【基礎 数学(数学A)】Module 5:図形の性質(1) 三角形の性質

当ページのリンクには広告が含まれています。

本モジュールの目的と構成

数学の世界における「図形」の探求は、古代ギリシャの時代から続く、人間の理性の根源的な営みです。そして、あらゆる多角形の基本構成単位であり、その不動の剛性から構造力学の基礎ともなる三角形は、この探求の旅における永遠の出発点と言えるでしょう。一見すると、わずか三つの辺と三つの角からなるこのシンプルな図形のうちに、驚くほど豊かで、深く、そして相互に連関しあう性質の宇宙が秘められています。

本モジュールでは、これまでの「場合の数」や「確率」といった代数的な思考から一旦離れ、直観と論理を駆使して図形の不変的な真理を追求する論証幾何学の世界に分け入ります。ここで養われるのは、単に定理を暗記し、問題を解く能力だけではありません。それは、図を観察し、補助線を引いて新たな関係性を見出し、公理や既知の事実から一歩一歩、揺ぎない結論へと至る「証明の思考法」そのものです。この能力は、数学の他の分野はもとより、あらゆる知的探求において必須の基盤となります。

本モジュールは、以下の学習項目を通じて、三角形の性質を基礎から応用まで体系的に解き明かしていきます。

  1. 三角形の辺と角の大小関係: 三角形を構成する最も基本的な要素である辺と角の間に存在する、普遍的な大小関係の法則を学びます。
  2. 三角形の成立条件: そもそも、与えられた三つの線分が三角形を「形成」できるのはどのような時か。その根本的な制約条件を探求します。
  3. 三角形の五心(重心、外心、内心、垂心、傍心): 三角形には、その形状を特徴づける5種類の中心(五心)が存在します。これらが、どのような線分の交点として定義されるのかを学びます。
  4. 各五心の性質と証明: 五心がそれぞれ持つユニークで重要な性質(2:1の比、各頂点や辺からの距離など)を、論理的な証明を通じて深く理解します。
  5. チェバの定理とその逆: 三角形の頂点と対辺上の点を結ぶ3本の線(チェビアン)が1点で交わるための、驚くほど美しい条件を記述したチェバの定理を学びます。
  6. メネラウスの定理とその逆: 1本の直線が三角形(またはその延長)を横切るときに辺の間に成り立つ、もう一つの強力な比の定理、メネラウスの定理を探求します。
  7. 角の二等分線と辺の比: 角の二等分線が対辺をどのような比に内分・外分するのかという、計量的な性質を学びます。
  8. 中点連結定理: 三角形の二辺の中点を結ぶ線分が持つ、平行性と長さに関する基本的な性質を再確認し、その応用を探ります。
  9. 三角形の面積比: 高さや底辺を共有する三角形の面積の間に成り立つ、比に関する基本的な法則を整理し、これがチェバの定理などの証明の強力な武器となることを見ます。
  10. デザルグの定理の紹介: 最後に、2つの三角形が「配景」の位置にあるときに成り立つ、射影幾何学の入り口となる、壮大で美しいデザルグの定理を紹介し、幾何学の奥深さの一端に触れます。

このモジュールを学び終えたとき、皆様の眼には、単なる線と点の集まりであった三角形が、無数の法則と関係性が織りなす、調和のとれた論理的な構造体として映るはずです。図形に隠された声を聞き、その主張を証明という言葉で語る。そのような知的な対話の技術を、共に学んでいきましょう。


目次

1. 三角形の辺と角の大小関係

三角形を構成する最も基本的な要素は、三つの「辺」と三つの「角」です。これらは独立して存在するのではなく、互いに密接な関係で結ばれています。その中でも最も根源的で直感的な関係が、辺の長さと、その辺が向き合う対角の大きさとの間に存在する大小関係です。この関係性は、三角形の形状を決定づける fundamental な法則であり、後の様々な定理や不等式の証明においても、その基礎的な論理として機能します。

1.1. 定理:辺と角の大小関係

三角形における辺と角の大小関係は、以下の二つの命題によって完全に記述されます。これらは互いに逆の関係にあり、セットで理解することが重要です。

【定理】

三角形 \(\triangle ABC\) において、

  1. 辺の大小関係が角の大小関係を決定する長い辺の対角は、短い辺の対角よりも大きい。すなわち、\(BC > AC \implies \angle A > \angle B\)
  2. 角の大小関係が辺の大小関係を決定する大きい角の対辺は、小さい角の対辺よりも長い。すなわち、\(\angle A > \angle B \implies BC > AC\)

この定理は、非常に直感的です。二つの辺の間の角を大きく広げていけば、その向かい側にある辺も自然と長くなっていく、というイメージを持つことができます。逆に、長い辺を固定すれば、それを支える向かい側の角は、短い辺を支える角よりも大きく開く必要がある、と考えることもできます。

特別なケース

  • 二等辺三角形: もし2辺の長さが等しい(例:\(AC=BC\))ならば、その対角の大きさも等しくなります(\(\angle B = \angle A\))。これは、上記の定理の等号が成立する場合に相当します。
  • 正三角形: 3辺の長さがすべて等しければ、3つの角の大きさもすべて等しくなります(60°)。
  • 直角三角形: 最も大きい角は直角(90°)です。したがって、その対辺である斜辺が、三つの辺の中で必ず最も長くなります。

1.2. 定理の証明

この直感的に明らかな定理を、論理的に厳密に証明してみましょう。ここでは、(1) の「辺の大小 \(\implies\) 角の大小」を証明します。(2) は、この対偶をとるか、同様の論理で証明することができます。

証明:\(BC > AC \implies \angle A > \angle B\)

仮定: \(\triangle ABC\) において、辺 \(BC\) の長さが辺 \(AC\) の長さより大きい(\(a > b\))。

結論: 角 \(\angle BAC\) (\(\angle A\)) の大きさが角 \(\angle ABC\) (\(\angle B\)) の大きさより大きい(\(A > B\))。

証明のステップ

  1. 補助線の作図:仮定 \(BC > AC\) より、辺 \(BC\) 上に、\(CD = AC\) となるような点 D をとることができます。(DはBとCの間に存在する)そして、頂点Aと点Dを結びます。
  2. 二等辺三角形の性質の利用:作図から、\(\triangle ADC\) は \(AC = CD\) の二等辺三角形です。したがって、その底角は等しくなります。\(\angle CAD = \angle CDA \quad \cdots ①\)
  3. 三角形の外角の性質の利用:次に、\(\triangle ABD\) に注目します。角 \(\angle CDA\) は、\(\triangle ABD\) の頂点Dにおける外角です。三角形の外角は、それと隣り合わない二つの内角の和に等しいので、\(\angle CDA = \angle ABD + \angle BAD\)\(\angle ABD\) は \(\triangle ABC\) の \(\angle B\) と同じ角です。また、\(\angle BAD\) は正の大きさを持つ角なので、\(\angle CDA > \angle B \quad \cdots ②\)
  4. 論理の結合:式①と②から、\(\angle CDA\) を媒介として、\(\angle CAD\) と \(\angle B\) の関係を導きます。\(\angle CAD = \angle CDA > \angle B\)すなわち、\(\angle CAD > \angle B\) が成り立ちます。
  5. 結論:我々が証明したいのは \(\angle A > \angle B\) です。図から、\(\angle A\) すなわち \(\angle BAC\) は、\(\angle CAD\) と \(\angle BAD\) の和です。\(\angle A = \angle BAC = \angle BAD + \angle CAD\)\(\angle BAD > 0\) なので、\(\angle A > \angle CAD\)これと、ステップ4で得られた \(\angle CAD > \angle B\) を組み合わせると、\(\angle A > \angle CAD > \angle B\)したがって、\(\angle A > \angle B\)が証明されました。

(証明終)

この証明は、補助線を引くことで既知の図形(二等辺三角形)の性質を利用し、外角の定理という基本的なツールを組み合わせて結論を導く、論証幾何学の典型的な思考プロセスを示しています。

1.3. 定理の応用

この基本的な定理は、特定の辺が最も長いことや、特定の角が最も大きいことを示す際に、直接的な根拠として利用されます。

例題

\(\triangle ABC\) において、3辺の長さが \(a=7, b=5, c=8\) であるとき、最も大きい角と最も小さい角はどれか。

思考プロセス

  1. 辺の大小関係を比較する:三辺の長さを比較すると、\(c=8 > a=7 > b=5\) となります。すなわち、\(AB > BC > AC\)。
  2. 定理を適用する:「長い辺の対角は大きい」という定理を適用します。
    • 最も長い辺は \(c = AB = 8\) なので、その対角である \(\angle C\) が最も大きい角となります。
    • 最も短い辺は \(b = AC = 5\) なので、その対角である \(\angle B\) が最も小さい角となります。

この定理は、後の数学IIで学ぶ正弦定理 (\(\frac{a}{\sin A} = \frac{b}{\sin B} = \frac{c}{\sin C} = 2R\)) や余弦定理 (\(a^2 = b^2+c^2 – 2bc \cos A\)) とも深く関連しています。

