【基礎 物理(力学)】Module 3:様々な運動と運動方程式の応用

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本モジュールの目的と構成

Module 2では、ニュートンの運動の三法則という、力学の世界を支配する普遍的な「オペレーティングシステム(OS)」を学びました。私たちは、力と加速度、質量の関係を記述する運動方程式を核として、様々な力の性質を分析する手法を確立しました。それは、物理現象の「なぜ」に答えるための、強力な知的基盤です。

本モジュールでは、そのOSと分析手法を手に、より現実に即した、より複雑で多様な運動の世界へと分け入っていきます。これは、確立した基本原理を具体的な問題状況に「応用」し、その真価を試す段階です。単一の物体が直線上を動くだけの世界から、斜面を滑り、滑車に繋がれ、見かけの力が働く世界へと、私たちの視野は大きく広がります。

この応用プロセスは、単なる知識の適用に留まりません。それは、物理法則の普遍性を実感し、問題の構造を見抜く分析能力を磨き、複数の要素が絡み合う系を解き明かすための戦略的思考を養う、絶好の機会となります。本モジュールで扱う内容は以下の通りです。

  1. 斜面上の運動:力の成分分解と運動解析: 運動方程式の応用における最初の関門、斜面運動を、巧みな座標設定と力の分解によって完全にマスターします。
  2. 動滑車を含む複数物体系の運動方程式: 滑車、特に動滑車が介在することで生まれる、力と運動の間の新たな関係性(束縛条件)を解き明かします。
  3. 連結された物体の運動と内力の扱い: 複数の物体を一つの「系」として捉える視点を学び、外力と内力の違いを理解し、問題を効率的に解く戦略を手に入れます。
  4. 非慣性系における慣性力の導入: 加速する乗り物の中など、慣性の法則が成り立たない「非慣性系」で運動を記述するための知的ツール、「慣性力」の概念を学びます。
  5. 遠心力の定義と見かけの力としての性質: 最も代表的な慣性力である遠心力を、回転する視点から体験し、その正体と向心力との関係を明確に区別します。
  6. 浮力の原理とアルキメデスの法則: 流体中の物体に働く浮力の根源を探り、アルキメデスの法則を用いてその大きさを定量化します。
  7. 空気抵抗を受ける物体の運動と終端速度: より現実的な落下運動を、速度に依存する空気抵抗を考慮して分析し、やがて一定速度に達する「終端速度」の概念を理解します。
  8. 流体中の抵抗力:速度に比例する場合: 空気抵抗の具体的なモデルとして、速度に比例する抵抗力を扱い、運動方程式が微分方程式として現れる様を見ます。
  9. 運動方程式の積分による速度と位置の導出: 動力学と運動学を繋ぐ架け橋として、運動方程式を積分することで、力の情報から物体の完全な軌跡を導き出すプロセスを学びます。
  10. 複数の力が働く場合の合力のベクトル的考察: 複数の力が複雑に作用する状況において、合力をベクトルとして正確に求め、運動を決定するための総仕上げを行います。

このモジュールを終えるとき、あなたはもはや、運動方程式を単に知っているだけの学習者ではありません。あなたは、それを自在に応用し、多様な物理システムの本質を暴き、その挙動を予測する能力を備えた、熟練した「物理問題の解決者」へと変貌を遂げていることでしょう。


目次

1. 斜面上の運動:力の成分分解と運動解析

力学の問題において、水平な面や鉛直方向の運動と並んで、極めて頻繁に登場するのが斜面上の運動です。一見すると、運動が斜めになるだけで難しく感じるかもしれませんが、恐れることはありません。斜面上の運動は、Module 2で学んだ力の図示運動方程式の立式という基本手順を、いかに忠実かつ戦略的に実行できるかを試すための、絶好の試金石です。

この問題を攻略する鍵は、ただ一つ。**「座標軸を、斜面に沿って設定する」**という戦略的な選択にあります。この選択によって、複雑に見える斜め方向の運動は、二つの単純な一次元運動へと見事に分解され、その後の解析が劇的に簡略化されます。

1.1. 最重要戦略:座標軸を斜面に合わせる

なぜ、水平・鉛直ではなく、斜面に沿って座標軸を設定するのが賢明なのでしょうか。その理由は、物体の加速度の向きにあります。

物体が斜面を滑り落ちる(あるいは駆け上がる)とき、その加速度は(斜面から飛び上がったり、めり込んだりしない限り)常に斜面に平行な方向を向いています。

もし、座標軸を斜面に沿って設定すれば(例えば、斜面下向きをx軸、斜面に垂直な上向きをy軸とする)、

  • 加速度ベクトルは完全にx軸方向のみを向き、その成分は \((a, 0)\) となります。
  • y軸方向の加速度は常にゼロ (\(a_y = 0\)) となり、この方向については単純な力のつりあいの式を立てればよくなります。

このおかげで、運動方程式とつりあいの式が明確に分離され、問題の見通しが格段に良くなるのです。もし水平・鉛直に軸を取ってしまうと、加速度自体をx成分とy成分に分解せねばならず、二つの運動方程式が連立してしまい、計算が著しく煩雑になります。(Module 2, Section 10のケーススタディを参照)


1.2. 重力の成分分解:すべての基本

斜面に沿って座標軸を設定した場合、次に不可欠な作業が重力の成分分解です。重力は常に鉛直下向きに働きますが、これは設定した座標軸に対して斜めを向いています。そのため、運動方程式を立てるには、重力 \(mg\) を斜面に平行な成分斜面に垂直な成分に分解する必要があります。

傾斜角が \(\theta\) の斜面を考えます。

重力ベクトル \(mg\) と、斜面に垂直な線がなす角は、幾何学的な考察から、斜面の傾斜角 \(\theta\) に等しくなります。このことを利用して、重力を分解すると、

  • 斜面に平行な成分: \(mg \sin\theta\) (斜面下向き)
    • この成分が、物体を斜面に沿って滑り落とそうとする力の本体です。
  • 斜面に垂直な成分: \(mg \cos\theta\) (斜面に垂直に、面を押す向き)
    • この成分が、面を押し、垂直抗力を生み出す原因となります。

この \(\sin\theta\) と \(\cos\theta\) の関係は、必ず自分で図を描いて確認できるようにしておきましょう。これは、斜面の問題を解く上で、九九のように反射的に使えなければならない必須の知識です。


1.3. ケース別運動解析

この基本戦略に基づき、いくつかの典型的なケースを解析します。

ケース1:滑らかな斜面を滑り落ちる運動

摩擦のない、滑らかな斜面を物体が滑り落ちる場合です。

  • 座標軸: 斜面下向きを正とするx軸、斜面に垂直な上向きを正とするy軸。
  • 力の図示と分解:
    • 重力 \(mg\) → x成分: \(mg\sin\theta\)、y成分: \(-mg\cos\theta\)
    • 垂直抗力 \(N\) → x成分: 0、y成分: \(N\)
  • 立式:
    • y方向(斜面に垂直な方向): 加速度はゼロなので、力のつりあい。\( \sum F_y = N – mg\cos\theta = 0 \)\( \therefore N = mg\cos\theta \)
    • x方向(斜面に平行な方向): 運動方程式を立てる。\( ma_x = \sum F_x \)\( ma = mg\sin\theta \)
  • 解析:運動方程式の両辺から \(m\) を消去すると、\[ a = g\sin\theta \]滑らかな斜面を滑り落ちる物体の加速度は、質量 \(m\) によらず、重力加速度 \(g\) と傾斜角 \(\theta\) だけで決まることがわかります。これは、ガリレオが発見した落体の法則の、斜面バージョンと言えます。

ケース2:粗い斜面を滑り落ちる運動

静止摩擦係数 \(\mu_s\)、動摩擦係数 \(\mu_k\) の粗い斜面を考える場合、まず滑り出すかどうかの判定が必要です。

  • 滑り出す条件の判定:
    • 物体を滑らせようとする力(駆動力)は、重力の斜面平行成分、\(F_{drive} = mg\sin\theta\)。
    • これを妨げる最大の力、最大静止摩擦力は、\(F_{s, \max} = \mu_s N\)。
    • ケース1の結果から、\(N=mg\cos\theta\) なので、\(F_{s, \max} = \mu_s mg\cos\theta\)。
    • したがって、滑り出す条件は、「駆動力が最大静止摩擦力を上回ること」です。\[ mg\sin\theta > \mu_s mg\cos\theta \quad \Rightarrow \quad \tan\theta > \mu_s \]傾斜角のタンジェントが静止摩擦係数より大きい場合にのみ、物体は滑り出します。
  • 滑り落ちるときの加速度:もし物体が滑り出す条件を満たしているならば、運動中は動摩擦力が働きます。
    • 動摩擦力の大きさ: \(f_k = \mu_k N = \mu_k mg\cos\theta\)。
    • 向き: 運動方向(斜面下向き)とは逆の、斜面上向き
    • x方向(斜面下向きを正)の運動方程式:\( ma = (\text{駆動する力}) – (\text{妨げる力}) \)\( ma = mg\sin\theta – f_k \)\[ ma = mg\sin\theta – \mu_k mg\cos\theta \]
    • 加速度 \(a\) は、\[ a = g(\sin\theta – \mu_k \cos\theta) \]となります。

