Module 4: 文学的文章の読解戦略 – 解釈と共感を深める

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本モジュール(Module 4: 文学的文章の読解戦略 – 解釈と共感を深める)の概要

本モジュールは、現代文入試において評論・論説文と並んで重要な位置を占める「文学的文章」(小説、随筆など)を深く理解し、的確に解釈するための読解戦略を体系的に学ぶことを目的とします。文学的文章は、論理や客観性を第一とする評論とは異なり、虚構の世界を描いたり、登場人物や筆者の主観的な心情・感覚を表現したり、言葉の響きやイメージといった美的側面を重視したりする特性を持っています。そのため、読解においては、論理的な分析能力に加え、登場人物の心情に寄り添う「共感力」や、言葉の背後にある意味やニュアンスを読み解く「解釈力」、そして表現の工夫を味わう感受性が求められます。本モジュールでは、まず文学的文章の特性を理解した上で、物語の構造(プロット、登場人物、視点)を分析する視点、登場人物の心理を言動や描写から読み解く方法、随筆における筆者の視座や文体、主題を探るアプローチ、そして比喩や象徴といった文学的レトリックの解釈方法などを具体的に解説します。Module 1~3で習得した基礎的な読解スキルを応用しつつ、文学的文章ならではの読解の深さと面白さを体験し、総合的な現代文能力を完成させることを目指します。

目次

1. 文学的文章とは何か:虚構と現実、感情と美

1.1. 文学的文章の定義と範囲

  • 定義: 文学的文章とは、主に読者の感情、想像力、美意識に訴えかけることを意図して書かれた文章の総称です。事実の伝達や論理的な説得を第一の目的とするのではなく、言葉を通して独自の世界観を構築したり、人間の内面のあり様を探求したり、言語表現そのものの可能性を追求したりします。
  • 範囲: 大学入試現代文で「文学的文章」として扱われる主なジャンルは以下の通りです。
    • 小説 (Fiction): 虚構の(作り上げられた)登場人物や出来事を描いた物語。純文学、大衆文学、私小説など様々な形態がある。
    • 随筆 (Essay): 筆者が自身の経験、見聞、思索などを、比較的自由な形式で書き綴った文章。「エッセイ」とも呼ばれる。事実に基づきながらも、筆者の主観や個性が色濃く反映される。
    • 詩 (Poetry): 言葉の響き、リズム、イメージなどを駆使して、作者の感情や思想を凝縮して表現する。
    • 戯曲 (Drama / Play): 演劇の脚本。登場人物の台詞とト書き(動作や場面の指示)で構成される。
    • (評論の中にも、文学的な表現や筆者の個性が強く表れたものは、文学的文章に近い読解が求められる場合があります。)

1.2. 評論・論説文との比較

文学的文章の特性を理解するために、評論・論説文と比較してみましょう。

観点評論・論説文文学的文章
主目的論理的な説得、知的な理解、問題提起・解決感情・想像力への訴求、美的体験、共感、人生への洞察
内容客観的な事実、データ、論理に基づく主張・考察虚構の物語、個人の経験・心情、主観的な思索・感覚
表現明示的、一義的、論理的、客観的(傾向)暗示的、多義的、比喩的、感情的、主観的(傾向)
読解の焦点論理構造、主張と根拠、議論の妥当性、客観的事実物語展開、人物心理、情景描写、表現技法、主題・含意
求められる力論理的思考力、分析力、批判的評価能力共感力、想像力、解釈力、感受性、表現読解力

