Module 12: 複素数平面と図形への応用

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【概要】

数の体系を拡張する旅の末、我々は「2乗して負になる数」すなわち虚数を導入し、複素数の世界に到達しました。当初は代数方程式の解として、純粋に形式的に考えられていたこの数は、ガウスやアルガンといった数学者たちによって「平面」という幾何学的な舞台を与えられたとき、革命的な能力を発揮し始めます。本モジュールで探求する複素数平面は、これまで一次元の数直線上にしか存在しえなかった「数」を、二次元の広がりを持つ「点」や「ベクトル」として視覚化する、まさに数と図形の結婚です。この新しい視点により、複素数の四則演算、特に乗算が、図形の回転と拡大というダイナミックな幾何学的操作に対応することが明らかになります。本稿では、まず複素数平面の基本構造と演算の幾何学的意味を学び、次にその真価を発揮させる極形式とド・モアブルの定理を詳述します。最終的には、この強力なツールを用いて、直線や円といった図形を複素数の方程式として表現し、複雑な幾何問題を驚くほどエレガントに解き明かす手法を体系的に習得します。


目次

1. 複素数平面:数と図形の結婚

一次元の数直線が実数を表現する舞台であったように、複素数 z=a+bi (a,b は実数)を表現するための二次元の舞台が複素数平面(またはガウス平面)です。この導入は、代数と幾何を結びつける、数学史上極めて重要なパラダイムシフトでした。

1.1. ガウス平面の導入:一次元から二次元への飛躍

  • 数の拡張と表現の限界:
    • 実数は、数直線という一次元の線上に、大小関係をもって稠密に並んでいます。しかし、i=−1​ を含む複素数 a+bi は、この数直線のどこにも配置することができません。
  • 二次元への発想:
    • 複素数 z=a+bi は、a という実部 (Real Part) と、b という虚部 (Imaginary Part) の二つの実数のペアによって完全に特徴づけられます。
    • このことから、複素数 z を、xy座標平面上の点 (a,b) に対応させるというアイデアが生まれました。
  • 複素数平面の構成:
    • 実軸 (Real Axis): 横軸を実部に対応させ、実軸と呼びます。
    • 虚軸 (Imaginary Axis): 縦軸を虚部に対応させ、虚軸と呼びます。
    • このようにして構成された座標平面を複素数平面といいます。
    • これにより、すべての複素数は平面上の点と1対1に対応し、逆に平面上のすべての点は一つの複素数を表すことになります。数は、幾何学的な「位置」という実体を手に入れたのです。

1.2. 複素数の四則演算と幾何学的意味

複素数平面の導入により、複素数の代数的な演算が、平面上での幾何学的な操作として「見える」ようになります。

  • 和と差:ベクトルの平行移動
    • 2つの複素数 z1​=a+bi, z2​=c+di の和と差は、
      • : z1​+z2​=(a+c)+(b+d)i
      • : z1​−z2​=(a−c)+(b−d)i
    • これらは、複素数 z1​,z2​ をそれぞれベクトル OP1​​=(a,b), OP2​​=(c,d) と見なしたときの、ベクトルの和と差の成分計算と全く同一です。
    • 幾何学的意味:
      • z1​+z2​ は、原点O, z1​, z2​ を頂点とする平行四辺形の、Oの対角にある第4の頂点を表します。
      • z2​−z1​ は、点 z1​ から点 z2​ へ向かうベクトルに対応します。
  • 共役複素数:実軸に関する反転
    • 複素数 z=a+bi に対して、zˉ=a−bi を共役な複素数 (Complex Conjugate) といいます。
    • 幾何学的意味: 複素数平面上で、点 z と点 zˉ は、実軸に関して対称な位置にあります。
    • 重要な性質:
      • z+zˉ=2a (実数)
      • z−zˉ=2bi (純虚数または0)
      • zzˉ=(a+bi)(a−bi)=a2+b2=∣z∣2 (非負実数)
        • この ∣z∣2 という性質は、複素数の大きさを扱う上で極めて重要です。
  • 積と商:回転と拡大(序章)
    • 代数的な積: (a+bi)(c+di)=(ac−bd)+(ad+bc)i
    • このままでは幾何学的な意味は直感的に分かりにくいですが、これが次のセクションで学ぶ「回転と拡大」という操作に対応していることが、複素数平面の真の力の源泉です。

2. 極形式とド・モアブルの定理:回転と拡大の代数化

複素数をデカルト座標 (a,b) で見るのではなく、原点からの距離と角度、すなわち極座標で捉え直すことで、複素数の乗算が持つ驚くべき幾何学的性質が明らかになります。