ケース3:粗い斜面を、斜め上向きに引く運動

物体を、斜面と平行に、力 \(F\) で引き上げる場合も考えてみましょう。

  • 運動方程式(斜面を駆け上がる場合):このとき、動摩擦力は運動を妨げる向き、すなわち斜面下向きに働きます。重力の平行成分 \(mg\sin\theta\) も斜面下向きです。
    • x方向(斜面上向きを正)の運動方程式:\( ma = F – mg\sin\theta – f_k \)\[ ma = F – mg\sin\theta – \mu_k mg\cos\theta \]

このように、斜面の問題は、

  1. 座標軸を斜面に沿って設定する。
  2. 重力を \(mg\sin\theta\) と \(mg\cos\theta\) に分解する。という二つの鉄則を守り、あとは問題の状況に応じて、摩擦力の有無や向きを正しく判断して運動方程式を立てれば、必ず解き明かすことができます。これは、力学の応用問題における、思考の型を身につけるための最初の、そして最も重要なステップなのです。

2. 動滑車を含む複数物体系の運動方程式

Module 2では、定滑車(位置が固定された滑車)を介して連結された物体の運動を扱いました。定滑車は、力の「向きを変える」役割を果たしましたが、力の大きさを変えることはありませんでした。

このセクションでは、より複雑で応用的な要素である動滑車 (movable pulley) が含まれる系を分析します。動滑車とは、その名の通り、ロープの動きと共にそれ自体が移動する滑車のことです。動滑車は、力の大きさを変化させる効果(てこの原理に似ています)を持ち、それと同時に、物体間の運動に**束縛条件(constraint)**と呼ばれる特別な関係性を生み出します。この束縛条件を正しく見抜くことが、動滑車問題を攻略する鍵となります。

2.1. 定滑車と動滑車の機能的な違い

まず、二つの滑車の役割を明確に区別しておきましょう。

  • 定滑車 (Fixed Pulley):
    • 軸が固定されており、滑車自体は移動しない。
    • 機能:力の向きを変える。
    • 力の大きさ:理想的な(質量がなく、摩擦もない)定滑車の場合、滑車を挟んだ両側の糸の張力の大きさは等しい。
  • 動滑車 (Movable Pulley):
    • 軸が固定されておらず、ロープと共に滑車自体が移動する。
    • 機能:力の大きさを変える。一般に、より小さな力で重い物体を持ち上げることができる。
    • 力の関係:動滑車を吊るしている一本のロープの両端が、それぞれ張力 \(T\) で上向きに引くとすると、動滑車(とそれに繋がれた物体)を支える力は合計で \(2T\) となる。

2.2. 束縛条件:加速度の間に潜む関係

動滑車問題の核心は、物体間の加速度が同じではないという点にあります。それぞれの物体の運動は、伸び縮みしない一本の糸によって、互いに束縛されています。この束縛から生じる、加速度間の数学的な関係式を束縛条件と呼び、これを運動方程式と連立させて解くことが定石となります。

束縛条件を見つける最も確実な方法は、**「糸の全長が一定である」**という事実から出発することです。

思考実験による束縛条件の導出:

天井に固定された定滑車と、質量 \(M\) の物体Aに付属した動滑車があり、それらを介して質量 \(m\) の物体Bが一本の糸で繋がれている系を考えます。

  1. 基準位置の設定: 天井や定滑車の位置など、動かない場所を基準として、各物体の位置を座標で表します。例えば、鉛直下向きを正として、物体Aの位置を \(x_A\)、物体Bの位置を \(x_B\) とします。
  2. 糸の全長を記述: 糸の全長 \(L\) を、これらの座標を使って表現します。
    • 物体Bから定滑車までの長さは \(x_B\)。
    • 定滑車から動滑車までの糸の部分を考えます。定滑車の位置を \(0\) とすると、動滑車の位置は \(x_A\) です。この部分の糸の長さは、動滑車の両側にそれぞれ \(x_A\) ずつあるので、合計で \(2x_A\) となります。(定滑車と天井の間の微小な長さなどは定数として扱えます)
    • したがって、糸の全長 \(L\) は、およそ \(L = x_B + 2x_A + (\text{定数})\) のように表せます。
  3. 時間で二階微分する: 糸の全長 \(L\) と定数の部分は、時間によって変化しません。したがって、この式を時間 \(t\) で一回微分すると、速度の関係式が得られます。\( 0 = v_B + 2v_A \) (ここで \(v = dx/dt\))さらにもう一回微分すると、加速度の関係式が得られます。\( 0 = a_B + 2a_A \) (ここで \(a = dv/dt\))\[ a_B = -2a_A \]この式が、この系における束縛条件です。これは、「もし物体Aが下向きに加速度 \(a_A\) で運動するなら、物体Bは上向きに、その2倍の加速度 \(2a_A\) で運動する」という物理的な意味を持っています。

直感的な方法:

微積分を使わなくても、変位の関係から直感的に導くことも可能です。「もし物体Aが \(\Delta x\) だけ下に移動すると、Aの両側の糸がそれぞれ \(\Delta x\) だけ緩む。その合計 \(2\Delta x\) の長さの分だけ、物体Bは上に引き上げられる必要がある。」この変位の関係 \(\Delta x_B = -2\Delta x_A\) からも、加速度の関係を類推できます。


2.3. 動滑車を含む系の運動方程式立式プロセス

それでは、具体的な問題を例に、立式のプロセス全体を見ていきましょう。

問題: 前述の思考実験の系で、物体AとBの加速度の大きさを求めよ。糸と滑車の質量、および摩擦は無視できるものとする。

Step 1: 各物体に着目し、力の図示と運動方程式を立てる

  • 着目物体:物体B (質量 m)
    • 鉛直上向きを正とする。物体Bの加速度を \(a_B\) とする。
    • 働く力:重力 \(mg\)(下向き)、張力 \(T\)(上向き)。
    • 運動方程式: \(ma_B = T – mg \quad \cdots ①\)
  • 着目物体:物体A+動滑車 (質量 M)
    • 鉛直下向きを正とする。(こちらの向きの方が、Aが下がる場合を考えやすい)
    • 物体Aの加速度を \(a_A\) とする。
    • 働く力:重力 \(Mg\)(下向き)。動滑車には2本の糸が繋がっており、それぞれが張力 \(T\) で上向きに引いているので、合計 \(2T\) の力が上向きに働く。
    • 運動方程式: \(Ma_A = Mg – 2T \quad \cdots ②\)

Step 2: 束縛条件を立式する

Section 2.2で導出したように、加速度の大きさの間には以下の関係があります。

  • \( |a_B| = 2|a_A| \)ここで、未知数を減らすために、一つの加速度 \(a\) で表現し直します。例えば、物体Aが下向きに加速度 \(a\) で動くと仮定します (\(a_A = a\))。すると、物体Bは上向きに加速度 \(2a\) で動くことになります (\(a_B = 2a\))。この設定を、①と②の式に代入します。
    • ①式(Bについて、上向き正):\(m(2a) = T – mg \quad \cdots ①’\)
    • ②式(Aについて、下向き正):\(Ma = Mg – 2T \quad \cdots ②’\)

Step 3: 連立方程式を解く

これで、未知数が \(a\) と \(T\) の2つ、式が2つの連立方程式になりました。これを解きます。

②’から \(2T = Mg – Ma\) なので、\(T = \frac{1}{2}(Mg – Ma)\)。これを①’に代入します。

\[ 2ma = \frac{1}{2}(Mg – Ma) – mg \]

両辺を2倍して分母を払います。

\[ 4ma = Mg – Ma – 2mg \]

加速度 \(a\) を含む項を左辺に、残りを右辺にまとめます。

\[ 4ma + Ma = Mg – 2mg \]

\[ a(4m + M) = g(M – 2m) \]

\[ \therefore a = \frac{M – 2m}{M + 4m}g \]

これが物体Aの加速度の大きさです。物体Bの加速度の大きさは、この2倍の \(2a\) となります。

考察:

この結果から、\(M > 2m\) の場合にのみ、仮定した通り物体Aが下向きに加速することがわかります。もし \(M < 2m\) ならば \(a\) は負となり、実際にはAが上向きに、Bが下向きに加速することを意味します。\(M=2m\) の場合は \(a=0\) となり、系はつりあって動きません。

動滑車の問題は、一見すると複雑ですが、

  1. 各物体について、通常通り運動方程式を立てる。
  2. 「糸の全長一定」から、加速度間の束縛条件を見つける。
  3. これらを連立させて解く。という定石的な手順に従えば、必ず解き明かすことができます。束縛条件の扱いは、力学の応用力を測る良い指標となります。

