【基礎 数学(数学Ⅰ)】Module 8:図形と計量(1) 三角比の定義と相互関係
本モジュールの目的と構成
これまでの長い旅路で、私たちは数と式、関数、方程式、不等式といった「代数学」の世界を探求し、論理的な思考の骨格を築き上げてきました。本モジュールからは、舞台を大きく転換し、人類の知性の曙から存在したもう一つの数学の源流、すなわち**「幾何学」**の世界へと足を踏み入れます。幾何学は、図形の性質や空間の構造を探る学問であり、私たちの直感や視覚と深く結びついています。
この代数学と幾何学という、二つの巨大な大陸の間に架かる壮大な橋、それこそが本モジュールで学ぶ**「三角比(trigonometric ratio)」、そしてその拡張である三角関数です。「三角比」は、三角形の「角の大きさ」と「辺の長さ」**という、全く異なる種類の量を、普遍的な「比」の関係で結びつける、魔法の言葉です。この言葉を習得することで、私たちは、直接測ることのできない遠くの星までの距離や、巨大な山の高さを、手元の三角形の計算から知ることができるようになります。
私たちの探求は、まず、最も具体的で直感的な直角三角形の世界から始まります。そこで定義されるサイン・コサイン・タンジェントという3つの基本的な三角比が、角度さえ決まれば三角形の大きさによらず一定であるという、驚くべき事実を発見します。次に、その定義を、より抽象的で強力な**「単位円」**へと拡張することで、これまで鋭角(90°未満)に縛られていた三角比を、鈍角(180°まで)の世界へと解き放ちます。この「単位円」という新たな舞台は、今後の数学(特に数学IIで学ぶ三角関数)において、皆さんの思考の拠点となる、極めて重要なものです。
このモジュールを修了する時、皆さんは角と辺の長さを自在に翻訳する新しい言語を手にし、代数的な計算と幾何学的な洞察を融合させた、より豊かな問題解決の視点を獲得しているでしょう。そのために、以下のステップを順に探求していきます。
- 直角三角形による定義(鋭角の三角比): すべての基本となる、直角三角形の辺の比を用いた
sin
,cos
,tan
の定義を学び、その値が三角形の大きさによらない普遍的なものであることを理解します。 - 三角比の文法(相互関係式): 3つの三角比の間に常に成り立つ、ピタゴラスの定理に由来する3つの基本的な関係式を導出し、それらを自在に操る計算技術を習得します。
- 相補的な関係(90°-θ の三角比): 直角三角形の二つの鋭角の間に存在する対称的な関係から、
sin
とcos
が入れ替わる美しい関係式を発見します。 - 一つの情報から全てを(三角比の値の計算): 3つの三角比のうち、一つ値が分かれば、残りの二つも計算できることを、図形的な方法と代数的な方法の両面から学びます。
- 定義の革命(単位円による拡張): 三角比の定義を、直角三角形の呪縛から解き放ち、座標平面上の「単位円」の点の座標として再定義します。これは、三角比をより一般的な「関数」として捉えるための、決定的な飛躍です。
- 新たな世界の符号(鈍角における三角比): 単位円による新しい定義に基づき、90°を超える鈍角の世界では、
cos
やtan
の値が負になることを、座標の符号との対応で理解します。 - y軸に関する対称性(180°-θ の三角比): 単位円上の点の対称性を利用して、角度
θ
と180°-θ
の三角比の間に成り立つ、重要な関係式を導きます。 - 幾何と代数の融合(直線の傾きとタンジェント): 座標平面上の直線の「傾き」という代数的な量が、その直線がx軸となす「角」のタンジェントという幾何学的な量と、完全に一致することを発見します。
- 角度を求める方程式(三角方程式の解法):
sinθ = 1/2
のように、三角比の値から元の角度θ
を求める「三角方程式」の解法を、単位円を用いて視覚的に学びます。 - 角度の範囲を求める(三角不等式の解法):
cosθ > 1/2
のように、三角比が特定の範囲の値をとる元の角度θ
の範囲を求める「三角不等式」の解法を、単位円を用いて探求します。
それでは、角と辺が織りなす、魅惑的な三角比の世界へ旅立ちましょう。
1. 鋭角の三角比(sin, cos, tan)の定義
三角比の探求は、最も身近で、最も安定した図形の一つである直角三角形から始まります。古代エジプトの測量士たちが、土地を正確に測るために直角三角形の性質を利用したように、私たちもまず、この具体的な図形の中に潜む、角度と辺の長さの間の普遍的な関係性を見出すことから始めます。
1.1. 相似な三角形と辺の比
まず、角度が 30°, 60°, 90° の直角三角形を考えてみましょう。私たちは、その辺の長さの比が常に 1 : 2 : \sqrt{3} となることを知っています。
これは、三角形の大きさ(具体的な辺の長さ)が変わっても、3つの角度が同じでありさえすれば、対応する辺の比は常に一定に保たれる、という**相似(similarity)**の性質に基づいています。
この「角度が決まれば、辺の比も決まる」という根源的な事実こそが、三角比という概念を生み出す土壌となります。三角比とは、この、三角形の大きさには依存しない、角度固有の「辺の比の値」に名前を付けたものに他なりません。
1.2. 三角比の定義 (SOH-CAH-TOA)
∠C = 90° の直角三角形ABCにおいて、角A(その大きさを θ とする)に着目します。
このとき、3つの辺には、角 θ との位置関係によって、それぞれ特別な名前が与えられます。
- 斜辺 (hypotenuse): 直角の向かいにある、最も長い辺 (c)。
- 対辺 (opposite side): 着目している角
θ
の向かいにある辺 (a)。 - 隣辺 (adjacent side): 着目している角
θ
に隣接する辺のうち、斜辺でない方 (b)。
この3つの辺の長さを用いて、作ることのできる「比」は6通りありますが、そのうち特に重要な3つに、以下の名前が与えられています。
定義:鋭角 θ
(\(0^\circ < \theta < 90^\circ\)) の三角比
- 正弦 (sine, サイン): \(\sin\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{斜辺}} = \frac{a}{c}\)
- 余弦 (cosine, コサイン): \(\cos\theta = \frac{\text{隣辺}}{\text{斜辺}} = \frac{b}{c}\)
- 正接 (tangent, タンジェント): \(\tan\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{隣辺}} = \frac{a}{b}\)
英語圏では、この定義を覚えるための有名な語呂合わせ「SOH CAH TOA」があります。
