【基礎 物理(力学)】Module 12:万有引力とケプラーの法則

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本モジュールの目的と構成

これまでの11のモジュールを通じて、私たちは力学の世界を探求してきました。その舞台は、地上での物体の運動、すなわち「地上の力学」が中心でした。しかし、私たちが夜空を見上げるとき、そこには惑星や月、そして無数の星々が、壮大で規則正しい運動を繰り広げている、もう一つの力学の世界が広がっています。

本モジュールでは、私たちの視点を地上から宇宙へと一気に拡大し、天体の運動を支配する法則を探求します。この壮大な物語は、二人の巨人の業績を軸に進みます。一人は、惑星の運動を、観測データから驚くべき精度で数学的に記述したヨハネス・ケプラー。もう一人は、その運動の背後にある根本的な原因を、「万有引力の法則」として見抜いたアイザック・ニュートンです。

ニュートンの最大の功績は、「木からリンゴを落とす力」と「月を地球の周りに繋ぎ止めている力」が、実は全く同じ、宇宙の隅々まで遍く(あまねく)存在する、ただ一つの力であることを見抜いた点にあります。この洞察は、天上の世界と地上の世界を初めて一つの物理法則の下に統一した、科学史における一大革命でした。

私たちはまず、惑星運動の「現象」を記述するケプラーの三法則を学びます。次に、その「原因」を説明するニュートンの万有引力の法則を確立し、地上の重力加速度との関係を明らかにします。さらに、この新しい力の法則の下で、位置エネルギーの概念を再定義し、天体の運動を支配する力学的エネルギー保存則を導きます。そして、人工衛星の軌道速度や、地球の引力を振り切るための脱出速度といった、宇宙航行時代の力学へと、その応用を広げていきます。

  1. ケプラーの法則(第一、第二、第三法則): 惑星は「どのように」運動するのか。観測から導かれた、天体運動に関する三つの経験則を学びます。
  2. 万有引力の法則の発見とその構造: 惑星は「なぜ」そのように運動するのか。ニュートンがケプラーの法則から導き出した、万有引力の法則を確立します。
  3. 万有引力定数と重力加速度の関係: 宇宙を支配する万有引力定数 \(G\) と、地表での重力加速度 \(g\) を結びつけ、地球の質量を計算する道筋を見ます。
  4. 万有引力による位置エネルギー(無限遠基準): 宇宙スケールでの位置エネルギーを、無限遠を基準として再定義し、その値が常に負になる意味を理解します。
  5. 天体の運動における力学的エネルギー保存則: 万有引力が保存力であることから、天体の運動において力学的エネルギーが保存されることを示し、軌道の形とエネルギーの関係を探ります。
  6. 惑星や人工衛星の円運動: 最も単純な軌道である円運動を、万有引力と向心力の関係から分析します。
  7. 第一宇宙速度(円軌道速度)の導出: 地球を周回する人工衛星になるための最低速度を計算します。
  8. 第二宇宙速度(脱出速度)の導出: 地球の重力圏を脱出するために必要な速度を、エネルギー保存則から導きます。
  9. 万有引力と重力の違い: 日常的に使う「重力」という言葉が、厳密には万有引力と地球の自転による遠心力との合力であることを学びます。
  10. 人工衛星のエネルギーと軌道の関係: 人工衛星が軌道を変えるとは、その力学的エネルギーをどう変化させることなのか、その関係を深く理解します。

このモジュールは、力学という学問が、地上の実験室から、遥かなる宇宙の法則までをも貫く、壮麗で統一的な体系であることを、あなたに実感させてくれるでしょう。


目次

1. ケプラーの法則(第一、第二、第三法則)

ニュートンが万有引力の法則という、天体の運動の「原因」を解明する、遥か以前。一人の天文学者が、膨大な観測データを基に、惑星が「どのように」運動するのか、その驚くべき規則性を、三つの法則としてまとめ上げました。その人物が、ヨハネス・ケプラー(1571-1630)です。

ケプラーの法則は、師であるティコ・ブラーエが遺した、前例のないほど精密な火星の観測記録を、執念とも言える計算の末に分析し、発見したものです。それは、古代ギリシャ以来、誰もが信じて疑わなかった「天体は完璧な円運動をする」というドグマを打ち破り、近代的な天文学の扉を開いた、経験則の金字塔です。

1.1. 第一法則:楕円軌道の法則

ケプラーの第一法則(軌道の法則)

惑星は、太陽を一つの焦点とする楕円軌道上を運動する。

  • 楕円 (Ellipse): 「二つの定点(焦点)からの距離の和が、常に一定になるような点の集合」として定義される、つぶれた円のような図形。
  • 焦点 (Focus): 楕円の形状を決める、二つの中心点。

この法則の革新性は、二点にあります。

  1. 軌道は「円」ではなく「楕円」である: コペルニクスの地動説でさえ、惑星の軌道は円であると仮定していました。ケプラーは、観測データとのわずかなズレを徹底的に追求し、軌道が完全な円ではないことを見抜きました。
  2. 太陽は中心ではなく「焦点」にいる: 太陽は、楕円の中心ではなく、二つある焦点のうちの一つに位置します。これにより、惑星と太陽の間の距離は、周期的に変化することになります。
    • 近日点 (Perihelion): 軌道上で、惑星が最も太陽に近づく点。
    • 遠日点 (Aphelion): 軌道上で、惑星が最も太陽から遠ざかる点。

1.2. 第二法則:面積速度一定の法則

ケプラーの第二法則(面積速度の法則)

惑星と太陽とを結ぶ線分が、等しい時間に掃き過ぐる面積は、常に等しい。

この法則は、惑星の公転速度が一定ではないことを示しています。

  • 惑星が、太陽から遠い遠日点の近くを運動しているとき、その速度は遅くなります。
  • 惑星が、太陽に近い近日点の近くを運動しているとき、その速度は速くなります。

遠くではゆっくりと、近くでは素早く動くことで、結果として、同じ時間(例えば1ヶ月)に、惑星と太陽を結ぶ線が「掃き清める」扇形の面積が、軌道上のどこであっても、常に同じになる、というのです。

後のモジュールで学ぶように、この不思議な法則の背後には、角運動量保存則という、より根源的な物理法則が隠されています。

1.3. 第三法則:調和の法則

ケプラーの第三法則(周期の法則)

