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【基礎 物理(電磁気学)】Module 8:自己誘導と相互誘導
本モジュールの目的と構成
Module 7では、ファラデーの法則に基づき、外部から与えられた磁場の「変化」が、回路に起電力を生む「電磁誘導」という現象を探求しました。磁石をコイルに近づける、あるいは磁場の中でコイルを回転させるといった、外部要因による磁束の変化が主役でした。しかし、ここで一つの根源的な問いが浮かび上がります。「もし、その変化する磁場が、外部の磁石ではなく、回路自身を流れる電流の変化によって生み出されたものだとしたら、何が起こるだろうか?」
この問いは、私たちを電磁誘導の、より深く、より内省的な側面へと導きます。回路は、自らの電流の変化に対して、まるでそれに抵抗するかのような反応を示すのです。この現象が「自己誘導 (self-induction)」であり、力学における「慣性(イナーシャ)」の電磁気学的な対応物と見なすことができます。質量が速度の変化(加速)に抵抗するように、コイルはその電流の変化に抵抗します。この「電気的な慣性の大きさ」を示す指標が、「自己インダクタンス」です。
さらに、この考えを拡張すると、隣り合う二つの回路の一方で電流を変化させると、その影響が磁場を介してもう一方の回路に及び、起電力を生む「相互誘導 (mutual-induction)」という現象に行き着きます。これは、回路同士が目に見えない磁気の糸で結ばれ、互いに影響を及ぼし合う、遠隔的な相互作用です。この原理の究極的な応用例が、現代の電力システムに不可欠な「変圧器(トランス)」です。
本モジュールは、回路が自らの変化、および隣接する回路の変化に対して、電磁誘導を通じてどのように応答するのか、その法則性を体系的に解き明かすことを目的とします。
学習は、回路自身の変化が引き起こす自己誘導の概念から始まり、その性質の定量化、そして回路間の相互作用である相互誘導へと、以下の論理的なステップで進められます。
- 自己誘導の概念: まず、コイルを流れる電流が変化するとき、そのコイル自身に逆向きの起電力が生じる「自己誘導」の物理的なメカニズムを、ファラデーの法則とレンツの法則から理解します。
- 自己インダクタンスの定義と単位: 自己誘導の起こりやすさ、すなわち「電気的慣性」の大きさを表す、コイル固有の性能値「自己インダクタンス」を定義し、その単位「ヘンリー」を学びます。
- ソレノイドコイルの自己インダクタンス: 最も代表的なコイルであるソレノイドについて、その自己インダクタンスが幾何学的な形状によってどのように決まるかを導出します。
- コイルに蓄えられるエネルギー: 電流の変化に逆らって仕事をすることで、コイルの内部(磁場)にエネルギーが蓄えられることを学び、そのエネルギー量を計算する公式を導きます。
- コイルを含む直流回路の過渡現象: コイルが抵抗と共に回路に組み込まれたとき、スイッチのON/OFF直後に電流がどのように時間変化するか、その過渡的な振る舞いを定性的に理解します。
- 相互誘導の概念: 隣り合う二つのコイルの間で、一方の電流変化がもう一方に起電力を誘起する「相互誘導」の現象を学びます。
- 相互インダクタンスの定義: 回路間の磁気的な結合の強さを表す「相互インダクタンス」を定義します。
- 変圧器(トランス)の原理: 相互誘導の最も重要な応用である変圧器が、交流電圧を自在に昇圧・降圧できる基本原理を解き明かします。
- 変圧器における電圧・電流の関係: 理想的な変圧器における、一次側と二次側の電圧、電流、そして巻数の間の関係式を導出します。
- 相互誘導の応用例: ワイヤレス充電など、私たちの身近で利用されている相互誘導の他の応用例に触れます。
このモジュールを修了したとき、あなたは抵抗(R)、コンデンサー(C)に続く、第三の基本的な回路素子である**コイル(インダクター, L)**の役割を完全に理解していることでしょう。抵抗がエネルギーを消費し、コンデンサーが電場にエネルギーを蓄えるのに対し、コイルは磁場にエネルギーを蓄え、電流の「変化」に応答するという、そのユニークな個性を深く把握することができます。
1. 自己誘導の概念
Module 7で学んだファラデーの電磁誘導の法則は、「回路を貫く磁束が変化すれば、その回路に起電力が生じる」という、非常に普遍的なものでした。これまでの例では、その磁束の変化は、外部の磁石を動かしたり、回路の面積を変えたりといった、外部要因によって引き起こされていました。
しかし、Module 5で学んだように、電流自身もまた、その周りに磁場を作り出します。特に、導線を何重にも巻いたコイルに電流を流すと、その内部には強力な磁場が発生します。ここで、思考をもう一歩進めてみましょう。もし、コイルに流す電流の大きさを変化させたら、何が起こるでしょうか?
この問いこそが、「自己誘導 (self-induction)」という、回路が自らの変化に対して示す、内省的な応答を理解する鍵となります。
1.1. 自己誘導のメカニズム
コイルに流れる電流が変化するときに起こる物理現象を、これまでの知識を組み合わせて、論理的に追跡してみましょう。
- Step 1: 電流の変化 → 磁場の変化
- コイルに流れる電流 \(I\) の大きさを、スイッチを入れるなどして、時間とともに変化させます(例えば、0からある値まで増加させる)。
- コイルが作る磁場の強さ \(B\) は、電流 \(I\) の大きさに比例します(例:ソレノイドなら \(B = \mu_0 n I\))。
- したがって、電流 \(I\) が変化すれば、それに伴って、コイルが自分自身で作り出している磁場 \(B\) も変化します。
- Step 2: 磁場の変化 → 磁束の変化
- コイル自身が作った磁場は、当然ながら、そのコイル自身を貫いています。
- 磁場 \(B\) が時間的に変化すれば、コイル自身を貫く磁束 \(\Phi\) もまた、時間的に変化します。
- Step 3: 磁束の変化 → 誘導起電力の発生(ファラデーの法則)
- ファラデーの電磁誘導の法則によれば、「コイルを貫く磁束が変化すれば、そのコイルに誘導起電力が生じる」はずです。
- つまり、コイルは、自分自身の電流の変化が原因となって、自分自身の内部に起電力を誘起するのです。
この一連のプロセス、すなわち「回路を流れる電流が変化したときに、その回路自身に誘導起電力が生じる現象」を、「自己誘導」と呼びます。
1.2. 自己誘導起電力の向き(レンツの法則の適用)
では、この「自己誘導起電力」は、どのような向きに生じるのでしょうか?その答えは、レンツの法則が与えてくれます。レンツの法則は、「誘導電流(起電力)は、元の磁束の変化を妨げる向きに生じる」でした。
これを自己誘導の文脈で解釈すると、以下のようになります。
自己誘導起電力は、元の電流の変化を妨げる向きに生じる。
- ケース1:電流が増加しているとき
- 例えば、スイッチを入れて、コイルを流れる電流 \(I\) が0から増加していく過程を考えます。
- この電流の増加を妨げるには、自己誘導起電力は、元の電流とは逆向きの電流を流そうとする向きに生じなければなりません。
- つまり、電流の増加を「押しとどめよう」とする、**逆起電力 (back electromotive force)**として働きます。
- ケース2:電流が減少しているとき
- 例えば、スイッチを切って、コイルを流れる電流 \(I\) がある値から0へ減少していく過程を考えます。
- この電流の減少を妨げるには、自己誘導起電力は、元の電流と同じ向きの電流を流し続けようとする向きに生じなければなりません。
- つまり、電流が消えてなくならないように、「引き止めよう」とする向きに働きます。
1.3. 電磁気学的な「慣性」
この「変化を妨げる」という自己誘導の性質は、力学における「慣性 (inertia)」と、驚くほどよく似ています。
力学(並進運動) | 電磁気学(回路) |
質量 \(m\) | 自己インダクタンス \(L\)(次章) |
速度 \(v\) | 電流 \(I\) |
力 \(F\) | 電圧 \(V\) |
- 慣性の法則: 物体は、その速度を維持しようとする性質(慣性)を持つ。外部から力が加わらない限り、静止している物体は静止し続け、運動している物体は等速直線運動を続ける。
- 自己誘導: コイルは、その電流を維持しようとする性質(自己誘導)を持つ。外部から電圧が変化しない限り、電流ゼロのコイルはゼロを保ち、一定電流が流れるコイルはその電流を流し続けようとする。
質量 \(m\) が物体の「動きにくさ(速度の変化しにくさ)」を表すように、自己誘導の度合いを表す「自己インダクタンス \(L\)」は、回路の「電流の流れにくさ」ではなく、「電流の変化しにくさ」を表す指標となります。
この「慣性」というアナロジーは、コイルが回路の中で果たす役割を、直感的に理解する上で非常に強力な助けとなります。
2. 自己インダクタンスの定義と単位
自己誘導という現象は、「回路を流れる電流が変化すると、その変化を妨げる向きに、回路自身に起電力が生じる」というものでした。では、この「変化への抵抗の度合い」は、どのようにすれば定量的に評価できるのでしょうか?