- SOH: Sine = Opposite / Hypotenuse
- CAH: Cosine = Adjacent / Hypotenuse
- TOA: Tangent = Opposite / Adjacent
また、アルファベットの筆記体の形と関連付けて覚える方法も有効です。
sin
のs
: 斜辺から対辺へ向かう筆記体のs
の形。cos
のc
: 斜辺を隣辺で挟む筆記体のc
の形。tan
のt
: 隣辺から対辺へ向かう筆記体のt
の形。
1.3. 具体的な三角比の値
特別な角度(30°, 45°, 60°)を持つ直角三角形の辺の比は既知なので、これらの角度に対する三角比の値を具体的に計算することができます。これらの値は、今後の計算の基礎となるため、即座に思い出せるようにしておく必要があります。
- 45°の三角比 (辺の比
1:1:\sqrt{2}
)- \(\sin 45^\circ = \frac{1}{\sqrt{2}} = \frac{\sqrt{2}}{2}\)
- \(\cos 45^\circ = \frac{1}{\sqrt{2}} = \frac{\sqrt{2}}{2}\)
- \(\tan 45^\circ = \frac{1}{1} = 1\)
- 30°と60°の三角比 (辺の比
1:2:\sqrt{3}
)- 30°に着目: 対辺=1, 斜辺=2, 隣辺=\(\sqrt{3}\)
- \(\sin 30^\circ = \frac{1}{2}\)
- \(\cos 30^\circ = \frac{\sqrt{3}}{2}\)
- \(\tan 30^\circ = \frac{1}{\sqrt{3}} = \frac{\sqrt{3}}{3}\)
- 60°に着目: 対辺=\(\sqrt{3}\), 斜辺=2, 隣辺=1
- \(\sin 60^\circ = \frac{\sqrt{3}}{2}\)
- \(\cos 60^\circ = \frac{1}{2}\)
- \(\tan 60^\circ = \frac{\sqrt{3}}{1} = \sqrt{3}\)
- 30°に着目: 対辺=1, 斜辺=2, 隣辺=\(\sqrt{3}\)
これらの値をまとめた表は以下のようになります。
θ | 30° | 45° | 60° |
sinθ | 1/2 | \sqrt{2}/2 | \sqrt{3}/2 |
cosθ | \sqrt{3}/2 | \sqrt{2}/2 | 1/2 |
tanθ | 1/\sqrt{3} | 1 | \sqrt{3} |
この表には、「sin
の値は角度が大きくなると増加し、cos
は減少する」「sin30°=cos60°
」といった、興味深いパターンが隠されています。これらのパターンは、偶然ではなく、三角比の持つ深い性質の現れであり、後のセクションでその秘密を解き明かしていきます。
2. 三角比の相互関係式とその証明
サイン・コサイン・タンジェントという3つの三角比は、それぞれ独立に存在するのではなく、互いに深く結びついています。一つの直角三角形の3辺から定義されている以上、それらの比の間にも、何らかの普遍的な関係式が成り立つはずです。
このセクションでは、3つの三角比の間に常に成り立つ、3つの**相互関係式(trigonometric identities)**を導出します。これらの公式は、三角比の世界における「文法」のようなものであり、複雑な三角比の式を簡略化したり、一つの三角比の値から他の三角比の値を求めたりするための、最も基本的な道具となります。
2.1. 関係式1:サインとコサインの二乗の関係
公式:\(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)
\sin^2\theta
は(\sin\theta)^2
を意味します。
この最も重要で美しい関係式は、幾何学の根幹をなす**ピタゴラスの定理(三平方の定理)**から直接導かれます。
証明:
∠C=90° の直角三角形ABCにおいて、三平方の定理より、
a^2 + b^2 = c^2
が成り立つ。
この等式の両辺を、c^2(cは斜辺の長さなので c \neq 0)で割ります。
\frac{a^2}{c^2} + \frac{b^2}{c^2} = \frac{c^2}{c^2}
\left(\frac{a}{c}\right)^2 + \left(\frac{b}{c}\right)^2 = 1
ここで、三角比の定義を思い出しましょう。
\sin\theta = \frac{a}{c}
\cos\theta = \frac{b}{c}
これらを代入すると、
(\sin\theta)^2 + (\cos\theta)^2 = 1
すなわち、
\(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)
が証明されました。
この関係式は、後の「単位円」による定義において、円の方程式 x^2+y^2=1
と直接対応することになります。
2.2. 関係式2:タンジェントとサイン、コサインの関係
公式:\(\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta}\)
この関係式は、タンジェントが、サインとコサインという二つの基本的な比から導かれる、派生的な比であることを示しています。証明は、それぞれの定義に立ち返るだけで、極めて明快です。
証明:
三角比の定義より、
\sin\theta = \frac{a}{c}
\cos\theta = \frac{b}{c}
\tan\theta = \frac{a}{b}
ここで、分数 \frac{\sin\theta}{\cos\theta} を計算してみます。
\frac{\sin\theta}{\cos\theta} = \frac{a/c}{b/c}
分数の分母と分子に c を掛けると、
= \frac{a}{b}
これは、まさしく \tan\theta の定義そのものです。
したがって、
\(\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta}\)
が証明されました。
2.3. 関係式3:タンジェントとコサインの関係
公式:\(1 + \tan^2\theta = \frac{1}{\cos^2\theta}\)
この3番目の関係式は、独立に存在するものではなく、最初の2つの関係式から導出することができます。
証明:
最も基本的な関係式 \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) から出発します。
鋭角 \theta においては \cos\theta \neq 0 なので、この等式の両辺を \cos^2\theta で割ることができます。
