- 本記事は生成AIを用いて作成しています。内容の正確性には配慮していますが、保証はいたしかねますので、複数の情報源をご確認のうえ、ご判断ください。
次に出会う文章を解けるように
- 解くために作られる試験問題は、客観的な採点基準が用意されている
- 全体を俯瞰して読むことで、何が問われ、何を答えるのか、見えてくる
- 「背景知識」や「教養」で誤魔化さず、本文に依拠することで誤答を防ぐ
次に出会う文章を解けるように
本モジュールの目的と構成
現代文の読解において、文章に明示的に書かれている内容を正確に把握することは基本的な作業であるが、それだけでは難関大学の入試問題に対応することはできない。筆者が直接述べていない事柄を、論理的に導き出す能力が求められる。推論とは、明示された情報から論理的に導かれる結論を見出す思考過程であり、含意とは、文章が暗黙のうちに前提としている事柄や、言外に伝えようとしている意味である。大学入試の現代文では、「筆者の主張として適切なものを選べ」という問いに対して、本文中に直接書かれていない選択肢が正解になることがある。これは、本文の論理展開から必然的に導かれる結論を問うているのであり、表面的な読解では到達できない深層的な理解を要求している。推論と含意の読み取りができなければ、文章の表層をなぞるだけの浅い読解にとどまり、筆者の真意や論理構造を把握することは不可能である。
本モジュールは以下の4つの層で構成される:
このモジュールを修了すると、文章の明示的内容から論理的に導かれる結論を正確に特定できるようになる。筆者が明言していない前提や価値観を読み取り、論理展開の背後にある思考の枠組みを把握できるようになる。推論の妥当性を自ら検証し、論理的な飛躍や誤謬を見抜く批判的思考力が確立される。さらに、自分の推論過程を論理的に説明し、根拠を明示した説得力のある記述ができるようになる。これらの能力は、入試問題における推論問題・理由説明問題・内容一致問題のすべてに適用可能な、汎用的かつ高度な読解力として機能する。
推論とは、既知の情報から未知の情報を論理的に導き出す思考過程である。現代文の読解において推論が必要になるのは、筆者がすべてを明示的に述べるわけではなく、読者の理解力に委ねる部分が存在するからである。文章には省略された前提や暗黙の結論が含まれており、それらを論理的に補完しなければ、筆者の主張を正確に把握することはできない。推論には演繹的推論と帰納的推論という二つの基本形式があり、それぞれ異なる論理構造を持つ。演繹的推論は、一般的な原理から個別の事例について結論を導く推論であり、前提が真であれば結論も必然的に真となる。帰納的推論は、複数の個別事例から一般的な原理を導く推論であり、前提が真であっても結論は蓋然的にしか真とならない。この二つの推論形式の違いを理解することは、文章の論理展開を正確に把握し、筆者の主張を適切に推論するための基礎となる。推論の論理構造を明確に認識することで、妥当な推論と不当な推論を区別し、論理的な飛躍や誤謬を見抜くことが可能になる。
演繹的推論は、一般的な原理と個別の事実から、論理的に必然的な結論を導く推論形式である。最も基本的な演繹的推論は三段論法と呼ばれ、大前提・小前提・結論という三つの命題から構成される。演繹的推論の特徴は、前提が真であれば結論も必然的に真となる点にある。この必然性は、推論の形式そのものから保証されるものであり、内容の真偽とは独立に論理的妥当性が成立する。現代文の読解において演繹的推論を理解することは、筆者の論証構造を把握し、その論理的妥当性を検証するために不可欠である。
三段論法とは、大前提・小前提・結論という三つの命題から構成される演繹的推論の基本形式である。大前提は一般的な原理を述べる命題であり、「すべてのAはBである」という全称命題の形式を取る。小前提は個別の事実を述べる命題であり、「CはAである」という特殊命題の形式を取る。結論は大前提と小前提から論理的に導かれる命題であり、「ゆえにCはBである」という形式を取る。この構造において、結論は前提から論理的に必然的に導かれるのであり、前提が真である限り結論も必然的に真となる。しかし、受験生が陥りやすい誤解として、「三段論法の形式さえ整っていれば論証は成立する」という認識がある。大前提が偽であれば、いかに形式が正しくても結論の真偽は保証されない。「すべての鳥は飛べる」という大前提が偽であるため、この前提に基づく推論は妥当な結論を導くことができない。また、小前提が偽であれば、結論は論理的には導けても事実として成り立たない。さらに、大前提の述語と小前提の主語が媒概念として一致していること、媒概念が少なくとも一度は周延していることなど、形式的条件が満たされている必要がある。これらの三つの条件がすべて満たされたとき、結論は論理的に妥当であると判断できる。
この原理から、三段論法の妥当性を検証する具体的な手順が導かれる。第一に、大前提を特定し、その真偽を検討する。「すべてのAはBである」という命題が本当に成り立つかを、経験的証拠や論理的考察によって確認することが求められる。第二に、小前提を特定し、その真偽を検討する。「CはAである」という命題が事実として成り立つかを客観的に確認する。第三に、論理形式の正しさを検証する。大前提と小前提の関係が適切であり、結論が論理的に導かれているかを確認する。具体的には、媒概念の周延性、前提と結論の質・量の関係などを点検し、形式的誤謬が生じていないかを判断する。これらの手順を通じて、演繹的推論の妥当性を体系的に分析できる。
具体的に適用してみよう。例えば、「すべての人間は死ぬ。ソクラテスは人間である。ゆえにソクラテスは死ぬ」という推論では、大前提「すべての人間は死ぬ」は生物学的事実として真である。小前提「ソクラテスは人間である」も歴史的事実として真である。論理形式も三段論法の標準形式に従っており妥当であるため、結論は論理的に妥当であり、必然的に真となる。これに対し、「すべての哲学者は賢明である。ソクラテスは哲学者である。ゆえにソクラテスは賢明である」という推論では、大前提「すべての哲学者は賢明である」の真偽が検討を要する。哲学者の定義と賢明の定義によって、この命題の真偽は異なる。もし「賢明」を「深い思考力を持つ」と定義し、哲学者がその定義を満たすと仮定すれば、大前提は真となりうる。小前提が真で論理形式も正しいため、大前提の真偽が確定すれば、結論の妥D 当性も確定する。また、「多くの科学者は合理的である。アインシュタインは科学者である。ゆえにアインシュタインは合理的である」という推論では、大前提が「多くの」という部分的全称命題であるため、個別事例についての必然的結論は導けない。アインシュタインが合理的科学者の集合に含まれるか否かは不確定であり、この推論は演繹的推論としては不完全である。以上により、三段論法の妥当性検証は、前提の真偽と形式の正しさの両面から行われる必要があると理解できる。
演繹的推論には、定言三段論法以外にも、仮言三段論法と選言三段論法という重要な形式がある。仮言三段論法は、「もしAならばB」という仮言命題を大前提とする推論形式である。選言三段論法は、「AまたはB」という選言命題を大前提とする推論形式である。これらの推論形式は、現代文の論理展開において頻繁に用いられ、条件文や選択肢を含む議論を分析する際に不可欠な道具となる。受験生が陥りやすい誤解として、条件文の前後を入れ替えても論理関係は変わらないという認識がある。しかし、仮言三段論法には論理的に妥当な形式と不当な形式があり、その区別を正確に行わなければならない。
この原理から、仮言三段論法と選言三段論法を識別し、その妥当性を検証する具体的な手順が導かれる。第一に、推論の大前提が仮言命題か選言命題かを判定する。「もし〜ならば」という形式があれば仮言命題、「〜または」という形式があれば選言命題である。第二に、仮言三段論法の場合、妥当な形式である前件肯定(「もしAならばB。Aである。ゆえにBである」)か後件否定(「もしAならばB。Bでない。ゆえにAでない」)かを判定する。これに対し、不当な形式である後件肯定(「もしAならばB。Bである。ゆえにAである」)や前件否定(「もしAならばB。Aでない。ゆえにBでない」)と混同していないかを確認する。後件肯定が不当なのは、Bが成り立つ理由がA以外にも存在しうるためである。前件否定が不当なのは、Aでなくても別の理由でBが成り立つ可能性があるためである。第三に、選言三段論法の場合、選言が排他的(AとBが同時に成り立たない)か両立的(AとBが同時に成り立ちうる)かを判定する。排他的選言であれば「AまたはB。Aでない。ゆえにBである」という推論は妥当であるが、両立的選言であればこの推論は妥当ではない。
具体例で検証してみよう。例えば、「もし雨が降れば運動会は中止される。雨が降った。ゆえに運動会は中止された」という推論は、前件肯定の形式であり論理的に妥当である。また、「もし雨が降れば運動会は中止される。運動会は中止されなかった。ゆえに雨は降らなかった」という推論は、後件否定の形式であり、これも論理的に妥当である。これに対し、「もし雨が降れば運動会は中止される。運動会は中止された。ゆえに雨が降った」という推論は後件肯定の誤謬である。運動会が中止される理由は雨以外にも、台風接近による警報発令やグラウンドの設備故障など、様々な原因が考えられる。したがって、運動会が中止されたという事実から、雨が降ったという結論を必然的に導くことはできない。選言三段論法の例として、「彼は東京大学か京都大学に進学する。東京大学には進学しなかった。ゆえに京都大学に進学した」という推論を考える。この推論が妥当であるためには、彼の進学先が東京大学と京都大学の二つに限定されているという排他的選言が前提となる。もし他の大学に進学する可能性が残されていれば、この選言は排他的ではなく、推論は妥当ではない。以上により、仮言命題と選言命題の性質を正確に理解し、妥当な推論形式と不当な推論形式を明確に区別することが可能になる。
体系的接続
帰納的推論は、複数の個別事例から一般的な原理を導く推論形式である。演繹的推論が一般から個別へと向かうのに対し、帰納的推論は個別から一般へと向かう。帰納的推論の特徴は、前提が真であっても結論は蓋然的にしか真とならない点にある。つまり、結論は「おそらく真である」「高い確率で真である」という程度の確実性しか持たない。しかし、科学的探究や日常的な判断において、帰納的推論は不可欠である。現代文の評論においても、複数の事例や証拠から一般的結論を導く帰納的推論は頻繁に用いられる。
帰納的推論の最も基本的な形式は列挙的帰納である。「A₁はBである。A₂はBである。A₃はBである。……A_nはBである。ゆえに、すべてのAはBである」という形式を取り、複数の個別事例を観察し、それらに共通する性質を一般化する。この推論の蓋然性は、観察された事例の数が多いほど、また多様であるほど高まる。しかし、いかに多くの事例を観察しても、未観察の事例が結論に反する可能性は常に残される。一方、類推は、二つの事物の類似性に基づいて、一方の性質を他方にも適用する推論である。「AとBは性質X、Y、Zにおいて類似している。Aは性質Wを持つ。ゆえに、Bも性質Wを持つ」という形式を取る。この妥当性は、類似している性質と推論される性質との本質的関連性に依存する。受験生が陥りやすい誤解として、表面的な類似や少数の事例から安易に一般化してしまうことがあるが、それでは説得力のある論証は構築できない。
この原理から、帰納的推論の妥当性を評価する具体的な手順が導かれる。第一に、観察された事例の数が十分かを検討する。統計学的にはサンプルサイズが大きいほど推論の信頼性は高まる。少数の事例からの一般化は「早まった一般化」の誤謬に陥る危険がある。第二に、観察された事例が多様かを検討する。特定の条件下でのみ観察された事例に基づく一般化は妥当性が低い。異なる条件、場所、時期に観察された事例を含むほど、一般化の妥当性は高まる。第三に、反例の可能性が検討されたかを確認する。結論に反する事例を積極的に探索し、それが見つからないことを確認することで、結論の蓋然性は高まる。第四に、因果関係が適切に推定されているかを検討する。相関関係を因果関係と誤認していないか、第三の要因の存在はないかを確認する。
具体例で検証しよう。「カラスA、カラスB、カラスCはすべて黒い。ゆえに、すべてのカラスは黒い」という列挙的帰納は、事例数が少なく、観察地域も限定されている可能性があるため、蓋然性は中程度である。実際、アルビノのカラスも存在するため、結論は厳密には真ではない。次に、「地球は生命を持つ惑星であり、液体の水を持つ。火星も液体の水を持つ可能性がある。ゆえに、火星も生命を持つ可能性がある」という類推は、液体の水と生命の関連性の強さに妥当性が依存する。液体の水は生命の必要条件と考えられるため、この類推は一定の妥当性を持つが、他の条件(温度、有機化合物など)も必要であるため、結論はあくまで可能性にとどまる。また、「過去10年間、この地域では地震が発生していない。ゆえに、今後も地震は発生しないだろう」という帰納は、地震の長期的な周期性を無視しており、妥当性が低い。さらに、「喫煙者の肺がん発症率は非喫煙者の10倍である。ゆえに、喫煙は肺がんの原因である」という因果推論は、多数の疫学研究、用量反応関係、生物学的メカニズムという複数の証拠によって支持されており、高い蓋然性を持つ。以上により、帰納的推論の妥当性は、事例の数、多様性、反例の有無、そして因果メカニズムの解明によって総合的に評価されると理解できる。
現代文の評論において、統計的推論と因果推論は、社会現象や科学的主張を裏付けるために頻繁に用いられる。統計的推論は、標本(サンプル)の性質から母集団全体の性質を推測する推論であり、因果推論は、二つの事象の相関関係から一方が他方の原因であると推定する推論である。これらの推論形式の妥当性を理解することは、データに基づく主張を批判的に検討するために不可欠である。受験生が陥りやすい誤解として、「統計データは客観的な事実であり、それに基づく推論は常に正しい」という認識がある。しかし、統計的推論は標本の代表性に、因果推論は相関関係の解釈に決定的に依存しており、誤りが生じやすい。
この原理から、統計的推論と因果推論を評価する具体的な手順が導かれる。第一に、統計的推論においては、標本の代表性を検討する。標本が母集団を適切に代表しているか、無作為抽出(ランダムサンプリング)などの偏りをなくす工夫がなされているかを確認する。標本の大きさ(サンプルサイズ)も重要であり、小さすぎる標本からの推論は信頼性が低い。第二に、因果推論においては、相関関係が必ずしも因果関係を意味しないことを認識する。相関関係が観察される理由として、①AがBの原因、②BがAの原因(逆因果)、③第三の要因CがAとBの両方の原因(疑似相関)、④偶然の一致、という四つの可能性を常に検討する。第三に、因果関係を主張するためには、時間的前後関係(原因は結果に先行する)の確認、用量反応関係(原因が増えれば結果も増える)の存在、そして原因から結果に至るメカニズムの説明が重要となる。
具体例で検証してみよう。例えば、「ある大学の学生を対象とした調査で、80%がスマートフォンを所有していることが分かった。ゆえに、日本の若者の80%がスマートフォンを所有している」という統計的推論は、標本(大学生)が母集団(日本の若者全体)を代表していないため、妥当性が低い。次に、「アイスクリームの売上と水難事故の発生件数には正の相関がある。ゆえに、アイスクリームの消費は水難事故の原因である」という因果推論は、第三の要因(気温の上昇)による疑似相関の典型例であり、誤りである。これに対し、「多数の疫学研究で喫煙と肺がんの相関が確認され、喫煙量が多いほど発症率が高いという用量反応関係もあり、さらにタバコの煙に含まれる発がん性物質が肺の細胞を損傷するメカニズムも解明されている。ゆえに、喫煙は肺がんの原因である」という推論は、相関関係、用量反応関係、メカニズムという複数の証拠が揃っており、高い蓋然性を持つ。また、「高学歴の人ほど所得が高い傾向があるため、教育は所得を増加させる原因である」という因果推論は、一見妥当に見えるが、能力の高い人が高学歴と高所得の両方を実現するという「能力」という第三の要因や、高所得の家庭環境が両方をもたらす可能性も考慮する必要がある。以上により、統計的・因果的推論の評価には、データの背後にある条件や他の可能性を批判的に検討する姿勢が不可欠であると理解できる。
体系的接続
現実の文章において、推論は単一の形式で現れることは少なく、複数の推論形式が組み合わされて複合的な論証が構成される。演繹的推論と帰納的推論が連鎖したり、仮言推論と選言推論が入れ子構造になったりすることがある。また、推論の形式を正確に識別することは、筆者の論証構造を把握し、その妥当性を評価するための前提条件である。
複合的推論とは、複数の推論が組み合わされて構成される論証である。最も一般的な複合的推論は、帰納的推論によって一般原理を確立し、その原理を演繹的推論によって個別事例に適用するという形式である。科学的方法論はこの形式に従っており、観察と実験から一般法則を導出し(帰納)、その法則から個別現象を予測・説明する(演繹)。また、一つの推論の結論が次の推論の前提となる連鎖推論も頻繁に見られる。受験生が陥りやすい誤解として、複雑な議論を単一の推論形式で解釈しようとし、論証全体の構造を見失うことがある。複合的推論の妥当性は、それを構成する個々の推論の妥当性と、それらの連結の適切性に依存する。
