【基礎 数学(数学Ⅰ)】Module 2:数と式(2) 因数分解の応用と実数
本モジュールの目的と構成
前回のモジュールで、私たちは数学という言語の最も基本的な「文法」、すなわち整式の演算規則を習得しました。それは、式の構造を理解し、自在に変形させるための盤石な基礎を築くプロセスでした。本モジュールでは、その獲得した文法知識を駆使して、二つの大きな知的探求へと乗り出します。一つは、因数分解という「構造解明」の技術をさらに深化させ、たすき掛けや因数定理といった応用的な武器を手に入れること。もう一つは、これまで操作の対象としてきた「数」そのものに目を向け、その体系的な全体像、すなわち実数の世界を理解することです。
このモジュールは、いわばミクロな視点とマクロな視点を往還する旅です。一方では、多項式という対象の内部へ深く潜り、その構成要素である因数を精密に特定する分析技術を磨き上げます。他方では、視野をぐっと広げ、私たちが立つ計算世界の土台そのものである数の集合が、自然数から整数、有理数、そして無理数へと、どのような論理的必然性を持って拡張されてきたのかを俯瞰します。この二つの探求は、別々のテーマに見えて、実は深く結びついています。式の構造を深く理解することは、その式がどのような数の範囲で意味を持つのかという問いに繋がり、数の体系を理解することは、代数的操作の可能性とその限界を規定するからです。
本モジュールを通じて、皆さんは単なる計算の達人から、式の構造と数の体系の両方を見通す、より成熟した数学的思考の持ち主へと進化を遂げるでしょう。そのために、以下の緻密に設計された学習のステップを共に歩んでいきます。
- 技巧的因数分解(たすき掛け): \(x^2\)の係数が1でない2次式の因数分解を攻略する、視覚的で強力なアルゴリズム「たすき掛け」を習得します。これは、試行錯誤の中に論理を見出す実践的な技術です。
- 特殊な高次式の分解(複2次式): \(x^4\) を含む特定の高次式(複2次式)の因数分解に特化し、置換や平方の差を作り出すといった、発想の転換を要する洗練された解法を探求します。
- 高次式の構造を暴く鍵(剰余の定理と因数定理): 割り算という操作の本質を捉え直し、実際に割り算を行うことなく余りを求める「剰余の定理」、そして因数発見のプロセスを革命的に効率化する「因数定理」という、高次式攻略の最重要理論を学びます。
- 高速な割り算の実行(組立除法): 因数定理によって因数が見つかった後、割り算を機械的かつ高速に実行するためのアルゴリズム「組立除法」をマスターし、計算の負担を劇的に軽減します。
- 数の世界の地図(実数の分類): 私たちが扱う数の全体像を、自然数、整数、有理数、無理数という集合の階層構造として体系的に理解し、それぞれの数の定義と性質を明確にします。
- 平方根の精密操作(計算と式の値): 無理数の代表である平方根の計算規則を習熟し、複雑な式の値を、対称性などを利用して賢く求める手法を身につけます。
- 分数の見栄えを整える(分母の有理化): 式の分母から平方根を取り除く「有理化」という操作の目的と手順を学び、計算の精度と見通しの良さを向上させます。
- 距離という本質(絶対値の定義と性質): 数直線上の原点からの距離として絶対値を再定義し、あらゆる場面で正確に絶対値を外すための「場合分け」という、数学における普遍的な思考法を徹底します。
- 無理数の構成要素(整数部分と小数部分): 一つの無理数を、その整数部分と小数部分という二つの要素に分解して捉える視点を学び、不等式を用いた評価の技術を習得します。
- 和と積の間の普遍的関係(相加平均・相乗平均): 二つの正の数の和と積の間に常に成り立つ、美しく強力な不等式関係を学び、その証明と、最小値を求める問題への応用を探求します。
このモジュールを終えるとき、皆さんは複雑な高次式の構造を解き明かす分析力と、数の世界の全体像を把握する体系的な知識を手に入れているはずです。それでは、思考の地平を広げる旅を始めましょう。
1. たすき掛けによる2次式の因数分解
Module 1で学んだ因数分解の基本は、\(x^2+(a+b)x+ab = (x+a)(x+b)\) という、「和と積」を探すパターンでした。これは、\(x^2\) の係数が 1
である場合に限定された、シンプルで美しい方法です。しかし、現実の世界では、\(3x^2+11x+6\) のように、\(x^2\) の前に係数がついた、より一般的な2次式に頻繁に遭遇します。
このような式を展開の公式 \((ax+b)(cx+d) = acx^2 + (ad+bc)x + bd\) の逆操作として捉え、暗算で因数分解するのは、特に係数が大きくなると非常に困難です。ここで登場するのが、この複雑な係数の組み合わせを見つけ出すための、視覚的でシステマティックな探索アルゴリズム、**たすき掛け(cross-multiplication)**です。
たすき掛けは、単なる計算テクニックではありません。それは、一見複雑に見える係数 ad+bc
の構造を、「たすき」に交差して掛けるという視覚的なイメージに落とし込み、試行錯誤(仮説と検証)のプロセスを整理・効率化するための、優れた思考ツールなのです。
1.1. なぜ「たすき掛け」が必要なのか?:問題の構造
まず、なぜ \(x^2\) に係数がつくと因数分解が複雑になるのか、その構造を理解しましょう。
乗法公式を再掲します。
\((ax+b)(cx+d) = acx^2 + (ad+bc)x + bd\)
この式を逆から見ると、因数分解とは、与えられた2次式 \(Ax^2+Bx+C\) に対して、
A = ac
B = ad+bc
- C = bdを満たす a, b, c, d の4つの数の組み合わせを見つけ出すゲームであると言えます。
\(x^2\) の係数が 1 の場合は a=1, c=1 と決まっていたため、掛けて C、足して B となる b, d の2数を見つけるだけで済みました。
しかし、A が 1 でない場合、A を a と c に、C を b と d に分解する方法がそれぞれ複数存在する可能性があり、それらの組み合わせの中から、クロスさせた積の和 ad+bc が B と一致するものを探し出さなければなりません。この組み合わせ爆発の問題を解決するのが、たすき掛けの役割です。
1.2. たすき掛けのアルゴリズム
たすき掛けは、以下の手順に従って行います。
例題: \(3x^2+11x+6\) を因数分解せよ。
Step 1: \(x^2\) の係数と定数項を分解する
- 掛けて \(x^2\) の係数
3
になる 整数のペア(a, c)
を見つける。- 候補:(1, 3) (負の数も考えられるが、通常は正の数から試す)
- 掛けて定数項
6
になる 整数のペア(b, d)
を見つける。- 候補:(1, 6), (2, 3), (-1, -6), (-2, -3) など多数。
Step 2: 各ペアを縦に並べ、たすきに掛ける
a, c のペアを左の列に、b, d のペアを右の列に書きます。そして、名前の通り「たすき」のように斜めに掛け算をします。
ここでは、a=1, c=3
と、b=2, d=3
の組み合わせを試してみましょう。
a (1) b (2) -> c×b (3×2=6)
×
c (3) d (3) -> a×d (1×3=3)
-------------------------------
ac(3) bd(6) ad+bc (3+6=9)
Step 3: たすきに掛けた結果の和を計算する
- たすきに掛けた結果は、
1 \times 3 = 3
と3 \times 2 = 6
です。 - これらの和を計算すると、
3 + 6 = 9
となります。
Step 4: 和が \(x\) の係数と一致するか確認する
- 計算した和
9
は、元の式の \(x\) の係数11
と一致しません。 - したがって、この
(b,d)
の組み合わせ (2, 3) は失敗です。
Step 5: 失敗した場合、別の組み合わせで再試行する
b, d のペアを変えてみましょう。今度は (3, 2) の順で試します。
a (1) b (3) -> c×b (3×3=9)
×
c (3) d (2) -> a×d (1×2=2)
-------------------------------
ac(3) bd(6) ad+bc (2+9=11)
- たすきに掛けた結果は、
1 \times 2 = 2
と3 \times 3 = 9
です。 - これらの和を計算すると、
2 + 9 = 11
となります。 - この和
11
は、元の式の \(x\) の係数11
と見事に一致しました。 - したがって、この組み合わせは成功です。
Step 6: 成功した場合、因数を書き出す
- 因数は、たすき掛けの図を横にそのまま読み取って作ります。
- 上の段は
(1x + 3)
すなわち(x+3)
- 下の段は
(3x + 2)
- よって、因数分解の結果は \((x+3)(3x+2)\) となります。
1.3. 試行錯誤のプロセスと言語化
たすき掛けは、正しい組み合わせが見つかるまで試行錯誤を繰り返すプロセスです。この試行錯誤は、闇雲に行うのではなく、論理的な推論(仮説推論)に基づいています。「もしこの組み合わせならば、和はこうなるはずだ。結果はどうか?」という仮説と検証を繰り返しているのです。
ミニケーススタディ: \(6x^2 – 5x – 4\) を因数分解せよ。
- 初期設定:
- 掛けて
6
になるペア:(1, 6), (2, 3) - 掛けて
-4
になるペア:(1, -4), (-1, 4), (2, -2), (4, -1), (-4, 1)
- 掛けて
- 試行1 (仮説1):
a,c
=(2,3),b,d
=(1,-4) で試してみよう。(2) (1) -> 3 × (3) (-4) -> -8 ------------------- 和: -5
1回目の試行で、和が \(x\) の係数-5
