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【基礎 物理(力学)】Module 8: 円運動の運動学と動力学
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは主に、物体が一直線上や放物線軌道を描いて移動する「並進運動」を分析してきました。しかし、私たちの周りを見渡せば、惑星の公転、車のエンジンの回転、レコードの盤面、遊園地の観覧車など、もう一つの根源的な運動形態である「回転運動」が満ち溢れていることに気づきます。
本モジュールでは、この回転運動の最も基本的な形である円運動に焦点を当て、その運動を記述し、原因を解明するための理論体系を構築します。この探求は、二つの側面から行われます。
前半は**運動学(Kinematics)**です。直線運動を「位置」で記述したように、円運動を記述するためには、「角度」を基本とする新しい物理量(角速度、周期など)が必要です。これらの新しい言語を導入し、私たちが慣れ親しんだ直線運動の物理量(速さ)との関係を明らかにします。
後半は**動力学(Dynamics)**です。ここでの核心的な洞察は、「たとえ速さが一定でも、円運動は常に加速度運動である」という事実にあります。速度というベクトルが、その向きを絶えず変えているからです。加速度が存在するからには、ニュートンの第二法則に従い、必ずそれを引き起こす力が必要です。この円運動を維持するための中心向きの力、向心力の概念を確立し、その正体が張力や重力、摩擦力といった、すでにお馴染みの力であることを解き明かしていきます。
- 角速度、周期、回転数の関係: 円運動を記述する新しい言語である、角速度、周期、回転数を定義し、それらの間の数学的な関係を導きます。
- 等速円運動における速さと角速度の関係: 角運動の世界と並進運動の世界を結びつける重要な関係式 \(v=r\omega\) を導出します。
- 向心加速度の導出とベクトル的性質: 円運動が加速度運動である理由を深く掘り下げ、その加速度(向心加速度)の向きと大きさを、幾何学的な考察から厳密に導きます。
- 向心力の概念と運動方程式: 加速度の原因としての力、向心力を定義し、円運動における運動方程式 \(F=mv^2/r\) を確立します。
- 様々な向心力(張力、垂直抗力、重力、摩擦力): 向心力が新しい種類の力ではなく、様々な力がその「役割」を担っていることを、具体例を通じて理解します。
- 水平面内の円運動の解析: 水平面内で起こる円運動の問題を、運動方程式を用いて体系的に分析する手法を学びます。
- 円錐振り子の力学的つりあい: 水平な円運動を続けながらも、鉛直方向では力がつりあっている円錐振り子の運動を解析します。
- 鉛直面内の円運動とエネルギー保存則: 速さが変化する、より複雑な鉛直面内の円運動を、力学的エネルギー保存則という強力なツールを用いて分析します。
- 円運動における「つりあい」と「運動方程式」の区別: 初学者が陥りやすい、円運動における力の「つりあい」と「運動方程式」の概念的な混同を、明確に解消します。
- 非等速円運動における接線加速度と法線加速度: 速度の向きと大きさの両方が変化する、最も一般的な円運動における加速度を、二つの直交する成分に分解して考えます。
このモジュールを修了したとき、あなたは直線運動の世界観を拡張し、回転という新たな運動形態を、運動学と動力学の両面から、一貫した論理体系として理解する能力を手にしているでしょう。
1. 角速度、周期、回転数の関係
直線運動を記述する基本量が「位置 \(x\)」であったように、円運動をはじめとする回転運動を記述するための最も基本的な量は、物体がどれだけ回転したかを示す「角度 (Angle)」です。物理学、特に回転運動を扱う際には、角度の単位として日常的な「度(°)」ではなく、「ラジアン (radian)」を用いるのが標準です。
ラジアンの定義:
1ラジアンとは、円弧の長さが、その円の半径と等しくなるような中心角の大きさと定義されます。
円周の長さは \(2\pi r\) なので、一周(360°)は \(2\pi\) ラジアンに相当します。
\[ 360^\circ = 2\pi , \text{rad} \quad (\Leftrightarrow 180^\circ = \pi , \text{rad}) \]
ラジアンを用いることで、角度と長さの間の関係が \(s=r\theta\)(\(s\)は弧長)のようにシンプルに記述でき、後の計算に非常に便利です。
この角度 \(\theta\) を基礎として、円運動の「速さ」を特徴づける三つの重要な物理量を定義します。
1.1. 角速度 (Angular Velocity)
角速度(記号: \(\omega\)、オメガ)は、単位時間あたりに物体が回転する角度を表します。これは、直線運動における速度(単位時間あたりの位置の変化)の、回転運動バージョンです。
- 平均の角速度: ある時間 \(\Delta t\) の間に \(\Delta \theta\) だけ回転したとき、平均の角速度 \(\bar{\omega}\) は、\[ \bar{\omega} = \frac{\Delta \theta}{\Delta t} \]
- 瞬間の角速度: より一般的に、ある瞬間における角速度 \(\omega\) は、角度 \(\theta\) の時間微分として定義されます。\[ \omega = \frac{d\theta}{dt} \]
- 単位: 角度の単位 [rad] を時間の単位 [s] で割った、[rad/s](ラジアン毎秒)が用いられます。
(発展)角速度は、回転の速さだけでなく、回転の「向き」(時計回りか反時計回りか)も示すベクトル量として扱うこともできます。その向きは、回転面に垂直で、「右ねじの法則」に従って定められます。
1.2. 周期 (Period)
周期(記号: \(T\))は、物体が円周をちょうど一周するのに要する時間です。非常に直感的で分かりやすい量です。
- 単位: 時間の単位である [s](秒)が用いられます。
周期 \(T\) と角速度 \(\omega\) の間には、単純で重要な関係があります。
物体は、一周、すなわち \(2\pi\) [rad] を、\(T\) [s] かけて回転します。
角速度の定義(回転した角度 ÷ 時間)から、
\[ \omega = \frac{2\pi}{T} \]
この関係式は、一方の値が分かれば、もう一方を直ちに計算できるため、頻繁に利用されます。
1.3. 回転数(振動数) (Frequency / Rotational Speed)
回転数(記号: \(f\) または \(n\))は、単位時間あたりに物体が回転する回数です。周期が「1回あたり何秒か」を示すのに対し、回転数は「1秒あたり何回か」を示します。
