【基礎 古文】Module 2: 古典文法Ⅰ:用言活用の体系
【本稿の目的と構造】
Module 1「古典世界への招待」では、古典を解読するためのOSとして、文字史、音韻規則、品詞分類の基礎、そして古典常識をインストールした。本稿、Module 2では、そのOS上で稼働する最も重要なアプリケーション、すなわち用言(動詞・形容詞・形容動詞)の活用という、古典文法の心臓部を徹底的に解剖していく。活用とは、単語が文中で他の語と結びつく際に形を変える「変化のルール」であり、このルールを体系的に理解することなくして、古文の正確な読解はあり得ない。本稿では、動詞の9つの活用(正格・変格)、形容詞の2つの活用、形容動詞の2つの活用を、単なる暗記表としてではなく、その構造・機能・識別法に至るまでを論理的に詳述する。このモジュールを終えるとき、読者は、複雑に見えた用言の変化が、実は極めてシステマティックな法則に支配されていることを理解し、文法解釈における盤石な土台を築き上げることができるだろう。
1. 動詞の活用Ⅰ:正格活用 – 変化の基本法則
1.1. 「活用」の再定義と「活用形」の機能
- Module 1で概観したように、活用とは、用言(および助動詞)が文中で後に続く語に応じて、その語形を規則的に変化させる現象を指す。この変化した一つ一つの形を**活用形(かつようけい)**と呼ぶ。
- 古典文法では、基本的に6つの活用形を区別する。これらを単に「~に続く形」と覚えるのではなく、それぞれが持つ中核的な機能を理解することが、文法を血肉化する鍵となる。
- 未然形(みぜんけい):
- 語源: 「未だ然らず(いまだ しからず)」=「まだそうなっていない」の意。
- 中核機能: 未来・仮定・否定のニュアンスを持つ。動作がまだ実現していない段階を示す。
- 主な接続:
- 助動詞「ず」(打消):「書かず」→ 書くという行為が実現しない。
- 助動詞「む」「むず」(推量・意志):「書かむ」→ これから書くだろう、書こう。
- 助動詞「まし」(反実仮想):「書かまし」→ もし(書くならば)書くだろうに。
- 接続助詞「ば」(仮定条件):「書かば」→ もし書くならば。
- 連用形(れんようけい):
- 語源: 「用言に連なる形」。
- 中核機能: 他の用言や助動詞に接続したり、文を一旦中断したりする。動作の連続性や完了を示すことが多い。
- 主な接続:
- 助動詞「き」「けり」(過去)、「つ」「ぬ」(完了)、「たり」(完了):「書きき」「書きて」
- 用言(動詞・形容詞など):「書き尽くす」
- 接続助詞「て」「つつ」「ながら」:「書きて」
- 名詞化:単独で名詞として機能することがある。「読みは易し」
- 終止形(しゅうしけい):
- 語源: 「文を終止する形」。
- 中核機能: 文を言い切る形で、文末に置かれるのが基本。
- 主な接続:
- 文末:「花咲く。」
- 助動詞「べし」「らし」「めり」(推量系):「咲くべし」
- 連体形(れんたいけい):
- 語源: 「体言に連なる形」。
- 中核機能: 名詞(体言)を修飾する。現代語の「~する〇〇」「~な〇〇」の形。
- 主な接続:
- 体言(名詞):「咲く花」
- 助詞「が」「の」など:「咲くのが見える」
- 係り結びの結び:「花ぞ咲くる」(※連体形になる活用の場合)
- 已然形(いぜんけい):
- 語源: 「已に然り(すでに しかり)」=「すでにそうなっている」の意。
- 中核機能: 確定的な事柄を示す。
- 主な接続:
- 接続助詞「ば」(確定条件):「咲けば」→ 咲いたので、咲いたところ。
- 接続助詞「ど」「ども」(逆接):「咲けども」→ 咲いたけれども。
- 係り結びの結び(こそ):「花こそ咲けれ」
- 命令形(めいれいけい):
- 語源: 「命令する形」。
- 中核機能: 命令・指示を表す。
- 主な接続:
- 文末:「咲け。」
- 接続助詞「よ」:「咲けよ。」
- 未然形(みぜんけい):
- 【重要】未然形「ば」と已然形「ば」の違い:
- 未然形+ば: もし~ならば(仮定条件)