2.1. 絶対値と偏角:複素数のもう一つの「住所」

  • 絶対値 (Absolute Value)
    • 定義: 複素数 z=a+bi の絶対値 ∣z∣ は、複素数平面上の原点Oと点zとの距離として定義されます。
    • 公式: ∣z∣=a2+b2
    • これは、ベクトルの大きさと全く同じです。
  • 偏角 (Argument)
    • 定義: 原点Oと点zを結ぶ動径が、実軸の正の向きとなす角を、z の偏角といい、arg(z) で表します。
    • 注意: 偏角は一意には定まりません。ある角 θ が偏角ならば、θ+2nπ (nは整数) もすべて偏角となります。通常は、0≤θ<2π や −π<θ≤π の範囲で代表させる主値 (principal value) を考えます。

2.2. 極形式:三角関数による表現

  • 極形式への変換:
    • 複素数 z=a+bi について、r=∣z∣, θ=arg(z) とすると、
    • a=rcosθ, b=rsinθ という関係が成り立ちます。
    • これを代入することで、z=rcosθ+irsinθ=r(cosθ+isinθ) と変形できます。
    • この z=r(cosθ+isinθ) という表現を、複素数 z の極形式 (Polar Form) といいます。

2.3. 積と商の幾何学的革命

極形式で表現された2つの複素数 z1​=r1​(cosθ1​+isinθ1​), z2​=r2​(cosθ2​+isinθ2​) の積を計算してみます。

  • :
    • z1​z2​=r1​r2​(cosθ1​+isinθ1​)(cosθ2​+isinθ2​)
    • =r1​r2​{(cosθ1​cosθ2​−sinθ1​sinθ2​)+i(sinθ1​cosθ2​+cosθ1​sinθ2​)}
    • 三角関数の加法定理を適用すると、
    • z1​z2​=r1​r2​{cos(θ1​+θ2​)+isin(θ1​+θ2​)}
  • 積の幾何学的意味:
    • 絶対値は積になる: ∣z1​z2​∣=r1​r2​=∣z1​∣∣z2​∣
    • 偏角は和になる: arg(z1​z2​)=θ1​+θ2​=arg(z1​)+arg(z2​)
    • 結論複素数を掛けるという代数操作は、複素数平面上での「原点を中心とする回転と拡大(縮小)」という幾何学的操作に完璧に対応します。
      • 具体的には、点 z1​ を、原点を中心に θ2​ だけ回転させ、さらに距離を r2​ 倍した点が z1​z2​ となります。
  • :
    • 同様に、商については以下の関係が成り立ちます。
    • z2​z1​​=r2​r1​​{cos(θ1​−θ2​)+isin(θ1​−θ2​)}
    • 絶対値は商、偏角は差となります。

2.4. ド・モアブルの定理:べき乗と回転

複素数の積の規則を、同じ複素数の n 乗に適用することで、次の極めて重要な定理が導かれます。

  • ド・モアブルの定理 (De Moivre’s Theorem):
    • 整数 n に対して、(cosθ+isinθ)n=cos(nθ)+isin(nθ)
    • 証明: n が自然数の場合は数学的帰納法で容易に証明できます。n=0 や負の整数の場合にも拡張可能です。
  • 本質:
    • 絶対値が1の複素数(単位円上の点)を n 乗する操作は、偏角を n 倍する、すなわち原点を中心に nθ だけ回転させる操作と等価であることを示しています。
    • 一般の複素数 z=r(cosθ+isinθ) の n 乗は、
    • zn=[r(cosθ+isinθ)]n=rn(cos(nθ)+isin(nθ))
    • となり、「長さを rn 倍し、角度を nθ だけ回転させる」操作として明快に理解できます。

2.5. 1のn乗根:単位円に内接する正n角形

ド・モアブルの定理は、方程式 zn=α のような、複素数係数の方程式を解く上で強力な武器となります。その最も典型的で重要な例が「1のn乗根」です。

  • 問題設定: 方程式 zn=1 を満たす複素数 z をすべて求めよ。
  • 解法:
    1. 求める解 z を極形式 z=r(cosθ+isinθ) で、右辺の1も極形式で表現する。
      • 1=1(cos(0+2kπ)+isin(0+2kπ)) (kは整数)
    2. zn=rn(cos(nθ)+isin(nθ)) を代入し、両辺の絶対値と偏角を比較する。
      • 絶対値の比較: rn=1。rは正の実数なので、r=1。
      • 偏角の比較: nθ=2kπ⟹θ=n2kπ​
    3. k=0,1,2,…,n−1 を代入することで、互いに異なる n 個の解が得られる。(k=n 以降は周期性により同じ解が循環する)
  • 解の幾何学的配置:
    • 解は zk​=cos(n2kπ​)+isin(n2kπ​) (k=0,1,…,n−1)
    • これらの解は、すべて絶対値が1であるため、複素数平面上の単位円周上に存在します。
    • さらに、隣り合う解どうしの偏角の差は常に 2π/n で一定です。
    • 結論1のn乗根は、単位円に内接する正n角形の頂点をなします。代数方程式の解が、これほどまでに美しい幾何学的対称性を持って現れることは、複素数平面の持つ力の象徴です。

3. 幾何問題の新たな解法言語

複素数平面の理論を武装することで、我々はベクトルや座標幾何学とは異なる、新しい言語で幾何問題を記述し、解くことができます。特に、回転が関わる問題でその威力は絶大です。

