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【基礎 物理(力学)】Module 6:運動量と力積
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは力学の世界を二つの異なる、しかし相補的な視点から探求してきました。一つは、ニュートンの運動方程式 \(\vec{F}=m\vec{a}\) を用いて、力のベクトル的な相互作用から運動のプロセスを追跡する「動力学」の視点。もう一つは、仕事とエネルギーというスカラー量を用いて、運動の始状態と終状態を比較する「エネルギー論」の視点です。
本モジュールでは、第三の、そして同様に強力な視点を導入します。それが**「運動量(Momentum)」です。運動量は、エネルギーが特に「状態」を記述するのに長けていたのに対し、物体間の「相互作用(インタラクション)」、特に衝突や分裂**といった、極めて短時間に巨大な力が働く現象を分析する上で、絶大な威力を発揮します。
なぜ新しい概念が必要なのでしょうか。衝突の最中に働く力は、その大きさが時間的に複雑に変化するため、運動方程式で直接扱うのは極めて困難です。しかし、そのような複雑な相互作用の中にも、驚くほどシンプルに保たれる量が存在します。それが、系全体の「運動の総量」とも言える運動量です。
このモジュールでは、まず運動量と、その変化の原因である**力積(Impulse)**を定義し、両者を結びつける基本定理を導きます。そして、その帰結として得られる、物理学における最も基本的な保存則の一つ、運動量保存則を確立します。この法則を武器に、私たちはこれまで正面から扱うことが難しかった衝突や分裂といった現象の核心に迫ります。
- 運動量のベクトル的定義: 「運動の勢い」を定量化する物理量、運動量を、そのベクトル的な性質と共に厳密に定義します。
- 力積の定義と運動方程式からの導出: 運動量を変化させる原因である力積を定義し、それが運動方程式のもう一つの表現形式から自然に導かれることを見ます。
- 運動量と力積の関係(運動量変化): 「与えられた力積が、運動量の変化に等しい」という、仕事・エネルギー定理に対応する重要な関係を確立します。
- 運動量保存則の導出と成立条件: 作用・反作用の法則を土台として、なぜ、そしてどのような条件下で系全体の運動量が保存されるのか、その論理を導きます。
- 内力と外力の区別と運動量保存: 保存則が成り立つための鍵となる、内力と外力の厳密な区別と、その物理的な意味を深く理解します。
- 一直線上の衝突における運動量保存: 運動量保存則を、最も基本的な一次元衝突問題に応用し、その計算手法を習得します。
- 平面上の衝突:ベクトル成分による運動量保存: 運動量がベクトル量であることを活かし、二次元の衝突を成分ごとに分解して解析する手法を学びます。
- 分裂現象における運動量保存則の適用: 爆発やロケットの噴射など、物体が分裂する現象もまた、運動量保存則によって見事に記述できることを示します。
- 撃力と平均の力の概念: 衝突時に働く、短時間で巨大な力を「撃力」として捉え、その時間平均としての「平均の力」を計算する方法を学びます。
- 連続体の運動(ロケットの原理)への応用: 質量が連続的に変化するロケットの運動を、運動量保存則の観点から分析し、その推進原理を解き明かします。
このモジュールを修了するとき、あなたは衝突という複雑な現象を前にしても、もはや恐れることはありません。あなたは、その背後で厳然と成立している運動量保存則という不変の法則を見抜き、相互作用の前後関係を、シンプルかつ定量的に結びつけるための、普遍的な知恵を手にしているはずです。
1. 運動量のベクトル的定義
力学の世界を探求する上で、物体の運動状態を特徴づける量は一つではありません。速さや運動エネルギーは、運動の「激しさ」をスカラー量として捉えるのに有効でした。しかし、これらの量だけでは、運動が持つもう一つの重要な側面、すなわち「方向」と「止めにくさ」を十分に表現できません。
例えば、時速100kmで飛ぶピンポン玉と、時速10kmでゆっくりと進む大型トラックを考えてみましょう。運動エネルギー(\(\frac{1}{2}mv^2\))はピンポン玉の方が大きいかもしれませんが、運動を止めさせるのが困難なのは、圧倒的にトラックの方です。この「運動の勢い」あるいは「止めにくさ」を、方向まで含めて定量化するために導入されたのが、運動量 (Momentum) です。
1.1. 運動量の定義
運動量は、アイザック・ニュートンが「運動の量 (quantity of motion)」と呼んだものに由来し、物体の質量と速度の積として定義されます。
運動量の定義
質量 \(m\) の物体が、速度 \(\vec{v}\) で運動しているとき、その物体の運動量 \(\vec{p}\) は、次式で定義される。
\[ \vec{p} = m\vec{v} \]
この定義式から、運動量の基本的な性質を理解することが重要です。
- ベクトル量であること:運動量の定義式 \(\vec{p} = m\vec{v}\) の上には、矢印がついています。これは、運動量がベクトル量であることを示しています。質量 \(m\) は正のスカラーなので、運動量ベクトル \(\vec{p}\) の向きは、常に速度ベクトル \(\vec{v}\) の向きと完全に一致します。物体が北向きに運動していれば、その運動量も北向きです。このベクトル的な性質が、エネルギーとの決定的な違いであり、運動量という概念を非常に強力なものにしています。
- 大きさと単位:運動量の大きさは、単純に質量と速さの積 \(p = mv\) で与えられます。国際単位系(SI)における単位は、質量の単位 [kg] と速度の単位 [m/s] の積である [kg·m/s] となります。この単位には、ジュールやワットのような固有の名称は与えられていません。
1.2. 運動量の物理的な意味
運動量は、単なる数学的な定義に留まらず、豊かな物理的意味合いを持っています。
1. 「運動の勢い」の尺度として
運動量の大きさ \(p=mv\) は、物体の「運動の勢い」を直感的に表現しています。
- 同じ速さで運動している物体ならば、質量が大きいほど運動量も大きい(例:自転車とトラック)。
- 同じ質量の物体ならば、速さが大きいほど運動量も大きい(例:歩いている人と走っている人)。冒頭のトラックの例では、その巨大な質量 \(m\) のために、たとえ速さ \(v\) が小さくとも、非常に大きな運動量 \(p=mv\) を持っているのです。
2. 「止めにくさ」の尺度として
運動量は、その物体の運動を停止させるのが、どれだけ困難であるかを示す指標と解釈することもできます。大きな運動量を持つ物体を止めるには、大きな力積(後のセクションで学習)を与える必要があります。トラックを短時間で止めようとすれば巨大な力が必要になり、ボウリングの球がピンをなぎ倒すのも、その大きな運動量によるものです。
3. ニュートン力学の本来の出発点
歴史的には、ニュートンは彼の運動法則を、我々が慣れ親しんでいる加速度 \(\vec{a}\) ではなく、この運動量 \(\vec{p}\) を用いて定式化しました。ニュートンの第二法則の本来の形は、「力の合力は、運動量の時間変化率に等しい (\(\vec{F} = d\vec{p}/dt\))」というものです。この表現は、質量が変化する場合(ロケットなど)にも適用できる、より一般的で根源的な形式です。私たちが普段使っている \(\vec{F}=m\vec{a}\) は、質量が一定であるという条件下での、その特殊な場合に過ぎません。
運動量という概念を導入することで、私たちは物体の運動を、質量と速度が一体となった、方向性を持つ「勢い」として捉えることができるようになります。このベクトル的な「勢い」が、複数の物体が相互作用する衝突現象などを分析する際に、エネルギーとは異なる、独自の強力な視点を提供してくれるのです。
2. 力積の定義と運動方程式からの導出