\frac{\sin^2\theta}{\cos^2\theta} + \frac{\cos^2\theta}{\cos^2\theta} = \frac{1}{\cos^2\theta}
\left(\frac{\sin\theta}{\cos\theta}\right)^2 + 1 = \frac{1}{\cos^2\theta}
ここで、関係式2 \tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta} を用いると、
(\tan\theta)^2 + 1 = \frac{1}{\cos^2\theta}
すなわち、
\(1 + \tan^2\theta = \frac{1}{\cos^2\theta}\)
が証明されました。
2.4. 相互関係式のまとめ
三角比の相互関係式(三種の神器):
1. \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\)
2. \(\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta}\)
3. \(1 + \tan^2\theta = \frac{1}{\cos^2\theta}\)
これらの公式は、三角比を含む式を扱う上での、最も基本的な計算ルールです。これらを自在に使いこなすことで、複雑な三角比の計算を、単純な代数的な操作へと変換することが可能になります。次のセクションでは、早速これらの公式を使って、一つの三角比の値から他の値を計算する問題に取り組んでいきます。
3. 90°-θ の三角比
直角三角形の内角の和は180°です。一つの角が90°なので、残りの二つの鋭角の和は 180° - 90° = 90°
となります。つまり、一方の鋭角を θ
とすると、もう一方の鋭角は必ず 90°-θ
と表すことができます。
この二つの角 θ
と 90°-θ
は、互いに**相補的(complementary)**な関係にある、と言います。この相補的な関係は、三角比の世界に、非常に興味深く、美しい対称性をもたらします。このセクションでは、θ
の三角比と、その相方である 90°-θ
の三角比との間に成り立つ、驚くほどシンプルな関係式を探求します。
3.1. 図形的な考察
∠C=90°
の直角三角形ABCにおいて、∠A=θ
とすると、∠B=90°-θ
となります。
この三角形を使って、θ
の三角比と 90°-θ
の三角比を、それぞれ定義に従って書き出してみましょう。
- 角
θ
(∠A
) に着目した場合:- 対辺:
a
- 隣辺:
b
- 斜辺:
c
\sin\theta = a/c
,\cos\theta = b/c
,\tan\theta = a/b
- 対辺:
- 角 90°-θ (∠B) に着目した場合:今度は、視点を角Bに移します。すると、「対辺」と「隣辺」の役割が入れ替わることに気づきます。
- 対辺:
b
(θ
にとっては隣辺だった) - 隣辺:
a
(θ
にとっては対辺だった) - 斜辺:
c
(変わらない) \sin(90^\circ-\theta) = b/c
\cos(90^\circ-\theta) = a/c
\tan(90^\circ-\theta) = b/a
- 対辺:
3.2. 関係式の導出
上記の二組の式を注意深く比較すると、以下の素晴らしい対応関係が成り立っていることが分かります。
\sin(90^\circ-\theta) = b/c
は、\cos\theta = b/c
と全く同じ値です。\cos(90^\circ-\theta) = a/c
は、\sin\theta = a/c
と全く同じ値です。\tan(90^\circ-\theta) = b/a
は、\tan\theta = a/b
の逆数1/\tan\theta
です。
これにより、以下の公式が導かれます。
90°-θ の三角比の公式:
- \(\sin(90^\circ-\theta) = \cos\theta\)
- \(\cos(90^\circ-\theta) = \sin\theta\)
- \(\tan(90^\circ-\theta) = \frac{1}{\tan\theta}\)
言葉による解釈:
90°-θ
のサインは、元のθ
のコサインに等しい。90°-θ
のコサインは、元のθ
のサインに等しい。90°-θ
のタンジェントは、元のθ
のタンジェントの逆数に等しい。
「cosine」という名前の「co-」は、「相補的な(complementary)」という意味に由来します。つまり、コサインとは「相補的な角のサイン」のことなのです。この公式は、サインとコサインという名前の由来そのものを、数学的に表現していると言えます。
3.3. 具体例と応用
この公式は、三角比の値を求める計算を簡略化するのに役立ちます。
例:
\sin 70^\circ = \sin(90^\circ-20^\circ) = \cos 20^\circ
\cos 80^\circ = \cos(90^\circ-10^\circ) = \sin 10^\circ
\tan 65^\circ = \tan(90^\circ-25^\circ) = \frac{1}{\tan 25^\circ}
応用:式の簡略化
\sin^2 20^\circ + \sin^2 70^\circ の値を求めよ。
一見すると計算できそうにありませんが、90°-θ の関係を使えば、
\sin 70^\circ = \cos 20^\circ
なので、
与式 = \sin^2 20^\circ + (\cos 20^\circ)^2 = \sin^2 20^\circ + \cos^2 20^\circ
ここで、相互関係式 \sin^2\theta + \cos^2\theta = 1 を使えば、角度が 20° であっても、
与式 = 1
と、値を求めることができます。
この 90°-θ
の関係式は、三角比の世界に存在する多くの「対称性」の、最初の現れです。今後、単位円を用いて定義を拡張していく中で、さらに多くの角度の間の対称的な関係(180°-θ
, 180°+θ
, -θ
など)を発見していくことになります。この最初の美しい対称性を、しっかりと理解しておきましょう。
4. 三角比の値から他の三角比の値を求める計算
三角比の相互関係式を学んだことで、私たちは sinθ
, cosθ
, tanθ
のうち、どれか一つの値が分かれば、残りの二つの値を計算で求めることができるようになりました。
この計算は、三角比に関する様々な問題を解く上での、基本的な計算スキルとなります。この問題を解くアプローチには、大きく分けて二つの方法があります。
- 代数的なアプローチ: 相互関係式を連立方程式のように解いて、値を求める。
