、和歌山県の天神崎など、全国各地で、その土地の自然や景観を守るための、ナショナル・トラスト運動が広がっていきました。
- 現在では、50以上の団体が、公益社団法人**「日本ナショナル・トラスト協会」**に加盟し、活動しています。
8.4. 市民社会における意義
ナショナル・トラスト運動は、Module 17で学んだ市民社会の活動の、最も成功した、象徴的な事例の一つです。
- 政府や市場へのカウンター: 政府の開発許可や、市場の論理(利益の追求)だけでは守ることのできない価値を、市民の自発的な連帯と貢献によって守る、という、第三セクターの重要な役割を示しています。
- 持続的な市民参加: 単に寄付をするだけでなく、取得した土地の管理活動(草刈りや、自然観察会の開催など)に、多くのボランティアが継続的に参加することで、地域社会とのつながりを深め、ソーシャル・キャピタルを醸成する効果も持っています。
9. 環境政策における、合意形成の難しさ
これまでの各項で見てきたように、環境問題への対策は、しばしば、様々な立場の人々の間で、深刻な利害の対立や価値観の対立を引き起こします。そのため、環境政策を決定し、実行していく上での最大の課題は、これらの対立を乗り越え、社会的な**合意(コンセンサス)**を、いかにして形成していくか、という点にあります。
環境政策における合意形成が、特に難しい理由は、その対立が、多層的で、複雑な構造を持っているからです。
9.1. 国際レベルでの対立
- 先進国 vs 途上国(南北対立):
- 地球温暖化対策に象徴されるように、地球規模の環境問題において、最も根深い対立軸です。
- 歴史的責任の問い: 途上国は、「これまでの環境破壊の責任は、先に工業化を達成し、大量の資源を消費してきた先進国にある」と主張します。
- 開発の権利: 「我々にも、貧困から脱却し、経済発展を遂げる権利がある。先進国と同じような環境規制を、一方的に押し付けられるべきではない」と反発します。
- この対立を乗り越えるための理念が、**「共通だが差異ある責任」**ですが、その具体的な負担のあり方をめぐる交渉は、常に難航します。
9.2. 国内レベルでの対立
- 経済的利益 vs 環境保護:
- 環境規制の強化は、しばしば、特定の産業界(例えば、電力業界や自動車業界)の短期的な経済的利益と、真っ向から対立します。
- 経済界は、「厳しすぎる規制は、企業の国際競争力を損ない、雇用を失わせる」と主張し、環境団体は、「目先の利益のために、未来の環境を犠牲にすべきではない」と主張します。
- 中央政府 vs 地方自治体・住民(NIMBY問題):
- 廃棄物処理場、原子力発電所、ダムといった、社会全体としては必要かもしれないが、地域にとっては環境リスクや負担を伴う施設(いわゆる迷惑施設)の建設をめぐっては、国や事業者と、立地地域の自治体・住民との間で、深刻な対立が生じます(NIMBY:Not In My Back Yard、「私の裏庭にはごめんだ」)。
- 世代間の対立:
- 環境問題の最も本質的な対立軸は、現在世代と未来世代との間の、時間軸を越えた対立です。
- 現在世代が、豊かな生活を維持するために、資源を大量に消費し、環境を破壊すれば、その深刻なツケ(気候変動の激化や、資源の枯渇)を支払わされるのは、まだ生まれてもいない、未来の世代です。
- 未来の世代は、現在の意思決定の場に、自らの声を届けることができません。この声なき世代の利益を、いかにして現在の政治プロセスに反映させるか。これが、次項で学ぶ「世代間倫理」の問いです。
これらの複雑に絡み合った対立を調整し、持続可能な社会への合意を形成していくことは、現代の民主主義に課せられた、最も重い課題の一つなのです。
10. 世代間倫理と、環境
環境問題を、その最も根源的なレベルで考えると、私たちは、一つの究極的な倫理的な問いに突き当たります。
「現在を生きる私たちは、まだ生まれていない未来の世代に対して、どのような責任を負っているのだろうか。」