運動量が「運動の勢い」を表す量であるならば、その「勢い」を変化させる原因は何でしょうか。静止しているボールを蹴って動かしたり、飛んでくるボールをバットで打ち返したりする場面を想像してください。運動量を変化させるのは、物体に力が、ある時間だけ働くことです。
このように、「どのくらいの力が、どれくらいの時間作用したか」という、力の時間的な効果を総合的に表す物理量が力積 (Impulse) です。力積は、運動量の変化を引き起こす直接の原因であり、両者は切っても切れない関係にあります。このセクションでは、力積を厳密に定義し、その定義がニュートンの運動方程式からいかに自然に導かれるかを見ていきます。
2.1. 運動方程式の再定式化:力と運動量の関係
すべての出発点は、ニュートンの運動第二法則です。
\[ \vec{F} = m\vec{a} \]
ここで、\(\vec{F}\) は物体に働く合力です。
加速度 \(\vec{a}\) は、速度 \(\vec{v}\) の時間微分 (\(\vec{a} = d\vec{v}/dt\)) として定義されました。これを運動方程式に代入します。
\[ \vec{F} = m \frac{d\vec{v}}{dt} \]
多くの力学問題で前提とされるように、物体の質量 \(m\) が運動中に変化しない(一定である)と仮定すると、定数である \(m\) を微分の内側に入れることができます。
\[ \vec{F} = \frac{d(m\vec{v})}{dt} \]
ここで、括弧の中の \(m\vec{v}\) は、前セクションで定義した運動量 \(\vec{p}\) そのものです。
したがって、運動方程式は以下のように書き換えられます。
運動方程式(運動量による表現)
\[ \vec{F} = \frac{d\vec{p}}{dt} \]
この式は、ニュートンの第二法則の、より一般的で根源的な表現です。この式が語る物理的な意味は、極めて明快です。
「物体に働く力の合力は、その物体の運動量の、時間的な変化の割合(変化率)に等しい。」
つまり、力が大きいほど、あるいは同じ力でも、運動量はより急激に変化するのです。
2.2. 力積の定義
運動方程式の新しい形 \(d\vec{p}/dt = \vec{F}\) を、微小な変化量について書き直すと、
\[ d\vec{p} = \vec{F} dt \]
となります。これは、「微小な時間 \(dt\) の間に、運動量は \(\vec{F}dt\) だけ変化する」ことを意味します。
では、ある有限の時間区間、例えば時刻 \(t_i\) から \(t_f\) までの間に、運動量が全体としてどれだけ変化したかを知るには、この微小な変化量 \(\vec{F}dt\) を、その時間区間にわたってすべて足し合わせればよいはずです。この「足し合わせる」操作が、数学における積分です。
運動量の総変化量 \(\Delta \vec{p} = \vec{p}f – \vec{p}i\) は、
\[ \Delta \vec{p} = \int{t_i}^{t_f} d\vec{p} = \int{t_i}^{t_f} \vec{F}(t) dt \]
となります。この右辺の積分、すなわち**「力と時間の積」を時間全体で合計したものを、物理学では力積 (Impulse)** と定義します。
力積の定義
時刻 \(t_i\) から \(t_f\) までの間に、物体に力 \(\vec{F}(t)\) が作用するとき、その力が物体に与える力積 \(\vec{I}\) は、次式で定義される。
\[ \vec{I} = \int_{t_i}^{t_f} \vec{F}(t) dt \]
2.3. 力積の性質と、力が一定の場合の表現
力積の定義から、その重要な性質がわかります。
- ベクトル量: 力 \(\vec{F}\) がベクトルなので、力積 \(\vec{I}\) もまたベクトル量です。その向きは、時間積分された力の平均的な向きと一致します。
- 単位: 力の単位 [N] と時間の単位 [s] の積である [N·s] となります。この単位は、運動量の単位 [kg·m/s] と等価です(\(1 , \text{N·s} = 1 , (\text{kg·m/s}^2)\text{·s} = 1 , \text{kg·m/s}\))。
- グラフによる解釈: 力積の積分定義は、力-時間グラフ(F-tグラフ)において、グラフと時間軸で囲まれた部分の面積に相当します。力が時間的に複雑に変化する場合でも、この面積を求めることで力積を計算できます。
力が一定の場合
多くの場合、特に衝突のような短時間の現象では、力の時間変化は複雑ですが、その平均的な値を考えることができます。もし、作用する力 \(\vec{F}\) が、時間区間 \(\Delta t = t_f – t_i\) の間、一定であると見なせるならば、積分は単純な掛け算になります。
力が一定の場合の力積
\[ \vec{I} = \vec{F} \Delta t \]
この \(\vec{F} \Delta t\) というシンプルな形は、力積の概念を直感的に理解するのに役立ちます。「大きな力で、長い時間」作用するほど、大きな力積が与えられる、ということです。
力積は、力が空間的に作用した結果である「仕事」と、美しい対比をなしています。
- 仕事 \(W = \vec{F} \cdot \vec{x}\): 力の空間的な効果。エネルギーを変化させる。
- 力積 \(\vec{I} = \vec{F} \Delta t\): 力の時間的な効果。運動量を変化させる。
この力積という概念を導入したことで、私たちは運動方程式を、次のセクションで学ぶ、積分形である「力積と運動量の関係」へと書き換える準備が整いました。
3. 運動量と力積の関係(運動量変化)
前セクションで、私たちは運動方程式 \(\vec{F}=d\vec{p}/dt\) を時間で積分することによって、力積 \(\vec{I} = \int \vec{F} dt\) と、運動量の総変化量 \(\Delta \vec{p}\) が等しいという関係を導きました。
\[ \Delta \vec{p} = \int \vec{F} dt \]
この二つの量が等しいという関係は、それ自体が一つの独立した、極めて重要な物理法則として扱われます。これが力積と運動量の関係、あるいは運動量-力積の定理 (Impulse-Momentum Theorem) です。
この定理は、仕事と運動エネルギーの関係(仕事・エネルギー定理)と並び、運動方程式を積分して得られる、力学における二大原理の一つです。
3.1. 運動量-力積の定理
この定理は、以下のように簡潔に述べられます。
運動量と力積の関係(運動量-力積の定理)
物体が受けた力積は、その物体の運動量の変化に等しい。
\[ \vec{I} = \Delta \vec{p} \]
この関係を展開して書くと、以下のようになる。
\[ \int_{t_i}^{t_f} \vec{F}(t) dt = \vec{p}_f – \vec{p}_i = m\vec{v}_f – m\vec{v}_i \]
特に、作用した力の平均値を \(\vec{F}{avg}\)、作用時間を \(\Delta t\) とすると、
\[ \vec{F}{avg} \Delta t = m\vec{v}_f – m\vec{v}_i \]
この定理は、ベクトル方程式であることに注意が必要です。すなわち、力積の方向と、運動量が変化した方向は、常に一致します。
3.2. 定理の物理的解釈と応用場面
この定理は、力、時間、質量、速度という、動力学の基本的な要素を一つの関係式で結びつける、強力なツールです。
物理的解釈:
「物体の運動量(勢い)を変化させたいならば、その物体に力積(力の時間的蓄積)を与えなければならない。」
- 静止している物体を動かすには、\(\Delta \vec{p} = m\vec{v} – \vec{0} = m\vec{v}\) という運動量の変化が必要です。そのためには、\(\vec{I} = m\vec{v}\) となるような力積を与えなければなりません。