- 単位: 1秒あたりの回数は [Hz](ヘルツ)で表されます。これは振動数 (Frequency) とも呼ばれます。工学分野では、1分あたりの回転数 [rpm] (revolutions per minute) が用いられることもあります。
回転数 \(f\) と周期 \(T\) は、互いに逆数の関係にあります。
- 1回転に \(T\) 秒かかるなら、1秒あたりには \(1/T\) 回だけ回転できます。\[ f = \frac{1}{T} \]
1.4. 関係式のまとめ
これら三つの量(角速度 \(\omega\)、周期 \(T\)、回転数 \(f\))は、互いに密接に関連しており、一つの量が分かれば、他のすべての量を計算することができます。
円運動の基本関係式
\[ \omega = \frac{2\pi}{T} \]
\[ f = \frac{1}{T} \]
\[ \omega = 2\pi f \]
実践例
あるレコードが 33 rpm(1分間に33回転)で回転している。このレコードの周期 \(T\)、回転数 \(f\) [Hz]、角速度 \(\omega\) [rad/s] を求めよ。
- 回転数 \(f\) [Hz] の計算:33 rpmは、33回転 / 60秒 を意味するので、\( f = \frac{33}{60} = 0.55 , \text{Hz} \)
- 周期 \(T\) の計算:\( T = \frac{1}{f} = \frac{1}{0.55} \approx 1.82 , \text{s} \)(1回転するのに約1.82秒かかる)
- 角速度 \(\omega\) の計算:\( \omega = 2\pi f = 2\pi \times 0.55 \approx 3.46 , \text{rad/s} \)
これらの量は、円運動を定量的に記述するための基本的な語彙です。これらの定義と相互関係をしっかりとマスターすることが、円運動の運動学を理解するための第一歩となります。
2. 等速円運動における速さと角速度の関係
円運動を記述する新しい言語として「角速度 \(\omega\)」を導入しました。しかし、私たちはすでに、物体の運動の速さを記述する、より馴染み深い量である「速さ \(v\)」を知っています。この二つの量は、どのように関係しているのでしょうか。
このセクションでは、角運動の世界(回転の速さ)と、並進運動の世界(接線方向の速さ)を結びつける、極めて重要な関係式 \(v = r\omega\) を導出します。この式は、回転する物体上の各点の運動を理解するための鍵となります。
2.1. 等速円運動の定義
まず、本セクションで主に扱う等速円運動 (Uniform Circular Motion, UCM) を定義します。
等速円運動とは、物体が一定の角速度 \(\omega\)、したがって一定の速さ \(v\) で、円周上を運動することです。
観覧車や、一定のペースで回るレコード盤の上の点の運動などが、その例です。
重要: 速さ(スカラー)は一定ですが、速度(ベクトル)の向きは刻一刻と変化しているため、等速円運動は加速度運動である、という点は常に意識しておく必要があります。
2.2. 関係式 v = rω の導出
半径 \(r\) の円周上を、物体が微小な時間 \(\Delta t\) の間に、微小な角度 \(\Delta \theta\) [rad] だけ回転したとします。
- 移動距離(弧長)\(\Delta s\) の計算:この間に物体が円周上を移動した距離(弧長)\(\Delta s\) は、ラジアンの定義から、\[ \Delta s = r \Delta \theta \]と表せます。
- 速さ \(v\) と角速度 \(\omega\) の定義:
- 物体の速さ \(v\) は、移動距離 \(\Delta s\) を所要時間 \(\Delta t\) で割ったものです。\[ v = \frac{\Delta s}{\Delta t} \]
- 物体の角速度 \(\omega\) は、回転した角度 \(\Delta \theta\) を所要時間 \(\Delta t\) で割ったものです。\[ \omega = \frac{\Delta \theta}{\Delta t} \]
- 式の結合:弧長の式 \(\Delta s = r \Delta \theta\) の両辺を、時間 \(\Delta t\) で割ります。\[ \frac{\Delta s}{\Delta t} = \frac{r \Delta \theta}{\Delta t} = r \left( \frac{\Delta \theta}{\Delta t} \right) \]この式の各項は、速さと角速度の定義に対応しています。
- 左辺 \(\Delta s / \Delta t\) は、速さ \(v\)。
- 右辺の括弧の中 \(\Delta \theta / \Delta t\) は、角速度 \(\omega\)。
速さと角速度の関係式
\[ v = r\omega \]
(速さ) = (半径) × (角速度)
この導出は、\(\Delta t \to 0\) の極限をとることで、瞬間の速さと瞬間の角速度の関係としても厳密に成立します(\(v = ds/dt = r(d\theta/dt) = r\omega\))。
2.3. 関係式の物理的な意味と応用
この \(v=r\omega\) というシンプルな式は、回転運動の非常に重要な性質を物語っています。
物理的な意味:
回転する剛体(レコード盤やメリーゴーランドなど)を考えます。この剛体上のすべての点は、同じ時間で同じ角度だけ回転するので、角速度 \(\omega\) は、剛体上のどの点でも同じです。
しかし、速さ \(v\) は、回転中心からの距離(半径 \(r\)) に比例して変化します。
- 回転の中心(\(r=0\))に最も近い点は、ほとんど動かず、速さ \(v\) はほぼゼロです。
- 回転の中心から遠い、外周部(\(r\)が大きい)の点ほど、同じ時間でより長い距離を移動しなければならないため、その速さ \(v\) は大きくなります。
アナロジー: 陸上競技場のトラック
競技場のトラックを、複数の選手が同じペース(同じ角速度 \(\omega\))で走るのを想像してください。最も内側のレーンを走る選手(\(r\)が小さい)の移動距離は短く、その速さ \(v\) は比較的小さくて済みます。一方、最も外側のレーンを走る選手(\(r\)が大きい)は、同じ時間で一周するために、はるかに長い距離を走らねばならず、その速さ \(v\) は非常に大きくなければなりません。
応用例:
- レコードプレーヤー: レコード盤は一定の角速度 \(\omega\) で回転しますが、針が読み取る溝の速さ \(v\) は、外周部と内周部で異なります。
- 遠心分離機: より大きな遠心効果を得るには、速さ \(v\) が大きい方が有利です。そのためには、角速度 \(\omega\) を上げるだけでなく、回転半径 \(r\) を大きくすることも有効です。