  • 正弦定理から、辺の比は対角の正弦(サイン)の比に等しい(\(a:b:c = \sin A:\sin B:\sin C\))ことが分かります。0°から180°の範囲では、角が大きければサインの値も大きくなる(90°までは増加、その後減少するが大小関係は保たれる傾向)ため、辺と角の大小関係がここにも反映されています。
  • 余弦定理を変形した \(\cos A = \frac{b^2+c^2-a^2}{2bc}\) を考えると、辺 \(a\) が長くなるほど、分子が小さくなり(あるいは負に大きくなり)、\(\cos A\) の値は小さくなります。0°から180°の範囲で \(\cos A\) が小さいほど、角 \(A\) は大きくなるため、ここでも辺と角の大小関係が数式として表現されています。

このように、三角形の辺と角の大小関係は、単なる直感的な事実ではなく、幾何学および三角法の体系全体を貫く、 foundational な原理の一つなのです。


2. 三角形の成立条件

三本の棒があれば、いつでも三角形が作れるわけではありません。極端に長い一本と、非常に短い二本の棒では、端と端が届かず、閉じた図形を作ることはできません。では、三つの線分が三角形を形成するためには、その長さにどのような条件が必要なのでしょうか。この根本的な問いに答えるのが、三角形の成立条件、または三角不等式 (Triangle Inequality) として知られる定理です。これは、三角形が存在するための、最も基本的な制約条件を記述するものです。

2.1. 三角不等式

【定理:三角形の成立条件】

三つの線分が三角形の三辺となるための必要十分条件は、「どの二辺の長さの和も、残りの一辺の長さより大きい」ことである。

三辺の長さを \(a, b, c\) とすると、以下の三つの不等式がすべて同時に成り立たなければなりません。

  1. \(a + b > c\)
  2. \(b + c > a\)
  3. \(c + a > b\)

直感的な理解

この定理の最も直感的な解釈は、「二点間の最短距離は、その二点を結ぶ直線距離である」という事実です。

三角形の頂点を A, B, C とし、辺の長さを \(BC=a, AC=b, AB=c\) とします。

頂点Aから頂点Bへ行くことを考えたとき、直接行く距離 (\(c\)) は、頂点Cを経由していく遠回りな道のり (\(b+a\)) よりも必ず短くなければなりません。したがって、\(a+b > c\) となります。この考え方は、他のどの二頂点間についても同様に成り立ちます。もし \(a+b=c\) となってしまった場合、A, B, C の三点は一直線上に並んでしまい、三角形は潰れてしまいます。

2.2. より実践的な表現

上記の三つの不等式は、三角形の成立条件の基本形ですが、問題を解く際には、これらをまとめた、より実践的な形が便利です。

三つの不等式

  • \(a+b > c\)
  • \(b+c > a \implies c > a-b\)
  • \(c+a > b \implies c > b-a\)を組み合わせることを考えます。\(c > a-b\) と \(c > b-a\) は、まとめて \(c > |a-b|\) と書くことができます。(\(|a-b|\) は、\(a\) と \(b\) の差の絶対値を意味します。)

したがって、三つの不等式は、一つの不等式に集約することができます。

【三角形の成立条件(実践形)】

三辺の長さ \(a, b, c\) が三角形をなすための条件は、

\[

|a-b| < c < a+b

\]

が成り立つことである。

この形は、「残りの一辺の長さは、他の二辺の差より大きく、和より小さい」と読むことができます。

この形式を使えば、三つの不等式を個別にチェックする必要がなくなり、計算が効率的になります。特に、三辺のうち一辺の長さが未知数 \(x\) として与えられている場合に、\(x\) のとりうる値の範囲を求める際に絶大な威力を発揮します。

注意点: この実践形を用いる際には、\(c\) をどの辺にするかという問題があります。通常は、最も長い辺を \(c\) とおいて \(a+b > c\) の一つの不等式だけをチェックすれば十分です。なぜなら、もし \(c\) が最長の辺であれば、\(a+c > b\) と \(b+c > a\) は自明に成り立つからです。しかし、どの辺が最長か分からない場合や、辺の長さが変数で表されている場合には、\(|a-b| < c < a+b\) の形が最も安全で確実です。

2.3. 定理の応用例

例題1:三角形の判定

次の長さの線分を3辺とする三角形は存在するか。

(1) 3, 5, 7

(2) 2, 4, 8

(3) 4, 6, 2

思考プロセス

最も長い辺の長さに注目し、他の二辺の和がそれより大きいかをチェックする。

(1) 3, 5, 7

  • 最も長い辺は 7。
  • 他の二辺の和は \(3+5=8\)。
  • \(8 > 7\) なので、\(3+5>7\) が成り立つ。
  • 結論:三角形は存在する。

(2) 2, 4, 8

  • 最も長い辺は 8。
  • 他の二辺の和は \(2+4=6\)。
  • \(6 > 8\) は成り立たない。(\(6 < 8\))
  • 結論:三角形は存在しない。

(3) 4, 6, 2

  • 最も長い辺は 6。
  • 他の二辺の和は \(4+2=6\)。
  • \(6 > 6\) は成り立たない。(\(6 = 6\))
  • 結論:三角形は存在しない。(この場合、三点は一直線上に並ぶ)

例題2:未知数の辺の範囲

2辺の長さが 4 と 10 である三角形の、残りの1辺の長さ \(x\) がとりうる値の範囲を求めよ。

思考プロセス

三辺の長さは \(4, 10, x\) である。

三角形の成立条件 \(|a-b| < c < a+b\) を用いるのが最も効率的である。

\(a=10, b=4, c=x\) とすると、

\[

|10 – 4| < x < 10 + 4

\]

\[

6 < x < 14

\]

したがって、残りの1辺の長さ \(x\) は、6より大きく14より小さい範囲の値をとる必要があります。

結論:\(6 < x < 14\)

もし、三つの不等式を個別に立てると…

  1. \(4 + 10 > x \implies 14 > x\)
  2. \(4 + x > 10 \implies x > 6\)
  3. \(10 + x > 4 \implies x > -6\) (\(x\)は辺の長さなので、\(x>0\)より、これは常に成り立つ)これら3つの不等式の共通範囲を求めると、やはり \(6 < x < 14\) となり、結果は一致します。

例題3:三角形の種類の判別

例題2の三角形が、

(1) 鋭角三角形

(2) 直角三角形

(3) 鈍角三角形

となるような \(x\) の値の範囲を、それぞれ求めよ。

思考プロセス

これは、三角形の成立条件と、三平方の定理(余弦定理)を組み合わせた応用問題です。

まず、三角形の形状は、最も長い辺の対角が鋭角、直角、鈍角のいずれになるかで決まります。

\(x\) の値の範囲によって、どの辺が最長辺になるかが変わるため、場合分けが必要です。

ただし、前提として三角形が成立する範囲 \(6 < x < 14\) を常に考慮します。

  • 場合分けA:10が最長辺となる場合\(x \le 10\) のとき。三角形の成立条件と合わせて \(6 < x \le 10\)。このとき、角の大小関係から、10の対角が最も大きい角となる。
    • 鋭角三角形:\(4^2 + x^2 > 10^2 \implies 16 + x^2 > 100 \implies x^2 > 84 \implies x > \sqrt{84} = 2\sqrt{21}\)(\(2\sqrt{21} \approx 9.16\))範囲をまとめると、\(2\sqrt{21} < x \le 10\)。
    • 直角三角形:\(4^2 + x^2 = 10^2 \implies x^2 = 84 \implies x = 2\sqrt{21}\)。
    • 鈍角三角形:\(4^2 + x^2 < 10^2 \implies x^2 < 84 \implies x < 2\sqrt{21}\)範囲をまとめると、\(6 < x < 2\sqrt{21}\)。
  • 場合分けB:\(x\)が最長辺となる場合\(x > 10\) のとき。三角形の成立条件と合わせて \(10 < x < 14\)。このとき、\(x\)の対角が最も大きい角となる。
    • 鋭角三角形:\(4^2 + 10^2 > x^2 \implies 116 > x^2 \implies x < \sqrt{116} = 2\sqrt{29}\)(\(2\sqrt{29} \approx 10.77\))範囲をまとめると、\(10 < x < 2\sqrt{29}\)。
    • 直角三角形:\(4^2 + 10^2 = x^2 \implies x^2 = 116 \implies x = 2\sqrt{29}\)。
    • 鈍角三角形:\(4^2 + 10^2 < x^2 \implies x^2 > 116 \implies x > 2\sqrt{29}\)範囲をまとめると、\(2\sqrt{29} < x < 14\)。

結論の統合

  • 鋭角三角形: \(2\sqrt{21} < x < 2\sqrt{29}\)
  • 直角三角形: \(x = 2\sqrt{21}\) または \(x = 2\sqrt{29}\)
  • 鈍角三角形: \(6 < x < 2\sqrt{21}\) または \(2\sqrt{29} < x < 14\)

