【基礎 政治経済(政治)】Module 4:国会 ― 国権の最高機関
本モジュールの目的と構成
Module 3では、国家の基本設計図である日本国憲法の三大原則を学びました。しかし、どれほど優れた設計図があっても、それを現実に動かすための強力なエンジンがなければ、国家という船は前に進みません。その民主主義国家のまさに中枢エンジンに相当するのが、本モジュールで探求する「国会」です。国会は、単に法律が作られる建物ではありません。それは、憲法が掲げる「国民主権」という理念が、具体的な形となって現れる、最も重要な舞台です。私たちが選挙で投じた一票が、どのようなプロセスを経て国家の意思となり、私たちの生活を規定するルールへと変わっていくのか。そのダイナミックな過程を理解することこそ、政治現象を深く洞察するための鍵となります。
本モジュールは、国会の仕組みと機能を解剖し、その「取扱説明書」を皆さんと共に読み解いていくことを目的とします。単なる制度の暗記に留まらず、なぜそのような仕組みになっているのか、その背景にある論理や歴史を深く理解することで、日々の政治ニュースの裏側で繰り広げられる攻防の意味を、より明確に捉えることができるようになります。
本モジュールは、以下の10のステップを通じて、国権の最高機関の核心に迫ります。
- なぜ議会は二つあるのか? ― 二院制の仕組みと意義: まず、国会が衆議院と参議院という二つの議院から構成される「二院制」の基本構造を学びます。なぜ一つではなく、あえて二つの議院を置くのか、そのメリットとデメリットを比較し、慎重な意思決定を担保する仕組みの叡智を探ります。
- どちらの議院がより強いのか? ― 衆議院の優越: 二院制を前提としつつも、憲法が特定の重要事項に関して衆議院に特別な優越的地位を与えている理由を解き明かします。「国民の意思により近い」とされる衆議院が、国政の最終的な方向性を決定づけるメカニズムを具体的に見ていきます。
- 国会は何をすることができるのか? ― 国会の権能: 「国権の最高機関」そして「唯一の立法機関」として、国会が持つ広範な権能(仕事)の全体像を把握します。法律の制定から予算の議決、内閣総理大臣の指名まで、国会が国家の運営において果たす多岐にわたる役割を整理します。
- なぜ議員は特別扱いされるのか? ― 議員の特権: 国会議員に認められている不逮捕特権や免責特権といった「特権」の本質に迫ります。これらが議員個人のためではなく、国民の代表者としての職務を全うさせるために不可欠な制度的保障であることを理解します。
- 本当の議論はどこで行われるのか? ― 委員会の役割: テレビで見る本会議が国会の全てではありません。法案審議の実質的な舞台となる「委員会」の役割を解明します。専門的な議論が交わされる委員会中心主義の実際を知ることで、国会審議のリアリティに触れます。
- 一つのアイデアが法律になるまで ― 立法過程: 一つの法案が提出されてから、数々の審議を経て「法律」として成立するまでの具体的なプロセスを、ステップ・バイ・ステップで追いかけます。民主国家のルール作りがいかに緻密な手続きの上に成り立っているかを学びます。
- 国会はいつ開かれるのか? ― 通常国会、臨時国会、特別国会: 国会の活動期間である「会期」の概念を理解し、それぞれ目的の異なる通常国会、臨時国会、特別国の三種類について、その召集要件や役割の違いを明確にします。
- 国会は内閣をどうコントロールするのか? ― 議院内閣制と国会の役割: 日本の統治機構の根幹である「議院内閣制」において、国会と内閣がどのような緊張関係にあるのかを探ります。内閣不信任決議と衆議院の解散という、相互の抑制と均衡のメカニズムを学びます。
- 政府の活動を監視する ― 国政調査権: 国会が持つ最強の権限の一つ、「国政調査権」に焦点を当てます。行政を監視する「番犬(ウォッチドッグ)」として、政府の活動を調査し、国民に対する説明責任を確保するための武器の役割を理解します。
- 現代国会の課題とは何か? ― 国会審議の活性化: 最後に、現代の国会が抱える「審議の形骸化」や「党派対立の激化」といった課題を分析し、その機能をいかにして活性化させるか、党首討論などの改革の試みについて考察します。