3. 連結された物体の運動と内力の扱い

力学の問題では、単一の物体だけでなく、複数の物体が糸で繋がれていたり、互いに接触していたりする「連結体系」が頻繁に登場します。このような系を分析する際には、個々の物体に働く力だけでなく、物体間で及ぼし合う力や、系全体を一つの塊として捉える視点が重要になります。

このセクションでは、連結された物体群を一個の**「系(システム)」として捉える考え方を導入し、系内部で作用する内力と、系の外部から作用する外力**を区別します。この区別を理解することで、問題をより効率的に、かつ本質的に解くための二つのアプローチを使い分けることができるようになります。

3.1. 系・外力・内力の定義

  • 系 (System): 考察の対象として注目している、一つまたは複数の物体の集まりのこと。どこまでを「系」と見なすかは、分析者が問題に応じて任意に設定します。
  • 外力 (External Force)系の外部にある物体から、系内部の物体に及ぼされる力のこと。例えば、2つの箱A, Bを一つの系と見なした場合、地球がA, Bを引く重力や、床がAを押す垂直抗力は外力です。
  • 内力 (Internal Force)系内部の物体同士が、互いに及ぼし合う力のこと。例えば、糸で繋がれた箱A, Bを一つの系と見なした場合、AとBが糸を介して及ぼし合う張力は内力です。

内力の重要な性質

内力は、常に作用・反作用のペアとして現れます。AがBに及ぼす内力と、BがAに及ぼす内力は、大きさが等しく向きが反対です。したがって、系全体として見たとき、すべての内力のベクトル和は必ずゼロになります(\(\sum \vec{F}_{internal} = \vec{0}\))。この性質が、後述する「系全体で考える」アプローチの根拠となります。


3.2. 連結体系の分析:二つのアプローチ

連結体系を分析するには、大きく分けて二つの方法があります。

アプローチ1:各物体について、個別に運動方程式を立てる

これは最も基本的で、どんな問題にも適用できる確実な方法です。

  1. 系を構成する各物体(A, B, C, …)を、それぞれ別々に着目物体とする。
  2. それぞれの物体について、働く力をすべて図示し、運動方程式を立てる。
    • このとき、物体間で及ぼし合う力(張力や接触力など)が内力として、未知数(\(T\) や \(f\) など)の形で方程式に現れる。
  3. すべての物体の運動方程式と、束縛条件(加速度が等しいなど)を連立させて解く。

長所:

  • 系の加速度だけでなく、内力(張力など)の大きさも直接求めることができる
  • 論理的に素直で、間違いが起こりにくい。

短所:

  • 物体の数が増えると、方程式の数も増え、計算が煩雑になることがある。

アプローチ2:系全体を一個の物体と見なして、運動方程式を立てる

これは、特に系の加速度を素早く求めたい場合に非常に有効な方法です。

  1. 連結された物体群全体を、質量が \(M_{total} = m_A + m_B + \dots\) の一個の巨大な物体と見なす。
  2. この「巨大な物体」に働く外力のみを考える。内力は作用・反作用で相殺されるので、完全に無視する。
  3. 系全体の運動方程式を立てる。\[ (\sum \vec{F}{external}) = M{total} \cdot \vec{a}{system} \]ここで、\(\vec{a}{system}\) は系全体の(共通の)加速度である。

長所:

  • 内力を考慮する必要がないため、加速度を非常に素早く求めることができる
  • 系の運動の本質(どの外力が、系全体の質量を加速させているか)を直感的に捉えやすい。

短所:

  • この方法だけでは、内力(張力など)の大きさを求めることはできない

3.3. 具体例によるアプローチの比較

水平で滑らかな床の上に置かれた、質量 \(m_1\) の物体Aと質量 \(m_2\) の物体Bが、軽い糸で繋がれている。物体Bを、水平右向きに力 \(F\) で引く。このときの加速度 \(a\) と、糸の張力 \(T\) を求めよ。

アプローチ1:個別法

  • 着目物体①:物体A (質量 \(m_1\))
    • 働く力(水平方向):張力 \(T\)(右向き)のみ。
    • 運動方程式: \( m_1 a = T \quad \cdots ① \)
  • 着目物体②:物体B (質量 \(m_2\))
    • 働く力(水平方向):引く力 \(F\)(右向き)と、張力 \(T\)(左向き)。
    • 運動方程式: \( m_2 a = F – T \quad \cdots ② \)(糸が伸び縮みしないので、AとBの加速度は共通の \(a\))
  • 求解:①を②に代入して \(T\) を消去する。\( m_2 a = F – (m_1 a) \)\( m_1 a + m_2 a = F \)\( (m_1 + m_2)a = F \)\[ \therefore a = \frac{F}{m_1 + m_2} \]この結果を①に代入して \(T\) を求める。\[ T = m_1 a = \frac{m_1}{m_1 + m_2}F \]

アプローチ2:全体法

  • : 物体Aと物体Bを合わせた全体を一つの系と見なす。
  • 系の全質量: \( M_{total} = m_1 + m_2 \)
  • 外力:
    • 水平方向に働く外力は、物体Bを引く力 \(F\) のみ。
    • 張力 \(T\) は、AとBの間で及ぼし合う内力なので、無視する。
  • 系全体の運動方程式:\[ M_{total} \cdot a = \sum F_{external} \]\[ (m_1 + m_2)a = F \]\[ \therefore a = \frac{F}{m_1 + m_2} \]
  • 内力(張力)の計算:加速度 \(a\) が求まったので、これを個別の物体の運動方程式(例えば①)に適用する。\( T = m_1 a = m_1 \left( \frac{F}{m_1 + m_2} \right) = \frac{m_1}{m_1 + m_2}F \)

結論と戦略

比較してわかる通り、加速度 \(a\) を求めるだけなら、アプローチ2(全体法)の方が圧倒的に速く、計算も簡単です。しかし、内力である張力 \(T\) を求めるためには、結局アプローチ1(個別法)の考え方が必要になります。

したがって、最も賢明な戦略は、

  1. まず全体法を用いて、系の加速度 \(a\) を素早く求める
  2. 次に、求めた加速度 \(a\) を、個別法(最も式が簡単な物体を選ぶと良い)に適用して、内力 \(T\) を求める。というハイブリッドなアプローチです。この使い分けができるようになれば、連結体系の問題を、より深く、かつ効率的に解きこなすことができるようになります。

4. 非慣性系における慣性力の導入

Module 2の冒頭で、私たちはニュートンの運動法則が厳密に成り立つための「正しい舞台」として慣性系の概念を学びました。慣性系とは、静止しているか、あるいは等速直線運動をしている座標系のことでした。そして、発進・停止する電車や、カーブを曲がる車のような加速度運動する座標系非慣性系と呼ばれ、そこでは慣性の法則が見かけ上破れてしまうことを見ました。

では、私たちは非慣性系の中から物理現象を記述することはできないのでしょうか?いいえ、可能です。ただし、そのためには、ニュートンの法則がうまく機能するように、ある「架空の力」を導入するという、巧妙な知的操作が必要になります。その架空の力こそが慣性力 (Inertial Force)、あるいは見かけの力 (Fictitious Force) です。このセクションでは、慣性力とは何か、そして、なぜ、どのようにしてそれを使うのかを探求します。

4.1. 問題の再訪:加速する電車の中の観測者

再び、加速度 \(\vec{a}_0\) で右向きに加速する電車の中にいる、質量 \(m\) の観測者Pさんを考えます。Pさんは、吊り革が進行方向とは逆の左向きに傾いて静止しているのを観察します。

この現象を、二つの異なる視点から分析してみましょう。

  • A. 慣性系からの視点(駅のホームにいる観測者Q)Qさんから見ると、Pさん(と吊り革)は、電車と共に右向きに加速度 \(\vec{a}_0\) で運動しています。なぜ加速しているのか?それは、力が働いているからです。吊り革には、重力 \(mg\) と、糸の張力 \(T\) が働いています。この二つの力の合力が、Pさんを加速させるための力、すなわち \(m\vec{a}_0\) になっているはずです。運動方程式は、\(\vec{T} + m\vec{g} = m\vec{a}_0\)。これは、ニュートンの法則に何ら矛盾しない、一貫した説明です。
  • B. 非慣性系からの視点(電車の中の観測者P)Pさん自身にとって、吊り革は静止しています。静止しているということは、加速度はゼロです。もし、Pさんが慣性系と同じように運動法則を適用しようとすると、「加速度がゼロなのだから、働く力の合力もゼロのはずだ(力のつりあい)」と考えるでしょう。しかし、吊り革に働く現実の力は、重力 \(mg\) と張力 \(T\) の二つだけです。この二つの力の合力は、明らかにゼロではありません(もしゼロなら、張力は重力とつりあい、糸は鉛直に垂れ下がるはず)。「加速度はゼロなのに、合力はゼロでない」。これは、ニュートンの法則 (\(\vec{F}=m\vec{a}\)) が、この非慣性系の中ではそのままでは成り立たないことを示しています。

