本モジュール(Module 3: 評論・論説文の読解戦略 – 論理を極める)の概要
本モジュールは、大学入試現代文、特に難関大学において中核をなす「評論・論説文」を深く、正確に、そして批判的に読み解くための応用的な読解戦略を体系的に習得することを目的とします。評論・論説文は、筆者が特定の主題について自身の主張や考察を論理的に展開する文章であり、その読解には、Module 1, 2で培った精読解能力と構造分析能力に加え、より高度な思考力が要求されます。本モジュールでは、まず評論読解の助けとなる背景知識や重要概念について概観し、知識基盤を構築します。次に、評論特有の抽象的な概念を具体的に理解し、操作するための思考法を学びます。さらに、筆者の議論の骨子である「論証」(主張と根拠の関係)を正確に分析する技術を習得します。そして最終的には、書かれている内容を受動的に受け入れるだけでなく、その妥当性や論理性、隠れた前提などを多角的に吟味する「批判的読解(クリティカル・リーディング)」の実践へと進みます。これらの学習を通して、難解な評論・論説文に対しても臆することなく、その論理を極め、本質を深く理解するための確かな力を養成します。
1. 評論・論説文とは何か:その特性と読解のポイント
1.1. 定義:筆者の主張・意見を論理的に展開する文章
- 評論・論説文とは、ある特定の主題(テーマ)について、筆者が自身の主張・意見・考察を、客観的な根拠や論理的な筋道に基づいて展開し、読者に提示・説得しようとする文章のことです。
- **「評論」は、特定の事象(文学、芸術、社会、文化など)に対する筆者の評価や解釈、意見を中心に展開される傾向があり、「論説文」**は、ある主題について筋道を立てて説明し、自説を論証していく性格がより強いですが、両者を厳密に区別することは難しく、現代文読解においてはほぼ同種のものとして扱われます。
1.2. 目的:読者を説得すること、特定の主題について考察を深めること
- 説得: 筆者は、自身の主張や意見が妥当であることを、論理的な根拠や証拠を示しながら読者に訴えかけ、同意や納得を得ようとします(説得的機能)。
- 考察・探求: 特定の主題について、既存の知識や通説を整理・批判したり、新たな視点や解釈を提示したりすることで、その主題に対する読者の理解や考察を深めることを目指します(認識的・探求的機能)。
- 問題提起: 社会的な問題や学術的な課題を取り上げ、その重要性を指摘し、読者と共に考えることを促す場合もあります(問題提起機能)。
1.3. 特徴:論理性、客観性、抽象性、専門性
- 論理性: 主張と根拠の関係が明確で、議論の展開に一貫性があることが求められます。論理の飛躍や矛盾は、文章の説得力を著しく損ないます。
- 客観性: 筆者の個人的な感情や印象に流されることなく、事実やデータ、先行研究などの客観的な根拠に基づいて議論が進められることが基本です。(ただし、筆者の価値観や立場が全く反映されないわけではありません)
- 抽象性: 具体的な事物だけでなく、目に見えない抽象的な概念(例:自由、正義、文化、構造など)を扱い、一般的な法則性や原理について論じることが多いです。これが評論読解の難しさの一因となります。
- 専門性: 扱われるテーマが、哲学、社会学、科学、文学など、特定の学問分野に関連し、専門的な用語や知識がある程度前提とされる場合があります。
1.4. 読解の基本姿勢:筆者の論理を客観的に追跡し、主張と根拠の関係を把握する
- 客観的追跡: 筆者の主張に感情的に反発したり、安易に同調したりするのではなく、まずは筆者が何を、どのような根拠に基づいて、どのように論じているのか、その論理の筋道を冷静かつ客観的に追跡することが基本です。(Module 0, 1参照)
- 主張と根拠の同定: 筆者の中心的な主張(結論)は何か、そしてその主張を支える根拠(理由、証拠、具体例など)は何かを正確に特定することが、論旨理解の核心となります。(後の「論証分析」で詳述)
- 構造の意識: 文章全体の構成(マクロ構造)や段落の構造(ミクロ構造)を意識し、各部分が議論全体の中でどのような役割を果たしているのかを把握しながら読み進めることが重要です。(Module 2参照)
1.5. 文学的文章との違い
- 目的: 文学的文章(小説、詩、随筆など)が、読者の感情や想像力に訴えかけ、美的体験や共感、人生への洞察などを促すことを主目的とするのに対し、評論・論説文は、論理的な説得や知的な理解を主目的とします。