このモジュールを修了したとき、皆さんは国会という巨大な機構の設計思想と運営の実際を深く理解し、日本の民主主義がどのように機能しているのかを、自らの言葉で語ることができるようになっているはずです。それでは、国権の最高機関をめぐる探求の旅を始めましょう。
1. 二院制(衆議院と参議院)の仕組みと、その意義
日本国憲法は、国会を衆議院と参議院の二つの議院で構成すると定めています(第42条)。このように、議会が二つの独立した議院から成り立つ制度を**二院制(両院制、Bicameralism)**と呼びます。世界の多くの国々、特に国土や人口規模が大きい国で採用されている制度です。
1.1. 衆議院と参議院の比較
両議院は、国民の代表からなるという点では共通していますが、その構成や性格において重要な違いがあります。
比較項目 | 衆議院 (House of Representatives) | 参議院 (House of Councillors) |
議員定数 | 465人 | 248人 |
任期 | 4年 | 6年 |
解散 | あり | なし |
選挙 | 3年ごとに半数を改選 | – |
被選挙権 | 満25歳以上 | 満30歳以上 |
性格 | 短期の民意を反映しやすい | 長期的・安定的な視点での審議 |
最も大きな違いは、任期と解散の有無です。衆議院は任期が4年と短く、さらに任期途中での解散があるため、選挙が頻繁に行われる可能性があります。これにより、衆議院の構成は、その時々の国民の意思(民意)を敏感に反映しやすいという特徴があります。
一方、参議院は任期が6年と長く、解散がありません。さらに、3年ごとに半数ずつ改選されるため、一時の世論の熱狂に左右されにくく、長期的かつ安定的な視点から国政を審議することが期待されています。このことから、参議院は「良識の府」とも呼ばれます。
1.2. 二院制の意義(メリット)
では、なぜわざわざ二つの議院を設けるのでしょうか。二院制には、主に以下のようなメリットがあると考えられています。
- 審議の慎重化と行き過ぎの抑制:
- 一つの法案を、性格の異なる二つの議院がそれぞれ独立して審議することで、より多角的で慎重な検討が可能になります。一つの議院が、一時的な世論の高まりに押されて拙速な決定を下そうとしても、もう一つの議院がそれをチェックし、冷静な判断を促す「クールダウン(冷却期間)」の役割を果たします。これは、権力の暴走を防ぐための重要な安全装置と言えます。
- 多様な民意の反映:
- 衆議院と参議院では、選挙制度が異なります。これにより、単一の選挙制度では拾いきれない、より多様な国民の意見や利益を国政に反映させることが可能になります。例えば、参議院の比例代表制では、小政党や特定の分野の専門家なども議席を得やすくなっています。
1.3. 二院制の課題(デメリット)
一方で、二院制にはデメリットも存在します。
- 意思決定の遅延: 二つの議院で意見が対立すると、法案の成立までに時間がかかり、迅速な政治決断が求められる場面で対応が遅れる可能性があります。
- 「ねじれ国会」による政治の停滞:
- 衆議院と参議院で、多数を占める政党(勢力)が異なる状態を「ねじれ国会」と呼びます。この状態になると、衆議院で可決された法案が参議院で次々と否決されるなど、政府・与党の政策運営が極めて困難になり、政治が停滞する大きな原因となります。
- 参議院の「カーボンコピー」化批判:
- 本来は衆議院とは異なる独自性を発揮することが期待されている参議院が、実際には政党の力が強く働き、衆議院の審議と大差ない「カーボンコピー」のようになっているのではないか、という批判もあります。
これらのメリットとデメリットを比較衡量しながら、二院制をいかに効果的に機能させていくかが、常に問われ続けているのです。
2. 衆議院の優越
二院制は、両議院が対等であることを原則としますが、日本の憲法は、いくつかの重要な国政事項について、衆議院の議決に参議院の議決よりも優先的な効力を認めています。これを**「衆議院の優越」**と呼びます。
2.1. なぜ衆議院が優越するのか
衆議院に優越的地位が認められている理由は、その民意の反映度が高いと考えられるからです。