この原理から、複合的推論を分析する具体的な手順が導かれる。第一に、議論全体を構成要素となる単純な推論に分解する。第二に、各構成推論の形式を演繹的推論か帰納的推論か、仮言推論か選言推論かなど、正確に識別する。第三に、構成推論間の関係を分析する。どの推論の結論がどの推論の前提になっているかを図式化し、論証の全体像を把握する。第四に、各構成推論の妥当性を個別に評価し、最後に複合的推論全体の妥当性を総合的に判断する。連鎖の途中で論理的飛躍があれば、最終的な結論の妥当性は失われる。
具体的な例で検証してみよう。例えば、「多数の観察から、金属は加熱すると膨張することが確認されている(帰納)。この鉄棒は金属である(事実)。ゆえに、この鉄棒は加熱すると膨張する(演繹)」という推論は、帰納と演繹の複合である。第一段階の帰納的推論によって一般原理が確立され、第二段階の演繹的推論によってその原理が個別事例に適用される。この場合、帰納的推論の部分が蓋然的であるため、最終的な結論も必然的ではなく蓋然的となる。次に、「もし景気が悪化すれば失業率が上昇する。もし失業率が上昇すれば消費が減少する。もし消費が減少すれば景気がさらに悪化する。現在、景気が悪化しつつある。ゆえに、景気の悪化が加速するだろう」という推論は、仮言推論の連鎖である。各段階の仮言命題が真であり、かつ最初の前件が真であれば、結論は論理的に導かれるが、この推論は悪循環を描写しており、各段階が他の要因(政府の介入など)によって修正される可能性を考慮する必要がある。また、「彼は医師か弁護士か研究者のいずれかである。医師であれば高収入である。弁護士であれば高収入である。研究者であれば高収入であるとは限らない。彼は高収入である。ゆえに、彼は医師か弁護士である」という推論は、選言推論と仮言推論の複合であるが、研究者も高収入である可能性が排除できないため、結論は蓋然的にしか導けない。以上により、複合的推論の分析には、各構成要素の性質とそれらの連結関係を精密に分析することが不可欠であると理解できる。
文章中の推論形式を正確に識別することは、論証構造を分析するための基礎的技術である。推論形式の識別は、表面的な表現に惑わされずに、論理的構造を見抜く能力を必要とする。同じ推論形式でも、様々な言語表現で述べられることがあり、逆に類似した表現でも異なる推論形式を表すことがある。受験生が陥りやすい誤解として、接続詞の有無だけで推論形式を判断しようとすることがある。しかし、接続詞はあくまで手がかりであり、本質的な識別基準は前提と結論の論理的関係にある。
この原理から、推論形式を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、結論を特定する。文章中のどの部分が筆者の主張(結論)であるかを明確にする。第二に、前提を特定する。結論を支持するために用いられている命題(前提)を明確にする。第三に、前提と結論の関係を分析する。前提から結論への移行が必然的か蓋然的かを判断する。結論が必然的に真であれば演繹的推論、蓋然的に真であれば帰納的推論である。「必ず」「論理的に」「したがって」などの表現は演繹的推論を示唆し、「おそらく」「〜と考えられる」「蓋然性が高い」などの表現は帰納的推論を示唆する。第四に、推論の方向性を検討する。一般から個別へ向かう推論は演繹的、個別から一般へ向かう推論は帰納的である。第五に、推論の根拠を検討する。経験的観察や統計データが根拠であれば帰納的推論、論理法則や定義が根拠であれば演繹的推論である可能性が高い。これらの手順を総合的に用いることで、推論形式を正確に識別できる。
具体的な例で検証してみよう。「すべての哺乳類は恒温動物である。クジラは哺乳類である。したがって、クジラは恒温動物である」という推論では、結論は前提から必然的に導かれ、一般原理から個別事例について結論を導いているため、演繹的推論(三段論法)である。「観察された200匹のカラスはすべて黒かった。したがって、すべてのカラスは黒いと考えられる」という推論では、結論は前提から蓋然的に導かれ、「考えられる」という表現がその蓋然性を示している。個別事例から一般原理を導いているため、帰納的推論(列挙的帰納)である。「民主主義は人民主権の原理に基づく。人民主権とは、政治的決定の最終的権威が人民にあるという原理である。したがって、民主主義においては、人民が政治的決定の最終的権威を持つ」という推論では、結論は前提から必然的に導かれる。これは定義に基づく推論であり、演繹的推論の一種である。最後に、「過去5回の選挙において、経済状況が悪化したときは与党が敗北した。現在、経済状況は悪化している。したがって、次の選挙では与党が敗北するだろう」という推論では、結論は「だろう」という蓋然的な表現で示され、過去の事例から将来を予測しているため、帰納的推論と演繹的要素の複合である。以上により、結論の確実性、推論の方向性、根拠の性質を総合的に分析することで、推論形式を正確に識別できると理解できる。
体系的接続
推論には固有の限界があり、その限界を認識することは、推論を適切に用いるために不可欠である。演繹的推論は前提の真偽に依存し、帰納的推論は本質的に蓋然的である。推論を適用する際には、その適用条件を明確にし、限界を踏まえた慎重な判断が必要である。
演繹的推論は、前提が真であれば結論も必然的に真となるという点で、論理的に強力な推論形式である。しかし、この強さは同時に限界でもある。受験生が陥りやすい誤解として、「論理形式が正しければ、その推論は無条件に正しい」という認識がある。しかし、演繹的推論の妥当性は、前提の真偽に決定的に依存する。前提が偽であれば、いかに論理形式が正しくても、結論の真は保証されない。演繹的推論は、あくまで前提から結論への移行の妥当性を保証するのみである。さらに、演繹的推論は新しい知識を生み出さない。結論はすでに前提の中に潜在的に含まれており、推論によって取り出されるにすぎない。また、どのような前提を採用するかによって異なる結論が導かれるため、前提の選択自体が価値判断や世界観に依存し、客観性には限界がある。
この原理から、演繹的推論の限界を認識するための具体的な手順が導かれる。第一に、前提の真偽を常に検証する。前提が事実に基づく場合は経験的証拠を、価値に基づく場合はその妥当性を検討する。第二に、演繹的推論が知識を整理・明示化する機能を持つことを理解し、未知の事実を発見するものではないと認識する。第三に、前提の選択が議論の方向性を決定することを理解し、異なる前提からは異なる結論が導かれる可能性を常に考慮する。これにより、演繹的推論の適用範囲と限界を正確に把握できる。
具体的な例で検証してみよう。例えば、「すべての法律は正義に基づくべきである。この法律は正義に基づいていない。ゆえに、この法律は無効である」という推論は、論理形式は妥当であるが、大前提「すべての法律は正義に基づくべきである」の真偽や「正義」の定義によって結論の妥D 当性が左右される。同様に、「民主主義は多数決原理に基づく。多数決で決定されたことは正当である。ゆえに、民主主義における決定は正当である」という推論では、「多数決で決定されたことは正当である」という前提が、少数者の権利保護という観点から議論の余地がある。また、「科学は経験的証拠に基づく。経験的証拠のみが真の知識の源泉である。ゆえに、科学のみが真の知識を提供する」という推論は、「経験的証拠のみが真の知識の源泉である」という経験主義的な前提に依存しており、合理主義など他の認識論的前提からは異なる結論が導かれる。このように、演繹的推論の結論は、採用される前提の真偽や価値観に深く制約される。以上により、演繹的推論を用いる際には、その前提の妥当性を常に批判的に検討する必要があると理解できる。
帰納的推論は、個別事例から一般原理を導く推論形式であり、科学的探究において不可欠な役割を果たす。しかし、帰納的推論には本質的な限界がある。受験生が陥りやすい誤解として、「多くの事例を観察すれば、結論は確実になる」という認識がある。しかし、いかに多くの事例を観察しても、未観察の事例が結論に反する可能性は常に残されるため、帰納的推論は必然的な結論を導かない。デイヴィッド・ヒュームが指摘した「帰納の問題」は、過去の規則性が将来も継続するという保証はないことを示している。また、観察された事例が母集団を代表していなければ、一般化は誤りとなる。サンプリングバイアス、確証バイアスなど、様々なバイアスが帰納的推論を歪める可能性がある。
この原理から、帰納的推論の限界を認識しつつ、その蓋然性を高めるための具体的な手順が導かれる。第一に、観察事例を増やし、多様化する。事例数が多いほど、また事例が多様(異なる条件、場所、時期)であるほど、一般化の蓋然性は高まる。第二に、反例を積極的に探索する。カール・ポパーの反証可能性の考え方に従い、結論に反する事例を探し、それが見つからないことを確認することで、結論の蓋-然性は高まる。第三に、因果メカニズムを解明する。相関関係だけでなく、原因から結果に至る理論的・生物学的・物理的メカニズムを明らかにすることで、結論の蓋然性は高まる。第四に、複数の独立した証拠を収集する。異なる方法で得られた証拠が同じ結論を支持する場合、その結論の蓋然性は高まる。
具体的な例で検証してみよう。「これまでに観察されたすべての白鳥は白かった。ゆえに、すべての白鳥は白い」という帰納的推論は、オーストラリアで黒い白鳥が発見されたことで覆された。これは帰納が必然的な結論を導かないことを示す。また、「過去100年間、この断層では大地震が発生していない。ゆえに、今後も大地震は発生しないだろう」という推論は、地震の長期的な周期性を無視しており、蓋然性が低い。むしろ地震学的知識によれば、リスクが高い可能性もある。これに対し、「多数の臨床試験において、この薬剤は副作用がなく有効であることが示された。ゆえに、この薬剤は安全で有効である」という推論は、一定の蓋然性を持つが、臨床試験の対象者の限定性や長期的な副作用の可能性という限界がある。最後に、「喫煙と肺がんの関連は、疫学研究、動物実験、分子生物学的研究のすべてで確認されている。ゆえに、喫煙は肺がんの原因である」という推論は、複数の独立した方法で得られた証拠が収束しており、極めて高い蓋然性を持つ。以上により、帰納的推論の評価には、事例の量と質、反証の有無、そしてメカニズムの解明が重要であると理解できる。
体系的接続
推論の技術を現代文読解に統合することで、文章の深層構造を把握し、筆者の意図を正確に理解することが可能になる。読解における推論は、文章の明示的内容を超えて、論理的に導かれる結論や暗黙の前提を読み取ることを可能にする。
現代文読解において、推論は複数の役割を果たす。第一に、推論は省略された情報を補完する。筆者は、読者が当然理解しているとみなす情報を省略することがある。推論によって、この省略された情報を補完し、文章の完全な意味を把握することができる。第二に、推論は筆者の結論を予測する。論理的な文章においては、前提から結論への移行が一定のパターンに従う。前提を把握することで、筆者がどのような結論に到達するかを予測することができる。第三に、推論は文章の整合性を検証する。文章中の複数の主張が論理的に整合しているかを検証するために、推論を用いることができる。第四に、推論は文章の含意を抽出する。明示的に述べられていないが、論理的に導かれる事柄を抽出することができる。受験生が陥りやすい誤解として、読解を単なる情報収集と捉え、書かれていること以上の思考を働かせないことがある。しかし、能動的な推論なくして、文章の深層的な理解は不可能である。
この原理から、読解における推論を行う具体的な手順が導かれる。第一に、文章の主要な主張とそれを支える根拠を特定する。第二に、根拠から主張への推論形式を識別する。演繹的推論か帰納的推論か、またはそれらの複合かを判定する。第三に、省略された前提を補完する。推論が妥当であるために必要な、暗黙の前提を明確にする。第四に、推論の妥当性を評価する。前提の真偽、論理形式の妥当性、結論の適切さを検討する。これにより、筆者の論証構造を批判的に分析できる。
具体的な例で検証してみよう。評論文において、「近代科学の発展は啓蒙主義の所産である」という主張がなされ、「啓蒙主義は理性による世界理解を重視した」という根拠が示されている場合、この推論を完成させるには、「理性による世界理解の重視が科学の発展をもたらす」という前提が必要である。この前提を明示することで、推論の構造が明確になり、その妥当性を評価できる。次に、「環境問題の解決には技術革新が不可欠である」という主張が、「過去の環境問題も技術革新によって解決されてきた」という根拠で支持されている場合、この推論は過去の事例から将来を予測する帰納的推論であり、その妥当性を評価するには過去と現在の問題の類似性などを検討する必要がある。また、「民主主義は最良の政治体制である」という主張が、「国民の意思を反映する」「権力の暴走を防ぐ」という根拠で支持されている場合、この推論を完成させるには「国民の意思を反映し、権力の暴走を防ぐ体制が最良である」という価値的前提が必要であり、推論の妥D 当性はこの価値的前提の妥当性に依存する。以上により、読解における推論は、文章の論理構造を能動的に再構築し、批判的に評価する知的活動であると理解できる。
大学入試の現代文問題において、推論能力は様々な形で問われる。推論問題は、本文の論理展開から必然的に導かれる結論を選択する問題である。理由説明問題は、傍線部の理由を論理的に説明する問題である。内容一致問題は、本文の内容と一致する選択肢を選ぶ問題であり、推論によって導かれる含意も含まれる。受験生が陥りやすい誤解として、「正解は必ず本文に書いてある」という認識がある。しかし、難関大学の入試問題では、本文の記述を前提として論理的に導かれる内容が正解となる推論問題が頻出する。
この原理から、入試問題に推論技術を適用する具体的な手順が導かれる。第一に、推論問題への対応として、選択肢が本文の記述から論理的に導かれる内容であるかを検証する。直接書かれていなくても、演繹的または帰納的に導かれる内容であれば正解となりうる。本文の内容を歪曲したり、過度に一般化したりした選択肢は誤りである。第二に、理由説明問題への対応として、傍線部の内容を結論とみなし、その結論を導く前提や根拠を本文中から探し、推論の構造を再構築する形で説明する。第三に、内容一致問題への対応として、各選択肢について、本文の明示的内容との一致だけでなく、本文から論理的に導かれる含意との一致も検討する。
具体的な例で検証してみよう。例えば、本文に「環境問題の解決には国際協力が不可欠である。なぜなら、環境問題は国境を越えて影響を及ぼすからである」とあり、選択肢に「環境問題は一国では解決できない」とある場合、この選択肢は本文に直接書かれていないが、「国際協力が不可欠である」という主張から論理的に導かれるため、正しい。これに対し、本文に「科学技術の発展は、人類に恩恵をもたらす一方で、新たな問題も生み出す」とあり、選択肢に「科学技術の発展は人類にとって有害である」とある場合、この選択肢は本文が述べる両義性の一側面のみを強調し、内容を歪曲しているため、誤りである。また、傍線部「民主主義は完全ではないが、他のどの政治体制よりも優れている」の理由を説明する問題では、本文中から民主主義の利点(国民の意思の反映、権力の抑制など)と他の体制の欠点を抽出し、それらを統合して理由を論理的に記述する必要がある。以上により、推論技術は入試問題の様々な形式に対応するための汎用的な能力であると理解できる。
体系的接続
含意とは、文章が明示的に述べていないが、暗黙のうちに前提としている事柄や、言外に伝えようとしている意味である。筆者は、すべてを明示的に述べるわけではない。読者が当然理解しているとみなされる前提、文脈から推測可能な情報、あえて明言を避けた価値判断などは、含意として文章に埋め込まれる。含意を読み取る能力は、文章の深い理解に不可欠である。表面的な読解では把握できない筆者の思考の枠組みや世界観を理解するためには、含意を識別し抽出する技術が必要である。含意には、前提、仮定、価値判断、規範、因果関係、対比関係など、さまざまな類型がある。これらの含意を識別し、抽出する技術を習得することで、筆者の論証構造を深層から把握し、その妥当性を批判的に検討することが可能になる。この層では、含意の類型を体系的に理解し、それを文章から識別・抽出する方法を確立する。
前提とは、ある主張が成り立つために必要な、暗黙の了解事項である。筆者は、前提を明示せずに議論を展開することが多い。前提が共有されていない読者にとって、筆者の主張は理解困難となるか、または説得力を持たないものとなる。仮定とは、議論を進めるために一時的に真であるとみなされる命題である。仮定は明示されることもあるが、暗黙のうちに置かれることもある。前提と仮定を識別することは、筆者の議論の基盤を理解し、その妥当性を評価するために重要である。