- 例: 春来(く)らば、花咲かむ。 (もし春が来たならば、花が咲くだろう)
- 已然形+ば: ~なので、~すると、~したところ(確定条件)
- 例: 春来(く)れば、花咲きけり。 (春が来たので、花が咲いた)
- この区別は、読解において文の論理関係を正確に把握する上で決定的に重要である。
- 未然形+ば: もし~ならば(仮定条件)
1.2. 活用表の見方:語幹と活用語尾
- 動詞の活用を分析する際、単語を**語幹(ごかん)と活用語尾(かつようごび)**に分解する。
- 語幹: 活用しても変化しない、単語の意味の中心を担う部分。
- 活用語尾: 活用形に応じて変化する部分。
- 例: 動詞「書く」 (カ行四段活用)
- 語幹: 書 (k a)
- 活用語尾:
- 未然形: -か (ka) → 書かず
- 連用形: -き (ki) → 書きて
- 終止形: -く (ku) → 書く。
- 連体形: -く (ku) → 書くとき
- 已然形: -け (ke) → 書けば
- 命令形: -け (ke) → 書け。
- 活用表では、この語幹と活用語尾を明確に区別して理解することが、体系的学習の第一歩となる。
1.3. 四段活用:ア・イ・ウ・エの四つの段
- 定義: 活用の際に、五十音図のア・イ・ウ・エの四つの段の音にわたって変化する活用。動詞の中で最も数が多く、基本的な活用である。
- 構造:
- 活用語尾の母音が
[ a, i, u, u, e, e ]
と変化する。 - 終止形がウ段の音で終わる。
- 活用語尾の母音が
- 活用例: 「咲く」 (カ行四段活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 咲 (s a) | か (ka) | 咲かず || 連用形 | 咲 (s a) | き (ki) | 咲きて || 終止形 | 咲 (s a) | く (ku) | 咲く。 || 連体形 | 咲 (s a) | く (ku) | 咲く花 || 已然形 | 咲 (s a) | け (ke) | 咲けば || 命令形 | 咲 (s a) | け (ke) | 咲け。 |
- 他の例:
- タ行四段: 勝つ、待つ
- ラ行四段: あり (※ラ変動詞だが活用形は四段に似る)、知る
- マ行四段: 詠む、好む
- ポイント: 活用語尾の母音が「a, i, u, e」の4つの段にまたがることが「四段」の名の由来である。
1.4. 上一段活用:イ段の音のみ
- 定義: 活用の際に、活用語尾が常にイ段の音を含む活用。
- 構造:
- 活用語尾の母音が
[ i, i, iる, iる, iれ, iよ ]
と変化する。 - 五十音図のウ段を基準としたとき、その一つ上のイ段の音しか使わないため「上一段」と呼ばれる。
- 活用語尾の母音が
- 該当する動詞: 非常に数が少なく、暗記が可能。「ひいきにみゐる」と覚えるのが定番。
- 干(ひ)る (ハ行)
- 射(い)る (ヤ行)
- 着(き)る (カ行)
- 似(に)る (ナ行)
- 見(み)る (マ行)
- 居(ゐ)る (ワ行)
- 活用例: 「見る」 (マ行上一段活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 見 (m) | み (mi) | 見ず || 連用形 | 見 (m) | み (mi) | 見て || 終止形 | 見 (m) | みる (miru) | 見る。 || 連体形 | 見 (m) | みる (miru) | 見る人 || 已然形 | 見 (m) | みれ (mire) | 見れば || 命令形 | 見 (m) | みよ (miyo) | 見よ。 |
- ポイント: 語幹と活用語尾の区別が難しい動詞が多い。「見る」は語幹が「見 (m)」、「着る」は語幹が「着 (k)」と考える。活用音が常に「i」の母音を持つことを意識することが重要。
1.5. 上二段活用:イ・ウの二つの段
- 定義: 活用の際に、五十音図のイ段とウ段の二つの段の音にわたって変化する活用。
- 構造:
- 活用語尾の母音が