惑星の公転周期の2乗は、軌道の半長軸の3乗に比例する。

  • 公転周期 (Period) \(T\): 惑星が、軌道を一周するのにかかる時間。
  • 半長軸 (Semi-major Axis) \(a\): 楕円の長径の半分の長さ。軌道の平均的な半径と見なせる。

これを数式で表すと、

\[ \frac{T^2}{a^3} = k \quad (\text{一定}) \]

となります。

この法則の驚くべき点は、比例定数 \(k\) の値が、惑星の種類(水星、地球、火星…)によらず、太陽系のすべての惑星で、ほぼ同じ値になることです。

惑星の周期さえ分かれば、その軌道の大きさを計算でき、逆に軌道の大きさが分かれば、周期を予測できる、という強力な関係式です。

円軌道への近似:

多くの惑星の軌道は、非常に円に近い楕円です。もし、軌道を半径 \(r\) の円軌道と近似するならば、半長軸 \(a\) は半径 \(r\) となるので、第三法則は、

\[ T^2 \propto r^3 \]

という、よりシンプルな形で表現されます。

ケプラーの三法則は、あくまで観測データから導き出された「経験則」であり、なぜそうなるのか、という理由を説明するものではありませんでした。しかし、それは、ニュートンが万有引力の法則という、より深い理論を構築するための、完璧な道しるべとなったのです。


2. 万有引力の法則の発見とその構造

ケプラーが、惑星は「どのように」動くかを明らかにした後、物理学の最大の問いは、「なぜ」惑星はそのように動くのか、という運動の原因の探求へと移りました。この問いに、歴史的な答えを与えたのが、アイザック・ニュートン(1642-1727)です。

ニュートンの天才性は、地上の物体を引く力(重力)と、天体を軌道に繋ぎ止める力が、**普遍的(Universal)**な、ただ一つの法則に従う同一の力であると見抜いた点にあります。この法則こそが、万有引力の法則 (Law of Universal Gravitation) です。

2.1. ニュートンの偉大なる統合

有名な逸話として、ニュートンは、庭のリンゴが木から落ちるのを見て、万有引力の着想を得たとされています。

「なぜ、リンゴはまっすぐ地球の中心に向かって落ちるのか?地球がリンゴを引いているに違いない。では、その力は、どこまで届くのだろうか?木のてっぺんまで?山の頂まで?そして、はるか上空にある、月のところまで届いているのではないだろうか?」

もし、月にも同じ力が働いているなら、なぜ月はリンゴのように落ちてこないのか。ニュートンは、月は、常に地球に向かって「落ち続けて」いるのだが、同時に、前方に進む大きな速度を持っているために、地表に衝突することなく、地球の周りを回り続けているのだ、と考えました。

月を軌道に留めている力と、リンゴを落とす力。この二つを、同じ法則で説明しようとしたことこそが、ニュートンの思考の偉大な飛躍でした。

2.2. ケプラーの法則からの演繹

ニュートンは、この着想を、ケプラーの三法則という数学的な事実と結びつけることで、万有引力の具体的な形を、論理的に導き出しました。

  • ケプラーの第二法則(面積速度一定)から:この法則が、角運動量保存則を意味することを見抜いたニュートンは、惑星に働く力が、常に太陽の中心を向く中心力でなければならない、と結論しました。
  • ケプラーの第一法則(楕円軌道)と第三法則(調和の法則)から:惑星が、中心力(太陽からの引力)を受けて運動するとき、その軌道が安定な閉曲線(楕円)を描き、かつ、周期と軌道半径の間に \(T^2 \propto r^3\) の関係が成り立つためには、その中心力の大きさが、距離の2乗に反比例しなければならないことを、数学的に証明しました。(円軌道の場合の簡易な証明:向心力 \(F = m \frac{v^2}{r}\)。速さ \(v = 2\pi r / T\) を代入すると \(F = m \frac{4\pi^2 r}{T^2}\)。ここに \(T^2 = kr^3\) を代入すると、\(F = m \frac{4\pi^2 r}{kr^3} = (\frac{4\pi^2 m}{k}) \frac{1}{r^2}\)。したがって、\(F \propto 1/r^2\) となる。)

2.3. 万有引力の法則の定式化

これらの考察と、作用・反作用の法則(力が相互作用であり、物体の質量に比例するはずだという洞察)を統合し、ニュートンは、以下の普遍的な法則を提唱しました。

万有引力の法則

宇宙に存在するすべての質点は、他のすべての質点を、互いの質量の積に比例し、質点間の距離の2乗に反比例する大きさの力で、引き合う。

質量 \(m_1\) と \(m_2\) の二つの質点が、距離 \(r\) だけ離れているとき、互いに及ぼし合う万有引力の大きさ \(F\) は、

\[ F = G \frac{m_1 m_2}{r^2} \]

で与えられる。

  • \(G\): 万有引力定数 (Universal Gravitational Constant) と呼ばれる、宇宙のどこでも成り立つ、普遍的な比例定数です。その値は、非常に小さく、\[ G \approx 6.674 \times 10^{-11} , \text{N·m}^2/\text{kg}^2 \]です。この値が極めて小さいために、私たちの身の回りにある物体同士の引力は、通常、全く感知できません。
  • 逆2乗の法則 (Inverse-Square Law):力が距離の2乗に反比例するというこの性質は、物理学における最も基本的な力の法則の一つであり、電磁気学におけるクーロンの法則などにも、同じ形が現れます。

この法則は、地上の重力から、惑星、恒星、銀河に至るまで、宇宙に存在するすべての物体の運動を、驚くべき精度で記述し、予測することを可能にしました。それは、人類の宇宙観を根底から変えた、科学の歴史における最大の成果の一つなのです。


3. 万有引力定数と重力加速度の関係

ニュートンは、地上の重力と天体の引力が、同じ万有引力の法則で記述されることを示しました。では、私たちが地上で日常的に経験し、物理の計算で用いてきた重力加速度 \(g \approx 9.8 , \text{m/s}^2\) と、宇宙の法則を記述する万有引力定数 \(G\) は、どのようにつながっているのでしょうか。

この二つの定数を結びつける関係式を導出することは、一見すると別々に見える地上の物理法則と、宇宙の物理法則が、完全に地続きであることを実感させてくれます。さらに、この関係式は、地球そのものの質量を「測る」ことを可能にする、驚くべき応用を持っています。

