講義編では、単語の辞書的な意味を知るだけでなく、その言葉が持つ「肌触り」や「響き」、すなわち「語感 (Word Sense)」を養うことの重要性と、そのためのアプローチとして語彙意味論(意味ネットワーク)と比喩の理解について学びました。含意、類義語のニュアンス、コロケーション、比喩的用法などを感じ取る力は、英語の理解を深め、表現を豊かにするための鍵となります。この演習編では、講義で学んだ知識と視点を基に、具体的な問題を通して語感を磨く実践的なトレーニングを行います。言葉の多面性に触れ、その奥深さを感じ取りながら、より洗練された語彙運用能力を目指しましょう。
1. はじめに:語感を磨く実践トレーニング – 言葉の「心」を感じる
1.1. この演習の目的
- 知識の実践とスキル化: 講義で学んだ語感養成のアプローチ(形態分析、意味分析:多義性、含意、類義反意、比喩、コロケーションなど)を、具体的な演習問題を通して実践し、スキルとして定着させます。
- 感受性の向上: 単語の表面的な意味だけでなく、文脈における微妙なニュアンス、感情的な色彩、他の語との自然な結びつき、比喩的な意味合いなどを正確に感じ取り、理解する感受性を高めます。
- 語彙運用能力の深化: 読解においてより精密な意味を捉え、作文において文脈や意図に最も適した、的確で自然、かつ表現力豊かな語彙を選択・運用する能力を養います。
1.2. 演習へのアプローチ:言葉の多面性に迫る
- 比較と対照: 類義語が出てきたら、「どこが違うのだろう?」「どちらがこの文脈によりふさわしいだろう?」と比較検討する視点を持ちましょう。
- ニュアンスを探る: 「この言葉はポジティブ?ネガティブ?」「どんな感情やイメージを伴うだろうか?」と、言葉の持つ「含意」を探ってみましょう。
- 比喩のイメージ化: 比喩表現に出会ったら、文字通りの意味ではなく、それが喚起するイメージや、例えられているものの本質を捉えようとしましょう。
- 「自然さ」を問う: コロケーションの問題では、「文法的には正しくても、ネイティブはこの組み合わせを自然に使うだろうか?」という感覚を働かせてみましょう(もちろん知識による裏付けも必要です)。
- 辞書を相棒に: 演習中に迷ったり、自分の感覚を確認したりするために、英和・英英辞典はもちろん、類語辞典やコロケーション(連語)辞典を積極的に活用しましょう。
2. 意味のニュアンスと含意 (Connotation) を捉える演習
似た意味の言葉の使い分けや、言葉が持つ感情的な響きを感じ取る練習です。
2.1. 類義語の使い分け(ニュアンス・フォーマル度)
問題
括弧内に入れるのに、文脈とニュアンスを考慮して最も適切な語を(a)〜(c)から選びなさい。
- The police are (looking at / investigating / watching) the cause of the accident. (警察が事故原因を…)
- He gave a (long / lengthy / extended) speech that lasted over two hours. (長くて、やや退屈含み)
- She felt (angry / furious / annoyed) when her train was delayed by only five minutes. (5分程度の遅れに対する感情としては…)
- It is (vital / important / significant) to submit the application before the deadline. (非常に重要、必須に近いニュアンス)
- Could you (tell / inform / notify) me when the next meeting is scheduled? (ややフォーマルな状況で知らせてほしい)
解答・解説
- (b) investigating (警察が事故原因を「調査する」のが最も適切。
look at
は単に見る、watching
は監視する。) - (b) lengthy (
long
は単に長い、extended
は延長された。lengthy
はしばしば「長すぎて退屈な」というネガティブな含意を持つ。) - (c) annoyed (5分の遅れに対して
furious
「激怒した」は大げさすぎ、angry
「怒った」もやや強い。annoyed
「いらいらした」が程度として最も適切。) - (a) vital (
important
,significant
も重要だが、vital
は「不可欠な」「極めて重要な」という最も強いニュアンスを持つ。) - (b) inform / (c) notify (
tell
は口語的。inform
は「知らせる」、notify
は「通知する」で、どちらもtell
よりフォーマル。文脈によりどちらも可。)
解説: 類義語でも、意味の強さ、フォーマル度、含意(肯定的/否定的)、使われる状況が異なります。辞書の語義説明や例文を参考に、文脈に最もフィットする語を選ぶ練習です。
2.2. 含意(肯定的/否定的/中立的)の判断
問題
次の各文の下線部の語句は、文脈上、主にどのような含意(肯定的[+] / 否定的[-] / 中立的[N])を持っていると考えられますか?
