問題 / 解答
本演習(評論読解 総合問題演習:実戦的応用(演習編))の概要
本演習は、「Module 3: 評論・論説文の読解戦略 – 論理を極める」で習得した知識基盤、抽象的概念の操作、論証分析、そして批判的読解といった高度なスキルを、実際の入試問題を想定した総合的な演習を通じて統合し、実戦的な応用力を確立することを目的とします。評論・論説文は、その抽象性の高さ、論理構造の複雑さ、そして時に要求される背景知識の広さから、多くの受験生にとって難関とされています。本演習では、現代思想、科学技術論、社会文化論など、難関大学で頻出のテーマを扱い、多様な設問形式(漢字・語彙、内容説明、論証分析、理由説明、選択肢判別、記述、要約など)に取り組みます。これにより、複雑な文章構造を正確に把握し、筆者の論理展開を精密に追跡・評価し、設問の要求に応じて的確かつ論理的な解答を構築する能力を徹底的に鍛え上げます。Module 3で学んだ知識とスキルを総動員し、いかなる難解な評論にも対応できる盤石な読解力と論述力を養成することを目指します。
問題セット 1:抽象概念の理解と論証分析
以下の文章(近代における「自己」概念の変容と他者との関係性に関する評論)を読み、後の設問に答えなさい。(推奨解答時間:40分)
(1)
近代という時代は、個人の自律性と理性をシュコウし、普遍的な人間像を打ち立てようとした啓蒙主義の理想と共に幕を開けた。デカルトの「我思う、ゆえに我あり」に象徴されるように、疑い得ない自己意識の確実性を思考の出発点に据え、そこから客観的な世界認識と合理的な社会秩序を構築しようとする試みが、近代精神の根幹を成していたと言えるだろう。この文脈において、「自己」とは、外部世界や他者から独立した、内省によって捉えうる透明で自律的な主体として構想された。理性によって自己を統御し、普遍的な法則に従って行動することが、近代的な個人の理想像とされたのである。他者は、この自律的な自己と同様の存在として、いわば自己の鏡像として認識されるか、あるいは自己の目的達成のための手段として捉えられる傾向があった。
(2)
しかし、このような近代的な自己理解は、そのヘイソク性ゆえに、早くから様々な批判に晒されてきた。自己が他者や社会から完全に独立した純粋な理性主体でありうるという想定は、現実の人間存在のあり方を見誤るものである。我々の自己意識は、他者からの承認や眼差し、社会的な役割や文化的な規範といった、外部との複雑な相互作用の中で、いわば「織りなされる」ようにして形成される。他者は、自己にとって単なる鏡像や手段ではなく、自己の存在を根底からキテイし、揺るがし、あるいは豊かにする、本質的に異質な他者なのである。言語習得のプロセスを考えてみても、我々は他者(親や社会)から与えられた言語によってはじめて思考し、自己を表現することを学ぶのであり、言語以前に純粋な自己意識が存在するわけではない。
(3)
特に、二十世紀の思想、例えば現象学や実存主義、精神分析などは、この近代的な自律的主体というケンゴな構築物をカイタイしようと試みてきた。フッサールやメルロ=ポンティは、身体性や間主観性(他者と共に世界を経験しているという感覚)を強調し、意識が決して自己完結的なものではなく、常に世界や他者へと開かれた「志向性」を持つことを明らかにした。サルトルは、「人間は自由の刑に処せられている」と述べ、絶対的な自由とそれに伴う責任の重さを突きつける一方で、「他者は地獄である」とも語り、他者の視線が自己を対象化し、疎外する根源的な葛藤を描き出した。また、フロイトやラカンは、意識的な自己(自我)の下に広がる無意識の領域の存在をバクロし、我々の理性や意志が、必ずしも自己の主人ではないことを示した。
(4)
これらの思想的潮流は、近代的な自己理解がいかに脆弱な基盤の上に成り立っていたかをロテイさせたと言える。自己は、透明で安定した実体ではなく、むしろ他者との関係性、身体的な経験、そして無意識の力動といった、自己の制御を超えた要素によって絶えず揺さぶられ、変容し続ける、開かれたプロセスなのである。だとすれば、真の自己理解とは、内省によって自己の「本質」を探求することではなく、むしろ自己を取り巻く他者や社会、歴史との関わりの中で、自己がどのように形成され、また変化していくのかを、その複雑性とアイマイさにおいて捉えようとすることにあるのではないだろうか。
(5)