- 任期が短く(4年)、解散があるため、衆議院は参議院よりも頻繁に国民の審判を受けることになります。
- したがって、衆議院の意思は、より新しく、直接的な国民の意思を代表していると見なされ、国政の最終的な意思決定において、より大きな責任を負うべきだと考えられているのです。
2.2. 衆議院の優越が認められる具体的な場面
憲法が衆議院の優越を明確に定めているのは、以下の4つの場面です。
- 法律案の議決(憲法第59条)
- 衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決(否決など)をした法律案は、衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再び可決すれば、法律となります。
- 参議院が否決しなくても、法律案を受け取ってから60日以内に議決しない場合も、衆議院は参議院が否決したとみなすことができます。
- この「3分の2以上の再可決」という極めて高いハードルがあるため、法律案の議決における衆議院の優越は、限定的なものと言えます。
- 予算の議決(憲法第60条)
- 予算は、必ず衆議院に先に提出されなければなりません(予算先議権)。
- 衆議院で可決し、参議院で異なった議決をした場合、両院協議会を開いても意見が一致しないとき、または参議院が予算案を受け取ってから30日以内に議決しないときは、衆議院の議決が国会の議決となります。
- この場合、法律案のような再可決は不要であり、自動的に衆議院の議決が通るため、予算における優越は非常に強力です。
- 条約の承認(憲法第61条)
- 手続きは予算の議決の場合と全く同じです。衆議院の議決が最終的な国会の議決となります。
- 内閣総理大臣の指名(憲法第67条)
- 衆議院と参議院が異なった指名の議決をした場合、両院協議会を開いても意見が一致しないとき、または参議院が指名の議決を行わないときは、衆議院の議決が国会の議決となります。
- これも、再可決が不要であるため、非常に強力な優越です。
2.3. 事実上の優越
憲法に明記されているわけではありませんが、以下の点も衆議院の優越を示すものとされています。
- 内閣不信任決議権(憲法第69条): 内閣不信任の決議は、衆議院のみが行うことができます。参議院にはこの権限はありません。
- 憲法改正の発議(憲法第96条): 改正の発議には両議院それぞれの総議員の3分の2以上の賛成が必要であり、この点では両議院は対等です。しかし、衆議院の解散があるため、憲法改正を争点とした選挙で勝利した衆議院の意思が、改正論議を主導する力が強いと言えます。
優越の種類 | 法律案の議決 | 予算の議決 | 条約の承認 | 内閣総理大臣の指名 |
再可決の要否 | 必要 (出席議員の2/3以上) | 不要 | 不要 | 不要 |
優越の強さ | 限定的 | 強力 | 強力 | 強力 |
3. 国会の権能(法律の制定、予算の議決、条約の承認など)
日本国憲法第41条は、国会を「国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である」と定めています。この条文は、国会が日本の統治機構の中で占める中心的な地位を示しています。国会が持つ権能(権限と能力)は多岐にわたりますが、主に以下のように分類できます。
3.1. 立法に関する権能
- 法律の制定(唯一の立法機関):
- 国会の最も重要かつ本質的な権能です。「唯一の立法機関」とは、国会だけが法律を制定できるという国会中心立法の原則と、国会の議決だけで法律は成立し、他の機関(例えば、天皇や内閣)の承認を必要としないという国会単独立法の原則を意味します。
3.2. 財政に関する権能
国の財政(収入と支出)は、国民生活に絶大な影響を与えるため、国民の代表である国会が厳しくコントロールします。これを財政民主主義と呼びます。
- 予算の議決(憲法第86条): 内閣が作成した予算案を審議し、議決します。これは法律の制定と並ぶ重要な権能です。
- 決算の審査(憲法第90条): 前年度の予算が正しく執行されたかを、会計検査院の報告に基づいて審査します。