- 歯車の伝達: 二つの歯車が噛み合って回転するとき、接点での速さ \(v\) が等しいという条件(滑らないため)から、\(r_1 \omega_1 = r_2 \omega_2\) という関係が導かれ、角速度の伝達比を計算することができます。
\(v=r\omega\) は、単なる公式の暗記に留まらず、その物理的な意味を深く理解することで、様々な回転現象を分析するための基本的な道具となります。
3. 向心加速度の導出とベクトル的性質
等速円運動は、「速さ」が一定であるため、一見すると加速していないように感じられるかもしれません。しかし、これは物理学的には全くの誤解です。速度がベクトルであることを思い出せば、その理由は明らかです。
等速円運動において、速度ベクトルの大きさ(速さ)は変わりませんが、その向きは円周に沿って絶えず変化し続けています。物理学において、速度ベクトルが少しでも変化すれば、そこには必ず加速度が存在します。この、等速円運動において速度の向きを変化させ続ける役割を担う加速度を、向心加速度 (Centripetal Acceleration) または求心加速度と呼びます。
3.1. 向心加速度の向き:常に中心を向く
向心加速度の「向心」という言葉は、「中心に向かう」という意味です。その名の通り、等速円運動における加速度の向きは、常に円の中心を向いています。
なぜそうなるのかを、ベクトル作図によって直感的に理解してみましょう。
- 円周上の、ある時刻 \(t_1\) での点P₁と、ごくわずかに時間が経過した時刻 \(t_2\) での点P₂を考えます。
- それぞれの点での速度ベクトル \(\vec{v}_1\) と \(\vec{v}_2\) を描きます。これらは、円の接線方向を向いており、速さが同じなので、矢印の長さは等しくなります。
- 加速度の定義は \(\vec{a} = \Delta \vec{v} / \Delta t\) です。したがって、加速度の向きは、速度の変化ベクトル \(\Delta \vec{v} = \vec{v}_2 – \vec{v}_1\) の向きと同じです。
- \(\Delta \vec{v}\) を作図するために、\(\vec{v}_1\) と \(\vec{v}_2\) の始点を揃えて描きます。そして、\(\vec{v}_1\) の先端から \(\vec{v}_2\) の先端に向かって矢印を引きます。これが \(\Delta \vec{v}\) です。
- 時間間隔 \(\Delta t\) が非常に小さい場合、点P₁とP₂は非常に近くなり、\(\vec{v}_1\) と \(\vec{v}_2\) のなす角も非常に小さくなります。このとき、作図された \(\Delta \vec{v}\) のベクトルが、ほぼ円の中心を向いていることが、幾何学的にわかります。
- \(\Delta t \to 0\) の極限では、この \(\Delta \vec{v}\) の向きは、厳密に円の中心方向と一致します。
3.2. 向心加速度の大きさの導出
次も、その大きさ \(a_c\) を、同じく幾何学的な考察から導出します。
- 二つの相似な三角形:
- 三角形OP₁P₂: 円の中心Oと、二つの点P₁, P₂を結んでできる二等辺三角形。二辺の長さは半径 \(r\) です。
- 速度ベクトルの三角形: 始点を揃えて描いた \(\vec{v}_1, \vec{v}_2\) と、その差 \(\Delta \vec{v}\) で作られる二等辺三角形。二辺の長さは速さ \(v\) です。速度ベクトルは常に半径と垂直なので、三角形OP₁P₂の頂角 \(\Delta \theta\) と、速度ベクトルの三角形の頂角は等しくなります。したがって、この二つの二等辺三角形は互いに相似です。
- 相似比の関係:相似な三角形の辺の比は等しいので、\[ \frac{(\text{底辺の長さ})}{(\text{等しい辺の長さ})} = \text{一定} \]が成り立ちます。
- 三角形OP₁P₂の底辺は、弦P₁P₂の長さです。\(\Delta \theta\)が非常に小さいとき、これは弧長 \(\Delta s\) にほぼ等しいと見なせます (\(\Delta s = v \Delta t\))。
- 速度ベクトルの三角形の底辺は、\(|\Delta \vec{v}|\) です。
- 加速度の導出:\(|\Delta \vec{v}| \approx \frac{v}{r} \Delta s\)ここで、\(\Delta s = v \Delta t\) を代入すると、\(|\Delta \vec{v}| \approx \frac{v}{r} (v \Delta t) = \frac{v^2}{r} \Delta t\)両辺を \(\Delta t\) で割ると、加速度の大きさ \(a_c\) が得られます。\[ a_c = \frac{|\Delta \vec{v}|}{\Delta t} \approx \frac{v^2}{r} \]\(\Delta t \to 0\) の極限では、この近似は厳密に成り立ちます。
向心加速度の公式
\[ a_c = \frac{v^2}{r} \]
この公式は、速さ \(v\) と角速度 \(\omega\) の関係式 \(v = r\omega\) を用いて、角速度で表現することもできます。
\[ a_c = \frac{(r\omega)^2}{r} = \frac{r^2\omega^2}{r} = r\omega^2 \]
向心加速度の公式(角速度表現)
\[ a_c = r\omega^2 \]
まとめ:
等速円運動する物体は、
- 向き: 常に円の中心を向き、
- 大きさ: \(v^2/r\) または \(r\omega^2\) で与えられる、向心加速度を持っています。
この「中心向きの加速度」の存在を理解することが、円運動の動力学、すなわち「なぜ円運動が起こるのか」を理解するための、決定的な鍵となるのです。
4. 向心力の概念と運動方程式
前セクションで、等速円運動が、常に円の中心を向く向心加速度を伴う運動であることを確立しました。ニュートンの運動第二法則 \(\vec{F}=m\vec{a}\) は、物理学における絶対的な法則です。加速度が存在するところには、必ずそれを引き起こした力が存在しなければなりません。
この、向心加速度を生み出す原因となる、中心向きの力のことを向心力 (Centripetal Force) または求心力と呼びます。向心力は、円運動を理解する上で最も重要であり、また最も誤解されやすい概念の一つです。
4.1. 円運動の運動方程式
ニュートンの第二法則に、向心加速度の公式を適用することで、等速円運動における運動方程式を立てることができます。
物体に働く力の合力のうち、円の中心方向を向いている成分を \(F_c\) とします。これが向心力です。