と一致した。これは幸運なケース。 - 因数の書き出し: 横に読んで
(2x+1)(3x-4)
。 - もし失敗していたら? (仮説2):
a,c
=(2,3),b,d
=(-4,1)で試していたら。(2) (-4) -> -12 × (3) (1) -> 2 ------------------- 和: -10 (不一致)
この場合、b,d
の組み合わせを変えるか、あるいはa,c
のペアを (1,6) に変えて試行を続けることになります。
試行錯誤を減らすヒント:
x
の係数が奇数(例:-5)の場合、たすきの和ad+bc
が奇数になる必要があります。そのためには、ad
とbc
の一方が偶数、もう一方が奇数でなければなりません。このことから、組み合わせをある程度絞り込むことができます。(例:a,c
=(2,3) の場合、b,d
のペアに (2,-2) のような偶数同士のペアを入れても、ad
もbc
も偶数になり、和は偶数にしかならないため、試す価値がないと判断できる)
たすき掛けは、慣れれば高速に処理できる非常に実用的なテクニックです。しかし、その操作の背後には、乗法公式という厳密な論理が存在することを忘れてはなりません。このツールを使いこなすことで、より複雑な2次式の構造を、自信を持って解明することができるようになります。
2. 複2次式の因数分解
因数分解の戦略をさらに広げるために、次に私たちが対峙するのは、一見すると奇妙な形をした**複2次式(biquadratic expression)**です。
定義:複2次式とは、変数の次数が偶数のみ(通常は4次、2次、0次)で構成される多項式のことである。一般形は \(ax^4 + bx^2 + c\) と表される。
例:\(x^4 – 5x^2 + 4\)、\(x^4 + x^2 + 1\)
この「複」という言葉は「重複」や「二重」を意味し、2次式の構造が入れ子になっているような形をしていることを示唆しています。複2次式の因数分解には、大きく分けて2つの戦略的アプローチが存在します。どちらの戦略を選択すべきかは、式の形によって決まります。これらの戦略をマスターすることは、問題の構造に応じて適切な解法を適用する、柔軟な思考力を養うための絶好の訓練となります。
2.1. 戦略1:置換による2次式への帰着
複2次式が持つ「2次式の入れ子構造」という性質を最も直接的に利用するのが、置換によるアプローチです。これは、複雑な問題をよく知る単純な問題の形に変換するという、数学における類比推論の応用です。
この戦略が有効なパターン:\(ax^4 + bx^2 + c\) が、\(x^2=X\) と置換することで、因数分解可能な \(X\) の2次式 \(aX^2+bX+c\) になる場合。
例題 1: \(x^4 – 5x^2 + 4\) を因数分解せよ。
- 構造の認識と置換:この式は、\(x^2\) を一つの塊と見なすことができます。そこで、\(X = x^2\) と置換します。すると、与式は \(X^2 – 5X + 4\) となります。
- 置換後の式の因数分解:この \(X\) についての2次式は、和と積のパターンで簡単に因数分解できます。掛けて 4、足して -5 になるペアは (-1, -4) です。よって、\(X^2 – 5X + 4 = (X-1)(X-4)\)
- 元に戻す:置換した X を元の \(x^2\) に戻します。\(= (x^2-1)(x^2-4)\)
- 最終確認(できるところまで因数分解!):ここで満足してはいけません。因数分解の鉄則は「できるところまでトコトンやる」です。カッコの中の \(x^2-1\) と \(x^2-4\) は、両方とも「2乗の差」の公式が使える形です。
- \(x^2-1 = (x+1)(x-1)\)
- \(x^2-4 = (x+2)(x-2)\)
このアプローチは非常に直感的で強力ですが、置換した後の2次式が因数分解できない場合には、行き詰まってしまいます。その際に必要となるのが、次の、より技巧的な戦略です。
2.2. 戦略2:平方の差 \(A^2-B^2\) の創出
置換でうまくいかない複2次式に対しては、Module 1でも少し触れた、より高度な発想が求められます。
この戦略が有効なパターン:置換しても因数分解できない複2次式。特に \(x^4+c\) や \(x^4+bx^2+c\) の形。
基本方針:式の一部をうまく変形し、何かを「足して引く」ことによって、式全体を \(A^2-B^2\) の形に無理やり変形する。
例題 2: \(x^4 + x^2 + 1\) を因数分解せよ。
- 戦略1の試行と失敗:\(X=x^2\) とおくと、\(X^2+X+1\)。これは、整数の範囲では因数分解できません。したがって、戦略2に切り替えます。
- 平方完成の連想:式の中の \(x^4\) と +1 の部分に着目します。これらを使って平方の形 \((x^2+1)^2\) を作れないかと考えます。\((x^2+1)^2 = x^4 + 2x^2 + 1\)
- 式の変形(足して引く):元の式 \(x^4+x^2+1\) と、今作った \(x^4+2x^2+1\) を比較すると、\(x^2\) が一つ足りません。そこで、元の式に \(x^2\) を足し、同時に引くことで、式の値を変えずに変形します。\(x^4 + x^2 + 1 = (x^4 + 2x^2 + 1) – x^2\)
- 平方の差の形を創出:この変形により、式は目標としていた \(A^2-B^2\) の形になりました。\(= (x^2+1)^2 – (x)^2\)ここで、\(A=x^2+1\), \(B=x\) です。
- 公式の適用:\(A^2-B^2 = (A+B)(A-B)\) を適用します。\(= ((x^2+1)+x)((x^2+1)-x)\)
- 最終確認と整理:カッコの中を降べきの順に整理します。\(= (x^2+x+1)(x^2-x+1)\)これらの2次式は、これ以上(実数の範囲で)因数分解できないため、これが最終的な答えとなります。
もう一つの平方完成の可能性:
ちなみに、\(x^4\) と +1 から \((x^2-1)^2\) を作ることも考えられます。
\((x^2-1)^2 = x^4-2x^2+1\)
元の式 \(x^4+x^2+1\) に合わせるには、
\(x^4+x^2+1 = (x^4-2x^2+1) + 3x^2 = (x^2-1)^2 + 3x^2\)
これでは + になってしまい、\(A^2-B^2\) の形が作れないため、この変形は失敗です。うまくいく変形は、通常どちらか一方です。
2.3. 戦略選択の指針
複2次式 \(ax^4+bx^2+c\) に遭遇した際の思考フローは以下のようになります。
- まず、\(x^2=X\) と置換してみて、\(aX^2+bX+c\) が簡単に因数分解できるか(たすき掛け等が使えるか)を試す。
- Yes → 戦略1を実行。最後に元に戻した後の再因数分解を忘れない。
- No → 戦略2へ移行。
- 戦略2では、\(ax^4\) と
c
の項を使って平方の形 \((A)^2\) を作ることを目指す。- 元の式との差が、都合よく何かの2乗(\((B)^2\))になるように、項を足したり引いたりして調整する。
- 式全体を \(A^2-B^2\) の形に持ち込み、因数分解する。
複2次式の因数分解は、パターン認識能力と、目的に向かって式を柔軟に変形させる発想力が問われるテーマです。特に戦略2は、単なる暗記では対応できない、数学的な創造性の一端に触れることができる良問の宝庫と言えるでしょう。
3. 剰余の定理と因数定理
因数分解の旅は、いよいよ高次式の領域へと足を踏み入れます。3次、4次といった、これまでのように一目で構造を見抜くことが困難な多項式を、私たちはどのようにして攻略すればよいのでしょうか。そのための最も理論的で強力な武器が、これから学ぶ**剰余の定理(remainder theorem)と因数定理(factor theorem)**です。
これらの定理は、整式の「割り算」という操作を、これまでとは全く異なる視点から捉え直すことを可能にします。具体的には、面倒な割り算の筆算を一切行うことなく、割り算の「余り」をピンポイントで求める方法を提供してくれるのです。そして、その特殊なケースとして、「余りが0」、すなわち「割り切れる」条件を判定することで、多項式の「因数」を発見するという、画期的な方法論へと繋がっていきます。
3.1. すべての基礎:整式の除法
剰余の定理を理解するためには、まず、その土台となる整式の割り算における基本的な関係式を再確認する必要があります。
自然数の割り算において、「20を7で割ると、商は2で余りは6」という関係は、
\(20 = 7 \times 2 + 6\)
という等式で表せました。
これと全く同じ構造が、整式の割り算にも成り立ちます。
整式 \(P(x)\) を、0でない整式 \(D(x)\) で割ったときの商を \(Q(x)\)、余りを \(R(x)\) とすると、これらの間には常に以下の関係式が成り立ちます。
整式の除法の基本関係式:\(P(x) = D(x)Q(x) + R(x)\)
ここで極めて重要なのは、余り \(R(x)\) の次数は、割る式 \(D(x)\) の次数よりも必ず低くなるということです。もし余りの次数が割る式の次数以上であれば、まだ割り算を続けられるからです。
特に、割る式 \(D(x)\) が1次式 \((x-a)\) の場合、余り \(R(x)\) はそれより次数の低い定数(0次式)となります。この事実が、剰余の定理の鍵となります。
3.2. 剰余の定理:割り算をしないで見つける「余り」
それでは、剰余の定理の核心に迫りましょう。
剰余の定理:整式 \(P(x)\) を1次式 \(x-a\) で割ったときの余りは、\(P(a)\) に等しい。
この定理が主張しているのは、\(P(x)\) を \(x-a\) で割った余りを知りたければ、割り算の筆算などする必要はなく、ただ元の式 \(P(x)\) の \(x\) に a
