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【基礎 物理(力学)】Module 4:仕事と力学的エネルギー
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちはニュートンの運動方程式 \(\vec{F}=m\vec{a}\) を中心的なツールとして、力のベクトル的な性質に着目し、物体の運動を分析してきました。それは、運動の「プロセス」を追いかけ、その瞬間瞬間の原因と結果を突き詰めていく、極めて強力なアプローチでした。
本モジュールでは、力学の世界を全く異なる、新しい視点から眺めます。そのキーワードは「エネルギー」です。ベクトルが主役だった力の分析から、向きを持たないスカラー量である仕事とエネルギーの概念へと、思考のパラダイムを大きく転換します。この新しい視点は、なぜ必要なのでしょうか。それは、複雑な経路を辿る運動や、力の大きさが変化するような状況において、運動方程式で直接解くのが困難な問題を、驚くほどシンプルに解き明かす力を我々に与えてくれるからです。
私たちは、運動の「プロセス」そのものではなく、運動の「前」と「後」の状態の変化に注目します。エネルギーとは、いわば物体の「状態」を記述する量です。その状態が、外部からの「仕事」によってどのように変化するのか、あるいは特定の条件下では全く変化しない(保存される)のはなぜか。この問いを探求することが、本モジュールの核心です。
本モジュールは、以下の10の学習項目を通じて、エネルギーという新しい言語を習得し、力学の世界をより深く、より大局的に理解することを目指します。
- 物理における「仕事」の定義と計算: 日常的な意味から脱却し、物理学における「仕事」を厳密に定義し、その正、負、ゼロの意味を理解します。
- 仕事率の概念と単位: 仕事をどれだけ「速く」行うか、その時間的な効率を表す「仕事率」の概念を導入します。
- 運動エネルギーの定義と運動方程式からの導出: 運動が持つエネルギー、「運動エネルギー」を定義し、それが運動方程式から必然的に導かれることを見ます。
- 仕事と運動エネルギーの関係(仕事・エネルギー定理): 「なされた仕事の総量が、運動エネルギーの変化に等しい」という、エネルギーの基本定理を確立します。
- 保存力の定義:重力と弾性力: 仕事の量が経路によらない特殊な力、「保存力」の概念を学び、エネルギーの「保存」への道筋をつけます。
- 重力による位置エネルギーとその基準点: 保存力である重力と結びついた、位置のエネルギーである「位置エネルギー」を定義し、その基準点が任意であることを理解します。
- 弾性力による位置エネルギーの導出: ばねの弾性力が蓄える位置エネルギーを、積分を用いて厳密に導出します。
- 力学的エネルギー保存則の成立条件: 「運動エネルギー」と「位置エネルギー」の和である力学的エネルギーが、どのような条件下で一定に保たれるのか、その保存則を学びます。
- 非保存力(動摩擦力など)がする仕事: 摩擦力のようにエネルギーを散逸させる「非保存力」がする仕事の役割を分析します。
- 力学的エネルギー変化と非保存力の仕事の関係: 保存則が成り立たない、より一般的な状況において、力学的エネルギーの変化が非保存力の仕事に等しいという、最も汎用性の高いエネルギー原理をマスターします。
このモジュールを終えるとき、あなたの手には、運動方程式という剣に加えて、エネルギー保存則という強固な盾が備わっていることでしょう。この二つのツールを自在に使い分けることで、あなたは力学のより広大な領域を、恐れることなく探求できるようになるのです。
1. 物理における「仕事」の定義と計算
「エネルギー」という新しい世界を探求する旅は、その入り口となる**「仕事(Work)」**という概念を、物理学の言葉で厳密に定義し直すことから始まります。
私たちは日常的に「仕事」という言葉を使います。一生懸命勉強することも、会社で働くことも、家事をすることも「仕事」です。しかし、物理学における「仕事」は、これらの精神的・社会的な活動とは全く異なる、明確に定義された物理量です。物理の世界では、物体に「力」を加えて「移動」させたときに初めて、「仕事をした」と表現します。この定義を正しく理解することが、エネルギー論の全ての礎となります。
1.1. 物理学における「仕事」の厳密な定義
物理学では、ある物体に力が作用し、その物体が力の向きに移動(変位)したとき、その力は物体に対して仕事をした、と定義します。
最も単純なケースから考えていきましょう。
状況: 一定の大きさの力 \(\vec{F}\) が、物体に作用し続け、物体が力の向きと平行に、距離 \(x\) だけ移動した。
このとき、力 \(\vec{F}\) がした仕事 \(W\) は、力の大きさと移動距離の積で与えられます。
\[ W = Fx \]
例えば、10Nの力で箱を水平に押し、水平方向に3m動かしたとき、あなたが箱にした仕事は \(W = 10 , \text{N} \times 3 , \text{m} = 30 , \text{N·m}\) となります。
仕事の単位は、この力の単位 [N] と距離の単位 [m] の積 [N·m] で表され、これをジュール (Joule) と呼びます。ジェームズ・プレスコット・ジュールという、熱と仕事の関係を研究した科学者の名にちなんでいます。
\[ 1 , \text{J} = 1 , \text{N·m} \]
1.2. 力と変位が平行でない場合の仕事
では、力が物体の移動方向と平行でない場合はどうでしょうか。例えば、地面にあるソリを、斜め上向きに綱で引く場合を考えます。
状況: 一定の大きさの力 \(\vec{F}\) が、物体の変位ベクトル \(\vec{x}\)(大きさ \(x\))と、角度 \(\theta\) をなす向きに作用した。
この場合、物理的な「仕事」に貢献するのは、力の成分のうち、物体の移動方向と同じ向きの成分のみです。
力 \(\vec{F}\) を、変位に平行な成分 \(F_{\parallel}\) と、垂直な成分 \(F_{\perp}\) に分解してみましょう。
- 平行な成分: \(F_{\parallel} = F\cos\theta\)
- 垂直な成分: \(F_{\perp} = F\sin\theta\)
このうち、物体を前進させるのに「有効」なのは、平行成分 \(F\cos\theta\) のみです。垂直成分 \(F\sin\theta\) は、物体をわずかに持ち上げようとはしますが、水平方向の移動には直接寄与しません。
したがって、この場合の仕事 \(W\) は、次のように定義されます。
\[ W = (F\cos\theta) \times x = Fx\cos\theta \]
これは、より一般的な仕事の定義式です。先の \(W=Fx\) という式は、この一般式において、力と変位の向きが同じ、すなわち \(\theta=0\) の場合 (\(\cos0 = 1\)) の特殊なケースに他なりません。
(発展)この式 \(W = Fx\cos\theta\) は、数学におけるベクトルの**内積(ドット積)**の定義そのものです。力ベクトルを \(\vec{F}\)、変位ベクトルを \(\vec{x}\) とすると、仕事 \(W\) は次のようにエレガントに表現できます。
\[ W = \vec{F} \cdot \vec{x} \]
仕事が、向きを持たないスカラー量であることは、ベクトル同士の内積の結果がスカラーになることからも理解できます。
1.3. 仕事の正・負・ゼロの意味
\(W = Fx\cos\theta\) という定義式から、仕事 \(W\) は、角度 \(\theta\) の値によって、正の値にも、負の値にも、そしてゼロにもなりうることがわかります。それぞれが重要な物理的意味を持っています。
A. 正の仕事 (Positive Work)
- 条件: \(0 \le \theta < 90^\circ\) (\(\cos\theta > 0\))
- 意味: 力の成分が、物体の移動方向と同じ向きを向いている場合。その力は、物体の運動を**助ける(促進する)**働きをしています。
- 効果: 物体に正の仕事をすると、その物体のエネルギーは増加します(一般的には運動が速くなる)。
- 例:
- 坂道を転がるボールに働く重力の斜面方向成分。
- 物体を前に引くときの張力。
B. 負の仕事 (Negative Work)
- 条件: \(90^\circ < \theta \le 180^\circ\) (\(\cos\theta < 0\))
- 意味: 力の成分が、物体の移動方向と逆の向きを向いている場合。その力は、物体の運動を**妨げる(抵抗する)**働きをしています。
- 効果: 物体に負の仕事をすると、その物体のエネルギーは減少します(一般的には運動が遅くなる)。
- 例:
- 床の上を滑る物体に働く動摩擦力。動摩擦力は常に運動方向と逆向き(\(\theta=180^\circ, \cos180^\circ = -1\))なので、その仕事は常に負です(\(W = -f_k x\))。
- 坂道を駆け上がる自転車に働く重力の斜面方向成分。
C. 仕事がゼロ (Zero Work)
- 条件: \(\theta = 90^\circ\) (\(\cos90^\circ = 0\))、または変位 \(x=0\) の場合。
- 意味: 力が、物体の移動方向と垂直であるか、そもそも物体が移動しない場合。
- 効果: その力は、物体の(運動)エネルギーを変化させません。
- 例:
- 垂直抗力・向心力: 水平な床を滑る物体に働く垂直抗力は、変位と常に90°をなすため、仕事をしません。同様に、等速円運動する物体に働く向心力も、常に速度(微小変位)と垂直なので、仕事をしません。
- 静止した物体を持つ: 重い荷物を持って、その場でじっと立っている場合。あなたは腕に力を入れているので疲れますが、荷物は移動していない(\(x=0\))ので、物理学的には、あなたは荷物に対して全く仕事をしていないことになります。
- 荷物を持って水平に歩く: 荷物を持ち上げる力は鉛直上向き、移動方向は水平です。力の向きと移動方向が垂直(\(\theta=90^\circ\))なので、この場合も、持ち上げる力は荷物に対して仕事をしていません。
このように、物理学における「仕事」は、力と変位の幾何学的な関係によって厳密に定義される量です。この定義を正確に理解し、仕事の正負を正しく判断する能力が、エネルギーの議論を進める上での第一歩となります。
2. 仕事率の概念と単位
前セクションで、物理学における「仕事」の定義を学びました。しかし、同じ量の仕事を達成するにも、それを1秒で終えるのと、1時間かけるのとでは、その「効率」や「能力」は大きく異なります。例えば、同じ荷物を1階から3階まで運ぶという「仕事」を、屈強な引越し業者と、非力な子供が行う場合を想像してください。最終的に成し遂げた仕事の量は同じでも、その遂行能力には明らかな差があります。
この、仕事の時間的な効率、すなわち単位時間あたりに行われる仕事の量を定量化する概念が仕事率 (Power)です。
2.1. 仕事率の定義
仕事率は、行われた仕事 \(W\) を、その仕事に要した時間 \(t\) で割ることによって定義されます。
まず、ある時間区間 \(\Delta t\) の間に、\(W\) の仕事が行われた場合の平均の仕事率 (Average Power) \(\bar{P}\) は、
\[ \bar{P} = \frac{W}{\Delta t} \]
で与えられます。
しかし、多くの場合、仕事のペースは一定ではありません。そこで、より一般的に、ある特定の瞬間における仕事率、すなわち瞬間の仕事率 (Instantaneous Power) \(P\) を考えます。これは、時間区間 \(\Delta t\) を限りなくゼロに近づける極限操作によって定義されます。
\[ P = \lim_{\Delta t \to 0} \frac{\Delta W}{\Delta t} = \frac{dW}{dt} \]
つまり、瞬間の仕事率は、仕事 \(W\) の時間微分として厳密に定義されます。
2.2. 仕事率の単位:ワット (Watt)
仕事率の単位は、仕事の単位 [J] を時間の単位 [s] で割ったもの、すなわち [J/s] となります。この単位には、蒸気機関の改良に多大な貢献をしたジェームズ・ワットにちなんで、ワット (Watt) という固有の名称が与えられています。
\[ 1 , \text{W} = 1 , \text{J/s} \]
電力の単位として日常的に使われている「ワット」は、まさしくこの物理学の仕事率の単位と同じものです。例えば、100Wの電球は、1秒間あたりに100Jの電気エネルギーを、光や熱のエネルギーに変換している(仕事をしている)ことを意味します。
また、仕事率の単位として、馬力 (horsepower, hp) が使われることもあります。これは、馬一頭が継続的に発揮できる仕事率を基準としたもので、主に自動車や船舶のエンジンの出力を表す際に慣習的に用いられます。1馬力は、およそ \(1 , \text{hp} \approx 735.5 , \text{W}\) に相当します。
2.3. 仕事率と力・速度の関係式:P = Fv
仕事率の定義式 \(P=dW/dt\) を、力と速度を用いて表現し直すことで、非常に便利で実用的な関係式を導くことができます。
物体に一定の力 \(\vec{F}\) が作用し、微小な時間 \(dt\) の間に、微小な変位 \(d\vec{x}\) だけ動いたとします。
このとき、力 \(\vec{F}\) がした微小な仕事 \(dW\) は、
\[ dW = \vec{F} \cdot d\vec{x} \]
と書けます。
これを仕事率の定義式に代入すると、
\[ P = \frac{dW}{dt} = \frac{\vec{F} \cdot d\vec{x}}{dt} = \vec{F} \cdot \frac{d\vec{x}}{dt} \]
ここで、\(d\vec{x}/dt\) は、物体の瞬間の速度 \(\vec{v}\) の定義そのものです。
したがって、以下の重要な関係式が得られます。
仕事率と力・速度の関係
\[ P = \vec{F} \cdot \vec{v} \]
これは、ある瞬間に物体に作用している力 \(\vec{F}\) と、その瞬間の物体の速度 \(\vec{v}\) の内積が、その瞬間に力 \(\vec{F}\) が物体に対して行っている仕事率 \(P\) に等しいことを示しています。
もし、力と速度のなす角が \(\theta\) である場合、この式は、
\[ P = Fv\cos\theta \]
と書くことができます。特に、力が速度と同じ向きに働いている場合は、\(\theta=0\) となり、
\[ P = Fv \]
と、非常にシンプルな形で表せます。
この式の応用例:
自動車が、一定の速さ \(v\) で坂道を上っているとします。このとき、エンジンが発揮すべき仕事率 \(P\) はいくらでしょうか。
車を一定の速さで動かすためには、エンジンは重力の斜面成分や空気抵抗、転がり抵抗といった、すべての抵抗力の合力 \(F_{resist}\) と、同じ大きさの推進力 \(F_{drive}\) を生み出す必要があります (\(F_{drive} = F_{resist}\))。
このとき、エンジンが発揮している仕事率は、
\[ P = F_{drive} \cdot v = F_{resist} \cdot v \]
で計算できます。この式は、自動車のエンジンの性能や、自転車をこぐ際のパワーなどを議論する上で、極めて中心的な役割を果たします。
仕事率の概念は、単に仕事の時間効率を測るだけでなく、力、速度、エネルギーを結びつける重要なハブとしての機能を持っています。この \(P=Fv\) という関係式は、力学の問題を解く上で強力な武器となるため、その意味と共にしっかりと理解しておきましょう。
3. 運動エネルギーの定義と運動方程式からの導出
「仕事」という概念を確立した今、私たちはエネルギーの世界の核心へと足を踏み入れます。物体に正の仕事がなされると、その物体のエネルギーは増加すると述べました。では、その増加したエネルギーは、どのような形で物体に蓄えられるのでしょうか。
最も直接的でわかりやすいエネルギーの形態が、運動エネルギー (Kinetic Energy) です。運動エネルギーとは、その名の通り、物体が運動していること自体によって持つエネルギーのことです。静止している物体は運動エネルギーを持ちませんが、ひとたび動き出せば、その物体は運動エネルギーを獲得します。速く動いている物体ほど、また、質量が大きい物体ほど、より大きな運動エネルギーを持つことになります。
このセクションでは、運動エネルギーが \(\frac{1}{2}mv^2\) という形で定義されることを学び、そして、この一見奇妙な形が、実はニュートンの運動方程式から論理的に必然として導かれることを示します。
3.1. 運動エネルギーの定義
まず、運動エネルギーの定義式を提示します。
質量 \(m\) の物体が、速さ \(v\) で運動しているとき、その物体が持つ運動エネルギー \(K\)(または \(E_k\))は、次式で定義されます。
運動エネルギーの定義
\[ K = \frac{1}{2}mv^2 \]
この定義式から、いくつかの重要な性質を読み取ることができます。
- スカラー量: 質量 \(m\) も速さ \(v\) の2乗もスカラーなので、運動エネルギー \(K\) は向きを持たないスカラー量です。計算がベクトルより容易になる、エネルギーアプローチの利点の一つです。
- 常に非負: \(m\) と \(v^2\) はどちらも常に0以上の値をとるので、運動エネルギーは決して負にはなりません。\(K \ge 0\)。