現代社会において、グローバル化や情報技術の進展は、他者との出会いの機会を増大させると同時に、自己のアイデンティティをますます流動的で不安定なものにしている。このような状況下で、近代的な自律的主体という幻想に固執することは、かえって自己を孤立させ、他者との生産的な関係を阻害する危険性がある。求められるのは、自己の不確かさや他者への依存性を認め、異質な他者との対話を通じて自己を変容させていくカイホウ的な態度であり、それこそが、不確実な現代を生き抜くための、新たな「自己」のあり方を示唆しているように思われる。
問題 1
傍線部(1)~(10)のカタカナを漢字に改めなさい。(各1点×10 = 10点)
(1) シュコウ (2) 根幹 (3) ヘイソク (4) キテイ (5) ケンゴ
(6) カイタイ (7) バクロ (8) 脆弱 (9) ロテイ (10) アイマイ
(11) カイホウ
問題 2
第(1)段落で説明されている「近代的な自己」とは、どのようなものとして構想されていたか。本文中の語句を用いて、60字以内で説明しなさい。(10点)
問題 3
第(2)段落で、筆者は近代的な自己理解をどのように批判しているか。その批判の根拠を二点挙げ、それぞれ40字以内で説明しなさい。(各7点×2 = 14点)
問題 4
第(3)段落で言及されている二十世紀の思想(現象学・実存主義・精神分析)は、近代的な自己理解に対してどのような転換をもたらしたと考えられるか。本文の内容を踏まえ、80字以内で説明しなさい。(14点)
問題 5
傍線部(ア)「真の自己理解とは、内省によって自己の「本質」を探求することではなく、むしろ自己を取り巻く他者や社会、歴史との関わりの中で、自己がどのように形成され、また変化していくのかを、その複雑性とアイマイさにおいて捉えようとすることにあるのではないだろうか」とあるが、なぜ筆者はこのように考えるのか。第(4)段落全体の論旨を踏まえ、100字以内で説明しなさい。(16点)
問題 6
以下の文中( X )( Y )に入る最も適切な語句の組み合わせを、後の選択肢ア~オから一つ選び、記号で答えなさい。(10点)
筆者は、近代的な自己理解が( X )な想定に基づいていることを批判し、自己はむしろ他者や社会との( Y )の中で形成される開かれたプロセスであると主張している。
* ア.X: 普遍的 Y: 相互作用
* イ.X: 合理的 Y: 言語活動
* ウ.X: 閉鎖的 Y: 葛藤関係
* エ.X: 抽象的 Y: 身体経験
* オ.X: 自律的 Y: 関係性
問題 7
本文の内容に合致するものを、次のア~オから二つ選び、記号で答えなさい。(各8点×2 = 16点)
* ア.近代精神は、デカルトに代表されるように、他者との関係性の中に自己意識の確実性を見出そうとした。
* イ.言語は、自己が他者から独立して思考するための基盤となる、先天的な能力である。
* ウ.現象学や実存主義は、身体性や他者との関係性を重視し、自己完結的な意識という見方を批判した。
* エ.精神分析は、意識的な自我こそが自己の行動を完全に制御する主体であることを明らかにした。
* オ.現代社会では、自己のアイデンティティが流動化しており、他者との対話を通じた自己変容の重要性が増している。
(合計 100点)
問題セット 2:複数の視点と批判的読解
以下の文章(ゲノム編集技術の応用と倫理的課題に関する評論)を読み、後の設問に答えなさい。(推奨解答時間:45分)
(1)
クリスパー・キャス9に代表されるゲノム編集技術は、生命科学の分野に革命的な進歩をもたらした。特定の遺伝子を狙って効率的に改変できるこの技術は、遺伝性疾患の治療、農作物の品種改良、感染症対策など、人類が直面する様々な課題を解決する切り札として大きな期待を集めている。長年治療法が確立されていなかった難病に対する新たな治療法の開発や、食糧問題の解決に貢献しうる作物の創出など、そのセンザイ的な可能性は計り知れない。生命の設計図たるゲノムを自在に書き換える力が、まさに我々の手の届くところに来たのである。
(2)
しかし、この強力な技術は、同時に深刻な倫理的・社会的な問いを我々に突きつける。特に懸念されるのが、人間の生殖細胞系列(精子や卵子、受精卵)へのゲノム編集の応用である。これは、改変された遺伝情報が次世代以降にも永続的に受け継がれることを意味し、人類の遺伝的遺産そのものにフカギャク的な変更を加える可能性を秘めているからだ。デザイナーベビー(親が望む外見や能力を持つように遺伝子操作された子ども)の誕生や、遺伝的な格差の拡大といった懸念は、SFの世界の話ではなく、現実的な問題として議論され始めている。我々は、人間の「改良」を目的としたゲノム編集をどこまで許容すべきなのか、という根源的な問いに直面している。