を代入した値 \(P(a)\) を計算すればよい、という驚くべき事実です。
なぜこの定理が成り立つのか?(証明)
証明は、先ほどの除法の基本関係式から驚くほど簡単に行うことができます。これは、定理の美しさを実感できる、典型的な演繹的証明です。
- 前提(大前提): 整式 \(P(x)\) を \(x-a\) で割ったときの商を \(Q(x)\)、余りを R(定数)とすると、以下の関係式が成り立つ。\(P(x) = (x-a)Q(x) + R\)
- 操作: この等式は、\(x\) についての恒等式です。つまり、\(x\) にどのような値を代入しても、この等式は常に成り立ちます。そこで、この式の \(x\) に a を代入してみます。
- 結論の導出:\(P(a) = (a-a)Q(a) + R\)\(P(a) = 0 \cdot Q(a) + R\)\(P(a) = 0 + R\)\(P(a) = R\)
- 結論: よって、余り
R
は \(P(a)\) に等しいことが証明されました。
この証明のポイントは、\((x-a)\) の部分が 0
になるような値 x=a
を代入することで、商である \(Q(x)\) がどのような複雑な式であっても、それを計算から消し去ってしまい、R
だけを直接求めることができる、という点にあります。
例題: \(P(x)=x^3-2x^2+5x-3\) を \(x-2\) で割った余りを求めよ。
- 従来の方法: 筆算を行う。
- 剰余の定理: 割る式 \(x-2\) に対応する a の値は 2 です。よって、余りは \(P(2)\) に等しい。\(P(2) = (2)^3 – 2(2)^2 + 5(2) – 3\)\(= 8 – 2(4) + 10 – 3\)\(= 8 – 8 + 10 – 3\)\(= 7\)したがって、余りは 7 です。計算量が圧倒的に少ないことがわかります。
注意: 割る式が \(x+a\) の場合は \(x-(-a)\) と考え、\(x\) に \(-a\) を代入します。割る式が \(ax-b\) の場合は \(a(x – \frac{b}{a})\) と考え、\(x\) に \(\frac{b}{a}\) を代入します。
3.3. 因数定理:余りが0の特別な場合
因数分解の目的は、「因数」を見つけることです。ある式 \(D(x)\) が \(P(x)\) の因数であるとは、\(P(x)\) が \(D(x)\) で割り切れる、すなわち余りが 0
であることを意味します。
この「余りが0」という条件を、先ほどの剰余の定理に適用したものが、因数定理です。
因数定理:
1. 整式 \(P(x)\) が1次式 \(x-a\) を因数に持つ \(\iff\) \(P(a) = 0\)
2. 整式 \(P(x)\) が1次式 \(ax-b\) を因数に持つ \(\iff\) \(P(\frac{b}{a}) = 0\)
(\(\iff\) は「ならば」の双方向、すなわち「必要十分条件」であることを意味します)
この定理は、因数分解の戦略を根本から変える、革命的なツールです。
- これまでの戦略: 式の形を見て、どの公式が使えるかを考える(パターン認識)。
- 新しい戦略: \(P(a)=0\) となる
a
の値を探す。見つかれば、\((x-a)\) が因数であると確定できる。
これにより、これまで手も足も出なかったような高次式であっても、その因数をシステマティックに探し出す道が開かれたのです。
例題: \(P(x)=x^3-x^2-10x-8\) を因数分解せよ。
- 因数を見つける(探索): \(P(a)=0\) となる a の値を探します。a にはどのような値を代入すればよいのでしょうか?闇雲に探すのは非効率です。もし \((x-a)\) が因数なら、定数項 -8 は -a \times (\text{商の定数項}) となるはずなので、a は定数項 -8 の約数である可能性が高い、と推測できます。よって、候補は \(\pm 1, \pm 2, \pm 4, \pm 8\) です。
- 仮説と検証:
- \(a=1\) を試す:\(P(1) = 1-1-10-8 = -18 \neq 0\) (失敗)
- \(a=-1\) を試す:\(P(-1) = (-1)^3 – (-1)^2 – 10(-1) – 8 = -1 – 1 + 10 – 8 = 0\) (成功!)
- 因数の確定:\(P(-1)=0\) となったので、因数定理により、\(P(x)\) は \(x-(-1)\) すなわち \((x+1)\) を因数に持つことが確定しました。
- 割り算の実行:\(P(x)\) が \((x+1)\) で割り切れることが分かったので、実際に割り算を行い、商を求めます。(この計算は次のセクションで学ぶ「組立除法」を使うと高速化できます)\((x^3-x^2-10x-8) \div (x+1) = x^2-2x-8\)
- 商の因数分解と最終確認:これにより、\(P(x) = (x+1)(x^2-2x-8)\) と分解できました。商である \(x^2-2x-8\) は、さらに因数分解できます。\(x^2-2x-8 = (x-4)(x+2)\)
- 結論:最終的な答えは、\(P(x) = (x+1)(x-4)(x+2)\) となります。
剰余の定理と因数定理は、抽象的な代数学の理論が、具体的な計算問題の解決にいかに強力な影響を与えるかを示す見事な一例です。これらの定理を理解することで、皆さんの因数分解能力は、2次式の世界から、より広大な高次式の世界へと飛躍的に向上するでしょう。
4. 組立除法
因数定理は、高次式の因数を「発見」するための強力な理論的武器です。\(P(a)=0\) を見つけさえすれば、\((x-a)\) が因数であることが保証されます。しかし、因数分解を完了するためには、次のステップとして、元の多項式 \(P(x)\) を因数 \((x-a)\) で実際に割り算し、商 \(Q(x)\) を求めなければなりません。
この割り算は、もちろん筆算で行うことができます。しかし、特に次数が高くなると、筆算は手間がかかり、書き写しのミスや計算ミスも起こりがちです。ここで紹介する**組立除法(synthetic division)**は、整式を1次式 \((x-a)\) で割る場合に特化した、計算プロセスを劇的に簡略化・高速化するためのアルゴリズムです。
組立除法は、筆算から本質的でない部分(変数の文字 x
を書く手間など)を削ぎ落とし、係数だけの抜き出しと、加算・乗算の機械的な繰り返しに特化させた、非常に洗練された計算手法です。これをマスターすれば、割り算のプロセスが思考のボトルネックになることなく、因数分解の次のステップへとスムーズに進むことができます。
4.1. 組立除法のアルゴリズム
組立除法の手順を、具体的な例題を通して見ていきましょう。
例題: \(x^3 – 5x^2 + 2x + 8\) を \(x-3\) で割ったときの商と余りを求めよ。
Step 1: 係数を並べる
- 割られる式 \(x^3 – 5x^2 + 2x + 8\) の係数を、降べきの順に並べて書きます。
- このとき、もし次数が飛んでいる項があれば、その係数を
0
として補うことを忘れないでください。(例:\(x^3+2x-1\) なら1, 0, 2, -1
) - 係数を書き出したら、その下に大きなL字型の線を引きます。
1 -5 2 8 |
|
--------------------
Step 2: 割る式から数を準備する
- 割る式が \(x-a\) の形の場合、その
a
の値をL字型の線の左外側に書きます。 - 今回の割る式は \(x-3\) なので、
a=3
です。 - もし割る式が \(x+2\) なら、\(x-(-2)\) と考えて
a=-2
となります。
3 | 1 -5 2 8
|
--------------------
Step 3: 計算を開始する
- ① 下ろす: 最初の係数
1
を、そのまま一番下に下ろします。
3 | 1 -5 2 8
|
--------------------
1
- ② 掛ける: 下に書いた数
1
と、左の数3
を掛け合わせます(\(1 \times 3 = 3\))。その結果を、2番目の係数-5
の下に書きます。
3 | 1 -5 2 8
| 3
--------------------
1
- ③ 足す: 2列目の数を縦に足し合わせます(\(-5 + 3 = -2\))。その結果を、一番下に書きます。
3 | 1 -5 2 8
| 3
--------------------
1 -2
Step 4: ②と③の操作を繰り返す
- ②’ 掛ける: 一番下に新しく書いた数
-2
と、左の数3
を掛け合わせます(\(-2 \times 3 = -6\))。その結果を、3番目の係数2
の下に書きます。
3 | 1 -5 2 8
| 3 -6
--------------------
1 -2
- ③’ 足す: 3列目の数を縦に足し合わせます(\(2 + (-6) = -4\))。その結果を、一番下に書きます。
3 | 1 -5 2 8
| 3 -6
--------------------
1 -2 -4
- ②” 掛ける: 一番下に新しく書いた数
-4
と、左の数3
を掛け合わせます(\(-4 \times 3 = -12\))。その結果を、最後の係数8
の下に書きます。
3 | 1 -5 2 8
| 3 -6 -12
--------------------
1 -2 -4
- ③” 足す: 最後の列を縦に足し合わせます(\(8 + (-12) = -4\))。その結果を、一番下に書きます。
3 | 1 -5 2 8
| 3 -6 -12
--------------------
1 -2 -4 | -4
Step 5: 結果を読み取る
- 計算が終了しました。一番下に並んだ数のうち、
- 一番右の数(縦線で区切ると分かりやすい)が余りです。→ 余りは