- 租税法律主義(憲法第84条): 税金を新たに課したり、内容を変更したりするには、必ず法律によらなければならないという原則です。
- その他: 国有財産の管理・処分(第85条)、予備費の支出の承諾(第87条)なども国会の権能です。
3.3. 内閣との関係における権能
議院内閣制の下、国会は内閣を組織し、監視する重要な役割を担います。
- 内閣総理大臣の指名(憲法第67条): 国会議員の中から内閣総理大臣を指名します。
- 内閣不信任決議(衆議院のみ、憲法第69条): 内閣の政権担当能力がないと判断した場合、不信任を決議できます。
- 国政調査権(憲法第62条): 行政の運営を監視するために、国政全般について調査する権限です。(詳細は後述)
3.4. 裁判所との関係における権能
- 弾劾裁判所の設置(憲法第64条): 罷免の訴追を受けた裁判官を裁判するため、両議院の議員で組織する弾劾裁判所を設置します。これは、司法権の独立を尊重しつつ、重大な非行があった裁判官を国民の代表が罷免できるようにするための制度です。
3.5. その他の重要な権能
- 条約の承認(憲法第73条3号): 内閣が締結した条約を、国会が承認します。これにより、外交政策に対する民主的なコントロールを行います。
- 憲法改正の発議(憲法第96条): 憲法改正の原案を審議し、国民に提案(発議)する権限です。
これらの多様な権能を通じて、国会は立法、行政、司法の各分野にわたり、国民の代表として国政全般をコントロールする中心的な役割を果たしているのです。
4. 議員の特権(不逮捕特権、免責特権)
国会議員は、国民全体の代表者として、その職務を十分に果たせるように、憲法によっていくつかの特別な地位(特権)が保障されています。これらの特権は、議員個人に利益を与えるためのものではなく、国会という議院の自律性を保ち、議員が外部からの不当な圧力や干渉を受けることなく、自由闊達な議論を行えるようにするための制度的な保障です。
主に、以下の三つの特権が憲法で定められています。
4.1. 不逮捕特権(憲法第50条)
第50条
両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。
- 内容: 国会議員は、国会の会期中は、原則として逮捕されません。
- 目的: 政府(行政権)が、自らにとって都合の悪い議員を、捜査権を濫用して逮捕・拘束することで、その議員の議会活動を妨害したり、議会の審議に不当な影響を与えたりすることを防ぐためです。
- 例外: この特権は絶対的なものではなく、二つの例外があります。
- 院外における現行犯の場合: 犯罪を行っているまさにその現場で逮捕される場合は、不逮捕特権は及びません。
- その議員が所属する議院の許諾がある場合: 議院が「逮捕を許諾する」という議決をすれば、会期中でも逮捕することが可能です。
また、会期前に逮捕されていた議員については、所属する議院が要求すれば、会期中は釈放しなければなりません。
4.2. 免責特権(憲法第51条)
第51条
両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。
- 内容: 国会議員は、議院で行った演説、討論、票決について、国会の外(院外)で、民事上・刑事上の責任を一切問われません。
- 目的: 議員が、政府の失政を厳しく追及したり、他の議員の意見を批判したりする際に、後で名誉毀損で訴えられるかもしれない、といったことを恐れて発言をためらうことがないようにするためです。国民の代表として、自由な討論を保障するための極めて重要な特権です。
- 限界:
- **「議院で行つた」**活動に限られます。例えば、議院の外で行った街頭演説や、ブログでの発言などは、この特権の対象外です。
- **「院外で」**責任を問われない、というものです。院内での責任、つまり、所属する議院の規律(懲罰)の対象となる可能性はあります。例えば、不適切な発言に対して、議院が登院停止などの懲罰処分を科すことは可能です。
4.3. 歳費特権(憲法第49条)
第49条
両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。