- 運動している物体の運動量をゼロにする(止める)には、\(\Delta \vec{p} = \vec{0} – m\vec{v} = -m\vec{v}\) という、元の運動量と逆向きの変化が必要です。そのためには、運動方向と逆向きに \(\vec{I} = -m\vec{v}\) という力積を与えなければなりません。
応用場面:
この定理は、特に衝突や打撃のように、ごく短時間に非常に大きな力が働く現象を分析する際に、絶大な威力を発揮します。
なぜなら、このような現象では、
- 力の瞬間的な値 \(\vec{F}(t)\) を測定するのは非常に難しい。
- しかし、衝突前後の速度 \(\vec{v}_i, \vec{v}_f\) を測定するのは比較的容易である。
衝突前後の速度がわかれば、運動量の変化 \(\Delta \vec{p}\) を計算できます。すると、運動量-力積の定理によって、物体が受けた力積 \(\vec{I}\) の総量を、力の詳細を知ることなく、正確に決定することができるのです。
3.3. 実践例による定理の適用
例1:テニスボールの打ち返し
状況: 質量 60 g (0.060 kg) のテニスボールが、速さ 30 m/s で水平に飛んできた。選手がこれをラケットで打ち返したところ、ボールは逆向きに、速さ 40 m/s で水平に飛び去った。ラケットがボールに与えた力積の大きさを求めよ。
- 座標軸の設定:ボールが最初に飛んできた方向を正(+x方向)とします。
- 初期運動量 \(\vec{p}_i\) の計算:
- \(v_i = +30 , \text{m/s}\)
- \(p_i = mv_i = 0.060 \times (+30) = +1.8 , \text{kg·m/s}\)
- 終状態運動量 \(\vec{p}_f\) の計算:
- ボールは逆向きに飛んでいくので、\(v_f = -40 , \text{m/s}\)。
- \(p_f = mv_f = 0.060 \times (-40) = -2.4 , \text{kg·m/s}\)
- 運動量の変化 \(\Delta \vec{p}\) の計算:
- \(\Delta p = p_f – p_i = (-2.4) – (+1.8) = -4.2 , \text{kg·m/s}\)
- 力積 \(\vec{I}\) の決定:
- 運動量-力積の定理より、\(I = \Delta p\)。
- \(I = -4.2 , \text{kg·m/s}) (または \(-4.2 , \text{N·s}\))
- 力積の大きさは \(|I| = 4.2 , \text{N·s}\)。負号は、力積がボールの最初の進行方向とは逆向き(ラケットがボールを押した向き)に与えられたことを示しています。
例2:衝撃の緩和
状況: 同じ質量のガラスのコップを、同じ高さから、(A) 硬いコンクリートの床と、(B) 柔らかいカーペットの上に落とす。なぜ、(A)では割れやすく、(B)では割れにくいのか。
- 運動量変化の比較:コップが床に衝突する直前の速度は、どちらの場合も同じです。衝突後、コップは静止するので、衝突中にコップが経験する運動量の変化 \(\Delta \vec{p}\) は、(A)でも(B)でも同じです。
- 力積の比較:運動量-力積の定理により、コップが床から受ける力積 \(\vec{I}\) の総量も、(A)と(B)で同じはずです (\(I=\Delta p\))。
- 力と時間の関係:力積は \(I = F_{avg} \Delta t\) と表せます。この値が一定なのですから、\[ F_{avg} \Delta t = \text{一定} \]これは、平均の力 \(F_{avg}\) と、力が作用する時間 \(\Delta t\) が、反比例の関係にあることを意味します。
- 結論:
- (A) コンクリートの場合: 衝突は瞬時に終わります。作用時間 \(\Delta t\) が非常に短いため、同じ力積を生み出すには、平均の力 \(F_{avg}\) が非常に大きくなければなりません。この巨大な力が、コップを破壊します。
- (B) カーペットの場合: カーペットが沈み込むことで、衝突時間が引き延ばされます。作用時間 \(\Delta t\) が長いため、同じ力積を生み出すのに必要な平均の力 \(F_{avg}\) は、小さくて済みます。この力がコップの強度限界を超えないため、コップは割れにくいのです。
この「衝撃の緩和」の原理は、自動車のエアバッグや、梱包材、スポーツの着地動作など、私たちの身の回りの安全技術の至るところで応用されています。運動量-力積の定理は、これらの現象を、定性的かつ定量的に理解するための、基本的な考え方を提供してくれるのです。
4. 運動量保存則の導出と成立条件
運動量と力積の関係を確立したことで、私たちは物理学における最も根源的で、広範囲に応用される保存則の一つ、運動量保存則 (Law of Conservation of Momentum) を導出する準備が整いました。
エネルギー保存則が、仕事をする力が保存力のみという厳しい条件下で成り立ったのに対し、運動量保存則は、より緩やかな、しかし同様に厳密な条件下で成立します。この法則は、二つ(あるいはそれ以上)の物体が、衝突や分裂など、互いに力を及ぼし合う(相互作用する)系を分析する際に、無類の力を発揮します。
4.1. 運動量保存則の導出
運動量保存則の論理的な根源は、ニュートンの**運動の第三法則(作用・反作用の法則)**にあります。
導出プロセス:
状況: 外部から力が働かない(孤立した)空間で、質量 \(m_A\) の物体Aと、質量 \(m_B\) の物体Bが、互いに力を及ぼし合っている(例えば、衝突している)系を考えます。
- 作用・反作用の法則の適用:物体Aが物体Bに及ぼす力を \(\vec{F}{AB}\)(作用)、物体Bが物体Aに及ぼす力を \(\vec{F}{BA}\)(反作用)とします。第三法則によれば、これらの力は常に大きさが等しく、向きが反対です。\[ \vec{F}{AB} = – \vec{F}{BA} \quad \Rightarrow \quad \vec{F}{AB} + \vec{F}{BA} = \vec{0} \quad \cdots ① \]
- 各物体の運動量の変化:運動方程式の運動量表現 (\(\vec{F} = d\vec{p}/dt\)) を、各物体に適用します。
- 物体Aの運動量の時間変化率: \(\frac{d\vec{p}A}{dt} = \vec{F}{BA}\) (Aに働く力はBからの力のみ)
- 物体Bの運動量の時間変化率: \(\frac{d\vec{p}B}{dt} = \vec{F}{AB}\) (Bに働く力はAからの力のみ)
- 系全体の運動量の変化:この「AとBを合わせた全体」を一つの系と考え、その系全体の総運動量 \(\vec{P}_{sys} = \vec{p}_A + \vec{p}B\) が、時間とともにどのように変化するかを見てみましょう。総運動量の時間変化率は、\[ \frac{d\vec{P}{sys}}{dt} = \frac{d}{dt}(\vec{p}A + \vec{p}B) = \frac{d\vec{p}A}{dt} + \frac{d\vec{p}B}{dt} \]ここに、2.の結果を代入すると、\[ \frac{d\vec{P}{sys}}{dt} = \vec{F}{BA} + \vec{F}{AB} \]この右辺に、①の作用・反作用の関係を適用すると、\[ \frac{d\vec{P}{sys}}{dt} = \vec{0} \]
- 結論:ある量の時間変化率がゼロであるということは、その量が**時間的に変化しない(一定である)**ことを意味します。したがって、\[ \vec{P}_{sys} = \vec{p}_A + \vec{p}_B = \text{一定} \]となり、運動量保存則が証明されました。
4.2. 運動量保存則のステートメントと成立条件
導出の過程を振り返り、法則の正確な内容と、それが成り立つための条件を明確にします。
運動量保存則
ある系に働く外力の合力がゼロであるならば、その系の総運動量(系内の全物体の運動量のベクトル和)は、時間的に一定に保たれる。
これを数式で表現すると、