- 表現: 文学的文章では比喩や象徴、暗示といった多様な修辞技法が駆使され、多義的な解釈の余地が広いことが多いのに対し、評論・論説文では、論理的で明晰な表現が基本とされ、意味が一義的に定まるように書かれる傾向があります(ただし、評論でも効果的なレトリックは用いられます)。
- 読解アプローチ: 文学的文章の読解では共感や解釈の多様性が重視される側面がありますが、評論・論説文の読解では、論理の客観的な分析と評価が中心となります。
2. 知識は武器となる:評論読解のための知識基盤構築
評論・論説文を深く理解するためには、テクストそのものを精密に読み解くスキルに加え、ある程度の背景知識を持っていることが有効な場合があります。
2.1. なぜ背景知識が必要か
- 理解の深化: 扱われているテーマや概念に関する基本的な知識があれば、筆者の議論の前提や文脈をより深く理解することができ、表面的な理解にとどまらない、豊かな読解が可能になります。
- 読解スピードの向上: 頻出するテーマやキーワード、基本的な概念について知っていれば、文章の内容をスムーズに把握でき、読解に要する時間を短縮できます。
- 思考の触媒: 背景知識は、テクストの内容についてさらに深く考えたり、筆者の主張を批判的に検討したりするための「思考の触媒」となりえます。関連知識と結びつけることで、新たな視点や問いが生まれることがあります。
- キーワードへの感度向上: 重要なキーワードや概念に対する感度が高まり、文章のポイントを素早く見抜く助けになります。
2.2. 頻出テーマ領域
難関大学の評論・論説文では、以下のようなテーマ領域が頻繁に扱われます。これらの領域について、基本的な概念や議論の潮流に関心を持っておくと良いでしょう。
- 哲学・思想: 近代哲学(デカルト、カント等)、現代思想(構造主義、ポスト構造主義、現象学等)、科学哲学、言語哲学、倫理学、生と死、自己と他者、認識論など。
- 社会科学: 社会学(近代社会、情報社会、グローバル化、格差、家族、都市など)、政治学(民主主義、国家、権力など)、経済学、法学など。
- 人文科学: 歴史学、文化人類学、宗教学、心理学(特に認知心理学、社会心理学)、言語学、メディア論、コミュニケーション論など。
- 文学・芸術論: 文学理論、批評理論、芸術の本質、美学、ポピュラーカルチャー論など。
- 自然科学・科学技術論: 科学史、科学的方法論、生命倫理、環境問題、情報技術と社会など。(文系学部でも出題される)
- 現代社会論・文明論: 上記の領域が複合的に関わる、現代社会や文明全体に対する考察。異文化理解、日本文化論なども含まれる。
2.3. 重要なキーワード・概念
上記のテーマ領域で繰り返し登場する、基本的ながら重要なキーワードや概念を理解しておくことが重要です。
- 例:
- 西洋近代関連: 合理主義、主観/客観、精神/身体(心身二元論)、主体/客体、個人、自由、平等、進歩史観、普遍主義、啓蒙主義、人間中心主義
- 現代思想関連: 構造主義、記号論、ポスト構造主義、脱構築、差異、多様性、他者、間主観性、身体性、物語(ナラティブ)
- 社会・文化関連: グローバリゼーション、情報化、消費社会、リスク社会、公共性、共同体、文化相対主義、アイデンティティ、ジェンダー
- その他: 言語、コミュニケーション、認識、時間、空間、自然、科学、技術、倫理
- これらの概念は、多くの場合、相互に関連し合っています。一つ一つの意味を覚えるだけでなく、それらがどのような文脈で、どのような他の概念と結びつけられて(あるいは対比されて)論じられるのかを理解することが重要です。
2.4. 知識のインプット方法
- 現代文キーワード集・参考書の活用: 頻出テーマやキーワードを効率的に学ぶには、市販のキーワード集やテーマ解説型の参考書を活用するのが有効です。ただし、丸暗記ではなく、各概念の意味や背景、関連性を理解することを目標とします。
- 関連書籍の読書: 興味を持ったテーマや、入試でよく扱われる筆者の著作(新書など比較的読みやすいものから)を読んでみることも、知識と読解力を同時に養う上で効果的です。
- ニュースや教養番組への関心: 日頃から新聞やニュース、質の高いドキュメンタリーや教養番組などに触れ、現代社会の動向や様々な分野の議論に関心を持っておくことも、間接的に知識基盤の構築に繋がります。