- 内容: 国会議員は、国庫から歳費(給与)を受け取る権利があります。
- 目的: 経済的な理由で、有能な人物が議員になることを断念することがないようにするためです。議員が生活の心配をすることなく、国政の審議に専念できるようにする、という目的もあります。
5. 国会における、委員会の役割
国会の審議と聞くと、多くの人がテレビ中継で見るような、広い議場で大勢の議員が集まっている本会議の様子を思い浮かべるかもしれません。しかし、現代の国会運営において、法案審議の実質的な中心となっているのは、委員会です。本会議が最終的な意思決定の場であるとすれば、委員会は法案を専門的・技術的に、そして詳細に検討するための「作業場」と言えます。
現在の国会は、この委員会での審査を審議の中心とする委員会中心主義をとっています。
5.1. 委員会の種類
国会に設置される委員会は、大きく分けて常任委員会と特別委員会の二種類があります。
- 常任委員会 (Standing Committees):
- 衆議院・参議院のそれぞれに常設されている委員会です。
- 内閣の省庁に対応する形で、所管分野が定められています。(例:内閣委員会、総務委員会、財務金融委員会、外務委員会など)
- すべての議員は、少なくとも一つの常任委員会に所属することが義務付けられています。
- 法案や請願は、まずその内容に関連する所管の常任委員会に付託(審査を委ねること)され、そこで専門的な審査が行われます。
- 特別委員会 (Special Committees):
- 特定の案件を審査するために、国会の議決によって会期ごとに特別に設置される委員会です。
- 複数の常任委員会にまたがるような重要な案件や、特に緊急性の高い案件を扱う場合に設けられます。(例:予算委員会、決算委員会、災害対策特別委員会など)
- その案件の審査が終了すれば、委員会は廃止されます。
5.2. 委員会における審査
委員会では、少人数の委員(議員)によって、法案に対する集中的な審議が行われます。
- 趣旨説明と質疑: まず、法案の提出者(大臣や議員)から法案の趣旨説明が行われ、それに対して委員たちが質疑応答を重ねます。ここでは、専門的な観点から法案の問題点や疑問点が徹底的に議論されます。
- 公聴会: 国民生活に広く影響を与える重要な法案については、学識経験者や利害関係者など、一般の人から意見を聴くための公聴会を開くことができます(常任委員会では義務、特別委員会では任意)。
- 修正と採決: 質疑を通じて、必要であれば法案の修正案が提出され、議論されます。最終的に、委員会としての態度を決定するために、委員による採決が行われます。
委員会で可決された法案のみが、原則として本会議の議題となります。逆に、委員会で否決された法案が本会議で可決されることは、極めて稀です。このことからも、委員会が法案の運命を事実上決定づける、審議の中心であることがわかります。
6. 法律ができるまでのプロセス(立法過程)
私たちが従うべき社会のルールである法律は、国会における厳格で緻密な手続きを経て生まれます。一つの法案が「法律」として成立するまでの道のり(立法過程)は、以下のステップで進められます。
ステップ1:法案の提出(発議)
まず、法律の案文である「法律案」が国会に提出されます。法案を提出できるのは、内閣または国会議員です。
- 内閣提出法案(閣法): 各省庁が専門的な知見をもとに作成し、閣議決定を経て内閣が提出する法案。
- 議員提出法案(衆法・参法): 国会議員が提出する法案。提出には、衆議院では20人以上、参議院では10人以上の賛成が必要です。
- 現実: 成立する法律の多くは、政府の強力な政策遂行能力と情報量を背景とした内閣提出法案です。
ステップ2:議長による委員会への付託
提出された法案は、衆議院または参議院の議長(どちらの議院に先に提出されるかは法案によりますが、予算を伴う重要な法案は衆議院が先になることが多い)によって、その内容を所管する適切な常任委員会に付託されます。
ステップ3:委員会での審査
ここが立法過程の核心部分です。委員会では、趣旨説明、質疑応答、公聴会などを通じて、法案が専門的かつ多角的に審査されます。必要に応じて法案の修正も行われ、最終的に委員会として可決するか否決するかを採決します。