- 幾何学的なアプローチ: 与えられた三角比の値を持つ直角三角形を自分で描き、三平方の定理で残りの辺を求めて、他の比を読み取る。
どちらの方法も使えるようにしておくことが理想ですが、特に幾何学的なアプローチは、直感的で間違いが少なく、三角比の定義そのものを再確認する良い訓練になります。
4.1. 幾何学的なアプローチ(直角三角形を描く)
例題: θ
は鋭角とする。\(\sin\theta = \frac{2}{5}\) のとき、\cos\theta
と \tan\theta
の値を求めよ。
ステップ 1: 直角三角形を描く
sinθ = 2/5 という条件を満たす直角三角形を描きます。
sinθ = (対辺)/(斜辺) なので、
- 対辺 = 2
- 斜辺 = 5となるような直角三角形を考えます。
ステップ 2: 三平方の定理で残りの辺を求める
隣辺の長さを b とすると、三平方の定理 a^2+b^2=c^2 より、
2^2 + b^2 = 5^2
4 + b^2 = 25
b^2 = 21
b は辺の長さなので正であり、b = \sqrt{21}。
ステップ 3: 他の三角比を読み取る
これで3辺の長さがすべて (a=2, b=\sqrt{21}, c=5) と分かったので、cosθ と tanθ を定義に従って読み取ります。
\cos\theta = \frac{\text{隣辺}}{\text{斜辺}} = \frac{\sqrt{21}}{5}
\tan\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{隣辺}} = \frac{2}{\sqrt{21}}
(有理化して\frac{2\sqrt{21}}{21}
)
4.2. 代数的なアプローチ(相互関係式を用いる)
同じ問題を、今度は数式の計算だけで解いてみましょう。
例題: θ
は鋭角とする。\(\sin\theta = \frac{2}{5}\) のとき、\cos\theta
と \tan\theta
の値を求めよ。
ステップ 1: sin^2θ + cos^2θ = 1 を利用する
\sin\theta の値が分かっているので、この式から \cos\theta を求めることができます。
\left(\frac{2}{5}\right)^2 + \cos^2\theta = 1
\frac{4}{25} + \cos^2\theta = 1
\cos^2\theta = 1 – \frac{4}{25} = \frac{21}{25}
\cos\theta = \pm\sqrt{\frac{21}{25}} = \pm\frac{\sqrt{21}}{5}
ここで、問題の条件**「θ は鋭角」が重要になります。
鋭角 (0° < θ < 90°) の場合、その三角比の値はすべて正**になります。
したがって、\cos\theta > 0 なので、
\cos\theta = \frac{\sqrt{21}}{5}
ステップ 2: tanθ = sinθ/cosθ を利用する
sinθ と cosθ の値が両方わかったので、tanθ はこの式から簡単に計算できます。
\tan\theta = \frac{\sin\theta}{\cos\theta} = \frac{2/5}{\sqrt{21}/5}
分母と分子に 5 を掛けて、
\tan\theta = \frac{2}{\sqrt{21}}
別解(tanθ が与えられた場合)
もし \tan\theta の値が最初に与えられた場合は、1+\tan^2\theta=1/\cos^2\theta の公式を使うと、cosθ を直接求めることができ、計算がスムーズです。
4.3. どちらのアプローチを使うべきか?
- 幾何学的アプローチ(推奨):
- 長所: 直感的で、計算ミスが少ない。定義を直接使うので、公式を忘れても対応できる。
- 短所: いちいち図を描く手間が少しだけかかる。
- 代数的アプローチ:
- 長所: 機械的な計算で進められる。抽象的な議論にも強い。
- 短所: 平方根をとるときの符号(
\pm
)の吟味を忘れると、間違いやすい。公式を正確に覚えていないと使えない。
結論:
基本的には、幾何学的なアプローチ(直角三角形を描く方法)を第一選択とすることをお勧めします。この方法は、三角比の本質的な意味と常につながっているため、理解が深まります。
代数的なアプローチは、計算に慣れてからの検算用や、より複雑な式の証明問題などでその威力を発揮します。
重要なのは、θ
が鋭角であるという条件から、すべての三角比の値が正になる、ということを常に意識することです。この意識は、後の鈍角への拡張で、符号を正しく判断するための基礎となります。
5. 単位円を用いた 0°から180°への三角比の拡張
これまで私たちが扱ってきた三角比は、直角三角形を土台としていたため、その角度 θ
は 0° < θ < 90°
という鋭角の範囲に縛られていました。しかし、現実の世界には90°を超える鈍角も頻繁に現れます。三角形の内角の和は180°なので、少なくとも 0°
から 180°
までの範囲で三角比を定義できなければ、三角形の分析ツールとして不完全です。
この「鋭角の壁」を乗り越え、三角比の概念をより広く、より強力なものへと**拡張(extension)するための、革命的なツールが単位円(unit circle)**です。
単位円による再定義は、三角比を、もはや三角形の「辺の比」としてではなく、座標平面上の点の「座標」そのものとして捉え直す、という劇的な視点の転換です。この転換により、三角比は幾何学的な制約から解放され、より一般的な関数への道を歩み始めることになります。
5.1. 単位円の導入
定義:単位円とは、座標平面において、原点 O(0,0) を中心とする、半径 1 の円のことである。
その方程式は、三平方の定理から x^2+y^2=1 となる。
5.2. 単位円による三角比の再定義
この単位円を用いて、三角比を以下のように「再定義」します。
三角比の拡張された定義 (\(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\))
- 単位円の周上に、x軸の正の部分を始線として、反時計回りに角度
θ
をとる。 - その角度
θ
の動径(原点と結んだ線分)と、単位円との交点をP
とする。 - その点
P
の座標を(x, y)
とする。 - この座標
x, y
を用いて、θ
の三角比を以下のように定義する。- \(\cos\theta = x\) (x座標がコサイン)
- \(\sin\theta = y\) (y座標がサイン)
- \(\tan\theta = \frac{y}{x}\) (原点と点Pを結ぶ直線の傾き)
5.3. 新しい定義は、古い定義と矛盾しないか?