- 速さの2乗に比例: 運動エネルギーは、物体の速さ \(v\) の2乗に比例します。これは、速さが2倍になると、運動エネルギーは4倍に、速さが3倍になると運動エネルギーは9倍になることを意味します。高速で運動する物体が、いかに絶大なエネルギーを持っているかがわかります。高速道路での事故が甚大な被害をもたらすのは、この \(v^2\) の効果によるものです。
3.2. 運動エネルギーの導出:仕事と運動法則の融合
なぜ、運動エネルギーは \(\frac{1}{2}mv^2\) という、\(1/2\) がついた少し複雑な形で定義されるのでしょうか。それは、この形が**「物体をある速さまで加速させるのに必要な仕事」**と見事に一致するからです。この導出は、運動方程式と運動学の知識を融合させることで行われます。
導出プロセス:
状況: 質量 \(m\) の物体が、最初は速さ \(v_i\) (initial) で運動していた。この物体に、運動方向と同じ向きに、一定の大きさの合力 \(F_{net}\) が作用し、距離 \(x\) だけ移動した結果、その速さは \(v_f\) (final) になった。
- 仕事の計算:この間に、合力 \(F_{net}\) が物体にした仕事 \(W_{net}\) は、\[ W_{net} = F_{net} \cdot x \quad \cdots ① \]
- 運動方程式の適用:ニュートンの第二法則より、合力 \(F_{net}\) は物体の質量 \(m\) と加速度 \(a\) の積に等しい。\[ F_{net} = ma \quad \cdots ② \]
- 運動学(等加速度運動の公式)の適用:加速度 \(a\) が一定の運動において、速さと変位の関係を表す公式(Module 1)を思い出しましょう。\[ v_f^2 – v_i^2 = 2ax \]この式を、\(ax\) について解くと、\[ ax = \frac{v_f^2 – v_i^2}{2} \quad \cdots ③ \]
- 式の結合:①の仕事の式に、②と③を代入していきます。まず、②を①に代入します。\( W_{net} = (ma) \cdot x = m(ax) \)次に、この式の \(ax\) の部分に、③を代入します。\( W_{net} = m \left( \frac{v_f^2 – v_i^2}{2} \right) \)式を整理すると、\[ W_{net} = \frac{1}{2}mv_f^2 – \frac{1}{2}mv_i^2 \]
導出結果の解釈:
この導かれた式は、驚くべきことを物語っています。
「物体になされた仕事の総量 \(W_{net}\) は、\(\frac{1}{2}mv^2\) という量の『変化量』に等しい」
という関係です。
この \(\frac{1}{2}mv^2\) という量は、仕事を通じて物体に与えられたり、物体から奪われたりする、何か本質的な物理量であるように見えます。そこで、物理学者たちは、この量を運動エネルギー \(K\) と名付け、物理的な実体として定義したのです。
\[ K = \frac{1}{2}mv^2 \]
この定義を用いると、先ほどの導出結果は、
\[ W_{net} = K_f – K_i = \Delta K \]
と、非常に簡潔な形で書き表すことができます。これは、次のセクションで学ぶ「仕事・エネルギー定理」そのものです。
運動エネルギーの \(1/2\) という係数や、速さの2乗という形は、恣意的に決められたものではなく、ニュートンの運動法則と運動学の法則を組み合わせた結果として、必然的に現れたものなのです。それは、我々の宇宙の法則が持つ、深い数学的構造の表れと言えるでしょう。
4. 仕事と運動エネルギーの関係(仕事・エネルギー定理)
前セクションの最後で、私たちは運動エネルギーの定義 \(K=\frac{1}{2}mv^2\) が、実は \(W_{net} = \Delta K\) という関係式の中から見出されたことを学びました。この、仕事と運動エネルギーを結びつける極めて重要な関係こそが、仕事・エネルギー定理 (Work-Energy Theorem) です。
この定理は、ニュートンの第二法則 \(\vec{F}=m\vec{a}\) と数学的に等価でありながら、全く異なる視点を我々に提供してくれます。\(\vec{F}=m\vec{a}\) が運動の「プロセス」や「瞬間」をベクトルで記述するのに対し、仕事・エネルギー定理は、運動の「始点」と「終点」の状態を、仕事とエネルギーというスカラー量で結びつけます。この視点の転換により、多くの場合、計算が劇的に単純化され、物理現象に対するより大局的な理解が可能になります。
4.1. 仕事・エネルギー定理のステートメント
仕事・エネルギー定理は、以下のように述べられます。
仕事・エネルギー定理 (Work-Energy Theorem)
ある物体に対して、複数の力が仕事をする場合、そのすべての仕事の総和(正味の仕事、Net Work)は、その物体の運動エネルギーの変化量に等しい。
これを数式で表すと、
\[ W_{net} = \Delta K = K_f – K_i \]
ここで、
- \(W_{net}\) は、物体に働くすべての力(保存力、非保存力問わず)がした仕事の代数和。\(W_{net} = W_1 + W_2 + \dots\)
- \(\Delta K\) は、運動エネルギーの変化量。
- \(K_f = \frac{1}{2}mv_f^2\) は、終状態の運動エネルギー。
- \(K_i = \frac{1}{2}mv_i^2\) は、初状態の運動エネルギー。
この定理は、力が一定でない場合や、運動の経路が曲線であるような、より一般的な状況でも成り立ちます。その場合の証明には積分計算が必要となりますが、導かれる結論は同じです。
4.2. 定理が示す物理的意味
仕事・エネルギー定理は、仕事とエネルギーの間の「通貨換算」のような役割を果たします。
- \(W_{net} > 0\) の場合:物体に対して、正味で正の仕事がなされたことを意味します。これは、物体にエネルギーが「注入」されたと解釈できます。その結果、\(\Delta K > 0\) となり、物体の運動エネルギーは増加します。つまり、物体の速さは増します。
- \(W_{net} < 0\) の場合:物体に対して、正味で負の仕事がなされたことを意味します。これは、物体からエネルギーが「奪われた」と解釈できます。その結果、\(\Delta K < 0\) となり、物体の運動エネルギーは減少します。つまり、物体の速さは減少します。
- \(W_{net} = 0\) の場合:物体に対してなされた仕事の総和がゼロであることを意味します。エネルギーの「収支」がゼロなので、\(\Delta K = 0\) となり、物体の運動エネルギーは変化しません。つまり、物体の速さは一定に保たれます。(ただし、これは力が働いていないことを意味するとは限りません。複数の力が働いていても、それらの仕事がたまたま相殺しあう場合や、力が常に運動方向と垂直である場合などが考えられます。)
仕事はエネルギーの移動形態
この定理を通じて、私たちは「仕事」のより深い本質を理解できます。仕事とは、**物体から物体へ、あるいはエネルギーの形態から別の形態へ、エネルギーを移動させるプロセス(手段)**なのです。そして、運動エネルギーは、その移動の結果として物体に蓄えられる、運動という形態のエネルギーそのものです。
4.3. 仕事・エネルギー定理を用いた問題解決
仕事・エネルギー定理は、力学の問題を解く上で非常に強力なツールとなります。特に、以下のような特徴を持つ問題で威力を発揮します。
- 時間や加速度を問われていない: 問題が、物体の「速さ」と「位置(移動距離)」の関係のみを問うている場合。
- 力が変化する: ばねの弾性力のように、力の大きさが位置によって変わる場合。
- 経路が複雑: 物体が曲線的な経路を辿る場合。
実践例:粗い水平面上での運動
問題: 質量 2.0 kg の物体が、はじめ 10 m/s の速さで、粗い水平面上を滑っていた。動摩擦係数が 0.20 のとき、物体が静止するまでに滑る距離 \(x\) を求めよ。重力加速度を 9.8 m/s² とする。
アプローチA:運動方程式(従来法)
- y方向の力のつりあい: \(N – mg = 0 \Rightarrow N = mg = 2.0 \times 9.8 = 19.6 , \text{N}\)。
- 動摩擦力: \(f_k = \mu_k N = 0.20 \times 19.6 = 3.92 , \text{N}\)。
- x方向の運動方程式: \(ma = -f_k \Rightarrow (2.0)a = -3.92 \Rightarrow a = -1.96 , \text{m/s}^2\)。