[ i, i, u, uる, uれ, iよ ]
と変化する。 - 五十音図のウ段を基準としたとき、その一つ上のイ段と、基準であるウ段の二つの段を使うため「上二段」と呼ばれる。
- 活用語尾の母音が
- 活用例: 「起く」 (カ行上二段活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 起 (o) | き (ki) | 起きず || 連用形 | 起 (o) | き (ki) | 起きて || 終止形 | 起 (o) | く (ku) | 起く。 || 連体形 | 起 (o) | くる (kuru) | 起くる時 || 已然形 | 起 (o) | くれ (kure) | 起くれば || 命令形 | 起 (o) | きよ (kiyo) | 起きよ。 |
- 他の例: 過ぐ(ガ行)、閉づ(ダ行)、落つ(タ行)、恋ふ(ハ行)、老ゆ(ヤ行)
- 現代語との関係: 上二段活用の動詞は、現代語ではその多くが上一段活用に変化した。
- 例: 起く (上二) → 起きる (上一)、落つ (上二) → 落ちる (上一)
- この歴史的経緯を知っていると、古語と現代語の繋がりが見えやすくなる。
1.6. 下一段活用:エ段の音のみ
- 定義: 活用の際に、活用語尾が常にエ段の音を含む活用。
- 構造:
- 活用語尾の母音が
[ e, e, eる, eる, eれ, eよ ]
と変化する。 - 五十音図のウ段を基準としたとき、その一つ下のエ段の音しか使わないため「下一段」と呼ばれる。
- 活用語尾の母音が
- 該当する動詞: 「蹴(け)る」一語のみ。暗記するしかない。
- 活用例: 「蹴る」 (カ行下一段活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 蹴 (k) | け (ke) | 蹴ず || 連用形 | 蹴 (k) | け (ke) | 蹴て || 終止形 | 蹴 (k) | ける (keru) | 蹴る。 || 連体形 | 蹴 (k) | ける (keru) | 蹴る人 || 已然形 | 蹴 (k) | けれ (kere) | 蹴れば || 命令形 | 蹴 (k) | けよ (keyo) | 蹴よ。 |
- ポイント: 存在が例外的であるため、入試で問われることも多い。確実に覚えておくこと。
1.7. 下二段活用:ウ・エの二つの段
- 定義: 活用の際に、五十音図のウ段とエ段の二つの段の音にわたって変化する活用。
- 構造:
- 活用語尾の母音が
[ e, e, u, uる, uれ, eよ ]
と変化する。 - 五十音図のウ段を基準としたとき、その一つ下のエ段と、基準であるウ段の二つの段を使うため「下二段」と呼ばれる。
- 活用語尾の母音が
- 活用例: 「受く」 (カ行下二段活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 受 (u) | け (ke) | 受けず || 連用形 | 受 (u) | け (ke) | 受けて || 終止形 | 受 (u) | く (ku) | 受く。 || 連体形 | 受 (u) | くる (kuru) | 受くる時 || 已然形 | 受 (u) | くれ (kure) | 受くれば || 命令形 | 受 (u) | けよ (keyo) | 受けよ。 |
- 他の例: 数ふ(ハ行)、寝(ぬ)(ナ行)、出づ(ダ行)
- 現代語との関係: 下二段活用の動詞は、現代語ではその多くが下一段活用に変化した。
- 例: 受く (下二) → 受ける (下一)、寝 (下二) → 寝る (下一)
- ポイント: 上二段活用と活用パターンが非常に似ている(イ段がエ段に変わっただけ)。セットで覚えると効率的である。
2. 動詞の活用Ⅱ:変格活用 – 規則からの逸脱
正格活用という基本ルールから外れた、不規則な変化をする動詞群を**変格活用(へんかくかつよう)**と呼ぶ。数は少ないが、いずれも使用頻度が非常に高い重要動詞であるため、一つ一つ確実に暗記する必要がある。
2.1. 変格活用とは何か?