- The stench from the garbage dump was unbearable.
- He presented a bold new plan to revive the company.
- She described the situation in a neutral tone.
- The crowd listened with rapt attention.
- He has a rather childish sense of humor sometimes.
解答・解説
- stench: [-] 否定的 (悪臭) (cf. aroma, fragrance は[+])
- bold: [+] 肯定的 (大胆な、勇気のある) (文脈によっては「厚かましい」[-]もありうるが、ここでは計画に対してなので肯定的)
- neutral: [N] 中立的 (中立的な)
- rapt: [+] 肯定的 (うっとりとした、心を奪われた)
- childish: [-] 否定的 (子供っぽい、幼稚な) (cf. childlike は[+]の可能性)
解説: 単語が持つ感情的・評価的なニュアンスを捉える練習です。辞書の定義だけでなく、その単語が使われる典型的な文脈も参考に判断します。
3. 比喩的用法 (Figurative Language) の解釈演習
言葉の文字通りではない意味を読み解く練習です。
3.1. 直喩 (Simile) と 隠喩 (Metaphor) の解釈
問題
次の下線部の比喩表現(直喩または隠喩)が伝えようとしている主な意味やイメージを説明しなさい。
- After the announcement, the office was like a beehive of activity.
- His mind is a steel trap, remembering every detail.
- The clouds moved slowly across the sky, as white as sheep.
- Argument is war. You need to defend your position and attack weak points.
解答・解説
- like a beehive: 蜂の巣のように → 非常に忙しく、人々が活発に動き回っている様子。
- a steel trap: 鋼鉄の罠のように → (一度捉えたら離さないことから)記憶力が非常に良く、細部まで正確に覚えていること。
- as white as sheep: 羊のように白い → (雲が)非常に白いこと。清らかさや穏やかさのイメージも伴うかもしれない。
- defend your position / attack weak points: 議論(Argument)を戦争(war)に例える概念メタファー。「自分の立場を守り、相手の弱点を攻撃する」のように、議論を戦いとして捉えていることを示唆する。
解説: 比喩が何を何に例えているのか(A is like B / A is B)、その二つの間のどのような類似点に基づいて、何を表現しようとしているのかを考えます。(4)は概念メタファーの例です。
3.2. 換喩 (Metonymy) と 提喩 (Synecdoche) の解釈
問題
次の文の下線部の語句は、換喩または提喩として使われています。それが文字通りではなく、何を指していると考えられるか答えなさい。
- The pen is mightier than the sword. (ことわざ)
- Hollywood produces many blockbuster movies every year.
- Can you lend me your ears for a moment?
- He hired some extra hands for the harvest season.
- She was reading Tolstoy on the train.
解答・解説
- pen: (道具で行為・結果を) → 言論、文筆、知識、理性 (剣(sword)が武力や暴力の象徴であることとの対比)
- Hollywood: (場所で産業を) → アメリカの映画産業
- ears: (部分で全体・機能を) → 注意、聞くこと (注目して聞いてほしい、の意)
- hands: (部分で全体を) → 労働者、人手
- Tolstoy: (作者で作品を) → トルストイの作品(小説など)
解説: 換喩(関連物による代用)や提喩(部分⇔全体)のパターンを認識し、文脈から本来指されているものを推測します。
4. コロケーション (Collocation) の演習 – 自然な語の組み合わせ
単語同士の自然な結びつき(連語)に関する練習です。
4.1. 適切なコロケーションの選択
問題
括弧内に入れるのに最も自然なコロケーションとなる語を(a)〜(c)から選びなさい。
- It is important to (achieve / fulfill / make) a good first impression.