この、時間軸を越えた、異なる世代間の倫理的な関係性を問うのが**「世代間倫理(Intergenerational Ethics)」**です。
10.1. 「世代間の公平性」という考え方
環境問題における世代間倫理の核心は、**「世代間の公平性(Intergenerational Equity)」**という考え方です。
- 地球という遺産:
- 私たちが今、享受している地球の豊かな自然環境や資源は、決して、私たち現在世代だけのものではありません。それは、過去の世代から受け継ぎ、そして、未来の世代へと引き渡していくべき、人類共通の信託財産のようなものです。
- 現在世代の責任:
- したがって、私たち現在世代は、この信託財産を、自らの欲望のままに使い果たしたり、汚染し尽くしたりして、未来の世代が、私たちと同じように、健全な環境の恵沢を享受する機会を、一方的に奪う権利はありません。
- むしろ、この地球環境を、少なくとも、私たちが受け継いだ時と、同じか、より良い状態で、未来の世代に引き渡していく、受託者としての責任を負っている、と考えるのです。
10.2. 「持続可能な開発」との関係
この世代間倫理の考え方を、具体的な政策理念として、国際的に定着させたのが、1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会(ブルントラント委員会)」が発表した報告書で提唱された**「持続可能な開発(Sustainable Development)」**という概念です。
- 定義:「将来の世代の欲求を満たしうる能力を損なうことなしに、現在の世代の欲求を満たすような開発」
- 理念:
- この定義は、世代間倫理の核心を、明確に捉えています。
- それは、環境保護のために、開発や経済成長を完全に否定するものではありません。現在の世代のニーズ(特に、途上国の貧困からの脱却)を満たすための「開発」も重要であると認めます。
- しかし、その開発は、未来の世代の可能性を、犠牲にするものであってはならない、という、明確な倫理的な制約を課しているのです。
10.3. 政治思想としての意義
世代間倫理の問いは、伝統的な政治思想の枠組みに、大きな挑戦を突きつけています。
- 声なきステークホルダー:
- 民主主義は、現在を生きる有権者の意思を、選挙を通じて反映させるシステムです。しかし、未来の世代は、現在の政治プロセスに投票する権利を持たず、その利益を代弁する者もいません。
- この「声なきステークホルダー(利害関係者)」の利益を、どのようにして現在の意思決定に組み込むのか。これは、民主主義のあり方そのものを、問い直すものです。
環境問題は、私たちに、空間的な広がり(国境を越えた地球全体)だけでなく、時間的な広がり(未来の世代)においても、自らの責任の範囲を拡張することを、倫理的に要請しているのです。
Module 19:環境問題と政治の総括:地球という舞台、その未来の脚本を書く責任
本モジュールでは、環境問題が、いかにして現代政治の中心的かつ根源的なアジェンダとなったのか、その思想、制度、そして対立の力学を探求しました。私たちは、良好な環境を求める「環境権」という新しい人権思想から始まり、地球温暖化という全人類的課題に国際社会が協調と対立を繰り返しながら挑む、壮大なドラマを見てきました。そして、開発と保全の狭間で機能する環境アセスメント、使い捨て社会からの脱却を目指す循環型社会、エネルギー選択という高度な政治決定、そして市民社会の自発的な力であるナショナル・トラスト運動など、多様なアプローチを学びました。しかし、そのすべての根底には、先進国と途上国、経済と環境、そして現在世代と未来世代という、深刻な利害の対立が存在し、合意形成を極めて困難にしています。環境問題とは、つまるところ、「世代間倫理」という、時間軸を越えた壮大な問いに、現代を生きる私たちが、いかにして応えるかという、責任の物語です。地球という、代替のきかない唯一の舞台で、どのような未来の脚本を書き、次の世代に手渡すのか。その重いペンは、今、私たちの手に握られているのです。