- 変格活用とは、正格活用(四段、上一段、上二段、下一段、下二段)のいずれのパターンにも当てはまらない、独自の活用形を持つ動詞のことである。
- 全部でカ行、サ行、ナ行、ラ行の4種類しか存在しない。該当する動詞も限られているため、これらをまず覚えてしまい、それ以外は正格活用だと考えるのが効率的な学習法である。
2.2. カ行変格活用:「来(く)」一語の特異性
- 該当する動詞: 「来(く)」一語のみ。
- 複合動詞: 「出で来(いでく)」「参り来(まいりく)」のように、他の動詞と複合した場合もカ行変格活用となる。
- 構造: 活用語尾が「こ・き・く・くる・くれ・こ(こよ)」と、行をまたいで不規則に変化する。
- 活用例: 「来」 (カ行変格活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | (k) | こ (ko) | こず || 連用形 | (k) | き (ki) | きて || 終止形 | (k) | く (ku) | く。 || 連体形 | (k) | くる (kuru) | くる人 || 已然形 | (k) | くれ (kure) | くれば || 命令形 | (k) | こ/こよ (ko/koyo) | こ。/こよ。 |
- ポイント: 未然形、連体形、已然形、命令形が、正格活用ではありえない音に変化する点が特徴。特に未然形が「こ」になる点は重要。
2.3. サ行変格活用:「す」「おはす」の汎用性
- 該当する動詞: **「す」と「おはす」**の二語が基本。
- 「す」: (~を)する、為す。
- 「おはす」: 「あり」「をり」の尊敬語。「いらっしゃる」「~ていらっしゃる」。
- 複合動詞: サ変の最大の特徴は、漢語や名詞、副詞などに接続して新しい動詞を作ることである。「~する」という形で現代語にも受け継がれている。
- 例: 愛す、論ず(「ろん」は撥音便)、具す
- 構造: 活用語尾が「せ・し・す・する・すれ・せよ」と、ア行、イ行、ウ行、エ行の音を複雑に行き来する。
- 活用例: 「す」 (サ行変格活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | (s) | せ (se) | せず || 連用形 | (s) | し (shi) | して || 終止形 | (s) | す (su) | す。 || 連体形 | (s) | する (suru) | する人 || 已然形 | (s) | すれ (sure) | すれば || 命令形 | (s) | せよ (seyo) | せよ。 |
- ポイント: 未然形が「せ」になること、連用形が「し」になることは、助動詞の接続を考える上で極めて重要。
2.4. ナ行変格活用:「死ぬ」「往ぬ(去ぬ)」の二語
- 該当する動詞: 「死ぬ」と「往(い)ぬ」(去ぬ)の二語のみ。
- 「死ぬ」: 死ぬ。
- 「往ぬ」: 行ってしまう、去る。
- 構造: 連体形と已然形が、ナ行ではなくラ行の音になるという特異な変化をする。
- 活用例: 「死ぬ」 (ナ行変格活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 死 (shi) | な (na) | 死なず || 連用形 | 死 (shi) | に (ni) | 死にて || 終止形 | 死 (shi) | ぬ (nu) | 死ぬ。 || 連体形 | 死 (shi) | ぬる (nuru) | 死ぬる身 || 已然形 | 死 (shi) | ぬれ (nure) | 死ぬれば || 命令形 | 死 (shi) | ね (ne) | 死ね。 |
- ポイント: 未然・連用・終止・命令形だけを見るとナ行四段活用(な・に・ぬ・ね)と同じだが、連体形「ぬる」、已然形「ぬれ」が例外的。完了の助動詞「ぬ」の活用と全く同じ形であることも覚えておくとよい。
2.5. ラ行変格活用:「あり」「をり」「侍り」「いまそかり」
- 該当する動詞: 存在を表す動詞群。
- 「あり」: ある、いる。(客観的な存在)
- 「をり」: いる、おる。(「あり」より具体的な存在)
- 「侍(はべ)り」: あります、ございます。(丁寧語)
