【基礎 数学(数学A)】Module 6:図形の性質(2) 円の性質
本モジュールの目的と構成
前モジュールでは、あらゆる多角形の根源である「三角形」の論証幾何学を探求しました。本モジュールでは、その探求の舞台を、もう一つの根源的かつ完全な図形、円へと移します。円は、中心という一点からの距離が常に等しい点の集合として定義される、完璧な対称性を持つ図形です。この比類なき対称性こそが、三角形のそれとはまた趣の異なる、数々の深く美しい幾何学的定理を生み出す源泉となります。
円の性質の探求は、単に新しい公式を学ぶことではありません。それは、図形の中に潜む「円」という隠れた構造を見つけ出し、角度と長さの間に存在する普遍的な法則を解き明かす「眼」を養うことです。ある四角形の4つの頂点が、実は一つの円の上に乗っていることを見抜いた瞬間、その図形は単なる四角形であることをやめ、円周角の定理や方べきの定理といった強力な法則の支配する、秩序だった世界へと姿を変えるのです。
本モジュールは、以下の学習項目を通じて、円が織りなす定理の壮大な体系を、その基礎から応用まで深く探求していきます。
- 円周角の定理とその逆: 円の幾何学における全ての定理の出発点とも言える、中心角と円周角の間の根源的な関係を学びます。また、その逆定理が「点が同一円周上にある」ことを証明する強力な武器となることを見ます。
- 円に内接する四角形の性質: 4つの頂点が一つの円の上にある「円に内接する四角形」が持つ、対角の和や外角に関する特別な性質を探求します。
- 接弦定理: 円の「接線」と「弦」という二つの異なる要素が、一つの点で交わるときに生まれる角度の美しい関係性を学びます。
- 方べきの定理とその逆: 円と交わる直線(弦や割線)や接線が生み出す線分の長さの間に、常に成り立つ積の不変量「方べき」の法則を学びます。
- 2つの円の位置関係と共通接線: 複数の円が互いにどのような位置関係を取りうるのかを体系的に分類し、その間に引ける共通接線の本数や長さを計算する技術を習得します。
- 円の接線と弦のなす角: 接弦定理の基礎となる、接線と弦の基本的な関係性、特に接線が接点を通る半径と垂直に交わるという極めて重要な性質を深く理解します。
- 相似の中心: 2つの円を相似な図形と捉えたとき、その相似変換の中心となる「相似の中心」の概念を学び、これが共通接線と密接に関わることを見ます。
- アポロニウスの円: 「2定点からの距離の比が一定である点の軌跡」という、一見複雑な条件が、実は美しい円を描くことを学びます。
- トレミーの定理: 円に内接する四角形の4辺と2本の対角線の長さの間に成り立つ、驚くべき積の等式、トレミーの定理を探求します。
- シムソンの定理: 三角形の外接円上の任意の点から、3つの辺に下ろした垂線の足が、常に一直線上に並ぶという、感動的とも言えるシムソンの定理の美しさに触れます。
このモジュールを終えるとき、皆様は、単に円の公式を覚えているだけでなく、図形の中に隠された円環構造を見抜き、角度、長さ、比率、共線、共点といった幾何学の要素が、円という完璧な舞台の上でいかに調和し、相互に連携しているかを深く理解しているはずです。その洞察力は、皆様の幾何学的な問題解決能力を、新たな次元へと引き上げることを約束します。
1. 円周角の定理とその逆
円の性質に関する幾何学の壮大な体系は、ほとんどが一つのシンプルで美しい定理から導き出されると言っても過言ではありません。それが円周角の定理 (Inscribed Angle Theorem) です。この定理は、円の中心が作る「中心角」と、円周上の点が作る「円周角」との間に存在する、普遍的で不変の関係性を記述するものです。この定理を理解することは、円が関わるあらゆる角度の問題を解くための、最も基本的な鍵を手に入れることに他なりません。
1.1. 円周角と中心角
まず、基本的な用語を定義します。
- 弧 (Arc): 円周の一部分。
- 弦 (Chord): 円周上の2点を結ぶ線分。
- 中心角 (Central Angle): 円の中心と円周上の2点を結んでできる角。その角は、2点の間の弧に向かい合っています。
- 円周角 (Inscribed Angle): 円周上の3点によって作られる角。その角は、両端の2点を結ぶ弧に向かい合っています。
【円周角の定理】
- 一つの弧に対する円周角の大きさは、その弧に対する中心角の大きさの半分である。
- (系)同じ弧に対する円周角の大きさは、すべて等しい。
- (系)直径に対する円周角(半円の弧に対する円周角)は、直角(90°)である。
“
[図:円の中心Oと円周上の3点A, B, P。弧ABに対する中心角∠AOBと、円周角∠APBが描かれている。∠APB = 1/2 ∠AOB の関係が示されている。また、同じ弧ABに対する別の円周角∠AQBも描かれ、∠APB = ∠AQBであることが示されている。]
1.2. 円周角の定理の証明
この定理の証明は、円周角の頂点Pと円の中心Oの位置関係によって、3つの場合に分けて行います。
場合1:円の中心Oが、円周角の辺の上にある場合
- 設定: 円周角 \(\angle APB\) の辺の一方(例:PB)が、円の中心Oを通る。つまり、PBは直径である。
- 証明:
- 線分OAを引く。\(\triangle OAP\) は、\(OA=OP\)(ともに半径)の二等辺三角形である。
- したがって、底角は等しいので、\(\angle OPA = \angle OAP\)。円周角 \(\angle APB\) は \(\angle OPA\) と同じ角である。
- 中心角 \(\angle AOB\) は、\(\triangle OAP\) の頂点Oにおける外角である。
- 三角形の外角は、それと隣り合わない二つの内角の和に等しいので、\(\angle AOB = \angle OPA + \angle OAP = 2\angle OPA = 2\angle APB\)
- よって、\(\angle APB = \frac{1}{2}\angle AOB\) が証明された。
場合2:円の中心Oが、円周角の内部にある場合
- 証明:
- 円周角の頂点Pと中心Oを結び、直径PQを引く。
- この直径によって、中心角 \(\angle AOB\) は \(\angle AOQ + \angle BOQ\) に、円周角 \(\angle APB\) は \(\angle APQ + \angle BPQ\) に分割される。
- 分割されたそれぞれの角のペア(\(\angle APQ, \angle AOQ\) と \(\angle BPQ, \angle BOQ\))に対して、場合1を適用できる。
- \(\angle APQ = \frac{1}{2}\angle AOQ\)
- \(\angle BPQ = \frac{1}{2}\angle BOQ\)
- これらの2式を足し合わせると、\((\angle APQ + \angle BPQ) = \frac{1}{2}(\angle AOQ + \angle BOQ)\)\(\angle APB = \frac{1}{2}\angle AOB\) が証明された。
場合3:円の中心Oが、円周角の外部にある場合
- 証明:
- 同様に、頂点Pと中心Oを結び、直径PQを引く。
- \(\angle APB = \angle APQ – \angle BPQ\)
- \(\angle AOB = \angle AOQ – \angle BOQ\)
- 角のペア(\(\angle APQ, \angle AOQ\) と \(\angle BPQ, \angle BOQ\))に対して、場合1を適用し、辺々を引き算することで、同様に \(\angle APB = \frac{1}{2}\angle AOB\) が証明される。
系の証明
- 系2(同じ弧に対する円周角): 同じ弧に対する円周角は、すべて同じ中心角の半分であるから、互いに等しくなる。
- 系3(直径に対する円周角): 直径に対する中心角は、180°(直線)である。したがって、その円周角は \(180^\circ \div 2 = 90^\circ\) となる。
1.3. 円周角の定理の逆
円周角の定理の「逆」もまた真であり、**「4つの点が一つの円周上にある(共円である)」**ことを証明するための、極めて強力な手段となります。
【円周角の定理の逆】
2点 C, D が直線 AB に関して同じ側にあって、
\[
\angle ACB = \angle ADB
\]
であるならば、4点 A, B, C, D は一つの円周上にある。
“
[図:線分ABを共通の弦(底辺)と見なす。その同じ側に点Cと点Dがあり、∠ACBと∠ADBが等しい角度として示されている。この場合、A,B,C,Dを通る一つの円が描けることを示す。]
証明の概略(背理法)
- 3点 A, B, C を通る円を仮定する。この円は一意に定まる。
- 点 D が、この円の周上にないと仮定する。
- ケースa: 点Dが円の内部にある場合。直線ADを延長し、円周との交点をEとする。円周角の定理より、\(\angle ACB = \angle AEB\)。一方、\(\triangle DEB\) の外角を考えると、\(\angle ADB = \angle AEB + \angle DBE\) となり、\(\angle ADB > \angle AEB\)。したがって、\(\angle ADB > \angle ACB\) となり、仮定の \(\angle ACB = \angle ADB\) に矛盾する。
- ケースb: 点Dが円の外部にある場合。同様の議論で、\(\angle ADB < \angle ACB\) となり、矛盾する。
- したがって、点Dは円周上になければならない。
逆の定理の応用
この逆定理は、「この4点は円に内接することを示せ」といった証明問題で頻繁に利用されます。図形の中から、共通の弦を見つけ出し、それに対する円周角が等しくなっているペアを発見することが、証明の鍵となります。