同じように電流を変化させても、コイルの形状や巻数によって、生じる逆起電力の大きさは異なります。この、自己誘導の起こりやすさを表す、回路(特にコイル)固有の比例定数が「自己インダクタンス (self-inductance)」です。これは、力学における質量、静電気学における静電容量に対応する、電磁気学における重要な特性値です。
2.1. 自己インダクタンスの定義
コイルが作り出す磁場 \(B\) は、コイルを流れる電流 \(I\) に比例します(\(B \propto I\))。
したがって、コイル自身を貫く磁束 \(\Phi\) もまた、電流 \(I\) に比例します(\(\Phi \propto B \propto I\))。
もし、コイルがN回巻きであれば、コイル全体を鎖のようにつらぬく磁束(鎖交磁束)は \(N\Phi\) となり、これもまた電流 \(I\) に比例します。
\[ N\Phi \propto I \]
この比例関係を、等式で結びつけるための比例定数を \(L\) と書き、これをそのコイルの自己インダクタンスと呼びます。
\[ N\Phi = LI \]
これが、自己インダクタンス \(L\) の第一の定義式です。この式を \(L\) について解くと、
\[ L = \frac{N\Phi}{I} \]
となり、自己インダクタンスは「単位電流あたりに、コイル自身に生じる鎖交磁束の大きさ」と解釈できます。
2.2. 自己誘導起電力との関係
この定義式を、ファラデーの電磁誘導の法則と結びつけることで、自己インダクタンスのもう一つの、より実践的な顔が現れます。
コイルに生じる自己誘導起電力 \(V\) は、ファラデーの法則により、
\[ V = – \frac{d(N\Phi)}{dt} \]
で与えられます。
この式の \(N\Phi\) の部分に、自己インダクタンスの定義 \(N\Phi = LI\) を代入します。
\[ V = – \frac{d(LI)}{dt} \]
通常、コイルの形状は変化しないため、自己インダクタンス \(L\) は時間によらない定数と見なせます。したがって、\(L\) を微分の外に出すことができます。
\[ V = -L \frac{dI}{dt} \]
これが、自己インダクタンス \(L\) と、それによって生じる自己誘導起電力 \(V\) の関係を示す、極めて重要な公式です。
この式から、自己インダクタンス \(L\) は、「電流の時間変化率(\(dI/dt\))に対する、誘導起電力(逆起電力)の大きさの比例定数」であると、動的に定義することもできます。
\(L\) が大きいコイルほど、同じ速さで電流を変化させても、より大きな逆起電力が生じ、電流の変化がより強く妨げられるのです。
【負号の意味】
この式の負号(-)は、レンツの法則を表しています。
- もし電流が増加しているなら、\(dI/dt > 0\) なので、\(V < 0\) となります。これは、起電力が電流の向きとは逆向き(電流を減らそうとする向き)であることを意味します。
- もし電流が減少しているなら、\(dI/dt < 0\) なので、\(V > 0\) となります。これは、起電力が電流の向きと同じ向き(電流を維持しようとする向き)であることを意味します。
2.3. 単位:ヘンリー (H)
自己インダクタンス \(L\) の単位には、アメリカの物理学者ジョセフ・ヘンリーにちなんで、「ヘンリー (Henry)」が用いられ、記号 H で表されます。
公式 \(V = -L (dI/dt)\) から、単位の関係を見てみましょう。(大きさだけを考えます)
\[ 1 , H = 1 , \frac{V \cdot s}{A} \quad (1 , \text{ヘンリー} = 1 , \text{ボルト・秒毎アンペア}) \]
すなわち、1Hとは、「1秒あたり1Aの割合で電流が変化したときに、1Vの逆起電力を生じるような自己インダクタンス」の大きさを意味します。
1Hは比較的大きなインダクタンスであり、電子回路ではミリヘンリー (mH) やマイクロヘンリー (μH) といった補助単位がよく用いられます。
回路図において、自己インダクタンスを持つ素子は「インダクター (inductor)」または単に「コイル (coil)」と呼ばれ、その記号は導線をぐるぐると巻いたような形で表されます。自己インダクタンスは、その素子の性能値として \(L\) の文字と共に記されます。
3. ソレノイドコイルの自己インダクタンス
自己インダクタンス \(L\) は、コイルの「電流の変化しにくさ」を表す、そのコイル固有の性能値でした。では、この \(L\) の値は、具体的に何によって決まるのでしょうか?コンデンサーの静電容量 \(C\) が、その形状(面積S, 間隔d)と材質(誘電率ε)だけで決まったように、コイルの自己インダクタンス \(L\) もまた、コイルの形状(巻数N, 長さl, 断面積S)と、内部に詰める材質(透磁率μ)だけで決まります。
このことを、最も代表的で重要なコイルである、理想的な「ソレノイドコイル」をモデルとして、数学的に証明してみましょう。この導出は、自己インダクタンスの定義式 \(N\Phi = LI\) と、ソレノイドが作る磁場の公式 \(B=\mu nI\) を結びつける、重要な演習です。
3.1. 状況設定と導出の戦略
【状況設定】
- 構造: 真空中(または空気中)に置かれた、長さ \(l\)、断面積 \(S\)、総巻数 \(N\) の、理想的なソレノイドコイルを考えます。
- 単位長さあたりの巻数 \(n\): \(n = N/l\) です。
- 電流: このソレノイドに、大きさ \(I\) の電流を流します。
【導出の戦略(ロードマップ)】
私たちの最終目標は、このソレノイドの自己インダクタンス \(L\) を、与えられたパラメータ \(N, S, l\) と、真空の透磁率 \(\mu_0\) を用いて表すことです。
そのためのロードマップは、自己インダクタンスの定義式 \(L = N\Phi / I\) から出発します。
- Goal: \(L\) を求めたい。
- How?: 定義式 \(L = N\Phi / I\) を使う。そのためには、電流 \(I\) が流れたときに、コイル自身を貫く磁束 \(\Phi\) を計算する必要がある。
- How to find \(\Phi\)?: 磁束 \(\Phi\) は、磁場 \(B\) と断面積 \(S\) の積 \(\Phi = BS\) で計算できる。(ソレノイド内部の磁場は一様で、断面に垂直なので、cosθ=1)。そのためには、まず磁場 \(B\) を求める必要がある。
- How to find \(B\)?: ソレノイド内部の磁場 \(B\) は、電流 \(I\) と単位長さあたりの巻数 \(n\) から、公式 \(B = \mu_0 n I\) で計算できる。