- 他の教科との連携: 歴史(特に思想史)、倫理、政治・経済、地理などの社会科系の科目の学習は、現代文の背景知識と密接に関連しています。教科横断的な視点を持つことも有効です。
2.5. 知識偏重の危険性(テクスト依拠の原則の再確認)
- 知識はあくまで補助: 背景知識は読解を助ける「武器」となりえますが、それに頼りすぎるのは危険です。現代文読解の基本は、あくまで**与えられたテクストそのものを正確に読み解くこと(テクスト依拠の原則)**です。(Module 0参照)
- 誤読のリスク: 自分の持っている知識に基づいてテクストを解釈しようとすると、筆者の意図とは異なる読み方をしてしまったり、テクストの記述を歪めてしまったりする可能性があります。
- 知識のひけらかしは不要: 入試で評価されるのは、知識の量ではなく、テクストを正確に理解し、論理的に思考する能力です。解答において、テクストに書かれていない知識を安易に持ち出すべきではありません。
- バランスが重要: 知識を有効な補助ツールとして活用しつつも、常にテクストの記述を最優先し、客観的な読解を心がけるバランス感覚が重要です。
3. 抽象の森を歩く:抽象概念の操作的理解と論理的思考
評論・論説文の読解を難しくする最大の要因の一つが、抽象的な概念や議論が多く含まれることです。
3.1. 評論における抽象語彙・概念の重要性とその難しさ
- 抽象概念の役割: 抽象概念(例:自由、正義、理性、構造、権力)は、具体的な事物や現象を超えた、より普遍的・本質的なレベルで物事を捉え、分析し、議論するために不可欠な思考の道具です。評論は、これらの抽象概念を駆使して、複雑な事象の背後にある原理や法則性、あるいはあるべき姿を探求します。
- 読解の難しさ:
- 意味の多義性・曖昧性: 抽象語彙は、具体的な指示対象を持たないため、意味が多義的であったり、文脈によってニュアンスが異なったりすることが多いです。
- イメージのしにくさ: 具体的なイメージを結びつけにくいため、内容を直感的に理解することが難しい場合があります。
- 複雑な論理関係: 抽象概念同士が複雑な論理関係(包含、対立、因果など)で結びつけられて議論が展開されるため、その関係性を見失いやすいです。
3.2. 操作的理解とは何か
抽象概念を効果的に理解するためには、単に辞書的な意味を知っているだけでなく、それを様々な角度から捉え、具体例と結びつけたり、他の概念との関係性を考えたりしながら、いわば「使いこなせる」レベルで理解すること、すなわち操作的理解を目指す必要があります。
- 定義の確認: まず、その概念が文章中でどのように定義されているか、あるいは一般的にどのように理解されているかを確認します。
- 具体例との結びつけ: その抽象概念が、どのような具体的な事象や状況に対応するのか、具体例を探したり、自分で考えたりします。(例:「近代化」→産業革命、都市化、民主主義の発展など)
- 対比概念の意識: その概念と対比される概念は何かを考えます。対比によって、その概念の意味の輪郭がより明確になります。(例:「普遍性」vs「特殊性」、「理性」vs「感情」)
- 自分の言葉での言い換え: その抽象概念を、より平易な自分の言葉で説明し直してみます。言い換えられるということは、その概念をある程度理解できている証拠です。
- 関連概念との関係把握: その概念が、他のどのような概念と結びついたり、対立したりしているのか、文章中での関係性を把握します。(例:「グローバリズム」は「ナショナリズム」と対立し、「情報化」と結びつく、など)
3.3. 抽象的な議論を追跡するための思考法
抽象度の高い議論を正確に追跡するためには、以下の点を意識すると良いでしょう。
- 論理マーカーへの最大限の注意: 接続表現(しかし、だから、つまり等)や指示表現(この、その等)は、抽象的な議論の道筋を示す生命線です。これらのマーカーを見逃さず、その機能を正確に捉えることが極めて重要です。(Module 1参照)
- キーワードのマークと追跡: 議論の中心となる抽象的なキーワードに印をつけ、それが文章中でどのように繰り返し使われ、意味合いが変化したり深まったりしていくかを追跡します。
- 文脈による意味の推測と特定: 知らない抽象語彙が出てきても、すぐに諦めずに、前後の文脈、共起語、対比関係などから、その意味を推測しようと試みます。(Module 1参照)
- 具体例への注目: 抽象的な議論の後には、それを分かりやすくするための具体例が提示されることが多いです。具体例を通して、抽象的な内容の理解を深めます。