- 「いまそかり」(いまそがり、いますがり): いらっしゃる。(尊敬語)
- 構造: 四段活用に非常に似ているが、終止形がイ段の「り」で終わる点が決定的。
- 活用例: 「あり」 (ラ行変格活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | あ (a) | ら (ra) | あらず || 連用形 | あ (a) | り (ri) | ありて || 終止形 | あ (a) | り (ri) | あり。 || 連体形 | あ (a) | る (ru) | ある人 || 已然形 | あ (a) | れ (re) | あれば || 命令形 | あ (a) | れ (re) | あれ。 |
- ポイント: 連用形と終止形が同形「り」であること、連体形が「る」であることが特徴。ラ変動詞は、形容詞のカリ活用や形容動詞の活用、断定の助動詞「なり」「たり」の成り立ちにも関わる、文法の根幹をなす超重要動詞である。
3. 動詞活用の見分け方と実践的識別法
9種類もの活用を覚えた後、実践で最も重要になるのは、文章中に出てきた動詞がどの活用に属するのかを瞬時に、かつ正確に識別する能力である。そのための最も強力なツールが、「ず」をつけて未然形を特定する方法である。
3.1. 識別アルゴリズムの提示:「ず」をつけて判断する
- 原理: 動詞の活用を見分ける鍵は未然形にある。なぜなら、打消の助動詞「ず」は必ず未然形に接続するという絶対的なルールがあり、かつ各活用の未然形は特徴的な母音(段の音)を持っているからである。
- 手順:
- まず、その動詞が**変格活用(カ変・サ変・ナ変・ラ変)**ではないかを確認する。該当動詞は少ないので、これは暗記で処理できる。
- 変格活用でなければ、その動詞に**「ず」をつけてみる**。
- 「ず」の直前の音が、五十音図のどの段の音になるかで活用種を決定する。
3.2. ステップ1:変格活用の動詞をまず除外する
- 文章中の動詞を見たら、まず以下のリストにないかチェックする。
- カ変: 来(複合動詞含む)
- サ変: す、おはす(複合動詞含む)
- ナ変: 死ぬ、往ぬ
- ラ変: あり、をり、侍り、いまそかり
- これらに該当すれば、その時点で活用種は確定する。このステップを最初に行うことで、思考の負荷が大幅に減る。
3.3. ステップ2:「ず」をつけて未然形を特定する
- 変格活用でないと判断したら、その動詞を否定の形にしてみる。
- 例: 「書く」 → 書かず
- 例: 「落つ」 → 落ちず
- 例: 「受く」 → 受けず
- 例: 「見る」 → 見ず
- 例: 「蹴る」 → 蹴ず
3.4. ステップ3:未然形の音(段)で活用種を決定する
- 「ず」の直前の音の**母音(段)**に注目する。
- ア段 (a) になれば → 四段活用
- 例: 書かず (ka-zu) → カ行四段
- イ段 (i) になれば → 上二段活用 (※上一段との区別が必要)
- 例: 落ちず (oti-zu) → タ行上二段
- エ段 (e) になれば → 下二段活用 (※下一段との区別が必要)
- 例: 受けず (uke-zu) → カ行下二段
- ア段 (a) になれば → 四段活用
- 【上一段と上二段、下一段と下二段の区別】
- 「ず」をつけただけでは、上一段と上二段(ともにイ段)、下一段と下二段(ともにエ段)の区別はつかない。
- しかし、上一段は「ひいきにみゐる」、下一段は「蹴る」しかない。
- したがって、「ず」をつけてイ段になった動詞が「ひいきにみゐる」でなければ、それは上二段と確定できる。
- 同様に、「ず」をつけてエ段になった動詞が「蹴る」でなければ、それは下二段と確定できる。
3.5. 紛らわしい動詞の識別例
- 例1: 「頼む」という動詞
- 古文の「頼む」には四段活用と下二段活用の二種類がある。
- マ行四段「頼む」: あてにする、信頼する。
- 「ず」をつけると → 頼まず (ア段)
- マ行下二段「頼む」: あてにさせる、期待させる。
- 「ず」をつけると → 頼めず (エ段)
- マ行四段「頼む」: あてにする、信頼する。
- 文脈と活用の両方から判断する必要がある。