-4
- それ以外の数が、商の係数を降べきの順に表しています。→
1, -2, -4
- 一番右の数(縦線で区切ると分かりやすい)が余りです。→ 余りは
- 元の式は3次式で、1次式で割ったので、商は2次式になります。
- よって、商は \(1x^2 – 2x – 4\) すなわち \(x^2 – 2x – 4\) です。
結論: 商は \(x^2-2x-4\)、余りは -4
。
4.2. 組立除法の原理
この機械的な操作は、なぜ正しい答えを導き出すのでしょうか。その原理は、通常の筆算と比較するとよく分かります。
筆算による \((x^3 – 5x^2 + 2x + 8) \div (x-3)\) の計算
x^2 - 2x - 4 (商)
_________________
x-3 | x^3 - 5x^2 + 2x + 8
-(x^3 - 3x^2)
-----------------
-2x^2 + 2x
-(-2x^2 + 6x)
----------------
-4x + 8
-(-4x + 12)
-----------
-4 (余り)
この筆算のプロセスで、実は x
の文字は計算の本質には関わっておらず、単に「桁」を揃える役割を果たしているに過ぎません。計算の中心は、係数同士の引き算と、商の係数を決定するための掛け算です。
組立除法を見てみましょう。
3 | 1 -5 2 8
| 3 -6 -12
—————-
| 1 -2 -4 | -4
- 筆算で商の最初の係数が
1
になると、次に割る式x-3
の-3
を掛けて、それを上の式から引きます。\(-5 – (-3 \times 1) = -2\) - 組立除法では、割る式 \(x-3\) の
3
を使い、下の数1
と掛けて、上の数-5
に足します。\(-5 + (3 \times 1) = -2\)
つまり、組立除法は、筆算における「引く」操作を、あらかじめ割る数の符号を反転(-3
→ 3
)させておくことで「足す」操作に置き換え、さらに不要な x
の記述を省略して、計算を係数だけの加算と乗算に単純化したもの、と理解することができます。この「引き算を足し算に変える」工夫が、計算ミスを減らし、速度を向上させる秘訣なのです。
4.3. 因数分解における活用
因数定理と組立除法は、高次式の因数分解において強力なコンビとなります。
例: \(P(x)=2x^3-x^2-13x-6\) を因数分解せよ。
- 因数定理: \(P(a)=0\) となる a を探す。定数項 -6 の約数の分数倍が候補。\(P(-2) = 2(-8)-(-2)^2-13(-2)-6 = -16-4+26-6=0\)。よって、\((x+2)\) が因数。
- 組立除法: \(P(x)\) を \((x+2)\) で割る。割る式が \(x+2\) なので、左に書く数は
-2
。-2 | 2 -1 -13 -6 | -4 10 6 ----------------------- 2 -5 -3 | 0
余りが 0 になり、因数定理が正しかったことが検算できます。商は \(2x^2-5x-3\)。 - 商の因数分解:\(P(x) = (x+2)(2x^2-5x-3)\)商 \(2x^2-5x-3\) をたすき掛けで因数分解する。\((2x+1)(x-3)\)
- 最終結果:\(P(x) = (x+2)(2x+1)(x-3)\)
このように、因数定理で因数を「発見」し、組立除法で効率的に「割り算」を実行し、得られた商をさらに「因数分解」するという流れが、高次式因数分解の王道パターンとなります。
5. 実数の分類(有理数、無理数)
これまでのモジュールで、私たちは「式」という対象を操作する様々な技術を学んできました。しかし、その式を構成し、式の値となる「数」そのものについて、私たちはどれほど深く理解しているでしょうか。このセクションからは、一時的に式の操作から離れ、私たちの思考の舞台となっている「数の世界」そのものに目を向け、その構造と体系を明らかにしていきます。
私たちが日常的に、そして数学で当たり前のように使っている**実数(real number)**という数の集合は、人類が何千年もの歳月をかけて、その思考の必要に応じて拡張してきた、壮大な知的創造物です。その構造は、ロシアの民芸品「マトリョーシカ」のように、入れ子状の階層構造をなしています。この数の世界の地図を正確に理解することは、今後の数学のあらゆる分野(特に関数、方程式、不等式)を学ぶ上で、議論の前提となる土台を固めることに他なりません。
5.1. 数の世界の拡張史
数の概念は、まず「個数を数える」という最も原始的な要求から生まれました。
5.1.1. 自然数(Natural Numbers, \(\mathbb{N}\))
1, 2, 3, … という、正の整数。物を数えるための最も基本的な数です。自然数の世界では、加法(足し算)と乗法(掛け算)は常に自由に行え、その結果もまた自然数となります(「閉じている」と言います)。
しかし、減法(引き算)を行おうとすると、3-5 のような計算結果が自然数の中に見つからない、という問題に直面します。
5.1.2. 整数(Integers, \(\mathbb{Z}\))
…, -3, -2, -1, 0, 1, 2, 3, …
減法を自由に行えるようにするために、0 と負の整数が導入され、数の世界は整数へと拡張されました。これにより、方程式 x+5=3 の解 x=-2 が見つかるようになります。
しかし、今度は除法(割り算)で 3 \div 5 のような計算結果が整数の中に見つからない、という新たな問題が生じます。
5.1.3. 有理数(Rational Numbers, \(\mathbb{Q}\))
除法を自由に行えるように(0で割る場合を除く)、分数の概念が導入され、数の世界は有理数へと拡張されました。
定義:有理数とは、整数 \(m\) と、0でない整数 \(n\) を用いて、分数 \(\frac{m}{n}\) の形で表すことができる数のことである。
3
は \(\frac{3}{1}\) と表せるので有理数。-0.5
は \(-\frac{1}{2}\) と表せるので有理数。0.333...
(循環小数) は \(\frac{1}{3}\) と表せるので有理数。
Rational(合理的)という名前の語源は、比(Ratio)で表せる数、という意味から来ています。有理数の世界では、四則演算(加減乗除)が(0で割る以外は)常に自由に行え、その結果もまた有理数となります。これは非常に整った、便利な数の体系です。
有理数の小数表現:
有理数を小数で表すと、必ず有限小数になるか、循環する無限小数になります。
- 有限小数: \(\frac{1}{4} = 0.25\)
- 循環小数: \(\frac{2}{7} = 0.285714285714… = 0.\dot{2}8571\dot{4}\)
5.2. 新たな数の発見:無理数
古代ギリシャのピタゴラス学派は、万物の根源は数(特に整数比=有理数)であると信じていました。世界は有理数だけで完全に記述できる、と。しかし、彼らは自らの手で、その信念を根底から揺るがす衝撃的な発見をしてしまいます。それは、一辺の長さが1の正方形の対角線の長さ、すなわち \(\sqrt{2}\) が、どのような分数の形でも表すことができないという事実の発見でした。
これは、有理数という世界の「外側」に、我々の知らない数が存在することを示唆するものでした。このような、有理数ではない数が**無理数(irrational number)**と名付けられました。
定義:無理数とは、有理数ではない実数のことである。分数 \(\frac{m}{n}\) の形で表すことはできない。
無理数の小数表現:
無理数を小数で表すと、循環しない無限小数となります。
- \(\sqrt{2} = 1.41421356…\)
- \(\pi = 3.14159265…\)
e
(自然対数の底) = 2.71828182…
無理数の発見は、数の連続性(数直線上に隙間がないこと)を保証するために不可欠でした。有理数だけを数直線上にプロットしていくと、実はそこには無数の「隙間」が存在し、その隙間を埋めているのが無理数なのです。
5.3. 実数の体系:数の世界の全体像
こうして拡張されてきた数の集合をまとめ、一つの体系として可視化したものが実数です。
定義:実数(Real Numbers, \(\mathbb{R}\))とは、有理数と無理数を合わせた数の集合のことである。
この体系は、以下のような包含関係で整理できます。
実数(\(\mathbb{R}\))
├── 有理数(\(\mathbb{Q}\))
│ ├── 整数(\(\mathbb{Z}\))
│ │ ├── 正の整数(自然数, \(\mathbb{N}\))
│ │ ├── 0
│ │ └── 負の整数
│ └── 整数でない有理数(分数・小数)
└── 無理数
数直線との対応:
実数の最も重要な性質は、数直線上の点と一対一に対応するということです。つまり、数直線上のどの点を取っても、それに対応する実数がただ一つ存在し、逆に、どの実数を取っても、それに対応する数直線上の点がただ一つ存在します。この性質により、私たちは数という代数的な対象を、直線上の点という幾何学的な対象と結びつけて考えることができるようになります。
まとめ
- 自然数 (\(\mathbb{N}\)): 正の整数。
- 整数 (\(\mathbb{Z}\)): 自然数、0、負の整数。
- 有理数 (\(\mathbb{Q}\)): 分数で表せる数。小数にすると有限小数か循環小数。
- 無理数: 分数で表せない数。小数にすると循環しない無限小数。
- 実数 (\(\mathbb{R}\)): 有理数と無理数を合わせたもの。数直線上の全ての点と対応。
この数の分類は、単なる知識として覚えるだけでなく、これから扱う方程式の解が「どの数の範囲に存在するのか」を問われたり、関数の定義域を考えたりする際に、常に意識すべき基本的な地図となります。