この新しい定義が、本当に「拡張」としてふさわしいものかどうかを検証する必要があります。つまり、θ
が鋭角 (0° < θ < 90°
) の場合に、この新しい定義が、古い「直角三角形による定義」と**一致する(consistentである)**ことを確認しなければなりません。
0° < θ < 90° のとき、点 P(x, y) は第一象限にあります。
点Pからx軸に垂線を下ろし、その足をHとすると、直角三角形OPHができます。
- 斜辺 OP の長さは、単位円の半径なので
1
。 - 隣辺 OH の長さは、点Pのx座標なので
x
。 - 対辺 PH の長さは、点Pのy座標なので
y
。
この直角三角形OPHにおいて、古い定義で三角比を計算すると、
\sin\theta = (対辺)/(斜辺) = y/1 = y
\cos\theta = (隣辺)/(斜辺) = x/1 = x
\tan\theta = (対辺)/(隣辺) = y/x
これは、新しい「座標による定義」と完全に一致します。
したがって、単位円による定義は、鋭角の三角比を特別な場合として含みながら、より広い角度へとその意味を一般化する、正当な「拡張」であることが分かります。
5.4. 新たな角度の三角比:0°, 90°, 180°
この新しい定義の威力は、直角三角形では考えることのできなかった、境界の角度の三角比を定義できる点にもあります。
θ=0°
のとき:- 点Pの座標は
(1, 0)
。 \cos 0^\circ = x = 1
\sin 0^\circ = y = 0
\tan 0^\circ = y/x = 0/1 = 0
- 点Pの座標は
θ=90°
のとき:- 点Pの座標は
(0, 1)
。 \cos 90^\circ = x = 0
\sin 90^\circ = y = 1
\tan 90^\circ = y/x = 1/0
→ 分母が0になるため、定義されない。
- 点Pの座標は
θ=180°
のとき:- 点Pの座標は
(-1, 0)
。 \cos 180^\circ = x = -1
\sin 180^\circ = y = 0
\tan 180^\circ = y/x = 0/(-1) = 0
- 点Pの座標は
単位円という新しい舞台を手に入れたことで、三角比はもはや静的な「比」ではなく、角度 θ
という入力に対して、sinθ, cosθ, tanθ
という値を出力する「関数」としての性格を明確に帯び始めます。この視点の転換は、数学IIで学ぶ三角関数への、決定的な一歩となるのです。
6. 鈍角における三角比の符号
単位円による三角比の拡張は、私たちを 90° < θ < 180°
という、**鈍角(obtuse angle)**の世界へと導きました。この新しい領域では、三角比の振る舞いは、鋭角の世界とは少し異なる、興味深い性質を示します。その最も顕著な特徴が、三角比の値が負になるという現象です。
直角三角形の「辺の長さ」を元にしていた古い定義では、比の値が負になることはあり得ませんでした。しかし、単位円上の「座標」として再定義された今、三角比は、その点が位置する**象限(quadrant)**によって、正にも負にもなりうるのです。
6.1. 象限と座標の符号
座標平面は、x軸とy軸によって、4つの領域に分割されます。これらを反時計回りに、第一象限、第二象限、第三象限、第四象限と呼びます。
それぞれの象限における、座標 (x, y)
の符号は以下のようになります。
- 第一象限 (I):
x > 0, y > 0
- 第二象限 (II):
x < 0, y > 0
- 第三象限 (III):
x < 0, y < 0
- 第四象限 (IV):
x > 0, y < 0
6.2. 角度と象限
0°
から 180°
までの角度 θ
を考えると、その動径が位置する象限は、
0^\circ < \theta < 90^\circ
(鋭角) のとき、点P(x,y)
は第一象限にあります。90^\circ < \theta < 180^\circ
(鈍角) のとき、点P(x,y)
は第二象限にあります。
6.3. 鈍角の三角比の符号
この象限と座標の符号のルールを、単位円による三角比の定義と組み合わせることで、鈍角における三角比の符号が、論理的な必然として導かれます。
定義の再確認: cosθ = x
, sinθ = y
, tanθ = y/x
90^\circ < \theta < 180^\circ (鈍角) の場合:
点 P(x, y) は第二象限にあるので、x<0, y>0 です。
したがって、
\cos\theta = x
:x
座標は負なので、\cos\theta < 0
\sin\theta = y
:y
座標は正なので、\sin\theta > 0
\tan\theta = \frac{y}{x}
:(正)/(負)
なので、\tan\theta < 0
6.4. まとめと具体例
三角比の符号のまとめ (\(0^\circ \le \theta \le 180^\circ\))
角度 θ | 象限 | sinθ (y) | cosθ (x) | tanθ (y/x) |
0^\circ | (軸上) | 0 | 1 | 0 |
鋭角 | I | + | + | + |
90^\circ | (軸上) | 1 | 0 | (なし) |
鈍角 | II | + | – | – |
180^\circ | (軸上) | 0 | -1 | 0 |
この表から、0°
から 180°
の範囲において、サイン sinθ
の値だけは、常に 0
以上であるという、非常に重要な性質が読み取れます。これは、点Pのy座標が、上半円(x軸より上)から出ることがないためです。
具体例:
\cos 120^\circ の値を考えてみましょう。
120° は鈍角なので、第二象限にあります。
したがって、その cos の値は負になるはずです。
(具体的な値は、後のセクションで \cos 120^\circ = -1/2 であることを学びます)
相互関係式の成立
\sin^2\theta+\cos^2\theta=1 などの相互関係式は、単位円の方程式 x^2+y^2=1 そのものであるため、θ が鈍角であっても、もちろん成り立ちます。
例: \sin\theta=3/5 (θは鈍角) のとき、cosθ は?
\cos^2\theta = 1-\sin^2\theta = 1-(3/5)^2 = 1-9/25 = 16/25
\cos\theta = \pm 4/5
θ は鈍角なので、\cos\theta < 0。
よって、\cos\theta = -4/5。
このように、単位円と座標という新しい視点を得たことで、三角比は単なる「比」から、正負の符号を持つ、より豊かな表現力を持った「量」へと進化したのです。この符号のルールを正確に把握することが、鈍角を含む三角比の問題を正しく解くための鍵となります。
7. 180°-θ の三角比
単位円という強力なツールを手に入れた私たちは、円が持つ対称性(symmetry)を利用して、異なる角度の三角比の間に成り立つ、さらなる関係式を発見することができます。90°-θ
の関係式が、直角三角形の内部の相補的な関係から生まれたのに対し、これから探求する 180°-θ
の関係式は、単位円におけるy軸に関する対称性から導かれます。