例えば、2つの直角三角形が斜辺を共有している場合、直角(90°)という等しい円周角を持つため、4つの頂点は斜辺を直径とする同一円周上にあることが分かります。
円周角の定理とその逆は、見た目が異なる角度同士を結びつけ、図形の中に隠れた円の存在を暴き出すための、魔法のような杖です。この定理を自在に操れるようになれば、円の幾何学の世界が一気に開けて見えることでしょう。
2. 円に内接する四角形の性質
円周角の定理が、円と三角形(あるいは3点)の関係を記述するものであったのに対し、その自然な拡張として、円と四角形の関係を探求することができます。4つの頂点がすべて一つの円周上にある四角形を、円に内接する四角形 (Cyclic Quadrilateral) と呼びます。このような特別な四角形は、一般的な四角形にはない、角度に関する非常に美しい性質を持っています。これらの性質は、円周角の定理から直接導かれるものであり、円が関わる幾何学問題において頻繁に利用される重要なツールです。
2.1. 円に内接する四角形の性質
円に内接する四角形 ABCD が持つ角度の性質は、主に以下の二つです。これらは互いに同値な(一方から他方が導ける)関係にあります。
【性質1】対角の和は180°
円に内接する四角形において、**向かい合う内角(対角)の和は 180°**である。
\[
\angle A + \angle C = 180^\circ
\]
\[
\angle B + \angle D = 180^\circ
\]
“
[図:円に内接する四角形ABCD。対角である∠Aと∠Cの和が180°、∠Bと∠Dの和が180°であることを示す。]
証明(円周角の定理を用いる)
- 円の中心を O とする。
- 四角形 ABCD の頂点 B, D に注目し、弧 BCD と弧 DAB を考える。
- 角Aは、弧 BCD に対する円周角である。したがって、円周角の定理より、\(\angle A = \frac{1}{2}(\text{弧 BCD に対する中心角})\)。
- 角Cは、弧 DAB に対する円周角である。したがって、\(\angle C = \frac{1}{2}(\text{弧 DAB に対する中心角})\)。
- 弧 BCD に対する中心角と、弧 DAB に対する中心角を足し合わせると、円全体の中心角、すなわち 360° になる。\((\text{弧 BCD の中心角}) + (\text{弧 DAB の中心角}) = 360^\circ\)
- したがって、角Aと角Cの和は、\(\angle A + \angle C = \frac{1}{2}(\text{弧 BCD の中心角}) + \frac{1}{2}(\text{弧 DAB の中心角})\)\(= \frac{1}{2} ((\text{弧 BCD の中心角}) + (\text{弧 DAB の中心角}))\)\(= \frac{1}{2} \times 360^\circ = 180^\circ\)\(\angle B + \angle D = 180^\circ\) も同様に証明できる。
【性質2】外角は、その隣の内角の対角に等しい
円に内接する四角形において、**一つの外角は、それと隣り合う内角の対角(内対角)**に等しい。
“
[図:円に内接する四角形ABCD。辺CDを延長した先の点をEとし、頂点Cにおける外角∠BCEを描く。この外角が、その内対角である∠Aと等しいことを示す。]
証明(性質1を利用)
- 頂点Cにおける内角 \(\angle BCD\) と外角 \(\angle BCE\) の和は、直線なので 180° である。\(\angle BCD + \angle BCE = 180^\circ \quad \cdots ①\)
- 円に内接する四角形の性質1より、対角の和は 180° である。\(\angle BCD + \angle A = 180^\circ \quad \cdots ②\)
- ①, ②より、\(\angle BCE = 180^\circ – \angle BCD\)\(\angle A = 180^\circ – \angle BCD\)したがって、\(\angle BCE = \angle A\) が成り立つ。
2.2. 四角形が円に内接するための条件(逆の定理)
上記の二つの性質は、その「逆」もまた真です。これらは、「ある四角形が円に内接すること」を証明するための条件として、極めて重要です。
【四角形が円に内接するための条件】
次のいずれか一つの条件を満たす四角形は、円に内接する。
- 一組の対角の和が 180° である。
- 一つの外角が、その内対角に等しい。
- (円周角の定理の逆)一つの辺を共有する2つの内角が等しい。(例:\(\angle BAC = \angle BDC\))
証明の概略(背理法)
証明のロジックは、円周角の定理の逆の証明とほぼ同じです。
例えば、条件1「\(\angle A + \angle C = 180^\circ\)」を証明する場合、
- 3点 A, B, D を通る円を仮定する。
- 4点目の頂点 C が、この円の周上にないと仮定する。
- もし C が円の内部にあれば、\(\angle C\) は円周上の点で作る角より大きくなり、\(\angle A + \angle C > 180^\circ\) となって矛盾する。
- もし C が円の外部にあれば、\(\angle C\) は円周上の点で作る角より小さくなり、\(\angle A + \angle C < 180^\circ\) となって矛盾する。
- したがって、頂点 C は円周上になければならない。
2.3. 応用例
例題1:角度の計算
下の図において、\(x\) の値を求めよ。ただし、四角形ABCDは円に内接している。
“
[図:円に内接する四角形ABCD。\(\angle A = 100^\circ\)、辺CDを延長した外角 \(\angle BCE = 95^\circ\) となっている。角\(\angle C\) と 角\(\angle D\) の内角をx, yとして求める問題。]
思考プロセス
- 対角の和の性質を利用:\(\angle A + \angle C = 180^\circ\) なので、\(100^\circ + x = 180^\circ \implies x = 80^\circ\)
- 外角の性質を利用:外角 \(\angle BCE\) は、その内対角 \(\angle A\) と等しい…これは成り立たない。外角は \(\angle ADE\) など。別の性質を使う。\(\angle D\) の対角は \(\angle B\) である。内角 \(\angle BCD\) は、外角 \(\angle BCE\) と合わせて180°なので、\(\angle BCD = 180^\circ – 95^\circ = 85^\circ\)。おっと、図が間違っている。外角は C ではなく B の外角としよう。問題設定の修正: \(\angle A = 100^\circ\)、頂点Bにおける外角が \(95^\circ\) とする。角x (\(\angle C\)) と角y (\(\angle D\)) を求める。
- \(\angle A + \angle C = 180^\circ \implies 100^\circ + x = 180^\circ \implies x=80^\circ\)
- 頂点Bの外角は、その内対角である \(\angle D\) に等しい。よって、\(y = 95^\circ\)。
例題2:共円の証明
\(\triangle ABC\) の頂点 B, C から対辺 AC, AB に下ろした垂線の足をそれぞれ E, F とする。このとき、4点 B, C, E, F は同一円周上にあることを示せ。
思考プロセス
- 図を描く:\(\triangle ABC\) と、垂線 BE, CF を描く。BE と AC、CF と AB はそれぞれ垂直に交わる。
- 証明の目標:四角形 BCEF が円に内接することを示したい。
- 適用できる条件を探す:
- 条件1(対角の和): \(\angle BFC + \angle BEC\) ?これは対角ではない。\(\angle FBC + \angle FEC\) ?角度が分からない。
- 条件3(円周角の定理の逆): 線分 BC を共通の弦(底辺)と見てみよう。その同じ側(A側)に、点 E と点 F がある。これらの点と弦 BC が作る角は、\(\angle BEC\) と \(\angle BFC\) である。
- 角度の確認:BE は垂線なので、\(\angle BEC = 90^\circ\)。CF は垂線なので、\(\angle BFC = 90^\circ\)。
- 結論:\(\angle BEC = \angle BFC = 90^\circ\) である。したがって、円周角の定理の逆により、2点 E, F は、線分 BC を直径とする同一円周上にある。よって、4点 B, C, E, F は同一円周上にある。
(証明終)
円に内接する四角形の性質は、図形の中に隠れた「円」を見つけ出し、角度の制約を明らかにするための強力なセンサーの役割を果たします。ある角度と別の角度が等しいことや、合計が180°になることを証明したいとき、その背景に円に内接する四角形が隠れていないかを探すことは、問題解決の有効な常套手段となります。
3. 接弦定理
円の幾何学において、接線 (Tangent) と弦 (Chord) は基本的な構成要素です。これら二つが、接線と円の唯一の共有点である接点 (Point of tangency) で交わるとき、そこに驚くほど美しい角度の関係性が生まれます。この関係性を記述するのが接弦定理 (Alternate Segment Theorem) です。この定理は、接線が作る角と、弦が円周上に作る円周角とを直接結びつけるもので、一見すると関係のなさそうな二つの角度が、実は等しいことを教えてくれます。
3.1. 接線と弦の基本的な関係
接弦定理を理解する前に、その土台となる接線の最も重要な性質を確認しておく必要があります。
【性質】接線と半径の垂直性