前提は、ある主張が成り立つための必要条件である。主張Aが成り立つためには、前提Bが真でなければならない。前提が偽であれば、主張は根拠を失う。受験生が陥りやすい誤解として、「根拠さえしっかりしていれば主張は成り立つ」という認識がある。しかし、根拠と主張の間に論理的なギャップが存在する場合、そのギャップを埋める暗黙の前提がなければ、論証は成立しない。前提には、事実的前提と価値的前提がある。事実的前提は、世界の状態に関する前提であり、経験的証拠によって検証可能である。価値的前提は、善悪・優劣・望ましさに関する前提であり、しばしば文化や時代に依存し、普遍的ではない。
この原理から、前提を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、筆者の主張とそれを支える明示的な根拠を特定する。第二に、根拠から主張へと論理的に移行するために、どのような追加の命題が必要かを考える。この「隠れた命題」が暗黙の前提である。第三に、その前提が事実に関するものか、価値に関するものかを判断し、その妥当性を検討する。事実的前提であれば経験的証拠を、価値的前提であればその根拠や普遍性を問う。
具体的な例で検証してみよう。主張「政府は教育への支出を増やすべきである」に対し、根拠「教育は経済成長に寄与する」が示された場合、この論証には「経済成長は望ましい」という価値的前提と、「政府は経済成長を促進すべきである」という規範的前提が暗黙に含まれている。これらの前提がなければ、根拠は主張を十分に支えられない。次に、主張「死刑制度は廃止すべきである」に対し、根拠「死刑は冤罪の可能性がある」が示された場合、この論証は「冤罪による死刑執行は絶対に避けるべきである」という強力な価値的前提に依拠している。この価値観を共有しない読者に対しては、この論証は説得力を持たない。また、主張「人工知能は人間の仕事を奪うだろう」に対し、根拠「人工知能の能力は急速に向上している」が示された場合、「人工知能が能力を向上させれば、人間の仕事を代替できるようになる」という事実的前提が暗黙に置かれている。この前提の真偽は、技術的・経済的要因に依存するため、別途の検討が必要である。以上により、暗黙の前提を明らかにすることで、議論の構造と妥当性を深く分析できると理解できる。
仮定は、議論を進めるために一時的に真であるとみなされる命題であり、多くの場合「もし〜ならば」「〜と仮定すると」という形式で導入される。仮定を用いることで、筆者は複雑な議論を段階的に展開したり、思考実験を行ったり、反論に対処したりすることができる。受験生が陥りやすい誤解として、仮定に基づく議論を筆者の最終的な主張と混同してしまうことがある。しかし、仮定はあくまで一時的な設定であり、その仮定のもとで導かれた結論は、仮定が現実と一致しない場合には適用できない。
この原理から、仮定の機能を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、仮定を導入する表現を手がかりに、仮定の内容を正確に定式化する。第二に、その仮定が議論においてどのような役割を果たしているかを分析する。主な役割として、①思考実験(現実には成り立たない状況を想定し、概念の本質を探る)、②反論への対処(反対意見を一時的に受け入れ、それでも自説が成り立つことを示す)、③議論の範囲の限定(複雑な現実を単純化し、理論的分析を可能にする)がある。第三に、仮定の妥当性を評価する。仮定が現実的であるか、議論の目的に照らして適切であるかを検討し、仮定に基づく結論の適用範囲を認識する。
具体的な例で検証してみよう。例えば、「もし地球温暖化が現在のペースで進行すれば、今世紀末には海面が1メートル上昇するだろう」という文では、「地球温暖化が現在のペースで進行する」という仮定が、議論の範囲を限定している。この仮定が妥当かどうかは、気候科学のモデルに依存する。次に、「死刑制度を廃止した場合、凶悪犯罪が増加するという主張がある。しかし、死刑を廃止した国々において犯罪率の顕著な増加は観察されていない」という文では、「死刑廃止が犯罪増加をもたらす」という反対意見を仮定として取り上げ、経験的証拠によってそれを否定している。これは反論への対処のための仮定である。また、「完全に合理的な経済主体を仮定すると、市場は常に均衡状態に達する」という経済学の理論は、議論を単純化するための仮定である。現実の経済主体は完全に合理的ではないため、この理論的結論の現実への適用には注意が必要である。最後に、「言語が思考を規定すると仮定すれば、異なる言語を話す人々は異なる思考様式を持つことになる」という文は、思考実験のための仮定である。この仮定から導かれる帰結を検討することで、仮定自体の妥当性を間接的に評価する。以上により、仮定の機能を正確に識別することで、筆者の議論の構造と適用範囲を深く理解できるとわかる。
体系的接続
価値判断とは、善悪・優劣・望ましさに関する判断である。規範とは、「〜すべきである」「〜してはならない」という形式で表される行為の基準である。筆者は、しばしば価値判断や規範を明示せずに議論を展開する。価値判断や規範を抽出することは、筆者の立場や世界観を理解し、その議論の説得力を評価するために不可欠である。
価値判断は、しばしば評価語によって示される。評価語とは、「良い」「悪い」「望ましい」「重要である」「優れている」といった価値判断を含む語である。これらの語が用いられている箇所では、筆者が何らかの価値判断を行っていることが明らかである。しかし、評価は必ずしも明示的ではない。「進歩」「発展」「衰退」「危機」「成熟」「退行」といった語も、暗黙の価値判断を含む。受験生が陥りやすい誤解として、事実を述べる客観的な語と、評価を含む主観的な語を区別せずに読んでしまうことがある。しかし、筆者が用いる語彙の選択には、その価値観が反映されている。
この原理から、価値判断を抽出する具体的な手順が導かれる。第一に、「良い」「悪い」「望ましい」といった明示的な評価語を探す。第二に、「進歩」「危機」「問題」といった暗黙の評価を含む語に注目する。これらの語は、価値判断を暗黙に含んでいる。第三に、評価の基準を明確にする。何を基準として評価が行われているのかを考える。効率性、公正さ、自由、平等、伝統、革新など、様々な価値基準がありうる。第四に、評価の妥当性を検討する。評価の基準が適切であるか、評価が論理的に導かれているかを批判的に検討する。
具体的な例で検証してみよう。「経済成長は重要である」という文では、「重要である」という明示的な評価語が用いられている。この評価の基準は、経済成長が人々の生活水準向上や社会の安定に寄与するという前提に基づく。次に、「現代社会は個人主義の蔓延という危機に直面している」という文では、「危機」と「蔓延」という語が否定的な価値判断を含んでいる。この評価の基準は、共同体の重要性や伝統的価値の尊重という価値観に基づく。また、「科学技術の進歩は人類に多大な恩恵をもたらした」という文では、「進歩」と「恩恵」という語が肯定的な価値判断を含んでいる。この評価は、物質的豊かさや利便性を重視する価値観に基づく。最後に、「グローバル化は文化の多様性を脅かしている」という文では、「脅かす」という語が否定的な価値判断を含んでいる。この評価の基準は、文化多様性の価値を重視する立場に基づく。以上により、評価語とその背後にある価値基準を分析することで、筆者の価値判断を深く理解できるとわかる。
規範的主張とは、「〜すべきである」「〜してはならない」という形式で表される主張であり、行為の指針を示す。規範的主張を識別することは、筆者が読者にどのような行為を求めているのかを理解するために重要である。規範的主張は、必ずしも明示的ではない。「〜が必要である」「〜が求められる」「〜が望ましい」「〜しなければならない」といった表現も、規範的主張を含む。受験生が陥りやすい誤解として、事実を述べる記述と、行為を求める規範的主張を混同してしまうことがある。しかし、両者は論理的に異なる種類の主張であり、その区別が重要である。
この原理から、規範的主張を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、「〜すべきである」「〜してはならない」といった明示的な規範表現を探す。第二に、「〜が必要である」「〜が求められる」といった暗黙の規範表現に注目する。第三に、規範的主張の根拠を検討する。なぜその行為が求められるのか、どのような価値判断に基づくのかを考える。規範的主張は価値判断に基づいており、その価値判断を明らかにすることが重要である。第四に、規範的主張の妥当性を評価する。規範が適切であるか、実現可能であるか、望ましい結果をもたらすかを批判的に検討する。
具体的な例で検証してみよう。「政府は環境保護のために厳格な規制を導入すべきである」という文は、「すべきである」という明示的な規範表現を用いた規範的主張である。この主張の根拠は、環境保護の重要性という価値判断に基づく。次に、「教育においては、知識の伝達だけでなく、批判的思考力の育成が求められる」という文は、「求められる」という表現を用いた暗黙の規範的主張である。この主張は、批判的思考力の重要性という価値判断に基づく。また、「企業は利益追求だけでなく、社会的責任を果たす必要がある」という文も、「必要がある」という表現を用いた暗黙の規範的主張である。この主張は、企業の社会的役割という価値判断に基づく。最後に、「言論の自由は民主主義の基盤であり、いかなる状況においても制限されてはならない」という文は、「してはならない」という明示的な規範表現を用いた規範的主張である。ただし、この絶対的な主張は、他の価値(名誉やプライバシーの保護など)との衝突において問題となりうる。以上により、規範表現を手がかりに規範的主張を識別し、その根拠となる価値判断を分析することで、筆者の議論の核心を理解できるとわかる。
体系的接続
因果関係と対比関係は、文章の論理構造を形成する重要な要素である。これらの関係は、接続詞によって明示されることもあるが、しばしば明示されずに含意として文章に埋め込まれる。因果関係の含意を読み取ることは、事象間の関連を理解し、筆者の説明構造を把握するために重要である。対比関係の含意を読み取ることは、概念間の差異を把握し、筆者の主張の独自性を理解するために重要である。
因果関係は、「AだからBである」という形式で明示されることもあるが、接続詞なしに暗示されることも多い。二つの文が連続して配置されているとき、読者は因果関係を推測する傾向がある。この暗黙の因果関係を読み取ることは、文章の論理展開を理解するために不可欠である。受験生が陥りやすい誤解として、時間的な前後関係をそのまま因果関係と見なしてしまうことがある(前後即因果の誤謬)。しかし、時間的連続は因果関係の必要条件ではあるが、十分条件ではない。
この原理から、暗黙の因果関係を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、連続する二つの文または節を特定する。第二に、時間的前後関係を確認し、原因が結果に先行するという条件を満たしているかを見る。第三に、因果関係の可能性を検討する。一方が他方の原因となりうるかを、常識的知識や専門的知識を活用して評価する。第四に、文脈と常識的知識に基づいて、因果関係を推測し、その方向性(AがBの原因か、BがAの原因か)を確定する。第五に、第三の要因による疑似相関の可能性を検討する。
具体的な例で検証してみよう。「彼は一晩中勉強した。試験で満点を取った」という二つの文が連続している場合、読者は「一晩中勉強したから、試験で満点を取った」という因果関係を含意として読み取る。一般的な因果知識(勉強すれば成績が上がる)がこの推測を支える。次に、「気温が上昇した。氷河が後退している」という文では、「気温上昇が氷河融解を促進する」という科学的知識に基づいて、因果関係が含意されていると理解できる。また、「政府は増税政策を実施した。消費が落ち込んだ」という文では、経済学の知識から「増税が消費を抑制する」という因果関係が推測されるが、消費落ち込みの原因は増税以外にもありうるため、他の要因も検討する必要がある。最後に、「彼女は毎日ジョギングをしている。健康状態が改善した」という文では、「運動が健康を改善する」という一般的な因果知識から因果関係が推測されるが、食事改善など他の要因も寄与している可能性がある。以上により、暗黙の因果関係の読み取りには、文脈、常識的知識、そして他の可能性を検討する批判的思考が不可欠であると理解できる。
対比関係は、「AはBであるが、CはDである」という形式で明示されることもあるが、接続詞なしに暗示されることも多い。二つの事物や概念が連続して述べられているとき、読者は対比関係を推測する傾向がある。この暗黙の対比関係を読み取ることは、概念間の差異を理解し、筆者の主張の特徴を把握するために重要である。受験生が陥りやすい誤解として、並列的に述べられた二つの事物を、単なる列挙として捉えてしまうことがある。しかし、筆者はしばしば、並置によって二つの要素の対照的な性質を際立たせようとしている。
この原理から、暗黙の対比関係を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、並列的に配置された二つの要素を特定する。第二に、これらの要素の性質を比較し、どのような点で異なるかを考える。第三に、対比の軸(何について対比されているか)を明確にする。対比の軸は、筆者が強調したい論点を示している。第四に、対比の意図を検討する。なぜ筆者はこの対比を行っているのか、対比によって何を示そうとしているのかを考える。
具体的な例で検証してみよう。「西洋哲学は理性を重視する。東洋哲学は直観を重視する」という二文が連続している場合、読者は「重視するもの」を対比の軸として、西洋哲学と東洋哲学の対照的な性質を読み取る。この対比は、東西の哲学的伝統の違いを強調することを意図している。ただし、この対比は単純化されたものであり、その限界も認識する必要がある。次に、「近代社会は個人を基本単位とする。伝統社会は共同体を基本単位とする」という文では、「社会の基本単位」を対比の軸として、近代社会と伝統社会の対照的な構造が示されている。この対比は、近代化がもたらした社会構造の変化を強調している。また、「科学は客観的真理を追求する。芸術は主観的表現を追求する」という文では、「追求するもの」を対比の軸として、科学と芸術の本質的な違いが示されている。最後に、「都市は効率性を優先する。農村は伝統を優先する」という文では、「優先するもの」を対比の軸として、都市と農村の価値観の違いが示されている。以上により、並置された要素の性質を比較し、対比の軸を明確にすることで、筆者の議論の焦点を深く理解できるとわかる。
体系的接続
語用論的含意とは、文の字義的意味を超えて、文脈や発話状況から推測される意味である。言語は字義通りの意味だけを伝えるのではなく、文脈に依存した様々な含意を伝える。語用論的含意を読み取る能力は、筆者の意図や態度を正確に把握するために不可欠である。
会話の含意は、哲学者ポール・グライスによって提唱された概念であり、発話の字義的意味からは導かれないが、文脈から推測される意味である。グライスは、会話には協調の原則があり、話者は量、質、関連性、様態の格率に従って発話すると仮定した。これらの格率からの意図的な逸脱は、字義的意味を超えた含意を生み出す。受験生が陥りやすい誤解として、文章を字義通りにしか解釈せず、言外の意味を見落としてしまうことがある。しかし、筆者が何かを述べないことにも意味があり、一見無関係な情報を提示することにも意図がある。
この原理から、会話の含意を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、量の格率に着目する。筆者が必要な情報を提供しているか、あるいは意図的に情報を制限していないかを検討する。情報が制限されている場合、その理由を推測する。第二に、質の格率に着目する。筆者の主張に十分な証拠があるか、あるいは皮肉や比喩などの修辞的表現を用いていないかを検討する。第三に、関連性の格率に着目する。一見無関係に見える発話が、文脈においてどのような関連性を持つかを推測する。第四に、様態の格率に着目する。筆者の表現が明瞭か、あるいは意図的に曖昧な表現を用いていないかを検討する。
具体的な例で検証してみよう。「彼は優秀な研究者であり、論文も多数発表している」という文は、「論文も」という表現によって、論文発表が優秀さの一側面であることを示唆し、量の格率から、他の側面(教育能力など)については言及を避けている可能性が推測される。次に、「この映画は視覚効果が素晴らしい」という文は、視覚効果のみを称賛し、脚本や演技など他の側面に言及していないことから、量の格率から、それらの側面は称賛に値しないという含意が生まれる。また、「彼女は毎日研究室にいる」という文は、字義的には勤勉さを述べているが、関連性の格率から、文脈によっては「成果を出していない」という否定的な含意を持つ可能性がある。最後に、「会議は予定通り終了した」という文は、会議の内容や成果に言及していないことから、量の格率から、会議の成果は特筆すべきものではなかったという含意が推測される。以上により、協調の原則と格率を理解することで、筆者の言外の意図を読み取ることが可能になるとわかる。