3.1. 二つの表現による「重さ」の記述

地表(または地表付近)にある、質量 \(m\) の物体(例えば、リンゴ)の「重さ」を、二つの異なる視点から数式で表現してみましょう。

  • 視点A:地上の力学(これまでの学習)私たちが慣れ親しんできた方法では、この物体の重さ \(W\) は、その質量 \(m\) と、その場所での重力加速度 \(g\) の積として与えられます。\[ W = mg \]
  • 視点B:宇宙の力学(万有引力の法則)万有引力の法則によれば、この重さの正体は、地球(質量を \(M_E\)、半径を \(R_E\) とする)が、質量 \(m\) の物体を引く引力です。物体が地表にあるとき、地球の中心からの距離は、ほぼ地球の半径 \(R_E\) と見なせます。したがって、万有引力の法則から、この力の大きさ \(F_g\) は、\[ F_g = G \frac{M_E m}{R_E^2} \]と書けます。(地球を、全質量が中心に集まった質点と見なせることは、ニュートンが証明した重要な定理です。)

3.2. 関係式の導出

この二つの式 (\(W=mg\) と \(F_g = G M_E m / R_E^2\)) は、どちらも同じ「地表での物体の重さ」という物理現象を記述しているはずです。したがって、これらの大きさは等しくなければなりません。

\[ mg = G \frac{M_E m}{R_E^2} \]

この方程式の両辺に、物体の質量 \(m\) が含まれています。これを消去すると、

\[ g = G \frac{M_E}{R_E^2} \]

という、極めて重要な関係式が導かれます。

重力加速度と万有引力定数の関係

\[ g = G \frac{M_E}{R_E^2} \]

3.3. この関係式が示すこと

この式は、多くの重要な物理的洞察を与えてくれます。

  • \(g\) は惑星の「個性」:重力加速度 \(g\) は、普遍的な定数ではなく、その惑星の質量 \(M_E\) と半径 \(R_E\) という、惑星固有の性質によって決まる量であることを示しています。月面での重力加速度が、地球の約1/6であるのは、月の質量が地球より小さく、また半径も小さいためです。この式を使えば、他の惑星や天体の表面重力を計算することができます。
  • 質量のキャンセル:導出の過程で、物体の質量 \(m\) が両辺から消去されました。これは、物体の落下加速度が、その物体の質量によらないという、ガリレオ以来の重要な原理の、理論的な証明になっています。\(mg\) の \(m\) は、慣性(動きにくさ)を表す「慣性質量」です。\(G M_E m / R_E^2\) の \(m\) は、引力を生み出す原因となる「重力質量」です。この二つの異なる起源を持つ質量が、なぜか常に等しい(等価原理)という事実は、後にアインシュタインの一般相対性理論へと繋がる、近代物理学の深遠な謎の一つです。
  • 地球の質量を「測る」:この関係式を変形すると、\[ M_E = \frac{g R_E^2}{G} \]となります。この式の右辺に含まれる量は、
    • \(g \approx 9.8 , \text{m/s}^2\) (地上の振り子実験などで測定可能)
    • \(R_E \approx 6.4 \times 10^6 , \text{m}\) (測量によって測定可能)
    • \(G \approx 6.67 \times 10^{-11} , \text{N·m}^2/\text{kg}^2\) (キャヴェンディッシュの実験などで測定可能)と、すべて地上での実験や観測によって知ることができます。したがって、私たちは、地球を天秤にかけることなく、この式を通じて、地球の質量 \(M_E\) を計算することができるのです。(計算すると、\(M_E \approx 6.0 \times 10^{24} , \text{kg}\) という、とてつもなく大きな値が得られます。)

この一本の式は、地上の小さな実験室と、広大な宇宙とが、同じ物理法則によって支配されていることを、雄弁に物語っているのです。


4. 万有引力による位置エネルギー(無限遠基準)

力学的エネルギー保存則は、力が保存力である場合に成り立つ、極めて強力な法則でした。万有引力もまた、その大きさが距離だけで決まる中心力であり、仕事が経路によらない保存力です。

したがって、万有引力に対しても、位置エネルギーを定義することができます。しかし、私たちが地上の力学で用いてきた位置エネルギーの公式 \(U=mgh\) は、重力加速度 \(g\) が一定であると見なせる、地表付近という限られた範囲でしか通用しない近似式でした。

惑星や人工衛星のように、天体からの距離が大きく変化する運動を扱うためには、万有引力の法則 \(F = GmM/r^2\) に基づいた、より厳密で、宇宙スケールで通用する位置エネルギーの定義が必要になります。

4.1. 位置エネルギーの再定義と基準点の選択

位置エネルギーの変化量 \(\Delta U\) の定義は、常に \(\Delta U = -W_c\)(保存力がした仕事の負号)です。

万有引力 \(F(r) = -GmM/r^2\)(引力なので、\(r\)が増加する向きとは逆向き)が、物体を距離 \(r_i\) から \(r_f\) まで動かす間にする仕事 \(W_g\) は、力が一定でないため、積分を用いて計算する必要があります。

\[ W_g = \int_{r_i}^{r_f} F(r) dr = \int_{r_i}^{r_f} \left(-\frac{GmM}{r^2}\right) dr = \left[ \frac{GmM}{r} \right]_{r_i}^{r_f} = \frac{GmM}{r_f} – \frac{GmM}{r_i} \]

したがって、位置エネルギーの変化量は、

\[ \Delta U = U_f – U_i = -W_g = -\left( \frac{GmM}{r_f} – \frac{GmM}{r_i} \right) = \left(-\frac{GmM}{r_f}\right) – \left(-\frac{GmM}{r_i}\right) \]

となります。この結果から、距離 \(r\) の点にある物体の位置エネルギーは、\(-GmM/r\) という形をしていることが示唆されます。

ここで、位置エネルギーの具体的な値を定めるには、基準点(\(U=0\) となる点)を選ぶ必要がありました。地上の力学では、地面や机の面を基準に選びましたが、宇宙空間には、そのような絶対的な「地面」は存在しません。

そこで、天体力学では、最も自然で、普遍的な基準点として、無限に遠い点を基準に選びます。

万有引力による位置エネルギーの基準点

互いに無限に遠く離れている (\(r \to \infty\)) とき、二つの物体の間に働く万有引力はゼロになる。この状態を、位置エネルギーがゼロであると定義する。

\[ U(\infty) = 0 \]

4.2. 万有引力による位置エネルギーの公式

この「無限遠基準」を用いると、万有引力による位置エネルギーの公式を、一意に定めることができます。

先ほどの変化量の式で、始点を無限遠(\(r_i \to \infty\))、終点を距離 \(r\)(\(r_f = r\))としてみましょう。

\[ U(r) – U(\infty) = \left(-\frac{GmM}{r}\right) – \left(-\frac{GmM}{\infty}\right) \]

\(U(\infty)=0\) であり、\(1/\infty = 0\) なので、

\[ U(r) – 0 = -\frac{GmM}{r} – 0 \]

万有引力による位置エネルギーの公式

質量 \(M\) の天体から、距離 \(r\) の位置にある質量 \(m\) の物体が持つ、万有引力による位置エネルギー \(U(r)\) は、

\[ U(r) = -G\frac{Mm}{r} \]

4.3. 公式の重要な性質:なぜ負の値なのか?