※注意: これはあくまで一般的な傾向であり、両者の中間的な文章や、両方の要素を併せ持つ文章も存在します。

1.3. 文学的文章の主な特性

  • 虚構性 (Fiction): 特に小説や物語において、描かれている登場人物や出来事は、現実を反映している場合もありますが、基本的には作者によって創造された「作り事」です。読者は、それが虚構であることを理解した上で、その世界に没入し、登場人物に共感したり、物語を楽しんだりします。
  • 多義性・暗示性 (Ambiguity/Suggestion): 言葉や描写が、一つの意味だけでなく、複数の解釈を許したり(多義性)、直接的には述べられていない深い意味や感情を含んでいたり(暗示性)することが多くあります。「行間を読む」ことが求められます。
  • 主観性・感情表出 (Subjectivity/Emotion): 登場人物の視点や感情、あるいは筆者自身の主観的な思いや感覚が、文章の中心的な要素となることが多くあります。論理的な客観性よりも、個人的な真実や感情の深さが追求される傾向があります。
  • 美的価値 (Aesthetic Value): 言葉の選び方、表現の巧みさ、リズム感、構成の美しさなど、文章の「美しさ」や「芸術性」そのものが重要な価値を持つ場合があります。読者は内容だけでなく、表現そのものを味わうことが期待されます。
  • 具体性・描写性: 抽象的な議論よりも、具体的な情景、人物の容姿や動作、感覚的な印象(色、音、匂いなど)が詳細に描写されることが多いです。これらの描写を通して、読者はその場の雰囲気や人物の心情などを追体験します。

1.4. 読解における心構え:論理だけでなく、想像力や共感力も働かせる必要性

  • 文学的文章を読む際には、評論を読むときのような論理的・分析的な視点(構造、論証など)も必要ですが、それだけでは十分ではありません。
  • 描かれている世界や登場人物に対して想像力を働かせ、その情景や心情を自分なりにイメージしてみること。
  • 登場人物の置かれた状況や感情に寄り添い、共感しようと努めること。
  • 言葉の表面的な意味だけでなく、その響きやイメージ、暗示されていることにも注意を払う感受性。
  • これらの要素を、客観的なテクスト分析とバランスさせながら読み進めることが、文学的文章を深く理解するための鍵となります。

2. 物語の設計図を読む:物語構造論(プロット・人物・視点)

小説や物語といった「語り (Narrative)」の形式を持つ文章を読む際には、その基本的な構造要素を分析することが理解の助けとなります。

2.1. 物語構造(ナラティブ構造)分析の意義

  • 物語がどのように組み立てられ、展開していくのか、その設計図(構造)を理解することで、個々の出来事や描写の意味づけが明確になり、物語全体のテーマやメッセージを捉えやすくなります。

2.2. プロット (Plot) 分析

  • 定義: プロットとは、物語における出来事の連なりと、その間の因果関係や展開の仕方、すなわち「筋」のことです。単なる出来事の時系列的なリスト(ストーリー)とは区別され、なぜその出来事が起こり、それが次にどう繋がっていくのか、という構成上の意図を含みます。
  • 分析の観点:
    • 主要な出来事: 物語の中心となる出来事は何か?
    • 因果関係: ある出来事が次の出来事を引き起こす原因となっているか? その繋がりは自然か?
    • 対立と解決: 物語の中にどのような対立(例:主人公 vs 敵、内的葛藤、社会との対立)が存在し、それがどのように展開し、最終的に解決される(あるいはされない)のか?
    • 典型的な構造: 発端(設定)→展開(葛藤・事件の発生)→山場(クライマックス)→結末(解決・収束)といった基本的な流れを意識する。
    • 時間軸の操作: 物語の時間は、常に現実の時間通りに進むとは限りません。
      • 順行: 出来事が起こった順に語られる。
      • 逆行(回想 / フラッシュバック): 過去の出来事が挿入される。なぜそのタイミングで回想されるのかが重要。
      • 省略: 時間が飛躍する。省略された間に何があったのかを推測する必要がある場合も。
      • 交錯: 複数の時間軸や視点が交互に描かれる。
  • 読解への貢献: プロット分析を通して、物語のダイナミズムや、作者がどこに重点を置いているのか(例:クライマックスの重要性)を理解できます。

2.3. 登場人物 (Character) 分析

  • 定義: 物語を動かす主要な要素である登場人物について、その性格、役割、関係性、変化などを分析します。
  • 分析の観点:
    • 人物像の把握:
      • 外見描写: 容姿、服装などから読み取れる情報。
      • 言動: 台詞(何を、どのように話すか)、行動(何をするか、しないか)から推測される性格、思考、感情。
      • 内面描写: 思考や感情が直接的に記述されている箇所。
      • 他者からの評価: 他の登場人物がその人物についてどう語っているか。
      • 名前や象徴的な持ち物: 人物像を暗示している場合がある。
    • 人物間の関係性: 主人公と脇役、対立する人物、協力する人物、師弟関係、親子関係、恋愛関係など、登場人物同士がどのような関係にあるか。
    • 人物の役割: その登場人物が物語の中でどのような役割(主人公、敵役、導き手、語り手など)を果たしているか。
    • 人物の変化・成長: 物語を通して、登場人物の考え方や性格、状況などがどのように変化・成長していくか。
  • 読解への貢献: 登場人物への理解を深めることで、物語への感情移入が容易になり、行動の動機や物語のテーマをより深く理解できます。