円の接線は、その接点を通る半径と、垂直に交わる。
\[
\text{接線} \perp \text{半径}
\]
“
[図:円Oと、点Tで接する接線l。中心Oと接点Tを結んだ半径OTが、接線lと垂直に交わっている様子。]
この性質は、接線に関するほぼすべての証明の出発点となります。直感的には、もし垂直でなければ、接線は円の内部に「食い込んで」しまい、2つの交点を持ってしまうことから理解できます。厳密には、点と直線の距離が最短(半径)になることから証明されます。
3.2. 接弦定理
【定理】
円の接線と、その接点を通る弦が作る角は、その角の内部にある弧に対する円周角に等しい。
“
[図:円と、点Tで接する接線l。接点Tを通る弦TAが描かれている。接線lと弦TAが作る角∠ATC(Cは接線上の点)が、弦TAの反対側の円周上の点Bが作る円周角∠ABTと等しいことを示す。]
この定理をより分かりやすく言うと、
- 接線と弦が作る角(図の \(\angle ATC\))
- その弦(TA)が円周上に見込む角(\(\angle ABT\))が等しい、ということです。「角の内部にある弧」とは、この場合、角ATCの内部にある弧ATを指します。この弧ATに対する円周角が \(\angle ABT\) です。
3.3. 接弦定理の証明
この定理の証明も、円周角の定理と同様に、弦の位置によって3つの場合に分けて行います。ここでも、接線と半径の垂直性が鍵となります。
場合1:弦が直径である場合
- 設定: 接点Tを通る弦TAが、円の中心Oを通る(TAは直径)。
- 証明:
- 接線と半径は垂直なので、接線と直径TAが作る角は 90°。
- 一方、直径に対する円周角(\(\angle ABT\))も、円周角の定理より 90°。
- したがって、両者は等しく、この場合は定理が成り立つ。
場合2:接線と弦が作る角が鋭角の場合
- 設定: \(\angle ATC\) が鋭角。
- 証明:
- 補助線の作図:接点Tを通り、中心Oを通る直径TDを引く。円周上に点AとDを結ぶ。“[図:定理の図に、直径TDと弦ADを追加。]
- 角度の関係を追う:
- 接線と直径は垂直なので、\(\angle DTC = 90^\circ\)。
- したがって、我々が注目する角 \(\angle ATC\) は、\(\angle ATC = 90^\circ – \angle ATD\) と書ける。
- 一方、TDは直径なので、\(\angle TAD = 90^\circ\)(直径に対する円周角)。
- \(\triangle TAD\) の内角の和は180°なので、\(\angle TDA = 180^\circ – 90^\circ – \angle ATD = 90^\circ – \angle ATD\)。
- ここで、\(\angle TDA\) と \(\angle ABT\) は、同じ弧TAに対する円周角なので、円周角の定理より \(\angle TDA = \angle ABT\)。
- 結論:
- \(\angle ATC = 90^\circ – \angle ATD\)
- \(\angle ABT = \angle TDA = 90^\circ – \angle ATD\)
- よって、\(\angle ATC = \angle ABT\) が証明された。
場合3:接線と弦が作る角が鈍角の場合
- 設定: \(\angle AT C’\) が鈍角(C’は接線上の反対側の点)。
- 証明:\(\angle ATC’ = 180^\circ – \angle ATC\)円に内接する四角形ABTC’(これは厳密には存在しない)の性質を考えると、弧ATBに対する円周角は \(\angle ATB\) ではなく、優弧ATに対する円周角\(\angle ABT\)の反対側の角になる。この証明は、鋭角の場合の結果を利用するのが簡単です。\(\angle ATC’\) は、弦ATと接線が作る鈍角。\(\angle ATC’ = 180^\circ – \angle ATC\)一方、円に内接する四角形 ABT(X) (Xは優弧上の点)を考えると、\(\angle AXB + \angle ABT = 180^\circ\)弦ATの反対側の円周角は、\(180^\circ – \angle ABT\) である。…この議論は複雑。証明の再構築:鈍角 \(\angle BTA’\) (A’は接線上の点) は、その内部にある優弧ABに対する円周角 \(\angle ACB\) (Cは劣弧AB上の点) と等しいことを示せばよい。これは、鋭角の場合の角とその補角を考えることで、\(\angle BTA = \theta\) とすると、\(\angle BTA’ = 180 – \theta\)。また、円に内接する四角形ACBDを考えると、\(\angle ADB = \theta\) で、\(\angle ACB = 180 – \theta\) となるため、証明できる。
3.4. 接弦定理の応用
接弦定理は、接線が関わる角度の問題において、接線と円内部の角とを結びつける強力な橋渡し役となります。
例題
下の図において、直線lは円Oの接線で、Tはその接点である。\(\angle ATB = 50^\circ, \angle BTC = 60^\circ\) のとき、\(\triangle ABC\) の各角の大きさを求めよ。
“
[図:円と、その下側で接する接線l。接点T。円周上に3点A,B,Cがあり、\(\triangle ABC\)と\(\triangle BTC\)などが描かれている。]
思考プロセス
- \(\angle A\) を求める:角\(\angle A\) (すなわち \(\angle CAB\)) は、弧BCに対する円周角である。接弦定理により、弧BCの内部にある角、すなわち接線と弦BCが作る角 \(\angle BTC\) に等しい。よって、\(\angle A = \angle BTC = 60^\circ\)。
- \(\angle C\) を求める:角\(\angle C\) (すなわち \(\angle ACB\)) は、弧ABに対する円周角である。接弦定理により、弧ABの内部にある角、すなわち接線と弦ABが作る角 \(\angle ATB\) に等しい。よって、\(\angle C = \angle ATB = 50^\circ\)。
- \(\angle B\) を求める:\(\triangle ABC\) の内角の和は180°なので、\(\angle B = 180^\circ – (\angle A + \angle C) = 180^\circ – (60^\circ + 50^\circ) = 180^\circ – 110^\circ = 70^\circ\)。
接弦定理は、一見すると証明がやや複雑で、適用場面を見抜きにくい定理かもしれません。しかし、「接線と弦の角を見つけたら、その弦の向こう側の円周角を探せ」という眼を養うことで、この定理は角度問題における強力な武器となります。特に、方べきの定理の接線バージョンを証明する際にも、この定理が不可欠な役割を果たします。
4. 方べきの定理とその逆
円の幾何学において、角度に関する定理(円周角の定理、接弦定理など)と並んで、線分の長さに関する強力な法則を提供してくれるのが、方べきの定理 (Power of a Point Theorem) です。この定理は、円の外または内の定点Pを通り、円と交わる(または接する)任意の直線を引いたとき、その直線が円によって切り取られる2つの線分の長さの積が、常に一定の値になるという、驚くべき不変性を主張するものです。「方べき」という言葉は、この不変な積の値を指します。
4.1. 方べきの定理
方べきの定理は、点Pの位置によって、3つのケースに分類されますが、その本質はすべて同じです。
ケース1:点が円の内部にある場合(2本の弦の交点)
- 設定: 円の内部の点Pを通る2本の弦 AB と CD がある。
- 定理: \(PA \cdot PB = PC \cdot PD\)
“
[図:円の内部で交差する2本の弦ABとCD。交点がP。PA・PB = PC・PD を示す。]
証明(相似な三角形を利用)
- 線分 AC と DB を結び、\(\triangle PAC\) と \(\triangle PDB\) を作る。
- 円周角の定理より、
- 同じ弧CBに対する円周角なので、\(\angle PAC = \angle PDB\)。
- 同じ弧ADに対する円周角なので、\(\angle PCA = \angle PBD\)。
- 2組の角がそれぞれ等しいので、\(\triangle PAC \sim \triangle PDB\) (相似)。
- 相似な三角形の対応する辺の比は等しいので、\(PA : PD = PC : PB\)
- この比例式の内項の積と外項の積は等しいので、\(PA \cdot PB = PC \cdot PD\)
ケース2:点が円の外部にある場合(2本の割線)
- 設定: 円の外部の点Pを通り、円とそれぞれ2点 A, B および C, D で交わる2本の割線がある。(P-A-B, P-C-Dの順)
- 定理: \(PA \cdot PB = PC \cdot PD\)
“
[図:円の外部の点Pから引いた2本の割線。円との交点がそれぞれA,BとC,D。PA・PB = PC・PD を示す。]
証明(相似な三角形を利用)
- 線分 AD と CB を結び、\(\triangle PAD\) と \(\triangle PCB\) を作る。
- 円に内接する四角形の性質より、
- 四角形 ABCD は円に内接するので、\(\angle P AD\) の対角 \(\angle BCD\) の和は180°。外角の性質から、\(\angle P AD\) ではなく、\(\angle DAB + \angle DCB = 180^\circ\)。
- \(\angle PCB = 180^\circ – \angle DCB\)。よって \(\angle DAB = \angle PCB\)。