6. 平方根の計算と式の値
実数の中でも、特に無理数の代表格として頻繁に登場するのが、平方根(square root)、すなわち根号(\(\sqrt{\ \ }\))を含む数です。平方根は、2乗すると a になる数
という単純な定義から生まれますが、その計算には特有のルールがあり、習熟が必要です。
このセクションでは、平方根を含む式の基本的な計算方法を復習し、さらに、対称性を利用するなどして複雑な式の値を効率的に求める応用的なテクニックまでを探求します。平方根の計算をマスターすることは、無理数を自在に扱い、実数の世界での計算能力を確固たるものにするための必須のスキルです。
6.1. 平方根の基本性質と計算ルール
まず、平方根の定義と基本的な性質を正確に思い出しましょう。
定義:正の数 \(a\) に対して、2乗すると \(a\) になる数を \(a\) の平方根という。\(a\) の平方根は正のものと負のものの2つがあり、それぞれ \(\sqrt{a}\), \(-\sqrt{a}\) と表す。
- \((\sqrt{a})^2 = a\)
- \((-\sqrt{a})^2 = a\)
- \(a<0\) のとき、\(\sqrt{a}\) は実数の範囲では定義されない。
- \(\sqrt{0} = 0\)
重要な注意点:\(\sqrt{A^2}\) の扱い
\(\sqrt{A^2}\) を単純に A としてしまうのは、よくある間違いです。根号 \(\sqrt{\ \ }\) は、常に正の平方根を表すという約束事があります。
したがって、A が負の場合、\(\sqrt{A^2} = -A\) としなければ正の値になりません。
この場合分けは、まさしく絶対値の定義そのものです。
公式:\(\sqrt{A^2} = |A|\)
- \(\sqrt{3^2} = 3\)
- \(\sqrt{(-3)^2} = \sqrt{9} = 3 = -(-3)\)
6.1.1. 平方根の積と商
平方根の計算における基本的なルールは以下の通りです。\(a>0, b>0\) とします。
- 積の法則:\(\sqrt{a}\sqrt{b} = \sqrt{ab}\)例:\(\sqrt{2}\sqrt{3} = \sqrt{2 \times 3} = \sqrt{6}\)
- 商の法則:\(\frac{\sqrt{a}}{\sqrt{b}} = \sqrt{\frac{a}{b}}\)例:\(\frac{\sqrt{10}}{\sqrt{2}} = \sqrt{\frac{10}{2}} = \sqrt{5}\)
これらの法則は、根号の中と外を自由に行き来できることを示しています。これにより、根号の中をできるだけ簡単な数にする「変形」が可能になります。
変形:\(\sqrt{k^2 a} = k\sqrt{a}\) (\(k>0\))
これは積の法則 \(\sqrt{k^2 a} = \sqrt{k^2}\sqrt{a} = k\sqrt{a}\) から導かれます。
例:
- \(\sqrt{12} = \sqrt{4 \times 3} = \sqrt{2^2 \times 3} = 2\sqrt{3}\)
- \(\sqrt{50} = \sqrt{25 \times 2} = \sqrt{5^2 \times 2} = 5\sqrt{2}\)
平方根を含む計算では、常に根号の中をできるだけ小さな整数にするように心がけましょう。これは、分数を約分するのと同じくらい基本的な習慣です。
6.2. 平方根を含む式の加法・減法
平方根の加法・減法は、文字式の計算における同類項の考え方と全く同じです。
原則:根号の中の数が同じもの끼리、係数を計算する。
- \(3x + 5x = (3+5)x = 8x\)
- \(3\sqrt{2} + 5\sqrt{2} = (3+5)\sqrt{2} = 8\sqrt{2}\)
根号の中の数が異なる場合は、それ以上まとめることはできません。
- \(\sqrt{2}+\sqrt{3}\) はこれ以上計算できません。\(\sqrt{5}\) にならないことに注意してください。
例: \(\sqrt{12} + \sqrt{27} – \sqrt{48}\)
一見すると根号の中がバラバラで計算できないように見えますが、まずは各項を簡単な形に変形します。
- \(\sqrt{12} = \sqrt{4 \times 3} = 2\sqrt{3}\)
- \(\sqrt{27} = \sqrt{9 \times 3} = 3\sqrt{3}\)
- \(\sqrt{48} = \sqrt{16 \times 3} = 4\sqrt{3}\)
よって、与式は
\(= 2\sqrt{3} + 3\sqrt{3} – 4\sqrt{3}\)
\(= (2+3-4)\sqrt{3}\)
\(= 1\sqrt{3} = \sqrt{3}\)
6.3. 複雑な式の値の計算
平方根を含む変数の値が与えられ、複雑な式の値を求める問題は、入試における頻出テーマの一つです。ここでの鉄則は、「いきなり代入しない」ということです。直接代入すると計算が煩雑になり、ミスを誘発します。
戦略:
- 値を代入する式の方を、先に簡単にする(因数分解など)。
- 与えられた変数の値を、扱いやすい形に変形する(有理化など)。
- 対称性を利用し、基本対称式の値を先に求めておく。
例題: \(x = \sqrt{3}+\sqrt{2}, y = \sqrt{3}-\sqrt{2}\) のとき、\(x^3y+xy^3\) の値を求めよ。
- 愚直なアプローチ(非推奨):\(x^3\) や \(y^3\) を直接計算し、式に代入する。これは非常に計算量が多く、現実的ではありません。
- 戦略的なアプローチ:
- 式の変形:求める式 \(x^3y+xy^3\) は、まず共通因数 \(xy\) で括り出すことができます。\(x^3y+xy^3 = xy(x^2+y^2)\)さらに、\(x^2+y^2\) は対称式なので、基本対称式で表せます。\(x^2+y^2 = (x+y)^2 – 2xy\)よって、求める式は \(xy((x+y)^2-2xy)\) となります。この形にすれば、必要なのは 和 \(x+y\) と 積 \(xy\) の値だけであることが分かります。
- 基本対称式の計算:与えられた \(x, y\) の値から、和と積を計算します。
- 和: \(x+y = (\sqrt{3}+\sqrt{2}) + (\sqrt{3}-\sqrt{2}) = 2\sqrt{3}\)
- 積: \(xy = (\sqrt{3}+\sqrt{2})(\sqrt{3}-\sqrt{2})\)これは和と差の積の公式 \((a+b)(a-b)=a^2-b^2\) が使える形です。\(= (\sqrt{3})^2 – (\sqrt{2})^2 = 3 – 2 = 1\)
- 最終的な代入:求めた和と積の値を、変形した式に代入します。\(xy((x+y)^2-2xy) = (1) \cdot ((2\sqrt{3})^2 – 2(1))\)\(= (4 \times 3) – 2\)\(= 12 – 2 = 10\)
このように、式の構造(対称性)を見抜き、適切な変形を行うことで、計算量は劇的に削減されます。これは、単なる計算能力ではなく、式の構造を分析し、最適な解法ルートを選択する「数学的な思考力」そのものを試す問題と言えるでしょう。
6.4. 二重根号の外し方(発展)
\(\sqrt{A \pm \sqrt{B}}\) のような、根号の中にさらに根号が入った式を二重根号といいます。特定の条件下では、この二重根号を外して、より簡単な形にすることができます。
この変形は、平方公式 \((\sqrt{a} \pm \sqrt{b})^2 = (a+b) \pm 2\sqrt{ab}\) を逆向きに利用します。
両辺の正の平方根をとると、
\(\sqrt{(a+b) \pm 2\sqrt{ab}} = \sqrt{(\sqrt{a} \pm \sqrt{b})^2} = |\sqrt{a} \pm \sqrt{b}|\)
通常 \(a>b>0\) となるように選ぶため、\(\sqrt{a}>\sqrt{b}\) となり、絶対値はそのまま外せます。
公式:\(\sqrt{(a+b) \pm 2\sqrt{ab}} = \sqrt{a} \pm \sqrt{b}\) (複号同順、\(a>b>0\))
ポイント:
- 内側の根号の前に
2
が必要。なければ、無理やり作り出す。 - 「足して外側の数
(a+b)
」、「掛けて内側の根号の中の数ab
」になる2つの数a, b
を見つける。
例: \(\sqrt{7+2\sqrt{10}}\) を簡単にせよ。
- 足して
7
、掛けて10
になる2つの数を探す →5
と2
- よって、\(\sqrt{7+2\sqrt{10}} = \sqrt{(5+2)+2\sqrt{5 \times 2}} = \sqrt{5}+\sqrt{2}\)
平方根の計算は、そのルール自体はシンプルですが、いかに効率的で美しい解法を選択できるかという点で、思考力が試される分野です。常に式の構造全体を見渡し、最適な一手を探す癖をつけましょう。
7. 分母の有理化
平方根を含む計算において、結果が分数の形になった場合、\(\frac{1}{\sqrt{2}}\) や \(\frac{\sqrt{3}}{\sqrt{5}-1}\) のように、分母に根号(無理数)が含まれることがあります。このような式は、そのままでは値の大きさが直感的に分かりにくく、その後の計算(例えば他の分数との足し算)も煩雑になりがちです。
そこで、式の値を変えずに、分母から根号を取り除き、分母を有理数に変換する操作が行われます。これが**分母の有理化(rationalization of denominator)**です。有理化は、単に式を見栄え良くするための化粧のようなものではなく、数学的な便宜性と計算上の合理性に基づいた、目的のある操作です。