2.4. 視点 (Point of View / Focalization) 分析

  • 定義: 物語が誰の視点を通して語られているか、読者に提示される情報が誰の意識や認識に基づいているかを分析します。語り手(ナレーター)と視点の主体(誰の目を通して見ているか)は必ずしも一致しません。
  • 主な視点の種類:
    • 一人称視点: 物語の登場人物の一人(通常は主人公)が「私」「僕」「俺」などを用いて語る形式。読者はその人物の内面や経験を直接的に知ることができるが、他の人物の内面や、語り手が見ていない出来事は分からない。信頼できない語り手の場合もある。
    • 三人称視点: 語り手が物語の外にいて、「彼」「彼女」「(名前)」などを用いて登場人物を描写する形式。さらに以下に分けられる。
      • 三人称限定視点: 語り手は物語の外にいるが、特定の登場人物の視点や意識に限定して語る。読者はその人物の内的世界にはアクセスできるが、他の人物の内面は推測するしかない。
      • 三人称全知視点(神の視点): 語り手が物語世界の全てを知っており、複数の登場人物の内面や、登場人物が知らない情報、未来の出来事なども自由に語ることができる。
      • 三人称客観視点(カメラアイ): 語り手が、あたかもカメラのように、登場人物の外面的な言動や状況のみを描写し、内面には立ち入らない形式。読者は描写から人物の心理を推測する必要がある。
  • 分析の観点:
    • この物語は誰が語っているのか?(語り手の特定)
    • 誰の視点(意識、認識)を通して世界が描かれているか?(焦点化の主体)
    • 視点は一つか、複数か?変化するか?
    • その視点設定によって、読者にどのような情報が与えられ(あるいは隠され)、どのような効果(感情移入の度合い、客観性、サスペンスなど)が生まれているか?
  • 読解への貢献: 視点を分析することで、なぜ読者が特定の方法で情報を得たり、特定の感情を抱いたりするのか、その仕組みを理解できます。筆者の意図的な情報操作や、作品のテーマと視点の関連性が見えてくることもあります。

3. 心の襞(ひだ)を読む:登場人物の心理読解

文学的文章、特に小説の読解において、登場人物の心理(感情、思考、動機など)を正確に読み解くことは、最も重要かつ難しい課題の一つです。

3.1. 文学読解の核心:登場人物の内面を理解する

  • 人間はなぜそのように行動するのか、何を考え、何を感じているのか、といった人間の内面への探求は、文学の根源的なテーマの一つです。登場人物の心理を理解しようと試みることは、作品のテーマに迫ることであり、ひいては人間そのものへの理解を深める経験にも繋がります。

3.2. 心理描写の読み取り:直接描写と間接描写(推論)

登場人物の心理は、様々な形で描かれます。

  • 直接的な心理描写:
    • 語り手や登場人物自身が、「~と思った」「~と感じた」「~は嬉しかった」「~は悲しみにくれた」のように、心理状態を言葉で直接説明する箇所。
    • 分かりやすい反面、多用されると説明的になりすぎることも。
  • 間接的な心理描写(推論が必要):
    • 言葉で直接説明されるのではなく、以下のような客観的な描写を通して、読者が推測する必要がある場合。これが心理読解の難しさであり、面白さでもあります。
      • 言動・台詞: 何を言うか、どのように言うか(声のトーン、沈黙など)、どのような行動をとるか(あるいはとらないか)。(例:怒鳴る→怒り、ため息をつく→落胆・疲労)
      • 表情・態度・仕草: 笑顔、涙、顔色、視線、姿勢、身振り手振りなど。(例:顔が赤らむ→恥ずかしさ・興奮、拳を握る→怒り・決意)
      • 生理的反応: 鼓動が速くなる、汗をかく、震えるなど。
      • 状況描写・情景描写: その人物が置かれている状況や、周囲の風景描写が、人物の心情を暗示している(情景と心情の重ね合わせ)。(例:雨が降る情景→憂鬱な気分)
      • 比喩・象徴: 人物の心情が比喩的な表現や象徴的な事物を通して示される。(例:心が「鉛のように重い」)