ステップ4:本会議での審議・採決
委員会で可決されると、法案は本会議に送られます。本会議では、委員会の審査経過と結果が委員長から報告され、それに基づいて討論が行われた後、全議員による採決が行われます。
ステップ5:もう一方の議院への送付・審査
一つの議院(先議議院)の本会議で可決されると、法案はもう一方の議院(後議議院)に送付されます。後議議院でも、**ステップ2〜4と同様のプロセス(委員会付託 → 委員会審査 → 本会議採決)**が繰り返されます。
ステップ6:法律の成立
後議議院の本会議でも可決されれば、両議院の議決が一致したことになり、法案は「法律」として成立します。
ステップ7:法律の公布
成立した法律は、後議議院の議長から内閣へ送付されます。内閣の助言と承認に基づき、天皇が国民の名で公布します(国事行為)。法律は、公布から一定の期間(通常は20日)を経て、効力を発生します(施行)。
【もし両議院の議決が異なった場合】
衆議院で可決、参議院で否決など、両議院の議決が一致しない場合は、衆議院の優越の規定が適用されます。
- 両院協議会: 両院の代表者による協議の場が設けられますが、ここで成案が得られることは稀です。
- 衆議院の再議決: 衆議院が出席議員の3分の2以上の多数で再び可決すれば、参議院の議決にかかわらず、法律として成立します。
7. 通常国会、臨時国会、特別国会
国会は、一年中開かれているわけではなく、「会期」と呼ばれる一定の期間に活動を行います。会期の終了とともに国会は閉会し、その会期中に議決されなかった法案は、原則として次の会期には引き継がれず、廃案となります(会期不継続の原則)。
憲法は、目的と召集要件に応じて、以下の三種類の国会の会期(召集)を定めています。
7.1. 通常国会(常会)
- 召集: 毎年1回、1月中に召集されるのが常例です(憲法第52条)。
- 会期: 会期は150日間と法律で定められています。会期は1回に限り延長が可能です。
- 主な目的: 次の年度(4月1日から)の国家予算を審議し、議決することが最大の目的です。予算案と同時に、それに関連する多くの重要な法案も審議されます。
- 通称: その性格から「予算国会」とも呼ばれます。
7.2. 臨時国会(臨時会)
- 召集: 内閣が必要と認めたとき、または、いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求があったときに、内閣が召集を決定します(憲法第53条)。
- 会期: 会期はその都度、両議院の議決で定められます。延長は2回まで可能です。
- 主な目的:
- 通常国会で審議しきれなかった法案の継続審議。
- 災害対策など、緊急に対応が必要な案件の審議。
- 補正予算の審議。
- 現実: 秋に召集されることが多く、「秋の臨時国会」が定着しています。
7.3. 特別国会(特別会)
- 召集: 衆議院が解散された後の総選挙の日から30日以内に召集されなければなりません(憲法第54条)。
- 会期: 臨時国会と同様、その都度両議院の議決で定められます。
- 主な目的: 新しく選ばれた衆議院議員によって、内閣総理大臣を指名することが、憲法上定められた最優先の目的です。
- 通称: その目的から「首班指名国会」とも呼ばれます。
【豆知識:参議院の緊急集会】
衆議院が解散されている期間中に、国として緊急の事態が発生した場合、国会の機能を完全に停止させるわけにはいきません。そのような場合に備え、内閣の求めにより、参議院だけが臨時的に集会を開き、国会の権能を代行する制度があります。これを参議院の緊急集会(憲法第54条2項)と呼びます。ただし、ここで行われた措置は、次の国会開会後10日以内に衆議院の同意が得られなければ、その効力を失います。
8. 議院内閣制と、国会の役割
日本の統治機構の根幹をなすのが議院内閣制です。これは、内閣が国会の信任に基づいて成立し、国会に対して連帯して責任を負うという制度です。この制度の下で、国会と内閣は、権力分立を保ちつつも、密接な協力・抑制関係にあります。
8.1. 議院内閣制の仕組み
議院内閣制を成り立たせている、憲法上の主な仕組みは以下の通りです。