- 円に内接する四角形ABCDにおいて、外角は内対角に等しい。\(\angle P AD\) は \(\angle BCD\) の…いや、違う。
- 円周角の定理を使うのが明快。
- 頂点Pの角 \(\angle P\) は共通。
- 同じ弧ACに対する円周角なので、\(\angle PDA = \angle PBC\)。
- 2組の角がそれぞれ等しいので、\(\triangle PAD \sim \triangle PCB\) (相似)。
- 相似な三角形の対応する辺の比は等しいので、\(PA : PC = PD : PB\)
- この比例式の内項の積と外項の積は等しいので、\(PA \cdot PB = PC \cdot PD\)
ケース3:点が円の外部にある場合(接線と割線)
- 設定: 円の外部の点Pを通り、円と点Tで接する接線と、円と2点 A, B で交わる割線がある。(P-A-Bの順)
- 定理: \(PT^2 = PA \cdot PB\)
“
[図:円の外部の点Pから引いた接線(接点T)と割線(交点A,B)。PT^2 = PA・PB を示す。]
証明(相似な三角形を利用)
- 線分 TA と TB を結び、\(\triangle PAT\) と \(\triangle PTB\) を作る。
- 頂点Pの角 \(\angle P\) は共通。
- 接弦定理より、接線PTと弦TAが作る角 \(\angle PTA\) は、その内部の弧TAに対する円周角 \(\angle PBT\) に等しい。\(\angle PTA = \angle PBT\)
- 2組の角がそれぞれ等しいので、\(\triangle PAT \sim \triangle PTB\) (相似)。
- 相似な三角形の対応する辺の比は等しいので、\(PA : PT = PT : PB\)
- この比例式の内項の積と外項の積は等しいので、\(PT^2 = PA \cdot PB\)
4.2. 方べきの定理の逆
方べきの定理の「逆」もまた真であり、「4点が同一円周上にある」ことを証明するための、円周角の定理の逆と並ぶ、もう一つの非常に強力な手段です。
【方べきの定理の逆】
- 内部の点の場合: 2直線 AB, CD が点Pで交わり、\(PA \cdot PB = PC \cdot PD\) が成り立つならば、4点 A, B, C, D は同一円周上にある。
- 外部の点の場合: 2直線 PAB, PCD が点Pで交わり、\(PA \cdot PB = PC \cdot PD\) が成り立つならば、4点 A, B, C, D は同一円周上にある。
- 接線の場合: 直線 PT が点Tで直線 PAB と交わり、\(PT^2 = PA \cdot PB\) が成り立つならば、直線 PT は3点 A, B, T を通る円に接する。
証明の概略(背理法と相似)
逆の証明は、例えば内部の点の場合、
- 3点 A, B, C を通る円を仮定する。
- 直線 PD がこの円と交わる点を D’ とする。
- (正の)方べきの定理より、\(PA \cdot PB = PC \cdot PD’\)。
- 仮定の \(PA \cdot PB = PC \cdot PD\) と比較すると、\(PD’ = PD\) となる。
- したがって、点DとD’は一致し、点Dは3点A,B,Cを通る円周上にある。
4.3. 応用例
例題
下の図において、\(x\) の値を求めよ。
“
[図:円の外部の点Pから接線PTと割線PABが引かれている。PT=6, PA=4, AB=x となっている。]
思考プロセス
- これは、点が円の外部にある、接線と割線のケース(ケース3)である。
- 方べきの定理より、\(PT^2 = PA \cdot PB\)。
- 各線分の長さを代入する。
- \(PT = 6\)
- \(PA = 4\)
- \(PB = PA + AB = 4 + x\)
- 方程式を立てる:\(6^2 = 4 \times (4+x)\)\(36 = 16 + 4x\)\(20 = 4x\)\(x = 5\)
方べきの定理は、円が関わる線分の長さを求める問題において、中心的な役割を果たします。特に、相似な三角形を見つけ出すことが、この定理を理解し、適用し、そして証明するための普遍的な鍵となります。円周角の定理や接弦定理といった角度の定理と、方べきの定理という長さの定理を両輪とすることで、円の幾何学の問題解決能力は飛躍的に向上します。
5. 2つの円の位置関係と共通接線
これまでは単一の円が持つ性質を探求してきましたが、幾何学の問題ではしばしば2つの円が登場し、それらの相互作用が問われます。2つの円がどのように配置されうるのか、その位置関係を体系的に分類し、それぞれの場合に何本の共通接線が引けるのかを理解することは、作図問題や計量問題の基礎となります。この位置関係は、2つの円の中心間の距離と、それぞれの半径との比較によって、完全に記述することができます。
5.1. 2つの円の位置関係の分類
2つの円 \(C_1, C_2\) の中心をそれぞれ \(O_1, O_2\)、半径を \(r_1, r_2\) (ただし \(r_1 \ge r_2\) とする)、中心間の距離を \(d = O_1O_2\) とします。
この \(d\) と、半径の和 \(r_1+r_2\) および差 \(r_1-r_2\) との大小関係によって、位置関係は5つのケースに分類されます。
1. 互いに外部にある(離れている)
- 条件: \(d > r_1 + r_2\)
- 共有点の数: 0個
- 共通接線の数: 4本(共通外接線2本、共通内接線2本)
2. 外接する
- 条件: \(d = r_1 + r_2\)
- 共有点の数: 1個(接点)
- 共通接線の数: 3本(共通外接線2本、接点を通る共通内接線1本)
3. 2点で交わる
- 条件: \(r_1 – r_2 < d < r_1 + r_2\)
- 共有点の数: 2個(交点)
- 共通接線の数: 2本(共通外接線のみ)
4. 内接する
- 条件: \(d = r_1 – r_2\) (ただし \(d \neq 0\))
- 共有点の数: 1個(接点)
- 共通接線の数: 1本(接点を通る共通外接線のみ)
5. 一方が他方の内部にある
- 条件: \(d < r_1 – r_2\)
- 共有点の数: 0個
- (中心が一致する場合、\(d=0\) もこのケースに含まれる。同心円。)
- 共通接線の数: 0本
“
[図:上記5つのケース(離れている、外接、交わる、内接、内部にある)を、それぞれ図で示したもの。]
5.2. 共通接線の種類と長さの計算
2つの円に共通して接する直線を共通接線と呼びます。これには2つの種類があります。
- 共通外接線 (Direct/External Common Tangent): 2つの円が、接線の同じ側にあるもの。
- 共通内接線 (Transverse/Internal Common Tangent): 2つの円が、接線の反対側にあるもの。
これらの共通接線の長さ(接点から接点までの距離)は、中心間の距離 \(d\) と半径 \(r_1, r_2\) を用いて、三平方の定理を応用することで計算できます。
共通外接線の長さの計算
- 設定: 2つの円の中心 \(O_1, O_2\)、半径 \(r_1, r_2\) (\(r_1 \ge r_2\))。共通外接線との接点をそれぞれ A, B とする。線分ABの長さを求めたい。
- 補助線の作図:
- 中心 \(O_2\) から、半径 \(O_1A\) に垂線を下ろし、その足を H とする。
- 四角形 \(ABO_2H\) を考えると、\(\angle O_1AB = \angle ABO_2 = \angle O_2HA = 90^\circ\) なので、これは長方形である。
- したがって、求めたい長さ \(AB = HO_2\)。
- また、\(AH = BO_2 = r_2\) なので、\(O_1H = O_1A – AH = r_1 – r_2\)。
- 三平方の定理の適用:直角三角形 \(\triangle O_1HO_2\) に注目する。斜辺は \(O_1O_2 = d\)。他の2辺は \(O_1H = r_1 – r_2\) と \(HO_2 = AB\)。三平方の定理より、\((O_1O_2)^2 = (O_1H)^2 + (HO_2)^2\)\(d^2 = (r_1 – r_2)^2 + (AB)^2\)\[\text{共通外接線の長さ} (AB) = \sqrt{d^2 – (r_1 – r_2)^2}\]
“
[図:共通外接線の長さの計算の補助線を示した図。]
共通内接線の長さの計算
- 設定: 共通内接線との接点をそれぞれ C, D とする。線分CDの長さを求めたい。
- 補助線の作図:
- 線分 \(O_1C\) を、Cの方向に延長し、その上に点 K を \(CK = O_2D = r_2\) となるようにとる。
- 中心 \(O_2\) と点 K を結ぶ。
- 四角形 \(CDO_2K\) を考えると、\(CD \parallel KO_2\) かつ \(CD=KO_2\) の長方形となる。
- 求めたい長さ \(CD = KO_2\)。
- \(O_1K = O_1C + CK = r_1 + r_2\)。
- 三平方の定理の適用:直角三角形 \(\triangle O_1KO_2\) に注目する。斜辺は \(O_1O_2 = d\) ではなく、\(O_1K\) と \(KO_2\) が作る角は90度ではない。作図の修正: 中心\(O_2\)を通り、接線CDに平行な直線を引き、半径\(O_1C\)の延長との交点をHとする。
- 直角三角形 \(\triangle O_1HO_2\) を考える。
- 斜辺は \(O_1O_2 = d\)。
- \(HO_2 = CD\)。
- \(O_1H = O_1C + CH = O_1C + O_2D = r_1 + r_2\)。三平方の定理より、\((O_1O_2)^2 = (O_1H)^2 + (HO_2)^2\)\(d^2 = (r_1 + r_2)^2 + (CD)^2\)\[\text{共通内接線の長さ} (CD) = \sqrt{d^2 – (r_1 + r_2)^2}\]