この公式は、一見すると奇妙に見える、いくつかの重要な性質を持っています。

  • 位置エネルギーは、常に負である:距離 \(r\) が有限である限り、この位置エネルギーは常に負の値をとり、無限遠で最大値であるゼロになります。なぜ負なのでしょうか。これは、基準点の取り方による、数学的な帰結です。物理的な意味は、「引力が支配する系では、物体は束縛されている」ということです。無限遠(エネルギーがゼロの状態)にいる物体を、距離 \(r\) の位置まで持ってくることを想像してください。この間、引力が物体に正の仕事をするため、物体のエネルギーは、ゼロの状態から減少し、負の値になります。逆に、束縛されている物体(エネルギーが負)を、無限遠まで引き離す(束縛を断ち切る)ためには、外部から正の仕事をして、エネルギーをゼロまで引き上げてやる必要があるのです。
  • \(r\) が大きいほど、エネルギーは「高い」:距離 \(r\) が大きくなると、分母が大きくなるので、\(1/r\) は小さくなります。したがって、\(-GmM/r\) は、よりゼロに近い、大きな値になります。つまり、天体から遠ざかるほど、位置エネルギーは高く(less negativeに)なるのです。これは、重力に逆らって物体を持ち上げると、位置エネルギーが高くなるという、地上の感覚と一致しています。

この新しい位置エネルギーの定義は、次の天体のエネルギー保存則や、地球の引力を振り切るための「脱出速度」を議論する上で、不可欠な基礎となります。


5. 天体の運動における力学的エネルギー保存則

万有引力が保存力であり、その位置エネルギーを \(U(r)=-GmM/r\) と定義したことで、私たちは、天体の運動を力学的エネルギー保存則という、強力なレンズを通して分析する準備が整いました。

惑星や人工衛星が、広大な宇宙空間を、何十億年もの間、極めて規則正しく運行し続けることができるのはなぜか。その安定性の根源は、まさしくこのエネルギー保存則にあります。

5.1. 天体系の力学的エネルギー

ある中心天体(質量 \(M\))の周りを、惑星や人工衛星(質量 \(m\))が運動している、二体問題を考えます。

(他の天体からの影響は無視できる、孤立した系と仮定します。)

この系において、衛星に働く力は、中心天体からの万有引力のみです。万有引力は保存力なので、この系では非保存力がする仕事はなく (\(W_{nc}=0\))、力学的エネルギーは完全に保存されます

この系の力学的エネルギー \(E\) は、衛星の運動エネルギー \(K\) と、万有引力による位置エネルギー \(U\) の和として与えられます。

天体系の力学的エネルギー

\[ E = K + U = \frac{1}{2}mv^2 – G\frac{Mm}{r} = \text{一定} \]

この一本の式が、天体の軌道運動を支配する、最も基本的なエネルギー原理です。衛星の速さ \(v\) や、中心天体からの距離 \(r\) は、軌道上で常に変化するかもしれませんが、この \(E\) の合計値だけは、常に一定に保たれなければなりません。

5.2. 力学的エネルギーの総量と軌道の形

天体がどのような軌道を描くか(地球に束縛され続けるのか、あるいは無限の彼方へ飛び去るのか)は、その天体が持つ力学的エネルギー \(E\) の総量の、符号によって決定されます。

ケース1:\(E < 0\) (負のエネルギー)

  • 物理的な意味:\(E = K + U < 0\) ということは、\(K < -U\) であることを意味します。運動エネルギー \(K = \frac{1}{2}mv^2\) は、位置エネルギーの大きさ \(|U| = GmM/r\) よりも小さい。これは、衛星が持つ運動エネルギーが、万有引力のポテンシャルの「井戸」から抜け出すには不十分であることを示しています。衛星は、中心天体の引力に束縛 (bound) されており、無限に遠くまで飛び去ることはできません。
  • 軌道の形:この場合、衛星の軌道は、閉じた曲線である楕円 (ellipse) となります。(円は、楕円の特殊な場合です。)地球を周回する月や人工衛星、太陽を周回する惑星や彗星の軌道は、すべてこのカテゴリーに属します。

ケース2:\(E = 0\) (ゼロ・エネルギー)

  • 物理的な意味:\(E = K + U = 0\) ということは、\(K = -U\) です。\[ \frac{1}{2}mv^2 = G\frac{Mm}{r} \]これは、衛星が持つ運動エネルギーが、その場所にある引力のポテンシャルの井戸の深さと、ちょうど等しいことを意味します。これは、衛星が引力の束縛を振り切って、無限遠に到達するために必要な、ぎりぎりのエネルギーを持っている状態です。無限遠に到達したとき、その速さはちょうどゼロになります。
  • 軌道の形:この場合、衛星の軌道は、開いた曲線である放物線 (parabola) を描きます。

ケース3:\(E > 0\) (正のエネルギー)

  • 物理的な意味:\(E = K + U > 0\) ということは、\(K > -U\) です。衛星が持つ運動エネルギーが、引力のポテンシャルの井戸の深さを上回っている状態です。衛星は、引力の束縛を振り切って無限遠に到達しても、なお余剰の運動エネルギーを持っているため、無限遠でもゼロでない速さで飛び去っていきます。
  • 軌道の形:この場合、衛星の軌道は、放物線よりもさらに大きく開いた曲線である双曲線 (hyperbola) を描きます。太陽系の外から飛来し、太陽をかすめて再び太陽系の外へと飛び去っていく、一部の彗星や恒星間天体が、このような軌道をとります。