発話は、明示的に主張される内容(主張)と、その主張が成り立つために前提とされる内容(前提)を持つ。前提は、発話によって新たに導入される情報ではなく、すでに共有されているとみなされる情報である。前提を識別することで、筆者が何を当然視しているかを理解できる。焦点は、発話において最も重要な情報、新しい情報、強調される情報である。焦点以外の部分は背景情報として扱われる。焦点を識別することで、筆者が何を強調したいのかを理解できる。受験生が陥りやすい誤解として、文のすべての部分が等しく重要であると考えてしまうことがある。しかし、文は前提と焦点という情報構造を持っており、その構造を理解することが重要である。
この原理から、前提と焦点を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、発話を主張と前提に分解する。発話が主張している新しい情報と、前提としている既知の情報を区別する。第二に、前提の内容を明確にし、筆者が何を当然視しているかを明らかにする。第三に、焦点を特定する。発話において強調されている情報、新しい情報を特定する。語順、強調構文、対比構文などが手がかりとなる。第四に、前提と焦点から筆者の意図を推測する。なぜ筆者はこの前提を置き、この焦点を選んだのかを考える。
具体的な例で検証してみよう。「彼が論文を盗用したことは遺憾である」という文は、「彼が論文を盗用したこと」を前提とし、「遺憾である」という評価を主張している。この発話においては、論文盗用の事実が当然視されている。次に、「日本がこの問題を解決できるのは、技術力があるからである」という文は、「日本がこの問題を解決できる」ことを前提とし、「技術力があるから」という理由を焦点として主張している。また、「彼女が成功したのは努力したからではなく、才能があったからである」という文は、「彼女が成功した」ことを前提とし、成功の理由について「努力」ではなく「才能」であると主張している。焦点は「才能」にあり、対比構文によって筆者の意図が強調されている。最後に、「問題なのは、政策の内容ではなく、その実施方法である」という文は、「問題がある」ことを前提とし、問題の所在について「政策の内容」ではなく「実施方法」であると主張している。焦点は「実施方法」にあり、筆者の意図は実施方法の問題点を強調することにある。以上により、前提と焦点の分析を通じて、筆者の主張の構造と意図を深く理解できるとわかる。
体系的接続
筆者の議論は、特定の世界観や思考の枠組みに基づいている。世界観とは、世界をどのように理解するかについての基本的な見方である。思考の枠組みとは、問題をどのように設定し、どのような概念を用いて分析するかについての基本的なアプローチである。これらを抽出することで、筆者の議論の根底にある前提を理解し、その限界を認識できる。
多くの議論は、二項対立の枠組みに基づいている。自然と文化、個人と社会、理性と感情、主観と客観などの二項対立は、思考を組織化し、問題を設定するための基本的な枠組みとなる。筆者がどのような二項対立を用いているかを識別することで、議論の構造と限界を理解できる。受験生が陥りやすい誤解として、筆者が用いる二項対立を絶対的なものとして受け入れてしまうことがある。しかし、二項対立は現実を単純化するものであり、その枠組みでは捉えきれない複雑さが常に存在する。
この原理から、二項対立と概念的枠組みを抽出する具体的な手順が導かれる。第一に、議論に用いられている主要な概念を特定し、それらが対立的に配置されているかを検討する。第二に、二項対立の性質を分析する。この対立が排他的か(一方が真なら他方は偽)、それとも程度の問題か(両者は連続的)を検討する。第三に、二項対立の限界を検討する。この対立では捉えきれない側面、第三の可能性などを考える。二項対立の一方を他方より優位に置く筆者の価値判断にも注意する。
具体的な例で検証してみよう。「近代は理性の時代である。しかし、理性の過度の重視は感情の抑圧をもたらした」という議論は、理性と感情の二項対立に基づいている。この二項対立は、近代批判の典型的な枠組みであるが、理性と感情が相互に補完する側面を見落としている可能性がある。次に、「科学は客観的知識を提供する。一方、宗教は主観的信仰に基づく」という議論は、客観と主観の二項対立に基づいているが、科学にも主観的要素があり、宗教にも客観的要素があることを考慮すれば、この対立は単純化されたものである。また、「個人の自由を重視するか、社会の秩序を重視するかが、政治の根本問題である」という議論は、個人と社会の二項対立に基づいているが、個人の自由と社会の秩序が両立しうる可能性や、共同体主義などの中間的な立場を排除している。最後に、「東洋は精神を重視し、西洋は物質を重視する」という議論は、ステレオタイプ的な二項対立であり、現実の複雑さを捉え損ねる危険がある。以上により、筆者が用いる二項対立の枠組みを批判的に分析することで、議論の構造と限界を深く理解できるとわかる。
筆者の議論は、特定の価値体系に基づいている。価値体系とは、何が重要で何が重要でないか、何が良くて何が悪いかについての体系的な見方である。価値体系を抽出することで、筆者の議論の根底にある価値的前提を理解し、その限界を認識できる。価値体系は、しばしば明示されずに議論の前提として機能する。自由主義、功利主義、共同体主義、保守主義、進歩主義など、様々な価値体系が存在する。受験生が陥りやすい誤解として、筆者の価値観を普遍的なものとして受け入れてしまうことがある。しかし、価値体系は多様であり、筆者の価値体系を相対化する視点が必要である。
この原理から、価値体系を抽出する具体的な手順が導かれる。第一に、筆者が肯定的に評価している事柄と否定的に評価している事柄を特定する。第二に、これらの評価の根拠となる価値を推測する。第三に、筆者が優先する価値を明確にし、それに基づいて筆者の価値体系を定式化する。第四に、筆者の価値体系の限界を検討する。筆者の価値体系では捉えきれない価値や、異なる価値体系からの批判を考える。
具体的な例で検証してみよう。筆者が経済成長、効率性、技術革新を肯定し、非効率、停滞、伝統への固執を否定している場合、筆者は進歩主義的な価値体系に依拠していると推測できる。この価値体系は、変化と発展を肯定するが、伝統の価値や変化の負の側面を見落とす可能性がある。次に、筆者が個人の自由、自己決定、プライバシーを肯定し、国家の介入、集団主義を否定している場合、筆者は自由主義的な価値体系に依拠していると推測できる。この価値体系は個人の自律を重視するが、社会的連帯や公共の利益を軽視する危険がある。また、筆者が最大多数の最大幸福や社会全体の利益を肯定し、少数者の利益の過度の保護を否定している場合、筆者は功利主義的な価値体系に依拠していると推測できる。この価値体系は結果の総量を最大化することを目指すが、少数者の権利を犠牲にする危険がある。最後に、筆者が伝統、秩序、共同体の絆を肯定し、急進的変革、個人主義を否定している場合、筆者は保守主義的な価値体系に依拠していると推測できる。この価値体系は社会の安定を重視するが、不正義を温存する危険がある。以上により、筆者の価値体系を特定し、その限界を批判的に検討することで、議論を深く理解できるとわかる。
体系的接続
含意の抽出は、前提、価値判断、因果関係、語用論的含意、世界観など、様々な側面にわたる。これらを統合的に把握することで、文章の深層構造を理解し、筆者の意図を正確に読み取ることができる。
含意を統合的に抽出するには、文章を複数の観点から分析し、それぞれの観点から得られた情報を統合する必要がある。受験生が陥りやすい誤解として、一つの含意を見つけるとそれで満足してしまい、他の含意を見落としてしまうことがある。しかし、文章は複数の含意を重層的に含んでおり、それらを統合的に把握することが重要である。
この原理から、含意を統合的に抽出する具体的な手順が導かれる。第一に、文章の主要な主張と根拠を特定する。第二に、暗黙の前提を識別する。主張が成り立つために必要な、明示されていない前提を明らかにする。第三に、価値判断と規範を抽出する。筆者が何を良いとし何を悪いとしているか、何をすべきだと主張しているかを明らかにする。第四に、因果関係と対比関係の含意を識別する。第五に、語用論的含意を読み取る。第六に、世界観と思考の枠組みを抽出する。第七に、これらの分析結果を統合し、文章の深層的意味を把握する。
具体的な例で検証してみよう。「技術の発展は人類の進歩をもたらした。しかし、技術への過度の依存は人間性の喪失を招く危険がある。われわれは技術と人間性のバランスを取る必要がある」という文では、明示的主張は「技術と人間性のバランスを取る必要がある」である。暗黙の前提として、「技術と人間性は対立しうる」「技術への過度の依存は現在進行中である」がある。価値判断として、「技術の発展」と「人間性」がともに肯定的に評価されている。因果関係として、「技術への過度の依存→人間性の喪失」が含意されている。世界観として、技術と人間性の二項対立の枠組みが用いられている。次に、「民主主義は国民の意思を反映する点で優れている。しかし、民主主義が機能するためには、市民の教育と情報へのアクセスが不可欠である。教育なき民主主義は衆愚政治に陥る危険がある」という文では、明示的主張は「市民の教育と情報へのアクセスが不可欠である」である。暗黙の前提として、「民主主義は最良の政治体制である」「現在の市民教育は不十分である」がある。価値判断として、「民主主義」と「市民の教育」が肯定的に評価され、「衆愚政治」が否定的に評価されている。因果関係として、「教育の欠如→衆愚政治」が含意されている。世界観として、啓蒙主義的な価値体系が基盤にある。以上により、複数の含意を統合的に分析することで、筆者の議論を多角的に理解できるとわかる。
大学入試の現代文問題において、含意の抽出は様々な形で問われる。「筆者の主張として適切なものを選べ」という問題では、明示的な主張だけでなく、含意として導かれる主張も正解となりうる。「傍線部の理由を説明せよ」という問題では、暗黙の前提や因果関係を明らかにすることが求められる。「筆者の立場を説明せよ」という問題では、価値判断や世界観を抽出することが求められる。受験生が陥りやすい誤解として、選択肢が本文の字句と一致しているかどうかだけで判断してしまうことがある。しかし、難関大学の問題では、字句の一致ではなく、論理的な含意の一致が問われる。
この原理から、入試問題に含意抽出を適用する具体的な手順が導かれる。第一に、問題が何を問うているかを正確に把握する。明示的な内容か、含意かを判断する。第二に、関連する箇所を本文から特定し、含意を分析する。暗黙の前提、価値判断、因果関係などを識別する。第三に、問題に対応する。選択肢の場合は各選択肢と含意を照合し、記述式の場合は含意を明示的に記述する。
具体的な例で検証してみよう。本文「環境問題の解決には、個人の意識改革だけでなく、制度の変革が必要である」に対し、問題「筆者の主張として適切なものを選べ」で、選択肢「個人の努力だけでは環境問題は解決しない」がある場合、この選択肢は本文に直接書かれていないが、「個人の意識改革だけでなく」という表現から、個人の努力だけでは不十分であることが含意されているため、正しい。次に、本文「民主主義が機能するためには、市民の教育が不可欠である」に対し、問題「筆者がこのように主張する前提として適切なものを選べ」で、選択肢「教育を受けていない市民は適切な政治的判断ができない」がある場合、この選択肢は筆者の主張が成り立つための暗黙の前提であり、正しい。また、傍線部「科学技術の発展は両刃の剣である」の理由を説明する問題では、「両刃の剣」という比喩が肯定的側面と否定的側面の両方を持つことを含意していると解釈し、本文中からそれぞれの側面を具体的に抽出して説明する。以上により、含意抽出の技術は、入試問題の様々な形式に対応するための重要な能力であると理解できる。
体系的接続
推論を行うだけでなく、その推論過程を論理的に説明し、記述する能力が求められる。入試問題において、「なぜそう言えるのか説明せよ」「筆者がこのように主張する理由を述べよ」という問いは、推論過程の記述を求めている。推論過程を記述する際には、前提を明示し、論理的ステップを明確にし、結論を適切に導く必要がある。曖昧な表現や論理的飛躍があれば、記述の説得力は失われる。この層では、推論過程を論理的に記述する技術を習得し、説得力のある答案を作成する能力を確立する。
推論過程を記述する際、最も重要なのは前提を明示することである。前提が明示されていなければ、推論の妥当性を検証できない。読者は、なぜその結論が導かれるのかを理解できず、記述の説得力は大きく損なわれる。前提を明示することで、推論の論理構造が明確になり、読者は推論の各ステップを追跡できるようになる。
推論過程を記述する際、すべての前提を明示する必要はない。自明な前提や、文脈から明らかな前提は省略できる。しかし、議論の核心となる前提、読者が共有していない可能性のある前提、争点となりうる前提は、必ず明示しなければならない。受験生が陥りやすい誤解として、「前提は多いほど良い」という認識がある。しかし、不必要な前提の羅列は、かえって議論の焦点を曖昧にする。
この原理から、前提を明示する具体的な手順が導かれる。第一に、推論の構造を分析し、どのような前提から結論が導かれているかを明確にする。第二に、明示すべき前提を選択する。議論の核心であるか、自明でないか、争点となりうるか、という基準で判断する。第三に、前提を適切に配置する。演繹的推論の場合は結論の前に、帰納的推論の場合は個別事例の提示の後に配置するのが一般的である。第四に、前提を明確な言葉で表現する。
具体的な例で検証してみよう。推論「喫煙は肺がんのリスクを高める。ゆえに、喫煙は避けるべきである」では、「健康リスクを高める行為は避けるべきである」という価値的前提が暗黙に仮定されている。この前提を明示することで、推論の論理構造が明確になる。次に、推論「この政策は経済成長を促進する。ゆえに、この政策は採用すべきである」では、「経済成長を促進する政策は採用すべきである」という価値的前提が暗黙に仮定されている。この前提は環境保護や社会的公正を優先する立場からは否定されうるため、明示してその妥当性を検討する必要がある。また、推論「彼は東京大学を卒業している。ゆえに、彼は優秀である」では、「東京大学を卒業した者は優秀である」という前提が暗黙に仮定されている。この前提自体の妥当性は、「優秀」の定義などによって左右されるため、明示して議論する必要がある。以上により、前提の適切な選択と配置が、論理的で説得力のある記述に不可欠であると理解できる。
前提を明示するだけでなく、その前提がなぜ妥当であるかを説明することが、説得力のある記述には必要である。前提の正当化とは、前提が真であること、または妥当であることの根拠を示すことである。前提の正当化によって、推論全体の説得力が高まり、読者を納得させることができる。受験生が陥りやすい誤解として、「前提は主張すればよい」という認識がある。しかし、根拠のない前提は、単なる独断であり、論証の基盤とはなりえない。
この原理から、前提を正当化する具体的な手順が導かれる。第一に、前提の性質を判定する。事実的命題か、価値的命題か、理論的命題かを判断する。第二に、適切な正当化方法を選択する。事実的命題であれば経験的証拠を、理論的命題であればその理論を、価値的命題であればその価値の根拠や社会的合意を示す。第三に、正当化の内容を記述する。具体的な証拠や根拠を挙げ、読者を納得させる。第四に、正当化の限界を認識し、必要に応じて明示する。
具体的な例で検証してみよう。前提「喫煙は肺がんのリスクを高める」を正当化するには、多数の疫学研究、用量反応関係、生物学的メカニズムといった経験的証拠を提示する。次に、前提「経済成長を促進する政策は採用すべきである」を正当化するには、経済成長が国民の生活水準向上や社会の安定に寄与するという価値の根拠を明示し、それが社会で広く共有される目標であることを指摘する。ただし、他の価値との調整が必要であるという限界も認める。また、前提「東京大学を卒業した者は優秀である」を正当化するには、入学の難易度や学業要件といった統計的根拠を提示しつつ、「優秀」の定義が学力に限定される場合にのみ妥当であるという限定を加える。最後に、前提「副作用が報告されていない薬剤は安全である」を正当化するには、過去の研究結果を証拠として提示しつつ、研究の限界(規模、期間)を認め、絶対的な安全性を保証するものではないという留保を加える。以上により、前提の性質に応じた適切な正当化が、論証の信頼性を高めると理解できる。
体系的接続
推論過程を記述する際、論理的ステップを明確にすることが重要である。各ステップが前のステップから論理的に導かれていることを示すことで、推論の妥当性が保証される。論理的ステップの明確化には、接続詞の適切な使用、論理的関係の明示、中間結論の提示などが含まれる。これらの技術を習得することで、読者が推論を追跡しやすい、明瞭な記述が可能になる。