7.1. なぜ有理化を行うのか?(目的)
有理化を行う主な目的は、以下の2つです。
- 値の大きさの把握:例えば、\(\frac{1}{\sqrt{2}}\) という数。\(\sqrt{2} \approx 1.414\) を知っていても、1 を 1.414 で割る計算は暗算では困難です。しかし、これを有理化して \(\frac{\sqrt{2}}{2}\) と変形すれば、1.414 を 2 で割る計算となり、約 0.707 であると、値の大きさが格段に把握しやすくなります。
- 計算の便宜:\(\frac{1}{\sqrt{3}-1} + \frac{1}{\sqrt{3}+1}\) のような計算を考えてみましょう。このまま通分しようとすると、分母は \((\sqrt{3}-1)(\sqrt{3}+1)\) となり、結局は有理化と同じ操作をすることになります。最初から各項を有理化しておけば、通分計算が整数や単純な有理数の範囲で完結し、計算が容易になります。
7.2. 有理化の基本パターン
有理化の基本的なアイデアは、「分母と分子に同じ数を掛けても、分数の値は変わらない」という性質を利用し、「掛けることで分母の根号が消えるような都合の良い数」を見つけ出すことです。その「都合の良い数」は、分母の形に応じていくつかのパターンに分類できます。
7.2.1. パターン1:分母が \(\sqrt{a}\) の形
最も単純なパターンです。
分母が \(\sqrt{a}\) の場合、同じ \(\sqrt{a}\) を掛ければ、\((\sqrt{a})^2 = a\) となり、根号が消えます。
例: \(\frac{6}{\sqrt{3}}\)
- 分母と分子に \(\sqrt{3}\) を掛ける。\(\frac{6}{\sqrt{3}} = \frac{6 \times \sqrt{3}}{\sqrt{3} \times \sqrt{3}} = \frac{6\sqrt{3}}{3}\)
- 最後に約分する。\(= 2\sqrt{3}\)
7.2.2. パターン2:分母が \(a\sqrt{b}\) の形
この場合、根号部分である \(\sqrt{b}\) だけを掛ければ十分です。もちろん \(a\sqrt{b}\) 全体を掛けても結果は同じですが、計算が少し煩雑になります。
例: \(\frac{5}{2\sqrt{7}}\)
- 分母と分子に \(\sqrt{7}\) を掛ける。\(\frac{5}{2\sqrt{7}} = \frac{5 \times \sqrt{7}}{2\sqrt{7} \times \sqrt{7}} = \frac{5\sqrt{7}}{2 \times 7} = \frac{5\sqrt{7}}{14}\)
7.2.3. パターン3:分母が \(\sqrt{a} \pm \sqrt{b}\) や \(a \pm \sqrt{b}\) の形
分母が2つの項の和や差になっている場合、同じものを掛けても根号は消えません。
(例:\((\sqrt{3}+1)^2 = 3+2\sqrt{3}+1 = 4+2\sqrt{3}\))
ここで絶大な威力を発揮するのが、乗法公式(因数分解公式)の和と差の積 \((A+B)(A-B) = A^2-B^2\) です。
この公式を使えば、2乗することでそれぞれの項の根号を一度に消すことができます。
戦略: 分母が \(A+B\) の形なら \(A-B\) を、\(A-B\) の形なら \(A+B\) を、分母と分子に掛ける。この掛ける相手のことを、互いに**共役(conjugate)**な式と呼ぶことがあります。
例題 1: \(\frac{2}{\sqrt{5}+\sqrt{3}}\)
- 分母は \(\sqrt{5}+\sqrt{3}\) なので、その共役な式 \(\sqrt{5}-\sqrt{3}\) を分母と分子に掛ける。\(\frac{2}{\sqrt{5}+\sqrt{3}} = \frac{2(\sqrt{5}-\sqrt{3})}{(\sqrt{5}+\sqrt{3})(\sqrt{5}-\sqrt{3})}\)
- 分母に和と差の積の公式を適用する。\(= \frac{2(\sqrt{5}-\sqrt{3})}{(\sqrt{5})^2 – (\sqrt{3})^2} = \frac{2(\sqrt{5}-\sqrt{3})}{5-3} = \frac{2(\sqrt{5}-\sqrt{3})}{2}\)
- 最後に約分する。\(= \sqrt{5}-\sqrt{3}\)
例題 2: \(\frac{\sqrt{2}}{3-2\sqrt{2}}\)
- 分母は \(3-2\sqrt{2}\) なので、その共役な式 \(3+2\sqrt{2}\) を分母と分子に掛ける。\(\frac{\sqrt{2}}{3-2\sqrt{2}} = \frac{\sqrt{2}(3+2\sqrt{2})}{(3-2\sqrt{2})(3+2\sqrt{2})}\)
- 分母に公式を適用し、分子は分配法則で展開する。\(= \frac{3\sqrt{2}+2(\sqrt{2})^2}{3^2 – (2\sqrt{2})^2} = \frac{3\sqrt{2}+2 \times 2}{9 – (4 \times 2)} = \frac{3\sqrt{2}+4}{9-8} = \frac{3\sqrt{2}+4}{1}\)
- 最終結果。\(= 3\sqrt{2}+4\)
7.3. 3次式の公式を利用する有理化(発展)
分母に3乗根(\(\sqrt[3]{a}\))が含まれる場合、2乗の公式では根号を消すことができません。この場合は、3乗の和・差の因数分解公式を利用します。
- \(a^3+b^3 = (a+b)(a^2-ab+b^2)\)
- \(a^3-b^3 = (a-b)(a^2+ab+b^2)\)
例: \(\frac{1}{\sqrt[3]{2}-1}\)
- 分母は \(a-b\) の形(\(a=\sqrt[3]{2}, b=1\))と見なせます。
- これを3乗の差 \(a^3-b^3\) にするためには、相方である \(a^2+ab+b^2\) を掛ける必要があります。
- 掛ける式は、\((\sqrt[3]{2})^2 + (\sqrt[3]{2})(1) + 1^2 = \sqrt[3]{4}+\sqrt[3]{2}+1\) です。
- これを分母と分子に掛ける。\(\frac{1}{\sqrt[3]{2}-1} = \frac{\sqrt[3]{4}+\sqrt[3]{2}+1}{(\sqrt[3]{2}-1)(\sqrt[3]{4}+\sqrt[3]{2}+1)}\)\(= \frac{\sqrt[3]{4}+\sqrt[3]{2}+1}{(\sqrt[3]{2})^3 – 1^3} = \frac{\sqrt[3]{4}+\sqrt[3]{2}+1}{2-1} = \sqrt[3]{4}+\sqrt[3]{2}+1\)
有理化は、一見すると地味な計算技術ですが、その背景には乗法公式という代数の基本的な構造が活用されています。どの公式を、どの目的のために利用するのかを常に意識しながら、この重要なツールを使いこなせるようになってください。
8. 絶対値の定義と性質
数学の世界には、数の「符号(プラスかマイナスか)」という方向性の情報を取り払い、その「大きさ」や「規模」だけを純粋に取り出したい、という場面が頻繁に現れます。その役割を担うのが、**絶対値(absolute value)**という極めて重要な概念です。
絶対値は、縦棒2本 | |
で表され、\(|3| = 3\), \(|-3| = 3\) のように、中身が正でも負でも、結果は常に0以上になる、という単純な操作に見えます。しかし、その単純さの裏には、今後の数学、特に方程式や不等式、関数を扱う上で根幹となる「場合分け」という思考法が隠されています。絶対値記号を正確に、そして自在に扱う能力は、より高度な数学へ進むための試金石と言えるでしょう。
8.1. 絶対値の本質:原点からの距離
絶対値の最も本質的な定義は、幾何学的なイメージ、すなわち数直線上での原点(0)からの距離です。
- 数
3
は、数直線上において原点から3
だけ離れた位置にあります。よって、\(|3|=3\)。 - 数
-3
もまた、数直線上において原点から3
だけ離れた位置にあります(方向は逆ですが、距離は同じ)。よって、\(|-3|=3\)。
この「距離」という解釈は、絶対値の概念を直感的に理解する上で非常に重要です。距離が負になることはあり得ないので、絶対値の結果は常に0以上になります。
8.2. 代数的な定義:場合分けによる記号の取り扱い
幾何学的なイメージを、どのような場合にも適用できる厳密な計算ルールに落とし込んだのが、代数的な定義です。これは、絶対値記号を「外す」ための操作マニュアルに他なりません。
定義:実数 \(A\) の絶対値 \(|A|\) は、次のように定義される。
- \(A \ge 0\) のとき、\(|A| = A\) (中身が0以上なら、そのまま外す)
- \(A < 0\) のとき、\(|A| = -A\) (中身が負なら、マイナスを付けて外す)
この定義は、数学において最も重要な定義の一つです。特に、2番目の「\(A<0\) ならば \(|A|=-A\)」という部分を正確に理解する必要があります。
A 自体が負の数(例:A=-3)なので、その前にマイナスを付ける(\(-A = -(-3)\))ことで、結果が正の数(3)になる、という仕組みです。-A という見た目に惑わされず、これが正の数を表していることを理解してください。
例:
- \(|5|\) → 中身
5
は0
以上なので、そのまま外して5
。 - \(|-5|\) → 中身
-5
は負なので、マイナスを付けて外して-(-5) = 5
。 - \(|\pi-3|\) → \(\pi \approx 3.14\) なので、中身