したがって、導出のステップは、この思考の逆をたどることになります。
Step 1: 電流 \(I\) が作る磁場 \(B\) を計算する。
Step 2: 磁場 \(B\) から、コイルの1巻きを貫く磁束 \(\Phi\) を計算する。
Step 3: 1巻きの磁束 \(\Phi\) と総巻数 \(N\) から、鎖交磁束 \(N\Phi\) を計算する。
Step 4: 定義式 \(L = N\Phi / I\) に代入し、最終的な \(L\) の式を導出する。
3.2. 導出の実行
Step 1: 磁場 B の計算
ソレノイド内部の一様な磁場の強さ \(B\) は、公式より、
\[ B = \mu_0 n I \]
ここで、\(n=N/l\) を代入すると、
\[ B = \mu_0 \frac{N}{l} I \]
となります。
Step 2: 1巻きあたりの磁束 Φ の計算
コイルの1巻き(断面積 \(S\))を貫く磁束 \(\Phi\) は、
\[ \Phi = B S = \left( \mu_0 \frac{N}{l} I \right) S \]
となります。
Step 3: 鎖交磁束 NΦ の計算
コイルは全部でN回巻かれているので、コイル全体を貫く鎖交磁束 \(N\Phi\) は、
\[ N\Phi = N \times (\Phi) = N \left( \mu_0 \frac{N}{l} I S \right) = \frac{\mu_0 N^2 S}{l} I \]
となります。
Step 4: 自己インダクタンス L の導出
自己インダクタンスの定義式は \(N\Phi = LI\) でした。Step 3で求めた \(N\Phi\) の表式と比較します。
\[ \frac{\mu_0 N^2 S}{l} I = LI \]
両辺の電流 \(I\) を消去すると、ソレノイドの自己インダクタンス \(L\) の公式が得られます。
\[ L = \mu_0 \frac{N^2 S}{l} \]
3.3. 結論と考察
これが、ソレノイドコイルの自己インダクタンスの公式です。この式が示す物理的な意味は、非常に示唆に富んでいます。
- \(L\) は巻数 \(N\) の2乗に比例する:巻数を2倍にすると、インダクタンスは4倍になります。これは、巻数を増やすと、磁場を作る能力(\(B \propto N\))と、その磁場を感じる能力(鎖交磁束は \(N\) 倍)の両方が増えるため、効果が二重に効いてくるからです。
- \(L\) は断面積 \(S\) に比例する:コイルが太い(断面積が大きい)ほど、同じ磁場でも多くの磁束が貫くため、インダクタンスは大きくなります。
- \(L\) は長さ \(l\) に反比例する:同じ巻数でも、それを長く引き伸ばすと、単位長さあたりの巻数 \(n\) が減少し、内部の磁場が弱くなるため、インダクタンスは小さくなります。
- \(L\) は透磁率 \(\mu\) に比例する:もし、ソレノイドの内部に、真空ではなく、比透磁率 \(\mu_r\) の鉄心を入れた場合、透磁率は \(\mu = \mu_r \mu_0\) となります。鉄のような強磁性体は \(\mu_r\) が非常に大きい(数百〜数千)ため、自己インダタンスを劇的に増大させることができます。強力な電磁石やインダクターに鉄心が使われるのはこのためです。\[ L_{core} = \mu \frac{N^2 S}{l} = \mu_r L_{vac} \]
コンデンサーの場合と同様に、自己インダクタンス \(L\) は、コイルに流れる電流 \(I\) や、それによって生じる起電力 \(V\) には一切依存せず、純粋にコイルの形状と材質だけで決まる、固有の定数であることが、この導出から明確に示されました。
4. コイルに蓄えられるエネルギー
コンデンサーが、極板間に電荷を分離して蓄えることで、電場の中に静電エネルギー \(U_E = \frac{1}{2}CV^2\) を蓄えたように、コイル(インダクター)もまた、その内部にエネルギーを蓄えることができます。
コイルの場合、エネルギーは、電流が流れることによって生じる磁場の中に蓄えられます。このエネルギーは、どこから来るのでしょうか?それは、自己誘導による逆起電力に逆らって、電流を流すために電源がした仕事に他なりません。スイッチを入れた直後、コイルは電流が流れるのを妨げようとします。この「抵抗」に打ち勝って、無理やり電流をゼロからある値まで押し込んでいくプロセスで、電源がした仕事が、磁気エネルギーとしてコイルに蓄積されるのです。
このセクションでは、インダクタンス \(L\) のコイルに電流 \(I\) が流れているとき、そこに蓄えられる磁気エネルギー (magnetic energy) \(U_B\) の量を計算する公式を導出します。
4.1. エネルギーの導出
【仕事の観点からの導出】
- 電源がする仕事率(電力):インダクタンス \(L\) のコイルに、時刻 \(t\) において電流 \(i\) が流れているとします。このとき、電流が \(di/dt\) の割合で変化しているとすると、コイルには大きさ \(v = L(di/dt)\) の逆起電力が生じています。この逆起電力に逆らって電流 \(i\) を流し続けるために、電源が供給しなければならない電力 \(P\) は、\[ P = vi = \left(L \frac{di}{dt}\right) i = Li \frac{di}{dt} \]となります。
- 微小時間の仕事とエネルギーの蓄積:微小な時間 \(dt\) の間に、電源がする微小な仕事 \(dW\) は、\(dW = Pdt\) です。この仕事が、コイルに蓄えられるエネルギーの増加分 \(dU\) になります。\[ dU = dW = Pdt = \left(Li \frac{di}{dt}\right) dt = Li , di \]
- 全エネルギーの計算(積分):コイルに流れる電流を、0から最終的な値 \(I\) まで増加させる間に蓄えられる全エネルギー \(U_B\) は、この微小なエネルギー \(dU\) を積分することで得られます。\[ U_B = \int dU = \int_0^I Li , di \]\(L\) は定数なので、積分の外に出せます。\[ U_B = L \int_0^I i , di = L \left[ \frac{1}{2}i^2 \right]_0^I \]\[ U_B = L \left( \frac{1}{2}I^2 – 0 \right) = \frac{1}{2}LI^2 \]
【結論】