- 運動学の公式: \(v_f^2 – v_i^2 = 2ax\)。静止するので \(v_f=0\)。\(0^2 – (10)^2 = 2(-1.96)x\)\(-100 = -3.92x \Rightarrow x = \frac{100}{3.92} \approx 25.5 , \text{m}\)。
アプローチB:仕事・エネルギー定理(新手法)
- 初期状態: \(v_i = 10 , \text{m/s}\)。\(K_i = \frac{1}{2}mv_i^2 = \frac{1}{2}(2.0)(10)^2 = 100 , \text{J}\)。
- 終状態: \(v_f = 0 , \text{m/s}\)。\(K_f = 0 , \text{J}\)。
- 運動エネルギーの変化:\(\Delta K = K_f – K_i = 0 – 100 = -100 , \text{J}\)。
- なされた仕事 \(W_{net}\):この運動中に仕事をする力は、動摩擦力のみです。(重力と垂直抗力は変位と垂直なので仕事をしない)動摩擦力の仕事は負の仕事で、\(W_{f_k} = -f_k x = -\mu_k N x = -\mu_k mgx\)。\(W_{net} = W_{f_k} = -0.20 \times (2.0 \times 9.8) \times x = -3.92x\)。
- 定理の適用: \(W_{net} = \Delta K\)\(-3.92x = -100\)\(x = \frac{100}{3.92} \approx 25.5 , \text{m}\)。
比較:
どちらのアプローチでも同じ答えにたどり着きます。しかし、仕事・エネルギー定理を用いたアプローチBでは、途中で加速度 \(a\) を計算する必要がなかった点に注目してください。このように、運動の途中経過(加速度や時間)をすっ飛ばして、始点と終点の状態を直接結びつけられることが、この定理の最大の強みです。
仕事・エネルギー定理は、この後の「力学的エネルギー保存則」を導くための、論理的な踏み台でもあります。まずは、この「仕事の総和が運動エネルギーの変化に等しい」という基本原理を、様々な問題に応用して使いこなせるようになることが重要です。
5. 保存力の定義:重力と弾性力
仕事・エネルギー定理は、あらゆる力について成り立つ普遍的な法則でした。しかし、自然界に存在する力の中には、ある特別な、そして非常に「性質の良い」力たちが存在します。それが保存力 (Conservative Force) です。
なぜ、これらの力を特別扱いするのでしょうか。それは、保存力がする仕事は、物体の位置エネルギーという形で「保存」しておくことができ、後の力学的エネルギー保存則という、極めて強力で美しい物理法則を導くための鍵となるからです。このセクションでは、保存力とは何かを厳密に定義し、その代表例である重力と弾性力について考察します。
5.1. 保存力の定義:仕事が「経路によらない」
ある力について、以下の性質が成り立つとき、その力は保存力であると定義されます。
保存力の定義
物体が、ある始点Aから別の終点Bまで移動するとき、保存力がする仕事の値が、その途中の経路によらない。
これは、始点Aと終点Bさえ決まっていれば、物体が直線的に移動しようが、大きく迂回して移動しようが、保存力がする仕事の総量は全く同じになる、ということを意味します。
この定義から、論理的に等価な、もう一つの定義を導くことができます。
もし、物体が点Aから点Bへ経路1で移動し、その後、点Bから点Aへ経路2で戻ってくるような、**周回運動(閉じた経路を一周する運動)**を考えます。
- A→B(経路1)で保存力がする仕事を \(W_{A \to B}\)
- B→A(経路2)で保存力がする仕事を \(W_{B \to A}\)とします。経路によらないので、AからBへ経路2を逆向きに辿ったときの仕事は、\(-W_{B \to A}\) となるはずです。そして、A→Bの仕事は経路によらないので、\(W_{A \to B} = -W_{B \to A}\)。したがって、一周してきたときの全仕事は、\(W_{cycle} = W_{A \to B} + W_{B \to A} = 0\)。
保存力の同値な定義
物体が任意の閉じた経路を一周して元の位置に戻るとき、保存力がする仕事の総和は常にゼロである。
「仕事が経路によらない」ことと、「周回積分がゼロ」であることは、保存力を特徴づける二つの側面なのです。
5.2. 代表的な保存力
高校物理の範囲で主役となる保存力は、以下の二つです。
1. 重力 (Gravity)
重力が保存力であることを、具体例で確認しましょう。
質量 \(m\) の物体を、地上の点A(高さ0)から、高さ \(h\) の点Bまで移動させます。
- 経路1:鉛直に真上に持ち上げる
- 重力 \(mg\) は下向き、変位 \(h\) は上向き。
- 重力がする仕事 \(W_1 = (mg) \cdot h \cdot \cos180^\circ = -mgh\)。
- 経路2:傾斜角 \(\theta\) の滑らかな斜面に沿って持ち上げる
- 斜面に沿った移動距離は \(L = h/\sin\theta\)。
- 重力の、斜面方向の成分は \(mg\sin\theta\)(運動と逆向き)。
- 重力がする仕事 \(W_2 = -(mg\sin\theta) \cdot L = -(mg\sin\theta) \cdot \frac{h}{\sin\theta} = -mgh\)。
結果は、\(W_1 = W_2 = -mgh\) となり、途中の経路によらず、仕事の値が同じになりました。たとえ、どんなにグニャグニャと曲がりくねった経路を通って高さ \(h\) の点まで移動させたとしても、重力がする仕事の総和は、結局のところ鉛直方向の高さの変化 \(-h\) に \(mg\) を掛けたもの、すなわち \(-mgh\) となります。
したがって、重力は保存力です。
2. ばねの弾性力 (Elastic Force)
フックの法則に従うばねの弾性力も、保存力です。
ばねを、自然長の位置(\(x=0\))から、\(x=X\) の位置まで伸ばし、その後、再び自然長の位置まで戻す、という周回運動を考えます。
- 行き(伸ばす過程): \(0 \to X\)
- 弾性力は変位と逆向きに働く復元力です。
- 弾性力がする仕事 \(W_{0 \to X}\) は、力が一定でないため積分で計算する必要があります。\( W_{0 \to X} = \int_0^X (-kx) dx = \left[ -\frac{1}{2}kx^2 \right]_0^X = -\frac{1}{2}kX^2 \)
- 帰り(縮む過程): \(X \to 0\)
- 弾性力がする仕事 \(W_{X \to 0}\) は、\( W_{X \to 0} = \int_X^0 (-kx) dx = \left[ -\frac{1}{2}kx^2 \right]_X^0 = 0 – (-\frac{1}{2}kX^2) = +\frac{1}{2}kX^2 \)
- 一周の合計仕事:\( W_{cycle} = W_{0 \to X} + W_{X \to 0} = -\frac{1}{2}kX^2 + \frac{1}{2}kX^2 = 0 \)一周して元の位置に戻ったとき、弾性力がした仕事の総和はゼロになりました。したがって、弾性力は保存力です。
5.3. 非保存力 (Non-conservative Force)
保存力ではない全ての力を、非保存力と呼びます。非保存力がする仕事は、経路に依存します。
非保存力の定義
物体が、ある始点Aから別の終点Bまで移動するとき、非保存力がする仕事の値は、その途中の経路によって異なる。
また、閉じた経路を一周して元の位置に戻るとき、非保存力がする仕事の総和は一般にゼロにならない。
代表例:動摩擦力 (Kinetic Friction)
動摩擦力は、非保存力の最も典型的な例です。
床の上で、物体をA点からB点まで距離 \(L\) だけ押し、その後、B点からA点まで同じ距離 \(L\) を押して戻ってきたとします。
- 行き(A→B): 動摩擦力 \(f_k\) は運動と逆向きに働くので、その仕事は \(W_{A \to B} = -f_k L\)。
- 帰り(B→A): 帰りも動摩擦力 \(f_k\) は運動と逆向きに働きます。したがって、その仕事は \(W_{B \to A} = -f_k L\)。
- 一周の合計仕事:\( W_{cycle} = W_{A \to B} + W_{B \to A} = (-f_k L) + (-f_k L) = -2f_k L \)この値はゼロではありません。動けば動くほど(経路が長ければ長いほど)、摩擦力は負の仕事を蓄積し、エネルギーを系から奪い続けます。このように、エネルギーを散逸させる効果を持つ力が、非保存力の特徴です。
なぜこの区別が重要なのか?