- 古文の「頼む」には四段活用と下二段活用の二種類がある。
- 例2: 「恨む」と「見る」
- 「恨む」→恨まず (ア段) → マ行四段
- 「見る」→見ず (イ段) → マ行上一段 (「ひいきにみゐる」の一つ)
- この識別法は、古文文法における最も強力な武器の一つである。何度も練習して、無意識レベルで使えるように習熟することが望ましい。
4. 形容詞の活用:状態・性質を描写する言葉
動詞が「動作・存在」を表すのに対し、形容詞は物事の「状態・性質」を描写する用言である。活用するという点では動詞と同じだが、その活用パターンは独自のものである。
4.1. 形容詞の基本構造
- 形容詞は、動詞と同様に語幹と活用語尾から成る。
- 最大の特徴は、言い切りの形(終止形)が必ず「し」で終わることである。(例: 美し、楽し、高し)
4.2. ク活用とシク活用の分類法
- 形容詞の活用は、ク活用とシク活用の二種類しかない。この分類は非常に簡単である。
- 識別法:
- その形容詞の**終止形(「~し」の形)**を考える。
- 「し」を取り除いた部分に、助詞「て」や動詞「なる」などをつけてみる。
- 意味が通じればク活用、通じなければシク活用である。
- 例:
- 「高し」→「高くて」「高くなる」→ 意味が通じる → ク活用
- 「楽し」→「楽しくて」「楽しくなる」→ 意味が通じる → ク活用ではない(※これは現代語の発想)
- 【古文的発想】:
- 「高し」→語幹は「高」。連用形は「高く」。
- 「楽し」→語幹は「楽」。連用形は「しく」。
- より簡単な方法は、終止形「~し」の直前の音が、その形容詞が持つ意味の中心を担う部分(語幹)に含まれるかどうかで判断する。
- 「美し」: 美しいという概念は「うつく」までで表現できる → シク活用
- 「高し」: 高いという概念には「たか」まで必要 → ク活用
4.3. ク活用の活用体系
- 語幹の最後の母音がア・イ・ウ・エ・オのいずれかである形容詞。
- 活用例: 「白し」 (ク活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾(本活用) | 活用語尾(カリ活用) || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 白 | く | から || 連用形 | 白 | く | かり || 終止形 | 白 | し | ○ || 連体形 | 白 | き | かる || 已然形 | 白 | けれ | ○ || 命令形 | ○ | かれ |
- 他の例: 高し、安し、強し、近し
4.4. シク活用の活用体系
- 語幹の最後の文字が、その形容詞の意味を表す上で不可欠なもの。
- 活用例: 「美し」 (シク活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾(本活用) | 活用語尾(カリ活用) || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 美 | しく | しから || 連用形 | 美 | しく | しかり || 終止形 | 美 | し | ○ || 連体形 | 美 | しき | しかる || 已然形 | 美 | しけれ | ○ || 命令形 | ○ | しかれ |
- 他の例: 楽し、悲し、恋し、著し(いちじるし)
- ポイント: ク活用とシク活用の違いは、間に「し」が入るか否かだけである。活用パターンそのものは全く同じ。
(し)く、(し)く、し、(し)き、(し)けれ、○
4.5. カリ活用(補助活用)の成立と機能
- 活用表の右側にある「カリ活用」は補助活用と呼ばれる。これは、本来の活用(本活用)では接続できない語、主に助動詞に接続するために生まれた。
- 成り立ち:
- 形容詞の連用形「~く」「~しく」 + ラ変動詞「あり」
- 例:
- 高く + あり → 高かり
- 美しく + あり → 美しかり
- この「高かり」「美しかり」が、ラ変動詞「あり」と全く同じように活用(ら・り・り・る・れ・れ)するものがカリ活用である。
- 機能:
- 本活用(連用形「く」「しく」)は、主に用言に続く(例: 高く飛ぶ)。