これが、自己インダクタンス \(L\) のコイルに、電流 \(I\) が流れているときに蓄えられる磁気エネルギーの公式です。
\[ U_B = \frac{1}{2}LI^2 \]
4.2. コンデンサーのエネルギーとの比較
この公式は、コンデンサーに蓄えられる静電エネルギーの公式と、非常に対称的で美しい形をしています。
エネルギーの種類 | 静電エネルギー (コンデンサー) | 磁気エネルギー (コイル) |
素子 | 静電容量 \(C\) | 自己インダクタンス \(L\) |
状態量 | 電圧(電位差) \(V\) | 電流 \(I\) |
エネルギー公式 | \(U_E = \frac{1}{2}CV^2\) | \(U_B = \frac{1}{2}LI^2\) |
この対応関係は、電磁気学における電気と磁気の双対性(デュアリティ)を象徴しています。
- コンデンサーは、電圧という形で電場にエネルギーを蓄える。
- コイルは、電流という形で磁場にエネルギーを蓄える。
このアナロジーは、後に学ぶLC振動回路など、エネルギーが電場と磁場との間を行き来する現象を理解する上で、極めて重要な視点となります。
4.3. 磁場のエネルギー密度
コンデンサーの場合と同様に、コイルに蓄えられたエネルギーもまた、コイルの内部、すなわち磁場が存在する空間そのものに分布していると考えられます。
この考えに基づき、ソレノイドコイルを例にとって、単位体積あたりの磁気エネルギー、すなわち磁場のエネルギー密度 (magnetic energy density) \(u_m\) を計算してみましょう。
- 蓄えられるエネルギー: \(U_B = \frac{1}{2}LI^2\)
- ソレノイドの自己インダクタンス: \(L = \mu_0 N^2 S / l\)
- ソレノイド内部の磁場: \(B = \mu_0 N I / l\) これを \(I\) について解くと \(I = Bl / (\mu_0 N)\)
- ソレノイド内部の体積: \(\text{Volume} = S \times l\)
これらの式を、エネルギーの公式に代入していきます。
\[ U_B = \frac{1}{2} \left( \mu_0 \frac{N^2 S}{l} \right) \left( \frac{Bl}{\mu_0 N} \right)^2 \]
\[ U_B = \frac{1}{2} \left( \mu_0 \frac{N^2 S}{l} \right) \left( \frac{B^2 l^2}{\mu_0^2 N^2} \right) \]
\(N^2, l, \mu_0\) を約分すると、
\[ U_B = \frac{1}{2} \frac{B^2}{\mu_0} (Sl) \]
エネルギー密度 \(u_m\) は、この総エネルギー \(U_B\) を体積 \(Sl\) で割ったものです。
\[ u_m = \frac{U_B}{\text{Volume}} = \frac{\frac{1}{2} \frac{B^2}{\mu_0} (Sl)}{Sl} = \frac{1}{2\mu_0}B^2 \]
この式は、電場のエネルギー密度 \(u_e = \frac{1}{2}\epsilon_0 E^2\) と、これまた非常に美しい対をなしています。
空間のある点の磁気エネルギー密度は、その点の磁場の強さ \(B\) の2乗に比例します。これもまた、ソレノイドから導かれましたが、普遍的に成り立つ関係です。
この「場のエネルギー」という概念は、電磁波が電場と磁場のエネルギーを交互に交換しながら空間を伝播していく現象を理解するための、根源的な土台となるのです。
5. コイルを含む直流回路の過渡現象
抵抗だけの回路では、スイッチを入れた瞬間に、電流はオームの法則に従った一定の値に達します。しかし、回路にコイル(インダクター)が含まれている場合、その振る舞いは大きく異なります。自己誘導の性質、すなわち「電流の変化を妨げる」という電磁気学的な慣性により、電流はすぐには定常状態に達せず、時間とともに緩やかに変化していきます。
この、定常状態に至るまでの過渡的な状態を「過渡現象 (transient phenomenon)」と呼びます。コンデンサーの場合と同様に、この現象を厳密に解くには微分方程式が必要ですが、大学受験物理では、スイッチを入れた直後と、十分に時間が経過した後という、2つの極端な状態におけるコイルの振る舞いを定性的に理解することが、極めて重要となります。
5.1. 基本的なRL直列回路
最も基本的な例として、抵抗 \(R\)、自己インダクタンス \(L\) のコイル、起電力 \(V\) の電池、スイッチ \(S\) を直列に接続した「RL直列回路」を考えます。はじめ、回路に電流は流れていない(\(I=0\))とします。
5.2. スイッチを入れた直後(t = 0)の振る舞い
スイッチSを入れた瞬間、回路には何が起こるでしょうか。
- コイルの状態と自己誘導:
- スイッチを入れる直前、電流はゼロでした。スイッチを入れた瞬間、電流はゼロから増加しようとします。
- コイルは、この電流の急激な増加という「変化」を、自己誘導によって最大限に妨げようとします。
- その結果、コイルには、電池の電圧 \(V\) を完全に打ち消すほどの、非常に大きな逆起電力(\(V_L = -L(dI/dt)\))が発生します。
- コイルの役割:
- 電池の電圧が、コイルの逆起電力によって完全に相殺されるため、その瞬間、回路には全く電流が流れることができません。
- 電流が全く流れない、ということは、回路素子としては、抵抗が無限大の「断線(オープン回路)」と等価であると見なせます。
- 回路全体の振る舞い:
- したがって、スイッチを入れた直後の回路は、まるでコイルの部分が断線しているかのように振る舞います。
- 回路に流れる電流 \(I_0\) は、\[ I_0 = 0 \]となります。
【結論:スイッチON直後】
電流ゼロのコイルは、「断線」と見なせる。
5.3. 十分に時間が経過した後(t → ∞)の振る舞い
スイッチを入れたまま、非常に長い時間が経過すると、回路はどのような定常状態に落ち着くでしょうか。
- コイルの状態と自己誘導:
- 時間が経つにつれて、逆起電力の効果は弱まり、電流は徐々に増加していきます。
- やがて、電流は、回路の抵抗 \(R\) だけで決まる、ある一定の値に達します。
- 電流が一定の値に落ち着くと、その時間変化率 \(dI/dt\) はゼロになります(\(dI/dt = 0\))。
- 自己誘導起電力 \(V_L = -L(dI/dt)\) は、\(dI/dt=0\) なので、ゼロになります。
- コイルの役割:
- 自己誘導の効果がなくなったコイルは、もはや電流の変化を妨げる働きをしません。