\[ \vec{P}{initial} = \vec{P}{final} \]
となる。二つの物体の系であれば、
\[ m_A \vec{v}{A,i} + m_B \vec{v}{B,i} = m_A \vec{v}{A,f} + m_B \vec{v}{B,f} \]
成立条件の吟味:
この法則が成り立つための唯一の、そして絶対的な条件は、**「系に働く外力の合力がゼロであること」**です。
- 内力 (Internal Force): 系内部の物体同士が及し合う力(衝突力など)は、常に作用・反作用のペアで現れるため、系全体の運動量を変化させることは絶対にありません。衝突の最中に、どれほど巨大な力が働いていようとも、それらは内力である限り、運動量保存則は揺らぎません。
- 外力 (External Force): 系の外部から働く力(重力、摩擦力、人が押す力など)が存在し、それらの合力がゼロでない場合は、系全体の運動量は変化し、保存則は成り立ちません。
近似的な成立:
多くの場合、衝突現象は極めて短時間で終了します。その短い時間の間、重力や摩擦力といった外力が与える力積は、衝突時に働く巨大な内力(撃力)が与える力積に比べて、無視できるほど小さいことがあります。
このような場合、私たちは**「衝突の直前と直後において、近似的に運動量は保存される」**と見なして、問題を解くことができます。これは非常に実用的な近似であり、多くの衝突問題で暗黙の前提とされています。
エネルギー保存則との比較:
| | 力学的エネルギー保存則 | 運動量保存則 |
| :— | :— | :— |
| 成立条件 | 仕事をする力が保存力のみ | 系に働く外力の合力がゼロ |
| 衝突での成立| 弾性衝突でのみ成立 | あらゆる衝突で(近似的に)成立 |
運動量保存則は、エネルギー保存則よりも適用範囲が広い、より頑強な法則であると言えます。エネルギーが熱などに散逸してしまう非弾性衝突であっても、運動量は(系全体として)きちんと保存されているのです。この性質が、衝突問題を分析する上で、運動量保存則を第一の道具たらしめている理由です。
5. 内力と外力の区別と運動量保存
前セクションで確立した運動量保存則。その成立条件は「系に働く外力の合力がゼロであること」でした。この一文は、この法則を正しく使いこなすための、最も重要な鍵を握っています。
問題を解くにあたり、私たちはまず、分析の対象とする**「系(システム)」を定義し、次に、その系に働くすべての力を「内力」と「外力」**に正確に分類しなければなりません。この分類作業を誤ると、保存則の適用を誤り、全く見当違いの結論に至ってしまいます。このセクションでは、具体例を通じて、内力と外力を区別する実践的な思考法を養います。
5.1. 内力と外力の定義の再確認
- 系 (System):私たちが考察の対象として任意に設定する、一つまたは複数の物体の集まり。
- 内力 (Internal Force):系を構成する物体同士が、互いに及ぼし合う力。作用・反作用の法則に従い、系全体で考えたとき、そのベクトル和は常にゼロになる。系全体の運動量を変化させることはない。
- 外力 (External Force):系の外部にある物体から、系内の物体に及ぼされる力。その合力がゼロでない限り、系全体の運動量を変化させる。
どこまでを「系」と見なすかによって、ある力が内力になったり、外力になったりすることに注意が必要です。
5.2. ケーススタディによる分類の実践
ケース1:滑らかな氷上の2つのボールの衝突
- 状況: 摩擦のない水平な氷の上で、ボールAとボールBが衝突する。
- 系の設定: 「ボールA + ボールB」を一つの系と考える。
- 力の分類:
- 内力:
- 衝突中に、AがBを押す力と、BがAを押す力。これらは作用・反作用のペアであり、ベクトル和はゼロ。
- 外力:
- 地球がAを引く重力、地球がBを引く重力(鉛直下向き)。
- 氷がAを押す垂直抗力、氷がBを押す垂直抗力(鉛直上向き)。
- 内力:
- 保存則の適否:鉛直方向の外力である重力と垂直抗力は、それぞれのボールについてつりあっています(\(N=mg\))。したがって、系に働く外力の合力は、鉛直方向も水平方向もゼロです。結論:この系の総運動量は、衝突の前後で厳密に保存される。
ケース2:放物運動をするボール
- 状況: 空中に投げ出され、放物運動をしているボール。
- 系の設定: 「ボール」のみを一つの系と考える。
- 力の分類:
- 内力: なし(系は一つの物体のみ)。
- 外力:
- 地球がボールを引く重力 \(mg\)(鉛直下向き)。(空気抵抗は無視)
- 保存則の適否:系に働く外力である重力は、明らかにゼロではありません。結論:ボール単体の運動量は、保存されない。実際、重力という下向きの外力が働き続けるため、ボールの運動量の鉛直成分は、時間とともに下向きに増加し続けます。
ケース3:ケース2の再考(系を拡張する)
- 状況: ケース2と同じ、放物運動をするボール。
- 系の設定: 「ボール + 地球」を一つの巨大な系と考える。
- 力の分類:
- 内力:
- 地球がボールを引く重力と、ボールが地球を引く万有引力。これらは、系内部の物体同士が及ぼし合う力なので、内力となる。
- 外力:
- 太陽や月が及ぼす引力などがあるが、これらは無視できるほど小さい。したがって、実質的に外力は働いていないと見なせる。
- 内力:
- 保存則の適否:系に働く外力の合力は、ほぼゼロと見なせます。結論:「ボール+地球」という系の総運動量は、保存される。ボールが上昇するとき、その上向きの運動量は減少しますが、その反作用で、地球はごくわずかに下向きの運動量を得ます。ボールが落下するときはその逆です。系全体としてみれば、総運動量は常に一定に保たれているのです。通常、地球の質量が巨大すぎるため、この地球の運動量の変化は観測にかからず、私たちはケース2のように「ボールの運動量は保存されない」と扱うわけです。
ケース4:特定の方向でのみ運動量が保存される場合
- 状況: 粗い水平面上で、ボールAが静止しているボールBに衝突する。
- 系の設定: 「ボールA + ボールB」を一つの系と考える。
- 力の分類:
- 内力: 衝突力。
- 外力: 重力、垂直抗力、そして動摩擦力。
- 保存則の適否:
- 鉛直方向(y方向): 重力と垂直抗力はつりあっているので、y方向の外力の合力はゼロ。したがって、y方向の運動量は保存される(もともとゼロで、衝突後もゼロ)。
- 水平方向(x方向): 衝突中、床からの動摩擦力が、運動を妨げる向きに働く。これはゼロではない外力です。したがって、x方向の運動量は、厳密には保存されない。
- 近似の適用:しかし、ここでSection 4で学んだ近似が重要になります。衝突中に働く内力(撃力)は、摩擦力に比べて非常に大きいと考えられます。また、衝突時間は極めて短いです。そのため、衝突時間中に摩擦力が与える力積(\(f_k \Delta t\))は、衝突の内力が与える力積に比べて無視できるほど小さいと見なせます。近似的結論:衝突の「直前」と「直後」を比較する限りにおいて、水平方向の運動量も、ほぼ保存されると考えてよい。
問題解決への指針
- まず「系」を定義する: 分析したい物体群を明確にする。
- 力を「内力」と「外力」に分類する: 系の境界線を意識する。
- 外力の合力を評価する:
- 合力が(厳密に、あるいは近似的に)ゼロであれば、運動量保存則を適用する。
- 合力がゼロでない方向があれば、その方向の運動量は保存されない。しかし、別の方向では保存されるかもしれない(成分ごとに考える)。
この内力と外力の区別は、単なる手続きではありません。それは、ある物理現象において、「何が本質的な相互作用で、何が外部からの影響なのか」を見抜く、物理的な洞察力の表れなのです。
6. 一直線上の衝突における運動量保存
運動量保存則という強力な原理を手に、私たちはその最初の応用として、最も基本的な相互作用である**一直線上の衝突(一次元衝突)**を解析します。物体が一直線上でのみ運動するため、ベクトルである運動量も、向きを正負の符号で表すスカラー量として扱うことができ、計算が比較的容易です。