4.2. 慣性力の導入:方程式を救う「帳尻合わせの力」

非慣性系でもニュートンの法則に似た形の方程式を使えるようにするために、物理学者は次のような「トリック」を考案しました。

「非慣性系の中では、あたかも現実の力に加えて、特別な『見かけの力』が働いているかのように扱えば、つじつまが合うのではないか?」

この特別な見かけの力が、慣性力です。

慣性力の定義は、非慣性系における運動方程式が形式的に成り立つように、逆算して定められます。

導出:

慣性系での運動方程式: \(m\vec{a} = \vec{F}\)

ここで、\(\vec{a}\) は慣性系から見た物体の加速度、\(\vec{F}\) は物体に働く現実の力(重力、張力など)の合力です。

非慣性系が、慣性系に対して加速度 \(\vec{a}_0\) で運動しているとします。非慣性系から見た物体の加速度を \(\vec{a}’\) とすると、加速度の相対的な関係は \(\vec{a} = \vec{a}’ + \vec{a}_0\) となります。

これを元の運動方程式に代入すると、

\[ m(\vec{a}’ + \vec{a}_0) = \vec{F} \]

これを、非慣性系での加速度 \(\vec{a}’\) について整理すると、

\[ m\vec{a}’ = \vec{F} – m\vec{a}_0 \]

この式は、あたかも非慣性系における運動方程式のような形をしています。右辺は、現実の力の合力 \(\vec{F}\) に、\(-m\vec{a}_0\) という余分な項が加わったものと解釈できます。この項を「慣性力」と定義するのです。

慣性力 (Inertial Force) の定義

慣性系に対して加速度 \(\vec{a}0\) で運動している非慣性系において、質量 \(m\) の物体には、現実の力に加えて、見かけの力である慣性力 \(\vec{F}{inertial}\) が働くものとして扱う。

\[ \vec{F}_{inertial} = -m\vec{a}_0 \]

  • 大きさ: \(m a_0\)
  • 向き: 非慣性系の加速度 \(\vec{a}_0\) とは、常に正反対の向き

この慣性力を導入すると、非慣性系における運動方程式は、以下のように書くことができます。

\[ m\vec{a}’ = \vec{F}{real} + \vec{F}{inertial} \]

(非慣性系での運動) = (現実の力) + (見かけの力)


4.3. 慣性力を用いた問題の解法

慣性力というツールを手に入れたことで、先ほどの電車の中のPさんの視点から、問題を再解析できます。

  • Pさんの視点(非慣性系):
    • 電車は右向きに加速度 \(\vec{a}_0\) で運動している。
    • したがって、電車内のすべての物体には、左向きに、大きさ \(ma_0\) の慣性力が働くものとして考える。
    • 吊り革(質量m)には、以下の3つの力が働いていることになる。
      1. 重力 \(mg\) (下向き)
      2. 張力 \(T\) (斜め左上向き)
      3. 慣性力 \(ma_0\) (左向き)
    • Pさんから見て、吊り革は静止している (\(\vec{a}’ = \vec{0}\))。
    • したがって、これらの3つの力はつりあっているはずである。\( \vec{T} + m\vec{g} + (-m\vec{a}_0) = \vec{0} \)
    • この力のつりあいの式を解けば、張力 \(T\) や糸の傾斜角を求めることができる。

どちらの視点で解くべきか?

慣性系からの視点(運動方程式を立てる)と、非慣性系からの視点(慣性力を導入して力のつりあいを考える)、どちらで解いても、得られる物理的な結論(張力の大きさなど)は全く同じです。

多くの場合、

  • 地面にいる観測者から見て、物体の運動が複雑に見える場合(例:回転する円盤の上の運動)
  • 非慣性系にいる観測者から見ると、物体が静止しているように見える場合には、慣性力を導入して非慣性系で考えた方が、問題が「力のつりあい」という静的な問題に帰着されるため、直感的に理解しやすく、計算が簡単になることがあります。

慣性力は、実際に存在する力ではなく、あくまで加速度運動する座標系から物事を見るために導入された「便法」「帳尻合わせの力」です。しかし、この概念は、次のセクションで学ぶ遠心力や、さらには一般相対性理論における重力の解釈にまで繋がる、非常に奥深い考え方なのです。


5. 遠心力の定義と見かけの力としての性質

慣性力の中でも、最も身近で、かつ重要な例が遠心力 (Centrifugal Force) です。遠心力は、私たちが遊園地の回転する乗り物や、急カーブを曲がる車の中で体感する、外側に放り出されるような感覚の正体です。

しかし、物理学的には、遠心力は回転という加速度運動をする非慣性系においてのみ現れる、見かけの力です。静止した慣性系から見れば、そこに「遠心力」という力は存在しません。このセクションでは、遠心力が見かけの力であるとはどういうことか、そして、円運動を記述する上で中心的な役割を果たす向心力 (Centripetal Force) との関係を、二つの視点を比較しながら徹底的に解き明かします。

5.1. 二つの視点:慣性系 vs. 回転系

角速度 \(\omega\) で回転する円盤の上で、質量 \(m\) の物体が、円盤の中心から距離 \(r\) の位置で、円盤と共に回転している(円盤に対して静止している)状況を考えます。

A. 慣性系からの視点(地面にいる観測者)

地面にいる観測者から見ると、この物体は等速円運動をしています。

  • 等速円運動は、速度の「向き」が常に変化しているため、加速度運動です。
  • その加速度は、常に円の中心を向いており、これを向心加速度 (centripetal acceleration) と呼びます。大きさは \(a_c = r\omega^2\)(または \(v^2/r\))です。
  • 運動方程式 \(\vec{F}=m\vec{a}\) によれば、中心向きの加速度 \(a_c\) が生じているからには、必ず中心向きの合力が働いているはずです。
  • この、物体に円運動をさせるために必要な、中心向きの力のことを向心力 (Centripetal Force) と呼びます。\[ F_c = ma_c = mr\omega^2 \]

向心力は「力の種類」の名前ではない

重要なのは、向心力とは、重力や張力のような「力の種類」の名前ではない、ということです。向心力とは、円運動を実現している力の合力の、中心方向成分に対する「役割名」です。

  • 惑星が太陽の周りを回る場合 → 太陽の万有引力が向心力の役割を果たす。
  • 糸に繋がれたおもりが回転する場合 → 糸の張力が向心力の役割を果たす。
  • カーブを曲がる車の場合 → タイヤと路面の摩擦力が向心力の役割を果たす。

慣性系から見れば、この物体には中心向きの向心力が働いているからこそ、円運動ができているのです。外向きの力、すなわち「遠心力」はどこにも存在しません。


5.2. 遠心力の導入

B. 回転系からの視点(円盤と共に回転する観測者)

次に、円盤の上に立って、物体と一緒に回転している観測者の視点に移ります。この観測者にとって、物体は目の前で静止しています。

  • この観測者のいる座標系は、回転という加速度運動をしている非慣性系です。
  • この観測者から見ると、物体は静止している(加速度ゼロ)ので、物体に働く力の合力はゼロ(力のつりあい)になっているはずです。
  • しかし、この物体に働く現実の力は、何かが中心向きに引っ張る力(例えば、ばねや糸の張力、あるいは摩擦力)、すなわち向心力 \(F_c\) のみです。
  • もし現実の力だけを考えるなら、「中心向きの力 \(F_c\) が働いているのに、なぜ物体は静止しているんだ?」という矛盾に陥ります。

この矛盾を解消するために導入されるのが、慣性力の一種である遠心力です。

遠心力の定義

回転系は、円運動の中心に向かって向心加速度 \(a_c\) で常に加速し続けている非慣性系です。

したがって、慣性力の定義 \(\vec{F}{inertial} = -m\vec{a}{frame}\) に従い、この系では、座標系の加速度 \(\vec{a}_c\) とは逆向き、すなわち**円の中心から遠ざかる向き(外向き)**に、慣性力が働くものとして考えます。これが遠心力です。

遠心力 (Centrifugal Force) の定義

角速度 \(\omega\)、半径 \(r\) で回転する非慣性系において、質量 \(m\) の物体には、現実の力に加えて、見かけの力である遠心力 \(F_{cf}\) が働くものとして扱う。

  • 大きさ: \(F_{cf} = m \times (\text{向心加速度}) = mr\omega^2 = \frac{mv^2}{r}\)
  • 向き: 回転の中心から半径方向外向き