この関係式は、任意の鈍角の三角比を、私たちがよく知る鋭角の三角比の値と結びつけることを可能にする、極めて実用的な公式です。
7.1. 単位円上の点の対称性
単位円上に、角度 θ (0° < θ < 90°) に対応する点 P をとります。
その座標は P(x, y) であり、x=\cos\theta, y=\sin\theta です。
次に、同じ単位円上に、角度 180°-θ に対応する点 Q をとります。
角度 180°-θ は、180°(x軸の負の方向)から θ だけ戻った角度です。
図形的に見ると、点 Q は、点 P を y軸に関して対称移動した点と、全く同じ位置にあることがわかります。
点 P(x, y) をy軸に関して対称移動した点の座標は (-x, y) となります。
したがって、点 Q の座標は (-x, y) です。
7.2. 関係式の導出
この座標の対称関係を、三角比の定義に当てはめてみましょう。
- 点
P
(角度θ
):\cos\theta = x
\sin\theta = y
\tan\theta = y/x
- 点
Q
(角度180°-θ
):- 点Qのx座標は
-x
なので、\cos(180^\circ-\theta) = -x
- 点Qのy座標は
y
なので、\sin(180^\circ-\theta) = y
- 点Qにおける傾きは
y/(-x)
なので、\tan(180^\circ-\theta) = -y/x
- 点Qのx座標は
これらの二組の式を比較することで、以下の関係式が導かれます。
180°-θ の三角比の公式:
- \(\sin(180^\circ-\theta) = \sin\theta\) (y座標は同じ)
- \(\cos(180^\circ-\theta) = -\cos\theta\) (x座標は符号が反転)
- \(\tan(180^\circ-\theta) = -\tan\theta\) (傾きは符号が反転)
言葉による解釈:
- 補角(足して180°になる角)のサインは、元の角のサインと等しい。
- 補角のコサインは、元の角のコサインのマイナス倍となる。
- 補角のタンジェントは、元の角のタンジェントのマイナス倍となる。
7.3. 公式の応用:鈍角を鋭角に変換する
この公式の最大の利点は、鈍角の三角比の値を、対応する鋭角の三角比の値に変換できる点にあります。これにより、私たちは 30°, 45°, 60° といった、よく知る角度の値だけで、多くの鈍角の三角比の値を計算することができます。
例 1: 120°
の三角比
120° = 180°-60°
なので、θ=60°
として公式を適用する。\sin 120^\circ = \sin(180^\circ-60^\circ) = \sin 60^\circ = \frac{\sqrt{3}}{2}
\cos 120^\circ = \cos(180^\circ-60^\circ) = -\cos 60^\circ = -\frac{1}{2}
\tan 120^\circ = \tan(180^\circ-60^\circ) = -\tan 60^\circ = -\sqrt{3}
例 2: 135°
の三角比
135° = 180°-45°
なので、θ=45°
として公式を適用する。\sin 135^\circ = \sin 45^\circ = \frac{\sqrt{2}}{2}
\cos 135^\circ = -\cos 45^\circ = -\frac{\sqrt{2}}{2}
\tan 135^\circ = -\tan 45^\circ = -1
例 3: 150°
の三角比
150° = 180°-30°
なので、θ=30°
として公式を適用する。\sin 150^\circ = \sin 30^\circ = \frac{1}{2}
\cos 150^\circ = -\cos 30^\circ = -\frac{\sqrt{3}}{2}
\tan 150^\circ = -\tan 30^\circ = -\frac{1}{\sqrt{3}}
この公式を使いこなすことで、私たちの三角比の世界は、0°から180°まで、ほぼ完全に見通せるようになります。
90°-θ と 180°-θ の二つの関係式は、三角比が持つ豊かな対称性の世界への、最初の招待状なのです。これらの関係を、単なる暗記項目としてではなく、単位円上の点の動きという、ダイナミックな幾何学的イメージと共に理解することが、深い学びへと繋がります。
8. 直線の傾きとタンジェントの関係
座標平面という、代数と幾何が交差する世界において、直線は最も基本的で重要な図形です。その直線の特徴を最も簡潔に表す代数的な量が**「傾き(slope)」**でした。傾き m
とは、「xが1増加したときのyの増加量」(\Delta y / \Delta x)
で定義され、直線の「急さ」と「向き」を示します。
一方、三角比の世界では、タンジェント tanθ
が、直角三角形の「(対辺)/(隣辺)」として定義され、これもまた角度 θ
が作る直角三角形の「傾き具合」を表す量と解釈できます。
このセクションでは、これら二つの、異なる分野で定義された「傾き」という概念が、実は完全に同一のものであるという、代数と幾何の美しい邂逅を発見します。
8.1. 関係式の発見
直線 y=mx+n が、x軸の正の向きとなす角を θ (0° \le \theta < 180°, \theta \neq 90°) とします。
このとき、直線の傾き m と、角 θ のタンジェント tanθ の間には、以下の関係が成り立ちます。
関係式: m = \tan\theta
8.2. なぜこの関係が成り立つのか?
この関係式は、傾きとタンジェント、両方の定義に立ち返ることで、簡単に証明できます。
証明:
直線 y=mx+n 上に、異なる2点 A(x_1, y_1), B(x_2, y_2) (x_1 < x_2) をとります。
傾き m の定義より、
m = \frac{y_2-y_1}{x_2-x_1}
次に、点Aを通りx軸に平行な直線と、点Bを通りy軸に平行な直線の交点をCとすると、直角三角形ABCができます。
このとき、
AC = x_2-x_1
BC = y_2-y_1
- 直線ACと直線ABのなす角は、同位角により
θ
に等しい。
この直角三角形ABCにおいて、tanθ を定義に従って計算すると、
\tan\theta = \frac{\text{対辺}}{\text{隣辺}} = \frac{BC}{AC} = \frac{y_2-y_1}{x_2-x_1}
したがって、
m = \tan\theta
が成り立ちます。
この証明は θ
が鋭角の場合ですが、単位円による拡張された定義 \tan\theta = y/x
が、原点を通る直線の傾きそのものであったことを思い出せば、この関係が θ
が鈍角の場合にも成り立つことが直感的に理解できるでしょう。(y=mx
の傾き m
は、単位円との交点 P(x,y)
を使って y/x
と表せるため)
8.3. 応用例
この関係式は、直線の傾きと角度を相互に変換するための、実用的なツールとなります。
例題 1: x軸の正の向きとのなす角が 60°
である直線の傾きを求めよ。
\theta=60°
- 傾き
m = \tan 60^\circ = \sqrt{3}