運動方程式 \(F=ma\) において、\(F \to F_c\)、\(a \to a_c\) と置き換えることで、
円運動の運動方程式
\[ F_c = ma_c \]
向心加速度の公式 \(a_c = v^2/r = r\omega^2\) を代入すると、
\[ F_c = m\frac{v^2}{r} \]
または
\[ F_c = mr\omega^2 \]
この方程式は、質量 \(m\) の物体が、半径 \(r\) の円周上を、速さ \(v\)(または角速度 \(\omega\))で等速円運動を続けるためには、常にその運動の中心に向かって、大きさ \(mv^2/r\)(または \(mr\omega^2\))の力が作用し続けなければならない、ということを示しています。
もし、この向心力が何らかの理由で突然なくなったら(例えば、回転させていた糸が切れたら)、物体はもはや円運動を続けることはできず、その瞬間の速度ベクトルが向いていた接線方向に、まっすぐ飛んでいきます(慣性の法則)。
4.2. 最重要注意点:向心力は「新しい力」ではない
初学者が犯す最も典型的な誤解は、「向心力」というものを、重力や張力と並ぶ、何か新しい種類の力だと考えてしまうことです。
これは、全くの間違いです。
向心力とは、力の「種類」の名前ではありません。
それは、円運動を実現するために、中心方向に向かって働いている力の合力に与えられた、「役割」の名前なのです。
例えるなら、「キャプテン」という役割名のようなものです。「キャプテン」という名前の人間がいるわけではなく、AさんやBさんが、そのチームにおいて「キャプテン」という役割を担うのです。
同様に、
- 惑星の円運動では、万有引力が「向心力」の役割を担っています。
- 糸に繋がれたおもりの円運動では、張力が「向心力」の役割を担っています。
- 車のカーブでは、摩擦力が「向心力」の役割を担っています。
- ジェットコースターのループの底では、「垂直抗力 – 重力」という合力が、「向心力」の役割を担っています。
したがって、円運動の問題を解く際には、
- まず、物体に働くすべての実在の力(重力、張力、垂直抗力、摩擦力など)を、通常通りに図示します。
- 次に、これらの力の合力を、円の中心方向について計算します。
- この中心方向の合力こそが、向心力 \(F_c\) の正体です。
- 最後に、この合力を、円運動の運動方程式の右辺(\(mv^2/r\) または \(mr\omega^2\))と等しいと置くのです。
やってはいけないこと:
力の図示の段階で、重力や張力に加えて、外向きに「遠心力」、内向きに「向心力」という、正体不明の矢印を描き加えてはいけません。向心力は、すでに描いた実在の力たちの「結果」として現れるものなのです。(遠心力については、非慣性系のセクションで詳しく扱います。)
この「向心力は役割名である」という事実を徹底的に理解することが、円運動の動力学を正しくマスターするための、最も重要な鍵となります。
5. 様々な向心力(張力、垂直抗力、重力、摩擦力)
前セクションで確立した「向心力は、実在の力が担う役割名である」という重要な概念を、具体的な物理現象に適用して、理解を深めていきましょう。
どのような力が、どのような状況で「向心力」として機能するのか。その多様な姿を見ることで、円運動の運動方程式が、いかに普遍的なものであるかがわかります。
5.1. ケース1:張力が向心力となる運動
状況: 長さ \(r\) の軽い糸の一端を固定し、他端に質量 \(m\) のおもりをつけて、滑らかな水平面上で等速円運動させる。
- 力の図示:おもりには、以下の力が働く。
- 重力 \(mg\) (鉛直下向き)
- 垂直抗力 \(N\) (鉛直上向き)
- 糸の張力 \(T\) (常に円の中心に向かう、水平方向の力)
- 力の分析:
- 鉛直方向:重力と垂直抗力はつりあっている (\(N=mg\))。
- 水平方向(円の中心方向):この方向に働く力は、張力 \(T\) のみである。
- 運動方程式:したがって、この運動における向心力は、張力 \(T\) そのものである。円運動の運動方程式 \(F_c = mv^2/r\) を立てると、\[ T = m\frac{v^2}{r} \]この式から、おもりの速さ \(v\) が大きいほど、また半径 \(r\) が小さいほど、円運動を維持するためにより大きな張力が必要になることがわかります。
5.2. ケース2:静止摩擦力が向心力となる運動
状況: 自動車が、半径 \(r\) の平坦なカーブを、速さ \(v\) で曲がっている。タイヤと路面の間の静止摩擦係数を \(\mu_s\) とする。
- 力の図示:自動車(を真後ろから見た断面)には、以下の力が働く。
- 重力 \(mg\) (鉛直下向き)
- 垂直抗力 \(N\) (鉛直上向き)
- 静止摩擦力 \(f_s\) (カーブの中心に向かう、水平方向の力)
- 力の分析:なぜ、摩擦力が中心を向くのでしょうか?自動車が直進しようとする慣性に逆らって、その進路を内側に「曲げる」ためには、路面がタイヤをカーブの内側に向かって押す必要があります。この力こそが静止摩擦力です。(タイヤは転がっていますが、横滑りはしていないので、静止摩擦力であることに注意。)この運動における向心力は、静止摩擦力 \(f_s\) のみである。
- 運動方程式:\[ f_s = m\frac{v^2}{r} \]
- 滑り出さないための条件:静止摩擦力には、\(f_s \le f_{s, \max} = \mu_s N\) という上限があります。鉛直方向のつりあいから \(N=mg\) なので、\(f_{s, \max} = \mu_s mg\)。したがって、自動車がカーブを曲がりきるためには、向心力として必要な力(\(mv^2/r\))が、最大静止摩擦力を超えてはなりません。\[ m\frac{v^2}{r} \le \mu_s mg \]この不等式から、滑らずに曲がれる最大速度 \(v_{max}\) が決まります。\( \frac{v_{max}^2}{r} = \mu_s g \quad \Rightarrow \quad v_{max} = \sqrt{\mu_s g r} \)この速度を超えると、摩擦力が向心力として不十分になり、自動車はカーブの外側へ滑り出してしまいます。
5.3. ケース3:万有引力が向心力となる運動
状況: 質量 \(m\) の人工衛星が、質量 \(M\) の地球の周りを、半径 \(r\) の円軌道で、速さ \(v\) で公転している。万有引力定数を \(G\) とする。
- 力の図示:人工衛星には、地球からの万有引力 \(F_g\) のみが働く。この力は、常に地球の中心(=円運動の中心)を向いている。