まとめ:

力学的エネルギー \(E\) の総量は、単なる数値以上の意味を持っています。それは、天体が中心天体の引力に捕らえられた「囚人」であるか、あるいは自由な「旅人」であるかを決定づける、その天体の「運命」を記述する量なのです。

エネルギーの符号束縛状態軌道の形
\(E < 0\)束縛されている楕円または
\(E = 0\)ぎりぎり束縛されていない放物線
\(E > 0\)束縛されていない双曲線

このエネルギーと軌道の関係は、天体力学における、最も基本的で美しい結論の一つです。


6. 惑星や人工衛星の円運動

天体の軌道は、一般的には楕円ですが、その中でも最もシンプルで、解析が容易な特殊ケースが円運動です。多くの惑星(地球を含む)や、人工衛星の軌道は、非常に円に近いと見なせるため、円運動のモデルは、天体力学の入門として非常に重要です。

円運動を解析する鍵は、Module 8で学んだ円運動の運動方程式と、本モジュールで学んだ万有引力の法則を結びつけることにあります。

6.1. 円軌道の運動方程式

状況: 質量 \(M\) の中心天体の周りを、質量 \(m\) の衛星が、半径 \(r\) の円軌道上で、速さ \(v\) で等速円運動している。

  • 向心力:この衛星に円運動をさせている向心力の正体は、中心天体が及ぼす万有引力です。その大きさは、\[ F_g = G\frac{Mm}{r^2} \]
  • 円運動の運動方程式:向心力 \(F_c\) は、\(F_c = mv^2/r\) と書けます。したがって、「万有引力が、向心力の役割を果たしている」という物理的な事実を、方程式で表現すると、\[ G\frac{Mm}{r^2} = m\frac{v^2}{r} \]となります。

6.2. 円軌道の速さと周期

この運動方程式から、円軌道を運動する天体の速さや周期を、その軌道半径と中心天体の質量だけで、完全に決定することができます。

  • 軌道速度 \(v\) の導出:運動方程式の両辺にある \(m\) と、\(r\) の一つを消去すると、\( \frac{GM}{r} = v^2 \)\[ \therefore v = \sqrt{\frac{GM}{r}} \]この式は、円軌道を回る天体の速さが、軌道半径 \(r\) が大きいほど、遅くなるという、少し直感に反する事実を示しています。遠くの軌道を回る惑星ほど、ゆっくりと公転しているのです。
  • 周期 \(T\) の導出:周期 \(T\) は、円周の長さ \(2\pi r\) を、速さ \(v\) で一周するのにかかる時間なので、\[ T = \frac{2\pi r}{v} \]この \(v\) に、上で求めた式を代入すると、\[ T = \frac{2\pi r}{\sqrt{GM/r}} = 2\pi r \sqrt{\frac{r}{GM}} = 2\pi \sqrt{\frac{r^3}{GM}} \]両辺を2乗すると、\[ T^2 = (2\pi)^2 \frac{r^3}{GM} = \left(\frac{4\pi^2}{GM}\right) r^3 \]この式は、\(T^2\) が \(r^3\) に比例することを示しており、まさしくケプラーの第三法則そのものです。ニュートンの万有引力の法則から、ケプラーの経験則が、理論的に導出されたのです。

6.3. 円軌道のエネルギー

次に、円軌道を運動する天体の力学的エネルギーを計算してみましょう。

\[ E = K + U = \frac{1}{2}mv^2 – G\frac{Mm}{r} \]

  • 運動エネルギー \(K\):軌道速度 \(v^2 = GM/r\) の関係を用いると、\[ K = \frac{1}{2}mv^2 = \frac{1}{2}m\left(\frac{GM}{r}\right) = \frac{GmM}{2r} \]
  • 位置エネルギー \(U\):\[ U = – \frac{GmM}{r} \]
  • 力学的エネルギー(総エネルギー) \(E\):\[ E = K + U = \frac{GmM}{2r} + \left(-\frac{GmM}{r}\right) = -\frac{GmM}{2r} \]

この結果から、円軌道におけるエネルギーに関して、以下の興味深い関係(ビリアル定理の特殊な場合)が成り立っていることがわかります。

円軌道におけるエネルギーの関係

\[ K = -\frac{1}{2}U \]

\[ E = -K = \frac{1}{2}U \]

考察:

  • 総エネルギー \(E\) が負であることは、円軌道が束縛された軌道であるという事実と一致します。
  • 軌道半径 \(r\) が大きくなる(より高い軌道へ移る)と、
    • 総エネルギー \(E = -GmM/2r\) は、大きくなります(よりゼロに近づく)。
    • 運動エネルギー \(K = GmM/2r\) は、小さくなります。
    • したがって、軌道速度 \(v\) は遅くなります。これは、「より高い軌道に衛星を移動させるには、エネルギーを『与える』必要があるが、その結果、衛星の速さはかえって『遅く』なる」という、天体力学における、一見逆説的な、しかし重要な結論を示しています。

7. 第一宇宙速度(円軌道速度)の導出

宇宙開発の時代を迎え、人類は地球の重力を克服し、物体を宇宙空間へと送り出す技術を手にしました。その基本的な概念となるのが、宇宙速度 (Cosmic Velocity) です。宇宙速度とは、地球の重力を基準として、物体がある特定の軌道運動を行うために必要な、速度の臨界値のことです。

このセクションでは、その第一段階である第一宇宙速度、すなわち、物体が地表すれすれの円軌道を描いて、地球を周回する「人工衛星」になるための速度を導出します。

7.1. 第一宇宙速度の定義

第一宇宙速度 (First Cosmic Velocity)

地表付近で物体を水平方向に打ち出したとき、その物体が地面に落下することなく、地球を半径とする円軌道を描いて周回し続けるために必要な、最低限の速度。

これは、地表すれすれの円軌道速度に等しい。

もし、打ち出す速度がこれより遅ければ、物体は地表に落下する放物運動を描きます。もし、ちょうどこの速度であれば、物体は地表に「落ち続ける」ことで、地球の丸みに沿って、永遠に周回し続けるのです。