三角形の成立条件は、単に三角形が存在するかどうかを判定するだけでなく、このように、辺の長さが未知数である場合にその変域を制限し、他の定理(三平方の定理など)と組み合わせることで、より詳細な分析を行うための、すべての議論の出発点となるのです。


3. 三角形の五心(重心、外心、内心、垂心、傍心)

三角形には、その形状にかかわらず、常に特定の線を引くと3本が1点で交わるという、驚くべき「共点性」がいくつか存在します。これらの特別な交点は、三角形の中心的な役割を担っており、古くから研究されてきました。高校数学では、その中でも特に重要な5種類の中心、重心・外心・内心・垂心・傍心を学び、これらを総称して**三角形の五心(ごしん)**と呼びます。これらの「心」は、それぞれが異なる幾何学的な意味を持ち、三角形の多様な性質を理解するための重要なランドマークとなります。

3.1. 五心の定義

五心は、それぞれ特定の3本の直線が1点で交わる「共有点」として定義されます。

1. 重心 (Centroid / Center of Gravity) – 記号 G

  • 定義: 3本の中線の交点。
  • 中線 (Median): 三角形の各頂点と、その対辺の中点を結ぶ線分。

2. 外心 (Circumcenter) – 記号 O

  • 定義: 3辺の垂直二等分線の交点。
  • 垂直二等分線 (Perpendicular Bisector): 各辺の中点を通り、その辺に垂直な直線。

3. 内心 (Incenter) – 記号 I

  • 定義: 3つの内角の角の二等分線の交点。
  • 角の二等分線 (Angle Bisector): 各頂点の内角を、二等分する直線。

4. 垂心 (Orthocenter) – 記号 H

  • 定義: 3つの頂点から対辺(またはその延長)に下ろした垂線の交点。
  • 垂線 (Altitude): 各頂点から対辺に下ろした垂線。その垂線と対辺の交点を垂足という。

5. 傍心 (Excenter) – 記号 \(I_A, I_B, I_C\)

  • 定義: 1つの内角の二等分線と、他の2つの角の外角の二等分線の交点。
  • 外角 (Exterior Angle): 頂点において、内角の隣にある角。
  • 注意: 傍心は、どの内角を選ぶかによって3つ存在します。角Aの内角に対する傍心を\(I_A\)、角Bの…を\(I_B\)、…というように区別します。

3.2. 五心の位置関係

これらの五心は、三角形の形状(鋭角、直角、鈍角)によって、その位置が三角形の内部、辺上、外部のいずれになるかが異なります。

五心の名称鋭角三角形直角三角形鈍角三角形
重心 (G)内部内部内部
外心 (O)内部斜辺の中点外部
内心 (I)内部内部内部
垂心 (H)内部直角の頂点外部
傍心 (I_A, …)外部外部外部

特記事項

  • 重心内心は、どのような形の三角形であっても、常にその内部に存在します。これは、中線や内角の二等分線が必ず三角形を内部で横切ることから直感的にも理解できます。
  • 外心垂心の位置は、三角形の形状と密接に関連しています。特に、直角三角形における外心(斜辺の中点)と垂心(直角の頂点)の位置は、非常に重要で頻出する性質です。
  • 正三角形の場合、これら五心のうち傍心を除く4心(重心・外心・内心・垂心)は、すべて同じ点に一致します。これは、正三角形が持つ高い対称性の表れです。

3.3. 五心の存在証明(共点性の証明)の概略

「なぜ、これらの3本の線は、本当に1点で交わるのか?」という問いに答えるのが、共点性の証明です。これは論証幾何学の醍醐味であり、次のセクションで詳しく扱いますが、その証明の基本的なアイデアをここで概観しておきましょう。

証明の共通戦略: 「2本の線の交点が、3本目の線も満たすべき性質を持っていることを示す

  • 外心の証明:
    1. 辺ABと辺BCの垂直二等分線の交点をOとする。
    2. Oは辺ABの垂直二等分線上にあるので、\(OA=OB\)。
    3. Oは辺BCの垂直二等分線上にあるので、\(OB=OC\)。
    4. 上記2, 3より、\(OA=OB=OC\)が成り立つ。特に\(OA=OC\)である。
    5. \(OA=OC\)は、点Oが辺ACの垂直二等分線上にあることを意味する。
    6. したがって、3本の垂直二等分線は1点Oで交わる。
  • 内心の証明:
    1. 角Bと角Cの二等分線の交点をIとする。
    2. Iから3辺BC, CA, ABに下ろした垂線の足をそれぞれD, E, Fとする。
    3. Iは角Bの二等分線上にあるので、辺BAとBCへの距離は等しい。\(IF=ID\)。
    4. Iは角Cの二等分線上にあるので、辺CBとCAへの距離は等しい。\(ID=IE\)。
    5. 上記3, 4より、\(IF=ID=IE\)が成り立つ。特に\(IF=IE\)である。
    6. \(IF=IE\)は、点Iが角Aの二等分線上にあることを意味する。
    7. したがって、3本の角の二等分線は1点Iで交わる。

重心と垂心の共点性は、ベクトルや座標、あるいはチェバの定理を用いるとより簡潔に証明できます。

三角形の五心は、それぞれが異なるアプローチ(辺、角、距離など)から三角形の中心を捉えようとする試みです。これらの定義と基本的な位置関係を正確に覚えることが、三角形の性質を深く探求していく上での、確かな第一歩となります。


4. 各五心の性質と証明

三角形の五心が、それぞれ特定の3本の線の交点として定義されることを見ました。しかし、それらの真の重要性は、単なる交点であること以上に、各「心」が持つユニークで豊かな幾何学的性質にあります。重心が示す比の性質、外心と外接円、内心と内接円の関係など、これらの性質は三角形の計量や証明問題において、極めて強力な武器となります。このセクションでは、五心それぞれについて、その最も重要な性質を、論理的な証明とともに深く掘り下げていきます。

4.1. 重心 (G) の性質

【性質1】中線の共点性

3本の中線は1点(重心 G)で交わる。

【性質2】中線を2:1に内分する

重心 G は、各中線を頂点から 2:1 の比に内分する。

すなわち、\(AG:GD = BG:GE = CG:GF = 2:1\) である。

この「2:1」という比率は、重心の性質として最も重要で、頻繁に利用されます。

性質2の証明

証明の道具: 中点連結定理、三角形の相似

証明(中点連結定理を用いる方法)

  1. 準備:\(\triangle ABC\) の2本の中線 AD, BE の交点を G とする。辺 AC の中点が E、辺 BC の中点が D である。線分 ED を結ぶ。
  2. 中点連結定理の適用:\(\triangle ABC\) において、点 E, D はそれぞれ辺 AC, BC の中点なので、中点連結定理より、
    • \(ED \parallel AB\)
    • \(ED = \frac{1}{2}AB\)
  3. 相似な三角形の発見:\(ED \parallel AB\) であるから、錯角または同位角が等しい。\(\angle GAB = \angle GED\)\(\angle GBA = \angle GDE\)また、対頂角は等しいので \(\angle AGB = \angle EGD\)。したがって、2組の角がそれぞれ等しいので、\(\triangle GAB \sim \triangle GED\) (相似)
  4. 相似比から辺の比を求める:相似な三角形の対応する辺の比は、相似比に等しい。相似比は \(AB:ED = AB:\frac{1}{2}AB = 2:1\) である。したがって、他の対応する辺の比も 2:1 となる。
    • \(AG:GD = 2:1\)
    • \(BG:GE = 2:1\)
  5. 共点性の証明:同様の議論を、中線 AD と CF の交点 G’ についても行うことができる。その場合も、\(AG’:G’D = 2:1\) が示される。これは、点 G’ が線分 AD を 2:1 に内分する点であることを意味し、点 G と G’ は同一の点である。したがって、3本の中線 AD, BE, CF は1点で交わり、その交点は各中線を 2:1 に内分する。

(証明終)

【性質3】面積に関する性質

重心は、3本の中線によって、三角形の面積を6等分する。

また、重心と各頂点を結ぶ3本の線分は、三角形の面積を3等分する。

(\(\triangle GAB = \triangle GBC = \triangle GCA = \frac{1}{3}\triangle ABC\))

証明の概略: 中線は対辺の中点と結ぶ線なので、三角形の面積を二等分する(\(\triangle ABD = \triangle ACD\))。この性質と、重心の2:1の比を利用して、各小三角形の面積比を計算していくことで証明できる。

4.2. 外心 (O) の性質

【性質1】垂直二等分線の共点性

3辺の垂直二等分線は1点(外心 O)で交わる。

証明: 前セクションで概略を示した通り。交点Oが3頂点から等距離にあることを示すのが鍵。

【性質2】外接円の中心

外心 O は、3つの頂点から等距離にある。

\(OA = OB = OC\)

この距離が、三角形の外接円 (Circumscribed circle) の半径 \(R\) となる。外心 O は、その外接円の中心である。

【性質3】外心と角の関係

外心 O と2つの頂点(例:B, C)が作る角の大きさは、その2頂点と対向する頂点の角(例:A)の大きさとの間に、以下の関係がある。

\(\angle BOC = 2\angle A\)