3.1. 複素数による点の表現:内分点・外分点

  • ベクトルとのアナロジー:
    • 複素数平面上の点 A, B を表す複素数をそれぞれ α,β とする。これは、ベクトルにおける位置ベクトル a,b と同様に扱うことができます。
    • 線分ABを m:n に内分する点P(z)は、
      • z=m+nnα+mβ​
    • 線分ABを m:n に外分する点Q(z)は、
      • z=m−n−nα+mβ​
    • これらの公式は、ベクトルの場合と全く同じ形をしています。

3.2. 直線の表現

  • 垂直二等分線:
    • 2点 A(α), B(β) を結ぶ線分の垂直二等分線は、「A, Bからの距離が等しい点の集合」です。
    • これを複素数で表現すると、∣z−α∣=∣z−β∣ となります。
    • 両辺を2乗して ∣z−α∣2=∣z−β∣2 とし、 ∣w∣2=wwˉ の性質を用いると、
    • (z−α)(zˉ−αˉ)=(z−β)(zˉ−βˉ​)
    • 整理すると、(βˉ​−αˉ)z+(β−α)zˉ=ββˉ​−ααˉ という、直線を表す方程式が得られます。
  • 一般の直線:
    • 3点 A(α), B(β), Z(z) が同一直線上にある(共線である)条件は、ベクトル AZ がベクトル AB の実数倍であることと対応します。
    • z−α=k(β−α) (kは実数)
    • これを変形すると、β−αz−α​ が実数である、という条件になります。
    • ある複素数が実数である条件は「その複素数と、その共役複素数が等しい」ことなので、
    • β−αz−α​=(β−αz−α​)​ が、3点が同一直線上にあるための条件式です。

3.3. 円の表現

  • 中心と半径による表現:
    • 中心が点 A(α)、半径が r の円は、「中心Aからの距離が常に r である点の集合」です。
    • これを複素数で表現すると、∣z−α∣=r となります。これは円の最も本質的で強力な表現です。
  • 直径の両端による表現:
    • 2点 A(α), B(β) を直径の両端とする円は、円周上の点 Z(z) について、∠AZB = 90° が成り立つ点の集合です。
    • これは、ベクトル AZ と BZ が垂直であることを意味し、複素数では「z−βz−α​ が純虚数である」と表現されます。
  • アポロニウスの円:
    • 2定点 A(α), B(β) からの距離の比が m:n (m=n) である点 z の軌跡。
    • ∣z−α∣:∣z−β∣=m:n⟹n∣z−α∣=m∣z−β∣ が、その軌跡(円)を表す方程式となります。

3.4. 複素数で角度を扱う:垂直・平行条件

  • 3点がなす角:
    • 3点 A(α), B(β), C(γ) が作るのは、∠BAC です。
    • この角は、ベクトル AC を、ベクトル AB の位置まで回転させる角度と見なせます。
    • これは、複素数 β−αγ−α​ の偏角、すなわち arg(β−αγ−α​) に対応します。
  • 垂直・共線条件の再訪:
    • この偏角の考え方を用いると、
      • AC ⊥ AB: arg(β−αγ−α​)=±2π​。これは、β−αγ−α​ が純虚数であることを意味します。
      • 3点A,B,Cが共線: arg(β−αγ−α​)=0 または π。これは、β−αγ−α​ が実数であることを意味します。

【末尾の要約】

本モジュール「複素数平面と図形への応用」では、代数的な存在であった複素数に、平面上の点という幾何学的な生命を吹き込み、それがもたらす強力な解析手法を探求しました。

まず、ガウス平面という新しい舞台を設定し、複素数の四則演算が、ベクトルのような平行移動や、実軸に関する対称な反転といった幾何学的操作に対応することを確認しました。

次に、本モジュールの核心である極形式を導入しました。これにより、複素数の乗算が「絶対値の積」と「偏角の和」で表される、すなわち「拡大・縮小と回転」という幾何学的操作に完全に一致するという、革命的な事実が明らかになりました。この原理を一般化したド・モアブルの定理は、べき乗計算を単純な回転操作に変換し、さらには1のn乗根が単位円上に正n角形の頂点として美しく配置されるという、代数と幾何の見事な調和を示してくれました。

最終章では、この強力な理論を武器として、内分点・外分点から、直線といった基本的な図形を複素数の方程式として記述する手法を体系化しました。特に、3点がなす角が複素数の商の偏角として捉えられることは、垂直・平行といった図形問題を、代数計算に帰着させるエレガントな道筋を与えてくれました。

結論として、複素数平面は、座標幾何学やベクトル解析と並ぶ、幾何問題を解くための第三の、そして極めて強力な言語です。特に「回転」が関わる問題において、その簡潔さと威力は他の手法の追随を許しません。ここで習得した、代数操作と幾何学的変換を自在に行き来する思考法は、あなたの数学的視野を大きく広げ、より高次元の視点から問題の本質を見抜く力を与えてくれるでしょう。

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