3.3. 推論の根拠:本文中の具体的な描写に基づいて客観的に

  • 客観性の重要性: 間接描写から心理を推測する際には、必ず本文中の具体的な描写を根拠としなければなりません。「なんとなくそう思った」「自分だったらこう感じる」といった主観的な思い込みや、本文に書かれていない情報に基づく決めつけは厳禁です。
  • 論理的な推論: 「本文の〇〇という描写(根拠)から、論理的に考えて、登場人物は△△という心理状態である(結論)と推測できる」という思考プロセスを意識します。
  • 複数の根拠: 可能であれば、一つの心理状態を示す複数の根拠(例:言動と表情の両方)を探し、推論の確からしさを高めます。

3.4. 感情の複雑性・多面性

  • 単純化の回避: 人間の感情は、単純な喜怒哀楽だけでは割り切れない、複雑で多面的なものです。
    • アンビバレンス(両価感情): 愛と憎しみ、喜びと悲しみ、期待と不安といった、相反する感情を同時に抱えている状態。
    • 葛藤: 複数の欲求や価値観の間で揺れ動く、内面的な対立。
  • 文学作品は、しばしばこのような人間の心の複雑さや矛盾を描き出します。単純な感情に還元せず、描写から読み取れる心の襞を丁寧に捉えようとする姿勢が大切です。

3.5. 人物の動機

  • 行動の理由: 登場人物がなぜそのような行動をとったのか、その**動機(Motivation)**を探ることも重要です。
  • 動機の探り方: その人物の性格、価値観、置かれている状況、過去の経験、欲求(承認欲求、自己実現欲求など)、他者との関係性などを考慮し、行動の背景にある心理的な要因を推測します。

3.6. 共感と分析的距離のバランス

  • 共感の重要性: 登場人物の気持ちに寄り添い、共感しようとすることは、文学作品を深く味わう上で大切な要素です。
  • 客観性の維持: しかし、共感しすぎるあまり、自分とその人物を同一視してしまったり、客観的な分析ができなくなったりしてはいけません。常に一定の分析的な距離を保ち、本文の記述に基づいて冷静に心理を分析・評価する視点も必要です。このバランスが、文学的文章の客観的な読解には求められます。

4. 筆者の息遣いを感じる:随筆の読解(視座・文体・主題)

随筆(エッセイ)は、筆者の個性や考え方が色濃く反映されるジャンルであり、小説とも評論とも異なる読解アプローチが必要です。

4.1. 随筆(エッセイ)の特性

  • 個人的な内容: 筆者自身の経験、見聞、日常的な出来事、個人的な感想や思索などを題材とすることが多いです。
  • 自由な形式: 構成や展開に厳密な型がなく、筆者の思考の流れに沿って比較的自由な形式で書かれます。「筆に随(したが)う」という語源の通りです。
  • 主観性: 筆者の主観的な視点や価値観、人生観が色濃く反映されます。
  • 読者への語りかけ: 親しみやすい語り口で、読者に語りかけるようなスタイルをとることもあります。
  • 断片性と暗示性: 論理的な結論を明確に示すよりも、断片的なエピソードや印象を通して、ある種の感慨や気づきを読者に暗示したり、余韻を残したりすることが多いです。

4.2. 筆者の視座 (Perspective) の分析

  • 視座とは: 筆者がどのような立場や視点から物事を捉え、語っているか、ということです。
  • 分析のポイント:
    • 筆者の属性(職業、年齢、性別、専門分野など)が文章にどう影響しているか。
    • 対象(出来事、人物、自然など)に対して、どのような距離感(近いか遠いか、共感的か批判的か、客観的か主観的か)で接しているか。
    • どのような価値観や関心に基づいて物事を見ているか。
  • 例: 同じ「旅」をテーマにした随筆でも、歴史家の視点、バックパッカーの視点、初めて海外に出た若者の視点では、描かれる内容や捉え方が全く異なります。