保存力と非保存力を区別することが、エネルギー論の核心です。なぜなら、保存力がする仕事は、「位置エネルギー」という形で、物体や系の「状態」として蓄えることができるからです。重力に逆らって物体を持ち上げると、その仕事は「重力ポテンシャルエネルギー」として物体に蓄えられます。一方、非保存力である摩擦力がする仕事は、このように綺麗な形で蓄えることができず、主に熱エネルギーとして系から散逸してしまいます。
この「エネルギーを蓄えることができる力」=保存力という概念が、次の位置エネルギー、そして力学的エネルギー保存則へと繋がる、重要な橋渡しとなるのです。
6. 重力による位置エネルギーとその基準点
前セクションで、重力が保存力であることを学びました。保存力がする仕事は、物体の移動経路によらず、始点と終点の位置関係だけで決まります。この素晴らしい性質のおかげで、私たちは重力がする仕事を、物体の位置と結びついたエネルギー、すなわち位置エネルギー (Potential Energy) またはポテンシャルエネルギーという形で、あらかじめ計算し、蓄えておくことができます。
位置エネルギーは、物体が「ある位置にいる」というだけで潜在的に持っている、仕事をする能力(ポテンシャル)と解釈できます。ダムの高い位置にある水が、落下することでタービンを回す仕事ができるのは、その水が高い位置エネルギーを持っているからです。このセクションでは、重力による位置エネルギーを定義し、その性質と、計算上重要になる「基準点」の考え方について深く学びます。
6.1. 位置エネルギーの定義
物理学における位置エネルギー \(U\) の変化量 \(\Delta U\) は、以下のように厳密に定義されます。
位置エネルギーの変化量の定義
物体が移動する間に、保存力 \(\vec{F}_c\) がした仕事を \(W_c\) とするとき、その物体の位置エネルギーの変化量 \(\Delta U\) は、\(W_c\) の負の値に等しい。
\[ \Delta U = U_f – U_i = -W_c \]
(fはfinal, iはinitialの意)
なぜ、マイナス符号がつくのでしょうか?これは、「外界が物体に正の仕事をして、物体のエネルギーが増加する」という考え方と一貫性を保つためです。
例えば、重力に逆らって(外界が上向きの力で)物体を持ち上げると、物体の位置エネルギーは増加します。このとき、保存力である重力自身がした仕事は、変位と逆向きなので負です (\(W_c < 0\))。
したがって、\(\Delta U = -W_c\) という定義にすれば、\(W_c\) が負のときに \(\Delta U\) が正となり、「位置エネルギーが増加した」という直感と一致するわけです。
6.2. 重力による位置エネルギーの導出
この定義を使って、地表付近での重力による位置エネルギーの具体的な式を導出しましょう。
状況: 質量 \(m\) の物体を、基準となる高さ \(y_i\) から、ある高さ \(y_f\) まで、ゆっくりと持ち上げる。
- 重力がする仕事 \(W_g\) の計算:
- 物体に働く重力は、大きさ \(mg\) で、常に鉛直下向き。
- 物体の変位は、鉛直上向きに \(\Delta y = y_f – y_i\)。
- 力と変位の向きは正反対 (\(\theta=180^\circ\)) なので、重力がした仕事 \(W_g\) は、\[ W_g = (mg) \cdot (\Delta y) \cdot \cos180^\circ = -mg(y_f – y_i) \]
- 位置エネルギーの変化 \(\Delta U_g\) の計算:定義式 \(\Delta U = -W_c\) に、今計算した \(W_g\) を代入します。\[ \Delta U_g = U_f – U_i = -W_g = -(-mg(y_f – y_i)) = mg(y_f – y_i) \]この式は、高さの変化量に比例して、位置エネルギーが変化することを示しています。
6.3. 基準点の設定と位置エネルギーの公式
\(\Delta U_g = mg(y_f – y_i)\) という式は、あくまで位置エネルギーの「変化量」を与えるものです。ある特定の高さ \(y\) における位置エネルギーの値そのものを定義するには、「どこで位置エネルギーがゼロになるか」という基準点 (Reference Point) を設定する必要があります。
通常、計算が最も簡単になるように、地面や机の上面など、都合の良い高さを位置エネルギーの基準点 \(y=0\) と定めます。そして、その基準点における位置エネルギーをゼロ、すなわち \(U(0) = 0\) と定義します。
この約束のもとで、任意の高さ \(h\) における位置エネルギー \(U_g(h)\) を求めてみましょう。
基準点(高さ0)から高さ \(h\) まで物体を移動させる場合、\(y_i=0, y_f=h, U_i=0, U_f=U_g(h)\) なので、
\( U_g(h) – 0 = mg(h – 0) \)
\[ U_g(h) = mgh \]
これが、一般によく知られている重力による位置エネルギーの公式です。
重力による位置エネルギーの公式
高さの基準点を \(U_g=0\) としたとき、そこから高さ \(h\) の位置にある質量 \(m\) の物体が持つ、重力による位置エネルギーは、
\[ U_g = mgh \]
6.4. 基準点の任意性:重要なのは「差」
ここで極めて重要なのは、基準点をどこに選ぶかは、完全に任意であるということです。物理的に意味があるのは、位置エネルギーの絶対的な値ではなく、二つの状態間での位置エネルギーの差(変化量)\(\Delta U\)だからです。
例: 質量 2kg のボールが、高さ 10m のビルの屋上から、高さ 3m のバルコニーに落下した。このときの位置エネルギーの変化量 \(\Delta U_g\) はいくらか。
- ケースA:地面を基準点 (h=0) とする
- 初期の位置エネルギー: \(U_i = mg h_i = 2 \cdot g \cdot 10 = 20g\) [J]
- 終の位置エネルギー: \(U_f = mg h_f = 2 \cdot g \cdot 3 = 6g\) [J]
- 変化量: \(\Delta U_g = U_f – U_i = 6g – 20g = -14g\) [J]
- ケースB:屋上を基準点 (h=0) とする
- 初期の位置エネルギー: \(U_i = mg h_i = 2 \cdot g \cdot 0 = 0\) [J]
- 終の位置エネルギー: バルコニーは屋上より 7m 下なので、高さは \(-7\)m。\(U_f = mg h_f = 2 \cdot g \cdot (-7) = -14g\) [J]
- 変化量: \(\Delta U_g = U_f – U_i = -14g – 0 = -14g\) [J]
- ケースC:バルコニーを基準点 (h=0) とする
- 初期の位置エネルギー: 屋上はバルコニーより 7m 上なので、高さは \(+7\)m。\(U_i = mg h_i = 2 \cdot g \cdot 7 = 14g\) [J]
- 終の位置エネルギー: \(U_f = mg h_f = 2 \cdot g \cdot 0 = 0\) [J]
- 変化量: \(\Delta U_g = U_f – U_i = 0 – 14g = -14g\) [J]
ご覧の通り、基準点をどこに選んでも、位置エネルギーの変化量 \(\Delta U_g\) は \(-14g\) [J] で全く同じ値になります。
この「基準点の任意性」は、問題を解く上で強力な武器となります。例えば、振り子の運動を考えるなら最下点を基準に、斜面の問題なら斜面の最下点を基準に取るなど、計算が最もシンプルになるように、自分で自由に基準点を設定してよいのです。この柔軟な思考が、エネルギーを用いた問題解決の鍵の一つとなります。
7. 弾性力による位置エネルギーの導出
重力と同様に、ばねの弾性力もまた保存力でした。したがって、変形したばねにも、その変形状態に対応した位置エネルギーを定義することができます。これを弾性エネルギー、あるいは弾性力による位置エネルギーと呼びます。
伸ばされたり縮められたりしたばねは、それに繋がれた物体を動かして「仕事」をする能力を潜在的に秘めています。例えば、圧縮されたばねは、解放されると物体を射出することができます。この、変形によって蓄えられるエネルギーを、位置エネルギーの定義に立ち返って、厳密に導出してみましょう。
7.1. 導出の準備:力が一定でない場合の仕事
重力による位置エネルギーの導出は、力が \(mg\) で一定だったので比較的簡単でした。しかし、ばねの弾性力はフックの法則 \(F=-kx\) に従い、その大きさは変位 \(x\) に応じて変化します。
このように、力の大きさが一定でない場合に、その力がする仕事を計算するには、積分を用いる必要があります。これは、v-tグラフの面積から変位を求める際に積分を用いたのと、全く同じ考え方です。
仕事は、力-変位グラフ(F-xグラフ)の下の面積として計算されます。
7.2. 弾性力による位置エネルギーの厳密な導出