接続詞は、文と文の論理的関係を明示する重要な言語的手段である。因果、理由、対比、追加、例示などの関係を示す接続詞を適切に用いることで、推論の論理構造を明確にできる。受験生が陥りやすい誤解として、「接続詞は多いほどよい」という認識がある。しかし、過剰な接続詞は文章を冗長にし、かえって読みにくくする。必要な場所に適切な接続詞を配置することが重要である。
この原理から、接続詞を適切に選択する具体的な手順が導かれる。第一に、文と文の論理関係を正確に判定する。第二に、その論理関係の強度や方向性に応じて、適切な接続詞の候補を挙げる。「しかし」と「ただし」では対立の強度が異なる。第三に、文脈全体のトーンを考慮し、最も自然な表現を選択する。
具体的な例で検証してみよう。強い因果関係を示す場合は「したがって」「ゆえに」を用いる。「温室効果ガス濃度が上昇している。したがって、早急な排出削減が不可欠である」。中程度の因果関係であれば「そのため」「これにより」を用いる。「リモートワークが普及した。そのため、生活の質が向上した」。逆接関係でも、完全な対立であれば「しかし」「だが」を、部分的な譲歩であれば「もっとも」「ただし」を用いる。「この政策は効果を上げている。もっとも、完全な解決には至っていない」。具体化を示す場合は「例えば」「具体的には」を、一般化を示す場合は「このように」「つまり」を用いる。論理関係が自明な場合は、接続詞を省略することで文章にテンポが生まれることもある。以上により、接続詞の機能を正確に理解し、文脈に応じて適切に選択することが、論理的な記述に不可欠であるとわかる。
複雑な推論においては、最終的な結論に至る前に、中間的な結論を提示することが有効である。中間結論とは、推論の途中段階で導かれる部分的な結論である。中間結論を明示することで、推論の各段階が明確になり、読者は推論を追跡しやすくなる。受験生が陥りやすい誤解として、すべての論証を一度に提示しようとし、かえって議論を複雑にしてしまうことがある。しかし、長い推論を段階的に提示する方が、読者の理解を促進する。
この原理から、中間結論を効果的に提示する具体的な手順が導かれる。第一に、複雑な推論を、論理的にまとまりを持ついくつかの段階に分割する。第二に、各段階の結論を中間結論として明確に定式化する。「ここまでの議論から、〜という中間結論が導かれる」といった表現を用いる。第三に、中間結論が次の段階の前提として機能することを示し、最終結論への移行を明確にする。
具体的な例で検証してみよう。「喫煙は肺組織を損傷する。肺組織の損傷は肺がんのリスクを高める。ゆえに、喫煙は肺がんのリスクを高める(中間結論)。健康リスクを高める行為は避けるべきである。ゆえに、喫煙は避けるべきである(最終結論)」という推論では、「喫煙は肺がんのリスクを高める」という中間結論を明示し、それを前提として最終結論を導いている。次に、「この政策は投資を促進する。投資の促進は経済成長をもたらす。ゆえに、この政策は経済成長をもたらす(中間結論)。経済成長をもたらす政策は採用すべきである。ゆえに、この政策は採用すべきである(最終結論)」という推論では、政策の効果と評価が二段階で示されている。また、「彼は東京大学を卒業しており、高い学力を有する(中間結論1)。さらに、複数の論文を発表しており、研究能力を有する(中間結論2)。高い学力と研究能力を有する者は優秀である。ゆえに、彼は優秀である(最終結論)」という推論では、二つの中間結論を統合して最終結論を導いている。以上により、中間結論の適切な提示が、複雑な推論の明瞭性を高めると理解できる。
体系的接続
推論過程の記述において、結論を適切に導出することは最も重要である。結論は、前提と論理的ステップから必然的に、または蓋然的に導かれなければならない。結論が前提から論理的に導かれていない場合、推論は不当であり、記述の説得力は失われる。結論の導出には、演繹的導出と帰納的導出があり、それぞれ異なる記述方法が求められる。
演繹的推論において、結論は前提から論理的に必然的に導かれる。結論を導出する際には、「ゆえに」「したがって」といった結論を示す表現を用い、論理形式の正しさを保証することが最も重要である。受験生が陥りやすい誤解として、前提が真であれば、どのような結論でも導けるという認識がある。しかし、結論は前提から論理的に導かれる範囲内に限定されなければならず、過度な一般化や飛躍は許されない。
この原理から、演繹的結論を導出する具体的な手順が導かれる。第一に、すべての前提が明示され、真であることを確認する。第二に、推論が妥当な論理形式(三段論法、仮言三段論法など)に従っているかを検証する。第三に、前提から論理的に導かれる結論を明確に定式化し、過度な一般化を避ける。第四に、「ゆえに」「したがって」などの表現を用いて結論を明示する。
具体的な例で検証してみよう。「すべての人間は死ぬ。ソクラテスは人間である。ゆえに、ソクラテスは死ぬ」という推論は、三段論法の形式に従った妥当な演繹的結論の導出である。次に、「もし雨が降れば運動会は中止される。雨が降った。ゆえに、運動会は中止された」という推論は、仮言三段論法の肯定式に従った妥当な導出である。また、「健康リスクを高める行為は避けるべきである。喫煙は肺がんのリスクを高める。ゆえに、喫煙は避けるべきである」という推論も、複数の前提から結論を導く妥当な演繹的推論である。最後に、「民主主義は国民の意思を反映する。国民の意思を反映する体制は正当である。ゆえに、民主主義は正当である」という推論は、形式的には妥当であるが、「国民の意思を反映する体制は正当である」という前提が価値判断であり、その妥当性が別途検討される必要がある。以上により、演繹的結論の導出には、前提の真偽と論理形式の正しさの両方が不可欠であると理解できる。
帰納的推論において、結論は前提から蓋然的に導かれる。結論を導出する際には、「おそらく」「〜と考えられる」といった蓋然性を示す表現を用い、結論の限界を明示することが重要である。受験生が陥りやすい誤解として、帰納的結論を絶対的な真理であるかのように断定的に記述してしまうことがある。しかし、帰納的推論は必然的な結論を導かないため、その不確実性を認識し、明示することが誠実な記述には不可欠である。
この原理から、帰納的結論を導出する具体的な手順が導かれる。第一に、観察された事例を提示する。第二に、事例の共通性を抽出し、一般的な結論を定式化する。第三に、「おそらく」「〜と考えられる」などの表現を用いて、結論の蓋然性を明示する。第四に、観察された事例の範囲、反例の可能性、一般化の限界などを述べ、結論の限界を明示する。
具体的な例で検証してみよう。「カラスA、B、Cは黒い。ゆえに、おそらくすべてのカラスは黒いと考えられる。ただし、観察された事例は限定的であり、黒くないカラスが存在する可能性は排除できない」という記述は、蓋然性と限界の両方を明示している。次に、「過去10年間の統計において、この地域では地震が発生していない。ゆえに、近い将来も地震が発生しない可能性がある。ただし、地震の発生は長期的な地殻変動に依存し、過去の傾向が将来も継続する保証はない」という記述も同様である。また、「多数の疫学研究において、喫煙者の肺がん発症率は非喫煙者の約10倍であることが示されている。ゆえに、喫煙は肺がんの原因であると考えられる。この結論は、相関関係と生物学的メカニズムの両方に基づいており、高い蓋然性を持つ」という記述は、結論の蓋然性が高いことを根拠とともに示している。最後に、「地球は生命を持つ惑星であり、液体の水を持つ。火星も液体の水を持つ可能性がある。ゆえに、火星も生命を持つ可能性がある。ただし、この結論は類推に基づくものであり、火星の環境が生命の存在に適しているかは不明である」という記述は、類推の限界を明確に示している。以上により、帰納的結論を記述する際には、その蓋然性と限界を誠実に明示することが重要であると理解できる。
体系的接続
推論過程を記述する際、全体の構成と個々の表現を適切に行うことが重要である。構成は記述の全体的な構造を規定し、表現は記述の具体的な内容を形成する。適切な構成と表現によって、推論過程が明瞭に伝わり、読者を説得することができる。
推論過程を記述する際の構成には、いくつかの基本的なパターンがある。最も一般的なのは、「前提→推論→結論」という順序である。この順序は、読者が推論の流れを追跡しやすく、結論に至る論理的な道筋が明確になる。また、「結論→根拠→詳細」という順序も有効である。受験生が陥りやすい誤解として、思いついた順に書き連ねてしまうことがある。しかし、論理的な順序を意識して構成することで、説得力は格段に向上する。
この原理から、記述を構成する具体的な手順が導かれる。第一に、論理的な順序を維持する。前提と結論の関係が明確になる順序で記述する。第二に、段落を適切に分ける。一つの段落には一つの主要な論点を含める。第三に、長い記述の場合、冒頭で全体の構成を示す。第四に、結論を明確に示す。
具体的な例で検証してみよう。「前提→推論→結論」の構成例として、「民主主義は国民の意思を反映する(前提1)。国民の意思を反映する体制は正当である(前提2)。したがって、民主主義は正当な体制である(結論)」という記述が挙げられる。次に、「結論→根拠→詳細」の構成例として、「結論から述べれば、喫煙は避けるべきである。その根拠は、喫煙が肺がんのリスクを高めることにある。具体的には、多数の疫学研究で…」という記述が挙げられる。また、長い記述では、「本論では、まず〜を述べ、次に〜を検討し、最後に〜を結論する」というように、冒頭で全体の構成を示すことが有効である。段落を適切に分けることで、論理の切れ目が明確になる。例えば、環境問題について論じる際、第一段落で問題の特性、第二段落で国際協力の必要性、第三段落で結論と、各段落に一つの論点を含める。以上により、構成原則を意識することが、論理的で明快な記述に不可欠であると理解できる。
推論過程を記述する際、表現の精度と明瞭さが重要である。曖昧な表現や多義的な表現は、読者の誤解を招き、推論の説得力を損なう。受験生が陥りやすい誤解として、「難しい言葉を使えば知的に見える」という認識がある。しかし、不必要に複雑な表現は、かえって理解を妨げる。精度の高い表現と明瞭な文体を用いることで、推論過程が正確に伝わる。
この原理から、表現の精度と明瞭さを高める具体的な手順が導かれる。第一に、一義的な表現を用いる。複数の解釈が可能な表現を避け、専門用語は意味を明確にする。第二に、限定詞を適切に用いる。「すべての」「いくつかの」「多くの」といった限定詞を適切に使い、意図しない一般化を避ける。第三に、主語と述語を明確にする。主語を省略せず、主語と述語の対応を明確にする。第四に、一文を短くする。一文には一つの主要な情報を含める。第五に、受動態や二重否定を避け、能動態や肯定文を用いる。第六に、修飾関係を明確にする。修飾語は被修飾語の近くに配置する。
具体的な例で検証してみよう。「この政策は効果がある」という曖昧な表現は、「この政策は経済成長率を年2%向上させる効果がある」と具体化することで精度が高まる。「研究者は合理的である」という過度な一般化は、「多くの研究者は研究活動において合理的な判断を行う傾向がある」と限定することで精度が高まる。「この問題は重要で、解決が急がれる」という文は、主語を明確にし、「この問題は重要である。したがって、政府はこの問題の解決を急ぐ必要がある」と二文に分けることで明瞭になる。「この主張が正しくないとは言えない」という二重否定は、「この主張はおそらく正しい」と肯定文にすることで明瞭になる。以上により、表現の精度と明瞭さを意識することが、説得力のある記述に不可欠であると理解できる。
体系的接続
推論過程の記述技術を入試問題に適用することで、論理的で説得力のある答案を作成できる。理由説明問題、論述問題、意見論述問題など、様々な形式の問題において、推論過程を明確に記述する能力が求められる。
理由説明問題は、傍線部や筆者の主張の理由を説明する問題である。この形式の問題に対応するには、本文から関連する情報を抽出し、それらを論理的に組み立てて理由を構成する必要がある。受験生が陥りやすい誤解として、関連する情報を単に抜き出して並べてしまうことがある。しかし、それらの情報がどのように理由を構成するのか、その推論過程を明確に記述することが重要である。
この原理から、理由説明問題に対応する具体的な手順が導かれる。第一に、問われている内容を正確に把握する。第二に、本文から関連する情報を抽出し、暗黙の前提や含意も考慮する。第三に、抽出した情報を、前提→推論→結論の形式で組み立てる。論理的な飛躍がないように、各ステップを明確にする。第四に、組み立てた推論を、接続詞を適切に用いて明瞭な文章で記述する。
具体的な例で検証してみよう。傍線部「民主主義は完全ではないが、他のどの政治体制よりも優れている」の理由を説明する問題では、まず本文から民主主義の利点(国民の意思の反映、権力の抑制など)と他の体制の欠点を抽出する。次に、「国民の意思を反映し、権力の暴走を防ぐ体制が優れている」という価値的前提を置き、民主主義がこれらの点で他の体制より優れていることを論証する形で記述を構成する。例えば、「筆者がこのように述べる理由は、民主主義が国民の意思を反映し政治的決定に正当性を与える一方、権力の暴走を防ぐ制度的仕組みを持つからである。独裁制や寡頭制にはこれらの利点がなく、したがって民主主義は完全ではないが他の体制より優れていると筆者は考えている」というように記述する。次に、傍線部「科学技術の発展は両刃の剣である」の理由を説明する問題では、「両刃の剣」が肯定的側面と否定的側面の両方を持つことを含意していると解釈し、本文からそれぞれの側面(物質的豊かさと環境破壊など)を具体的に抽出して、それらを統合して理由を説明する。以上により、推論過程を明確に記述することが、説得力のある理由説明につながると理解できる。
意見論述問題は、あるテーマについて自分の意見を論述する問題である。この形式の問題に対応するには、自分の主張を明確にし、それを支える根拠を論理的に展開する必要がある。受験生が陥りやすい誤解として、自分の意見を感情的に主張してしまうことがある。しかし、意見論述では、客観的な根拠に基づく論理的な推論過程が求められる。
この原理から、意見論述問題に対応する具体的な手順が導かれる。第一に、テーマを正確に把握し、自分の主張を明確にする。第二に、主張を支える根拠を複数用意する。事実、理論、具体例などを組み合わせる。第三に、主張と根拠を、前提→推論→結論の形式で展開する。中間結論を用いて段階的に最終結論に至る。第四に、予想される反論を考慮し、それに対する反駁を含める。第五に、結論を明確に示し、主張が根拠によって支持されていることを確認する。
具体的な例で検証してみよう。テーマ「グローバル化は人類にとって望ましいか」について論述する場合、まず「総合的に見れば望ましい」という主張を立てる。その根拠として、①経済的繁栄、②技術と知識の普及、③異文化理解の促進を挙げる。次に、予想される反論「文化の画一化や格差の拡大」を考慮し、「これらの問題は適切な政策によって緩和可能であり、グローバル化の利点を否定するほどのものではない」と反駁する。最後に、「以上の理由から、グローバル化は人類にとって望ましい」と結論づける。次に、テーマ「死刑制度は廃止すべきか」について論述する場合、「廃止すべき」という主張を立てる。根拠として、①冤罪の可能性、②犯罪抑止効果の欠如を挙げる。予想される反論「応報の正義」を考慮し、「応報の正義は現代の人権思想と相容れない」と反駁する。最後に、「以上の理由から、死刑制度は廃止すべきである」と結論づける。以上により、推論過程を明確に記述することが、説得力のある意見論述につながると理解できる。
体系的接続
推論を行い、記述するだけでなく、その推論の妥当性を批判的に検証する能力が求められる。推論の妥当性検証とは、推論の前提、論理形式、結論のそれぞれについて、誤りや不当な飛躍がないかを検討することである。批判的思考は、自分の推論を改善し、他者の推論を適切に評価するために不可欠である。現代文読解においては、筆者の推論を批判的に検討することで、文章の論理構造をより深く理解し、筆者の主張の妥当性を評価することができる。この層では、推論の妥当性を批判的に検証する方法を習得し、論理的誤謬を見抜く能力を確立する。
論理的誤謬とは、推論における論理的な誤りである。誤謬には、形式的誤謬と非形式的誤謬がある。形式的誤謬は、推論の論理形式が不当である場合に生じる。非形式的誤謬は、推論の内容や文脈に関わる誤りである。論理的誤謬を識別することは、不当な推論を見抜き、説得力のない議論に惑わされないために重要である。
形式的誤謬は、推論の論理形式が妥当でない場合に生じる。形式的誤謬は、推論の内容に関係なく、形式自体の誤りによって生じる。受験生が陥りやすい誤解として、結論が正しそうに見えれば、推論の形式は問題ないという認識がある。しかし、結論が偶然正しくても、論理形式が誤っていれば、その推論は妥当ではない。代表的な形式的誤謬には、後件肯定、前件否定、媒概念不周延、四概念の誤謬などがある。
この原理から、形式的誤謬を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、推論の論理形式を分析する。仮言三段論法、定言三段論法などの形式に分類する。第二に、妥当な論理形式と比較し、形式に誤りがないかを検証する。仮言三段論法であれば前件肯定か後件否定か、定言三段論法であれば媒概念が周延しているかなどを確認する。第三に、誤謬の種類を特定し、なぜその形式が不当であるかを説明する。