“
[図:共通内接線の長さの計算の補助線を示した図。]
例題
中心間の距離が10、半径がそれぞれ 5 と 2 である2つの円がある。
(1) 共通外接線の長さを求めよ。
(2) 共通内接線の長さを求めよ。
(1) 共通外接線の長さ
\[ l = \sqrt{10^2 – (5-2)^2} = \sqrt{100 – 3^2} = \sqrt{100 – 9} = \sqrt{91} \]
(2) 共通内接線の長さ
まず、共通内接線が存在するかを確認する。
\(d = 10, r_1+r_2 = 5+2=7\)。
\(d > r_1+r_2\) なので、2つの円は離れており、共通内接線は存在する。
\[ l = \sqrt{10^2 – (5+2)^2} = \sqrt{100 – 7^2} = \sqrt{100 – 49} = \sqrt{51} \]
2つの円の位置関係の分類と、共通接線の長さの計算は、一見すると複雑な公式の暗記に見えるかもしれません。しかし、その根底にあるのは、中心間距離dと半径の和・差を比較するというシンプルな論理と、三平方の定理を適用するための巧みな補助線の作図です。この幾何学的な思考プロセスを理解することが、単なる暗記を超えた、真の応用力へと繋がります。
6. 円の接線と弦のなす角
円の幾何学において、接線は円とただ一点のみを共有するという、非常に特殊で重要な直線です。この「接する」という現象が、角度や長さに関して多くの美しい性質を生み出します。特に、接線と、その接点を通る弦とがなす角は、円周角と密接な関係にあり、接弦定理として知られています。このセクションでは、接弦定理そのものと、その証明や応用を支える、接線と弦の基本的な関係性について、改めて深く掘り下げていきます。
6.1. 接線の基本性質:半径との垂直性
円の接線を扱う上で、全ての議論の出発点となる、最も根源的な性質を再確認します。
【大原則】
円の接線は、その接点を通る半径(または直径)と垂直に交わる。
“
[図:円の中心O、円周上の点T、点Tを通る接線lが描かれている。半径OTと接線lが、点Tで直角をなしていることを示す記号が入っている。]
この性質の重要性
- 直角の創出: この性質は、図形の中に直角三角形を作り出すための、非常に強力な手段となります。直角三角形が作れれば、三平方の定理や三角比といった、強力な計量ツールを適用することが可能になります。
- 証明の起点: 接弦定理や、方べきの定理(接線バージョン)の証明は、すべてこの垂直性から出発します。
- 作図の基本: ある点から円への接線を作図する際にも、この性質が利用されます(その点と円の中心を結ぶ線分を直径とする円を描き、元の円との交点を見つける)。
この「接線を見たら、中心と接点を結んで直角を探せ」という思考は、円の接線が関わる問題における、基本的な反射神経と言えます。
6.2. 接線と弦が作る角:接弦定理の再訪
この接線と半径の垂直性という土台の上に、接弦定理という美しい建築物が建てられます。
【接弦定理】
円の接線と、その接点を通る弦とがなす角は、その角の内部にある弧に対する円周角に等しい。
この定理は、円の外部にある直線(接線)が作る角と、円の内部にある角(円周角)とを、等しいものとして結びつける、驚くべき関係性を示しています。
例題による定理の確認
下の図において、直線ATは円の接線、Tは接点である。\(x, y\) の値を求めよ。
“
[図:円に内接する\(\triangle TBC\)。点Tで接する接線ATがある。\(\angle ATB = 70^\circ\), \(\angle TBC = 80^\circ\)。角\(\angle TCB\)をx, 角\(\angle BTC\)をyとする。]
思考プロセス
- 角xを求める (\(\angle TCB\)):
- 角xは、弦TBに対する円周角である。
- 接弦定理によれば、弦TBに対する円周角は、その弦TBと接線ATがなす角に等しい。
- したがって、\(x = \angle ATB = 70^\circ\)。
- 角yを求める (\(\angle BTC\)):
- \(\triangle TBC\) の内角の和は180°である。
- \(\angle BCT = x = 70^\circ\)
- \(\angle CBT = 80^\circ\)
- \(y = \angle BTC = 180^\circ – (70^\circ + 80^\circ) = 180^\circ – 150^\circ = 30^\circ\)。
注意: 接弦定理は、あくまで「接線と『接点を通る』弦」の関係であることに注意が必要です。接点を通らない弦と接線がなす角については、この定理は適用できません。
6.3. なぜ接弦定理は成り立つのか?証明からの洞察
接弦定理の証明のロジックを再確認することは、この定理がなぜ成り立つのかという本質的な理解につながります。その証明は、接線と半径の垂直性を起点とし、円周角の定理へと繋ぐことで完成します。
証明のスケッチ(鋭角の場合)
- 出発点(大原則): 接点Tと中心Oを結ぶ。直径TDを引く。\(\angle ATD=90^\circ\) ではない、\(\angle ATD\)ではなく、接線と直径がなす角が90°だ。接線上の点をXとすると、\(\angle XTD=90^\circ\)。
- 角度の分解: 我々が知りたい角 \(\angle ATB\) は、\(\angle XTD – \angle BTD = 90^\circ – \angle BTD\) と書ける。
- 円周角の定理への接続:
- \(\triangle BTD\) に注目する。TDは直径なので、\(\angle TBD = 90^\circ\)。
- したがって、\(\angle BDT = 90^\circ – \angle BTD\)。
- ここで、\(\angle BDT\) は弧TBに対する円周角である。
- \(\angle TCB\) も、同じ弧TBに対する円周角である。
- よって、\(\angle BDT = \angle TCB\)。
- 結論の結合:
- \(\angle ATB = 90^\circ – \angle BTD\)
- \(\angle TCB = \angle BDT = 90^\circ – \angle BTD\)
- したがって、\(\angle ATB = \angle TCB\)。定理が示された。
この証明の流れは、
接線の性質(垂直性)→直径がつくる直角→三角形の内角の和→円周角の定理
という、円の幾何学の基本定理が、見事なリレーのように連鎖していく様子を示しています。
6.4. 接線と弦の長さの関係
接線と弦は、角度だけでなく、長さに関しても重要な関係を持ちます。それが**方べきの定理(接線と割線のバージョン)**です。
\[
PT^2 = PA \cdot PB
\]
この定理の証明においても、接弦定理が決定的な役割を果たしました。\(\triangle PAT\) と \(\triangle PTB\) の相似を言うために、\(\angle PTA = \angle PBT\) であることを利用したのです。
このように、円の接線と弦がなす角に関する性質は、単独の角度問題だけでなく、より複雑な計量問題や証明問題の根幹を支える、極めて重要な基礎となっています。図の中に「円の接線」を見つけたならば、
- 中心と結び、直角を探す
- 接点を通る弦を見つけ、接弦定理を適用できる角のペアを探すという二つの思考の引き出しを、常に準備しておくことが肝要です。
7. 相似の中心
2つの図形が相似であるとは、一方を均等に拡大または縮小(し、必要なら回転・移動・反転)すると、もう一方にぴったりと重なる関係を指します。この相似変換の中でも、特にシンプルで強力なのが相似変換(ホモセティ, Homothety)です。これは、ある中心点から放射状に、各点を一定の比率で拡大・縮小する変換です。この中心点を相似の中心 (Center of Similitude) と呼びます。
この概念は、特に2つの円の関係性を、より深く、統一的に理解するための強力な視点を提供してくれます。
7.1. 相似の中心の定義
【定義】
平面上の2つの図形 \(F, F’\) がある点Oの周りに相似の位置にあるとは、
- 図形F上の任意の点Pに対し、半直線OP上に点P’があり、
- 比 \(OP’ : OP\) が、Pの取り方によらず常に一定値 \(k\)(相似比)となるときをいう。この点Oを相似の中心と呼ぶ。
- \(|k|>1\) ならば拡大、\(|k|<1\) ならば縮小。
- \(k>0\) ならば、P’はOに関してPと同じ側にある(正の相似)。
- \(k<0\) ならば、P’はOに関してPと反対側にある(負の相似)。
“
[図:点Oと、三角形ABC。Oから各頂点A,B,Cへの線を延長し、OP’:OP=kとなるように点A’, B’, C’をとり、相似な三角形A’B’C’が描かれている様子。]
7.2. 2つの円の相似の中心
任意の2つの円は、常に相似な図形です。したがって、2つの異なる円(同心円でない、半径も異なる)には、必ず相似の中心が存在します。そして、驚くべきことに、そのような相似の中心は一般に2つ存在します。
2つの円 \(C_1, C_2\) の中心を \(O_1, O_2\)、半径を \(r_1, r_2\) とします。
1. 外部相似の中心 (External Center of Similitude) – \(P_E\)
- これは、相似比 \(k = r_2/r_1 > 0\) の正の相似の中心です。
- 位置: 2つの円の中心を結ぶ直線 \(O_1O_2\) を、半径の比 \(r_1:r_2\) に外分する点。
- 幾何学的意味: 2つの円の共通外接線の交点。
2. 内部相似の中心 (Internal Center of Similitude) – \(P_I\)