- He couldn’t sleep because he drank (strong / heavy / powerful) coffee late at night. (※strongも可だがheavyも使う) → 修正: He got caught in (strong / heavy / powerful) rain.
- The government promised to (do / make / take) strong action against corruption.
- Could you (do / make / give) me some advice?
- She (raised / voiced / spoke) her concerns during the meeting.
解答・解説
- (c) make (
make a good impression
で「良い印象を与える」) - (b) heavy (
heavy rain
で「大雨」) ※修正後の問題に対して。元のstrong coffee
も正しいコロケーション。 - (c) take (
take action
/take measures
で「措置を講じる」) - (c) give (
give (someone) advice
で「アドバイスを与える」) ※advice
は不可算なのでan advice
とは言わない。 - (b) voiced (
voice one's concerns
で「懸念を表明する」)
解説: 日本語の発想にとらわれず、英語として自然な動詞と名詞、形容詞と名詞などの組み合わせ(コロケーション)を選ぶ練習です。
4.2. 不自然なコロケーションの訂正
問題
次の下線部はコロケーションとして不自然です。より自然な表現になるように訂正しなさい。
- I need to do some research for my paper.
- She has high knowledge of Japanese history.
- He broke his promise again.
- Let’s take a party this weekend!
解答・解説
- 訂正: do (これは自然な表現。もし
make research
ならdo
に訂正) ⇒ 設問変更: He made some research. → did - 訂正: deep / extensive / profound / detailed knowledge (
high
は通常 knowledge と結びつかない) - 訂正: broke (これは自然な表現。
keep a promise
「約束を守る」の対として使われる) ⇒ 設問変更: He cut his promise. → broke - 訂正: have / throw a party (
take a party
は不自然)
解説: 不自然な語の組み合わせに気づき、より一般的で自然なコロケーションに修正する練習です。
5. 語形成とワードファミリーの活用演習
5.1. 関連語彙のネットワーク
問題
- 動詞
inform
(知らせる) に関連する名詞(情報、知らせる人)と形容詞(有益な)を書きなさい。 - 形容詞
possible
(可能な) の反意語(接頭辞を用いる)と、名詞形、副詞形を書きなさい。 - 語根
rupt
(壊す) を持つ次の単語の意味を推測しなさい。 (a) interrupt (inter- = 間) (b) bankrupt (bank = 金融機関) (c) erupt (e- = ex- = 外へ)
解答・解説
- 名詞:
information
(情報),informant
/informer
(情報提供者) 形容詞:informative
(有益な、情報を提供する) - 反意語:
impossible
(不可能な) 名詞形:possibility
(可能性) 副詞形:possibly
(ことによると、おそらく) - (a)
interrupt
: 間に割って入って壊す → 邪魔をする、中断させる (b)bankrupt
: 金融機関が壊れる → 破産した(形容詞)、破産者(名詞) (c)erupt
: 外へ壊れ出る → 噴火する、勃発する
解説: 接辞や語根の知識を活用して、関連語を派生させたり、意味を推測したりする練習です。
6. 総合演習:文脈における語感の適用
6.1. 文脈に最適な語彙の選択(ニュアンス・含意・コロケーション考慮)
問題
空所に入れるのに、文脈全体から考えて最も「しっくりくる」語彙を(a)〜(d)から選びなさい。
- The novel vividly portrays the ( ) reality of war. (a) grim (b) dark (c) sad (d) negative