- 理想的なコイルは抵抗がゼロであると考えると、この状態のコイルは、単に**抵抗ゼロの「ただの導線(ショート回路)」**と等価であると見なせます。
- 回路全体の振る舞い:
- したがって、十分に時間が経過した後の回路は、コイルがただの導線になったかのように振る舞います。
- 回路に流れる定常電流 \(I_\infty\) は、オームの法則により、\[ I_\infty = \frac{V}{R} \]となります。
【結論:十分時間経過後】
コイルは、「導線」と見なせる。
5.4. コンデンサーとの振る舞いの対比
このコイルの過渡的な振る舞いは、コンデンサーのそれと、見事なまでに対照的です。この対比を明確に理解しておくことは、回路問題を解く上で決定的に重要です。
状況 | コイル (L) の振る舞い | コンデンサー (C) の振る舞い |
スイッチON直後 | 断線 (電流=0) | 導線 (電圧=0) |
十分時間経過後 | 導線 (電圧=0) | 断線 (電流=0) |
- コイルの「慣性」: コイルは電流の変化を嫌うため、スイッチON直後は電流を流さず(断線)、定常状態では変化がないので気にせず流す(導線)。
- コンデンサーの「蓄積」: コンデンサーは電荷を蓄えるため、スイッチON直後はまだ電荷がなく(電圧=0)どんどん流し(導線)、充電が完了するともう流れない(断線)。
この定性的な理解は、コイルやコンデンサーを含む複雑な直流回路の初期状態と最終状態を、微分方程式を一切使わずに、瞬時に見抜くことを可能にする、非常に強力な思考の武器となります。
6. 相互誘導の概念
自己誘導は、一つのコイルが、自分自身の電流の変化によって、自分自身に起電力を生む現象でした。これは、いわば回路の「自己完結的な」応答です。しかし、電磁気的な影響は、回路の内部に留まるとは限りません。
もし、二つのコイルが互いに近くに置かれている場合、一方のコイルを流れる電流の変化は、空間を越えて、もう一方のコイルに影響を及ぼします。この、一つの回路の電流の変化が、磁場を介して、隣接する別の回路に誘導起電力を生じさせる現象を、「相互誘導 (mutual induction)」と呼びます。
相互誘導は、回路同士が物理的に接続されていなくても、目に見えない磁気の力で互いに「会話」をすることを可能にする、電磁気学の最も興味深い現象の一つです。
6.1. 相互誘導のメカニズム
二つのコイル、コイル1(一次コイル)とコイル2(二次コイル)が、互いに近くに配置されている状況を考えます。
- Step 1: 一次コイルの電流変化 → 磁場の変化
- まず、一次コイルに流れる電流 \(I_1\) を、スイッチのON/OFFなどによって、時間的に変化させます。
- 電流 \(I_1\) が変化すると、一次コイルが作り出す磁場 \(B_1\) も、それに伴って時間的に変化します。
- Step 2: 磁場の変化 → 二次コイルを貫く磁束の変化
- 一次コイルが作った磁場 \(B_1\) の一部は、隣にある二次コイルの内部を貫いています。
- 磁場 \(B_1\) が変化すれば、当然、二次コイルを貫く磁束 \(\Phi_{21}\)(コイル1がコイル2に作る磁束、の意)もまた、時間的に変化します。
- Step 3: 磁束の変化 → 二次コイルに誘導起電力が発生(ファラデーの法則)
- ファラデーの電磁誘導の法則によれば、コイルを貫く磁束が変化すれば、そのコイルに誘導起電力が生じます。
- したがって、一次コイルの電流変化に起因する磁束の変化によって、二次コイルには誘導起電力 \(V_2\) が発生します。
この一連のプロセスが、相互誘導です。重要なのは、一次コイルと二次コイルは、電気的には一切接続されていないにもかかわらず、磁場という媒体を介して、エネルギーや信号が一方から他方へと伝達されるという点です。
6.2. 対称性:逆のプロセスも同様に起こる
この関係は、対称的です。逆に、二次コイルに流れる電流 \(I_2\) を変化させれば、それが作り出す磁場 \(B_2\) の変化によって、今度は一次コイルに誘導起電力 \(V_1\) が生じます。
\[ (\text{電流} I_1 \text{の変化}) \xrightarrow{\text{磁場} B_1 \text{の変化}} (\text{磁束} \Phi_{21} \text{の変化}) \xrightarrow{\text{ファラデーの法則}} (\text{起電力} V_2 \text{の発生}) \]
\[ (\text{電流} I_2 \text{の変化}) \xrightarrow{\text{磁場} B_2 \text{の変化}} (\text{磁束} \Phi_{12} \text{の変化}) \xrightarrow{\text{ファラデーの法則}} (\text{起電力} V_1 \text{の発生}) \]
この相互作用の強さ、すなわち、一方のコイルの電流変化が、どれだけ効率よく他方のコイルに起電力を生じさせるかは、二つのコイルの形状、巻数、そして**相対的な位置関係や向き(結合の度合い)**に強く依存します。
6.3. 応用への展望
この相互誘導の原理は、現代技術において極めて広範に応用されています。
- 変圧器(トランス):相互誘導の最も重要で、最も広く使われている応用例です。二つのコイルを共通の鉄心に巻くことで、磁気的な結合を極めて強くし、エネルギーを効率的に一方から他方へ伝達します。これにより、交流電圧を自由に上げたり下げたりすることが可能になります。
- ワイヤレス(無線)電力伝送:スマートフォンや電動歯ブラシの非接触充電は、送電側のコイル(充電パッド)に流す電流を変化させ、受電側のコイル(機器内部)に相互誘導で起電力を生じさせてバッテリーを充電する技術です。
- IHクッキングヒーター:これも広義の相互誘導の一例と見なせます。コンロ内部の一次コイルの電流変化が、鍋底という二次側の導体に渦電流(誘導電流)を生じさせます。
- RFID(Radio-Frequency Identification):交通系ICカードや、商品のタグなどに使われている技術です。読み取り機(リーダー)が発する変化する磁場が、カード内部のコイルに相互誘導で微弱な電力を生み出し、その電力でICチップを駆動させて情報を送り返します。
相互誘導は、回路と回路、あるいは装置と装置が、配線なしにエネルギーや情報を交換することを可能にする、魔法のような技術の基本原理なのです。次のセクションでは、この相互作用の強さを定量化する「相互インダクタンス」を定義します。
7. 相互インダクタンスの定義
相互誘導とは、一方のコイルの電流変化が、もう一方のコイルに起電力を生じさせる現象でした。では、この相互作用の「強さ」は、どのようにすれば定量的に表せるのでしょうか?