- これは、相似比 \(k = -r_2/r_1 < 0\) の負の相似の中心です。
- 位置: 2つの円の中心を結ぶ直線 \(O_1O_2\) を、半径の比 \(r_1:r_2\) に内分する点。
- 幾何学的意味: 2つの円の共通内接線の交点。
“
[図:2つの円C1, C2。中心O1, O2を結ぶ直線上に、共通外接線の交点として外部相似の中心PE、共通内接線の交点として内部相似の中心PIが描かれている。PEがO1O2を外分し、PIが内分している様子を示す。]
証明のスケッチ(外部相似の中心が共通外接線の交点であること)
- 2本の共通外接線を描き、その交点を \(P_E\) とする。
- 各円の中心 \(O_1, O_2\) から、接点 \(T_1, T_2\) へ半径を下ろす。\(O_1T_1 \perp P_ET_1, O_2T_2 \perp P_ET_2\)。
- したがって、\(O_1T_1 \parallel O_2T_2\)。
- これにより、\(\triangle P_EO_1T_1 \sim \triangle P_EO_2T_2\) (相似) が言える。
- 相似比から、対応する辺の比は等しい。\(P_EO_1 : P_EO_2 = O_1T_1 : O_2T_2 = r_1 : r_2\)
- これは、点 \(P_E\) が線分 \(O_1O_2\) を \(r_1:r_2\) の比に外分する点であることを示している。
- この点 \(P_E\) から円 \(C_1\) 上の任意の点Aへの直線を引き、円 \(C_2\) との交点をA’とすると、同様の相似の議論から \(P_EA’ : P_EA = r_2:r_1\) が常に成り立つ。
- よって、\(P_E\) は定義通りの相似の中心である。
7.3. 相似の中心の応用
相似の中心の概念は、2つの円が関わる問題に対して、統一的でエレガントな視点を提供します。
応用1:共通接線の存在
- 2つの円が離れている場合 (\(d > r_1+r_2\))、\(O_1O_2\) を \(r_1:r_2\) に内分する点も外分する点も、両円の外部に存在する。→ 共通内接線も外接線も存在する。
- 2つの円が交わる場合 (\(|r_1-r_2| < d < r_1+r_2\))、内分点は2円の間に挟まれるが、内分点は2円の内部に入ってしまうため、共通内接線の交点とはなり得ない。→ 共通内接線は存在しない。このように、共通接線の本数が変化する理由を、相似の中心の位置によって統一的に説明することができます。
応用2:作図問題
「ある円と、点P、直線lが与えられたとき、この円に接し、点Pを通り、直線lにも接する円を作図せよ」
このような複雑な作図問題(アポロニウスの問題の一種)は、相似の中心の考え方を利用することで、解法の糸口が見つかることがあります。求める円と与えられた円の相似の中心を探し、そこから相似変換によって対応する点や直線を見つけ出す、というアプローチです。
応用3:根軸との関係
2つの円の方べきが等しくなる点の軌跡である根軸 (Radical Axis) と、相似の中心の間には、調和点列などの深い関係があります。これは大学レベルの射影幾何学の内容になりますが、相似の中心が、より広範な幾何学理論の一部であることを示唆しています。
相似の中心は、単に「相似」というだけでなく、「中心」という言葉が示すように、2つの円の関係性を支配する特異点としての役割を果たします。この視点を持つことで、共通接線や相似変換が関わる問題に対して、より体系的で本質的な理解を得ることができます。それは、図形の性質を、個別の定理の寄せ集めとしてではなく、変換によって互いに移り変わる、ダイナミックな関係性のネットワークとして捉えることへの第一歩です。
8. アポロニウスの円
古代ギリシャの数学者アポロニウスにその名を由来するアポロニウスの円 (Circle of Apollonius) は、「軌跡」の問題として非常に有名です。それは、「平面上の2つの定点からの距離の『比』が、一定である点の軌跡」を求めるという問題設定から生まれます。一見すると、この条件が円を描くとは直感的には分かりにくいかもしれません。しかし、三角形の角の二等分線の定理を巧みに利用することで、この軌跡が美しい円となることが証明されます。
8.1. アポロニウスの円の定義
【定義】
平面上に2つの定点 A, B がある。このとき、点 P が
\[
AP : BP = m : n \quad (m, n \text{は正の定数で、} m \neq n)
\]
を満たしながら動くとき、点 P の軌跡は円となる。この円をアポロニウスの円という。
“
[図:2つの定点A, B。AP:BP=2:1などの一定比率を満たす点Pの軌跡として、円が描かれている様子。]
注意点
- もし \(m=n\) であれば、\(AP=BP\) となります。これは、「2定点A, Bから等距離にある点の軌跡」を意味し、その軌跡は線分ABの垂直二等分線となります。円となるのは \(m \neq n\) の場合です。
8.2. 軌跡が円であることの証明
この軌跡が円になることを、幾何学的に証明してみましょう。鍵となるのは、内分点と外分点です。
証明
- 内分点の発見:まず、線分 AB 上で \(AP:BP = m:n\) を満たす点 P を考える。これは、線分 AB を \(m:n\) に内分する点です。この点を \(P_1\) とします。\(\triangle ABP\) を考えたとき、もし点Pがこの軌跡上にあるならば、\(AP:BP=m:n\) が成り立ちます。おっと、証明のロジックが逆だ。軌跡上の点Pの性質から、円の直径を見つけ出すのが正しい順序。
証明の再構築
- 準備:軌跡上の任意の点を P とする。\(\triangle PAB\) を考える。
- 角の二等分線定理の逆の応用:\(\angle APB\) の内角の二等分線が、辺 AB と交わる点を \(P_1\) とする。角の二等分線定理より、\(AP:BP = AP_1:BP_1\) ではない、\(PA:PB = P_1A:P_1B\) だ。…この方向も難しい。標準的な証明法(内分点・外分点が直径の両端になることを示す)
- 準備:線分 AB を \(m:n\) に内分する点を P、\(m:n\) に外分する点を Q とする。この2点 P, Q は、条件 \(AP:BP=m:n\) を満たす軌跡上の点であることは明らかです(PとQが一直線上にある特殊なケース)。
- 軌跡上の任意の点 R の性質:軌跡上の、直線AB上にはない任意の点 R をとる。仮定より \(RA:RB = m:n\)。したがって、\(RA:RB = PA:PB = QA:QB = m:n\) が成り立つ。
- 角の二等分線定理の逆を適用:
- \(\triangle RAB\) において、\(RA:RB = PA:PB\) が成り立つので、角の二等分線定理の逆より、直線 RP は \(\angle ARB\) の内角の二等分線である。\(\angle ARP = \angle BRP \quad \cdots ①\)
- 同様に、\(RA:RB = QA:QB\) が成り立つので、外角の二等分線定理の逆より、直線 RQ は \(\angle ARB\) の外角の二等分線である。\(\angle ARQ = \angle (\text{BRの延長})RQ \quad \cdots ②\)(これは少し分かりにくいので、直接的な証明を試みる)\(QA:QB = m:n, RA:RB=m:n \implies QA/RA = QB/RB\) を用いる。これは、\(\triangle QAR \sim \triangle QBR\) を意味しない。
- 上記ステップ1, 2 は同じ。
- \(\triangle RAB\) において、\(RP\) が \(\angle ARB\) の二等分線であることは示した。
- 次に \(RQ\) が外角の二等分線であることを示す。\(RA/RB = m/n, QA/QB = m/n \implies RA/QA = RB/QB\)これは、点 R, B が、線分 AQ に関して…という議論も複雑だ。
- 線分ABを \(m:n\) に内分する点Pと、外分する点Qを定義する。
- 軌跡上の任意の点をRとする。条件は \(AR/BR = m/n\)。
- このとき、\(AP/BP = m/n\) なので、\(AR/BR = AP/BP \implies AR \cdot BP = BR \cdot AP\)。
- 同様に、\(AQ/BQ = m/n\) なので、\(AR/BR = AQ/BQ \implies AR \cdot BQ = BR \cdot AQ\)。
- これらの式から、\(RP\) が \(\angle ARB\) の二等分線であり、\(RQ\) がその外角の二等分線であることが、代数的な計算(座標幾何学やベクトル)または純粋幾何学的な議論で示される。(ここではその事実を受け入れる)
- ある角の内角の二等分線と外角の二等分線は、常に直交する。
- したがって、\(\angle PRQ = 90^\circ\) である。
- これは、軌跡上の任意の点 R が、線分 PQ を直径とする円周上にあることを意味する(直径に対する円周角は90°)。
- 逆に、この円周上の任意の点が条件を満たすことも示される。
- したがって、求める軌跡は、線分ABを m:n に内分する点と外分する点を直径の両端とする円である。
(証明終)
8.3. アポロニウスの円の作図と応用
この証明から、アポロニウスの円を正確に作図する方法が分かります。
- 与えられた2定点 A, B と比 \(m:n\) を用意する。
- 線分 AB を \(m:n\) に内分する点 P を求める。
- 線分 AB を \(m:n\) に外分する点 Q を求める。
- 線分 PQ を直径とする円を描く。これがアポロニウスの円である。
座標幾何学による解法
アポロニウスの円の問題は、座標幾何学を用いると、代数的な計算によって機械的に解くことができます。
- 点 A を \((-c, 0)\)、点 B を \((c, 0)\) に置く。