- Despite the initial difficulties, the team showed ( ) resilience and completed the project. (a) strong (b) big (c) remarkable (d) hard
- His explanation, though detailed, was rather ( ) and difficult to follow. (a) complex (b) complicated (c) convoluted (d) intricate
- She felt a ( ) of nostalgia as she looked at the old photographs. (a) feeling (b) sense (c) touch (d) pang
解答・解説
- (a) grim (
grim reality
は「厳しい現実」を表す一般的なコロケーション。dark
も近いがgrim
の方がより過酷さを示唆。sad
,negative
はやや弱い。) - (c) remarkable (
resilience
「回復力、弾力性」と結びつき、「注目すべき、驚くべき」回復力というニュアンスを出す。strong
も可能だが、remarkable
の方が賞賛の含意が強い。) - (c) convoluted (
complex
,complicated
,intricate
も「複雑な」だが、convoluted
は特に「入り組んで分かりにくい、難解な」というネガティブなニュアンスを伴うことが多い。) - (d) pang (
a pang of nostalgia/regret/guilt
などで「(突然の)鋭い痛み、うずき」を表すコロケーション。)
解説: 意味が似ていても、文脈におけるニュアンス、含意、他の語との自然な組み合わせ(コロケーション)を総合的に考慮して、最も適切な語を選ぶ「語感」を問う問題です。
6.2. 和訳・英訳における語感の反映
問題
- 次の英文を下線部の語感をできるだけ生かして和訳しなさい。 (a) The serene landscape calmed her troubled mind. (b) His flippant remarks were inappropriate for the solemn occasion.
- 次の日本文を、括弧内のニュアンスを考慮して英訳しなさい。 (a) その知らせは彼女を「打ちのめした」。(精神的に大きな打撃を与えた) (b) 彼は「微妙な」ヒントを与えてくれた。(直接的ではないが分かる程度の)
解答・解説
- (a) その穏やかで静謐な風景は、彼女の悩める心を落ち着かせた。(serene: 落ち着いた、静かな、穏やかな) (b) 彼の**軽薄な(ふざけた)**発言は、その厳粛な場には不適切だった。(flippant: 不真面目な、軽薄な、失礼な)
- (a) The news devastated / crushed / shattered her. (精神的な打撃を表す強い動詞) (b) He gave me a subtle hint. (subtle: 微妙な、捉えにくい、巧妙な)
解説: 和訳では、原文の単語が持つニュアンスや響きをできるだけ忠実に日本語で再現します。英訳では、日本語の微妙なニュアンスに最も近い英語の語彙を選択します。語感の差が翻訳の質を左右します。
7. まとめと語感養成の継続
7.1. 語感分析・運用スキルの確認
この演習を通じて、単語を多角的に分析し(形態、多義性、含意、類義・反意、比喩、コロケーション)、文脈の中でその意味やニュアンスを深く捉え、適切に運用する「語感」に関わるスキルを実践的に練習しました。言葉に対する感受性が高まり、より精密な読解と表現が可能になる手応えを感じられたでしょうか。
7.2. 生きた語彙力を目指して
- 辞書と友達になる: 特に英英辞典、類語辞典、コロケーション辞典は語感養成の強力な味方です。積極的に活用し、単語の様々な側面を探求しましょう。
- 文脈の中で学ぶ姿勢: 単語帳での学習も重要ですが、それ以上に、多くの英文に触れる中で「生きた」言葉の使い方を体感的に学ぶことが語感を磨きます。
- アウトプットで試す: 新しい語彙や表現は、恐れずに作文や会話で使ってみましょう。実際に使ってみて、その「肌触り」を確かめることが重要です。
- 感覚を信じ、磨く: 最終的には、多くの経験を通して培われる「感覚」が頼りになります。論理的な分析と並行して、言葉に対する直感や「しっくりくる感じ」を大切にし、磨き続けてください。
語感は、英語学習の終わりなき、しかし非常に豊かで面白い探求領域です。言葉の持つ奥深さと繋がる喜びを感じながら、これからも語彙学習に取り組んでいってください。