5.3. 遠心力を用いた力のつりあい

遠心力を導入することで、回転系にいる観測者は、目の前の現象を「力のつりあい」として矛盾なく説明できるようになります。

  • 回転系からの力の分析:物体には、以下の二つの力が働いていると考える。
    1. 向心力 \(F_c\): 現実の力。ばねや張力など。中心向き。
    2. 遠心力 \(F_{cf}\): 見かけの力。外向き。
  • 力のつりあい:物体は回転系に対して静止しているので、これらの力はつりあっている。\[ (\text{中心向きの力}) – (\text{外向きの力}) = 0 \]\[ F_c – F_{cf} = 0 \]\[ F_c – mr\omega^2 = 0 \quad \Rightarrow \quad F_c = mr\omega^2 \]この式は、慣性系から立てた運動方程式と全く同じ形をしています。しかし、その解釈は異なります。
    • 慣性系の解釈: 「向心力 \(F_c\) が原因となって、物体は \(mr\omega^2\) という運動(加速度運動)をしている」
    • 回転系の解釈: 「向心力 \(F_c\) と遠心力 \(mr\omega^2\) がつりあっているので、物体は静止している」

どちらの視点を使うべきか

結論は、どちらの視点でも同じ物理現象を正しく記述できます。

  • **慣性系(向心力モデル)**は、力の原因と運動の結果という因果関係を直接的に捉える、より根本的な視点です。
  • **非慣性系(遠心力モデル)**は、回転する観測者にとっての「直感」に近く、特に回転系内で物体が静止したり、ゆっくり動いたりする問題を「力のつりあい」としてシンプルに扱えるというメリットがあります。例えば、遠心分離機や、人工衛星内の無重力状態などを考える際に非常に有効です。

重要なのは、この二つの視点を混同しないことです。「慣性系から見ているのに遠心力を登場させる」のは、最も典型的な誤りです。遠心力は、あくまで回転という非慣性系に足を踏み入れたときにだけ現れる、便利な「幽霊」のような力だと心得ておきましょう。


6. 浮力の原理とアルキメデスの法則

水中の物体が軽く感じられたり、船が水に浮かんだり、風船が空に昇っていったり。これらの現象の背後には、**流体(液体や気体の総称)**が、その中にある物体を押し上げようとする力、浮力 (Buoyancy) が働いています。

浮力は、一見すると不思議な力に思えるかもしれませんが、その正体は、流体の圧力です。このセクションでは、浮力がなぜ生じるのかを圧力の観点から解き明かし、その大きさを驚くほどシンプルに記述するアルキメデスの法則 (Archimedes’ Principle) を学びます。

6.1. 浮力の発生源:流体圧力の深さによる違い

なぜ流体は物体を押し上げるのでしょうか?その答えは、**「流体の圧力は、深さに比例して増大する」**という性質にあります。

水中に置かれた、高さ \(h\)、断面積 \(S\) の角柱を考えてみましょう。

  • 角柱の上面は、深さ \(d_1\) の位置にあるとします。この上面には、その上の水柱の重さによって、下向きに圧力 \(p_1\) がかかります。上面が受ける力の大きさは \(F_1 = p_1 S\)。
  • 角柱の下面は、深さ \(d_2 = d_1 + h\) の位置にあります。下面の方が上面より深い位置にあるため、より大きな圧力 \(p_2\) が上向きにかかります。下面が受ける力の大きさは \(F_2 = p_2 S\)。
  • 角柱の側面にも水圧はかかりますが、左右の面で働く力は互いに打ち消し合います。

したがって、この角柱が流体から受ける鉛直方向の合力は、下面が受ける上向きの力 \(F_2\) と、上面が受ける下向きの力 \(F_1\) の差になります。

\[ F_{buoyant} = F_2 – F_1 = (p_2 – p_1)S \]

\(p_2 > p_1\) なので、この合力は必ず上向きになります。これこそが、浮力の正体です。浮力は、物体の下面と上面における圧力差によって生じる、上向きの力なのです。


6.2. アルキメデスの法則

古代ギリシャの科学者アルキメデスは、この圧力差から生じる力の大きさが、ある驚くほど単純な法則に従うことを発見しました。

アルキメデスの法則 (Archimedes’ Principle)

流体中の物体が受ける浮力の大きさは、その物体が押しのけた(排除した)流体の重さに等しい。

これを数式で表現してみましょう。

  • 流体の密度を \(\rho_f\) (rho-fluid) [kg/m³] とします。
  • 物体の体積のうち、流体中に沈んでいる部分の体積を \(V_{sub}\) (V-submerged) [m³] とします。
  1. 押しのけた流体の体積: 物体が流体中に \(V_{sub}\) の体積だけ沈むと、その分の流体が元あった場所から押しのけられます。押しのけられた流体の体積は、まさしく \(V_{sub}\) です。
  2. 押しのけた流体の質量: 押しのけられた流体の質量 \(m_f\) は、「密度 × 体積」なので、\(m_f = \rho_f V_{sub}\) となります。
  3. 押しのけた流体の重さ: 押しのけられた流体にはたらく重力、すなわちその「重さ」は、\(W_f = m_f g = \rho_f V_{sub} g\) となります。

アルキメデスの法則によれば、この「押しのけた流体の重さ」が、物体に働く浮力の大きさに等しいのです。

浮力の公式

\[ F_B = \rho_f V_{sub} g \]

(BはBuoyancyの意)

この法則は、物体の形状が複雑な場合でも、物体の材質が何であっても(ただし、物体自身が変形しないと仮定)、常に成り立ちます。先ほどの圧力差の式 \(F_B = (p_2 – p_1)S\) を、流体の圧力公式 \(p = \rho_f g d\) を使って計算しても、同じ結果が導かれます。


6.3. 浮き沈みの条件

物体の浮き沈みは、その物体に働く重力浮力の大小関係によって決まります。物体の質量を \(M\)、体積を \(V\)、密度を \(\rho_{obj}\) (\(M = \rho_{obj}V\)) とします。

物体を完全に流体中に沈めた(\(V_{sub} = V\))と仮定して、二つの力を比較します。

  • 重力 (下向き): \(W = Mg = \rho_{obj}Vg\)
  • 浮力 (上向き): \(F_B = \rho_f Vg\)

1. 物体が沈む条件

もし、重力が浮力より大きい場合 (\(W > F_B\))、物体は下向きに加速し、容器の底まで沈んでいきます。

\( \rho_{obj}Vg > \rho_f Vg \quad \Rightarrow \quad \rho_{obj} > \rho_f \)

物体の密度が、流体の密度より大きい場合、物体は沈みます。鉄の塊が水に沈むのはこのためです。

2. 物体が浮く条件

もし、重力が浮力より小さい場合 (\(W < F_B\))、物体は上向きに加速し、水面まで浮上します。

\( \rho_{obj}Vg < \rho_f Vg \quad \Rightarrow \quad \rho_{obj} < \rho_f \)

物体の密度が、流体の密度より小さい場合、物体は浮きます。木片が水に浮くのはこのためです。

3. 浮いている物体のつりあい

水面に浮かんでいる物体は、静止しているので、力のつりあいが成り立っています。

このとき、物体は体積の一部のみを水中に沈めています(その体積を \(V_{sub}\) とする)。

力のつりあいの式は、

\( (\text{重力}) = (\text{浮力}) \)

\[ Mg = \rho_f V_{sub} g \]

\[ \rho_{obj}Vg = \rho_f V_{sub} g \]

この式から、物体がどれくらいの割合だけ水中に沈むか(\(V_{sub}/V\))を計算できます。

\[ \frac{V_{sub}}{V} = \frac{\rho_{obj}}{\rho_f} \]

例えば、氷の密度が約 920 kg/m³、水の密度が約 1000 kg/m³ なので、氷山が水に浮かぶとき、その体積の約92% (920/1000) が水面下に沈んでいることがわかります。これが「氷山の一角」という言葉の物理的な根拠です。

アルキメデスの法則は、流体力学の基本的な原理であると同時に、船の設計や気球の飛行原理など、工学的に非常に重要な応用を持つ、エレガントで強力な法則なのです。


7. 空気抵抗を受ける物体の運動と終端速度

これまでの多くの議論では、計算を単純化するために、空気抵抗を無視してきました。しかし、現実の世界、特に高速で運動する物体にとっては、空気抵抗 (Air Resistance / Drag) は無視できない大きな力となります。スカイダイバーが落下する様子や、羽がひらひらと舞い落ちる様子は、空気抵抗の効果を雄弁に物語っています。

空気抵抗を考慮に入れると、物体の運動はもはや単純な等加速度運動ではなくなります。このセクションでは、空気抵抗が運動にどのような影響を与えるかを定性的に理解し、その結果として現れる終端速度 (Terminal Velocity) という重要な概念について学びます。

7.1. 空気抵抗の性質

空気抵抗は、物体が空気中を運動するときに、空気から受ける抵抗力です。その本質は、物体が前方の空気を押しのけ、また物体の表面と空気との間に摩擦が生じることによるものです。空気抵抗には、以下のような重要な性質があります。