- 軌跡上の点 P の座標を \((x, y)\) とする。
- 条件 \(AP:BP = m:n\) は、\(n \cdot AP = m \cdot BP\) と同値。
- 両辺を2乗して、\(n^2 AP^2 = m^2 BP^2\)。
- 2点間の距離の公式を代入する。\(n^2((x+c)^2 + y^2) = m^2((x-c)^2 + y^2)\)
- この式を展開し、\(x, y\) について整理すると、\((m^2-n^2)x^2 – 2(m^2+n^2)cx + (m^2-n^2)y^2 + (m^2-n^2)c^2 = 0\)
- \(m \neq n\) なので \(m^2-n^2 \neq 0\)。両辺を \(m^2-n^2\) で割ると、\(x^2 – 2\frac{m^2+n^2}{m^2-n^2}cx + y^2 + c^2 = 0\)
- この式を平方完成すると、\((x – \alpha)^2 + y^2 = r^2\) の形になり、これが円の方程式であることが分かります。
応用
アポロニウスの円は、純粋な軌跡問題としてだけでなく、様々な応用があります。
- 航海術: 2つの灯台からの距離の比が一定になるような航路を決定する。
- 物理学: 2つの電荷や質点が作る電場や重力場において、ポテンシャルが等しくなる点の軌跡(等ポテンシャル線)として現れることがある。
- 幾何学問題: 特定の条件を満たす点の位置を決定する際に、その点がアポロニウスの円上にあることを見抜くことで、解の候補を絞り込むことができる。
アポロニウスの円は、単純な比の条件が、角の二等分線という角度の性質を介して、最終的に円という完璧な図形を生み出すという、幾何学の異なる概念間の美しい連携を示してくれる、感動的な例の一つです。
9. トレミーの定理
円に内接する四角形が持つ性質として、我々は既に対角の和が180°になるという角度の性質を学びました。しかし、この特別な四角形は、その辺と対角線の長さの間にも、驚くほどシンプルで美しい関係性を秘めています。この関係性を記述するのが、古代ギリシャの天文学者・数学者であるクラウディオス・プトレマイオスにその名を帰するトレミーの定理 (Ptolemy’s Theorem) です。この定理は、円に内接する四角形の計量問題において、非常に強力な武器となります。
9.1. トレミーの定理
【定理】
円に内接する四角形 ABCD において、2組の対辺の長さの積の和は、2本の対角線の長さの積に等しい。
すなわち、
\[
AB \cdot CD + BC \cdot DA = AC \cdot BD
\]
“
[図:円に内接する四角形ABCD。辺AB, BC, CD, DAと、対角線AC, BDが描かれている。AB×CD + BC×DA = AC×BD の関係式が示されている。]
この定理は、四角形の6つの主要な線分(4辺と2対角線)の間に成り立つ、エレガントな等式を与えてくれます。この関係は、一般的な四角形では成り立たず、円に内接するという条件があって初めて現れる、特別な調和です。
トレミーの不等式
この定理は、円に内接しない一般の四角形に対しては、不等式として拡張されます。
任意の四角形 ABCD において、
\[
AB \cdot CD + BC \cdot DA \ge AC \cdot BD
\]
が常に成り立つ。等号が成立するのは、その四角形が円に内接する場合に限られる。これをトレミーの不等式と呼びます。
9.2. トレミーの定理の証明
トレミーの定理には、複素数を用いたものなど様々な証明がありますが、ここでは初等幾何学の範囲で、相似な三角形を巧みに作り出して証明する、古典的で美しい方法を紹介します。
証明
- 補助線の作図:対角線 BD 上に、\(\angle BAP = \angle CAD\) となるような点 P をとる。“[図:定理の図に、対角線BD上の点Pをとり、AとPを結ぶ。∠BAP = ∠CAD となるように作図したことを示す。]
- 相似な三角形の発見 (ペア1):\(\triangle ABP\) と \(\triangle ACD\) に注目する。
- 作図より、\(\angle BAP = \angle CAD\)。
- 円周角の定理より、同じ弧 CD に対する円周角なので、\(\angle ABP = \angle ACD\)。
- 2組の角がそれぞれ等しいので、\(\triangle ABP \sim \triangle ACD\) (相似)。
- 相似比から辺の関係式を導出 (1):対応する辺の比は等しいので、\(AB : AC = BP : CD\)\(AB \cdot CD = AC \cdot BP \quad \cdots ①\)
- 相似な三角形の発見 (ペア2):\(\triangle ABC\) と \(\triangle APD\) に注目…ではなく、\(\triangle ABD\) と \(\triangle APC\) …でもなく、\(\triangle ABC\)と…\(\triangle ACD\) と \(\triangle ABC\) …\(\triangle APD\) と \(\triangle ABC\) ではないか?\(\angle DAP = \angle CAB\) となるか?\(\angle DAP = \angle DAC + \angle CAP\)\(\angle CAB = \angle CAD + \angle DAB\)…このペアではない。ペア2の再探索:ステップ1の条件 \(\angle BAP = \angle CAD\) の両辺に、\(\angle PAC\) を足してみる。\(\angle BAP + \angle PAC = \angle CAD + \angle PAC\)\(\angle BAC = \angle PAD\)この関係を使って、\(\triangle ABC\) と \(\triangle APD\) に注目する。
- 今示したように、\(\angle BAC = \angle PAD\)。
- 円周角の定理より、同じ弧 AD に対する円周角なので、\(\angle BCA = \angle BDA\)(\(\angle PDA\)のこと)。
- 2組の角がそれぞれ等しいので、\(\triangle ABC \sim \triangle APD\) (相似)。
- 相似比から辺の関係式を導出 (2):対応する辺の比は等しいので、\(BC : PD = AC : AD\) ではなく、\(BC : PD = AC : AD\)\(BC : PD = AC : AD\) は間違い。対応する辺は、\(BC\) と \(PD\)、\(AC\) と \(AD\) ではなく、\(BC\) (角BACの対辺) と \(PD\) (角PADの対辺)、\(AC\) (角ABCの対辺) と \(AD\) (角APDの対辺) ではない。対応する角を正しく見ること。\(\angle ACB = \angle APD\) ではなく、\(\angle ACB = \angle ADP\) だ。BC (対角 \(\angle BAC\)) → PD (対角 \(\angle PAD\))AB (対角 \(\angle BCA\)) → AP (対角 \(\angle PDA\))\(BC:PD = AB:AP\)したがって、\(BC \cdot AP = AB \cdot PD\) ではない。\(BC : PD = AC : AD\)\(BC : PD = AC : AD\)\(BC/PD = AC/AD \implies BC \cdot AD = AC \cdot PD\)いや、\(AC\) と対応するのは \(AD\) ではなく \(AP\) だ。\(BC : PD = AC : AD\)\(BC:PD = AB:AP = AC:AD\) いや、相似な三角形の対応する辺は、等しい角の対辺だ。\(\triangle ABC\) と \(\triangle APD\) において、
- \(\angle BAC = \angle PAD\) の対辺は \(BC, PD\)
- \(\angle ABC\) と \(\angle APD\)
- \(\angle BCA = \angle PDA\) の対辺は \(AB, AP\)したがって、\(BC:PD = AB:AP\)\(BC \cdot AP = AB \cdot PD\)
- 結論の結合:①式と②式を足し合わせる。\(AB \cdot CD + DA \cdot BC = AC \cdot BP + AC \cdot PD\)\(= AC \cdot (BP+PD)\)点Pは対角線BD上の点なので、\(BP+PD = BD\)。よって、\(AB \cdot CD + BC \cdot DA = AC \cdot BD\)
(証明終)
9.3. トレミーの定理の応用
トレミーの定理は、円に内接する四角形の辺や対角線の長さを求める問題で直接的に使われるほか、三角関数の加法定理を証明するなど、理論的な応用も持ちます。
応用例:正三角形と外接円
正三角形ABCとその外接円を考える。円周上の任意の点Pをとるとき、
\(PA = PB + PC\) または \(PB = PA+PC\) または \(PC=PA+PB\) のいずれかが成り立つことを示せ。
(Pがどの弧の上にあるかで、最も長い線分が変わる)
ここでは、Pが劣弧BC上にある場合、\(PA = PB+PC\) となることを示す。
証明
- 四角形 ABPC は、円に内接している。
- したがって、トレミーの定理を適用できる。\(AB \cdot PC + AC \cdot PB = AP \cdot BC\)
- \(\triangle ABC\) は正三角形なので、辺の長さを \(s\) とすると、\(AB = BC = CA = s\)
- これを代入すると、\(s \cdot PC + s \cdot PB = AP \cdot s\)
- 両辺を \(s\) (\(s \neq 0\)) で割ると、\(PC + PB = AP\)が示された。これは、ファン・スコーテンの定理として知られています。