具体的な例で検証してみよう。「もし雨が降れば運動会は中止される。運動会は中止された。ゆえに、雨が降った」という推論は、後件肯定の誤謬である。運動会が中止される理由は雨以外にもありうる。次に、「もし彼が東京大学に合格すれば、彼は優秀である。彼は東京大学に合格しなかった。ゆえに、彼は優秀ではない」という推論は、前件否定の誤謬である。東京大学に合格しなくても、他の理由で優秀である可能性はある。また、「すべての哲学者は思索家である。すべての詩人は思索家である。ゆえに、すべての詩人は哲学者である」という推論は、媒概念不周延の誤謬である。媒概念「思索家」が両方の前提で周延していないため、論理的なつながりが確立されない。最後に、「人間は動物である。動物は野蛮である。ゆえに、人間は野蛮である」という推論は、四概念の誤謬の可能性がある。「動物」という語が、生物学的分類と「野蛮な」という形容詞的な意味で、異なる意味で用いられているため、三段論法の形式が成り立たない。以上により、形式的誤謬を識別することで、論証の妥当性を厳密に評価できるとわかる。
非形式的誤謬は、推論の内容や文脈に関わる誤りである。非形式的誤謬は、推論の形式は正しくても、前提の不当性、論点のすり替え、不適切な訴えなどによって生じる。受験生が陥りやすい誤解として、感情に訴える議論や権威ある人物の意見を、論理的に妥当なものと混同してしまうことがある。しかし、これらは非形式的誤謬の一種であり、論証の妥当性を損なう。代表的な非形式的誤謬には、循環論法、藁人形論法、滑り坂論法、人身攻撃などがある。
この原理から、非形式的誤謬を識別する具体的な手順が導かれる。第一に、推論の前提、論理的ステップ、結論を分析する。第二に、前提の妥当性を検討し、循環論法や不当な前提がないかを確認する。第三に、論理的ステップの妥当性を検討し、論点のすり替えや飛躍がないかを確認する。第四に、誤謬の種類を特定し、なぜその推論が不当であるかを説明する。
具体的な例で検証してみよう。「神は存在する。なぜなら聖書にそう書いてあるからだ。聖書は神の言葉である。なぜなら神が存在するからだ」という推論は、結論を前提として用いる循環論法であり、何も証明していない。次に、「環境保護論者は、すべての経済活動を停止すべきだと主張している。しかし、それは非現実的である。ゆえに、環境保護論者の主張は誤りである」という推論は、相手の主張を歪めて攻撃する藁人形論法である。また、「安楽死を認めれば、次は高齢者、さらには障害者の安楽死が認められ、最終的には優生政策に至る。ゆえに、安楽死は認めるべきではない」という推論は、各段階の必然的連関を示さずに極端な結果を予測する滑り坂論法である。最後に、「彼は過去に犯罪を犯した人物である。ゆえに、彼の主張は信用できない」という推論は、主張の内容ではなく主張者の人格を攻撃する人身攻撃の誤謬である。以上により、非形式的誤謬を識別することで、議論の説得力を批判的に評価できるとわかる。
体系的接続
推論の妥当性は、前提の真偽に決定的に依存する。前提が偽であれば、いかに論理形式が正しくても、結論は妥当ではない。前提の妥当性を検証することは、推論全体の妥当性を評価するために不可欠である。前提には事実的前提と価値的前提があり、それぞれ異なる検証方法が必要である。
事実的前提は、世界の状態に関する前提であり、その妥当性は経験的証拠によって検証される。受験生が陥りやすい誤解として、一度見聞きした情報を無批判に事実として受け入れてしまうことがある。しかし、情報の信頼性は、その出典、方法、質によって大きく異なるため、批判的な検討が必要である。
この原理から、事実的前提を検証する具体的な手順が導かれる。第一に、前提を明確に定式化する。第二に、関連する証拠(統計データ、科学的研究、歴史的事実など)を収集する。第三に、証拠の信頼性を評価する。出典は信頼できるか、研究方法は適切かなどを検討する。第四に、複数の証拠を検討し、反証の可能性も考慮する。第五に、証拠と前提の整合性を判断し、前提の妥当性を結論づける。
具体的な例で検証してみよう。前提「喫煙は肺がんのリスクを高める」は、多数の疫学研究、用量反応関係、生物学的メカニズムといった複数の信頼できる証拠によって強く支持されており、妥当である。次に、前提「死刑は犯罪抑止効果がある」は、支持する研究と反駁する研究の両方が存在し、証拠は決定的ではないため、妥当性は不確実である。また、前提「地球温暖化は人為的な温室効果ガスの排出が原因である」は、気候科学の広範な研究、気候モデルによるシミュレーション、IPCCの報告書など、多数の証拠によって強く支持されており、妥当である。最後に、前提「ワクチン接種は自閉症の原因である」は、初期の研究が不正により撤回され、その後の多数の大規模研究で因果関係が否定されているため、妥当ではない。以上により、事実的前提の検証には、信頼できる証拠を多角的に検討する批判的思考が不可欠であると理解できる。
価値的前提は、善悪・優劣・望ましさに関する前提であり、その妥当性の検証は事実的前提よりも困難である。価値判断は、文化、時代、個人の信念に依存し、普遍的な基準が存在しないためである。受験生が陥りやすい誤解として、「価値観は人それぞれであり、議論できない」という認識がある。しかし、価値的前提であっても、その根拠や一貫性、帰結を検討することで、その妥当性を論理的に評価することは可能である。
この原理から、価値的前提を検証する具体的な手順が導かれる。第一に、前提となる価値の根拠を明確にする。なぜその価値が重要であるかの理由を検討する。第二に、価値の一貫性を検討する。その価値的前提が他の価値と矛盾しないかを確認する。第三に、価値の普遍性を検討する。その価値が広く共有されているか、特定の文化や時代に限定されているかを考慮する。第四に、価値の帰結を検討する。その価値的前提を採用した場合の帰結が望ましいかを考察する。
具体的な例で検証してみよう。前提「自由は最も重要な価値である」は、人間の尊厳や自己実現に不可欠であるという根拠を持つが、他者の自由や安全といった価値との調整が必要であり、絶対的ではない。次に、前提「経済成長は望ましい」は、生活水準の向上や社会の安定に寄与するという根拠を持つが、環境保護や社会的公正といった他の価値と衝突しうる。また、前提「平等は正義の基礎である」は、人間の尊厳という根拠を持つが、平等の定義(機会の平等か結果の平等か)によって帰結が大きく異なり、自由や効率といった他の価値との調整が必要である。最後に、前提「伝統は尊重されるべきである」は、社会の安定に寄与するという根拠を持つが、伝統には不正義が含まれている可能性もあり、無条件に尊重することはできない。以上により、価値的前提の検証は、その根拠、一貫性、普遍性、帰結を多角的に検討することで行われると理解できる。
体系的接続
推論の妥当性を総合的に評価するには、前提、論理形式、結論のすべてを検討する必要がある。推論の総合的評価とは、推論が全体として説得力を持つかどうかを判断することである。個別の要素が妥当であっても、全体として説得力を持たない場合がある。また、一部に問題があっても、全体としては妥当な推論もある。
推論の強度とは、前提が結論をどの程度強く支持するかの度合いである。演繹的推論において、前提が真であり論理形式が妥当であれば、結論は必然的に真となり、推論の強度は最大である。帰納的推論において、推論の強度は、観察された事例の数、多様性、反例の不在、因果メカニズムの説明可能性などに依存する。受験生が陥りやすい誤解として、推論の強度を「全か無か」で判断してしまうことがある。しかし、推論の強度は連続的なものであり、その度合いを評価することが重要である。
この原理から、推論の強度を評価する具体的な手順が導かれる。第一に、推論の種類を判定する。演繹的推論か帰納的推論かを判断する。第二に、前提の妥当性を評価する。第三に、論理形式の妥当性を評価する。第四に、帰納的推論の場合、事例の数と多様性、反例の可能性、因果メカニズムを評価する。第五に、これらの要素を総合して、推論の強度を「強い」「中程度」「弱い」などと判断する。
具体的な例で検証してみよう。演繹的推論「すべての人間は死ぬ。ソクラテスは人間である。ゆえに、ソクラテスは死ぬ」は、前提が真で形式も妥当であるため、強度は最大である。次に、帰納的推論「カラスA、B、Cは黒い。ゆえに、すべてのカラスは黒い」は、事例数が少なく、反例の可能性もあるため、強度は低い。また、帰納的推論「多数の疫学研究において、喫煙者の肺がん発症率は非喫煙者の約10倍である。ゆえに、喫煙は肺がんの原因である」は、事例数が多く、用量反応関係や因果メカニズムも解明されているため、強度は高い。最後に、類推「地球は生命を持つ。火星も惑星である。ゆえに、火星も生命を持つ」は、類似性(惑星であること)と結論(生命の存在)の関連性が低いため、強度は極めて低い。以上により、推論の強度評価は、推論の種類に応じて複数の基準を総合的に用いて行われると理解できる。
推論の妥当性を評価する際、代替的解釈の可能性を検討することが重要である。ある前提から導かれる結論が唯一のものであるとは限らない。別の前提を採用すれば、別の結論が導かれる可能性がある。また、同じ証拠から、異なる解釈が可能な場合もある。受験生が陥りやすい誤解として、一度正しいと思った解釈に固執し、他の可能性を検討しないことがある。しかし、代替的解釈を検討することで、推論の限界を認識し、より妥当な推論を選択できる。
この原理から、代替的解釈を検討する具体的な手順が導かれる。第一に、推論において採用されている主要な解釈を特定する。第二に、他にどのような解釈が可能かを考える。因果の方向の逆転、第三の要因、偶然の一致などを考慮する。第三に、各解釈の妥当性を比較する。どの解釈が証拠によって最もよく支持されるかを検討する。第四に、最も妥当な解釈を選択し、その理由を明確にする。
具体的な例で検証してみよう。証拠「アイスクリームの売上と水難事故の発生件数には正の相関がある」に対し、解釈1「アイスクリームが水難事故の原因」、解釈2「水難事故がアイスクリーム消費を促進」、解釈3「第三の要因(気温の上昇)が両方の原因」という三つの代替的解釈を検討する。この中で、解釈3が最も妥当であると判断できる。次に、証拠「高学歴の人ほど所得が高い傾向がある」に対し、解釈1「教育が所得を増加させる」、解釈2「能力の高い人が高学歴と高所得を得る」、解釈3「高所得の家庭の子どもが高学歴と高所得を得やすい」という三つの代替的解釈を検討する。この場合、単一の解釈では不十分であり、複数の要因が関与していると考えるのが最も妥当である。また、証拠「この薬剤は過去の研究で副作用が報告されていない」に対し、解釈1「安全である」、解釈2「現時点では安全だが長期的な副作用の可能性は排除できない」という二つの代替的解釈を検討する。この場合、帰納的推論の限界を認識した解釈2の方がより慎重で妥当である。以上により、代替的解釈の検討が、推論の妥当性評価をより精緻にすると理解できる。
体系的接続
批判的読解とは、文章を受動的に受け入れるのではなく、その論理構造と妥当性を能動的に検討しながら読むことである。批判的読解は、筆者の推論を評価し、問題点を発見し、より妥当な解釈を導くために不可欠である。
批判的読解は、体系的な手順に従って行うことで、その精度と効率を高めることができる。受験生が陥りやすい誤解として、批判的読解を単なる「あら探し」や「否定」と捉えてしまうことがある。しかし、真の批判的読解とは、議論の強みと弱みの両方を公正に評価し、より建設的な理解を目指す知的活動である。
この原理から、批判的読解を実践する具体的な手順が導かれる。第一に、筆者の主張を正確に把握する。要約などを通じて、筆者が何を主張しているのかを歪めずに理解する。第二に、主張を支える根拠を特定する。明示的な根拠だけでなく、暗黙の前提も明らかにする。第三に、推論の構造を分析する。根拠から主張への推論がどのような形式を取っているかを分析する。第四に、推論の妥当性を評価する。前提の真偽、論理形式の妥当性、結論の適切さを検討し、論理的誤謬がないかを確認する。第五に、代替的解釈を検討する。筆者の解釈以外にどのような解釈が可能かを考える。第六に、自分の評価を定式化する。筆者の推論に対する自分の評価を明確にし、推論の強みと弱みを指摘する。
具体的な例で検証してみよう。筆者の主張「グローバル化は文化の多様性を破壊する」に対し、根拠「西洋文化の拡散による地域文化の消滅」が示されている場合、この推論の妥当性を評価する。グローバル化が西洋文化の拡散を促進することは事実であるが、それによって地域文化が完全に「消滅」し、多様性が「破壊」されるという主張は過度な一般化であると指摘できる。代替的解釈として、グローバル化は文化の混交を促進し、新しい形の多様性を生み出しているという可能性を検討する。最終的な評価として、「筆者の主張には一定の妥当性があるが、グローバル化の影響を一面的に捉えており、文化の適応力や新たな多様性の創出を見落としている」と定式化する。このように、体系的な手順に従うことで、公正で建設的な批判的読解が可能になると理解できる。
大学入試の現代文問題において、批判的読解の能力は様々な形で問われる。「筆者の主張の問題点を指摘せよ」「筆者の論証における飛躍を説明せよ」「筆者の主張に対する反論を述べよ」といった問題は、批判的読解を直接求めている。また、推論問題や内容一致問題においても、筆者の推論を批判的に検討する能力が求められる。受験生が陥りやすい誤解として、自分の意見を述べることが批判的読解であると考えてしまうことがある。しかし、入試問題で求められるのは、あくまで本文の論理に基づいた批判であり、個人的な感想や意見ではない。
この原理から、入試問題に批判的読解を適用する具体的な手順が導かれる。第一に、問題が何を求めているかを正確に把握する。問題点の指摘、論証の飛躍の説明、反論の提示など、求められている知的操作を明確にする。第二に、批判的検討の対象となる筆者の主張、根拠、推論を本文中から正確に抽出する。第三に、前提の妥-当性、論理形式の妥当性、結論の適切さを検討し、論理的誤謬、不当な前提、論理的飛躍などを具体的に特定する。第四に、批判的検討の結果を、設問の要求に応じて明瞭な文章で記述する。
具体的な例で検証してみよう。問題「傍線部の筆者の主張における論証の飛躍を指摘せよ」に対し、傍線部が「科学技術の発展は環境問題を引き起こした。ゆえに、科学技術の発展は停止すべきである」である場合、答案では「『環境問題を引き起こした』から『停止すべきである』への論理的飛躍がある」と指摘する。その理由として、①科学技術は環境問題の解決にも貢献しうること、②科学技術がもたらす他の多くの恩恵を考慮していないこと、という二点を挙げる。次に、問題「筆者の主張に対する反論を述べよ」に対し、筆者の主張が「民主主義は最良の政治体制である。なぜなら、国民の意思を反映するからである」である場合、答案では「国民の意思が常に正しいとは限らない」「多数決が少数者の権利を侵害する危険がある」「複雑な政策課題に対応する専門知識を欠く場合がある」といった反論を提示する。これらの反論は、筆者の論証が「国民の意思を反映すること」のみを根拠とし、他の価値や問題を考慮していない点を突いている。以上により、批判的読解の技術が、入試問題における高度な論述要求に対応するために不可欠であると理解できる。
体系的接続
推論と含意の読み取りは、現代文読解における最も高度で実用的な技術である。本モジュールを通じて習得した能力は、単に入試問題を解くためだけでなく、学術的な研究、社会的な議論、日常的な判断において、論理的で批判的な思考を行うための基盤となる。
本源層では、推論の基本的な論理構造を確立した。演繹的推論と帰納的推論の違いを明確に認識し、それぞれの妥当性を検証する方法を習得した。演繹的推論においては、三段論法、仮言三段論法、選言三段論法といった論理形式を理解し、妥当な形式と不当な形式を学んだ。帰納的推論においては、列挙的帰納、類推、統計的推論、因果推論の各形式を分析し、その妥当性を評価する方法を確立した。
分析層では、文章に明示されていない含意を識別し、抽出する技術を習得した。必要条件としての前提の特定、思考実験や反論への対処のための仮定の識別、評価語を手がかりとした価値判断の抽出、規範的主張の識別、暗黙の因果関係や対比関係の読み取り、言外の意味を読み取る語用論的含意の分析、そして筆者の議論の根底にある世界観や思考の枠組みの抽出方法を学んだ。
論述層では、推論過程を論理的に記述する能力を確立した。前提の選択と配置、前提の正当化、接続詞による論理関係の明示、中間結論の提示、演繹的結論と帰納的結論の適切な導出方法、そして記述の構成と表現の洗練に至るまで、説得力のある論述を作成するための具体的な技術を習得した。
批判層では、推論の妥当性を批判的に検証する方法を習得した。形式的誤謬と非形式的誤謬を識別する技術、事実的前提と価値的前提の検証方法、推論の強度を総合的に評価し、代替的解釈を検討する批判的思考力を確立した。そして、これらの技術を統合した批判的読解の実践方法を学んだ。