4.3. 文体 (Style) の分析

  • 文体とは: 文章のスタイル、個性的な表現上の特徴のことです。
  • 分析のポイント:
    • 言葉遣い: 漢語が多いか和語が多いか、硬い表現か柔らかい表現か、専門用語の使用頻度、方言や俗語の使用など。
    • 表現技法: 好んで用いられる修辞技法(比喩、反復、倒置など)。
    • 文の長さ・構造: 短い文が多いか長い文が多いか、単文中心か複文・重文が多いか。
    • 文章のリズム・テンポ: 句読点の使い方、改行、段落の長さなどによって生まれるリズム感。
    • 全体のトーン: ユーモラス、シリアス、アイロニカル、センチメンタル、知的、淡々としている、情熱的など、文章全体から受ける印象や雰囲気。
  • 効果: 文体は、文章の雰囲気を作り出し、筆者の人柄や個性を伝え、読後感に大きな影響を与えます。

4.4. 主題 (Theme) の分析

  • 主題とは: 筆者がその随筆を通して、最終的に伝えたいと考えている中心的なメッセージ、思想、人生観、問題意識などのことです。
  • 主題の見つけ方:
    • 明確な主張の不在: 随筆では、評論のように明確な主張や結論が述べられないことも多いです。
    • 描写・エピソードからの推測: 具体的な経験談、情景描写、登場人物(筆者自身を含む)の言動などを通して、筆者が何を感じ、何を考え、何を伝えようとしているのかを推測する必要があります。
    • キーワード・繰り返されるモチーフ: 文章中で繰り返し登場する言葉やモチーフ(題材)が、主題の手がかりとなることがあります。
    • 結論部・結びの言葉: 文章の最後に、筆者の感慨やまとめ、読者への問いかけなどが示唆的に述べられている場合、それが主題を読み解く鍵となることがあります。
    • 読後感: 全体を読み終えた後に、心に残る印象や考えさせられたことから主題を探ることも有効です。
  • 多様な解釈: 随筆の主題は、多義的で、読者によって様々な解釈が成り立つ場合もあります。重要なのは、本文の記述に基づいて、自分なりの根拠を持った解釈を行うことです。

4.5. 小説と評論の中間的な読解アプローチ

随筆の読解は、小説のように具体的な描写や筆者の心情に注目する側面と、評論のように筆者の考え方や主張(もしあれば)を捉えようとする側面の両方が必要となります。小説読解のスキル(共感、描写分析)と評論読解のスキル(論理、主張把握)を、文章の性質に合わせて使い分ける、中間的なアプローチが求められます。

5. 言葉の奥を読む:文学的レトリックの解釈

文学的文章においては、言葉は単に意味を伝達するだけでなく、イメージを喚起し、感情を揺さぶり、美的な効果を生み出すために、様々な修辞技法(レトリック)が駆使されます。

5.1. 文学におけるレトリックの重要性

  • 表現の豊かさ: レトリックは、表現に深み、彩り、陰影を与え、平板な記述を超える豊かさをもたらします。
  • 感情喚起: 読者の感情に直接訴えかけ、共感や感動を引き起こす上で重要な役割を果たします。
  • 多義性の創出: 言葉に複数の意味を持たせ、解釈の幅を広げ、作品に奥行きを与えます。
  • 美的効果: 言葉のリズム、響き、イメージの鮮やかさなどを通して、文章そのものの美しさ、芸術性を高めます。

5.2. 比喩・象徴 (Metaphor/Symbol) の解釈

  • 比喩(再確認): Module 1で学んだ直喩、隠喩、擬人法などが、文学的文章ではより頻繁に、かつ複雑に用いられます。本題と比喩の間の**類似性(グラウンド)**を的確に捉え、それがどのような効果を生んでいるかを解釈します。単なる言い換えではなく、新たな意味やイメージを付加している点に注目します。
  • 象徴(シンボル):
    • 定義: ある具体的な事物、形象、あるいは行為などが、それ自体が持つ意味を超えて、別の抽象的な概念、観念、感情などを代理・暗示する表現のことです。
    • 例: 鳩=平和、白=純粋、十字架=キリスト教・犠牲、特定の季節=人生の段階(春=始まり、冬=終わり)など。
    • 文脈依存性: ある事物が象徴として機能するかどうか、また何を象徴するかは、文化的な約束事による場合もありますが、多くはその作品独自の文脈によって決定されます。文章中で繰り返し登場したり、特別に描写されたりする事物に注意し、それが何を暗示しているのかを考えます。
    • 解釈の多義性: 象徴は隠喩以上に多義的であることが多く、複数の解釈が可能な場合もあります。文脈に基づいて最も妥当な解釈を探ることが重要です。