このセクションでは、運動量保存則を一次元衝突の様々なパターン(弾性衝突、非弾性衝突、完全非弾性衝突)に適用し、衝突後の物体の運動を予測する手法を習得します。
6.1. 一次元衝突の基本方程式
質量 \(m_1\) の物体1が速度 \(v_1\) で、質量 \(m_2\) の物体2が速度 \(v_2\) で運動しており、これらが一直線上で衝突し、衝突後の速度がそれぞれ \(v_1’\), \(v_2’\) になったとします。
運動量保存則の立式
衝突の前後で、系(物体1 + 物体2)の総運動量は保存されるので、以下の基本方程式が成り立ちます。
一次元衝突における運動量保存則
\[ m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1′ + m_2 v_2′ \]
計算上の最重要注意点:符号の扱い
この式を適用する上で、最も重要なのが速度の符号です。
- まず、一直線上に正の向きを一つ定めます(例:右向きを正)。
- その向きと同じ向きの速度は、正の値として式に代入します。
- 正の向きとは逆向きの速度は、負の値として式に代入します。
この符号のルールを徹底することが、計算ミスを防ぐための絶対的な鍵です。
6.2. 衝突のパターン別解析
運動量保存則の式だけでは、未知数が \(v_1’\) と \(v_2’\) の二つあるため、方程式が一つ足りず、解を確定できません。衝突後の運動を知るためには、もう一つ、衝突の性質に関する情報が必要です。
パターン1:完全非弾性衝突 (Perfectly Inelastic Collision)
- 追加条件: 衝突後、二つの物体は合体して一体となって運動する。\[ v_1′ = v_2′ = V \quad (\text{共通の速度 V}) \]
- 方程式:運動量保存則の式にこの条件を代入すると、\( m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 V + m_2 V \)\[ m_1 v_1 + m_2 v_2 = (m_1 + m_2)V \]この式から、合体後の速度 \(V\) を直接求めることができます。\[ V = \frac{m_1 v_1 + m_2 v_2}{m_1 + m_2} \]これは、二つの物体の運動量の合計を、合計の質量で割ったもの、すなわち系の重心速度に他なりません。
パターン2:弾性衝突 (Elastic Collision)
- 追加条件: 衝突の前後で、系の力学的エネルギー(運動エネルギー)が保存される。\[ \frac{1}{2}m_1 v_1^2 + \frac{1}{2}m_2 v_2^2 = \frac{1}{2}m_1 v_1’^2 + \frac{1}{2}m_2 v_2’^2 \]
- 方程式:私たちは、運動量保存則とエネルギー保存則という、二つの連立方程式を解くことになります。
- \(m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1′ + m_2 v_2’\)
- \(\frac{1}{2}m_1 v_1^2 + \frac{1}{2}m_2 v_2^2 = \frac{1}{2}m_1 v_1’^2 + \frac{1}{2}m_2 v_2’^2\)
この連立方程式を直接解くのは非常に煩雑です。しかし、これらの式を巧みに変形すると、反発係数の式として知られる、次のような非常にシンプルな線形関係式を導き出すことができます。
\[ v_1 – v_2 = -(v_1′ – v_2′) \]
この式は、「衝突前の相対速度は、衝突後の相対速度のマイナス1倍に等しい」ことを意味します。(詳細はModule 7で扱います)。
運動量保存則の式と、このシンプルな関係式を連立させることで、\(v_1’\), \(v_2’\) を比較的容易に求めることができます。
パターン3:非弾性衝突 (Inelastic Collision)
- 追加条件: この場合、エネルギーは保存されません。したがって、エネルギー保存則の代わりに、反発係数 \(e\) の値が与えられることが一般的です。反発係数の定義式は、\[ e = – \frac{v_1′ – v_2′}{v_1 – v_2} \]です。この式を変形すると、\(e(v_1 – v_2) = -(v_1′ – v_2′)\) となり、弾性衝突 (\(e=1\)) の一般化となっています。
- 方程式:運動量保存則と、この反発係数の式を連立させて解きます。
- \(m_1 v_1 + m_2 v_2 = m_1 v_1′ + m_2 v_2’\)
- \(v_1′ – v_2′ = -e(v_1 – v_2)\)
6.3. 実践例:静止している物体への衝突
状況: 質量 \(m\) の球Aが速さ \(v_0\) で、静止している質量 \(M\) の球Bに、一直線上で弾性衝突した。衝突後のそれぞれの球の速度 \(v_A, v_B\) を求めよ。
- 運動量保存則: 右向きを正とする。\(v_A_i=v_0, v_B_i=0\)。\[ mv_0 + M \cdot 0 = mv_A + Mv_B \quad \Rightarrow \quad mv_0 = mv_A + Mv_B \quad \cdots ① \]
- 弾性衝突の条件 (反発係数の式で e=1):\[ v_A – v_B = -(v_0 – 0) \quad \Rightarrow \quad v_A – v_B = -v_0 \quad \cdots ② \]
- 連立方程式の求解:②より、\(v_B = v_A + v_0\)。これを①に代入する。\( mv_0 = mv_A + M(v_A + v_0) \)\( mv_0 = mv_A + Mv_A + Mv_0 \)\( mv_0 – Mv_0 = (m+M)v_A \)\[ \therefore v_A = \frac{m-M}{m+M}v_0 \]次に、この結果を \(v_B = v_A + v_0\) に代入する。\( v_B = \frac{m-M}{m+M}v_0 + v_0 = \frac{(m-M) + (m+M)}{m+M}v_0 \)\[ \therefore v_B = \frac{2m}{m+M}v_0 \]
結果の考察:
- もし \(m=M\) ならば、\(v_A=0, v_B=v_0\)。衝突した球は止まり、静止していた球が同じ速さで動き出す(運動の交換)。ビリヤードでよく見られる現象です。
- もし \(m \ll M\)(ピンポン玉がボウリング球に衝突)ならば、\(v_A \approx -v_0, v_B \approx 0\)。軽い球はほぼ同じ速さで跳ね返り、重い球はほとんど動かない。
- もし \(m \gg M\)(ボウリング球がピンポン玉に衝突)ならば、\(v_A \approx v_0, v_B \approx 2v_0\)。重い球は速度をほとんど変えず、軽い球はその約2倍の速さで前方に弾き飛ばされる。
このように、一次元衝突の問題は、運動量保存則を基本の柱とし、衝突の種類に応じた追加条件を組み合わせることで、体系的に解くことができるのです。
7. 平面上の衝突:ベクトル成分による運動量保存
一直線上の衝突では、運動量は事実上スカラーとして扱えました。しかし、ビリヤードの玉が斜めに当たったり、原子核が散乱したりするように、現実の衝突の多くは**二次元(平面)**あるいは三次元(空間)で起こります。
このような状況を分析するためには、運動量がベクトルであることを、改めて強く意識する必要があります。運動量保存則はベクトル方程式であり、それは「各成分について、独立に運動量が保存される」という、極めて強力な内容を内包しています。この「成分ごとに考える」というアプローチこそが、平面衝突を解き明かす鍵となります。
7.1. 平面衝突における運動量保存則
質量 \(m_1\) の物体1と質量 \(m_2\) の物体2が、衝突前の速度 \(\vec{v}_1, \vec{v}_2\)、衝突後の速度 \(\vec{v}_1′, \vec{v}_2’\) で運動する場合を考えます。
ベクトルとしての運動量保存則は、