  • 向き: 常に物体の運動方向とは逆向きに働きます。運動を妨げる力である点は、動摩擦力と似ています。
  • 速度依存性: これが動摩擦力との決定的な違いです。空気抵抗の大きさは、物体の速さに依存して変化します。具体的には、速さが大きいほど、空気抵抗も大きくなります。
  • その他の依存性: 空気抵抗の大きさは、速さだけでなく、
    • 物体の形状: 流線形の物体は抵抗が小さく、断面積が大きい平たい物体は抵抗が大きい。
    • 空気の密度: 空気の密度が高いほど(=地表に近いほど)、抵抗は大きくなる。にも依存します。

7.2. 終端速度への到達プロセス

空気抵抗の速度依存性という性質は、自由落下運動の様相を一変させます。質量 \(m\) の物体(例えばスカイダイバー)が、十分に高い場所から落下するプロセスを段階的に追ってみましょう。

Phase 1: 落下開始直後 (t ≈ 0)

  • 速度 \(v\) はほぼゼロです。
  • 空気抵抗 \(f\) もほぼゼロです。
  • 物体に働く合力は、ほぼ重力 \(mg\) のみです(下向き)。
  • したがって、運動方程式は \(ma \approx mg\) となり、加速度 \(a\) はほぼ重力加速度 \(g\) に等しくなります。物体は、自由落下に近い形で加速を始めます。

Phase 2: 加速中

  • 落下して速度 \(v\) が増すにつれて、上向きに働く空気抵抗 \(f\) も増大していきます。
  • 物体に働く下向きの合力は、\(F_{net} = mg – f\) となります。
  • 空気抵抗 \(f\) が大きくなるため、合力 \(F_{net}\) は徐々に減少していきます。
  • 運動方程式 \(ma = mg – f\) より、合力が減少するのに伴い、物体の加速度 \(a\) も徐々に小さくなっていきます。加速のペースが鈍るわけです。

Phase 3: 終端速度への到達

  • 速度 \(v\) がさらに増し、ついに空気抵抗 \(f\) の大きさが、重力 \(mg\) の大きさと等しくなる瞬間が訪れます。\[ f = mg \]
  • このとき、物体に働く合力は \(F_{net} = mg – f = 0\) となります。
  • 合力がゼロなので、運動方程式 \(ma = 0\) より、物体の加速度はゼロ (\(a=0\)) となります。
  • 加速度がゼロであるとは、もはやそれ以上速度が増加しないことを意味します。物体は、このときの速度を保ったまま、等速直線運動を続けます。

この、空気抵抗と重力がつりあった結果として到達する、一定の最大落下速度のことを終端速度 (Terminal Velocity) と呼びます。


7.3. 運動のグラフによる理解

この一連のプロセスを、時間と速度、加速度の関係を示すグラフで見てみましょう。

  • 加速度-時間 (a-t) グラフ:
    • 時刻 \(t=0\) で、加速度は最大値 \(g\) から始まります。
    • 時間が経つにつれて、速度が増加し、空気抵抗が増えるため、加速度は単調に減少していきます。
    • 最終的に、加速度はゼロに漸近していきます。
  • 速度-時間 (v-t) グラフ:
    • 時刻 \(t=0\) で、速度はゼロから始まります。
    • グラフの傾きは加速度を表すので、最初は傾きが最も急(傾き \(g\))です。
    • 時間が経つにつれて、加速度が減少するため、グラフの傾きは徐々に緩やかになっていきます。
    • 最終的に、傾きがゼロ(水平)になり、速度は一定の値、すなわち終端速度 \(v_t\) に収束します。

このv-tグラフの形は、横軸を時間、縦軸を速度とした指数関数的な曲線を描きます。

終端速度の重要性

終端速度の概念は、多くの現実的な現象を説明します。

  • 雨粒: もし空気抵抗がなければ、雨粒は上空数キロから自由落下し、地表に達する頃には音速を超える計算になります。しかし、実際には早い段階で終端速度(大きさによるが、時速20〜30km程度)に達するため、私たちは雨に打たれても怪我をしません。
  • スカイダイビング: スカイダイバーは、パラシュートを開く前、約時速200kmの終端速度で落下します。パラシュートを開くと、空気抵抗を受ける面積が劇的に増大するため、新しい、より遅い終端速度(時速20km程度)に急激に減速し、安全に着地できるのです。

空気抵抗は、運動方程式をより複雑(非線形)にしますが、それによって終端速度という新しい、興味深い物理現象が生じます。これは、理想化されたモデルから、より現実の世界に近い物理へと踏み出す、重要な一歩と言えるでしょう。


8. 流体中の抵抗力:速度に比例する場合

前セクションで、空気抵抗を受ける物体の運動と終端速度について定性的に学びました。その際、空気抵抗の大きさは「速さが大きいほど大きくなる」とだけ述べましたが、その具体的な関数形はどのようなものでしょうか。

流体中の物体が受ける抵抗力の大きさは、物体の速さや流体の性質によって複雑に変化しますが、物理学のモデルとしては、主に二つの単純なケースがよく扱われます。

  1. 抵抗力が速度 \(v\) に比例する場合 (低速時)
  2. 抵抗力が速度の2乗 \(v^2\) に比例する場合 (高速時)

このセクションでは、特に数学的な扱いが比較的容易で、物理的な洞察を得やすい、抵抗力が速度 \(v\) に比例する場合に焦点を当て、運動方程式を具体的に立てて解析します。

8.1. 抵抗力のモデル:f = kv

粘性の高い流体中を、物体が比較的ゆっくりと運動する場合、抵抗力の大きさ \(f\) は、物体の速さ \(v\) にほぼ比例することが知られています。これを式で表すと、

\[ f = kv \]

となります。

  • \(k\)抵抗比例定数と呼ばれる正の定数です。この値は、
    • 流体の粘性(ねばりけの度合い)
    • 物体の大きさや形状によって決まります。例えば、球状の物体が受ける抵抗力に関するストークスの法則では、\(k = 6\pi\eta r\)(\(\eta\)は粘性率、\(r\)は球の半径)と具体的な形で与えられます。

このモデルは、例えば油の中を小さな鉄球が沈んでいくような状況や、霧の中を雨粒がゆっくりと落下するような状況の良い近似となります。


8.2. 運動方程式の立式と微分方程式

質量 \(m\) の物体が、この \(f=kv\) という抵抗力を受けながら、重力によって鉛直下向きに落下する運動を考えます。

鉛直下向きを正として、運動方程式を立ててみましょう。

  • 物体に働く力:
    • 重力: \(mg\) (下向き、正)
    • 抵抗力: \(f = kv\) (運動方向とは逆、すなわち上向きなので、負)
  • 運動方程式 (\(ma = \sum F\)):\[ ma = mg – kv \]

ここで、加速度 \(a\) は速度 \(v\) の時間微分 (\(a = dv/dt\)) ですから、この式は次のように書き換えられます。

\[ m\frac{dv}{dt} = mg – kv \]

この方程式は、未知の関数 \(v(t)\) と、その導関数 \(dv/dt\) を含む関係式です。このような方程式を微分方程式 (differential equation) と呼びます。物理法則を数学の言葉で表現すると、しばしばこのような微分方程式の形をとります。この方程式を「解く」とは、この関係を満たすような関数 \(v(t)\) の具体的な形を求めることを意味します。


8.3. 終端速度の導出

この微分方程式を厳密に解くには大学レベルの数学が必要ですが、終端速度 \(v_t\) を求めるだけであれば、より簡単な物理的考察から可能です。

終端速度とは、前セクションで学んだように、落下速度が一定になった状態、すなわち加速度がゼロ (\(a=0\)) になった状態です。

したがって、運動方程式 \(ma = mg – kv\) に、\(a=0\) を代入すれば、そのときの速度、すなわち終端速度 \(v_t\) を求めることができます。

\[ m \cdot 0 = mg – kv_t \]

\[ 0 = mg – kv_t \]

\[ kv_t = mg \]

\[ \therefore v_t = \frac{mg}{k} \]

この結果は、非常に直感的な物理的意味を持っています。

  • 終端速度は、物体の重さ \(mg\) に比例する。→ 重い物体ほど、終端速度は大きい
  • 終端速度は、抵抗比例定数 \(k\) に反比例する。→ 抵抗を受けやすい(\(k\)が大きい)物体ほど、終端速度は小さい

例えば、同じ大きさと形の、鉄球とプラスチック球を油の中に落とした場合、重い鉄球の方が速い終端速度に達します。また、同じ質量の、小さな球と大きなパラシュートを落下させた場合、抵抗を受けやすいパラシュートの方がはるかに遅い終端速度になります。


8.4. (発展)微分方程式の解法と速度の時間変化

参考までに、この微分方程式を解くと、時刻 \(t\) における速度 \(v(t)\) がどのように表されるかを見てみましょう。(この解法自体は高校範囲を超えます)

微分方程式 \(m\frac{dv}{dt} = mg – kv\) は、変数分離法と呼ばれる手法で解くことができます。

式を整理すると、\(\frac{dv}{mg-kv} = \frac{dt}{m}\)。

両辺を積分すると、

\( -\frac{1}{k} \ln|mg-kv| = \frac{t}{m} + C \)(Cは積分定数)