それでは、位置エネルギーの定義式 \(\Delta U = -W_c\) に従って、弾性力による位置エネルギーの式を導きます。
状況: 自然長の位置を原点 \(x=0\) とする。ばねが、ある初期の変位 \(x_i\) から、最終的な変位 \(x_f\) まで変化した。
- 弾性力がする仕事 \(W_s\) の計算:この間に、保存力である弾性力 \(F_s = -kx\) がした仕事 \(W_s\) を計算します。力が変化するため、積分が必要です。\[ W_s = \int_{x_i}^{x_f} F_s(x) dx = \int_{x_i}^{x_f} (-kx) dx \]この積分を実行すると、\[ W_s = \left[ -\frac{1}{2}kx^2 \right]_{x_i}^{x_f} = \left(-\frac{1}{2}kx_f^2\right) – \left(-\frac{1}{2}kx_i^2\right) \]\[ W_s = – \left( \frac{1}{2}kx_f^2 – \frac{1}{2}kx_i^2 \right) \]これが、ばねの変位が \(x_i\) から \(x_f\) に変わる間に、弾性力自身がした仕事です。
- 位置エネルギーの変化 \(\Delta U_s\) の計算:位置エネルギーの変化量の定義 \(\Delta U = -W_c\) を用います。\[ \Delta U_s = U_f – U_i = -W_s \]先ほど求めた \(W_s\) を代入すると、\[ \Delta U_s = – \left[ – \left( \frac{1}{2}kx_f^2 – \frac{1}{2}kx_i^2 \right) \right] \]\[ \Delta U_s = \frac{1}{2}kx_f^2 – \frac{1}{2}kx_i^2 \]この式が、弾性力による位置エネルギーの変化量を表す、一般的な関係式です。
7.3. 基準点の設定と位置エネルギーの公式
重力のときと同様に、弾性力による位置エネルギーの値そのものを定義するためには、エネルギーがゼロになる基準点を設定する必要があります。
ばねの場合、最も自然で合理的な選択は、ばねが全く変形しておらず、弾性力が働いていない自然長の位置を、位置エネルギーの基準点とすることです。
すなわち、変位 \(x=0\) のときに、位置エネルギー \(U_s(0) = 0\) と定義します。
この基準を用いると、自然長の状態 (\(x_i=0, U_i=0\)) から、ばねを \(x\) だけ変形させた状態 (\(x_f=x, U_f=U_s(x)\)) までの位置エネルギーの変化は、
\( U_s(x) – 0 = \frac{1}{2}kx^2 – \frac{1}{2}k(0)^2 \)
\[ U_s(x) = \frac{1}{2}kx^2 \]
となります。
弾性力による位置エネルギーの公式
ばねの自然長を基準 (\(U_s=0\)) としたとき、ばね定数 \(k\) のばねが、自然長から \(x\) だけ変形(伸びまたは縮み)したときに蓄えられる、弾性力による位置エネルギーは、
\[ U_s = \frac{1}{2}kx^2 \]
7.4. 弾性エネルギーの性質とグラフ
この公式 \(U_s = \frac{1}{2}kx^2\) から、弾性エネルギーの重要な性質がわかります。
- 常に非負: 変位 \(x\) が2乗されているため、ばねが伸びていても(\(x>0\))、縮んでいても(\(x<0\))、蓄えられるエネルギーは常に正の値(またはゼロ)になります。自然長の状態が、エネルギーの最も低い安定な状態です。
- 変位の2乗に比例: 蓄えられるエネルギーは、変形量 \(x\) の2乗に比例します。ばねを2倍の長さだけ伸ばすには、4倍のエネルギーが必要になります。
グラフによる解釈:
この関係は、力-変位グラフ(F-xグラフ)で視覚的に理解できます。弾性力がする仕事は、このグラフの面積に相当しました。
ばねを \(x\) だけ伸ばすのに必要な外力は、弾性力とつりあう大きさ、すなわち \(F_{ext} = kx\) です。
この外力がした仕事(ばねに蓄えられたエネルギー)は、F-xグラフにおける、底辺が \(x\)、高さが \(kx\) の三角形の面積に等しくなります。
\[ U_s = (\text{三角形の面積}) = \frac{1}{2} \times (\text{底辺}) \times (\text{高さ}) = \frac{1}{2} \cdot x \cdot (kx) = \frac{1}{2}kx^2 \]
積分計算の結果と、グラフの面積計算が、見事に一致していることがわかります。
重力による位置エネルギー \(mgh\) と、弾性力による位置エネルギー \(\frac{1}{2}kx^2\)。この二つは、後の力学的エネルギー保存則を適用する上で、必ず登場する二大巨頭です。それぞれの式の形とその導出の論理を、しっかりと理解しておきましょう。
8. 力学的エネルギー保存則の成立条件
これまでに、私たちは「運動エネルギー \(K\)」と、重力や弾性力といった「保存力」に対応する「位置エネルギー \(U\)」という、二種類のエネルギーを定義してきました。いよいよ、これらを組み合わせて、物理学において最も強力で美しい法則の一つである力学的エネルギー保存則 (Law of Conservation of Mechanical Energy) を導き出します。
この法則は、「ある特定の条件下では、物体の運動エネルギーと位置エネルギーの合計値は、運動の前後で完全に一定に保たれる」という、驚くべき事実を主張します。坂道を転がるジェットコースターの速さや、振り子の運動など、力が複雑に変化する多くの問題を、この法則は驚くほどシンプルに解き明かしてくれます。
このセクションでは、まず力学的エネルギーとは何かを定義し、次に、どのような条件下でこの保存則が成立するのか、その論理的な根拠を仕事・エネルギー定理から導きます。
8.1. 力学的エネルギーの定義
まず、主役となる「力学的エネルギー」を定義します。
力学的エネルギー (Mechanical Energy) の定義
ある系の運動エネルギー (Kinetic Energy) と、すべての位置エネルギー (Potential Energy) の総和を、その系の力学的エネルギーと呼ぶ。
\[ E = K + U \]
ここで、
- \(E\) は、力学的エネルギー
- \(K = \frac{1}{2}mv^2\) は、運動エネルギー
- \(U\) は、系内に存在するすべての位置エネルギーの和。例えば、重力とばねの両方が関わる系ならば、\(U = U_g + U_s = mgh + \frac{1}{2}kx^2\) となる。
力学的エネルギーは、系の「運動の状態(速さ)」と「位置の状態(高さやばねの変形)」を、一つの量で総合的に表したものと言えます。
8.2. 力学的エネルギー保存則とその成立条件
次に、この力学的エネルギーが「保存される(一定に保たれる)」とはどういうことか、その法則と、それが成り立つための厳密な条件を見ていきましょう。
力学的エネルギー保存則
もし、物体(または系)に仕事をする力が保存力のみである場合、その物体(または系)の力学的エネルギーは、時間的に一定に保たれる。
これを数式で表現すると、
\[ E = K + U = \text{一定} \]
となる。これは、運動の任意の初期状態(i)と終状態(f)において、
\[ E_i = E_f \]
すなわち、
\[ K_i + U_i = K_f + U_f \]
が成り立つことを意味する。
成立条件の重要性
この法則を適用する上で最も重要なのは、**「成立条件」**を正しく理解することです。力学的エネルギー保存則は、いつでも無条件に成り立つ魔法の杖ではありません。それは、
「非保存力(動摩擦力や空気抵抗など)が仕事をしない」
あるいは、
「系に外部から力が加えられたり、系からエネルギーが持ち去られたりしない(孤立系)」
という、極めて限定された理想的な状況においてのみ、厳密に成立する法則なのです。
問題文に「滑らかな」という記述があったり、摩擦や空気抵抗を「無視する」という指示があったりするのは、この成立条件を満たしていることを示唆する、重要なサインです。
8.3. 保存則の導出:仕事・エネルギー定理からの展開
なぜ、保存力のみが働くときに力学的エネルギーは保存されるのでしょうか。その理由は、すべてのエネルギー論の出発点である仕事・エネルギー定理から、論理的に導くことができます。
- 仕事・エネルギー定理から出発する:\(W_{net} = \Delta K = K_f – K_i\)これは、あらゆる状況で成り立つ基本定理です。
- 仕事を分解する:物体に働く力は、保存力と非保存力に大別できます。したがって、正味の仕事 \(W_{net}\) も、保存力がした仕事 \(W_c\) と、非保存力がした仕事 \(W_{nc}\) の和として書くことができます。\[ W_c + W_{nc} = \Delta K \quad \cdots ① \]