7.2. 導出プロセス

第一宇宙速度 \(v_1\) の計算は、前セクションで導出した、一般的な円軌道速度の公式に、具体的な数値を当てはめることで行われます。

  • 状況: 質量 \(m\) の物体が、地球(質量 \(M_E\)、半径 \(R_E\))の地表すれすれ(軌道半径 \(r \approx R_E\))を、円運動している。
  • 運動方程式:この運動の向心力は、地球が及ぼす万有引力です。\[ G\frac{M_E m}{R_E^2} = m\frac{v_1^2}{R_E} \]
  • \(v_1\) の導出:両辺の \(m\) と \(R_E\) の一つを消去して、\(v_1\) について解くと、\[ v_1^2 = \frac{GM_E}{R_E} \quad \Rightarrow \quad v_1 = \sqrt{\frac{GM_E}{R_E}} \]

これが、第一宇宙速度を、地球の物理定数で表した式です。しかし、通常は、より馴染み深い、地表の重力加速度 \(g\) を用いて表現し直します。


7.3. 重力加速度 g を用いた表現

Module 12, Section 3で、万有引力定数 \(G\) と重力加速度 \(g\) の間には、

\[ g = G\frac{M_E}{R_E^2} \]

という関係があることを学びました。この式を変形すると、

\[ GM_E = gR_E^2 \]

となります。この関係は、天体の質量 \(M_E\) と万有引力定数 \(G\) という、直接測定が難しい量を、測定が容易な \(g\) と \(R_E\) で置き換えることができる、非常に便利な「翻訳機」の役割を果たします。

この \(GM_E = gR_E^2\) を、先ほど導出した \(v_1\) の式に代入します。

\[ v_1 = \sqrt{\frac{gR_E^2}{R_E}} \]

第一宇宙速度の公式

\[ v_1 = \sqrt{gR_E} \]

7.4. 数値計算と物理的な意味

この式に、地球の物理量の概算値を代入して、第一宇宙速度の具体的な値を計算してみましょう。

  • 重力加速度: \(g \approx 9.8 , \text{m/s}^2\)
  • 地球の半径: \(R_E \approx 6.4 \times 10^3 , \text{km} = 6.4 \times 10^6 , \text{m}\)

\[ v_1 \approx \sqrt{9.8 \times (6.4 \times 10^6)} = \sqrt{62.72 \times 10^6} \approx 7.92 \times 10^3 , \text{m/s} \]

\[ v_1 \approx 7.9 , \text{km/s} \]

秒速およそ7.9キロメートル。これが、地球の引力と釣り合って、地表を周回し続けるために必要な速度です。

これは、時速に換算すると、約28,440 km/h となり、音速の20倍以上、ライフル銃の弾丸の数倍という、とてつもない速さです。

国際宇宙ステーション(ISS)は、地表から約400km上空の、ほぼ円軌道を周回していますが、その軌道速度も、この第一宇宙速度に非常に近い値となっています。

第一宇宙速度は、人類が宇宙へと活動の場を広げる上で、乗り越えなければならない、最初の速度の壁なのです。


8. 第二宇宙速度(脱出速度)の導出

第一宇宙速度が、地球の周りを回る「衛星」になるための速度であったのに対し、第二宇宙速度 (Second Cosmic Velocity) は、その衛星の軌道からさらに抜け出し、地球の重力による束縛を完全に断ち切って、無限の彼方へと飛び去るために必要な速度です。

この速度は、一般に脱出速度 (Escape Velocity) とも呼ばれ、その計算は、力学的エネルギー保存則の、最も劇的な応用例の一つです。

8.1. 脱出速度の定義

第二宇宙速度(脱出速度)

地表にある物体に、ある初速度を与えて打ち上げたとき、その物体が地球の万有引力を振り切って、無限遠に到達することができる、最低限の初速度。

「無限遠に到達できる」とは、物理学的にどのような状態でしょうか。

それは、無限遠(\(r \to \infty\))に到達したときに、その物体の速さがちょうどゼロ以上(\(v_f \ge 0\))になる、ということです。

したがって、最低限の初速度とは、無限遠に、速さゼロで、ちょうど到達できるような初速度を意味します。

8.2. エネルギー保存則による導出

この問題は、運動の始点(地表)と終点(無限遠)の二つの状態で、力学的エネルギー保存則を適用することで、見事に解くことができます。

  • 系の設定: 地球(質量 \(M_E\))と、打ち上げる物体(質量 \(m\))を一つの系と考える。
  • エネルギー保存: 打ち上げた後は、万有引力(保存力)のみが仕事をするので、力学的エネルギーは保存される。\[ E_i = E_f \]

終状態(無限遠)のエネルギー \(E_f\)

  • 位置: \(r_f \to \infty\)
  • 速さ: ぎりぎり到達できる条件なので、\(v_f = 0\)。
  • 運動エネルギー: \(K_f = \frac{1}{2}mv_f^2 = 0\)。
  • 位置エネルギー: 無限遠を基準とするので、\(U_f = -G M_E m / r_f \to 0\)。
  • したがって、終状態の力学的エネルギーは、\[ E_f = K_f + U_f = 0 \]

初期状態(地表)のエネルギー \(E_i\)

  • 位置: 地球の中心からの距離は、地球の半径 \(R_E\)(\(r_i = R_E\))。
  • 速さ: 求めるべき第二宇宙速度 \(v_2\)。
  • 運動エネルギー: \(K_i = \frac{1}{2}mv_2^2\)。
  • 位置エネルギー: \(U_i = -G \frac{M_E m}{R_E}\)。
  • したがって、初期状態の力学的エネルギーは、\[ E_i = K_i + U_i = \frac{1}{2}mv_2^2 – G\frac{M_E m}{R_E} \]

8.3. 公式の導出と数値計算

エネルギー保存則 \(E_i = E_f\) より、

\[ \frac{1}{2}mv_2^2 – G\frac{M_E m}{R_E} = 0 \]

この式を、\(v_2\) について解きます。

\( \frac{1}{2}mv_2^2 = G\frac{M_E m}{R_E} \)

両辺の \(m\) を消去し、2を掛けると、

\( v_2^2 = \frac{2GM_E}{R_E} \)

\[ \therefore v_2 = \sqrt{\frac{2GM_E}{R_E}} \]

この式も、重力加速度 \(g\) を用いて書き換えることができます。\(GM_E = gR_E^2\) を代入すると、

\[ v_2 = \sqrt{\frac{2(gR_E^2)}{R_E}} \]

第二宇宙速度(脱出速度)の公式

\[ v_2 = \sqrt{2gR_E} \]