例題 2: x軸の正の向きとのなす角が 135°
である直線の傾きを求めよ。
\theta=135°
- 傾き m = \tan 135^\circ = -1(傾きが負であることと、角度が鈍角であることが、見事に対応している)
例題 3: 直線 y = -\frac{1}{\sqrt{3}}x + 2
とx軸の正の向きとのなす角 θ
を求めよ。ただし 0° \le \theta < 180°
とする。
- 傾きは
m = -1/\sqrt{3}
。 - したがって、
\tan\theta = -1/\sqrt{3}
を満たすθ
を探せばよい。 \tan
が負になるのは、θ
が鈍角のとき。- まず、符号を無視して
\tan\alpha = 1/\sqrt{3}
となる鋭角\alpha
を探すと、\alpha=30°
。 - 180°-θ の公式 \tan(180^\circ-\alpha) = -\tan\alpha を利用すると、\tan(180^\circ-30^\circ) = -\tan 30^\circ = -1/\sqrt{3}
- したがって、求める角度
θ
は180°-30° = 150°
。
2直線のなす角(発展)
2直線 y=m_1 x+n_1, y=m_2 x+n_2 があり、それぞれがx軸の正の向きとなす角を \alpha, \beta とすると、m_1=\tan\alpha, m_2=\tan\beta です。
このとき、2直線のなす角は |\alpha-\beta| となりますが、これを求めるには数学IIで学ぶタンジェントの加法定理が必要になります。
\tan(\alpha-\beta) = \frac{\tan\alpha-\tan\beta}{1+\tan\alpha\tan\beta} = \frac{m_1-m_2}{1+m_1 m_2}
この m=\tan\theta
という関係は、三角比が単なる図形の問題だけでなく、解析幾何学(座標と図形を結びつける分野)においても、基本的な言語として機能することを示しています。
9. 三角方程式の解法 (0°≦θ≦180°)
これまでは、角度 θ
が与えられ、その三角比の値を求める、という方向の計算を行ってきました。**三角方程式(trigonometric equation)**は、その逆問題です。すなわち、三角比の値が先に与えられ、その値をとるような元の角度 θ
を求める問題です。
例: \sin\theta = 1/2
を満たす θ
(0° \le \theta \le 180°
) を求めよ。
この問題を解くための、最も確実で、視覚的に分かりやすいツールが、単位円です。代数的な方程式を、単位円上の点の幾何学的な位置を探す問題へと翻訳することで、解の見落としや間違いを劇的に減らすことができます。
9.1. 単位円を用いた解法のアルゴリズム
- [翻訳] 与えられた三角方程式が、単位円上の点の x座標、y座標、傾きのどれに関する条件なのかを翻訳する。
\cos\theta = k \iff
x座標がk
\sin\theta = k \iff
y座標がk
\tan\theta = k \iff
傾きがk
- [作図] 単位円を描き、ステップ1で翻訳した条件を満たす直線や点を描き加える。
\cos\theta = k
→ 縦線x=k
を描く。\sin\theta = k
→ 横線y=k
を描く。\tan\theta = k
→ 傾きがk
となる直線y=kx
を描く。(または、点(1,k)をとり、原点と結ぶ)
- [交点の特定] 描いた直線と単位円との交点 P を特定する。(0° \le \theta \le 180° の範囲なので、上半円のみを考える)
- [角度の読み取り] 特定した交点 P に対応する角度 θ を読み取る。このとき、30°, 45°, 60° などの有名な角度を持つ直角三角形をイメージすると、角度を特定しやすい。
9.2. 実践例
9.2.1. sinθ = k
の方程式
例題 1: \sin\theta = \frac{\sqrt{3}}{2}
(0° \le \theta \le 180°
) を解け。
- [翻訳]
y
座標が\sqrt{3}/2
となる点を探す。 - [作図] 単位円上に、水平な直線
y = \sqrt{3}/2
を描く。 - [交点の特定] 直線は、上半円と2点で交わる。
- [角度の読み取り]
- 第一象限の交点:y座標(対辺)が
\sqrt{3}
、斜辺が2
(半径1の\sqrt{3}/2
なので、2:\sqrt{3}
)となる直角三角形を考えると、60°
の角を持つ。よって\theta_1 = 60^\circ
。 - 第二象限の交点:y軸に関する対称性から、
180°-60° = 120°
。よって\theta_2 = 120^\circ
。
\theta = 60^\circ, 120^\circ
- 第一象限の交点:y座標(対辺)が
9.2.2. cosθ = k
の方程式
例題 2: \cos\theta = -\frac{1}{2}
(0° \le \theta \le 180°
) を解け。
- [翻訳]
x
座標が-1/2
となる点を探す。 - [作図] 単位円上に、垂直な直線
x = -1/2
を描く。 - [交点の特定] 直線は、上半円と1点(第二象限)で交わる。
- [角度の読み取り]
- x座標(隣辺)が
1
、斜辺が2
となる直角三角形を考えると、60°
の角が基本となる。 - 第二象限にあるので、
180°-60°
の関係を使う。 \theta = 180^\circ - 60^\circ = 120^\circ
。
\theta = 120^\circ
- x座標(隣辺)が
9.2.3. tanθ = k
の方程式
例題 3: \tan\theta = -1
(0° \le \theta \le 180°
) を解け。
- [翻訳] 傾きが
-1
となる点を探す。 - [作図] 原点を通り、傾きが
-1
の直線y=-x
を描く。 - [交点の特定] 直線は、上半円と1点(第二象限)で交わる。
- [角度の読み取り]
- 傾きが
1
または-1
になるのは、45°
に関連する角度。 - 第二象限にあるので、
180°-45°
の関係を使う。 \theta = 180^\circ - 45^\circ = 135^\circ
。
\theta = 135^\circ
- 傾きが
単位円を用いたこの解法は、単に答えを出すための手続きではありません。それは、sin, cos, tan
という関数の値と、角度 θ
との間の、視覚的でダイナミックな関係性を、身体で理解するためのプロセスです。この解法をマスターすれば、次の三角不等式も、同じ考え方でスムーズに理解することができます。
10. 三角不等式の解法 (0°≦θ≦180°)
三角方程式が、三角比がある「特定の値」をとる「特定の角度」を求める問題であったのに対し、**三角不等式(trigonometric inequality)**は、三角比がある「値の範囲」をとるような、「角度の範囲」を求める問題です。
例: \sin\theta > 1/2
を満たす θ
(0° \le \theta \le 180°
) の範囲を求めよ。
この問題もまた、単位円が最強の解決ツールとなります。不等式が要求する条件を、単位円周上の「点の動く範囲」として視覚的に捉えることで、複雑に見える角度の範囲を、直感的に、かつ正確に求めることができます。