となり、これを \(v\) について解くと、初期条件 \(t=0\) で \(v=0\) を考慮すると、最終的に以下の解が得られます。

\[ v(t) = \frac{mg}{k} \left( 1 – e^{-\frac{k}{m}t} \right) \]

ここで、\(e\) は自然対数の底(ネイピア数)です。

この式は、前セクションで述べたv-tグラフの形状を、見事に数学的に表現しています。

  • \(t=0\) のとき、\(e^0=1\) なので、\(v(0) = \frac{mg}{k}(1-1) = 0\)。速度はゼロから始まります。
  • \(t \to \infty\) のとき、\(e^{-\infty} \to 0\) なので、\(v(\infty) \to \frac{mg}{k}(1-0) = \frac{mg}{k}\)。速度は時間とともに、終端速度 \(v_t = mg/k\) に漸近していきます。

このように、運動方程式を微分方程式として捉える視点は、物体の運動の時間的な変化の様子を、より深く、かつ定量的に理解することを可能にします。抵抗力 \(f=kv\) のモデルは、そのための第一歩となる、重要な物理モデルなのです。


9. 運動方程式の積分による速度と位置の導出

これまでのモジュールで、私たちは運動方程式 \(\vec{F}=m\vec{a}\) が動力学の根幹であることを繰り返し学んできました。この方程式は、物体に働く力の情報から、その瞬間の「加速度」を教えてくれます。

では、加速度が分かれば、そこから物体の「速度」や「位置」を知ることはできるのでしょうか。答えはイエスです。そのために用いる数学的な操作が積分 (Integration) です。このセクションでは、動力学(力の法則)と運動学(運動の記述)が、微積分を介してどのように結びついているかを再確認し、運動方程式を積分することで、物体の未来の運動を完全に予測するプロセスを探求します。

9.1. 微分と積分の可逆的な関係

まず、Module 1で学んだ、位置、速度、加速度の間の微分関係を思い出しましょう。

  • 速度 \(\vec{v}\) は、位置 \(\vec{x}\) の時間微分です:\(\vec{v} = \frac{d\vec{x}}{dt}\)
  • 加速度 \(\vec{a}\) は、速度 \(\vec{v}\) の時間微分です:\(\vec{a} = \frac{d\vec{v}}{dt}\)

数学において、積分は微分の「逆演算」です。この関係を用いると、上記のプロセスを逆にたどることができます。

  • 速度 \(\vec{v}\) は、加速度 \(\vec{a}\) を時間で積分することで得られます。
  • 位置 \(\vec{x}\) は、速度 \(\vec{v}\) を時間で積分することで得られます。

この関係を、運動方程式と組み合わせることで、力から位置までの一貫した論理の流れが完成します。


9.2. 力から運動を予測する全プロセス

ある物体の運動を、その物体に働く力の法則と、ある瞬間の初期状態から、完全に予測するための全プロセスは以下のようになります。

【力 → 加速度 → 速度 → 位置 の導出プロセス】

Step 1: 力の法則から加速度を求める

まず、物体に働く力の合力 \(\vec{F}\) を特定します。この力は、時間 \(t\) や位置 \(\vec{x}\)、速度 \(\vec{v}\) の関数として与えられることがあります。

運動方程式 \(\vec{F} = m\vec{a}\) を \(\vec{a}\) について解くことで、加速度を求めます。

\[ \vec{a}(t, \vec{x}, \vec{v}) = \frac{\vec{F}(t, \vec{x}, \vec{v})}{m} \]

Step 2: 加速度を積分して速度を求める

加速度 \(\vec{a}(t)\) が時間の関数として分かれば、これを時刻 \(0\) から \(t\) まで積分することで、時刻 \(t\) における速度 \(\vec{v}(t)\) を求めることができます。

\[ \vec{v}(t) = \vec{v}_0 + \Delta \vec{v} = \vec{v}_0 + \int_0^t \vec{a}(t’) dt’ \]

ここで、\(\vec{v}_0\) は時刻 \(t=0\) における初速度であり、積分定数としての役割を果たします。\(t’\) は積分変数であることを示すために用いています。

Step 3: 速度を積分して位置を求める

次に、Step 2で求めた速度 \(\vec{v}(t)\) を、さらに時刻 \(0\) から \(t\) まで積分することで、時刻 \(t\) における位置 \(\vec{x}(t)\) を求めることができます。

\[ \vec{x}(t) = \vec{x}_0 + \Delta \vec{x} = \vec{x}_0 + \int_0^t \vec{v}(t’) dt’ \]

ここで、\(\vec{x}_0\) は時刻 \(t=0\) における初期位置であり、こちらも積分定数としての役割を担います。

結論:

物体に働く力の法則(\(\vec{F}\) の形)と、ある時刻における初期条件(そのときの位置 \(\vec{x}_0\) と速度 \(\vec{v}_0\))が分かっていれば、運動方程式を解き、積分を二回行うことで、その後の任意の時刻における物体の位置と速度、すなわち運動の全貌(軌道)を完全に決定できるのです。これこそが、ニュートン力学が持つ驚異的な「予測能力」の根幹です。


9.3. 具体例:力が時間に比例して増加する場合

このプロセスを、具体的な例で体験してみましょう。

問題: 質量 \(m\) の物体が、時刻 \(t=0\) に原点 \(x=0\) で静止していた。この物体に、時刻 \(t=0\) から、時間に比例して増加する力 \(F(t) = ct\)(\(c\)は正の定数)をx軸の正の向きに加えた。任意の時刻 \(t\) における物体の速度 \(v(t)\) と位置 \(x(t)\) を求めよ。

Step 1: 力から加速度を求める

運動方程式 \(ma = F\) より、

\( ma(t) = ct \)

\[ a(t) = \frac{c}{m}t \]

加速度は、時間に比例して増加することがわかります。

Step 2: 加速度を積分して速度を求める

初期条件は、\(t=0\) で静止していたので、初速度 \(v_0 = 0\)。

\( v(t) = v_0 + \int_0^t a(t’) dt’ = 0 + \int_0^t \left(\frac{c}{m}t’\right) dt’ \)

積分を実行すると、

\( v(t) = \frac{c}{m} \left[ \frac{1}{2}t’^2 \right]_0^t = \frac{c}{m} \left( \frac{1}{2}t^2 – 0 \right) \)

\[ \therefore v(t) = \frac{c}{2m}t^2 \]

速度は、時間の2乗に比例して増加します。

Step 3: 速度を積分して位置を求める

初期条件は、\(t=0\) に原点にいたので、初期位置 \(x_0 = 0\)。

\( x(t) = x_0 + \int_0^t v(t’) dt’ = 0 + \int_0^t \left(\frac{c}{2m}t’^2\right) dt’ \)

積分を実行すると、

\( x(t) = \frac{c}{2m} \left[ \frac{1}{3}t’^3 \right]_0^t = \frac{c}{2m} \left( \frac{1}{3}t^3 – 0 \right) \)

\[ \therefore x(t) = \frac{c}{6m}t^3 \]

位置は、時間の3乗に比例して原点から離れていきます。

等加速度運動との比較

私たちがModule 1で学んだ等加速度直線運動の公式は、この積分のプロセスの、加速度 \(a\) が定数であるという最も単純な特殊ケースに他なりません。

  • \(a(t) = a\) (定数)
  • \(v(t) = v_0 + \int_0^t a dt’ = v_0 + at\)
  • \(x(t) = x_0 + \int_0^t (v_0 + at’) dt’ = x_0 + v_0t + \frac{1}{2}at^2\)これは、まさしく見慣れた公式そのものです。

この積分によるアプローチを理解することで、力が一定でない、より現実的で複雑な状況にも対応できるようになります。運動方程式は、単に力と加速度の関係を示すだけでなく、その積分を通じて、運動の過去から未来までを貫く物語を記述するための、壮大な出発点となるのです。


10. 複数の力が働く場合の合力のベクトル的考察

本モジュールの締めくくりとして、運動方程式 \(\vec{F}{net} = m\vec{a}\) の左辺、すなわち合力 (Net Force) \(\vec{F}{net}\) の扱いについて、改めてその重要性と具体的な計算方法を深く考察します。

現実の物理現象では、物体に単一の力が働くことの方が稀です。多くの場合、重力、垂直抗力、張力、摩擦力、あるいは外部から加えられる複数の力が、同時に一つの物体に作用します。物体の運動を決定するのは、これらの個々の力そのものではなく、あくまでそれらをベクトル的にすべて足し合わせた結果である「合力」です。

この合力を正確に求める能力は、力学の問題解決における最も基本的な計算技術です。このセクションでは、複数の力が働く複雑な状況において、合力をベクトルとして正確に計算するための、体系的な手順を再確認します。