トレミーの定理は、ユークリッド幾何学の定理の中でも特に美しいものの一つとされています。それは、一見すると複雑な四角形の計量関係が、円に内接するという条件一つで、これほど単純な積の和の形にまとまるという、幾何学の内に秘められた秩序と調和を見事に示しているからです。
10. シムソンの定理
三角形とその外接円が織りなす幾何学の世界には、驚くほど美しく、そして直感に反するような定理が数多く存在します。その中でも、シムソンの定理 (Simson Line Theorem) は、特に感動的なものの一つです。この定理は、三角形の外接円という特別な円周上の点から、三角形の3辺(またはその延長)に垂線を下ろしたとき、その3つの垂線の足が、常に一直線上に並ぶという、驚くべき「共線性」を主張するものです。この奇跡的な直線をシムソン線と呼びます。
10.1. シムソンの定理
【定理】
\(\triangle ABC\) の外接円の周上にある点Pから、3辺 BC, CA, AB(またはその延長)に下ろした垂線の足を、それぞれ L, M, N とする。このとき、3点 L, M, N は、同一直線上にある。
“
[図:\(\triangle ABC\)とその外接円。円周上の点Pから、3辺BC, CA, ABに下ろした垂線PL, PM, PNが描かれている。3つの垂足L, M, Nが、一本の直線上(シムソン線)に乗っている様子が示されている。]
注意点
- 点Pが三角形の頂点のいずれかに一致する場合、2つの垂足がその頂点に一致し、残りの1つの垂足もその頂点を通る垂線上にあるため、自明に一直線上に乗ります。
- この定理の逆もまた真です。すなわち、「点Pから三角形の3辺に下ろした垂線の足が同一直線上にあるならば、点Pはその三角形の外接円上にある」。
10.2. シムソンの定理の証明
シムソンの定理の証明は、一見すると複雑に見えますが、その本質は**「円に内接する四角形」の性質を複数回、巧みに利用する**ことにあります。証明の目標は、\(\angle PLM\) と \(\angle PLN\) のような角の関係を調べ、最終的に \(\angle NLM = 180^\circ\) を示すことです。
証明
- 準備:点Pから各辺への垂線の足がL, M, Nなので、定義より\(\angle PLB = \angle PMC = \angle PNA = 90^\circ\)(簡単のため、L,M,Nが全て辺上にある鋭角三角形の場合を考える)
- 共円となる四角形を見つけ出す:この図の中には、円周角の定理の逆(特に、対角の和が180°、または、ある辺に対する角が90°で等しい)を満たす四角形が多数隠れています。
- 四角形 PLCN:\(\angle PLC = 90^\circ, \angle PNC = 90^\circ\) なので、対角の和は180°。したがって、四角形 PLCN は円に内接する。(PCが直径となる円)
- 四角形 PMAN:\(\angle PMA = 90^\circ, \angle PNA = 90^\circ\) なので、対角の和は180°。したがって、四角形 PMAN は円に内接する。(PAが直径となる円)
- 四角形 PLBM:\(\angle PLB = 90^\circ, \angle PMB = 90^\circ\) ではないので、これは使えない。四角形PBNL\(\angle PNB = \angle PLB = 90^{\circ}\).したがって、四角形PBNLは円に内接する。(PBが直径となる円)
- 角度を追いかける (Angle Chasing):目標は、3点 N, L, M が同一直線上にあることを示すこと。そのために、\(\angle PNM\) ではなく、\(\angle CLN\) と \(\angle BLM\) の関係を調べる。いや、\(\angle PLN + \angle PLM = 180^\circ\) を示すのが一般的。\(\angle PNM + \angle PNL = \angle MNL\)\(\angle PNL = \angle PML\) を示せばよい。証明の再構築目標:\(\angle CLM = \angle ANM\) を示す。そうすれば、直線CNMは直線となり…いや、違う。目標:\(\angle NLC + \angle NLA = 180^\circ\) を示す。標準的な証明法
- 上記ステップ1, 2 は同じ。
- 四角形 PLCN が円に内接することから、\(\angle PNL = \angle PCL \quad \cdots ①\) (同じ弧PLに対する円周角)
- 四角形 PMAN が円に内接することから、\(\angle PNM = \angle PAM \quad \cdots ②\) (同じ弧PMに対する円周角)
- 元の大きな四角形 ABCP が円に内接することを利用する。四角形 ABCP において、外角は内対角に等しい。頂点Cにおける外角は、\(\angle PAB\) (\(\angle PAM\))に等しい。すなわち、\(\angle PCL = 180 – \angle C\) …\(\angle BCP + \angle BAP = 180^\circ\)。\(180^\circ – \angle PCL + \angle PAM = 180^\circ\)これは、\(\angle PCL = \angle PAM\) を意味する。
- 結合:①より \(\angle PNL = \angle PCL\)②より \(\angle PNM = \angle PAM\)④より \(\angle PCL = \angle PAM\)したがって、\(\angle PNL = \angle PNM\) となる。これは、点 L, M, N がすべて直線 PN 上にあることを意味しない。3点L, M, Nが同一直線上にあることを意味する。2直線NL, NMが、直線PNと同じ角をなすので、NLとNMは同じ直線上にある。よって、3点 N, L, M は同一直線上にある。
(証明終)
この証明は、補助円を複数見つけ出し、円周角の定理を駆使して角度の関係を次々と渡していく「アングル・チェイシング」の典型例です。一つ一つのステップは基本的な定理の適用ですが、それらを組み合わせることで、非常に非自明で美しい結論が導かれます。
10.3. シムソン線の応用と関連する話題
- シムソン線の方向:シムソン線の方向は、点Pの位置によって変化します。もし、点Pが頂点Aに近づくと、シムソン線は頂点Aから辺BCに下ろした垂線に近づきます。
- シュタイナーの定理:\(\triangle ABC\) の外接円上の点Pを、各辺に関して対称移動させた3点と、垂心Hは、同一直線上にある。この直線をシュタイナー線と呼び、シムソン線と平行で、垂心Hを通ることが知られています。
- ペダル三角形:点Pから3辺に下ろした垂線の足 L, M, N が作る三角形 \(\triangle LMN\) を、点Pのペダル三角形 (Pedal Triangle) と呼びます。シムソンの定理は、「点Pが外接円上にあるとき、そのペダル三角形は退化して直線になる」と言い換えることができます。
シムソンの定理は、高校数学の範囲を超えることもありますが、その証明の過程は円の幾何学の基本性質の素晴らしい応用例となっており、また、その定理自体の美しさは、幾何学を学ぶことの喜びと感動を教えてくれます。それは、人間の理性が見出した、図形の世界に隠された完璧な秩序の一つの現れなのです。
Module 6:図形の性質(2) 円の性質の総括:完全なる対称性が織りなす定理の体系
本モジュールを通じて、我々はユークリッド幾何学における最も完璧な図形、円の世界を深く探求しました。中心という一点からの距離が等しいという、その極めてシンプルで強力な定義が、いかに豊かで相互に関連しあう定理の体系を生み出すかを目の当たりにしてきました。
我々の旅は、円の角度に関する全ての議論の礎となる円周角の定理から始まりました。中心角の半分、というこの単純な関係性が、円に内接する四角形の対角の和を180°に定め、さらには接線と弦がなす角(接弦定理)の関係性までを支配していることを見ました。これらの角度に関する定理は、図形の中に隠された「共円性」を見つけ出し、一見無関係に見えた点や角の間に秩序を与えるための、強力な照明となりました。
次に我々は、円が関わる線分の「長さ」の世界へと視点を移しました。方べきの定理は、円の内外の点から引かれた直線が切り取る線分たちの間に、積が不変
という驚くべき性質が潜んでいることを明らかにしました。この定理は、円の計量問題における中心的な役割を果たすだけでなく、その逆が「共円性」を証明するもう一つの武器となることを学びました。
さらに、2つの円が織りなす関係性へと探求を広げ、その位置関係が中心間距離と半径の和・差によって完全に分類されること、そしてその関係性が相似の中心という、より高い視点から統一的に理解できることを見ました。「2定点からの距離の比が一定」という条件から生まれるアポロニウスの円は、比という代数的な概念が、円という幾何学的な実体へと昇華する美しい例でした。
そして最後に、我々はトレミーの定理とシムソンの定理という、円の幾何学の頂に咲く二輪の華に触れました。トレミーの定理が円に内接する四角形の辺と対角線の間に潜む積の調和を明らかにしたのに対し、シムソンの定理は、外接円上の点から辺に下ろした垂線の足が一直線に並ぶという、奇跡的とも言える共線性を示してくれました。これらの定理の証明過程は、本モジュールで学んだ全ての基本定理が有機的に連携し、一つの壮大な結論を導き出す、論証幾何学の醍醐味そのものでした。
このモジュールを完遂した今、皆様の眼には、単なる丸い図形であった円が、完璧な対称性を核として、角度と長さの間に無数の法則が張り巡らされた、緊密で美しい論理の体系として映っているはずです。この体系を理解し、その法則を自在に操る能力は、皆様の幾何学的洞察力を、疑いなく新たな高みへと導いたことでしょう。