証明: \(\triangle OBC\) は \(OB=OC\) の二等辺三角形。外心Oが三角形の内部にある場合を考えると、円周角の定理(中心角は円周角の2倍)から自明である。Oが外部にある場合も、同様に円周角の定理を用いて証明できる。

4.3. 内心 (I) の性質

【性質1】角の二等分線の共点性

3つの内角の二等分線は1点(内心 I)で交わる。

証明: 前セクションで概略を示した通り。交点Iが3辺から等距離にあることを示すのが鍵。

【性質2】内接円の中心

内心 I は、3つの辺から等距離にある。

この距離が、三角形の内接円 (Inscribed circle) の半径 \(r\) となる。内心 I は、その内接円の中心である。

【性質3】内心と面積の関係

三角形の面積 \(S\) は、内接円の半径 \(r\) と、三辺の長さ \(a, b, c\) を用いて、以下のように表される。

\[

S = \frac{1}{2}r(a+b+c)

\]

証明: \(\triangle ABC\) を、内心Iと各頂点を結んで、\(\triangle IBC, \triangle ICA, \triangle IAB\) の3つの三角形に分割する。

  • \(\triangle IBC\) の面積 = \(\frac{1}{2} \times \text{底辺}BC \times \text{高さ}r = \frac{1}{2}ar\)
  • \(\triangle ICA\) の面積 = \(\frac{1}{2} \times \text{底辺}CA \times \text{高さ}r = \frac{1}{2}br\)
  • \(\triangle IAB\) の面積 = \(\frac{1}{2} \times \text{底辺}AB \times \text{高さ}r = \frac{1}{2}cr\)これら3つの面積の和が、\(\triangle ABC\) の面積 \(S\) となるので、\(S = \frac{1}{2}ar + \frac{1}{2}br + \frac{1}{2}cr = \frac{1}{2}r(a+b+c)\)

4.4. 垂心 (H) の性質

【性質1】垂線の共点性

3本の垂線は1点(垂心 H)で交わる。

証明: この証明はやや技巧的だが、非常に美しい。

  1. \(\triangle ABC\) の各頂点を通り、対辺に平行な直線を引く。すると、これら3本の直線によって、より大きな \(\triangle PQR\) が作られる。
  2. 四角形 ABCQ は、\(AQ \parallel BC, AC \parallel BQ\) より、平行四辺形である。よって \(AQ=BC, AC=BQ\)。
  3. 同様に、四角形 ARBC も平行四辺形であり、\(AR=BC, AC=RB\)。
  4. 以上より、\(AQ=AR\) となり、点Aは辺QRの中点である。同様に、点Bは辺RPの中点、点Cは辺PQの中点となる。
  5. ここで、\(\triangle ABC\) の頂点Aから辺BCに下ろした垂線は、\(BC \parallel QR\) であるから、辺QRに対しても垂直である。
  6. つまり、\(\triangle ABC\) の垂線は、\(\triangle PQR\) の垂直二等分線であることが分かる。
  7. \(\triangle PQR\) の3本の垂直二等分線は、その外心として1点で交わる。
  8. したがって、\(\triangle ABC\) の3本の垂線も1点で交わることが証明された。

【性質2】垂心と外心の関係

\(\triangle ABC\) の垂心を H、外心を O とし、辺 BC の中点を M とする。このとき、

\(AH = 2OM\)

という関係が成り立つ。この性質は、後述するオイラー線(重心G, 外心O, 垂心Hが同一直線上にある)を証明する際に用いられる。

4.5. 傍心 (I_A) の性質

【性質1】角の二等分線の共点性

1つの内角の二等分線と、他の2つの外角の二等分線は1点で交わる。

証明: 内心の証明と同様に、交点が3直線(1辺と他の2辺の延長)から等距離にあることを示す。

【性質2】傍接円の中心

傍心 \(I_A\) は、1つの辺(辺BC)と、他の2つの辺の延長(辺AB, ACの延長)から等距離にある。

この距離が、傍接円 (Excircle) の半径 \(r_A\) となる。傍心 \(I_A\) は、その傍接円の中心である。

【性質3】傍心と面積の関係

三角形の面積 \(S\) は、傍接円の半径 \(r_A\) と、三辺の長さ \(a,b,c\) を用いて、

\[

S = \frac{1}{2}r_A(-a+b+c)

\]

と表される。

証明: 面積の関係 \(S = \triangle I_A AB + \triangle I_A AC – \triangle I_A BC\) から導出する。

五心の性質は多岐にわたるが、まずはそれぞれの「心」がどの円の中心となり、どの点や辺から等距離にあるのか、という核心的な特徴を、図とともに確実に覚えることが、三角形の幾何学をマスターするための鍵となります。


5. チェバの定理とその逆

三角形の幾何学には、図形の中に潜む辺の比の間の美しい関係性を明らかにする、いくつかの強力な定理が存在します。その中でも、三角形の「共点性」、すなわち3本の直線が1点で交わる条件を扱う定理として、チェバの定理 (Ceva’s Theorem) は絶大な威力を発揮します。この定理は、一見複雑に見える線分の比の積が、常に「1」になるという驚くほどシンプルな結論を我々に示してくれます。

5.1. チェバの定理

【定理】

\(\triangle ABC\) の3つの頂点 A, B, C と、三角形の辺上にもその延長線上にもない点 O をとる。直線 AO, BO, CO が、対辺 BC, CA, AB またはその延長と交わる点を、それぞれ P, Q, R とするとき、次の等式が成り立つ。

\[

\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1

\]

定理の覚え方(ニーモニック)

この定理の比の順番は、一見すると覚えにくいですが、ある種の「旅」として考えると簡単です。

  1. 任意の頂点からスタートする(例:頂点A)。
  2. 辺に沿って、最初の交点まで進む(A→R)。
  3. 同じ辺に沿って、次の頂点まで進む(R→B)。
  4. 次の頂点に来たら、また辺に沿って、次の交点まで進む(B→P)。
  5. 同じ辺に沿って、次の頂点まで進む(P→C)。
  6. このプロセスを繰り返し、出発点の頂点Aに戻ってくるまで続ける(C→Q, Q→A)。この一筆書きのような経路で現れる辺の比を、順番に掛け合わせると考えれば、自然と公式の形になります。A → R → B → P → C → Q → A

点Oの位置

チェバの定理は、点Oが三角形の内部にある場合だけでなく、外部にある場合でも成り立ちます。点Oが外部にある場合、交点P, Q, Rのうち1つまたは3つが、辺の延長上に存在することになりますが、それでも比の積が1になるという関係は維持されます。

5.2. チェバの定理の証明

チェバの定理にはいくつかの証明方法がありますが、ここでは三角形の面積比を用いた、最も直感的で応用範囲の広い証明を示します。

証明の道具: 「高さが等しい三角形の面積比は、底辺の比に等しい」

  1. ステップ1:比 \(\frac{BP}{PC}\) を面積比で表す\(\triangle ABP\) と \(\triangle ACP\) に注目する。これらは頂点Aを共有し、底辺BP, PCは同一直線上にあるので、高さが等しい。よって、\(\frac{\triangle ABP}{\triangle ACP} = \frac{BP}{PC}\)同様に、\(\triangle OBP\) と \(\triangle OCP\) も頂点Oを共有し、高さが等しいので、\(\frac{\triangle OBP}{\triangle OCP} = \frac{BP}{PC}\)したがって、\(\frac{BP}{PC} = \frac{\triangle ABP}{\triangle ACP} = \frac{\triangle OBP}{\triangle OCP}\)この比例式から、\(\frac{BP}{PC} = \frac{\triangle ABP – \triangle OBP}{\triangle ACP – \triangle OCP} = \frac{\triangle ABO}{\triangle ACO}\) が成り立つ。\[\frac{BP}{PC} = \frac{\triangle ABO}{\triangle CAO} \quad \cdots ①\]
  2. ステップ2:他の比も面積比で表す全く同じ議論を、他の比についても繰り返します。
    • 頂点Bを共有する三角形のペアを考えることで、\[\frac{CQ}{QA} = \frac{\triangle BCO}{\triangle ABO} \quad \cdots ②\]
    • 頂点Cを共有する三角形のペアを考えることで、\[\frac{AR}{RB} = \frac{\triangle CAO}{\triangle BCO} \quad \cdots ③\]
  3. ステップ3:3つの式を掛け合わせるチェバの定理の左辺に、①, ②, ③ の面積比の表現を代入します。\[\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = \frac{\triangle CAO}{\triangle BCO} \cdot \frac{\triangle ABO}{\triangle CAO} \cdot \frac{\triangle BCO}{\triangle ABO}\]右辺の分子と分母をよく見ると、\(\triangle ABO, \triangle BCO, \triangle CAO\) がそれぞれ1回ずつ現れており、すべてきれいに約分されて消えます。\[= 1\]したがって、チェバの定理が証明されました。

(証明終)