\pi-3
は正。よって、そのまま外して\pi-3
。 - \(|3-\pi|\) → 中身
3-\pi
は負。よって、マイナスを付けて外して-(3-\pi) = -3+\pi = \pi-3
。
中身が文字式の場合は、その文字式の符号がどうなるかによって場合分けをする必要があります。
例題: \(|x-2|\) の絶対値記号を外せ。
この場合、x
の値がわからないため、中身 x-2
が 0
以上になるか、負になるか、両方の可能性を考えなければなりません。
- 中身が 0 以上の場合:\(x-2 \ge 0\) すなわち \(x \ge 2\) のとき、\(|x-2| = x-2\) (そのまま外す)
- 中身が負の場合:\(x-2 < 0\) すなわち \(x < 2\) のとき、\(|x-2| = -(x-2) = -x+2\) (マイナスを付けて外す)
この二つを合わせて、\(|x-2|\) の外し方が完全に記述されます。この「場合分け」の思考は、絶対値を含む方程式や不等式を解く際の基本動作となります。
8.3. 絶対値の重要な性質
絶対値には、計算や証明で役立ついくつかの重要な性質があります。\(a, b\) を実数とします。
- 非負性: \(|a| \ge 0\)(距離なので、常に0以上)
- 絶対値と0: \(|a|=0 \iff a=0\)(原点からの距離が0である点は、原点そのものしかない)
- 符号との関係: \(-|a| \le a \le |a|\)(例えば a=3なら -3 \le 3 \le 3、a=-3なら -3 \le -3 \le 3)
- 積・商の性質:
- \(|ab| = |a||b|\)
- \(|\frac{a}{b}| = \frac{|a|}{|b|}\) (\(b \neq 0\))(積や商の絶対値は、絶対値の積や商に等しい。計算順序を交換できる)
- 平方との関係:
- \(|a|^2 = a^2\)
- \(\sqrt{a^2} = |a|\) (再掲。非常に重要)(2乗すれば、絶対値記号は気にせず外せる。逆に、\(a^2\) の平方根は \(a\) ではなく \(|a|\) である)
- 三角不等式: \(|a+b| \le |a|+|b|\)これは非常に有名な不等式で、「2辺の和は他の1辺より大きい」という三角形の成立条件の数式版と解釈できます。原点から a まで行き、そこから b だけ移動したときの最終的な原点からの距離 \(|a+b|\) は、原点から a への距離 \(|a|\) と原点から b への距離 \(|b|\) の和を超えることはない、という意味です。等号が成立するのは、a と b が同じ方向を向いているとき(\(ab \ge 0\))、すなわち、寄り道せずに一直線に進んだときです。
これらの性質、特に平方との関係は、複雑な絶対値を含む式の証明問題などで強力な武器となります。
例えば、\(|a+b| \le |a|+|b|\) を証明するには、両辺が0以上なので、2乗したものの大小を比較すれば十分です。
\((|a|+|b|)^2 – |a+b|^2\)
\(= (|a|^2 + 2|a||b| + |b|^2) – (a+b)^2\)
\(= (a^2 + 2|ab| + b^2) – (a^2+2ab+b^2)\)
\(= 2(|ab|-ab)\)
ここで、常に \(|ab| \ge ab\) なので、\(2(|ab|-ab) \ge 0\) が言えます。
よって、\((|a|+|b|)^2 \ge |a+b|^2\) が成り立ち、元の不等式も成り立つ、と証明できます。
絶対値は、単なる記号ではなく、その背後にある「距離」と「場合分け」という二つの本質を理解することが、使いこなすための鍵です。
9. 整数部分と小数部分
実数、特に無理数は、循環しない無限小数という形で表現されます。例えば \(\sqrt{3} = 1.73205…\) のように、その値は小数点以下延々と続いていきます。このような数を扱う際に、その数の「大まかな大きさ」と「小数点以下の細かい部分」を分けて考えると、問題の見通しが良くなることがあります。
この考え方を定式化したのが、**整数部分(integer part)と小数部分(fractional part)**という概念です。一見すると単純な概念ですが、不等式を用いた評価や、無理数の性質を探る上で、重要な役割を果たします。
9.1. 定義と基本関係式
任意の実数 \(x\) は、その整数部分と小数部分の和として、一意に表すことができます。
定義:
- 整数部分: 実数 \(x\) に対して、\(n \le x < n+1\) を満たす整数 \(n\) を、\(x\) の整数部分という。
- 小数部分: \(x\) からその整数部分を引いた差 \(x-n\) を、\(x\) の小数部分という。
この定義から、以下の二つの極めて重要な関係が導かれます。
- 基本関係式:(元の数) = (整数部分) + (小数部分)これは、移項すれば小数部分の定義そのものです。(小数部分) = (元の数) – (整数部分)
- 小数部分の範囲:小数部分は、必ず \(0 \le (\text{小数部分}) < 1\) の範囲に収まります。これは、定義 \(n \le x < n+1\) の各辺から \(n\) を引くことで、\(0 \le x-n < 1\) となり、導かれます。
この「小数部分は必ず0以上1未満」という性質が、このテーマにおける全ての問題を解く鍵となります。
例:
3.14
の場合- \(3 \le 3.14 < 4\) なので、整数部分は
3
。 - 小数部分は \(3.14 – 3 = 0.14\)。
- \(3 \le 3.14 < 4\) なので、整数部分は
- \(\sqrt{3} \approx 1.732…\) の場合
- \(1 \le \sqrt{3} < 2\) なので、整数部分は
1
。 - 小数部分は \(\sqrt{3} – 1\)。(
0.732...
という近似値ではなく、厳密な形で表す)
- \(1 \le \sqrt{3} < 2\) なので、整数部分は
- 負の数の場合(要注意!)
- -3.14 の場合整数部分を -3 と考えたくなりますが、これは間違いです。定義 \(n \le x < n+1\) に当てはめると、\(-4 \le -3.14 < -3\) となります。よって、整数部分は -4 です。小数部分は \(-3.14 – (-4) = 0.86\)。小数部分は常に0以上1未満でなければならない、というルールを思い出せば、この間違いは防げます。
9.2. 無理数の整数部分の求め方
無理数の整数部分を求めるには、その無理数がどの連続する2つの整数の間に挟まれているかを、不等式を用いて評価する必要があります。
例題 1: \(2\sqrt{5}\) の整数部分を求めよ。
- 根号の中に入れる:\(2\sqrt{5} = \sqrt{2^2 \times 5} = \sqrt{20}\)
- 平方数で挟む:根号の中の数 20 を、その前後にある最も近い平方数で挟みます。16 < 20 < 25
- 全体の平方根をとる:不等式の各辺の正の平方根をとります。\(\sqrt{16} < \sqrt{20} < \sqrt{25}\)\(4 < 2\sqrt{5} < 5\)
- 結論:この不等式は、\(2\sqrt{5}\) が 4 と 5 の間の数であることを示しています。したがって、\(2\sqrt{5}\) の整数部分は 4 です。
例題 2: \(\frac{1}{3-\sqrt{7}}\) の整数部分と小数部分を求めよ。
- まず有理化する:分母に無理数がある形では、値の大きさが分かりにくいため、最初の一手は有理化です。\(\frac{1}{3-\sqrt{7}} = \frac{3+\sqrt{7}}{(3-\sqrt{7})(3+\sqrt{7})} = \frac{3+\sqrt{7}}{9-7} = \frac{3+\sqrt{7}}{2}\)
- 中の無理数の評価:この式の値の大きさを知るために、\(\sqrt{7}\) を評価します。4 < 7 < 9 なので、\(\sqrt{4} < \sqrt{7} < \sqrt{9}\) すなわち \(2 < \sqrt{7} < 3\)。
- 式全体の評価:この不等式 \(2 < \sqrt{7} < 3\) を元に、式全体 \(\frac{3+\sqrt{7}}{2}\) の範囲を絞り込んでいきます。
- 各辺に 3 を足す:\(2+3 < 3+\sqrt{7} < 3+3\)\(5 < 3+\sqrt{7} < 6\)
- 各辺を 2 で割る:\(\frac{5}{2} < \frac{3+\sqrt{7}}{2} < \frac{6}{2}\)\(2.5 < \frac{3+\sqrt{7}}{2} < 3\)
- 結論の導出:
- この不等式から、\(\frac{3+\sqrt{7}}{2}\) は
2.5
と3
の間の数であることが分かります。 - したがって、整数部分は
2
です。 - 小数部分は、(元の数) – (整数部分) で求めます。小数部分 = \(\frac{3+\sqrt{7}}{2} – 2 = \frac{3+\sqrt{7}-4}{2} = \frac{\sqrt{7}-1}{2}\)
- この不等式から、\(\frac{3+\sqrt{7}}{2}\) は
9.3. 小数部分を利用した問題
小数部分は、それ単体で問題になるだけでなく、他の問題のパーツとして使われることもあります。
例題 3: 例題2で求めた小数部分を a
とするとき、\(a^2+a-1\) の値を求めよ。
- 小数部分 \(a = \frac{\sqrt{7}-1}{2}\) を、\(a^2+a-1\) に直接代入するのは少し面倒です。
- より賢いアプローチは、a が満たす簡単な関係式を先に導くことです。\(a = \frac{\sqrt{7}-1}{2}\)\(2a = \sqrt{7}-1\)\(2a+1 = \sqrt{7}\)