- 運動方程式:この運動における向心力は、万有引力そのものである。万有引力の法則より、\(F_g = G\frac{Mm}{r^2}\)。円運動の運動方程式を立てると、\[ G\frac{Mm}{r^2} = m\frac{v^2}{r} \]この式から、人工衛星がその軌道を維持するための速さ \(v\) を求めることができます。\[ v = \sqrt{\frac{GM}{r}} \]興味深いことに、この速さは人工衛星の質量 \(m\) にはよらず、中心天体の質量 \(M\) と軌道半径 \(r\) だけで決まります。
5.4. ケース4:合力が向心力となる運動
状況: ジェットコースターが、半径 \(r\) の円形ループの最下点を、速さ \(v\) で通過する。
- 力の図示:乗客(質量 \(m\))には、以下の力が働く。
- 重力 \(mg\) (鉛直下向き)
- 座席からの垂直抗力 \(N\) (鉛直上向き)
- 力の分析:円運動の中心は、鉛直上方にあります。したがって、中心方向(上向き)の力を正とします。この方向に働く力の合力が、向心力 \(F_c\) となります。\[ F_c = N – mg \]
- 運動方程式:\[ N – mg = m\frac{v^2}{r} \]この式から、乗客が座席から受ける垂直抗力 \(N\) は、\[ N = mg + m\frac{v^2}{r} \]となります。これは、乗客が静止しているときに感じる力(\(mg\))よりも、\(mv^2/r\) の分だけ大きくなっています。ループの底で、体が座席に強く押し付けられるように感じるのは、このためです。
これらの例が示すように、「向心力」は、様々な実在の力が、単独で、あるいは協力し合って作り出す、円運動の「演出家」のような役割を果たしているのです。
6. 水平面内の円運動の解析
これまでのセクションで学んだ知識を統合し、水平面内で起こる円運動の問題を、体系的に解くための一般的なアプローチを確立します。水平面内の円運動とは、運動の軌道が水平な平面に含まれるもので、重力が常に運動面に垂直に働くという特徴があります。
この種の問題を解くための鍵は、運動を水平方向(円運動の平面)と鉛直方向に分解し、それぞれの方向について、適切な物理法則(運動方程式または力のつりあい)を適用することにあります。
6.1. 水平面内円運動の解析アルゴリズム
【水平面内円運動 解析アルゴリズム】
Step 1: 状況の図示と座標軸の設定
- 問題の状況を、斜め上から見た図や、真横から見た断面図などで分かりやすく描く。
- 座標軸を設定する。以下の設定が最も一般的で効果的である。
- **円運動の中心に向かう方向を、水平な軸の一方(例:+x軸、半径方向)**とする。
- **鉛直方向を、もう一方の軸(例:+y軸)**とする。
Step 2: 力の完全な図示(フリーボディダイアグラム)
- 円運動している着目物体に働く力を、すべて描き出す。
- 重力、張力、垂直抗力、摩擦力など、考えられる力を漏れなくリストアップする。
Step 3: 各力の成分分解
- Step 2で図示した力のうち、Step 1で設定した座標軸(水平・鉛直)に対して斜めを向いているものを、すべて水平成分と鉛直成分に分解する。
Step 4: 各方向についての立式
- 鉛直方向 (y方向):
- 水平面内の円運動では、物体は鉛直方向には加速しない(\(a_y=0\))。
- したがって、この方向については、常に力のつりあいの式を立てる。\[ \sum F_y = 0 \]
- この式は、しばしば垂直抗力 \(N\) や張力 \(T\) の大きさを決定するのに役立つ。
- 水平方向(半径方向, x方向):
- この方向が、円運動の中心方向である。
- 物体はこの方向に、向心加速度 \(a_c = v^2/r = r\omega^2\) を持っている。
- したがって、この方向については、円運動の運動方程式を立てる。\[ \sum F_x = ma_c = m\frac{v^2}{r} \]
- \(\sum F_x\) は、Step 3で分解した力の水平成分の合力である。
Step 5: 連立方程式の求解
- Step 4で得られた二つ(あるいはそれ以上)の方程式を連立させて、求めたい未知数(速さ \(v\)、角速度 \(\omega\)、張力 \(T\) など)を解く。
6.2. 実践例:バンク角のあるカーブ(カント)
このアルゴリズムを、少し応用的な例である、**バンク(カント)**のついたカーブを曲がる自動車の運動に適用してみましょう。
状況: 自動車(質量 \(m\))が、水平面に対して角度 \(\theta\) だけ傾いた、バンク角のあるカーブ(回転半径 \(r\))を、ある特定の速さ \(v\) で、横滑りすることなく(摩擦力なしで)走行している。この速さ \(v\) を求めよ。
アルゴリズムの適用
Step 1: 図示と座標軸
- 自動車の断面図を描く。カーブの内側が低く、外側が高くなっている。
- 座標軸を、水平右向き(円の中心方向)を+x軸、鉛直上向きを+y軸とする。
Step 2: 力の図示
- 自動車には、以下の二つの力が働く。
- 重力 \(mg\)(鉛直下向き)
- 路面からの垂直抗力 \(N\)(路面に垂直な向き)
Step 3: 力の成分分解
- 重力 \(mg\) は、y軸に沿っているので分解不要。
- 垂直抗力 \(N\) は、鉛直方向と角度 \(\theta\) をなしている。これをx, y成分に分解する。
- x成分(水平成分): \(N\sin\theta\) (円の中心を向く)
- y成分(鉛直成分): \(N\cos\theta\) (鉛直上を向く)
Step 4: 立式
- y方向(鉛直方向): 力のつりあい。\[ N\cos\theta – mg = 0 \quad \Rightarrow \quad N\cos\theta = mg \quad \cdots ① \]
- x方向(水平・半径方向): 円運動の運動方程式。
- この方向の力の合力(向心力)は、垂直抗力の水平成分 \(N\sin\theta\) のみである。\[ N\sin\theta = m\frac{v^2}{r} \quad \cdots ② \]
Step 5: 求解
- 未知数は \(N\) と \(v\) の二つ、式は①と②の二つ。これを解く。
- \(v\) を求めたいので、\(N\) を消去するのが賢明である。
- ②を①で辺々割り算する。\[ \frac{N\sin\theta}{N\cos\theta} = \frac{mv^2/r}{mg} \]左辺は \(\tan\theta\) になる。\[ \tan\theta = \frac{v^2}{gr} \]
- \(v\) について解くと、\[ v^2 = gr\tan\theta \quad \Rightarrow \quad v = \sqrt{gr\tan\theta} \]
結果の解釈:
この速さ \(v = \sqrt{gr\tan\theta}\) は、そのバンク角と半径のカーブを、タイヤの摩擦力に全く頼らずに、ちょうど車体の傾きだけで曲がりきれる「設計速度」あるいは「最適速度」を意味します。