- 図式化による関係性の整理: 抽象概念同士の関係性(対立、包含、因果など)が複雑な場合は、図式化して視覚的に整理すると、理解の助けになります。(Module 2参照)
- 言い換えによる理解確認: 難解な箇所は、一度立ち止まって「筆者はここで何を言おうとしているのか」を自分の言葉で言い換えてみることで、理解度を確認します。
3.4. 抽象的思考力が他の学習や社会でどう役立つか
評論読解を通して養われる抽象的思考力は、現代文にとどまらず、
- 他の教科の学習: 数学や物理の法則、歴史の概念、社会科学の理論など、あらゆる学問分野における抽象的な内容の理解と思考に応用できます。
- 問題解決能力: 具体的な問題の背後にある本質的な構造や原理を捉え、より根本的な解決策を考える上で役立ちます。
- コミュニケーション能力: 複雑な事柄を整理し、論理的に説明したり、他者の抽象的な議論を理解したりする能力を高めます。
- 批判的思考力: 物事の表面だけでなく、その背後にある構造や意味、価値観などを深く考察する批判的な視点を養います。
4. 議論の骨格を見抜く:論証分析
評論・論説文の中核は、筆者の主張を論理的に裏付ける「論証」のプロセスにあります。論証構造を正確に分析することは、筆者の議論の骨格を理解し、その妥当性を評価する上で不可欠です。
4.1. 論証とは何か:主張(結論)を根拠(理由・証拠)によって支えること
- 定義: 論証 (Argument / Proof) とは、ある特定の判断や考え(主張・結論 Claim / Conclusion)が正しい、あるいは受け入れるに値するものであることを、その理由や証拠となる別の判断や事実(根拠 Premise / Reason / Evidence)を示して、論理的に裏付けることです。
- 基本構造: 「[根拠] → だから → [主張]」という構造が基本です。(ただし、提示される順序は主張が先の場合もあります)
- 説得の核心: 評論・論説文が持つ説得力の源泉は、この論証がどれだけしっかりしているかにかかっています。
4.2. 筆者の主張(結論)の特定
論証分析の第一歩は、筆者がその文章(あるいは特定の部分)で最終的に何を言いたいのか、その中心的な主張(結論)を特定することです。
- 手がかり:
- タイトル・小見出し: 文章全体の主題や主張を示唆していることが多い。
- 序論・結論部分: 特に結論部分(最終段落など)に、全体の主張が要約・明示されることが多い。
- 主題命題: 各段落の中心的な主張(主題命題)が、文章全体の主張の一部を構成している。
- 強調表現: 「~べきだ」「~が重要だ」「~に他ならない」「~と言えるだろう」「~と結論づけられる」といった、主張や判断を示す断定的な表現、あるいは強い推奨を示す表現。
- 逆接マーカーの後: 「しかし」「だが」といった逆接マーカーの後に、筆者の本音や最も言いたい主張が現れることが多い。
- 問いかけと応答: 設疑法(問いかけ)に対して、筆者自身の答え(主張)が示される場合がある。
4.3. 根拠(理由・証拠)の特定
次に、特定した主張がどのような根拠によって支えられているのかを探します。
- 手がかり:
- 接続表現:
- 理由・原因を示す: 「なぜなら」「というのは」「~から」「~ので」「~によって」「~に基づき」など。これらの後に続く内容が根拠となります。
- 例示を示す: 「たとえば」「具体的には」など。具体例は、主張を裏付けるための証拠(例証)として機能します。
- 事実・データ: 客観的な事実、統計データ、調査結果など。
- 専門家の意見・引用: 他の専門家や権威ある文献からの引用。
- 経験的事実: 筆者自身の経験や観察。(ただし、客観性は他の根拠に劣る場合がある)
- 論理的な推論: 前提となる事柄から、論理的な推論によって主張を導き出す場合。(例:三段論法など)
- 接続表現:
- 複数の根拠: 一つの主張に対して、複数の異なる種類の根拠が提示されることも多いです。
4.4. 主張と根拠の関係性の分析
主張と根拠を特定したら、それらがどのように結びついているのか、その関係性を吟味します。
- 妥当性 (Validity): 根拠から主張への論理的な繋がりは妥当か?飛躍や無理はないか?(論理的な正しさ)
- 十分性 (Sufficiency): 提示された根拠は、その主張を裏付けるのに十分な量と質を持っているか?