- この両辺を2乗することで、根号を消去します。\((2a+1)^2 = (\sqrt{7})^2\)\(4a^2+4a+1 = 7\)\(4a^2+4a-6 = 0\)\(2a^2+2a-3 = 0\)
- この関係式を利用して、求めたい式の次数を下げることができます。\(2a^2 = -2a+3\) なので、\(a^2 = -a+\frac{3}{2}\)。
- これを求めたい式に代入します。\(a^2+a-1 = (-a+\frac{3}{2}) + a – 1 = \frac{3}{2} – 1 = \frac{1}{2}\)
整数部分と小数部分は、無理数の二つの側面を捉えるための分析ツールです。特に、不等式を使って数の大きさを精密に評価する技術は、数学の様々な分野で要求される重要なスキルとなります。
10. 相加平均・相乗平均の関係
数学の世界には、一見すると無関係に見える二つの量の間に、常に成り立つ普遍的な大小関係を示す、美しく強力な不等式が数多く存在します。その中でも、高校数学で最も重要かつ有名なものの一つが、**相加平均と相乗平均の関係(AM-GM inequality)**です。
この不等式は、2つの「平均」の間に存在する、必然的な大小関係を明らかにするものです。それは単に数学的な事実であるだけでなく、最小値問題などへの応用を通じて、極めて実用的な価値を持つツールでもあります。
10.1. 二つの「平均」
まず、この不等式を構成する二つの主役、「相加平均」と「相乗平均」について定義しましょう。\(a, b\) を2つの正の数(\(a>0, b>0\))とします。
- 相加平均 (Arithmetic Mean)\(\frac{a+b}{2}\)これは、私たちが日常的に「平均」と呼んでいる、最も馴染み深い平均です。2つの数を「足して2で割る」という操作に対応します。算術平均とも呼ばれます。
- 相乗平均 (Geometric Mean)\(\sqrt{ab}\)これは、2つの数を「掛けて平方根をとる」という操作に対応します。幾何平均とも呼ばれ、面積が ab の長方形と同じ面積を持つ正方形の一辺の長さに相当します。成長率の平均などを計算する際に用いられます。
10.2. 相加平均・相乗平均の関係
これら二つの平均の間には、常に以下の大小関係が成り立ちます。
相加平均と相乗平均の関係:
\(a>0, b>0\) のとき、
\(\frac{a+b}{2} \ge \sqrt{ab}\)
等号が成立するのは、\(a=b\) のときに限られる。
この関係式が主張しているのは、「2つの正の数の相加平均は、その相乗平均以上である」ということです。そして、この二つの平均が等しくなるのは、考えている2つの数が元々同じ値であった、という特別な場合だけである、と述べています。
「等号成立条件」の重要性:
不等式の証明や応用問題において、この「等号がいつ成立するのか」を明確に記述することは、不等式そのものを記述するのと同じくらい重要です。なぜなら、最小値問題などでは、「最小値がいくつになるか」だけでなく、「いつ(どのような条件で)その最小値をとるのか」を特定することが求められるからです。
10.3. なぜこの関係が成り立つのか?(証明)
この普遍的な関係は、どのようにして証明できるのでしょうか。不等式の証明の最も基本的な戦略は、「(左辺)-(右辺)\(\ge 0\) を示す」ことです。また、両辺に根号が含まれている場合は、両辺が正であることを確認した上で、「(左辺)\(^2\) -(右辺)\(^2\) \(\ge 0\) を示す」というアプローチが有効です。
証明:
\(a>0, b>0\) なので、\(\frac{a+b}{2} > 0\) かつ \(\sqrt{ab} > 0\) である。
したがって、両辺を2乗したものの大小を比較しても、元の大小関係は変わらない。
\((\frac{a+b}{2})^2 – (\sqrt{ab})^2\)
\(= \frac{(a+b)^2}{4} – ab\)
\(= \frac{a^2+2ab+b^2}{4} – \frac{4ab}{4}\)
\(= \frac{a^2+2ab+b^2 – 4ab}{4}\)
\(= \frac{a^2-2ab+b^2}{4}\)
\(= \frac{(a-b)^2}{4}\)
ここで、\((a-b)\) は実数なので、その2乗 \((a-b)^2\) は常に0以上である。
\((a-b)^2 \ge 0\)
よって、
\(\frac{(a-b)^2}{4} \ge 0\)
以上より、\((\frac{a+b}{2})^2 – (\sqrt{ab})^2 \ge 0\)、すなわち \((\frac{a+b}{2})^2 \ge (\sqrt{ab})^2\) が示された。
両辺ともに正なので、\(\frac{a+b}{2} \ge \sqrt{ab}\) が成り立つ。
次に、等号成立条件を考える。
等号が成立するのは、\(\frac{(a-b)^2}{4} = 0\) のとき、すなわち \((a-b)^2=0\) のときである。
これは \(a-b=0\)、つまり \(a=b\) のときに限られる。
(証明終)
10.4. 関係式の応用:最小値を求める
相加平均・相乗平均の関係は、しばしば「和が一定ならば、積はいつ最大になるか」「積が一定ならば、和はいつ最小になるか」というタイプの問題を解くための強力なツールとなります。
関係式 \(\frac{a+b}{2} \ge \sqrt{ab}\) を変形すると、
- 和の形: \(a+b \ge 2\sqrt{ab}\)
- 積の形: \(ab \le (\frac{a+b}{2})^2\)
例題: \(x>0\) のとき、\(x + \frac{9}{x}\) の最小値を求めよ。また、そのときの \(x\) の値を求めよ。
- 適用条件の確認:この問題を解くために、相加平均・相乗平均の関係を利用する。a に \(x\)、b に \(\frac{9}{x}\) を対応させる。\(x>0\) なので、\(\frac{9}{x}\) もまた正である。よって、\(a=x>0, b=\frac{9}{x}>0\) であり、相加平均・相乗平均の関係を使うための条件を満たしている。
- 不等式の適用:和の形 \(a+b \ge 2\sqrt{ab}\) を適用する。\(x + \frac{9}{x} \ge 2\sqrt{x \cdot \frac{9}{x}}\)
- 右辺の計算:右辺の根号の中を見ると、\(x\) が綺麗に約分されて消える。これが、この関係式が応用問題でうまく機能する典型的なパターンである。\(2\sqrt{x \cdot \frac{9}{x}} = 2\sqrt{9} = 2 \times 3 = 6\)
- 最小値の特定:以上の計算から、\(x + \frac{9}{x} \ge 6\) という不等式が得られた。これは、\(x+\frac{9}{x}\) という式の値は、常に 6 以上であることを意味する。したがって、最小値の「候補」は 6 である。
- 等号成立条件の確認:本当に最小値が 6 になる瞬間が存在するのかを確認する。等号が成立するのは、a=b のとき、すなわち \(x = \frac{9}{x}\) のときである。この方程式を解くと、\(x^2 = 9\)\(x>0\) なので、\(x=3\)。\(x=3\) という実数が存在し、それは問題の条件 \(x>0\) を満たしている。実際に \(x=3\) を代入すると、\(3+\frac{9}{3}=3+3=6\) となり、確かに値が 6 になる。
- 結論:\(x+\frac{9}{x}\) は、\(x=3\) のときに最小値 6 をとる。
相加平均と相乗平均の関係は、その証明の美しさ、そして応用の広さから、高校数学における不等式の魅力を象徴する存在です。この強力なツールを、ぜひあなたの問題解決のレパートリーに加えてください。
Module 2:数と式(2) 因数分解の応用と実数 の総括:構造の解明から数の体系へ、思考の地平を広げる
本モジュールにおいて、私たちは二つの異なる、しかし深く関連し合う知的探求の旅を経験しました。一つは、因数分解というレンズを通して、多項式の「内部構造」をより深く、より精密に解明していくミクロな探求。もう一つは、数の世界そのものに目を向け、その全体像である実数の体系を捉え直すマクロな探求でした。
前半の旅では、たすき掛け、複2次式の変形、そして因数定理と組立除法という一連の強力な分析ツールを手に入れました。これらは、もはや公式のパターン認識だけでは太刀打ちできない、複雑な高次式の因数分解を可能にするためのものです。因数定理が因数の存在を理論的に保証し、組立除法がその商を効率的に計算する。この連携は、代数学の理論とアルゴリズムが一体となって、問題解決をいかに力強く推し進めるかを見事に示してくれました。
後半の旅では、私たちの思考の舞台そのものである「数」の世界へと視点を移しました。自然数から整数、有理数、そして無理数へと至る数の拡張の歴史は、人類が新たな問題に直面するたびに、いかにして思考の枠組みを広げてきたかの物語でした。絶対値が「距離」という本質を、整数部分と小数部分が無理数の「構成」を明らかにし、そして相加平均・相乗平均の関係が、数と数の間に潜む普遍的な「秩序」を私たちに示してくれました。
このモジュールを通じて私たちが獲得したのは、単なる個別の計算技術や知識ではありません。それは、式の構造を解明する分析力と、議論の土台となる数の体系を理解する構想力です。この二つの力は、いわば車の両輪であり、これから皆さんが数学という広大な領域を探求していく上で、進むべき道筋を照らし、確かな足場を与えてくれる、不可欠な知的基盤となるでしょう。式のミクロな構造と、数のマクロな体系。両方を見通す視座を得た今、皆さんの思考の地平は、確かに大きく広がったはずです。