この速度で走行しているとき、乗員は横G(外側に押される感覚)を全く感じず、ただ座席に深く沈み込むように感じます。高速道路や鉄道のカーブにカントがつけられているのは、この原理に基づいています。
この例のように、一見複雑な問題も、確立されたアルゴリズムに従って、運動を水平と鉛直に分解し、それぞれの法則を適用することで、見通しよく解き進めることができるのです。
7. 円錐振り子の力学的つりあい
円錐振り子 (Conical Pendulum) とは、糸の一端を天井に固定し、他端につけたおもりが、水平面内で等速円運動するようにしたものです。おもりの軌跡が水平な円を描き、糸がその円を底面とする円錐の側面をなぞることから、この名前がついています。
この運動は、一見すると複雑に見えます。おもりは円運動(加速度運動)をしていますが、その高さは一定に保たれています。これは、水平方向には運動方程式が、鉛直方向には力のつりあいが、それぞれ同時に成り立っている、興味深い系です。この運動を分析することは、水平面内円運動の解析アルゴリズムを適用するための、格好の練習となります。
7.1. 円錐振り子の設定と力の分析
状況: 長さ \(L\) の軽い糸で、質量 \(m\) のおもりが吊るされている。おもりは、糸が鉛直方向と一定の角度 \(\theta\) を保ちながら、半径 \(r\) の水平な円周上を、角速度 \(\omega\) で等速円運動している。
Step 1 & 2: 座標軸の設定と力の図示
- 座標軸: 円運動の中心を原点の一部とし、水平右向きを+x軸(半径方向)、鉛直上向きを+y軸とする。
- 力の図示: おもりには、以下の二つの力のみが働く。
- 重力 \(mg\)(鉛直下向き)
- 糸の張力 \(T\)(糸に沿って、斜め上向き)
Step 3: 張力の成分分解
- 重力 \(mg\) は、y軸に沿っているので分解不要。
- 張力 \(T\) は、鉛直方向と角度 \(\theta\) をなしている。これをx, y成分に分解する。
- x成分(水平成分): \(T\sin\theta\) (円の中心を向く)
- y成分(鉛直成分): \(T\cos\theta\) (鉛直上を向く)
- また、円運動の半径 \(r\) は、糸の長さ \(L\) と角度 \(\theta\) を用いて、\(r = L\sin\theta\) と表せる。
7.2. 運動方程式とつりあいの式の立式
Step 4: 各方向についての立式
- y方向(鉛直方向):おもりは、一定の高さを保って運動しているので、鉛直方向の加速度はゼロである。したがって、この方向では力のつりあいが成り立っている。\[ \sum F_y = T\cos\theta – mg = 0 \]\[ \therefore T\cos\theta = mg \quad \cdots ① \]
- x方向(水平・半径方向):おもりは、この方向に円運動をしている。したがって、この方向には円運動の運動方程式を立てる。向心力は、張力の水平成分 \(T\sin\theta\) のみである。\[ \sum F_x = T\sin\theta = ma_c \]向心加速度を角速度 \(\omega\) で表現すると、\(a_c = r\omega^2 = (L\sin\theta)\omega^2\)。\[ \therefore T\sin\theta = m(L\sin\theta)\omega^2 \quad \cdots ② \]
7.3. 連立方程式の求解と物理量の導出
得られた二つの方程式①と②を解くことで、この運動を特徴づける様々な物理量を求めることができます。
1. 張力 \(T\) の導出
①式から、張力 \(T\) は直ちに求まる。
\[ T = \frac{mg}{\cos\theta} \]
糸が傾いているため、張力は単に物体を支える重力 \(mg\) よりも大きくなっていることがわかる。
2. 角速度 \(\omega\) の導出
②式を整理すると、\(T = mL\omega^2\) となる。(\(\sin\theta \neq 0\) の場合)
この \(T\) に、上で求めた \(T = mg/\cos\theta\) を代入する。
\( \frac{mg}{\cos\theta} = mL\omega^2 \)
両辺の \(m\) を消去し、\(\omega^2\) について解くと、
\( \omega^2 = \frac{g}{L\cos\theta} \)
\[ \therefore \omega = \sqrt{\frac{g}{L\cos\theta}} \]
3. 周期 \(T_{period}\) の導出
周期と角速度の関係式 \(T_{period} = 2\pi/\omega\) を用いる。
\[ T_{period} = 2\pi \sqrt{\frac{L\cos\theta}{g}} \]
この式は、後のモジュールで学ぶ「単振り子」の周期の式 \(2\pi\sqrt{L/g}\) と非常によく似ているが、\(\cos\theta\) の項が含まれている点が異なる。
4. 速さ \(v\) の導出
②式を、速さ \(v\) を用いて \(T\sin\theta = mv^2/r\) と立てることもできる。
①とこの式を、辺々割り算すると(バンク角の例と同様)、
\( \frac{T\sin\theta}{T\cos\theta} = \frac{mv^2/r}{mg} \)
\( \tan\theta = \frac{v^2}{gr} \)
\[ \therefore v = \sqrt{gr\tan\theta} \]
この式に \(r = L\sin\theta\) を代入すれば、\(v = \sqrt{gL\sin\theta\tan\theta}\) とも書ける。
円錐振り子の問題は、**「鉛直方向の力のつりあい」と「水平方向の円運動の運動方程式」**という、二つの異なる物理法則が、一つの系の中で共存している美しい例です。この構造を見抜き、適切に立式することが、この問題を攻略する鍵となります。
8. 鉛直面内の円運動とエネルギー保存則
水平面内の円運動では、重力が運動面に垂直で、速さが一定である「等速円運動」を主に扱いました。しかし、ジェットコースターのループや、ボールを紐につけてグルグル回すような鉛直面内の円運動では、話はより複雑になります。
この運動では、物体が上下に移動するため、重力が物体の速さを変化させます。最高点では遅く、最下点では速くなります。つまり、これは非等速円運動です。さらに、円運動を維持するための張力や垂直抗力も、位置によってその大きさが変化します。
このように、力が複雑に変化する非等速円運動を分析する上で、絶大な威力を発揮するのが力学的エネルギー保存則です。
8.1. なぜエネルギー保存則が使えるのか?