5.3. チェバの定理の逆

チェバの定理の「逆」もまた真であり、3本の直線が1点で交わること(共点性)を証明するための、非常に強力なツールとなります。

【定理の逆】

\(\triangle ABC\) の辺 BC, CA, AB 上に(またはその延長上に)、頂点とは異なる点 P, Q, R をとる。このとき、

\[

\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1

\]

が成り立つならば、3直線 AP, BQ, CR は1点で交わる。

(ただし、3点P, Q, Rのうち、辺の延長上にある点の数は0個または2個の場合に限る)

逆の証明(背理法)

  1. 直線 AP と BQ の交点を O’ とする。
  2. 直線 CO’ と辺 AB の交点を R’ とする。
  3. 3直線 AP, BQ, CO’ は点 O’ で交わっているので、(正の)チェバの定理より、\(\frac{AR’}{R’B} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1\)
  4. 一方、問題の仮定より、\(\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1\)
  5. 上記2式を比較すると、\(\frac{AR’}{R’B} = \frac{AR}{RB}\) が成り立つ。
  6. これは、点 R と点 R’ が、辺 AB を同じ比に内分(または外分)する点であることを意味する。
  7. したがって、点 R と R’ は一致する。
  8. よって、直線 CR は直線 CR’ と同じであり、点 O’ を通る。
  9. 以上より、3直線 AP, BQ, CR は1点 O’ で交わることが証明された。

チェバの定理の逆の応用

この逆定理を用いると、三角形の五心のうち、重心・内心・垂心の共点性を簡潔に証明することができます。

  • 重心の証明: 中線では、AR=RB, BP=PC, CQ=QA なので、各比はすべて1。積も当然1となり、共点性が示される。
  • 内心の証明: 角の二等分線定理を用いると、\(\frac{AR}{RB} = \frac{CA}{CB}\) などが成り立つ。これらを代入すると、きれいに約分されて積が1となる。
  • 垂心の証明: 三角比(\(\tan\))を用いて各辺の比を表現し、代入することで積が1になることを示す。

チェバの定理とその逆は、三角形の内部(または外部)の点の周りでの線分の比に関する、秩序と調和を見事に捉えた定理です。複雑な比の計算問題を、エレガントな一撃で解決するその切れ味は、論証幾何学の美しさを象徴していると言えるでしょう。


6. メネラウスの定理とその逆

チェバの定理が三角形の「内部の1点」と頂点を結ぶ線に関する定理であったのに対し、メネラウスの定理 (Menelaus’ Theorem) は、三角形の外部から引かれた**1本の直線(横断線)**が、三角形の3辺(またはその延長)を切り取る際の、線分の比に関する定理です。チェバの定理と対をなす形でしばしば用いられ、特に三角形の外部にまで広がる図形における辺の比の計算において、その威力を発揮します。その比の取り方はチェバの定理よりも少し複雑ですが、一度その「経路」を覚えれば、同様に強力な武器となります。

6.1. メネラウスの定理

【定理】

\(\triangle ABC\) の3辺 BC, CA, AB またはその延長が、頂点を通らない1本の直線 \(l\) と、それぞれ点 P, Q, R で交わるとき、次の等式が成り立つ。

\[

\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1

\]

定理の形状

  • 直線 \(l\) が三角形を横切る場合、交点は「2つが辺上、1つが延長上」または「0個が辺上、3つが延長上」のいずれかになります。高校数学で主に扱うのは前者です。

定理の覚え方(ニーモニック)

メネラウスの定理の比の経路は、チェバの定理よりも少しトリッキーです。「頂点→分点→頂点→分点…」というルールで、三角形の周りを一周し、出発点に戻る、と覚えるのが一般的です。しばしば「キツネの顔」や「ブーメランの形」に例えられます。

  1. 任意の頂点からスタートする(例:頂点A)。
  2. 辺に沿って、最初の分点(直線\(l\)との交点)まで進む(A→R)。
  3. 同じ辺に沿って、次の頂点まで進む(R→B)。
  4. 次の頂点に来たら、また辺に沿って、次の分点まで進む(B→P)。
  5. 同じ辺に沿って、次の頂点まで進む(P→C)。
  6. このプロセスを繰り返し、最後の分点(C→Q)を経由して、出発点の頂点Aに戻ってくる(Q→A)。A → R → B → P → C → Q → A

この経路は、三角形の辺の上を行ったり来たりするような動きになります。この独特のリズムを掴むことが、定理を正しく適用する鍵です。

6.2. メネラウスの定理の証明

メネラウスの定理の証明には、いくつかの方法がありますが、ここでは頂点から横断線に垂線を下ろす方法と、補助的な平行線を引く方法の二つを紹介します。

証明1:垂線を利用する方法

  1. 準備:\(\triangle ABC\) の各頂点 A, B, C から、横断線 \(l\) に垂線を下ろし、その足をそれぞれ \(A’, B’, C’\) とする。線分の長さを \(h_A, h_B, h_C\) とする。
  2. 相似な三角形を利用して比を変換:垂線を引いたことにより、多くの相似な直角三角形が生まれる。
    • \(\triangle ARA’ \sim \triangle BRB’\) より、\(\frac{AR}{RB} = \frac{h_A}{h_B}\)
    • \(\triangle BPB’ \sim \triangle CPC’\) より、\(\frac{BP}{PC} = \frac{h_B}{h_C}\)
    • \(\triangle CQC’ \sim \triangle AQA’\) より、\(\frac{CQ}{QA} = \frac{h_C}{h_A}\)
  3. 3つの式を掛け合わせる:メネラウスの定理の左辺に、これらの比を代入する。\[\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = \frac{h_A}{h_B} \cdot \frac{h_B}{h_C} \cdot \frac{h_C}{h_A}\]右辺はすべてきれいに約分され、1となる。\[= 1\]したがって、メネラウスの定理が証明された。

証明2:平行線を利用する方法

  1. 準備:頂点Cを通り、横断線 RQP に平行な直線を引き、辺 AB との交点を K とする。
  2. 平行線と線分の比の性質を利用:
    • \(\triangle AB P\) において、\(KC \parallel RP\) なので、平行線と線分の比の定理より、\(BC:CP = BK:KR\)変形して、\(\frac{BP}{PC} = \frac{BR}{RK}\)
    • また、\(\triangle AKC\) において、\(RQ \parallel KC\) なので、\(\frac{AR}{RK} = \frac{AQ}{QC}\)変形して、\(\frac{AR}{AQ} = \frac{RK}{QC}\)
  3. 式を整理して結論を導く:この方法では、比の積を直接計算するよりも、少し式変形が必要になる。この証明はやや複雑なので、面積比や垂線を用いる方が直感的かもしれません。

6.3. メネラウスの定理の逆

チェバの定理と同様に、メネラウスの定理にも「逆」が存在し、3点が同一直線上にあること(共線性)を証明するための強力な手段となります。

【定理の逆】

\(\triangle ABC\) の3辺 BC, CA, AB またはその延長上に、頂点とは異なる点 P, Q, R をとる。このとき、3点 P, Q, R のうち、辺の延長上にある点の数が奇数個(1個または3個)であり、かつ

\[

\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP}{PC} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1

\]

が成り立つならば、3点 P, Q, R は同一直線上にある。

逆の証明(背理法)

証明のロジックは、チェバの定理の逆とほぼ同じです。

  1. 2点 R, Q を通る直線が、辺 BC(またはその延長)と交わる点を P’ とする。
  2. 3点 R, Q, P’ は同一直線上にあるので、(正の)メネラウスの定理より、\(\frac{AR}{RB} \cdot \frac{BP’}{P’C} \cdot \frac{CQ}{QA} = 1\)
  3. 仮定の式と比較すると、\(\frac{BP’}{P’C} = \frac{BP}{PC}\) が得られる。
  4. これは、点 P と P’ が、辺 BC を同じ比に内分または外分する点であることを意味する。
  5. したがって、点 P と P’ は一致する。
  6. よって、点 P は直線 RQ 上にあることになり、3点 P, Q, R は同一直線上にある。

6.4. チェバの定理とメネラウスの定理の使い分け

この二つの定理は、形が似ているため混同しやすいですが、その適用場面には明確な違いがあります。

チェバの定理メネラウスの定理
図形の構造三角形の頂点内部(または外部)の1点を結ぶ3直線三角形と、それを横切る1本の横断線
証明する事柄3直線の共点性(1点で交わる)3点の共線性(1直線上にある)
主な用途共点性の証明、共点性を利用した辺の比の計算共線性の証明、辺の比の計算

判断のヒント:

  • 図の中に「三角形の頂点を通る3本の線が1点で交わっている」構造を見つけたら → チェバの定理を疑う。
  • 図の中に「1本の直線が三角形を串刺しにしている」構造を見つけたら → メネラウスの定理を疑う。

メネラウスの定理は、図形をより広い視野で捉え、三角形の外部にまで広がる線分の関係性を捉えるための、強力なレンズの役割を果たします。チェバの定理とセットでマスターすることで、三角形の辺の比に関する問題のほぼすべてに対応できる、盤石な基盤が築かれます。