二つのコイルが、どの程度「磁気的に結合しているか」を示す、そのペア固有の比例定数が「相互インダクタンス (mutual inductance)」です。これは、自己インダクタンスが単一のコイルの性質であったのに対し、二つのコイルのペアの性質を記述する量です。
7.1. 相互インダクタンスの定義
コイル1(一次コイル、巻数 \(N_1\))とコイル2(二次コイル、巻数 \(N_2\))が近くに置かれているとします。
- 一次コイルに電流 \(I_1\) を流すと、それが作る磁場によって、二次コイルの1巻きを貫く磁束 \(\Phi_{21}\) が生じます。(添え字21は、「1が2に作る」という意味)
- この磁束 \(\Phi_{21}\) は、その源である電流 \(I_1\) に比例します。
- したがって、二次コイル全体を貫く鎖交磁束 \(N_2 \Phi_{21}\) もまた、電流 \(I_1\) に比例します。\[ N_2 \Phi_{21} \propto I_1 \]
この比例関係を等式にするための比例定数を \(M_{21}\) と書き、これをコイル1からコイル2への相互インダクタンスと呼びます。
\[ N_2 \Phi_{21} = M_{21} I_1 \]
同様に、二次コイルに電流 \(I_2\) を流したときに、一次コイルを貫く鎖交磁束 \(N_1 \Phi_{12}\) は、
\[ N_1 \Phi_{12} = M_{12} I_2 \]
と書け、\(M_{12}\) はコイル2からコイル1への相互インダクタンスとなります。
物理学における相反定理により、これら二つの相互インダクタンスは常に等しいことが証明されています。
\[ M_{12} = M_{21} \]
したがって、通常は添え字を省略し、単に \(M\) と書いて、そのコイルのペアが持つ相互インダクタンスと呼びます。
7.2. 相互誘導起電力との関係
この定義を、ファラデーの法則と結びつけましょう。
一次コイルの電流 \(I_1\) が変化したときに、二次コイルに生じる誘導起電力 \(V_2\) は、
\[ V_2 = – \frac{d(N_2 \Phi_{21})}{dt} \]
で与えられます。
この式の \(N_2 \Phi_{21}\) の部分に、相互インダクタンスの定義 \(N_2 \Phi_{21} = M I_1\) を代入します。
\[ V_2 = – \frac{d(M I_1)}{dt} \]
コイルの配置が変わらない限り、相互インダクタンス \(M\) は定数なので、微分の外に出せます。
\[ V_2 = -M \frac{dI_1}{dt} \]
これが、相互インダクタンス \(M\) と、それによって生じる相互誘導起電力 \(V_2\) の関係を示す、重要な公式です。
この式は、自己誘導起電力の公式 \(V = -L (dI/dt)\) と、非常によく似た形をしています。
- 自己インダクタンス \(L\) は、自分自身の電流変化率を、自分自身の誘導起電力に結びつける係数。
- 相互インダクタンス \(M\) は、相手の電流変化率を、自分に生じる誘導起電力に結びつける係数。
【単位】
相互インダクタンス \(M\) の単位も、自己インダクタンス \(L\) と同じく「ヘンリー (H)」が用いられます。
7.3. 相互インダクタンスは何で決まるのか?
相互インダクタンス \(M\) の値は、それぞれのコイルの自己インダクタンス \(L_1, L_2\) だけでなく、二つのコイルの幾何学的な配置に強く依存します。
\[ M = k \sqrt{L_1 L_2} \quad (0 \le k \le 1) \]
- \(k\) (結合係数):この \(k\) は結合係数と呼ばれ、一方のコイルが発生した磁束のうち、どれだけの割合がもう一方のコイルと鎖交するか、その「結合の度合い」を示す、0から1までの値をとる係数です。
- \(k=0\) (結合なし): 二つのコイルが非常に遠く離れていたり、互いの磁束を打ち消すような向き(例えば、軸を直交させる)に置かれている場合。一方の磁束が他方と全く鎖交せず、相互誘導は起こりません。
- \(k=1\) (密結合): 一方のコイルが発生した磁束の全てが、もう一方のコイルと鎖交する場合。これは、二つのコイルが同じ鉄心に、隙間なく重ねて巻かれているような、理想的な状況に対応します。後述する理想変圧器では、この \(k=1\) の状態を仮定します。
- 通常は \(0 < k < 1\) の値をとり、コイルが近いほど、また軸が揃っているほど、\(k\) の値は1に近づきます。
この相互インダクタンスという概念によって、私たちは回路間の目に見えない磁気的な結合を、定量的に扱うことができるようになります。
8. 変圧器(トランス)の原理
相互誘導の原理が生み出した、最も影響力が大きく、私たちの電力システムに不可欠な応用技術、それが「変圧器 (transformer)」、通称「トランス」です。変圧器は、その名の通り、交流電圧の大きさを、電力の損失を極めて少なく抑えながら、自在に高くしたり(昇圧)、低くしたり(降圧)することができる静止した電気機器です。
なぜ、電圧を変換する必要があるのでしょうか?それは、電力を効率よく、そして安全に利用するためです。発電所で生み出された電気は、送電線でのジュール熱による損失を最小限に抑えるために、超高電圧(数十万ボルト)に昇圧されて送り出されます。そして、私たちの家庭や工場に届く前に、電柱の上の変圧器などで、安全に使える電圧(日本では100Vや200V)へと、段階的に降圧されているのです。
この、現代の電力網を支える根幹技術の裏には、相互誘導の、極めて巧妙でエレガントな応用が隠されています。
8.1. 変圧器の基本構造
変圧器の基本構造は、相互誘導の原理を最大限に活用するために、非常に合理的に設計されています。
- 鉄心(コア):閉じたループ状(ロの字型や円環状)の、鉄などの強磁性体で作られた芯。鉄は、真空に比べて透磁率が非常に高いため、磁力線を効率よく内部に閉じ込め、導く性質があります。
- 一次コイル (Primary Coil):鉄心の一方に巻かれたコイル。入力側の交流電源に接続されます。巻数を \(N_1\) とします。
- 二次コイル (Secondary Coil):鉄心のもう一方(または一次コイルの上)に巻かれたコイル。出力側として、負荷(電気製品など)に接続されます。巻数を \(N_2\) とします。
【動作の鍵:鉄心の役割】
変圧器の性能の鍵を握るのが、この閉じた鉄心の存在です。
- 一次コイルに交流電流を流すと、鉄心内部には、その電流の変化に応じて、時間的に変化する磁束が発生します。
- 鉄心は、この磁束を外部にほとんど漏らすことなく、効率よく磁気回路として導きます。
- その結果、一次コイルで発生した磁束のほぼ全てが、二次コイルとも鎖交します。
これにより、二つのコイルの**結合係数 \(k\) が、ほぼ1に近い状態(密結合)**が実現され、エネルギーが一次側から二次側へと、極めて効率的に伝達されるのです。
8.2. 変圧の原理
変圧器が電圧を変換する原理は、ファラデーの電磁誘導の法則そのものです。