鉛直面内で円運動する物体に働く力は、主に以下の二つです。
- 重力: 保存力。
- 張力(糸の場合)または垂直抗力(軌道の場合)。
ここで重要なのは、張力や垂直抗力がする仕事です。これらの力は、常に円運動の中心を向いています。一方、物体の運動方向(速度)は、常に円の接線方向です。
半径と接線は常に直交するため、張力や垂直抗力は、物体の運動方向と常に垂直です。したがって、これらの力は一切仕事をしません (\(W=0\))。
結果として、この系で仕事をする力は、保存力である重力のみとなります。これは、鉛直面内の円運動(摩擦なし)において、力学的エネルギーは保存されることを意味します。
8.2. 運動方程式とエネルギー保存則の連携
鉛直面内の円運動を完全に分析するためには、円運動の運動方程式と力学的エネルギー保存則という、二つの強力なツールを連携させる必要があります。
状況: 長さ \(L\) の糸の先に、質量 \(m\) のおもりをつけ、最下点で速さ \(v_0\) を与えて、鉛直面内で回転させる。最下点からの角度が \(\theta\) の位置における、おもりの速さ \(v\) と張力 \(T\) を求めよ。
Step 1: エネルギー保存則で「速さ」を求める
- 基準点: 最下点を高さの基準 (\(h=0\)) とする。
- 初期状態(最下点): \(v_i=v_0, h_i=0\)\(E_i = K_i + U_i = \frac{1}{2}mv_0^2 + 0\)
- 任意の状態(角度 \(\theta\)): \(v_f=v, h_f=L(1-\cos\theta)\)\(E_f = K_f + U_f = \frac{1}{2}mv^2 + mgL(1-\cos\theta)\)
- エネルギー保存則 (\(E_i = E_f\)):\[ \frac{1}{2}mv_0^2 = \frac{1}{2}mv^2 + mgL(1-\cos\theta) \]この式を \(v\) について解けば、任意の位置での速さが、初期の速さ \(v_0\) と角度 \(\theta\) の関数として求まります。\[ v^2 = v_0^2 – 2gL(1-\cos\theta) \]
Step 2: 運動方程式で「張力」を求める
- 力の分析: 角度 \(\theta\) の位置で、おもりに働く力を半径方向について考える。
- 張力 \(T\) (中心向き)
- 重力 \(mg\) の半径方向成分:重力を接線方向と半径方向に分解すると、半径方向(中心と逆向き)の成分は \(mg\cos\theta\) となる。
- 運動方程式:中心向きを正として、円運動の運動方程式を立てる。向心力は、これらの力の合力である。\[ F_c = T – mg\cos\theta = m\frac{v^2}{L} \]この式から、張力 \(T\) は、\[ T = mg\cos\theta + m\frac{v^2}{L} \]として求められる。
- 連携: Step 1で求めた \(v^2\) の式を、この張力の式に代入すれば、張力 \(T\) を初期条件 \(v_0\) と角度 \(\theta\) だけで表すことができます。
8.3. 円運動を続けるための条件
おもりが途中で失速して、円運動を続けられなくなる条件はどこで決まるでしょうか?