- 内閣総理大臣の指名: 内閣の首長である内閣総理大臣は、国会の議決によって国会議員の中から指名されます(憲法第67条)。通常、衆議院で多数を占める第一党の党首が指名されます。
- 国務大臣の任命: 内閣総理大臣が国務大臣を任命しますが、その過半数は国会議員でなければなりません(憲法第68条)。
- 内閣の連帯責任: 内閣は、行政権の行使について、連帯して国会に責任を負います(憲法第66条3項)。これは、個々の大臣がバラバラに責任を負うのではなく、内閣というチーム全体で国会からの評価と責任を負うことを意味します。
8.2. 国会と内閣の抑制と均衡(チェック・アンド・バランス)
議院内閣制の最もダイナミックな特徴は、国会(特に衆議院)と内閣が互いに抑制しあう、緊張感のある関係性です。
- 国会(衆議院)から内閣への抑制:
- 内閣不信任決議権: 衆議院は、内閣の政権運営が不適切であると判断した場合、内閣不信任案を可決することができます(憲法第69条)。これは、内閣に退陣を迫る、国会が持つ最も強力な武器です。
- 内閣から国会(衆議院)への抑制:
- 衆議院の解散権: 内閣不信任案が可決された場合、内閣は10日以内に、内閣が総辞職するか、衆議院を解散するかのどちらかを選択しなければなりません。
- 衆議院を解散するということは、全衆議院議員がその地位を失い、総選挙によって改めて国民の信を問うことを意味します。内閣は、自らの信任を国民に直接問う形で、不信任を突き付けた衆議院に対して反撃することができるのです。
- 実際には、憲法第7条に基づく天皇の国事行為として、内閣は不信任決議がなくても、総理大臣の任意のタイミングで衆議院を解散することが慣例となっています。
この「不信任決議」と「解散」という、いわば「伝家の宝刀」を互いに突きつけあう関係によって、国会と内閣は抑制と均衡を保ち、その行動に責任を持つことが求められるのです。
9. 国政調査権
国会が、立法機能や財政コントロール機能と並んで持つ、極めて重要な権能が国政調査権です。これは、国会が行政を監視し、国民に対する説明責任を果たさせるための強力な武器となります。
日本国憲法 第62条
両議院は、各々国政に関する調査を行ひ、これに関して、証人の出頭及び証言並びに記録の提出を要求することができる。
9.1. 国政調査権の目的
この権利の目的は多岐にわたります。
- 行政の監督: 内閣をはじめとする行政機関の活動が、法律に従って、また国民の利益のために正しく行われているかを監視・監督します。
- 立法・予算審議のための情報収集: 新しい法律を制定したり、予算を審議したりする上で必要となる、正確で専門的な情報を収集します。
- 国民への情報提供: 調査を通じて明らかになった事実を国民に知らせ、国政に対する国民の理解と関心を深めます。
国政調査権は、国会が「国民の知る権利」に応えるための重要な手段であるとも言えます。
9.2. 国政調査権の行使方法
国政調査は、主に委員会(常任委員会や特別委員会)によって行われます。その具体的な方法として、憲法は以下の二つを例示しています。
- 証人の出頭及び証言の要求(証人喚問):
- 国政調査のために必要と判断した場合、国会は関係者を証人として議院に呼び出し、証言を求めることができます。
- 証人には、原則として出頭し、証言する義務があります。正当な理由なく出頭を拒否したり、虚偽の証言(偽証)をしたりした場合は、議院証言法によって罰せられます。
- 証言は、宣誓の上で行われるため、極めて重いものです。
- 記録の提出の要求:
- 政府機関やその他の団体に対して、調査に必要な報告書やデータの提出を要求することができます。
9.3. 国政調査権の限界
国政調査権は広範な権能ですが、無制限ではありません。他の憲法上の原則との関係で、一定の限界があると解されています。
- 司法権の独立: 進行中の個別の裁判の内容に不当に干渉し、司法権の独立を侵害するような調査は許されません。
- 人権の保障: 調査の過程で、個人のプライバシーや思想・良心の自由といった基本的人権を不当に侵害することは許されません。