これらの能力の統合により、現代文読解における最高水準の思考力が確立される。文章の明示的内容を正確に把握するだけでなく、その背後にある論理構造や価値体系を読み解き、さらにはそれらの妥当性を批判的に評価することができるようになる。推論問題、理由説明問題、内容一致問題、意見論述問題のすべてにおいて、論理的で説得力のある答案を作成できる。この統合的な読解力は、大学入試を超えて、大学での学習や社会での活動においても、論理的で批判的な思考の基盤として機能し続けるものである。
試験時間:60分 / 満点:100点
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
科学的知識の特徴は、その客観性と普遍性にあるとされてきた。科学的命題は、個人の主観や文化的背景に左右されず、いつでもどこでも同じように妥当する。水は摂氏百度で沸騰するという命題は、日本でもアメリカでも、古代でも現代でも、同様に真である。このような客観性と普遍性こそが、科学を他の知識体系から区別する本質的な特徴であると考えられてきた。
しかし、二十世紀後半の科学哲学は、この素朴な科学観に疑問を投げかけた。トーマス・クーンは『科学革命の構造』において、科学の発展を「パラダイム転換」という概念で説明した。パラダイムとは、ある時代の科学者共同体が共有する理論的枠組み、研究方法、価値観の総体である。通常科学の時期には、科学者はパラダイムの枠内で研究を行い、パラダイムに適合する問題を解決していく。しかし、パラダイムでは説明できない異常現象が蓄積すると、危機が生じ、やがて科学革命が起こって新しいパラダイムへと転換する。
クーンの理論が示唆するのは、科学的知識が自然を純粋に「発見」するのではなく、パラダイムという理論的枠組みを通して「構成」されるという点である。科学者は、パラダイムという認識の枠組みを通して自然を観察し、解釈する。異なるパラダイムに属する科学者は、同じ現象を見ても異なる解釈を行う。天動説のパラダイムでは惑星の逆行は周転円によって説明されるが、地動説のパラダイムでは地球と惑星の公転速度の差によって説明される。どちらの説明が「正しい」かは、どのパラダイムを採用するかに依存する。
このような見方は、科学の客観性を根本から否定するように見えるかもしれない。しかし、クーンの理論を科学の相対主義的解釈と同一視することは誤りである。パラダイム転換が起こるのは、新しいパラダイムが古いパラダイムよりも多くの現象を整合的に説明でき、より正確な予測を可能にし、より実りある研究プログラムを提供するかである。科学史を振り返れば、パラダイム転換を経るごとに、科学はより広い範囲の現象を説明し、より精密な予測を行えるようになってきた。この意味で、科学は進歩している。
科学的知識は、絶対的な意味での客観的真理ではないかもしれない。しかし、それは恣意的な構成物でもない。科学は、自然との対話を通じて、より優れた説明と予測を提供する方向へと発展する。この「より優れた」という評価基準自体はパラダイムに依存する面もあるが、説明範囲の拡大や予測精度の向上といった基準は、異なるパラダイム間でも比較可能である。科学の客観性は、絶対的真理への到達ではなく、このような比較可能な進歩の中に見出されるべきである。
問1 傍線部「科学的知識が自然を純粋に『発見』するのではなく、パラダイムという理論的枠組みを通して『構成』される」とあるが、これはどういうことか。本文の内容に即して80字以内で説明せよ。(10点)
問2 筆者の議論において、暗黙のうちに前提とされている事柄として最も適切なものを、次の中から一つ選べ。(5点)
ア 科学的知識は時代や文化を超えて普遍的に妥当する絶対的真理である。
イ 異なるパラダイムに属する科学理論の間には、客観的な優劣の比較が可能である。
ウ 科学革命は、科学者個人の主観的判断によって恣意的に引き起こされる。
エ パラダイム転換が起こった後も、科学の説明範囲や予測精度は変化しない。
オ 科学者は、パラダイムに制約されることなく自然をありのままに観察できる。
問3 筆者の議論における推論の構造を分析し、その特徴を60字以内で説明せよ。(10点)
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
自由と平等は、近代民主主義社会の根本原理とされる。しかし、この二つの価値は、しばしば緊張関係にある。自由を徹底すれば、能力や努力の差によって結果の不平等が生じる。平等を徹底すれば、個人の自由な選択や活動が制限される。自由と平等のどちらを優先すべきかは、政治哲学における根本的な争点であり続けてきた。
リバタリアニズムは、自由を最優先する立場である。この立場によれば、個人は自己の身体と正当に獲得した財産に対する絶対的な権利を持つ。国家の役割は、この権利を侵害から守ることに限定される。累進課税や福祉政策は、個人の財産権の侵害であり、正当化されない。たとえ結果として大きな経済的不平等が生じても、それは自由な取引の結果であり、是正されるべきではない。
これに対して、平等主義は、一定の平等を確保することが正義の要請であると主張する。ジョン・ロールズは、「無知のヴェール」という思考実験を提唱した。人々が自分の社会的地位、能力、価値観などを知らない状態で社会制度を選ぶとすれば、どのような原理が選ばれるだろうか。ロールズによれば、合理的な人々は、最も不遇な立場に置かれる可能性を考慮して、最も不遇な人々の利益を最大化する原理を選ぶ。この「格差原理」は、不平等が最も不遇な人々の利益になる場合にのみ正当化されることを意味する。
しかし、リバタリアニズムと平等主義の対立は、より根本的な問いを提起する。そもそも、なぜ平等が重要なのか。平等主義者は、人間の尊厳や道徳的価値の平等を根拠として挙げる。すべての人間は、生まれながらにして等しい尊厳を持ち、等しく尊重されるべきである。【しかし、道徳的価値の平等から、経済的資源の平等な分配が直接導かれるわけではない】。尊厳の平等は、機会の平等を要請するかもしれないが、結果の平等までは要請しないかもしれない。
他方、リバタリアニズムの前提も検討を要する。個人の能力や才能は、本当に純粋に個人のものだろうか。能力の発達は、家庭環境、教育機会、社会的支援など、個人の選択によらない要因に大きく依存する。生まれながらの才能も、遺伝的な偶然の産物である。このように考えれば、能力に基づく不平等を全面的に正当化することは困難である。
自由と平等の緊張は、どちらか一方を選ぶことによっては解消されない。求められるのは、両者の適切なバランスを見出すことである。そのバランスは、抽象的な原理からアプリオリに導かれるのではなく、具体的な文脈の中で、民主的な討議を通じて探求されるべきものである。
問1 傍線部「道徳的価値の平等から、経済的資源の平等な分配が直接導かれるわけではない」とあるが、筆者がこのように述べる理由を、本文の内容に即して100字以内で説明せよ。(12点)
問2 筆者がリバタリアニズムの前提として批判的に検討している事柄を、40字以内で明確に定式化せよ。(8点)
問3 筆者の議論に含まれる論理的な問題点または不十分な点として最も適切なものを、次の中から一つ選べ。(5点)
ア リバタリアニズムと平等主義の対立を提示しているが、両者の共通点を検討していない。
イ 「適切なバランス」の内容を具体的に示さず、問題の解決を民主的討議に委ねている。
ウ ロールズの「格差原理」を紹介しているが、その批判的検討を行っていない。
エ 自由と平等の緊張関係を論じているが、両者が両立する可能性を完全に否定している。
オ リバタリアニズムの前提を批判しているが、平等主義の前提については批判していない。
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
言語は思考の道具であるとともに、思考を制約する枠組みでもある。われわれは言語を用いて思考するが、同時に、言語によって思考の可能性が限定される。この言語と思考の関係について、言語相対性仮説は重要な問いを提起する。
言語相対性仮説の強い形式は、言語が思考を決定すると主張する。異なる言語を話す人々は、異なる思考様式を持つ。ある言語に存在しない概念は、その言語の話者には思考不可能である。例えば、ある言語が過去・現在・未来の時制を持たないならば、その言語の話者は時間を線形的に把握することができない。
この強い形式には明らかな問題がある。もし言語が思考を完全に決定するならば、翻訳は不可能になるはずである。しかし、実際には異なる言語間の翻訳は可能であり、異なる言語の話者同士がコミュニケーションを取ることもできる。また、新しい概念や語彙は絶えず創造されており、これは言語に存在しない概念を思考できることを示している。言語が思考を完全に決定するという強い主張は維持できない。
しかし、言語が思考に何らかの影響を与えるという弱い形式の仮説は、より説得力がある。言語は、世界を分節化し、カテゴリー化する方法を提供する。色彩語彙の研究は、この点を示唆している。色のスペクトラムは連続的であるが、言語はそれを離散的なカテゴリーに分割する。ある言語が青と緑を区別する語彙を持ち、別の言語が持たない場合、前者の話者は青と緑の境界付近の色をより明確に区別できるという研究結果がある。
空間認識についても同様の研究がある。ある言語は相対的な方向(左右)を用いて空間を記述し、別の言語は絶対的な方向(東西南北)を用いる。後者の言語の話者は、常に自分がどの方角を向いているかを把握しており、空間認識のパターンが異なることが報告されている。
これらの研究は、言語が思考を決定するのではなく、思考の傾向や習慣に影響を与えることを示唆している。【言語によって不可能になる思考はなく、努力によって言語の制約を超えることは可能である】。
言語と思考の関係についてのこの理解は、言語教育や異文化理解に重要な示唆を与える。外国語を学ぶことは、単に新しいコミュニケーション手段を獲得することではなく、新しい認識の枠組みに触れることでもある。異なる言語を学ぶことで、われわれは自分の母語が提供する認識の枠組みを相対化し、より多様な視点から世界を捉えることができるようになる。
問1 筆者が言語相対性仮説の「強い形式」を否定し「弱い形式」を支持する論拠を、本文の内容に即して120字以内で説明せよ。(15点)
問2 本文における筆者の推論の構造として最も適切なものを、次の中から一つ選べ。(5点)
ア 言語相対性仮説を全面的に否定し、言語と思考は無関係であると結論している。
イ 言語相対性仮説の二つの形式を区別し、経験的証拠に基づいて弱い形式を支持している。
ウ 言語相対性仮説の強い形式を支持し、言語が思考を決定すると結論している。
エ 言語と思考の関係について、結論を留保し、さらなる研究の必要性を主張している。
オ 言語相対性仮説を紹介するにとどまり、筆者自身の見解を示していない。
問3 傍線部「言語によって不可能になる思考はなく、努力によって言語の制約を超えることは可能である」という筆者の主張を支える暗黙の前提を、50字以内で定式化せよ。(5点)
次の文章を読んで、後の問いに答えよ。
技術の発展は人類に恩恵をもたらすと同時に、新たな倫理的問題を生み出す。遺伝子工学、人工知能、脳科学などの先端技術は、人間の本性や社会のあり方を根本から変える可能性を持つ。これらの技術をどのように規制し、どのように活用すべきかは、現代社会が直面する最も困難な問題の一つである。
技術楽観主義は、技術の発展を基本的に肯定する立場である。この立場によれば、技術は人間の能力を拡張し、生活を向上させ、問題を解決する手段を提供する。医療技術の発展は寿命を延ばし、通信技術の発展は人々をつなぎ、農業技術の発展は飢餓を減少させた。技術がもたらす問題は、さらなる技術の発展によって解決可能である。
これに対して、技術批判主義は、技術の発展に伴うリスクと弊害を強調する。技術は、意図せざる結果をもたらすことがある。原子力技術は、エネルギー問題の解決に貢献すると同時に、核兵器と原発事故のリスクを生み出した。情報技術は、コミュニケーションを促進すると同時に、プライバシーの侵害と監視社会の危険をもたらした。技術の発展は、その帰結を完全に予測することができないまま進行し、取り返しのつかない結果を招く可能性がある。
しかし、技術楽観主義と技術批判主義の二項対立は、問題の本質を見失わせる。技術それ自体は善でも悪でもない。技術の価値は、それがどのように使用されるかに依存する。同じ技術が、使用の仕方によって恩恵にも災厄にもなりうる。問題は、技術を発展させるか否かではなく、技術をどのように方向づけ、どのように統制するかである。
ここで重要なのは、技術の発展と統制に関する意思決定を誰が行うかという問いである。従来、技術の発展は主に専門家と企業によって推進されてきた。しかし、技術が社会全体に影響を与える以上、その方向性は社会全体で議論されるべきである。技術の発展に関する意思決定への市民参加が求められる。
もっとも、市民参加には限界もある。先端技術の評価には、高度な専門知識が必要である。一般市民は、遺伝子工学や人工知能の技術的詳細を理解することが困難である。専門家の判断なしに、技術のリスクと便益を適切に評価することはできない。市民参加と専門家の役割をどのように調整するかが課題となる。
技術の統制において重要なのは、予防原則の適用である。技術がもたらす被害が深刻かつ不可逆的である可能性がある場合、科学的な不確実性を理由に規制を遅らせるべきではない。被害が生じてからでは遅すぎる場合があるからである。しかし、予防原則の過度な適用は、技術の発展を不当に阻害し、技術がもたらしうる恩恵を人々から奪う結果にもなりかねない。予防原則の適用範囲と程度をどのように定めるかも、困難な問題である。
問1 筆者は「技術楽観主義と技術批判主義の二項対立は、問題の本質を見失わせる」と述べているが、筆者が考える「問題の本質」とは何か。本文の内容に即して80字以内で説明せよ。(10点)
問2 筆者の議論において、「市民参加」と「専門家の役割」の関係はどのように位置づけられているか。両者の必要性と限界に言及しながら、100字以内で説明せよ。(10点)
問3 筆者の議論における推論を批判的に検討し、その問題点を80字以内で指摘せよ。(5点)
| 難易度 | 配点 | 大問 |
|---|---|---|
| 標準 | 25点 | 第1問 |
| 発展 | 50点 | 第2問、第3問 |
| 難関 | 25点 | 第4問 |
| 得点 | 判定 | 推奨アクション |
|---|---|---|
| 80点以上 | A | 過去問演習へ進む。東京大学・京都大学・一橋大学の論述問題に挑戦し、批判的読解と推論過程の記述をさらに磨く。 |
| 60-79点 | B | 推論の論理構造と含意の識別を再度復習し、特に暗黙の前提の抽出と論理的誤謬の識別を強化する。記述問題の論理的構成を改善する。 |
| 40-59点 | C | 講義編の本源層と分析層を復習し、演繹的推論と帰納的推論の区別、前提と仮定の識別を確実にする。基礎的な推論形式の理解を固める。 |
| 40点未満 | D | 講義編を再学習し、推論の基本的な論理形式を確立する。M01-M03の論理構造、M10の論理展開の類型も併せて確認する。 |
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出題意図 | 科学哲学の基本概念を理解し、筆者の推論構造を分析する能力を測定する |
| 難易度 | 標準 |
| 目標解答時間 | 15分 |
試験開始直後、受験生は第1問から取り組むことが多い。本問は標準レベルであり、確実に得点すべき問題である。ただし、「発見」と「構成」の対比、パラダイムの概念を正確に理解していないと、表面的な解答に終わる危険がある。問2の選択肢には、本文の主張と反対の内容が含まれており、注意深い読解が必要である。
問1は傍線部の内容説明問題であり、「発見」と「構成」という対比的な概念の意味を本文から特定する必要がある。問2は暗黙の前提を問う問題であり、筆者の結論が成り立つために必要な命題を推論する。問3は推論構造の分析問題であり、全体の論証形式を把握する必要がある。
問1について、傍線部の直後に「科学者は、パラダイムという認識の枠組みを通して自然を観察し、解釈する」という説明がある。また、具体例として天動説と地動説の対比が挙げられている。これらの情報を統合して解答を構成する。
問2について、筆者は第四段落で「パラダイム転換が起こるのは、新しいパラダイムが古いパラダイムよりも多くの現象を整合的に説明でき、より正確な予測を可能にし、より実りある研究プログラムを提供するからである」と述べている。この主張が成り立つためには、異なるパラダイム間での比較が可能であるという前提が必要である。
問3について、筆者は第一段落で素朴な科学観を提示し、第二・三段落でクーンの理論による批判を展開し、第四・五段落でその批判を修正して科学の進歩を認める立場を示している。この構造を把握する。
問1は80字以内という字数制限があるため、「パラダイム」「認識の枠組み」「観察と解釈」というキーワードを含めながら、簡潔に説明する。