\[ m_1 \vec{v}_1 + m_2 \vec{v}_2 = m_1 \vec{v}_1′ + m_2 \vec{v}_2′ \]
と書けます。
この一本のベクトル方程式は、そのままでは扱いにくいですが、**直交する二つの方向(x方向とy方向)**に分解することで、二本の独立したスカラー方程式として扱うことができます。
平面衝突における運動量保存則(成分表示)
- x成分:\[ m_1 v_{1x} + m_2 v_{2x} = m_1 v_{1x}’ + m_2 v_{2x}’ \]
- y成分:\[ m_1 v_{1y} + m_2 v_{2y} = m_1 v_{1y}’ + m_2 v_{2y}’ \]
ここで、\(v_{1x}, v_{1y}\) などは、各速度ベクトルのx成分とy成分です。これらの成分は、三角関数(\(\cos\theta, \sin\theta\))を用いて、速度の大きさと角度から計算されます。
重要な注意点:
- x方向の運動量の合計は、x方向のみで保存されます。y方向の運動量とは混ざりません。
- y方向の運動量の合計は、y方向のみで保存されます。x方向の運動量とは混ざりません。この「各成分の独立性」が、ベクトル解析の基本であり、威力でもあります。
7.2. 問題解決のプロセス
平面衝突の問題を解くための、体系的な手順は以下の通りです。
【平面衝突の解析アルゴリズム】
Step 1: 座標軸の設定
- 計算が最も簡単になるように、x-y座標系を設定します。
- 多くの場合、衝突前のどちらか一方の物体の運動方向にx軸をとると、初期状態のy成分がゼロになり、計算が楽になります。
Step 2: 衝突前後の速度を成分分解する
- 問題で与えられているすべての速度ベクトル(\(\vec{v}_1, \vec{v}_2, \vec{v}_1′, \vec{v}_2’\))を、Step 1で設定した座標軸に沿って、x成分とy成分に分解します。
- 未知の速度については、その大きさと角度を未知数(例:\(v_1’\) と \(\theta_1\))として、\(v_{1x}’ = v_1′ \cos\theta_1\), \(v_{1y}’ = v_1′ \sin\theta_1\) のように表現します。
Step 3: 各成分について運動量保存則を立式する
- x成分について、\(\sum p_{ix} = \sum p_{fx}\) の式を立てます。
- y成分について、\(\sum p_{iy} = \sum p_{fy}\) の式を立てます。
Step 4: 追加の条件式を考える(必要な場合)
- 通常、未知数は4つ(\(v_{1x}’, v_{1y}’, v_{2x}’, v_{2y}’\))に対し、方程式は2本しかありません。そのため、問題を解くには追加の情報が必要です。
- もし衝突が弾性衝突であれば、運動エネルギー保存則の式を追加できます。\[ \frac{1}{2}m_1 v_1^2 + \dots = \frac{1}{2}m_1 v_1’^2 + \dots \](ここで \(v^2 = v_x^2 + v_y^2\) であることに注意)
- あるいは、問題文で、衝突後のどちらかの物体の角度や速度が与えられていることもあります。
Step 5: 連立方程式を解く
- Step 3と4で得られた方程式を連立させて、未知数を求めます。
7.3. 実践例:静止している物体への斜め衝突
状況: 質量 \(m\) の球Aが、x軸の正の向きに速さ \(v_0\) で進み、静止していた同じ質量 \(m\) の球Bに衝突した。衝突後、球Aはx軸から角度 \(\theta\) の向きに、球Bはx軸から角度 \(-\phi\) の向きに、それぞれ速さ \(v_A, v_B\) で飛び去った。
- 座標軸: 問題設定の通り、入射方向にx軸、それに垂直にy軸をとる。
- 速度の成分分解:
- 衝突前:
- A: \(v_{Ax}=v_0, v_{Ay}=0\)
- B: \(v_{Bx}=0, v_{By}=0\)
- 衝突後:
- A: \(v_{Ax}’=v_A \cos\theta, v_{Ay}’=v_A \sin\theta\)
- B: \(v_{Bx}’=v_B \cos\phi, v_{By}’=-v_B \sin\phi\) (角度が\(-\phi\)なのでy成分は負)
- 衝突前:
- 運動量保存則の立式:
- x成分:\(m v_0 + m \cdot 0 = m v_A \cos\theta + m v_B \cos\phi\)\(v_0 = v_A \cos\theta + v_B \cos\phi \quad \cdots ①\)
- y成分:\(m \cdot 0 + m \cdot 0 = m v_A \sin\theta + m (-v_B \sin\phi)\)\(0 = v_A \sin\theta – v_B \sin\phi \quad \cdots ②\)
- 追加条件(弾性衝突の場合):もし、この衝突が弾性衝突であれば、エネルギー保存則が成り立ちます。\(\frac{1}{2}m v_0^2 = \frac{1}{2}m v_A^2 + \frac{1}{2}m v_B^2\)\(v_0^2 = v_A^2 + v_B^2 \quad \cdots ③\)この3つの方程式を連立させることで、未知数を解くことができます。(特に、このケースでは、①②③を解くと \(\theta+\phi = 90^\circ\) という、ビリヤードで知られる面白い結果が得られます。)
平面衝突は、一見すると複雑ですが、その本質は「ベクトルを成分に分解し、それぞれの成分について一次元衝突が二つ同時に起こっていると考える」ことに尽きます。この体系的な分解のアプローチを身につければ、どんな方向への衝突も恐れるに足りません。
8. 分裂現象における運動量保存則の適用
衝突が、複数の物体が一つになるプロセスを含む現象であるとすれば、分裂 (Explosion / Separation) は、その逆、すなわち、一つの物体が複数の部分に分かれて飛び散る現象と見なすことができます。
一見すると全く異なる現象に見えますが、分裂もまた、物体内部の力(内力)によって引き起こされる、短時間の相互作用です。したがって、衝突と同様に、運動量保存則が、その挙動を分析するための極めて強力な鍵となります。
8.1. 分裂現象と運動量保存
ロケットの噴射、大砲の発射、放射性原子核の崩壊、あるいは、スケートボードの上で人がボールを投げる行為。これらはすべて、物理学的には分裂現象としてモデル化できます。
これらの現象に共通するのは、分裂を引き起こす力が、系内部の力であるという点です。
- ロケット:化学反応による燃焼ガスがロケットを押す力(内力)
- 大砲:火薬の爆発力が砲弾と大砲を押し離す力(内力)
分裂の前後で、重力などの外力が働く場合もありますが、分裂自体がごく短時間で起こる場合、その影響は無視できることが多く、近似的に運動量保存則が適用できます。特に、分裂前の物体が静止している場合、話は非常にシンプルになります。
分裂前の物体が静止している場合
- 分裂前の系の総運動量は、ゼロです(\(\vec{P}_i = \vec{0}\))。
- 運動量保存則によれば、分裂後の系の総運動量も、ゼロでなければなりません(\(\vec{P}_f = \vec{0}\))。
静止物体からの分裂における運動量保存
\[ \vec{p}_1′ + \vec{p}_2′ + \dots = \vec{0} \]
(分裂後の各破片の運動量のベクトル和は、ゼロになる)
これは、分裂後の各部分の運動量ベクトルをすべて矢印でつなぐと、必ず元の位置に戻ってくる(閉じた多角形を形成する)ことを意味します。
8.2. 実践例1:大砲の反動(リコイル)
状況: 質量 \(M\) の大砲が、水平な地面に静止している。この大砲が、質量 \(m\) の砲弾を、水平方向に速さ \(v\) で発射した。発射直後の大砲の速さ \(V\)(反動速度)を求めよ。
- 系の設定: 「大砲 + 砲弾」を一つの系と考える。
- 運動量保存則の適用:
- 発射前の系は静止しているので、総運動量は \(P_i = 0\)。
- 発射を引き起こす火薬の力は、大砲と砲弾の間で働く内力である。
- したがって、発射の前後で、系の総運動量は保存される。\(P_f = P_i = 0\)。
- 発射後の運動量:
- 発射方向を正の向きとする。
- 砲弾の運動量: \(p_{ball}’ = mv\)。
- 大砲は逆向きに動くはずなので、その速度を \(V\) とすると、運動量は \(p_{cannon}’ = MV\)(ここで \(V\) は負の値をとるはず)。
- 発射後の総運動量: \(P_f = mv + MV\)。
- 立式と求解:\(P_f = 0\) なので、\[ mv + MV = 0 \]大砲の速度 \(V\) について解くと、\[ V = – \frac{m}{M}v \]
結果の解釈:
- 負号は、大砲が砲弾の発射方向とは逆向きに動くこと(反動、リコイル)を示しています。
- 反動速度の大きさ \(|V|\) は、砲弾の速さ \(v\) に、質量比 \(m/M\) を掛けたものになります。大砲が砲弾よりはるかに重い (\(M \gg m\)) ため、反動速度は砲弾の速さよりずっと小さくなります。しかし、運動量の大きさ(\(MV\) と \(mv\))は、互いに等しくなっています。
8.3. 実践例2:宇宙空間での移動
状況: 宇宙空間で静止している、質量 \(M\) の宇宙飛行士が、持っていた質量 \(m\) の工具を、速さ \(v\) で前方に投げた。工具を投げた後の宇宙飛行士の速さ \(V\) を求めよ。
これは、大砲の例と全く同じ構造の問題です。
- 系:「宇宙飛行士 + 工具」
- 初期運動量:\(P_i = 0\)
- 終状態運動量:\(P_f = mv + MV\)
- 運動量保存則:\(mv + MV = 0\)
- 結論:\(V = – \frac{m}{M}v\)
宇宙飛行士は、工具を投げた向きとは逆向きに、\((m/M)v\) の速さで動き始めます。これは、何もない宇宙空間で、自分が進みたい方向とは逆向きに何かを投げることで、その反作用(反動)を利用して移動できる、というロケットの原理の最も単純な形です。
分裂現象は、運動量保存則が、衝突だけでなく、物体が自発的に(あるいは内部のエネルギー解放によって)分離するプロセスにも、同様に適用できることを示す好例です。ここでも、作用・反作用の法則が、すべての根底にある普遍的な原理であることがわかります。
9. 撃力と平均の力の概念
テニスのラケットがボールを打つ瞬間、あるいは、金槌が釘を叩く瞬間。これらの現象に共通するのは、「極めて短い時間に、非常に大きな力が作用する」という点です。このような、短時間だけ作用する巨大な力のことを、特に撃力 (Impulsive Force) と呼びます。
撃力は、その瞬間的な大きさが時間と共に複雑に変化するため(衝突開始からピークを迎え、終了する)、\(F(t)\) としての関数形を正確に知ることは、ほとんど不可能です。しかし、私たちは運動量-力積の定理を用いることで、この捉えどころのない力の「平均的な効果」を、定量的に評価することができます。そのための概念が平均の力 (Average Force) です。
9.1. 撃力と力-時間グラフ
撃力が時間にどのように依存するかを、模式的なグラフで考えてみましょう。
- 横軸に時間 \(t\)、縦軸に力 \(F\) をとります。
- 衝突前 (\(t < t_i\))、力はゼロです。
- 衝突が始まると (\(t=t_i\))、力は急激に増大し、あるピーク値を迎えた後、再び急激に減少して、衝突が終わる (\(t=t_f\)) とゼロに戻ります。
- このグラフが描く、山なりの曲線の下の面積が、その撃力が与えた力積 \(I = \int F(t) dt\) に相当します。
この力積 \(I\) の値は、運動量-力積の定理によって、測定が比較的容易な運動量の変化 \(\Delta p\) と等しくなります。
\[ I = \Delta p \]
つまり、私たちは、力の詳細な時間変化を知らなくても、その力がもたらした**総合的な効果(力積)**を、運動量の変化から知ることができるのです。
9.2. 平均の力の定義
撃力のように時間変化する力について、その効果を代表する一つの値として平均の力 \(F_{avg}\) を定義すると便利です。
平均の力の定義
ある時間変化する力 \(F(t)\) が、時間区間 \(\Delta t = t_f – t_i\) の間に与える力積を \(I\) とする。
このとき、もし、ある一定の力 \(F_{avg}\) が、同じ時間区間 \(\Delta t\) にわたって作用し、全く同じ力積 \(I\) を与えるならば、この \(F_{avg}\) をその区間における平均の力と呼ぶ。
\[ I = F_{avg} \Delta t \]
この定義は、力-時間グラフで、実際の力のグラフが囲む面積と、高さが \(F_{avg}\)、幅が \(\Delta t\) の長方形の面積が等しくなるように、\(F_{avg}\) の値を定めた、と解釈できます。
9.3. 平均の力の計算
平均の力の定義式 \(I = F_{avg} \Delta t\) と、運動量-力積の定理 \(I = \Delta p\) を組み合わせることで、平均の力を計算するための実用的な公式が得られます。
\[ F_{avg} \Delta t = \Delta p = p_f – p_i \]
\[ \therefore F_{avg} = \frac{\Delta p}{\Delta t} = \frac{p_f – p_i}{\Delta t} \]
この式は、「平均の力は、単位時間あたりの運動量の変化に等しい」ことを示しており、運動方程式の元々の形 \(F = \Delta p / \Delta t\) と同じ構造をしています。
実践例:バットのスイング
状況: 質量 0.15 kg の野球ボールが、速さ 40 m/s で飛んできた。バットで打ち返したところ、ボールは逆向きに 60 m/s の速さで飛び去った。バットとボールの接触時間が 0.0050 秒であったとき、バットがボールに及ぼした平均の力の大きさを求めよ。
- 運動量変化 \(\Delta p\) の計算:
- 入射方向を正とする。\(v_i = +40 , \text{m/s}, v_f = -60 , \text{m/s}\)。
- \(p_i = 0.15 \times (+40) = +6.0 , \text{kg·m/s}\)。
- \(p_f = 0.15 \times (-60) = -9.0 , \text{kg·m/s}\)。
- \(\Delta p = p_f – p_i = (-9.0) – (6.0) = -15.0 , \text{kg·m/s}\)。
- 平均の力 \(F_{avg}\) の計算:
- \(F_{avg} = \frac{\Delta p}{\Delta t} = \frac{-15.0 , \text{kg·m/s}}{0.0050 , \text{s}} = -3000 , \text{N}\)。
結果の解釈:
- 平均の力の大きさは 3000 N です。これは、約 306 kg の物体にかかる重力に相当する、非常に大きな力です。
- 負号は、力がボールの最初の進行方向とは逆向き(バットがボールを押した向き)に働いたことを示しています。
- これはあくまで「平均」の力です。衝突中のピーク時には、これよりさらに大きな力が作用していたと考えられます。
平均の力の概念は、衝突時に働く力の大きさを現実的に見積もることを可能にします。これにより、例えば、衝突安全性テストにおける衝撃力の評価や、スポーツ用具の設計など、工学的な応用においても、運動量と力積の考え方が不可欠な役割を果たしているのです。
10. 連続体の運動(ロケットの原理)への応用
これまで私たちは、質量が一定の「質点」や「剛体」の運動を扱ってきました。しかし、現実には、運動の過程で質量が連続的に変化する系も存在します。その最も代表的でダイナミックな例が、ロケットの運動です。