- カリ活用(連用形「かり」「しかり」)は、助動詞「けり」「たり」などに続く(例: 高かりけり)。
- この使い分けを理解することが、形容詞の活用をマスターする上で重要となる。
5. 形容動詞の活用:断定を伴う状態描写
形容動詞は、形容詞と同様に物事の「状態・性質」を表すが、その語の成り立ちと活用方法に違いがある。語源的には、名詞や副詞に断定の助動詞「なり」「たり」がついて一語化したものである。
5.1. 形容動詞の成り立ち
- 形容動詞には、ナリ活用とタリ活用の二種類がある。
- ナリ活用: (主に和語の)名詞や副詞 + 断定の助動詞「なり」
- 例: 静か+なり → 静かなり、あはれ+なり → あはれなり
- タリ活用: (主に漢語の)名詞 + 断定の助動詞「たり」
- 例: 堂々+たり → 堂々たり、騒然+たり → 騒然たり
- ナリ活用: (主に和語の)名詞や副詞 + 断定の助動詞「なり」
- この成り立ちから、形容動詞の活用は、助動詞「なり」「たり」の活用と全く同じになる。そして、これらの助動詞の活用は、ラ変動詞「あり」の活用がベースになっている(なり≒に+あり、たり≒と+あり)。
5.2. ナリ活用の活用体系
- 活用例: 「静かなり」 (ナリ活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 静か | なら | 静かならず || 連用形 | 静か | なり/に | 静かなりけり/静かに咲く || 終止形 | 静か | なり | 静かなり。 || 連体形 | 静か | なる | 静かなる庭 || 已然形 | 静か | なれ | 静かなれば || 命令形 | 静か | なれ | 静かなれ。 |
- ポイント: 活用語尾が「なら・なり(に)・なり・なる・なれ・なれ」と、ラ変動詞「あり」(ら・り・り・る・れ・れ)のパターンと酷似している。連用形に「なり」と「に」の二つの形があるのが特徴で、「なり」は助動詞に、「に」は用言に続くことが多い。
5.3. タリ活用の活用体系
- 活用例: 「堂々たり」 (タリ活用)| 活用形 | 語幹 | 活用語尾 | 接続例 || :— | :— | :— | :— || 未然形 | 堂々 | たら | 堂々たらず || 連用形 | 堂々 | たり/と | 堂々たりけり/堂々とす || 終止形 | 堂々 | たり | 堂々たり。 || 連体形 | 堂々 | たる | 堂々たる態度 || 已然形 | 堂々 | たれ | 堂々たれば || 命令形 | 堂々 | たれ | 堂々たれ。 |
- ポイント: こちらも活用語尾が「たら・たり(と)・たり・たる・たれ・たれ」となり、ラ変「あり」のパターンと酷似。連用形「と」は、漢文訓読のなごりである。
結び:文法解釈のエンジンを手に入れて
本モジュールでは、古文文法のエンジン部分とも言うべき用言の活用について、その全体系を構造的に解き明かしてきた。動詞の正格活用(5種)と変格活用(4種)、そしてそれらを正確に見抜くための識別アルゴリズム。状態や性質を描写する**形容詞(2種)と形容動詞(2種)**が、それぞれどのような内部構造を持ち、いかにして活用形を派生させるのか。
重要なのは、これら13種類(9+2+2)の活用を、単なる無関係なパターンの羅列としてではなく、五十音図の段の動き(四段、上二段、下二段など)や、基本動詞「あり」からの派生(カリ活用、ナリ・タリ活用)といった、より高次の論理的な繋がりの中で理解することである。この体系的理解こそが、丸暗記から脱却し、未知の単語に遭遇した際にも応用可能な、真の文法力を養うための鍵となる。
用言活用のマスターは、ゴールではない。それは、次なるModule 3「助動詞の機能と体系」という、古文のニュアンスを決定づける最重要領域へ進むための絶対的な前提条件である。助動詞は、特定の活用形にしか接続しない。動詞の活用形を瞬時に判断できなければ、助動詞の意味を特定することも、文全体の意味を正確に把握することも不可能なのである。
あなたは今、文法解釈のための強力なエンジンを手に入れた。次のステージでは、このエンジンを駆動させ、古文の世界をさらに深く、精緻に読み解いていくことになるだろう。