- 行政の自律性: 公務員の守秘義務など、行政権が円滑に機能するための自律性ともバランスをとる必要があります。
有名な国政調査の例としては、ロッキード事件やリクルート事件などの汚職疑惑の解明のために行われた証人喚問が挙げられます。国政調査権は、国会が「国民の代表」として、政府の不正や誤りをただし、国政の透明性を確保するための不可欠な機能なのです。
10. 国会審議の活性化と、その課題
国会が、憲法から与えられた重要な役割を十分に果たし、国民の負託に応えるためには、その審議が活発で実質的なものでなければなりません。しかし、現代の国会運営には、その機能を低下させかねない、いくつかの構造的な課題が指摘されています。
10.1. 国会審議が抱える課題
- 審議の形骸化(けいがいか):
- 国会での質疑応答が、事前に質問内容と答弁を通告しあう、いわば「予定調和」のセレモニーのようになり、緊張感のある真剣な討論が失われがちであると批判されています。
- 法案の採決に際しても、党の決定にすべての議員が従う党議拘束が強く働き、個々の議員が自らの信念に基づいて判断する場面が少なくなっています。
- 政府・与党と野党の対立激化:
- 政策の中身をめぐる建設的な議論よりも、次の選挙をにらんだ党派的なパフォーマンスや、相手の失言を追及することに時間が費やされ、国政の重要課題の解決が後回しにされることがあります。
- 官僚依存と「政治主導」の困難さ:
- 複雑な政策に関する専門知識や情報が官僚機構(霞が関)に集中しているため、法案の作成や国会答弁の多くを官僚に依存する傾向があります。これにより、国民から選挙で選ばれた政治家がリーダーシップを発揮する「政治主導」が困難になり、国会の立法機能が低下しているとの指摘があります。
10.2. 国会改革と審議活性化への取り組み
こうした課題を克服し、国会審議を活性化させるため、平成の政治改革以降、様々な取り組みが行われてきました。
- 党首討論(国家基本政策委員会合同審査会)の導入:
- イギリス議会のクエスチョン・タイムをモデルに、内閣総理大臣と野党の党首が、国民の目の前で直接一対一で政策論争を行う場として導入されました。メディアを通じて国民に直接アピールできるため、政治の透明性を高め、争点を明確にする効果が期待されています。
- 副大臣・大臣政務官制度の設置:
- 各省庁に、大臣を補佐する国会議員として副大臣と大臣政務官を置く制度です。これにより、官僚へのチェックを強化し、政策決定のプロセスにおける政治家の役割を拡大して「政治主導」を確立することが目指されています。
- 審議の透明化:
- 本会議や委員会の様子を、インターネットを通じてライブ中継・録画配信することが一般化しました。これにより、国民がいつでも国会の審議にアクセスできるようになり、政治への関心を高め、議員の活動を監視しやすくなりました。
これらの改革は、一定の成果を上げつつも、いまだ道半ばです。国会が真に国民の期待に応える「言論の府」となるためには、制度改革と同時に、政治家一人ひとりの資質、そして最終的には主権者である私たち国民の、政治に対する関心と監視の目が不可欠なのです。
Module 4:国会 ― 国権の最高機関の総括:民意を力に変える、民主主義のエンジンルーム
本モジュールでは、国民主権の理念を具現化する中枢機関である「国会」の構造と機能を、多角的に解剖してきました。私たちは、二院制という慎重な意思決定の仕組みから始まり、衆議院の優越という民意を重視したパワーバランス、そして法律の制定から予算の議決まで、国会が担う広範な権能の全体像を把握しました。さらに、議員の特権がなぜ存在するのか、法案が委員会という「作業場」を経ていかにして法律へと姿を変えるのか、その緻密なプロセスを追体験しました。そして、議院内閣制における内閣とのダイナミックな緊張関係や、国政調査権という行政監視の鋭い武器、最後に現代国会が直面する課題までを考察しました。国会は、決して静的な存在ではありません。それは、国民の意思を吸い上げ、議論を通じて練り上げ、国家を動かす「力」へと転換させていく、まさに民主主義のエンジンルームです。このエンジンの性能と行き先を決めるのは、議員たちの活動であり、その議員を選ぶ私たち主権者一人ひとりの選択に他ならないのです。