- 位置エネルギーの定義を適用する:位置エネルギーの変化量 \(\Delta U\) は、保存力がした仕事 \(W_c\) の負の値として定義されました。\[ \Delta U = -W_c \quad \Rightarrow \quad W_c = -\Delta U = -(U_f – U_i) \quad \cdots ② \]
- 式を結合・整理する:②を①に代入します。\( (- \Delta U) + W_{nc} = \Delta K \)移項して、\(W_{nc}\) について整理します。\[ W_{nc} = \Delta K + \Delta U \]ここで、\(\Delta K + \Delta U = (K_f – K_i) + (U_f – U_i) = (K_f + U_f) – (K_i + U_i)\)。そして、力学的エネルギーの定義 \(E = K + U\) を使うと、\((K_f + U_f) – (K_i + U_i) = E_f – E_i = \Delta E\)。したがって、私たちは以下の極めて一般的な関係式を得ます。\[ W_{nc} = \Delta E \]この式は**「非保存力がした仕事は、力学的エネルギーの変化量に等しい」**という、エネルギーに関する最も包括的な原理です。
- 保存則の条件を適用する:力学的エネルギー保存則が成立する条件は、「仕事をする力が保存力のみ」、すなわち**「非保存力がする仕事がゼロ (\(W_{nc} = 0\))」**であることです。この条件を、今しがた導いた一般式 \(W_{nc} = \Delta E\) に適用すると、\[ 0 = \Delta E = E_f – E_i \]\[ \therefore E_i = E_f \]となり、力学的エネルギー保存則が証明されました。
この導出プロセスは、単なる証明以上の重要な意味を持っています。それは、仕事・エネルギー定理、位置エネルギーの定義、そして力学的エネルギー保存則という、エネルギー論の主要な概念が、すべて一つの論理的な体系として繋がっていることを示しているからです。そして、この導出の途中で現れた一般式 \(W_{nc} = \Delta E\) こそが、次のセクションで学ぶ、保存則が成り立たない、より現実的な問題を解くための鍵となるのです。
9. 非保存力(動摩擦力など)がする仕事
力学的エネルギー保存則は、摩擦や空気抵抗のない、理想化された世界における美しい法則です。しかし、私たちの現実世界では、非保存力 (Non-conservative Force) が仕事をする場面の方がはるかに多く存在します。床の上を滑る物体はやがて止まり、振り子の振動は少しずつ小さくなって、いずれ静止します。これらの現象は、力学的エネルギーが「保存されていない」ことの証拠です。
では、失われた力学的エネルギーはどこへ行ってしまったのでしょうか?その答えを握るのが、動摩擦力や空気抵抗といった非保存力がする仕事です。このセクションでは、非保存力、特に動摩擦力がする仕事の性質を分析し、それがエネルギーを系から奪い去る「散逸」のメカニズムであることを明らかにします。
9.1. 非保存力の再確認
まず、非保存力の定義を思い出しましょう。
- 仕事が経路に依存する: A点からB点まで移動する際に非保存力がする仕事は、その経路によって値が変わる。
- 周回仕事がゼロにならない: 一周して元の位置に戻ってきても、非保存力がした仕事の合計は一般にゼロにならない。
代表例:動摩擦力
動摩擦力は、非保存力の最も典型的な例です。
その性質は、
- 向き: 常に運動方向と逆向き。
- 仕事: 常に負の仕事をする。動摩擦力の大きさ \(f_k\) が一定であるとすると、距離 \(x\) だけ移動する間に動摩擦力がする仕事 \(W_f\) は、\[ W_f = f_k \cdot x \cdot \cos180^\circ = -f_k x \]となります。この仕事は、物体がどちらの向きに動こうとも、常に負の値をとります。
9.2. 非保存力の仕事とエネルギー散逸
非保存力がする負の仕事は、一体何を意味するのでしょうか。それは、系の力学的エネルギーの減少を意味します。
前セクションの最後で導出した、エネルギーに関する最も一般的な原理式を思い出しましょう。
\[ W_{nc} = \Delta E = E_f – E_i \]
(非保存力がした仕事 = 力学的エネルギーの変化量)
この式に、動摩擦力が仕事をする場合を当てはめてみます。
動摩擦力以外の非保存力が働かないとすると、\(W_{nc} = W_f = -f_k x\)。
したがって、
\[ -f_k x = E_f – E_i \]
この式から、\(E_f = E_i – f_k x\) となります。
これは、**「摩擦が \(-f_k x\) という負の仕事をした結果、系の力学的エネルギーは、もとの値 \(E_i\) から \(f_k x\) の分だけ減少した」**と解釈できます。
エネルギーはどこへ消えたのか?:熱エネルギーへの変換
エネルギーが「減少した」と言っても、エネルギーそのものが宇宙から消滅したわけではありません。エネルギーは、別の形態に姿を変えただけです。
動摩擦力が仕事をする場合、その失われた力学的エネルギーのほとんどは、物体と床の接触面で熱エネルギー (Thermal Energy) に変換されます。手をこすり合わせると暖かくなるのは、まさしく摩擦力がした仕事が熱に変わる、このエネルギー変換のプロセスを体感しているのです。
このように、動摩擦力や空気抵抗は、系の力学的エネルギーを、熱などの他の形態のエネルギーに変換して散逸させてしまう効果を持ちます。そのため、これらの力は散逸力 (dissipative force) とも呼ばれます。
9.3. 仕事の計算における注意点
非保存力、特に動摩擦力がする仕事 \(W_f = -f_k x\) を計算する際には、いくつかの点に注意が必要です。
- 力の大きさを正しく求める:動摩擦力の大きさ \(f_k\) は、\(f_k = \mu_k N\) で与えられます。ここで、垂直抗力 \(N\) は、必ずしも \(mg\) とは限りません。斜面上の物体であれば \(N = mg\cos\theta\) となりますし、外部から力が加えられていれば、それに応じて \(N\) の値は変化します。まずは力のつりあいや運動方程式から、正しい \(N\) の値を求めることが先決です。
- 移動距離を正しく捉える:式の中の \(x\) は、摩擦力が働きながら**実際に移動した道のり(経路長)**です。変位の大きさとは異なる場合があるので注意が必要です(ただし、直線運動では一致します)。摩擦力がする仕事は経路に依存するため、この道のりの計算が重要になります。
例:粗い斜面を滑り降りる運動
質量 \(m\) の物体が、傾斜角 \(\theta\) の粗い斜面(動摩擦係数 \(\mu_k\))を、距離 \(L\) だけ滑り降りたとします。この間に動摩擦力がした仕事を求めます。
- 垂直抗力 \(N\) の計算:斜面に垂直な方向の力のつりあいより、\(N = mg\cos\theta\)。
- 動摩擦力 \(f_k\) の計算:\(f_k = \mu_k N = \mu_k mg\cos\theta\)。
- 動摩擦力がした仕事 \(W_f\) の計算:摩擦力は運動方向と逆向きに働くので、その仕事は負。\[ W_f = -f_k \times (\text{道のり}) = -(\mu_k mg\cos\theta) \cdot L \]
この計算結果を用いて、次のセクションで学ぶエネルギー原理の式に代入することで、滑り降りた後の速さなどを求めることができるようになります。
非保存力がする仕事の概念を理解することは、理想化された物理モデルから、より現実の世界に近い、エネルギーが散逸していく系を分析するための、不可欠なステップです。力学的エネルギー保存則が「光」の部分だとすれば、非保存力の仕事は、その法則の限界と、エネルギーのより普遍的な側面を照らし出す「影」の部分と言えるでしょう。
10. 力学的エネルギー変化と非保存力の仕事の関係
これまでの議論を経て、私たちはついに、エネルギーを用いた問題解決における、最も汎用的で強力な原理に到達しました。それが、**「力学的エネルギーの変化が、非保存力のする仕事に等しい」**という関係式です。
この関係式は、力学的エネルギー保存則を、非保存力が働く、より一般的な状況へと拡張したものです。保存則が成り立つ理想的な状況は、この一般原理の特殊なケース(非保存力がする仕事がゼロの場合)に過ぎません。この包括的なエネルギー原理をマスターすれば、摩擦がある斜面の問題、空気抵抗を受けながら落下する物体の問題など、力学で遭遇するほとんどの問題を、統一的な視点から解き明かすことが可能になります。
10.1. エネルギー原理の最重要公式
本モジュールの結論とも言える、最も重要な関係式を再掲します。
エネルギー原理(仕事とエネルギーの関係の一般形)
物体(または系)の力学的エネルギーの変化量 (\(\Delta E\)) は、その間に非保存力がした仕事 (\(W_{nc}\)) に等しい。
\[ W_{nc} = \Delta E \]
この式は、以下のように展開して用いるのが一般的です。
\[ W_{nc} = E_f – E_i = (K_f + U_f) – (K_i + U_i) \]
ここで、