10.1. 合力:運動を引き起こす「正味の力」

運動方程式 \(\vec{F}{net} = m\vec{a}\) は、「正味の力(合力)が正味の運動(加速度)を生む」という因果関係を示しています。ここで、合力 \(\vec{F}{net}\) は、物体に働くすべての力 \(\vec{F}_1, \vec{F}_2, \vec{F}_3, \dots\) のベクトル和として定義されます。

\[ \vec{F}{net} = \sum{i} \vec{F}_i = \vec{F}_1 + \vec{F}_2 + \vec{F}_3 + \dots \]

力のベクトル和を計算するには、主に二つの方法があります。

  1. 図形的な方法(頭-尾法、平行四辺形の法則):力のベクトルを矢印として描き、それらをつなぎ合わせることで合力ベクトルを作図する方法です。力の数が少ない場合には直感的で有効ですが、正確な大きさと向きを求めるには、三角関数などを用いた幾何学的な計算が必要になります。
  2. 代数的な方法(成分分解法):こちらが、より一般的で強力、かつ機械的に実行できる方法です。各力ベクトルを、直交する座標系の成分(x成分、y成分)に分解し、成分ごとに和を計算します。

10.2. 合力計算のアルゴリズム(成分分解法)

複数の力が働く状況で、合力を正確に計算するための手順は以下の通りです。これは、Module 2, Section 10で学んだ「運動方程式立式アルゴリズム」の、特に力の計算部分を詳細化したものです。


【合力計算アルゴリズム】

Step 1: 問題設定と座標系の確立

  • 物理的な状況を理解し、力を受ける着目物体を決定する。
  • 計算の基準となる**直交座標系(x-y軸)**を設定する。軸の向きは、後の計算が最も楽になるように戦略的に選ぶ(例:加速度の向きに合わせる)。

Step 2: 全ての力の図示

  • 着目物体に働く力を、フリーボディダイアグラムとしてすべて描き出す。
    • 重力、接触力(垂直抗力、摩擦力、張力など)を漏れなくリストアップする。

Step 3: 各力の成分分解

  • Step 2で図示した各力ベクトル \(\vec{F}i\) を、Step 1で設定した座標軸に沿った**x成分 \(F{ix}\) とy成分 \(F_{iy}\) に分解**する。
  • 座標軸に対して斜めを向いている力は、三角関数を用いて \(F_{ix} = F_i \cos\theta\), \(F_{iy} = F_i \sin\theta\) のように計算する。このとき、角度 \(\theta\) の取り方に注意し、符号(正負)を正しく判断する。

Step 4: 成分ごとの力の総和

  • すべての力のx成分を代数的に足し合わせ、合力のx成分 \(F_{net, x}\) を求める。\[ F_{net, x} = \sum_{i} F_{ix} = F_{1x} + F_{2x} + F_{3x} + \dots \]
  • 同様に、すべての力のy成分を代数的に足し合わせ、合力のy成分 \(F_{net, y}\) を求める。\[ F_{net, y} = \sum_{i} F_{iy} = F_{1y} + F_{2y} + F_{3y} + \dots \]

Step 5: 合力の大きさと向きの計算(必要な場合)

  • 合力のx成分とy成分が求まれば、合力ベクトル \(\vec{F}_{net}\) は \((_{net, x}, F_{net, y})\) として完全に特定されたことになる。
  • 合力ベクトルの大きさ \(|\vec{F}{net}|\) は、三平方の定理を用いて計算できる。\[ |\vec{F}{net}| = \sqrt{(F_{net, x})^2 + (F_{net, y})^2} \]
  • 合力ベクトルの向き \(\phi\) は、逆三角関数を用いて計算できる。\[ \tan\phi = \frac{F_{net, y}}{F_{net, x}} \]

10.3. 実践例:複数の力が働く箱

状況: 質量 \(m\) の箱が、水平で粗い床(動摩擦係数 \(\mu_k\))の上に置かれている。この箱を、水平となす角 \(\theta\) で斜め上向きに力 \(F_1\) で引き、同時に、水平方向に力 \(F_2\) で押したところ、箱は右向きに滑り出した。このときの箱の加速度を求めよ。

アルゴリズムの適用

Step 1: 座標系設定

  • 着目物体:箱
  • 座標系:水平右向きをx軸、鉛直上向きをy軸とする。

Step 2 & 3: 力の図示と成分分解

  1. 重力 \(\vec{W}\):
    • x成分: 0
    • y成分: \(-mg\)
  2. 垂直抗力 \(\vec{N}\):
    • x成分: 0
    • y成分: \(N\)
  3. 引く力 \(\vec{F}_1\):
    • x成分: \(F_1 \cos\theta\)
    • y成分: \(F_1 \sin\theta\)
  4. 押す力 \(\vec{F}_2\):
    • x成分: \(F_2\)
    • y成分: 0
  5. 動摩擦力 \(\vec{f}_k\): 箱は右向きに滑るので、摩擦力は左向き。大きさは \(f_k = \mu_k N\)。
    • x成分: \(-\mu_k N\)
    • y成分: 0

Step 4: 成分ごとの合力

  • y方向:物体は鉛直方向には運動しないので、加速度 \(a_y=0\)。力のつりあいの式を立てる。\( \sum F_y = N + F_1\sin\theta – mg = 0 \)この式から、まず未知数である垂直抗力 \(N\) を求めることができる。\( N = mg – F_1\sin\theta \)(ここで、もし \(F_1\sin\theta > mg\) なら、箱は浮き上がってしまい、この問題設定は破綻する。)
  • x方向:この方向の合力が、箱を加速させる。\( F_{net, x} = \sum F_x = F_1\cos\theta + F_2 – f_k \)先ほど求めた \(N\) を用いて \(f_k = \mu_k N = \mu_k(mg – F_1\sin\theta)\) を代入する。\( F_{net, x} = F_1\cos\theta + F_2 – \mu_k(mg – F_1\sin\theta) \)

運動方程式を解く

x方向の運動方程式 \(ma_x = F_{net, x}\) に代入して、加速度 \(a_x\) (=\(a\)) を求める。

\[ ma = F_1\cos\theta + F_2 – \mu_k mg + \mu_k F_1\sin\theta \]

\[ a = \frac{F_1(\cos\theta + \mu_k \sin\theta) + F_2 – \mu_k mg}{m} \]

この例が示すように、どんなに力が複雑に働いていても、成分に分解して、各軸について独立に考えるという原則を守れば、問題は必ず解ける形に整理されます。ベクトルという概念と、それを操作するための成分分解法は、力学における計算の根幹を支える、極めて強力なツールなのです。


Module 3:様々な運動と運動方程式の応用の総括:原理から実践へ、思考の深化

本モジュールにおいて、私たちはModule 2で確立した運動の三法則という「OS」を、より複雑でダイナミックな応用問題へと展開する旅をしてきました。それは、抽象的な原理が、具体的な物理現象を予測し、説明するための実践的なツールへと昇華するプロセスでした。

まず、力学応用の典型である斜面上の運動を、巧みな座標設定と力の分解によって系統的に攻略し、続く動滑車連結物体の問題では、個々の物体の運動方程式に加え、系を束縛する「見えざるルール」である束縛条件や、内力外力を区別して系全体を俯瞰する視点を学びました。これにより、複数の要素が絡み合うシステムの挙動を、より効率的かつ本質的に捉える能力を養いました。

次に、私たちは慣性系という「安全な舞台」から一歩踏み出し、非慣性系という加速する世界に足を踏み入れました。そこでは、ニュートンの法則の形式を保つための知的ツールとして慣性力、特に回転系における遠心力という「見かけの力」を導入しました。これにより、乗り物に乗っている我々の直感的な感覚と、物理法則との間の見事な対応関係を理解し、異なる視点から現象を記述する柔軟な思考法を獲得しました。

さらに、我々の探求は固体力学の枠を超え、流体中の現象へと及びました。流体圧力の差から生じる浮力アルキメデスの法則によって定量化し、また、現実世界では無視できない空気抵抗が運動に与える影響を分析しました。抵抗力が速度に依存することから、やがて加速度がゼロとなって一定速度に達する終端速度という、新たな物理的帰結に到達しました。

そして最後に、運動方程式を積分することで、力の情報から速度、さらには位置といった運動の全貌を導き出せることを確認し、動力学と運動学が微積分によって分かちがたく結びついていることを再認識しました。また、複雑な状況下で合力をベクトルとして正確に計算する体系的な手順を固め、応用問題を解ききるための計算技術を盤石なものにしました。

このモジュールを通じて、私たちはもはや、法則を知っているだけの存在ではありません。斜面、連結物体、非慣性系、流体中といった多様な舞台で、運動方程式を自在に操り、現象の背後にある力学的な構造を暴き出す「実践者」となりました。ここで培われた応用力と戦略的思考は、これから学ぶであろう、エネルギーや運動量といった、より高度で抽象的な概念を理解するための、確かな礎となるはずです。


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