- 信頼性 (Reliability): 根拠として挙げられている事実、データ、引用などは信頼できるものか?
- 関連性 (Relevance): 提示された根拠は、主張の内容と直接的に関連しているか?
- 暗黙の前提(Warrant): 主張と根拠を結びつけるために、筆者が暗黙のうちに置いている仮定や一般的な原則(論拠 / Warrant)はないか?それは妥当か?(例:「AだからBだ」という論証の裏には、「一般的にAの場合はBになるものだ」という暗黙の前提があるかもしれない)
4.5. 論証構造のパターン
議論の進め方(論証の構造)にもいくつかのパターンがあります。
- 演繹的論証 (Deductive Reasoning): 一般的な原理や法則(大前提)から、特定の事例についての結論を導き出す。(例:三段論法「全ての人間は死ぬ(大前提)。ソクラテスは人間だ(小前提)。ゆえにソクラテスは死ぬ(結論)。」)
- 帰納的論証 (Inductive Reasoning): 複数の具体的な事例や観察事実から、一般的な法則や結論を推論する。(例:カラスAは黒い、カラスBは黒い、カラスCは黒い…→おそらく全てのカラスは黒いだろう。)帰納的結論は蓋然的(確からしい)であり、絶対的ではない。
- 類推(アナロジー)による論証 (Argument by Analogy): 似ている二つの事柄について、一方(既知)で成り立っていることは、他方(未知)でも同様に成り立つだろうと推論する。(例:「AとBは似ている。AにはXという性質がある。だからBにもXという性質があるだろう。」)類推は説得力を持つことがあるが、論理的な厳密性には欠ける場合がある。
4.6. 論証分析が筆者の説得戦略を理解する上でどう役立つか
- 議論の骨格の可視化: 論証構造を分析することで、筆者の議論の骨格(どの主張がどの根拠に支えられているか)が明確になります。
- 説得力の評価: 論証の妥当性、十分性、信頼性などを吟味することで、その議論がどれだけ説得力を持つのかを客観的に評価することができます。
- 筆者の意図の理解: 筆者がどのような種類の根拠(データ重視か、事例重視か、論理重視かなど)を用いているか、どのような論証パターンを好むかなどを分析することで、筆者の思考様式や説得の戦略を理解する手がかりが得られます。
5. テクストと対話する:批判的読解(クリティカル・リーディング)の実践
論理的な評論・論説文を読む際には、単に書かれている内容を理解するだけでなく、それを吟味し、評価する批判的読解 (Critical Reading) の視点を持つことが、より深い理解と主体的な学びのために重要です。
5.1. 批判的読解とは何か:内容を鵜呑みにせず、多角的・吟味的に読む態度
- 定義: 批判的読解とは、テクストに書かれている情報や主張を無批判に受け入れるのではなく、その内容の妥当性、論理性、信頼性、前提、含意などを、多角的な視点から能動的に問いかけ、吟味、評価しながら読む態度およびスキルのことです。
- 目的: 目的は、筆者の議論の欠点や誤りを探し出すこと(粗探し)だけではありません。むしろ、吟味・評価を通して、書かれている内容をより深く、より正確に理解し、その議論の意義や限界を見極め、さらには自分自身の思考を発展させることにあります。テクストと主体的に対話する読み方とも言えます。
5.2. 批判的読解の具体的な視点
批判的に読む際には、以下のような点を意識的に問いかけることが有効です。
- 主張の妥当性:
- 筆者の中心的な主張は明確か?一貫性はあるか?
- その主張は、現実や常識に照らして妥当か?極端すぎたり、単純化しすぎていたりしないか?
- 主張に偏りや思い込みはないか?
- 根拠の信頼性・十分性:
- 主張を支える根拠は具体的に示されているか?
- その根拠(データ、事実、事例、引用など)は信頼できる情報源に基づいているか?