  • 第一宇宙速度との関係:第一宇宙速度は \(v_1 = \sqrt{gR_E}\) でした。したがって、\[ v_2 = \sqrt{2} \cdot \sqrt{gR_E} = \sqrt{2} v_1 \]脱出速度は、地表すれすれの円軌道速度の、ちょうど \(\sqrt{2}\) 倍(約1.414倍)になります。
  • 数値計算:\[ v_2 \approx \sqrt{2} \times 7.9 , \text{km/s} \approx 11.2 , \text{km/s} \]秒速およそ11.2キロメートル。これが、地球の重力の井戸から「脱出」し、他の惑星へと旅立つために、最低限必要な速度です。太陽系の他の惑星を探査する探査機は、すべてこの速度以上に加速される必要があります。

ブラックホールとの関連:

脱出速度の式 \(v_{esc} = \sqrt{2GM/R}\) は、天体の質量 \(M\) が大きいほど、また半径 \(R\) が小さいほど、大きくなります。

もし、天体が極めて高密度で、その脱出速度が光速 \(c\) を超えてしまったらどうなるか。

\( c < \sqrt{2GM/R} \)

光さえも脱出できない、そのような天体がブラックホールです。


9. 万有引力と重力の違い

私たちはこれまで、地上の物体に働く地球からの引力を「重力」、天体間に働く引力を「万有引力」と、文脈に応じて使い分けてきました。そして多くの場合、地表での「重力」の大きさを、万有引力の法則を用いて \(F = GmM/R^2\) と計算し、両者を同一視してきました。

しかし、物理学的に厳密な立場に立つと、「重力」と「万有引力」は、わずかながら、しかし明確に異なる概念です。その違いを生み出す原因は、地球の自転です。

9.1. 遠心力の影響

地球は、地軸を回転軸として、約24時間で1回自転しています。

したがって、地表にいる私たち(や、地表の物体)は、地球と共に、巨大な円運動をしています。

円運動をしているということは、私たちのいる地表の座標系は、厳密には非慣性系である、ということです。

非慣性系にいる観測者には、見かけの力である慣性力が働くように感じられます。回転系の場合、その慣性力は遠心力です。

  • 遠心力の向き: 回転軸(地軸)から遠ざかる向き
  • 遠心力の大きさ: \(mr\omega^2\)。ここで \(r\) は、その場所の回転半径(地軸からの距離)、\(\omega\) は地球の自転の角速度。

9.2. 「重力」の厳密な定義

物理学において、地表の物体に働く**「重力 (Gravity)」とは、その物体が、地球から受ける「万有引力」と、地球の自転による「遠心力」**の、**二つの力のベクトル和(合力)**として、厳密に定義されます。

重力の定義

\[ \vec{F}{gravity} = \vec{F}{universal} + \vec{F}_{centrifugal} \]

(重力) = (万有引力) + (遠心力)

私たちが、ばね秤などで測定している「重さ」は、この合力である「重力」の大きさに対応します。


9.3. 緯度による重力の違い

この定義によれば、「重力」の大きさと向きは、地球上の場所(緯度)によって、わずかに変化することになります。

  • 北極・南極(緯度90°):
    • この場所は、回転軸上にあります。
    • したがって、回転半径はゼロであり、遠心力はゼロです。
    • よって、極点では、重力は万有引力と完全に一致します。\( F_{gravity} = F_{universal} \)
  • 赤道上(緯度0°):
    • この場所は、回転半径が最も大きい(地球の半径 \(R_E\) に等しい)。
    • したがって、遠心力は最大になります。
    • 万有引力は地球の中心を向き(下向き)、遠心力は中心から遠ざかる向き(上向き)に働くため、二つの力は反対向きです。
    • よって、赤道上での重力の大きさは、万有引力の大きさから、遠心力の大きさを差し引いたものになります。\( F_{gravity} = F_{universal} – F_{centrifugal} \)
    • このため、赤道上での重力加速度 \(g\) は、極点での値よりも、わずかに小さくなります。
  • 中緯度:
    • 遠心力は、地軸から遠ざかる向きに、斜めに働きます。
    • この遠心力と、中心を向く万有引力のベクトル和をとるため、「重力」の向きは、厳密には地球の中心から、わずかに赤道方向にずれます

大きさの比較:

地球の自転による遠心力は、万有引力に比べて非常に小さく、赤道上でも、その大きさは万有引力の約0.3%程度です。

したがって、高校物理のほとんどの問題では、この違いは無視され、

\[ \text{重力} \approx \text{万有引力} \]

という近似が用いられます。しかし、精密な測定や、地球科学の分野では、この違いは重要な意味を持ちます。(地球が完全な球ではなく、赤道方向にわずかに膨らんだ回転楕円体であることも、この遠心力の影響です。)


10. 人工衛星のエネルギーと軌道の関係

人工衛星は、私たちの現代生活に不可欠な存在です。通信、放送、気象観測、GPSによる位置測定など、その応用は多岐にわたります。これらの衛星は、特定の目的のために、特定の軌道 (Orbit) に投入され、維持されています。

衛星が、ある軌道から別の軌道へ移動する「軌道変更」は、どのように行われるのでしょうか。その鍵を握るのが、衛星が持つ力学的エネルギーです。衛星の軌道の「高さ」や「形」は、そのエネルギーと、一対一で対応しています。このセクションでは、衛星のエネルギーと軌道の関係を、より深く掘り下げます。

10.1. 軌道の「高さ」とエネルギーの関係

まず、最も単純な円軌道で、軌道の半径(地表からの高度)と、力学的エネルギーの関係を再確認します。

質量 \(m\) の衛星が、質量 \(M\) の地球の周りを、半径 \(r\) の円軌道で運動しているとき、その力学的エネルギー \(E\) は、

\[ E = -\frac{GmM}{2r} \]

でした。

この式から、以下の重要な関係がわかります。

  • 軌道半径 \(r\) が大きくなる(=より高い軌道へ移る)と、分母が大きくなるため、\(E\) の値は大きくなります(負の値の絶対値が小さくなるので、よりゼロに近づく)。
  • 軌道半径 \(r\) が小さくなる(=より低い軌道へ移る)と、\(E\) の値は小さくなります(負の値の絶対値が大きくなる)。

軌道とエネルギーの基本関係

高い軌道ほど、力学的エネルギーは大きい。

低い軌道ほど、力学的エネルギーは小さい。

これは、楕円軌道の場合も同様です。楕円軌道のエネルギーは、その平均的な半径である半長軸 \(a\) を用いて \(E = -GmM/2a\) と表され、より大きな楕円軌道ほど、より大きなエネルギーを持ちます。