7. 角の二等分線と辺の比

三角形の「角」という角度の情報を、「辺」という長さの情報へと変換する、非常に重要で基本的な定理が角の二等分線と辺の比に関する定理です。この定理は、三角形の内心の性質を証明したり、チェバの定理と組み合わせたり、あるいは具体的な辺の長さを計算したりと、様々な場面で活躍します。内角の二等分線と外角の二等分線のそれぞれについて、同様の美しい比の関係が成り立ちます。

7.1. 内角の二等分線と辺の比

【定理】

\(\triangle ABC\) において、\(\angle A\) の内角の二等分線が対辺 BC と交わる点を D とするとき、D は辺 BC を AB:AC の比に内分する。

すなわち、

\[

AB : AC = BD : DC

\]

あるいは、分数の形で

\[

\frac{AB}{AC} = \frac{BD}{DC}

\]

と書くこともできる。

定理の覚え方

この定理は、「山の頂点(A)から麓(BC)に道を下ろしたとき、麓の分割比(BD:DC)は、山頂に至る二つの尾根の長さの比(AB:AC)に等しい」というように、山登りのイメージで覚えると忘れにくいです。

7.2. 定理の証明

この定理には、補助線の引き方によっていくつかの美しい証明方法が存在します。ここでは、代表的な2つの証明を示します。

証明1:平行線と相似を利用する方法(標準的)

  1. 補助線の作図:頂点Cを通り、直線ADに平行な直線を引き、辺ABの延長との交点をEとする。
  2. 平行線の性質を利用して等しい角を見つける:
    • \(AD \parallel EC\) なので、同位角は等しい。\(\angle BAD = \angle AEC \quad \cdots ①\)
    • \(AD \parallel EC\) なので、錯角は等しい。\(\angle CAD = \angle ACE \quad \cdots ②\)
  3. 二等辺三角形を発見する:仮定より、ADは角の二等分線なので、\(\angle BAD = \angle CAD\)。したがって、①, ②より、\(\angle AEC = \angle ACE\)が成り立つ。これは、\(\triangle ACE\) が、\(AC=AE\) の二等辺三角形であることを意味する。
  4. 三角形の相似と比の定理を適用する:\(\triangle BCE\) に注目する。\(AD \parallel EC\) なので、平行線と線分の比の定理より、\(BA : AE = BD : DC\)ステップ3で \(AE = AC\) であることを示したので、AEをACに置き換える。\(BA : AC = BD : DC\)定理が証明された。

証明2:面積比を利用する方法

  1. 準備:\(\triangle ABD\) と \(\triangle ACD\) の面積比を考える。この2つの三角形は、底辺 BD, DC が同一直線上にあり、頂点Aを共有するため、高さが等しい。したがって、面積比は底辺の比に等しい。\(\frac{\triangle ABD}{\triangle ACD} = \frac{BD}{DC} \quad \cdots ①\)
  2. 別の方法で面積比を表現する:次に、三角比の面積公式 \(S = \frac{1}{2}ab\sin\theta\) を用いて、同じ面積比を別の形で表現する。ADは \(\angle A\) の二等分線なので、\(\angle BAD = \angle CAD = \theta\) とおく。
    • \(\triangle ABD = \frac{1}{2} AB \cdot AD \sin\theta\)
    • \(\triangle ACD = \frac{1}{2} AC \cdot AD \sin\theta\)これらの比をとると、\(\frac{\triangle ABD}{\triangle ACD} = \frac{\frac{1}{2} AB \cdot AD \sin\theta}{\frac{1}{2} AC \cdot AD \sin\theta} = \frac{AB}{AC} \quad \cdots ②\)
  3. 結論:①と②は、同じ面積比を異なる方法で表現したものであるから、その右辺同士は等しくなければならない。\(\frac{BD}{DC} = \frac{AB}{AC}\)定理が証明された。

7.3. 外角の二等分線と辺の比

内角の二等分線と同様に、外角の二等分線についても、辺の比に関する美しい定理が成り立ちます。

【定理】

\(\triangle ABC\) において、\(AB \neq AC\) とする。頂点Aにおける外角の二等分線が、対辺BCの延長と交わる点をEとするとき、Eは辺BCを AB:AC の比に外分する。

すなわち、

\[

AB : AC = BE : CE

\]

注意点:

  • 外分なので、比の順序に注意が必要です。\(BE\) はBからEまでの距離、\(CE\) はCからEまでの距離です。
  • もし \(AB=AC\)(二等辺三角形)の場合、頂角Aの外角の二等分線は底辺BCと平行になり、交わらないため、この定理は適用できません。

証明: 内角の二等分線の証明と同様に、頂点Cを通りAEに平行な補助線を引くことで証明できます。

7.4. 定理の応用

例題

\(\triangle ABC\) において、\(AB=8, BC=7, AC=4\) とする。\(\angle A\) の内角の二等分線と辺BCの交点をDとするとき、線分BDの長さを求めよ。

思考プロセス

  1. 定理の適用:角の二等分線定理より、\(BD : DC = AB : AC = 8 : 4 = 2 : 1\)これは、点Dが辺BCを 2:1 に内分することを意味する。
  2. 長さの計算:辺BC全体の長さは7である。この長さ7を、2:1の比に分ける。全体の比は \(2+1=3\)。BDの長さは、全体の長さの \(\frac{2}{3}\) を占める。\[BD = BC \times \frac{2}{2+1} = 7 \times \frac{2}{3} = \frac{14}{3}\]

角の二等分線の定理は、三角形の角度の情報を辺の長さの比という計量的な情報に変換する、非常に実用的な定理です。特に、内心の位置ベクトルを求めたり、チェバの定理を用いて内心の共点性を証明したりする際に、その理論的な美しさと強力さが明らかになります。


8. 中点連結定理

三角形の幾何学において、中点連結定理 (Midpoint Connector Theorem) は、そのシンプルさと応用範囲の広さから、最も基本的で重要な定理の一つとして位置づけられています。この定理は、三角形の二つの辺の中点を結ぶ線分が、残りの一辺とどのような関係にあるかを明快に記述するものです。平行性と長さに関するその性質は、多くの図形問題の証明や計算において、議論を飛躍的に前進させるための鍵となります。

8.1. 中点連結定理とその逆

中点連結定理は、「正」の定理と、その「逆」の定理の両方を理解し、使い分けることが重要です。

【中点連結定理】

\(\triangle ABC\) の2辺 AB, AC の中点をそれぞれ M, N とするとき、この2点を結ぶ線分 MN は、残りの辺 BC と以下の関係にある。

  1. 平行性: \(MN \parallel BC\)
  2. 長さ: \(MN = \frac{1}{2} BC\)

【中点連結定理の逆】

\(\triangle ABC\) の辺 AB の中点 M を通り、辺 BC に平行な直線が、辺 AC と交わる点を N とするとき、点 N は辺 AC の中点となる。

さらに、このとき \(MN = \frac{1}{2} BC\) も成り立つ。

定理の使い分け

  • 正の定理2つの中点が分かっているときに、平行半分の長さを結論付ける。
  • 逆の定理1つの中点平行が分かっているときに、もう1つも中点であることを結論付ける。

8.2. 定理の証明

中点連結定理は、三角形の相似を用いることで、非常にエレガントに証明することができます。

証明(正の定理)

仮定: \(\triangle ABC\) において、AM = MB, AN = NC

結論: \(MN \parallel BC\) かつ \(MN = \frac{1}{2} BC\)

証明のステップ

  1. 2つの三角形に注目する:\(\triangle AMN\) と \(\triangle ABC\) に注目する。
  2. 相似条件を確認する:
    • 辺の比について:仮定より、AM = \(\frac{1}{2}\)AB, AN = \(\frac{1}{2}\)AC。したがって、\(AM:AB = AN:AC = 1:2\)。
    • 共通な角について:\(\angle MAN\) と \(\angle BAC\) は、共通の角であるから等しい。(\(\angle A\)は共通)
    • 相似条件の成立:「2組の辺の比とその間の角がそれぞれ等しい」ので、\(\triangle AMN \sim \triangle ABC\) (相似)
  3. 相似の性質から結論を導く:
    • 平行性の証明:\(\triangle AMN \sim \triangle ABC\) であるから、対応する角は等しい。\(\angle AMN = \angle ABC\)この2つの角は、直線 MN と BC に対する直線 AB が作る同位角の関係にある。同位角が等しいので、2直線は平行である。よって、\(MN \parallel BC\)。
    • 長さの証明:相似な図形の対応する辺の比は、相似比に等しい。相似比は 1:2 であったので、\(MN : BC = 1 : 2\)よって、\(MN = \frac{1}{2} BC\)。

(証明終)

証明(逆の定理)

仮定: \(\triangle ABC\) において、AM = MB かつ \(MN \parallel BC\)