(3)
さらに、ゲノム編集技術の応用は、生態系への予期せぬ影響をもたらす危険性もハラんでいる。特定の生物種の遺伝子を改変し、それを自然界に放った場合(例えば、病原体を媒介する蚊を不妊化する、外来種を駆除するなど)、それが長期的に生態系全体のバランスにどのような影響を及ぼすのか、正確に予測することは極めて困難である。良かれと思って行った遺伝子改変が、イソウ外の連鎖反応を引き起こし、生物多様性の喪失や新たな環境問題を生み出す可能性も否定できない。技術の持つ力とその影響の予測不可能性との間のカイリが、ここでも大きな課題となる。
(4)
ゲノム編集技術を巡る議論は、しばしばその「光」の側面(医療や農業への貢献)と「影」の側面(倫理的問題やリスク)を対立的に捉えがちである。しかし、本来問われるべきは、この技術をどのように社会の中でイチづけ、責任ある形で利用していくか、という統治(ガバナンス)の問題であろう。技術の進歩それ自体を止めることは現実的ではない以上、重要なのは、透明性の高い議論のプロセスを通じて、社会的なゴウイ形成を図ることである。科学者、倫理学者、政策決定者、そして市民社会が、それぞれの立場から知見と懸念を持ち寄り、技術の恩恵を最大化しつつ、リスクを最小化するためのルール作りとケンセイ的な運用体制を構築していく必要がある。
(5)
そのためには、第一に、ゲノム編集に関する科学的な知識と倫理的な論点について、社会全体での理解を深めるための教育と情報公開が不可欠である。専門家と非専門家の間にある知識のカクサを埋め、市民が議論に参加するための基盤を整備しなければならない。第二に、国際的な協調とルール作りが求められる。ゲノム編集の影響は国境を越えるため、一国だけの規制では不十分であり、グローバルな視点でのガバナンス体制の構築が急務となる。そして第三に、技術の応用にあたっては、常にシンチョウさと可逆性の原則を念頭に置くべきである。特に、次世代に影響を及ぼす生殖細胞系列への応用については、現時点では極めて抑制的であるべきとの国際的なコンセンサスが存在することを重く受け止める必要があるだろう。
(6)
ゲノム編集技術は、人類に未曾有の力をもたらすと同時に、その力の使い方について重い責任を問いかけている。我々はそのソウコク的な性格を十分に認識した上で、目先の利益や可能性への期待だけに目を向けるのではなく、長期的な視点と倫理的なコウリョに基づき、社会全体でこの技術と向き合っていく道を模索しなければならない。そのプロセスは容易ではないだろうが、未来世代に対する我々の責任として、避けて通ることはできない課題なのである。
問題 1
傍線部(1)~(12)のカタカナを漢字に改めなさい。(各1点×12 = 12点)
(1) センザイ (2) フカギャク (3) ハラむ (4) イソウ
(5) カイリ (6) イチづけ (7) ゴウイ (8) ケンセイ
(9) カクサ (10) シンチョウ (11) ソウコク (12) コウリョ
問題 2
第(1)段落と第(2)(3)段落は、ゲノム編集技術について、それぞれどのような側面を対比的に論じているか。80字以内で説明しなさい。(12点)
問題 3
第(2)段落で述べられている、人間の生殖細胞系列へのゲノム編集応用に関する「懸念」とは、具体的にどのようなことか。二点挙げ、それぞれ40字以内で説明しなさい。(各7点×2 = 14点)
問題 4
筆者が第(4)段落で主張している、ゲノム編集技術を巡る議論において「本来問われるべき」こととは何か。60字以内で説明しなさい。(12点)
問題 5
第(5)段落で、ゲノム編集技術の適切なガバナンスのために必要だと述べられていることを三点、それぞれ簡潔に(20字程度で)まとめなさい。(各6点×3 = 18点)
問題 6
本文全体の要旨を、200字以内でまとめなさい。(16点)
問題 7
ゲノム編集技術の応用について、あなたはどのような倫理的課題が最も重要だと考えるか。本文の内容を踏まえつつ、具体的な理由を挙げて、あなたの考えを150字以内で述べなさい。(16点)
(合計 100点)