ロケットは、燃料を燃焼させ、そのガスを高速で後方に噴射することで推進力を得ます。このプロセスでは、ロケット本体の質量は、燃料を消費するにつれて刻一刻と減少していきます。このような質量変化系の運動は、単純な \(\vec{F}=m\vec{a}\) という形の運動方程式では、もはや正しく記述できません。
しかし、このような複雑な問題も、運動量保存則を、微小な時間変化に適用するという視点で見れば、その本質を解き明かすことができます。
10.1. ロケットの推進原理
ロケットが宇宙空間(外力がほぼゼロ)で加速できる原理は、Module 6, Section 8で学んだ「分裂」の考え方の延長線上にあります。ロケットは、自分の一部(燃焼ガス)を後方に「投げる」ことで、その反作用として前方に進むのです。これを、微小な時間間隔で連続的に行うのが、ロケットの推進です。
この運動を、運動量保存則を用いて定量的に分析してみましょう。
分析のプロセス:
- 系の設定:ある時刻 \(t\) において、ロケット本体(燃料を含む)の質量を \(M\)、その速度を \(\vec{v}\) とします。ここからの微小な時間 \(dt\) の間に、微小な質量 \(dM\) の燃料が消費され、ガスとして噴射されると考えます。この分析では、「時刻 \(t\) におけるロケット全体(質量 \(M+dM\))」を一つの系として考えます。
- 時刻 \(t\) における系の総運動量:\[ \vec{P}(t) = (M+dM)\vec{v} \]
- 時刻 \(t+dt\) における系の総運動量:
- 微小時間 \(dt\) の後、ロケット本体の質量は \(M\) に、その速度は \(\vec{v}+d\vec{v}\) に変化します。ロケット本体の運動量:\(M(\vec{v}+d\vec{v})\)
- 噴射されたガス(質量 \(dM\))は、ロケットに対して後方に、相対的な速さ \(v_e\)(排気速度、一定とする)で噴射されたとします。地面から見たガスの速度は、そのときのロケットの速度 \(\vec{v}\) から、排気速度 \(v_e\) を引いたものになります:\((\vec{v} – \vec{v}_e)\)。(ベクトルで考え、ロケットの進行方向を正とすると、ガスの速度は \(v-v_e\) となる)噴射されたガスの運動量:\(dM(\vec{v}-\vec{v}_e)\)
- したがって、時刻 \(t+dt\) における系の総運動量は、この二つの和になります。\[ \vec{P}(t+dt) = M(\vec{v}+d\vec{v}) + dM(\vec{v}-\vec{v}_e) \]
- 運動量保存則の適用:宇宙空間を飛ぶロケットには、外力が働かないと仮定します。したがって、系の総運動量は保存されます。\[ \vec{P}(t) = \vec{P}(t+dt) \]\[ (M+dM)\vec{v} = M(\vec{v}+d\vec{v}) + dM(\vec{v}-\vec{v}_e) \]
- 式の整理とロケット方程式の導出:右辺を展開します。\( M\vec{v} + dM\vec{v} = M\vec{v} + M d\vec{v} + dM\vec{v} – dM\vec{v}_e \)両辺にある \(M\vec{v}\) と \(dM\vec{v}\) を消去すると、\[ \vec{0} = M d\vec{v} – dM\vec{v}_e \]移項すると、\[ M d\vec{v} = \vec{v}_e dM \]ここで、ロケットの質量の変化 \(dM\) は、実際には減少なので、\(dm = -dM\) (\(dm\)は噴射されたガスの正の質量)と書き換えると、\( M d\vec{v} = -\vec{v}_e dm \)あるいは、両辺を \(dt\) で割ると、\[ M \frac{d\vec{v}}{dt} = \vec{v}_e \frac{dM}{dt} \](\(dM/dt\) は単位時間あたりの質量減少率)
この \(M \frac{d\vec{v}}{dt} = \vec{v}_e \frac{dM}{dt}\) が、ロケットの基本方程式として知られています。
10.2. ロケット方程式の解釈
この方程式は、ロケットの運動の本質を見事に捉えています。
\[ M\vec{a} = \vec{v}_e \frac{dM}{dt} \]
(ここで \(\vec{a} = d\vec{v}/dt\) はロケットの加速度)
- 左辺 (\(M\vec{a}\)): その瞬間のロケットの質量と加速度の積。運動方程式の力に相当する項です。
- 右辺 (\(\vec{v}_e \frac{dM}{dt}\)): この項が、ロケットを加速させる推進力 (Thrust) と呼ばれる力の正体です。
- 推進力は、ガスの排気速度 \(v_e\) が速いほど大きい。
- 推進力は、単位時間あたりに噴射するガスの質量 \(dM/dt\) が大きい(=燃料の消費率が高い)ほど大きい。
この式は、「ロケットの推進力は、後方に放出する運動量(の反作用)によって生み出される」という原理を、定量的に示しています。それは、\(\vec{F}=m\vec{a}\) という単純な形では捉えきれない、よりダイナミックな運動の世界を記述するための、運動量保存則の美しい応用例なのです。
(発展)このロケット方程式を積分することで、最終的な速度変化を求めるツィオルコフスキーの公式 \(\Delta v = v_e \ln(M_i/M_f)\) が導かれますが、その核心にあるのは、ここで導いた微小な時間における運動量保存の考え方です。
Module 6:運動量と力積の総括:相互作用を支配する「運動の量」の保存
本モジュールを通じて、私たちは力学の世界を貫く第三の柱、「運動量」の視点を手に入れました。エネルギーが系の「状態」をスカラー量で記述するのに長けていたのに対し、運動量は、特に物体間の相互作用、とりわけ衝突や分裂といった現象を、ベクトル量を用いて解析するための、比類なき切れ味を持つツールであることを学びました。
旅の始まりは、運動の「勢い」を定量化する運動量 \(\vec{p}=m\vec{v}\) の定義でした。そして、その運動量を変化させる原因が、力の時間的な蓄積である力積 \(\vec{I}=\int \vec{F}dt\) であること、そして両者が**「力積が運動量の変化に等しい (\(\vec{I}=\Delta\vec{p}\))」**という基本定理で結ばれていることを、運動方程式から導きました。この関係は、衝撃の緩和など、身の回りの現象を理解する上で普遍的な原理となります。
この定理を土台とし、私たちはニュートンの第三法則(作用・反作用)を組み合わせることで、物理学における最も重要な保存則の一つ、運動量保存則を導き出しました。その成立条件は「系に働く外力の合力がゼロであること」。このただ一つの条件の下で、系内部でどれほど複雑で巨大な内力が働こうとも、系全体の運動量のベクトル和は、相互作用の前後で厳密に不変に保たれるのです。この法則の頑強さこそが、エネルギーが保存されない非弾性衝突ですら、その挙動を予測可能にする力の源泉でした。
私たちは、この強力な保存則を、一直線上の衝突から、成分分解を駆使する平面上の衝突、そして衝突の逆プロセスである分裂現象(大砲の反動やロケットの原理)へと、応用範囲を広げていきました。さらに、衝突時に働く撃力という捉えどころのない力を、測定可能な運動量変化から平均の力として評価する手法や、質量が変化するロケットの運動すらも、運動量保存則の微小な適用によって記述できることを学びました。
このモジュールを修了したあなたは、もはや単に物体の運動を追跡する観察者ではありません。あなたは、物体と物体が出会い、力を及ぼし合う「相互作用」そのものの中心に立ち、その複雑なドラマの背後で、運動量という名の「不変量」が静かにその存在を主張していることを見抜く洞察力を手にしたのです。運動方程式、エネルギー、そして運動量。この三つの異なる、しかし深く結びついた視点を自在に操るとき、力学の世界は、あなたにとって、より一層豊かで、整合性のとれた、美しい体系としてその姿を現すことでしょう。