結論: AN = NC

証明のステップ

  1. 2つの三角形に注目する:同様に、\(\triangle AMN\) と \(\triangle ABC\) に注目する。
  2. 相似条件を確認する:
    • \(MN \parallel BC\) なので、同位角は等しい。\(\angle AMN = \angle ABC\)\(\angle ANM = \angle ACB\)
    • \(\angle A\)は共通。
    • 相似条件の成立:「2組の角がそれぞれ等しい」ので、\(\triangle AMN \sim \triangle ABC\) (相似)
  3. 相似の性質から結論を導く:対応する辺の比は等しいので、\(AN : AC = AM : AB\)仮定より AM = MB なので、AM = \(\frac{1}{2}\)AB。したがって、AM:AB = 1:2。よって、\(AN : AC = 1 : 2\) となり、\(AN = \frac{1}{2}AC\)。これは、点Nが辺ACの中点であることを意味する。

(証明終)

8.3. 中点連結定理の応用

中点連結定理は、図形の中に平行四辺形を作り出したり、線分の長さの和や比を求めたりする問題で頻繁に応用されます。

応用例1:ヴァリニョンの定理

任意の四角形(凸でなくてもよい)の各辺の中点を順に結んでできる四角形は、必ず平行四辺形になる。この平行四辺形をヴァリニョン平行四辺形という。

証明

  1. 準備:四角形 ABCD の各辺 AB, BC, CD, DA の中点をそれぞれ P, Q, R, S とする。対角線 AC を引く。
  2. 中点連結定理の適用:
    • \(\triangle ABC\) において、P, Q はそれぞれ辺 AB, BC の中点なので、中点連結定理より、\(PQ \parallel AC\) かつ \(PQ = \frac{1}{2}AC\)
    • \(\triangle ADC\) において、S, R はそれぞれ辺 DA, CD の中点なので、中点連結定理より、\(SR \parallel AC\) かつ \(SR = \frac{1}{2}AC\)
  3. 結論:上記2点より、
    • \(PQ \parallel SR\) (ともにACに平行)
    • \(PQ = SR\) (ともにACの半分)「一組の対辺が平行で、かつその長さが等しい」ので、四角形 PQRS は平行四辺形である。

(証明終)

応用例2:重心の2:1の証明への利用

前セクションで行った、重心が中線を2:1に内分することの証明は、まさに中点連結定理の応用そのものです。\(\triangle ABC\) の中点 D, E を結んだ線分 DE が、AB と平行で長さが半分になることを利用して、\(\triangle GAB\) と \(\triangle GED\) の相似を導きました。

中点連結定理は、三角形の「中点」という情報と、「平行」「長さの比」という情報を相互に変換する、強力な翻訳ツールです。図形問題で行き詰まった際には、「どこかに中点はないか?」「中点連結定理が使える三角形は隠れていないか?」と自問自答することで、新たな証明の糸口が見つかることがよくあります。


9. 三角形の面積比

三角形の面積を直接求めるには、底辺と高さ、あるいは三角比といった道具が必要です。しかし、幾何学の証明問題や計量問題では、面積の絶対値を求めるのではなく、二つ以上の三角形の面積の比が分かれば十分な場合が数多くあります。特に、チェバの定理の証明で見たように、面積比は辺の比と密接に結びついており、両者を自在に行き来する能力は、高度な問題を解く上で不可欠です。このセクションでは、三角形の面積比に関する基本的な三つの原理を体系的に整理します。

9.1. 原理1:高さが等しい三角形

【原理1】

高さが等しい二つの三角形の面積比は、底辺の長さの比に等しい。

説明

\(\triangle ABC\) と \(\triangle DEF\) の高さがともに \(h\) であるとする。

  • Area(\(\triangle ABC\)) = \(\frac{1}{2} \times BC \times h\)
  • Area(\(\triangle DEF\)) = \(\frac{1}{2} \times EF \times h\)これらの面積の比をとると、\[\frac{\text{Area}(\triangle ABC)}{\text{Area}(\triangle DEF)} = \frac{\frac{1}{2} \times BC \times h}{\frac{1}{2} \times EF \times h} = \frac{BC}{EF}\]

最も重要な応用ケース

この原理が最もよく使われるのは、頂点を共有し、底辺が同一直線上にある二つの三角形のケースです。

この図において、\(\triangle ABD\) と \(\triangle ACD\) は高さが等しいので、

\[

\text{Area}(\triangle ABD) : \text{Area}(\triangle ACD) = BD : DC

\]

この関係は、辺の比を面積の比に変換する、最も基本的な操作となります。

例題

\(\triangle ABC\) の辺BCを 2:3 に内分する点をDとするとき、\(\triangle ABD\) と \(\triangle ABC\) の面積比を求めよ。

  • \(\triangle ABD\) と \(\triangle ACD\) は高さが共通なので、面積比は底辺の比に等しい。\(\text{Area}(\triangle ABD) : \text{Area}(\triangle ACD) = BD:DC = 2:3\)
  • したがって、\(\text{Area}(\triangle ABD) = 2S, \text{Area}(\triangle ACD) = 3S\) とおける。
  • \(\text{Area}(\triangle ABC) = \text{Area}(\triangle ABD) + \text{Area}(\triangle ACD) = 2S + 3S = 5S\)
  • 求める面積比は、\(\text{Area}(\triangle ABD) : \text{Area}(\triangle ABC) = 2S : 5S = 2:5\)

9.2. 原理2:底辺が等しい(または共通の)三角形

【原理2】

底辺の長さが等しい二つの三角形の面積比は、高さの比に等しい。

説明

これは原理1と同様に、面積公式から自明です。

\[

\frac{\text{Area}(\triangle ABC)}{\text{Area}(\triangle DEF)} = \frac{\frac{1}{2} \times \text{base} \times h_1}{\frac{1}{2} \times \text{base} \times h_2} = \frac{h_1}{h_2}

\]

応用ケース

底辺を共有する二つの三角形で、残りの頂点が底辺に平行な直線上にある場合、高さが等しくなるため、面積も等しくなります(等積変形)。また、相似な図形と組み合わせて、高さの比を辺の比に変換する際にも用いられます。

9.3. 原理3:一つの角を共有する三角形

【原理3】

一つの角を共有する(または、その角の和が180°である)二つの三角形の面積比は、その角を挟む二辺の長さの積の比に等しい。

証明

三角比を用いた面積公式 \(S = \frac{1}{2}ab\sin C\) を用いると、この原理は明快に証明できます。

ケースA:角を共有する場合

\(\triangle ABC\) と、その内部にある \(\triangle ADE\) を考える。ただし、点Dは辺AB上、点Eは辺AC上にある。この二つの三角形は \(\angle A\) を共有している。

  • Area(\(\triangle ADE\)) = \(\frac{1}{2} AD \cdot AE \sin A\)
  • Area(\(\triangle ABC\)) = \(\frac{1}{2} AB \cdot AC \sin A\)これらの面積の比をとると、\[\frac{\text{Area}(\triangle ADE)}{\text{Area}(\triangle ABC)} = \frac{\frac{1}{2} AD \cdot AE \sin A}{\frac{1}{2} AB \cdot AC \sin A} = \frac{AD \cdot AE}{AB \cdot AC}\]

ケースB:角の和が180°(補角)の場合

四角形ABCDが円に内接している場合などを考えます。\(\angle B + \angle D = 180^\circ\) なので、\(\sin B = \sin(180^\circ – D) = \sin D\) となります。

このとき、\(\triangle ABC\) と \(\triangle ADC\) の面積比は(対角線ACを底辺と見なせば原理1ですが)、

\(\frac{\text{Area}(\triangle ABC)}{\text{Area}(\triangle CDA)} = \frac{\frac{1}{2}AB \cdot BC \sin B}{\frac{1}{2}CD \cdot DA \sin D} = \frac{AB \cdot BC}{CD \cdot DA}\)

となり、やはり角を挟む辺の積の比で表せます。

例題

\(\triangle ABC\) において、辺ABを 2:1 に内分する点をD、辺ACを 3:2 に内分する点をEとする。このとき、\(\triangle ADE\) と \(\triangle ABC\) の面積比を求めよ。

  • AD = \(\frac{2}{3}\)AB, AE = \(\frac{3}{5}\)AC
  • \(\triangle ADE\) と \(\triangle ABC\) は \(\angle A\) を共有しているので、原理3を適用する。\[\frac{\text{Area}(\triangle ADE)}{\text{Area}(\triangle ABC)} = \frac{AD \cdot AE}{AB \cdot AC} = \frac{(\frac{2}{3}AB) \cdot (\frac{3}{5}AC)}{AB \cdot AC}\]ABとACが約分されて、\[= \frac{2}{3} \times \frac{3}{5} = \frac{2}{5}\]したがって、面積比は 2:5 となります。

チェバの定理の証明への応用

チェバの定理の面積比による証明は、これらの原理を巧みに組み合わせたものです。

\(\frac{BP}{PC} = \frac{\text{Area}(\triangle ABP)}{\text{Area}(\triangle ACP)}\) (原理1)

\(\frac{BP}{PC} = \frac{\text{Area}(\triangle OBP)}{\text{Area}(\triangle OCP)}\) (原理1)