5.3. 反語・逆説 (Irony/Paradox) の解釈

  • 反語(再確認): 表面的な意味とは反対の真意を伝える表現。皮肉やユーモア、あるいは強い感情を示す。文脈や語り手の口調から真意を読み取る必要がある。
  • 逆説(再確認): 一見すると矛盾していたり、常識に反するように見えたりするが、よく考えると真理の一面を突いている表現。(例:「負けるが勝ち」)文学作品では、人生や世界の複雑さ、矛盾を表現するために用いられることがある。

5.4. 暗示・省略 (Suggestion/Ellipsis)

  • 暗示: 物事を直接的に述べずに、それとなくほのめかす表現。描写や会話の端々から、登場人物の隠された感情や、語られていない事実などを推測させる。
  • 省略: 意図的に言葉を省略することで、余韻を残したり、読者の想像力に委ねたりする表現。何が省略されているのか、なぜ省略されているのかを考えることが解釈の鍵となる。

5.5. 色彩・音・光と影などの感覚的描写

  • 五感への訴求: 文学的文章では、視覚(色彩、光と影)、聴覚(音、静寂)、嗅覚、味覚、触覚といった五感に訴える具体的な描写が多用されます。
  • 象徴的意味・心理描写: これらの感覚的な描写は、単に情景をリアルに伝えるだけでなく、しばしば象徴的な意味を担ったり、登場人物の心理状態を反映したり、作品全体の雰囲気を作り出したりします。
    • 例:明るい色彩→希望、喜び / 暗い色彩→絶望、不安
    • 例:激しい音→混乱、興奮 / 静寂→孤独、平穏
  • 描写がどのような感覚イメージを喚起し、それが物語や登場人物の心理とどう結びついているかに注意を払います。

5.6. レトリックの解釈における注意点

  • 多義性の尊重: 文学的レトリックは、複数の解釈を許容することが多くあります。唯一絶対の「正解」を求めるのではなく、根拠に基づいた複数の解釈の可能性を探る姿勢も大切です。
  • 根拠なき深読みの回避: ただし、解釈はあくまで本文の記述に基づいて行われるべきであり、客観的な根拠のない、主観的な思い込みや「深読み」は避けなければなりません。なぜそのように解釈できるのか、常に本文に立ち返って説明できるようにする必要があります。

6. 本モジュールで習得するスキルと次への展望

6.1. Module 4で学ぶ文学的文章読解戦略の総括

本モジュールでは、文学的文章(小説、随筆など)を深く理解し、解釈するために、以下の戦略と視点を学びました。

  • 文学的文章の特性理解: 虚構性、多義性、主観性、美的価値など。
  • 物語構造分析: プロット、登場人物、視点の分析。
  • 心理読解: 直接描写と間接描写(推論)による内面の理解、共感と分析的距離。
  • 随筆読解: 筆者の視座、文体、主題の分析。
  • 文学的レトリックの解釈: 比喩、象徴、反語、暗示などの読み解き。

6.2. 論理分析と共感・解釈を統合する読解アプローチの確立

  • 文学的文章の読解においては、Module 1~3で培った論理的・分析的な読解スキル(精読、構造分析など)を基礎としつつ、それだけでは捉えきれない感情への「共感」や、多義的な表現に対する「解釈」といったアプローチを統合していく必要があります。客観的な分析と、想像力・感受性を働かせることのバランスが重要となります。

6.3. Module 5「設問解法の実践と戦略」への接続:文学的文章に関する設問への対応

  • 本モジュールで習得した文学的文章の読解戦略は、次なるModule 5「設問解法の実践と戦略」において、文学的文章に特有の設問(例:登場人物の心情説明、行動の理由説明表現の効果を問う問題、主題に関する問題など)に的確に対応するための基礎となります。心情や理由を本文の描写に基づいて客観的に説明したり、レトリックの効果を具体的に述べたりする技術を、設問解法の文脈でさらに磨き上げていきます。

6.4. 総合的な現代文読解力の完成に向けて

  • これで、評論・論説文(Module 3)と文学的文章(Module 4)という、現代文の二大ジャンルに対する読解戦略の基礎を学び終えたことになります。それぞれの特性を理解し、適切なアプローチを使い分けることで、あらゆるタイプの現代文に対応できる、総合的で盤石な読解力を完成させることを目指します。
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