10.2. 軌道変更のメカニズム:仕事によるエネルギーの増減

衛星が、ある軌道から別の軌道へ移るためには、その力学的エネルギーを変化させる必要があります。エネルギーを変化させるのは、「非保存力がする仕事」でした。

衛星の場合、この仕事をするのが、搭載された**ロケットエンジンによる噴射(推力)**です。

より高い軌道へ移動する(例:静止衛星の投入)

静止衛星は、地表から約36,000kmという非常に高い円軌道(静止軌道)を周回します。この軌道に衛星を投入するには、まず、低い待機軌道(パーキング軌道)に打ち上げ、そこからエネルギーを加えて、目的の軌道まで上昇させる、という多段階のプロセス(ホーマン遷移軌道が有名)が用いられます。

  1. エネルギーの増加:低い軌道から高い軌道へ移るには、衛星の力学的エネルギーを増加させる必要があります。
  2. 仕事の方法:エネルギーを増加させるには、外部から正の仕事をする必要があります。
  3. エンジンの噴射:衛星の進行方向に、ロケットを噴射します。この推力が、衛星の運動方向に沿って正の仕事をし、衛星を加速させます。\[ W_{thrust} > 0 \quad \Rightarrow \quad \Delta E > 0 \]

より低い軌道へ移動する(例:大気圏再突入)

宇宙ステーションから離脱し、地球に帰還する宇宙船は、その軌道高度を下げて、大気圏に再突入する必要があります。

  1. エネルギーの減少:高い軌道から低い軌道へ移るには、衛星の力学的エネルギーを減少させる必要があります。
  2. 仕事の方法:エネルギーを減少させるには、負の仕事をする必要があります。
  3. エンジンの噴射:衛星の進行方向とは逆向きに、ロケットを「逆噴射」します。この推力が、衛星の運動に対して負の仕事をし、衛星を減速させます。\[ W_{thrust} < 0 \quad \Rightarrow \quad \Delta E < 0 \]

10.3. エネルギーと速さの逆説的な関係

ここで、天体力学における、最も興味深く、直感に反する関係の一つが現れます。

軌道半径 \(r\) の円軌道における、衛星の速さ \(v\) は、\(v = \sqrt{GM/r}\) でした。

この式と、エネルギーの関係を比較してみましょう。

  • 軌道半径 \(r\) が大きい(高い軌道)
    • → 力学的エネルギー \(E\) は大きい(less negative)
    • → 軌道速度 \(v\) は小さい(遅い)
  • 軌道半径 \(r\) が小さい(低い軌道)
    • → 力学的エネルギー \(E\) は小さい(more negative)
    • → 軌道速度 \(v\) は大きい(速い)

結論:

高い軌道にいる衛星ほど、多くのエネルギーを持っていますが、その運動はゆっくりです。

低い軌道にいる衛星ほど、エネルギーは少ないですが、その運動は速いのです。

軌道変更のプロセス(再考):

低軌道から高軌道へ移るための、ロケット噴射のプロセスを、この観点から見てみましょう。

  1. 低軌道(速い)で、進行方向に加速する。
  2. この加速により、衛星のエネルギーは増大し、軌道は、遠日点がより遠くにある楕円軌道に遷移する。
  3. 衛星は、この楕円軌道に沿って上昇していくが、その過程で、位置エネルギーが増加する分、運動エネルギーが減少し、速度は遅くなっていく。
  4. 目的の高さの円軌道に到達した(遠日点)で、もう一度進行方向に加速し、軌道を円形に整える。
  5. 結果として、衛星は、元の軌道よりも高いが、より遅い、新しい円軌道に乗ることになる。

このように、衛星の軌道制御は、エネルギーと速度の関係を深く理解した上で、精密に計算された「仕事」を与えることで、実現されているのです。


Module 12:万有引力とケプラーの法則の総括:地上の法則から、宇宙の法則へ

本モジュールにおいて、私たちの力学の旅は、その最終目的地である、広大な宇宙空間へと到達しました。私たちは、地上のリンゴから、天空の惑星まで、森羅万象を支配する、ただ一つの根源的な力、万有引力の法則を学びました。

この旅は、惑星運動の「現象」を、観測データから数学的に記述したケプラーの三法則から始まりました。惑星の軌道が楕円であること、その速度が「面積速度一定」の法則に従って変化すること、そして、周期と軌道半径の間に「調和の法則」が成り立つこと。これらの経験則は、ニュートンがより深い理論を構築するための、完璧な礎石となりました。

次に私たちは、これらの法則の「原因」を探求し、ニュートンが導き出した万有引力の法則 \(F=GmM/r^2\)に到達しました。この逆2乗の法則が、地上の重力加速度 \(g\) と、宇宙の万有引力定数 \(G\) を、\(g=GM_E/R_E^2\) という一本の式で結びつけ、天上の法則と地上の法則とを、初めて歴史的に統一した様を見ました。

この新しい力の法則の下で、私たちは位置エネルギーの概念を、無限遠を基準として再定義しました。その結果、万有引力による位置エネルギーが \(U = -GmM/r\) という負の値で与えられること、そして、この負のエネルギーが、天体が引力によって「束縛」されている状態を意味することを発見しました。

この新しいエネルギーの定義を用いて、私たちは、天体の運動を支配する力学的エネルギー保存則 \(E = \frac{1}{2}mv^2 – GmM/r = \text{一定}\) を確立しました。そして、このエネルギーの総量 \(E\) の符号が、天体の軌道の形(楕円、放物線、双曲線)を決定づける、その運命の書記官であることを学びました。

最後に、このエネルギー保存則を応用し、地球の周回軌道に乗るための第一宇宙速度、そして、地球の重力圏を永遠に脱出するための**第二宇宙速度(脱出速度)**を導出しました。これらの計算は、人類が宇宙へ進出するための、理論的な青写真となったのです。

力学の探求は、質点の運動から始まり、剛体の回転を経て、そして今、万有引力という宇宙の法則へと至りました。一つのリンゴの落下から始まった思索が、やがて宇宙全体の構造を解き明かす法則へと昇華していく。この壮大な物語を通じて、あなたは、物理学という学問が持つ、普遍性、統一性、そして美しさを、深く実感したことでしょう。

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