- 一次コイルの自己誘導:一次コイルに、時間的に変化する交流電圧 \(V_1\) をかけると、交流電流 \(I_1\) が流れます。この電流の変化 \(dI_1/dt\) は、鉄心内に時間変化する磁束 \(d\Phi/dt\) を生み出します。同時に、この磁束の変化は、一次コイル自身に自己誘導による逆起電力を生じさせます。理想的な変圧器(コイルの抵抗がゼロ)では、この逆起電力が、入力電圧 \(V_1\) と釣り合っています。ファラデーの法則より、\[ V_1 = N_1 \frac{d\Phi}{dt} \](大きさだけを考えています。\(d\Phi/dt\) は1巻きあたりの磁束の時間変化率です)
- 二次コイルの相互誘導:一次コイルが生み出した、同じ磁束の変化 \(d\Phi/dt\) が、二次コイルをも貫きます。したがって、二次コイルにもまた、ファラデーの法則に従って、誘導起電力 \(V_2\) が発生します。\[ V_2 = N_2 \frac{d\Phi}{dt} \]
- 電圧の変換比:これら二つの式は、共通の項 \(d\Phi/dt\) を含んでいます。最初の式から \(\frac{d\Phi}{dt} = \frac{V_1}{N_1}\) となります。これを二番目の式に代入すると、\[ V_2 = N_2 \left( \frac{V_1}{N_1} \right) \]この式を整理すると、\[ \frac{V_2}{V_1} = \frac{N_2}{N_1} \]という、変圧器の最も基本的な関係式が導かれます。
【結論】
二次コイルの電圧と一次コイルの電圧の比は、それぞれのコイルの巻数の比に等しい。
- 昇圧変圧器 (Step-up transformer): もし二次巻数 \(N_2\) を一次巻数 \(N_1\) より多くすれば(\(N_2 > N_1\))、\(V_2 > V_1\) となり、電圧は上昇します。
- 降圧変圧器 (Step-down transformer): もし二次巻数 \(N_2\) を一次巻数 \(N_1\) より少なくすれば(\(N_2 < N_1\))、\(V_2 < V_1\) となり、電圧は下降します。
このように、変圧器は、コイルの巻数を変えるという、極めてシンプルな方法で、交流電圧を自在にコントロールすることができるのです。
重要な注意点として、この原理は磁束の「変化」に基づいているため、変圧器は直流では動作せず、交流専用の機器である、ということを理解しておく必要があります。
9. 変圧器における電圧・電流の関係
前セクションで、変圧器が、巻数比 \(N_2/N_1\) を用いて、一次側の電圧 \(V_1\) を二次側の電圧 \(V_2\) に変換する(\(V_2/V_1 = N_2/N_1\))ことを見出しました。
では、電圧が変換されるとき、電流はどのようになるのでしょうか?もし電圧を10倍に昇圧したら、電流も10倍になるのでしょうか?もしそうなら、私たちはエネルギーを無から生み出せることになってしまいます。もちろん、ここでもエネルギー保存則が、電流の振る舞いに厳格な制約を課します。
このセクションでは、理想的な変圧器を仮定して、一次側と二次側の電流の関係、そして電力の関係を導出します。
9.1. 理想的な変圧器の仮定
現実の変圧器では、コイルの抵抗によるジュール熱や、鉄心の磁化に伴うヒステリシス損など、若干のエネルギー損失が発生します。しかし、効率の良い変圧器では、この損失は数パーセント以下に抑えられています。
ここでは、計算を簡単にするため、以下のような「理想的な変圧器」を考えます。
- エネルギー損失はゼロ: コイルの抵抗はゼロで、鉄損もない。したがって、一次側で入力された電力 \(P_1\) は、全て二次側から出力される電力 \(P_2\) に等しい。\[ P_1 = P_2 \]
- 磁束の漏れはゼロ: 一次コイルで発生した磁束は、全て二次コイルと鎖交する(結合係数 \(k=1\))。
9.2. 電流の関係式の導出
このエネルギー保存則(\(P_1 = P_2\))から、電流の関係式を導いてみましょう。
- 一次側の電力 \(P_1\) は、一次電圧 \(V_1\) と一次電流 \(I_1\) の積で与えられます。\[ P_1 = V_1 I_1 \]
- 同様に、二次側の電力 \(P_2\) は、二次電圧 \(V_2\) と二次電流 \(I_2\) の積で与えられます。\[ P_2 = V_2 I_2 \]
- 理想変圧器では \(P_1 = P_2\) なので、\[ V_1 I_1 = V_2 I_2 \]という関係が成り立ちます。
- この式を、電流の比 \(I_2/I_1\) について整理すると、\[ \frac{I_2}{I_1} = \frac{V_1}{V_2} \]となります。
- ここで、前セクションで導出した電圧と巻数比の関係 \(\frac{V_2}{V_1} = \frac{N_2}{N_1}\) を利用します。その逆数 \(\frac{V_1}{V_2} = \frac{N_1}{N_2}\) を上の式に代入すると、\[ \frac{I_2}{I_1} = \frac{N_1}{N_2} \]という、電流と巻数比の関係式が得られます。
【結論】
二次コイルの電流と一次コイルの電流の比は、一次コイルと二次コイルの巻数比に等しい。
この関係は、電圧の比とは逆数の関係になっていることに、最大限の注意を払う必要があります。
- 昇圧変圧器 (\(N_2 > N_1\)) の場合:
- 電圧は \(V_2 > V_1\) と高くなりますが、
- 電流は \(I_2 < I_1\) と小さくなります。
- 降圧変圧器 (\(N_2 < N_1\)) の場合:
- 電圧は \(V_2 < V_1\) と低くなりますが、
- 電流は \(I_2 > I_1\) と大きくなります。
これは、エネルギー保存則の必然的な帰結です。電力 \(P = VI\) が一定であるため、電圧 \(V\) を上げれば、その分だけ電流 \(I\) は下がらなければならないのです。
9.3. まとめ:変圧器の公式
物理量 | 関係式 | 意味 |
電圧比 | \(\frac{V_2}{V_1} = \frac{N_2}{N_1}\) | 電圧は巻数比に比例する |
電流比 | \(\frac{I_2}{I_1} = \frac{N_1}{N_2}\) | 電流は巻数比に反比例する |
電力 | \(P_1 = P_2 \implies V_1I_1 = V_2I_2\) | エネルギーは保存される |
【送電における応用】
この関係は、長距離送電でなぜ超高電圧が使われるかを、見事に説明してくれます。
- 送電線には抵抗 \(R_{line}\) があり、そこで発生するジュール熱 \(P_{loss} = I^2 R_{line}\) が、電力の損失となります。
- この損失は、送る電流 \(I\) の2乗に比例するため、電流をできるだけ小さくすることが、損失を減らす鍵となります。
- 同じ電力 \(P = VI\) を送る場合、変圧器で電圧 \(V\) を10倍にすれば、電流 \(I\) は1/10になります。
- その結果、送電損失 \(P_{loss}\) は、\((1/10)^2 = 1/100\) にまで、劇的に減少させることができるのです。