- 根拠は主張を裏付けるのに十分な量と質を持っているか?反例や例外は考慮されているか?
- 論理展開の整合性:
- 根拠から主張への推論は論理的に妥当か?飛躍や矛盾はないか?
- 議論の展開はスムーズで分かりやすいか?脱線や繰り返しはないか?
- 隠れた前提・仮定:
- 筆者が議論を進める上で、明示されていないが暗黙のうちに置いている前提や仮定(価値観、信念、理論的枠組みなど)はないか?
- その隠れた前提は、受け入れ可能なものか?疑問の余地はないか?
- 使われている言葉・概念:
- 重要なキーワードや概念の定義は明確か?曖昧に使われていないか?
- 言葉の使い方が感情的であったり、特定の印象操作を狙っていたりしないか?
- 多義語が文脈に合わない意味で使われていないか?
- 筆者の立場・バイアス:
- 筆者はどのような立場(専門分野、所属、思想的背景など)から論じているか?
- その立場が議論に影響を与えていたり、特定のバイアス(偏り)を生んだりしていないか?
- 代替可能な視点・反論:
- この問題に対して、筆者とは異なる視点や解釈は考えられないか?
- 筆者の主張に対して、どのような反論が可能か?筆者はそれらの反論に答えているか?
5.3. 批判的読解の目的:粗探しではなく、より深く、多角的に理解すること
- 批判(Criticism)という言葉には、否定的な意味合いもありますが、本来は「物事の価値や是非を判断・評価すること」を意味します。批判的読解は、テクストの価値を正当に評価し、その議論の射程や限界を見極め、内容をより深く理解するための建設的な営みです。
5.4. 客観性と批判性のバランス:根拠に基づかない批判は避ける
- 批判的に読むことは重要ですが、それは自身の主観的な好みや根拠のない憶測に基づいて筆者を否定することではありません。
- 批判や評価を行う際には、必ずテクストの記述や客観的な事実に基づいて、「なぜそのように評価できるのか」その根拠を明確に示す必要があります。客観性を欠いた批判は、単なる感想や難癖と区別されません。常にフェアな態度でテクストに向き合うことが求められます。
6. 本モジュールで習得するスキルと次への展望
6.1. Module 3で学ぶ評論読解戦略の総括
本モジュールでは、難関大現代文の核心である評論・論説文に対応するため、以下の応用的な読解戦略を学びました。
- 知識基盤の活用: 頻出テーマ・キーワードに関する知識を読解の補助として活用する視点。
- 抽象概念の操作的理解: 抽象的な議論を具体例や対比、言い換えなどを用いて読み解く思考法。
- 論証分析: 主張と根拠の関係性を見抜き、議論の骨格と妥当性を評価するスキル。
- 批判的読解: テクストの内容を鵜呑みにせず、多角的・吟味的に読み進める態度と視点。
6.2. これらのスキルが論理的思考力・批判的思考力をいかに高めるか
これらの読解戦略は、単に評論を読む技術にとどまらず、物事を論理的に分析し、多角的に検討し、その妥当性を評価するという、普遍的な「論理的思考力」および「批判的思考力」そのものを鍛え上げます。ここで培われる能力は、あらゆる知的探求活動の基盤となります。
6.3. Module 4「文学的文章の読解戦略」への接続:論理中心の読解から、解釈や共感が重要となる読解へ
本モジュールで鍛えた論理的・批判的な読解力は、次のModule 4「文学的文章の読解戦略 – 解釈と共感を深める」においても、客観的な分析の基礎として役立ちます。しかし、Module 4では、論理だけでは捉えきれない、登場人物の心情への共感、表現の美的な味わい、多義的な解釈の可能性といった、文学的文章ならではの読解の側面を探求していきます。論理を極めた上で、次は言葉が持つ感情や想像力の世界へと足を踏み入れていきましょう。
6.4. Module 5「設問解法の実践と戦略」への接続:評論読解で培った分析力を、具体的な設問解答(特に記述・要約)にどう活かすか
本モジュールで習得した論証分析や批判的読解のスキルは、Module 5で扱う設問解法、特に記述式問題や要約問題において、解答の質を大きく左右します。筆者の主張と根拠を正確に特定する能力、論理の骨格を捉える能力は、解答を構成する上で不可欠です。Module 3で培った深い分析力を、得点力に転化していくための具体的な戦略をModule 5で学んでいきます。