10.1. 単位円を用いた解法のアルゴリズム
- [境界の特定] まず、不等号を等号に置き換えた三角方程式を解く。\sin\theta > 1/2 であれば、まず \sin\theta = 1/2 を解く。この方程式の解が、求めるべき角度の範囲の「境界」となる。
- [条件の図示] 単位円を描き、与えられた不等式が、x座標、y座標、傾きのどのような範囲に対応するのかを図示する。
\cos\theta > k
→x>k
の領域(直線x=k
の右側)\sin\theta > k
→y>k
の領域(直線y=k
の上側)\tan\theta > k
→ 傾きがk
より大きい領域
- [円周上の範囲の特定] ステップ2で図示した領域に含まれる、単位円の円周(上半円)の部分を特定する。
- [角度の範囲の読み取り] ステップ3で特定した円周の部分に対応する、角度 θ の範囲を、ステップ1で求めた境界の角度を用いて記述する。このとき、不等号に _ が含まれるかどうか(境界を含むか含まないか)に注意する。
10.2. 実践例
10.2.1. sinθ > k
の不等式
例題 1: \sin\theta > \frac{1}{2}
(0° \le \theta \le 180°
) を解け。
- [境界の特定] 方程式 \sin\theta = 1/2 を解く。y=1/2 となるのは \theta = 30^\circ, 150^\circ。
- [条件の図示] \sin\theta > 1/2 は y > 1/2 を意味する。単位円上に、直線 y=1/2 を描き、その上側の領域を考える。
- [円周上の範囲の特定] この領域に含まれる上半円の部分は、
30°
の点から150°
の点までの間の円弧である。 - [角度の範囲の読み取り] この円弧に対応する角度 θ の範囲は、30° と 150° の間である。元の不等号は > なので、境界は含まない。解:
30^\circ < \theta < 150^\circ
10.2.2. cosθ ≤ k
の不等式
例題 2: \cos\theta \le -\frac{1}{\sqrt{2}}
(0° \le \theta \le 180°
) を解け。
- [境界の特定] 方程式 \cos\theta = -1/\sqrt{2} を解く。x=-1/\sqrt{2} となるのは、45° に関連する鈍角なので \theta = 135^\circ。
- [条件の図示] \cos\theta \le -1/\sqrt{2} は x \le -1/\sqrt{2} を意味する。単位円上に、直線 x = -1/\sqrt{2} を描き、その左側の領域を考える。
- [円周上の範囲の特定] この領域に含まれる上半円の部分は、
135°
の点から180°
の点までの間の円弧である。 - [角度の範囲の読み取り] この円弧に対応する角度 θ の範囲は、135° と 180° の間である。元の不等号は \le なので、境界を含む。解:
135^\circ \le \theta \le 180^\circ
10.2.3. tanθ < k
の不等式(要注意)
タンジェントの不等式は、\theta=90°
で値が定義されないため、特別な注意が必要です。
例題 3: \tan\theta < \sqrt{3}
(0° \le \theta \le 180°
) を解け。
- [境界の特定] 方程式 \tan\theta = \sqrt{3} を解く。傾きが \sqrt{3} となるのは \theta = 60^\circ。
- [条件の図示]
\tan\theta < \sqrt{3}
は、傾きが\sqrt{3}
よりも小さいことを意味する。- 傾きが
\sqrt{3}
となる直線y=\sqrt{3}x
を描く。 - 傾きがこれより小さいということは、この直線より緩やかな傾きを持つ領域を意味する。
- これには、傾きが正で緩やかな部分と、傾きが負になるすべての部分が含まれる。
- 傾きが
- [円周上の範囲の特定]
- 第一象限: 0° から 60° までの円弧の部分。\theta=0° のとき \tan 0°=0 < \sqrt{3}。\theta=60° は境界なので含まない。よって、0^\circ \le \theta < 60^\circ。
- 第二象限: 第二象限では、\tan\theta は常に負の値をとる。負の値は、もちろん \sqrt{3} よりも小さい。したがって、第二象限の角度はすべて条件を満たす。ただし、\theta=90° では \tan\theta は定義されないので、この点は除外する。よって、90^\circ < \theta \le 180^\circ。
- [結論の統合]二つの範囲を合わせて、解:0^\circ \le \theta < 60^\circ, \ 90^\circ < \theta \le 180^\circ
三角不等式を解く力は、単位円上の点の動きを、角度と座標と傾きの関係性の中で、いかにダイナミックにイメージできるかにかかっています。この視覚的な解法を繰り返し練習し、三角比と単位円を完全に一体のものとして捉えられるようになってください。
Module 8:図形と計量(1) 三角比の定義と相互関係 の総括:角度と座標を結ぶ、新たな幾何学言語の誕生
本モジュールを通じて、私たちは代数学の世界から幾何学の世界へと大きな一歩を踏み出し、その二つの世界を繋ぐ強力な言語、「三角比」を習得しました。この旅は、具体的な直角三角形の「辺の比」という素朴な定義から始まり、抽象的な座標平面上の「単位円」における「点の座標」という、より普遍的で強力な定義へと至る、思考の抽象化と拡張のプロセスそのものでした。
直角三角形から生まれた sin, cos, tan
は、その出自を物語るピタゴラスの定理の魂を受け継ぎ、\sin^2\theta+\cos^2\theta=1
という、揺るぎない相互関係を形成していました。90°-θ
や 180°-θ
の関係式は、図形が持つ「対称性」という美しさが、数式の上にいかに反映されるかを見せてくれました。
しかし、本モジュールにおける最大の知的飛躍は、間違いなく「単位円」による再定義でした。三角比を「座標」として捉え直した瞬間、私たちは鋭角という制約から解放され、90°
や 180°
、そして鈍角といった、より広大な角度の世界への扉を開いたのです。座標が持つ符号の概念は、三角比に「正負」という新たな表現力をもたらし、\tan\theta
が直線の「傾き」そのものであるという発見は、代数と幾何が、もはや別の学問ではないことを私たちに確信させました。
そして最後に、この単位円という新たな思考の舞台の上で、私たちは三角方程式や三角不等式を解きました。それは、代数的な問題を、円周上の点の位置を探すという、完全に幾何学的な探索へと翻訳する作業でした。この経験を通じて、私たちは数式と図形を、互いに翻訳可能な二つの言語として、自在に行き来する能力の基礎を築いたのです。
このモジュールで手に入れた三角比という言語と、単位円という思考のコンパスは、この先の数学の旅、特に Module 9 で学ぶ正弦定理・余弦定理や、数学IIで展開される三角関数の広大な世界を探検するための、不可欠な装備となるでしょう。