変圧器は、この電圧と電流のトレードオフの関係を巧みに利用することで、私たちの社会に電力を効率的かつ安全に届けるための、不可欠な役割を果たしているのです。
10. 相互誘導の応用例
変圧器は、相互誘導の最も重要で大規模な応用例ですが、この原理は、私たちの身の回りにある、より小型で、より身近なテクノロジーにも広く活用されています。これらの技術は、物理的な配線なしに、エネルギーや情報をやり取りできるという、相互誘導のユニークな利点を巧みに利用しています。
このセクションでは、変圧器以外の相互誘導の応用例として、特に「ワイヤレス(非接触)電力伝送」と「RFID」について、その基本原理を紹介します。
10.1. ワイヤレス(非接触)電力伝送
ケーブルを接続することなく、機器を充電できるワイヤレス充電技術は、スマートフォン、スマートウォッチ、電動歯ブラシ、電気自動車など、急速に普及が進んでいます。その多くは、「電磁誘導方式」と呼ばれる、相互誘導を直接的に利用したものです。
【基本原理】
- 送電側(充電パッド):
- 充電パッドの内部には、平たい渦巻き状の**一次コイル(送電コイル)**が内蔵されています。
- パッドを電源につなぐと、このコイルに交流電流が流れます。
- この交流電流は、パッドの周囲に、時間的に変化する磁場を発生させます。
- 受電側(デバイス):
- 充電したいデバイス(スマートフォンなど)の内部にも、同様に**二次コイル(受電コイル)**が内蔵されています。
- デバイスを充電パッドの上に置くと、送電コイルが発生させた変化する磁場が、受電コイルを貫きます。
- その結果、ファラデーの電磁誘導の法則と相互誘導の原理により、受電コイルには交流の誘導起電力が発生し、誘導電流が流れます。
- 充電プロセス:
- この誘導電流を、デバイス内部の整流回路で直流に変換し、バッテリーを充電します。
これは、まさしく一次コイルと二次コイルが、空気をコア(心材)として構成された、一種の変圧器と見なすことができます。鉄心がないため結合係数は低く、エネルギーの伝達効率は有線に比べて劣りますが、数センチ程度の短い距離であれば、十分な電力を非接触で伝送することが可能です。ケーブルの抜き差しという物理的な手間や、コネクタ部分の摩耗や断線といった問題から解放される、非常に利便性の高い技術です。
10.2. RFID (Radio-Frequency Identification)
RFIDは、ICチップに記録された情報を、電波(電磁波)を用いて非接触で読み書きする自動認識技術です。交通系ICカード(Suica, PASMOなど)や、電子マネー、企業の在庫管理タグ、図書館の書籍管理、最近では無人レジなど、社会の至る所で利用されています。
このRFID、特に電池を内蔵しない「パッシブタグ」と呼ばれるタイプのICカードやタグが、リーダー(読み取り機)にかざすだけで動作できるのは、相互誘導の原理に基づいています。
【基本原理】
- リーダー(読み取り機)側:
- リーダーの内部には、**一次コイル(アンテナ)**があり、ここから情報を問い合わせるための信号を含んだ、変化する磁場(電波)を放射しています。
- ICカード(タグ)側:
- ICカードの内部にも、**二次コイル(アンテナ)**が内蔵されています。
- カードをリーダーに近づけると、リーダーが発した変化する磁場が、カードのコイルを貫きます。
- 電力の発生(相互誘導):
- 相互誘導により、カードのコイルには誘導起電力が発生します。
- この微弱な起電力が、カードに内蔵されたICチップを駆動させるための電力となります。つまり、カードは、リーダーからの磁場をエネルギー源として、その場で「目覚める」のです。
- 情報の返信:
- 目覚めたICチップは、自身のメモリに記録されているID情報などを読み出します。
- そして、その情報に応じて、カード側のコイルの電気的な特性(負荷)をわずかに変化させます。
- このカード側の微小な変化が、今度はリーダー側の一次コイルの電流に、相互誘導を通じてわずかな変化としてフィードバックされます。
- リーダーは、この一次コイルに現れた微弱な信号の変化を検出・解読することで、カードからの情報を非接触で読み取っているのです。
このように、RFIDタグは、相互誘導を巧みに利用して、エネルギーの伝達(電力供給)と、情報の伝達(信号の送受信)という、二つの役割を同時に実現している、非常に洗練された技術と言えます。
これらの例が示すように、相互誘導は、単なる物理学の教科書の中の概念ではなく、私たちの生活をより便利で、よりスマートにするための、生きたテクノロジーの基盤となっているのです。
Module 8:自己誘導と相互誘導の総括:変化を嫌う慣性と、磁気による対話
本モジュールでは、電磁誘導の法則を、回路自身の内部、そして回路と回路の間という、新たなフロンティアへと拡張しました。その中心にあったのは、回路が電流の「変化」に対して示す、一種の「抵抗」あるいは「慣性」の概念でした。
旅の前半で探求した「自己誘導」は、回路の内なる声でした。コイルに流れる電流を変化させようとすると、コイル自身がレンツの法則という自己防衛本能に従い、その変化を妨げる向きに逆起電力を生む。この「電気的慣性」の大きさを定量化する指標が「自己インダクタンス (L)」であり、それは質量が速度の変化に抵抗するように、電流の変化に抵抗する性質を表していました。そして、この抵抗に逆らって電流を流し込む仕事が、コンデンサーがエネルギーを電場に蓄えるのと対をなすように、コイルの磁場の中に (1/2)LI²
という形でエネルギーとして蓄えられることを見ました。RL回路の過渡現象は、この慣性が、スイッチのON/OFF直後に、いかにダイナミックな振る舞いとして現れるかを具体的に示してくれました。
そして旅の後半、私たちは、この原理が回路の垣根を越える「相互誘導」へと至る様を目撃しました。二つの回路は、物理的に触れ合うことなく、一方の電流の変化が生み出す磁束の変化を通じて、もう一方に影響を及ぼし、起電力を生じさせます。これは、回路同士が、目に見えない磁気の糸電話で「対話」をするようなものです。この対話のしやすさを表す「相互インダクタンス (M)」の概念は、この現象を定量的に扱うことを可能にしました。
この相互誘導の原理が到達した究極の応用が、「変圧器(トランス)」です。共通の鉄心という完璧な伝声管を通じて、二つのコイルがエネルギーを極めて効率的にやり取りし、巻数比というシンプルな設計だけで、交流電圧を自在に変換する。このエレガントな仕組みこそが、現代の電力輸送システムを支える根幹技術となっています。さらに、ワイヤレス充電やRFIDといった最先端技術もまた、この磁気による対話の巧妙な応用例に他なりませんでした。
このモジュールを終え、私たちは、抵抗(R)、コンデンサー(C)に続く、第三の基本回路素子「インダクター(コイル, L)」の、真の姿を理解しました。抵抗はエネルギーを消費する「摩擦」、コンデンサーは電荷を蓄える「器」、そしてインダクターは電流の変化に抗う「慣性」。これら三つの個性を理解した今、私たちは、これらが一堂に会し、時間と共に変化する電圧と電流の舞台で、どのようなドラマを繰り広げるのか、すなわち「交流回路」の世界を探求する準備が整ったのです。