これらの式から、合比の理を用いて \(\frac{BP}{PC} = \frac{\text{Area}(\triangle ABO)}{\text{Area}(\triangle ACO)}\) を導きました。この最後の式変形自体が、面積比の性質の応用となっています。

三角形の面積比に関するこれらの原理は、単独で使われることもありますが、多くは他の定理と組み合わせることで、その真価を発揮します。特に、辺の比を面積比に、面積比を別の辺の比に、と自在に「翻訳」する能力は、複雑な幾何学の問題を解きほぐす上で、極めて重要なスキルとなります。


10. デザルグの定理の紹介

これまでに我々が探求してきた三角形の定理は、主にユークリッド幾何学の枠内、すなわち長さや角度、面積といった「計量」的な性質に焦点を当てたものでした。しかし、幾何学の世界はそれだけにとどまりません。点を線に、線を点に射影する「射影幾何学」という、より抽象的で広大な分野が存在します。この射影幾何学への美しい入り口となるのが、17世紀のフランスの数学者ジェラール・デザルグによって発見されたデザルグの定理 (Desargues’s Theorem) です。この定理は、2つの三角形が特定の配置にあるときに、頂点や辺の間に現れる驚くべき「共点性」と「共線性」の関係を記述するものです。

10.1. デザルグの定理の主張

デザルグの定理を理解するためには、まず「配景 (perspective)」という概念を理解する必要があります。

  • 点配景 (Perspective from a point): 2つの三角形 \(\triangle ABC\) と \(\triangle A’B’C’\) があるとき、対応する頂点を結ぶ3直線 \(AA’, BB’, CC’\) が1点Oで交わるならば、この2つの三角形は点Oに関して配景の位置にある、または中心配景であるといいます。この点Oを配景の中心と呼びます。
  • 線配景 (Perspective from a line): 2つの三角形の対応する辺(またはその延長)の3つの交点、すなわち、
    • 辺ABと辺A’B’の交点P
    • 辺BCと辺B’C’の交点Q
    • 辺CAと辺C’A’の交点Rが、同一直線\(l\)上にあるならば、この2つの三角形は直線\(l\)に関して配景の位置にある、または軸配景であるといいます。この直線\(l\)を配景の軸と呼びます。

これらの定義を踏まえた上で、デザルグの定理は、これら二つの配景の関係が、実は偶然ではなく、必然的な結びつきであることを主張します。

【デザルグの定理】

2つの三角形が点配景の位置にあるならば、それらは線配景の位置にもある。

そして、その逆、

2つの三角形が線配景の位置にあるならば、それらは点配景の位置にもある。

この定理の美しさは、頂点の「共点性」と、辺の交点の「共線性」という、一見すると異なる性質が、実は同じ現象の裏表であることを示している点にあります。これは、射影幾何学における双対性 (duality) という、より深い原理の現れの一つです。

10.2. 定理の証明のアイデア:3次元への飛躍

デザルグの定理は、平面上だけで証明しようとすると、メネラウスの定理を複数回適用するなど、かなり複雑な議論が必要となります。しかし、この定理の真の姿は、視点を一つ上げて3次元空間で考えることで、驚くほど明快になります。

3次元空間を用いた証明のスケッチ

  1. 設定:平面 \(\alpha\) 上に、デザルグの定理の図形(2つの三角形と配景の中心O、配景の軸\(l\))が描かれているとします。ここで、平面 \(\alpha\) の外側に、視点となる点 V をとります。
  2. 空間へのリフトアップ:
    • 配景の中心Oと視点Vを結ぶ直線 \(m\) を考えます。
    • 直線 \(m\) 上に、3点 A”, B”, C” を、それぞれ直線 VA, VB, VC 上にくるようにとります。これは、点Oから \(\triangle ABC\) を見たときの「錐体」を、視点Vから見ているような状況です。(\(\triangle A”B”C”\)は、ある平面\(\beta\)上にある)
    • 同様に、直線 \(m\) 上に、3点 A”’, B”’, C”’ を、それぞれ直線 VA’, VB’, VC’ 上にくるようにとります。(\(\triangle A”’B”’C”’\)は、ある平面\(\gamma\)上にある)
  3. 平面の交わりとしての直線の発見:
    • 点 A, B, A’, B’ は、すべて平面 VAB 上に乗っています。したがって、直線 AB と直線 A’B’ は、この平面 VAB 上で交わります。その交点が P です。
    • 同様に、点 B, C, B’, C’ は平面 VBC 上にあり、その交点が Q。
    • 点 C, A, C’, A’ は平面 VCA 上にあり、その交点が R。
    • さて、点 P, Q, R はどこにあるでしょうか。
      • 点Pは、直線AB上にあるので、平面\(\beta\)(\(\triangle A”B”C”\)が乗る平面)上にある。
      • 点Pは、直線A’B’上にあるので、平面\(\gamma\)(\(\triangle A”’B”’C”’\)が乗る平面)上にもある。
      • したがって、点Pは、2つの平面 \(\beta\) と \(\gamma\) の両方に含まれる点である。
    • 同様に、点Qも点Rも、平面 \(\beta\) と \(\gamma\) の両方に含まれます。
    • 空間内において、異なる2つの平面の共通部分は、1本の直線をなします。
    • よって、3点 P, Q, R は、すべてこの交線上に乗っていなければなりません。
  4. 結論:3点 P, Q, R が同一直線上にあること(共線性)が証明されました。

この証明は、平面上の複雑な共線性の問題を、3次元空間における「2平面の交わりは直線である」という、より自明な事実に置き換えることで解決しています。この「次元を一つ上げて考える」という発想は、数学の様々な分野で現れる、非常に強力な問題解決のテクニックです。

10.3. デザルグの定理の意義

デザルグの定理は、高校数学のカリキュラムで必須として扱われることは少ないかもしれません。しかし、この定理に触れることには、以下のような大きな意義があります。

  • 射影幾何学への招待: ユークリッド幾何学が「長さ」や「角度」といった不変量を扱うのに対し、射影幾何学は「共線性」や「共点性」といった、射影変換(影を映すような変換)によっても保たれる、より本質的な性質を探求します。デザルグの定理は、その世界の美しさと奥深さを垣間見せてくれます。
  • 思考の柔軟性: 2次元の問題を3次元で考えるという、視点の転換の重要性を示してくれます。
  • 数学の統一性: 一見無関係に見える「共点性」と「共線性」が、双対という概念の下で結びついていることを示唆し、数学の背後にある統一的な構造への関心を喚起します。

デザルグの定理は、私たちが慣れ親しんだ三角形という図形が、より広大で豊かな幾何学の世界へと繋がる扉であることを教えてくれる、感動的な定理なのです。


Module 5:図形の性質(1) 三角形の性質の総括:論証幾何学への招待

本モジュールを通じて、我々は幾何学の根幹をなす最も基本的な図形、三角形の世界を体系的に探求してきました。その旅は、辺と角の大小関係や三角形の成立条件といった、図形の存在そのものを規定する根本的な公理から始まりました。これらの自明に見える法則が、これから続くすべての論理の礎となることを確認しました。

次に我々は、三角形の内部に潜む秩序の中心、すなわち「五心」へと足を踏み入れました。重心、外心、内心、垂心、傍心は、それぞれ中線、垂直二等分線、角の二等分線、垂線といった異なる種類の線分の「共点性」の現れであり、それぞれが2:1の比、外接円、内接円といった独自の豊かな性質を持つランドマークであることを学びました。これらの性質を論理的に証明する過程は、補助線を引き、既知の定理を組み合わせて未知の結論を導く、「論証幾何学」の思考プロセスそのものでした。

そして、我々は三角形の辺の比に関する二つの強力な定理、チェバの定理とメネラウスの定理を手にしました。チェバの定理が「共点性」を辺の比の積=1という形で表現したのに対し、メネラウスの定理は「共線性」を同じく辺の比の積=1で記述しました。これらの定理は、面積比や相似といった基本的なツールを用いて証明され、また、それ自身が五心の性質を証明するための強力な武器となる、という幾何学の美しい階層構造と相互関連性を我々に示してくれました。

角の二等分線定理や中点連結定理、面積比の法則といった個別の道具も、すべてはこの大きな論理体系の一部として機能します。角度の情報を辺の比に、辺の比を面積比にと、異なる種類の情報を自在に「翻訳」する技術を磨くことで、一見して解法が見えない複雑な問題にも、その内部に隠された調和と秩序を見出すことが可能になります。最後に触れたデザルグの定理は、我々の視点を2次元平面から3次元空間へと引き上げ、射影幾何学というさらに広大な世界の存在を示唆してくれました。

このモジュールで皆様が構築したのは、個別の定理の知識リストではありません。それは、図形を観察し、その中に潜む関係性を見抜き、公理から出発して揺ぎない結論に至るまでの一貫した論理の連鎖を自ら紡ぎ出す、「証明の思考法」です。この思考法こそが、次なる円の性質、そして数学のあらゆる分野を探求する上で、皆様の最も信頼できる知的な羅針盤となるでしょう。

目次