- \(W_{nc}\): 動摩擦力や空気抵抗、あるいは人が加える力など、非保存力がした仕事の総和。
- \(E_i, E_f\): それぞれ、運動の初期状態と終状態における力学的エネルギー。
- \(K_i, K_f\): 初状態と終状態の運動エネルギー (\(\frac{1}{2}mv^2\))。
- \(U_i, U_f\): 初状態と終状態の位置エネルギー (\(mgh + \frac{1}{2}kx^2\) など)。
この公式は、運動の「始点」と「終点」という二つのスナップショットを撮り、その間のエネルギーの変化を、非保存力という「外部とのやりとり」に結びつける、壮大な物語を語っています。
10.2. 公式の解釈と使い方
この公式は、系のエネルギー収支を記述する「家計簿」のようなものだと考えることができます。
- \(E_i\): 月初めの所持金(運動エネルギー+位置エネルギー)。
- \(W_{nc}\): その月の収入や支出(非保存力がした仕事)。
- 人が物体を押すなど、外部から正の仕事がなされれば「収入」。
- 摩擦によって熱が奪われれば「支出」。
- \(E_f\): 月末の残高。
この観点から、公式 \(E_f = E_i + W_{nc}\) は、「月末の残高は、月初めの所持金に、その月の収入と支出を加えたものに等しい」という、至極当然の会計原則を表していると解釈できます。
力学的エネルギー保存則との関係
もし、非保存力が全く仕事をしない(\(W_{nc}=0\))、すなわち「収入も支出もゼロ」の月であれば、
\(E_f = E_i + 0 \Rightarrow E_f = E_i\)
となり、所持金は変化しません。これが、力学的エネルギー保存則に他なりません。
したがって、力学的エネルギー保存則は、この一般原理における、最もシンプルで理想的なケースなのです。
10.3. 問題解決への応用プロセス
このエネルギー原理を用いて問題を解くための、具体的な思考プロセスは以下の通りです。
【エネルギー原理を用いた問題解決アルゴリズム】
Step 1: 「始点」と「終点」を設定する
- 問題文を読み、エネルギーを比較したい運動の「始まり」と「終わり」の瞬間を明確に定める。
Step 2: 始点と終点におけるエネルギーを記述する
- 基準点の設定: 位置エネルギー(重力、弾性力)を計算するための基準点を、計算が最も楽になるように設定する。
- 初期エネルギー \(E_i\) の計算:
- 始点での速さ \(v_i\) から、運動エネルギー \(K_i = \frac{1}{2}mv_i^2\) を求める。
- 始点での高さ \(h_i\) やばねの変位 \(x_i\) から、位置エネルギー \(U_i = mgh_i + \frac{1}{2}kx_i^2\) を求める。
- \(E_i = K_i + U_i\) を計算する。
- 終状態エネルギー \(E_f\) の計算:
- 同様に、終点での速さ \(v_f\)、高さ \(h_f\)、変位 \(x_f\) から、\(E_f = K_f + U_f\) を計算する。
- 求めたい量が、これらの変数の中に未知数として含まれることになる。
Step 3: 非保存力がした仕事 \(W_{nc}\) を計算する
- 始点から終点までの間に、保存力以外の力(動摩擦力、人が加える力など)が仕事をしていないかを確認する。
- もし、非保存力が仕事をしているならば、その仕事 \(W_{nc}\) を計算する。
- 特に動摩擦力の仕事は、\(W_f = -f_k \times (\text{移動距離})\) となる。
- 非保存力が仕事をしていなければ、\(W_{nc}=0\) であり、この問題は力学的エネルギー保存則で解けることになる。
Step 4: エネルギー原理の式を立てて解く
- これまでの結果を、一般式 \((K_f + U_f) – (K_i + U_i) = W_{nc}\) に代入する。
- この方程式を、求めたい未知数について解く。
実践例:粗い斜面を滑り上がって止まる運動
問題: 水平な床を速さ \(v_0\) で滑ってきた質量 \(m\) の物体が、そのまま傾斜角 \(\theta\) の粗い斜面(動摩擦係数 \(\mu_k\))を駆け上がり、ある高さで一瞬静止した。物体が斜面に沿って滑り上がった距離 \(L\) を求めよ。
- 始点: 斜面に進入する直前。終点: 斜面上で一瞬静止した最高点。
- エネルギーの記述: 斜面の最下点を高さの基準 (h=0) とする。
- \(E_i\): \(K_i = \frac{1}{2}mv_0^2\), \(U_i = 0\)。よって \(E_i = \frac{1}{2}mv_0^2\)。
- \(E_f\): 一瞬静止するので \(K_f = 0\)。最高点の高さは \(h_f = L\sin\theta\) なので、\(U_f = mg(L\sin\theta)\)。よって \(E_f = mgL\sin\theta\)。
- 非保存力の仕事 \(W_{nc}\):斜面を距離 \(L\) だけ滑り上がる間、動摩擦力が仕事をする。
- 垂直抗力は \(N=mg\cos\theta\)。
- 動摩擦力は \(f_k = \mu_k N = \mu_k mg\cos\theta\)。
- 仕事は \(W_{nc} = W_f = -f_k \cdot L = -(\mu_k mg\cos\theta)L\)。
- 立式と求解:\(E_f – E_i = W_{nc}\)\( (mgL\sin\theta) – (\frac{1}{2}mv_0^2) = -(\mu_k mg\cos\theta)L \)求めたい未知数 \(L\) を含む項を左辺に集める。\( mgL\sin\theta + \mu_k mgL\cos\theta = \frac{1}{2}mv_0^2 \)\( mgL(\sin\theta + \mu_k \cos\theta) = \frac{1}{2}mv_0^2 \)両辺の \(m\) を消去し、\(L\) について解く。\[ L = \frac{v_0^2}{2g(\sin\theta + \mu_k \cos\theta)} \]
このように、エネルギー原理を用いれば、途中の加速度などを一切計算することなく、始点と終点の情報だけで、複雑な問題の答えを導き出すことができます。この視点の転換こそが、エネルギーという概念がもたらす、力学における最大の恩恵なのです。
Module 4:仕事と力学的エネルギーの総括:視点の転換がもたらす力学の新たな地平
本モジュールを通じて、私たちは力学の世界を支配するもう一つの根源的な言語、「エネルギー」を学びました。それは、運動方程式を主役とするベクトル的な力の分析とは一線を画す、スカラー量に基づいた、全く新しい問題解決のパラダイムです。この視点の転換は、力学の問題解決能力を飛躍的に高め、現象に対するより深く、大局的な理解を可能にします。
旅の始まりは、物理学における仕事の厳密な定義でした。力と変位の内積として定義される仕事は、エネルギーを移動させる「プロセス」そのものであり、その正負がエネルギーの増減に対応することを学びました。そして、仕事の時間効率である仕事率の概念を導入しました。
次に、運動する物体が持つ運動エネルギー \(K=\frac{1}{2}mv^2\) を定義し、この式が運動方程式から必然的に導かれること、そして、「なされた仕事の総量が、運動エネルギーの変化に等しい」という仕事・エネルギー定理が、力とエネルギーを結ぶ基本原理であることを確立しました。
この定理を礎として、私たちは力の性質を「保存力」と「非保存力」に分類しました。仕事が経路によらない重力や弾性力といった保存力に対しては、その仕事量を位置エネルギー \(U\)(\(mgh\) や \(\frac{1}{2}kx^2\))という「状態量」として蓄えることができること、そしてその計算には基準点の任意性という柔軟な思考が許されることを理解しました。
そして、この二つのエネルギー、運動エネルギーと位置エネルギーの和を力学的エネルギー \(E=K+U\) と定義し、系に働く力が保存力のみという理想的な条件下では、この \(E\) の総量が一定に保たれるという、強力で美しい力学的エネルギー保存則に到達しました。
しかし、私たちの探求はそこで終わりませんでした。摩擦力のような非保存力が仕事をする、より現実的な状況を分析し、その仕事が力学的エネルギーを熱などに変えて「散逸」させる役割を担うことを見抜きました。最終的に、私たちは「力学的エネルギーの変化量は、非保存力がした仕事に等しい (\(\Delta E = W_{nc}\))」という、最も包括的で普遍的なエネルギー原理を手にしました。この一つの式が、エネルギー保存則が成り立つ理想的な系から、エネルギーが失われていく現実的な系まで、すべての現象を統一的に記述するのです。
もはや、あなたの前にあるのは、運動方程式という一本道だけではありません。エネルギーという、山頂への別ルートが開かれました。ある問題は力の言葉で、またある問題はエネルギーの言葉で語りかけるのが、最もエレガントな解法へと繋がります。どちらの言語を、いつ、どのように使い分けるか。その戦略的な判断力こそが、力学を真にマスターした者の証となるでしょう。