問2は選択肢を一つずつ検討する。アは筆者が否定している素朴な科学観、ウは筆者が否定している相対主義的解釈、エは筆者が肯定している科学の進歩に反する、オは筆者が否定しているパラダイム無関係説。イが筆者の議論の暗黙の前提に該当する。
問3は60字以内で推論構造の特徴を説明する。素朴な科学観→クーンによる批判→批判の修正という弁証法的構造を指摘する。
手順1:傍線部の前後を精読し、「発見」と「構成」の対比の意味を把握する。
手順2:パラダイムが認識の枠組みとして機能することを確認する。
手順3:問2の各選択肢と本文の主張を照合する。
手順4:筆者の結論(科学は進歩する)が成り立つための前提を推論する。
手順5:全体の論証構造を分析し、特徴を定式化する。
問1
科学者は、パラダイムという理論的枠組みを通して自然を観察し解釈するため、同じ現象でも採用するパラダイムによって異なる理解が生まれ、科学的知識は自然をそのまま映すのではなく理論に依存して形成される。
問2
イ
問3
素朴な科学観を提示した後、クーンの理論による批判を展開し、さらにその批判を修正して科学の進歩を認める弁証法的な構造を取っている。
問1について
正解の論拠: 傍線部は、科学的知識が自然の単なる反映ではなく、パラダイムという理論的枠組みを介して構成されることを述べている。本文では「科学者は、パラダイムという認識の枠組みを通して自然を観察し、解釈する」「異なるパラダイムに属する科学者は、同じ現象を見ても異なる解釈を行う」と説明されており、これらの内容を統合して解答する。
誤答の論拠: 「パラダイム」という語を用いずに説明したり、「発見」と「構成」の対比を明確にしなかったりすると、本文の趣旨から外れた解答になる。
問2について
正解の論拠: 筆者は、パラダイム転換を経て科学が進歩すると主張している。この主張が成り立つためには、「異なるパラダイム間で、説明範囲や予測精度といった基準による客観的な比較が可能である」という前提が必要である。イはこの前提を正確に表現している。
誤答の論拠: アは筆者が第一段落で提示し、その後修正している素朴な科学観であり、筆者の最終的な立場ではない。ウは科学革命が恣意的であるという主張であり、筆者はこれを否定している。エは科学の進歩を否定する立場であり、筆者の主張に反する。オはパラダイムの影響を否定する立場であり、クーンの理論の核心に反する。
この解法が有効な条件: 科学哲学や認識論に関する評論文で、知識の客観性・相対性を論じる文章。クーンのパラダイム論に限らず、構成主義的な知識観を扱う文章全般に適用可能。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出題意図 | 政治哲学の基本概念を理解し、価値的前提を抽出する能力を測定する |
| 難易度 | 発展 |
| 目標解答時間 | 18分 |
本問は政治哲学における自由と平等の緊張関係を扱っており、リバタリアニズムと平等主義という二つの立場の対比を正確に理解する必要がある。問1は筆者の論理展開を追跡する能力、問2は暗黙の前提を定式化する能力、問3は推論の問題点を識別する批判的思考力を問うている。
問1は傍線部の理由説明問題であり、「道徳的価値の平等」と「経済的資源の平等な分配」の関係を本文から特定する必要がある。問2はリバタリアニズムの前提に対する筆者の批判を抽出し、定式化する問題である。問3は筆者の議論全体の問題点を批判的に検討する問題である。
問1について、傍線部の直後に「尊厳の平等は、機会の平等を要請するかもしれないが、結果の平等までは要請しないかもしれない」という説明がある。道徳的価値の平等から直接導かれるのは、すべての人を等しく尊重すべきであるという原則であり、これは機会の平等を要請しうるが、結果としての経済的資源の平等な分配を必然的に導くわけではない、という論理を把握する。
問2について、第五段落で筆者は「個人の能力や才能は、本当に純粋に個人のものだろうか」と問いかけ、能力が家庭環境、教育機会、社会的支援、遺伝的偶然に依存することを指摘している。これは、リバタリアニズムが前提としている「個人の能力や才能は純粋に個人に帰属する」という仮定への批判である。
問3について、筆者は最終段落で「両者の適切なバランス」を求めているが、その具体的内容を示さず、「民主的な討議を通じて探求されるべき」としている。これは問題の解決を具体的に示していないという批判が可能である。
問1は100字以内で、道徳的価値の平等→尊重の平等→機会の平等という論理的連関と、結果の平等は必然的に導かれないという点を説明する。
問2は40字以内という厳しい字数制限があるため、「個人の能力・才能は純粋に個人に帰属する」という前提を簡潔に定式化する。
問3は選択肢を検討する。アは共通点の検討の欠如を指摘するが、筆者は両者の調和を論じており不適切。イは具体的解決策の欠如を指摘しており、筆者の議論の限界を正確に捉えている。ウはロールズ批判の欠如を指摘するが、筆者はロールズを紹介しているのみで批判は主題ではない。エは両立可能性の否定を指摘するが、筆者はバランスを求めており否定していない。オは平等主義前提への批判欠如を指摘するが、第四段落で平等主義の前提も検討している。
手順1:傍線部の論理的位置を特定し、前後の文脈を精読する。
手順2:道徳的価値の平等と経済的平等の関係を論理的に分析する。
手順3:第五段落でリバタリアニズムへの批判を特定する。
手順4:批判されている前提を簡潔に定式化する。
手順5:各選択肢と筆者の議論を照合し、最も適切な批判を選択する。
問1
道徳的価値の平等は、すべての人を等しく尊重すべきであるという原則を導くが、これは機会の平等を要請しうるとしても、結果としての経済的資源の配分をどうすべきかについては、様々な立場がありうるため、直接的な帰結ではない。
問2
個人の能力や才能は、純粋に個人に帰属するものである。
問3
イ
問1について
正解の論拠: 筆者は、道徳的価値の平等(人間の尊厳の平等)を根拠として経済的平等を主張する平等主義の論理を検討している。しかし、尊厳の平等から直接導かれるのは「等しく尊重されるべき」という原則であり、これは機会の平等(教育や就業の機会を等しく与える)を要請しうるが、結果の平等(経済的資源の平等な分配)までは必然的に導かれない。この論理の飛躍を指摘している。
誤答の論拠: 単に「道徳的価値と経済的資源は異なる」と述べるだけでは、論理的な説明になっていない。なぜ導かれないのかの理由(機会の平等と結果の平等の区別)を明示する必要がある。
問2について
正解の論拠: 筆者は第五段落で、リバタリアニズムが暗黙のうちに前提としている「個人の能力や才能は純粋に個人のもの」という仮定を批判している。能力の発達が家庭環境、教育機会、社会的支援に依存し、生まれながらの才能も遺伝的偶然の産物であることを指摘し、この前提の妥当性に疑問を呈している。
誤答の論拠: 「自由を最優先すべき」「財産権は絶対的」といったリバタリアニズムの主張を挙げるだけでは、筆者が批判的に検討している「前提」を捉えていない。筆者は、これらの主張の根底にある能力帰属の前提を問題にしている。
この解法が有効な条件: 政治哲学や倫理学に関する評論文で、複数の立場の対比と批判的検討を行う文章。自由主義と平等主義、功利主義と義務論など、価値の対立を扱う文章全般に適用可能。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出題意図 | 言語哲学の議論を理解し、推論構造を分析する能力を測定する |
| 難易度 | 発展 |
| 目標解答時間 | 15分 |
本問は言語相対性仮説という言語哲学の主題を扱っており、「強い形式」と「弱い形式」の区別を正確に理解する必要がある。問1は筆者の論証構造を追跡する能力、問2は推論構造を分析する能力、問3は暗黙の前提を抽出する能力を問うている。
問1は筆者が強い形式を否定し弱い形式を支持する論拠を説明する問題であり、両者の区別と各々に対する筆者の評価を本文から特定する必要がある。問2は全体の推論構造を把握する問題である。問3は傍線部の主張を支える暗黙の前提を定式化する問題である。
問1について、筆者は強い形式(言語が思考を決定する)に対して、翻訳の可能性と新概念の創造という二つの反証を挙げている。弱い形式(言語が思考に影響を与える)については、色彩認識と空間認識の研究を証拠として挙げ、支持している。
問2について、筆者は言語相対性仮説の二つの形式を区別し、強い形式を経験的反証によって否定し、弱い形式を経験的証拠によって支持している。これは帰納的推論に基づく議論である。
問3について、傍線部「言語によって不可能になる思考はなく、努力によって言語の制約を超えることは可能である」という主張は、人間の思考能力が言語に完全に依存していないこと、言語以外の認知能力が存在することを前提としている。
問1は120字以内で、強い形式への反証(翻訳の可能性、新概念の創造)と弱い形式への支持(色彩認識、空間認識の研究)を統合して説明する。
問2は選択肢を検討する。アは言語と思考の無関係を主張するが、筆者は弱い形式を支持している。イは二形式の区別と経験的証拠に基づく支持を指摘しており、正確である。ウは強い形式の支持を主張するが、筆者は否定している。エは結論の留保を主張するが、筆者は弱い形式を支持している。オは見解の不在を主張するが、筆者は明確な立場を示している。
問3は50字以内で暗黙の前提を定式化する。「言語以外の認知能力によって思考が可能である」または「人間の思考能力は言語に完全に依存していない」という前提を簡潔に表現する。
手順1:強い形式と弱い形式の内容を本文から特定する。
手順2:強い形式に対する反証を抽出する。
手順3:弱い形式を支持する証拠を抽出する。
手順4:全体の推論構造を分析し、選択肢と照合する。
手順5:傍線部の主張が成り立つための前提を推論する。
問1
強い形式は、言語が思考を決定すると主張するが、異なる言語間の翻訳が可能であること、新しい概念が創造されることから否定される。一方、弱い形式は、色彩認識や空間認識の研究が示すように、言語が思考の傾向や習慣に影響を与えることを主張しており、経験的証拠によって支持される。
問2
イ
問3
人間は言語以外の認知能力を持ち、それによって言語の枠組みを超えた思考が可能である。
問1について
正解の論拠: 筆者は、強い形式を二つの理由で否定している。第一に、異なる言語間の翻訳が可能であること。もし言語が思考を完全に決定するならば、翻訳は不可能なはずである。第二に、新しい概念や語彙が創造されること。これは言語に存在しない概念を思考できることを示す。弱い形式については、色彩語彙の研究(青と緑の区別)と空間認識の研究(相対的方向と絶対的方向)を証拠として挙げ、言語が思考の傾向に影響を与えることを支持している。
誤答の論拠: 強い形式への反証と弱い形式への支持のどちらか一方のみを説明した場合、不完全な解答となる。両者を対比的に説明する必要がある。
問3について
正解の論拠: 「言語によって不可能になる思考はなく、努力によって言語の制約を超えることは可能である」という主張は、人間が言語だけでなく、言語以外の認知能力(知覚、直観、想像力など)を持っていることを前提としている。この前提がなければ、「努力によって言語の制約を超える」ことは不可能となる。
誤答の論拠: 「すべての言語は翻訳可能である」「言語は思考に影響しない」といった回答は、傍線部の主張を支える前提として不適切である。傍線部は言語の影響を認めつつ、それを超える可能性を主張している。
この解法が有効な条件: 言語哲学、認知科学、文化人類学に関する評論文で、言語と思考・認識の関係を論じる文章。サピア=ウォーフ仮説に限らず、言語決定論と言語相対論の議論全般に適用可能。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 出題意図 | 技術倫理の議論を理解し、批判的に検討する能力を測定する |
| 難易度 | 難関 |
| 目標解答時間 | 12分 |
本問は技術と社会の関係という現代的な主題を扱っており、技術楽観主義と技術批判主義の対比を超えて、筆者独自の立場を把握する必要がある。問1は筆者の主張の核心を把握する能力、問2は筆者の議論構造を分析する能力、問3は批判的思考力を問う最高難度の問題である。
問1は「問題の本質」を筆者の視点から説明する問題であり、技術楽観主義と技術批判主義の対立を超えた筆者の立場を特定する必要がある。問2は「市民参加」と「専門家の役割」の関係を本文から抽出し、統合的に説明する問題である。問3は筆者の議論を批判的に検討し、問題点を指摘する最も困難な問題である。
問1について、第四段落で筆者は「問題は、技術を発展させるか否かではなく、技術をどのように方向づけ、どのように統制するかである」と明確に述べている。これが筆者の考える「問題の本質」である。
問2について、第五段落で市民参加の必要性(技術が社会全体に影響を与える以上、その方向性は社会全体で議論されるべき)が述べられ、第六段落で市民参加の限界(専門知識の必要性、一般市民の理解困難)と専門家の役割(技術のリスクと便益の適切な評価)が述べられている。筆者は両者の調整を課題として提示している。
問3について、筆者の議論には以下の問題点が考えられる。予防原則の適用範囲について、「深刻かつ不可逆的である可能性がある場合」という基準を示しているが、その判断基準が不明確である。また、市民参加と専門家の調整方法について、課題として提示するにとどまり、具体的な解決策を示していない。
問1は80字以内で、「技術を発展させるか否か」ではなく「どのように方向づけ、統制するか」という点を明確に述べる。
問2は100字以内で、市民参加の必要性(社会全体への影響)、専門家の役割(専門知識による評価)、市民参加の限界(理解困難)、調整の課題を統合して説明する。
問3は80字以内で、筆者の議論の問題点を批判的に指摘する。予防原則の判断基準の不明確さ、または市民参加と専門家の調整方法の具体性の欠如を指摘することが考えられる。
手順1:第四段落から「問題の本質」に関する筆者の明示的な主張を抽出する。
手順2:第五・六段落から市民参加と専門家に関する記述を抽出する。
手順3:両者の関係(必要性と限界)を統合的に把握する。
手順4:筆者の議論を批判的に検討し、論理的な問題点を特定する。
手順5:問題点を簡潔に定式化する。
問1
技術それ自体は善でも悪でもなく、使用の仕方によって恩恵にも災厄にもなりうるため、問題の本質は技術の発展の是非ではなく、技術をどのように方向づけ、どのように統制するかにある。
問2
技術が社会全体に影響を与える以上、その方向性への市民参加が必要である。しかし、先端技術の評価には高度な専門知識が必要であり、一般市民の理解には限界がある。両者の役割をどう調整するかが課題である。
問3
予防原則について「深刻かつ不可逆的である可能性がある場合」に適用すべきとするが、その判断基準を誰がどのように定めるかが不明確であり、具体的な適用指針が示されていない。
問1について
正解の論拠: 筆者は第四段落で、技術楽観主義と技術批判主義の二項対立を批判し、「技術それ自体は善でも悪でもない。技術の価値は、それがどのように使用されるかに依存する」と述べている。そして「問題は、技術を発展させるか否かではなく、技術をどのように方向づけ、どのように統制するかである」と明確に問題の本質を定式化している。
誤答の論拠: 「技術楽観主義と技術批判主義のどちらが正しいか」という問題設定で解答すると、筆者の主張を捉え損ねる。筆者はこの二項対立自体を問題視している。
問2について
正解の論拠: 筆者は市民参加の必要性と限界の両方を論じている。必要性については「技術が社会全体に影響を与える以上、その方向性は社会全体で議論されるべきである」と述べ、限界については「先端技術の評価には、高度な専門知識が必要である」「一般市民は、遺伝子工学や人工知能の技術的詳細を理解することが困難である」と述べている。そして「市民参加と専門家の役割をどのように調整するかが課題となる」と結んでいる。
誤答の論拠: 市民参加の必要性のみ、または専門家の役割のみを述べた場合、筆者の議論の全体像を捉えていない。両者の緊張関係と調整の課題を示す必要がある。
問3について
正解の論拠: 筆者の議論にはいくつかの問題点が指摘できる。最も明確な問題点は、予防原則の適用基準の不明確さである。「被害が深刻かつ不可逆的である可能性がある場合」という基準は抽象的であり、具体的にどのような場合にこの基準が満たされるのか、誰がその判断を行うのかが示されていない。また、市民参加と専門家の役割の調整についても、課題として提示するにとどまり、具体的な方法論が示されていない。
誤答の論拠: 「技術楽観主義を批判している」「技術批判主義を批判している」といった単なる内容の要約は、批判的検討になっていない。筆者の推論における論理的な問題点や限界を指摘する必要がある。
この解法が有効な条件: 技術論、環境倫理、生命倫理に関する評論文で、技術と社会の関係を論じる文章。リスク論、予防原則、市民参加論など、現代的な社会問題を扱う文章全般に適用可能。
体系的接続