- 糸がたるまない条件:張力 \(T\) は、おもりを「引く」力なので、その値は常に \(T \ge 0\) でなければなりません。もし \(T=0\) となれば、その点で糸はたるみ、おもりは円軌道を外れて放物運動を始めます。張力の式 \(T = mg\cos\theta + m v^2/L\) を見ると、\(v^2 \ge 0\) なので、\(\theta\) が90°を超えて \(\cos\theta\) が負になっても、速度が十分大きければ \(T>0\) を保てます。\(T\) が最も小さくなるのは、\(\cos\theta\) が最小(-1)で、かつ \(v\) が最小になる最高点 (\(\theta=180^\circ\)) です。したがって、最高点で糸がたるまないこと (\(T_{top} \ge 0\)) が、一周できる条件となります。
- 最高点での条件:最高点では \(\theta=180^\circ, \cos\theta=-1\)。
- 速さ: \(v_{top}^2 = v_0^2 – 2gL(1 – (-1)) = v_0^2 – 4gL\)
- 張力: \(T_{top} = mg(-1) + m \frac{v_{top}^2}{L} = -mg + \frac{m}{L}(v_0^2 – 4gL) = \frac{mv_0^2}{L} – 5mg\)
- 一周できる条件: \(T_{top} \ge 0\)\[ \frac{mv_0^2}{L} – 5mg \ge 0 \quad \Rightarrow \quad v_0^2 \ge 5gL \quad \Rightarrow \quad v_0 \ge \sqrt{5gL} \]最下点での初速が \(\sqrt{5gL}\) 以上であれば、おもりは無事に一周できることがわかります。
このように、鉛直面内の円運動は、エネルギー保存則と運動方程式という二つの法則を組み合わせることで、そのダイナミックな振る舞いを完全に解き明かすことができる、力学の集大成とも言える問題なのです。
9. 円運動における「つりあい」と「運動方程式」の区別
円運動の力学を学ぶ上で、多くの初学者が混乱し、深刻な誤りを犯す最大のポイントが、**「力のつりあい」と「運動方程式」**の区別です。
円運動している物体は、一見すると安定して同じ場所を回り続けているため、「力がつりあっている」かのように錯覚しがちです。しかし、物理学的には、これは全くの誤りです。この概念的な区別を明確にすることが、円運動を正しく理解するための、避けては通れない関門です。
9.1. 慣性系における絶対的な原則
私たちが通常問題を解く際に用いる、地面に固定された慣性系の視点に立つ限り、以下の事実は絶対的なものです。
- 円運動は、常に加速度運動である:たとえ速さが一定の等速円運動であっても、速度ベクトルの向きが常に変化しているため、物体は常に加速しています(向心加速度)。
- 加速度があるならば、力の合力はゼロではない:ニュートンの第二法則 \(\vec{F}{net}=m\vec{a}\) によれば、加速度 \(\vec{a}\) がゼロでない限り、力の合力 \(\vec{F}{net}\) も絶対にゼロにはなりません。
- 結論:円運動において、力は絶対につりあっていない:円運動をしている物体には、常に円の中心方向に向心加速度を生じさせるための、中心向きの正味の力(合力)が働いています。したがって、慣性系において、円運動する物体の半径方向の力がつりあっている、と考えることは、根本的な誤りです。
正しいアプローチ:
円運動の半径方向については、必ず運動方程式を立てなければなりません。
\[ \sum F_{radial} = ma_c = m\frac{v^2}{r} \]
(半径方向の力の合力 = 質量 × 向心加速度)
9.2. 「つりあい」という言葉が使われる文脈
では、なぜ「つりあい」という言葉が円運動の問題で登場し、混乱を生むのでしょうか。それは、「つりあい」が、限定された二つの文脈で、比喩的、あるいは部分的に用いられることがあるからです。
文脈1:運動と垂直な方向での、部分的なつりあい
円運動の解析では、運動を複数の方向(成分)に分解します。その中で、加速度が生じていない方向については、力のつりあいの式を立てることができます。
- 例1:水平面内の円運動物体は水平面内で運動し、鉛直方向には動きません。したがって、鉛直方向の加速度はゼロです。この鉛直方向についてのみ、力のつりあいの式(\(\sum F_y = 0\))を立てることができます。(ただし、円運動をしている水平方向については、運動方程式 \(\sum F_x = mv^2/r\) を立てなければならない。)
- 例2:円錐振り子これも、水平面内で円運動し、高さは一定です。したがって、鉛直方向については、張力の鉛直成分と重力がつりあっている(\(T\cos\theta = mg\))と考えることができます。
このように、「つりあい」という言葉が、運動全体ではなく、ある特定の成分についてのみ使われることがあります。
文脈2:非慣性系(回転座標系)における、見かけのつりあい
これは、より高度で、混乱の主要な原因となる考え方です。
もし、観測者自身が、円運動する物体と**一緒に回転する座標系(非慣性系)**に乗っているとします。
- この観測者から見れば、物体は目の前で静止しています。
- 静止している物体は、力がつりあっているように見えます。
- しかし、現実の力(向心力)は中心を向いているのに、なぜ物体は中心に引き寄せられないのか?
- この矛盾を解消するために、非慣性系では、見かけの力である遠心力(中心から外向き、大きさ \(mv^2/r\))が働いている、と考えるのでした。
この回転座標系の視点に立てば、
「中心向きの向心力(実在の力)」と「外向きの遠心力(見かけの力)」が、見かけ上つりあっている
と解釈することができます。
\[ F_c – F_{cf} = 0 \quad \Rightarrow \quad F_c – m\frac{v^2}{r} = 0 \]
この式は、最終的には慣性系で立てた運動方程式 \(F_c = mv^2/r\) と同じ形になります。
どちらの視点を選ぶべきか?
高校物理の標準的なカリキュラムでは、混乱を避けるため、一貫して慣性系の視点から、運動方程式を用いて問題を解くことが強く推奨されます。
「遠心力」や「見かけのつりあい」という非慣性系の考え方は、便利なショートカットになることもありますが、その物理的な意味を正確に理解していないと、
- 慣性系で考えているのに、遠心力を書き加えてしまう。
- 運動方程式の右辺(\(ma\))と、遠心力を混同してしまう。といった、致命的な誤りを犯す原因となります。
結論:
円運動の問題に直面したら、まず**「これは加速度運動だ。半径方向の力は絶対につりあっていない」と自分に言い聞かせましょう。そして、常に慣性系**に立ち、半径方向については、力の合力を向心力として、運動方程式 \(\sum F_r = mv^2/r\) を立てる。この原則を徹底することが、円運動を確実にマスターするための、最も安全で確実な道です。
10. 非等速円運動における接線加速度と法線加速度
これまで、本モジュールでは主に、速さが一定である等速円運動を扱ってきました。しかし、鉛直面内の円運動で見たように、現実の円運動では、速さも変化することが珍しくありません。このように、速さと向きの両方が変化する、最も一般的な円運動を非等速円運動 (Non-uniform Circular Motion) と呼びます。
非等速円運動では、加速度の概念を、さらに二つの直交する成分に分解して考える必要があります。これにより、加速度が持つ二つの異なる役割、すなわち「向きを変える」役割と「速さを変える」役割を、明確に区別して理解することができます。
10.1. 加速度の二つの成分
非等速円運動をしている物体の、ある瞬間における加速度ベクトル \(\vec{a}\) は、以下の二つの垂直な成分ベクトルの和として表現できます。
1. 法線加速度 (Normal Acceleration) \(\vec{a}_n\)
- 役割: 速度の向きを変化させる。
- 向き: 常に軌道に垂直で、円の中心を向いている(法線方向)。
- 別名: これは、私たちがこれまで学んできた向心加速度(Centripetal Acceleration)\(\vec{a}_c\) と全く同じものです。
- 大きさ: その瞬間の速さを \(v\)、半径を \(r\) として、常に以下の式で与えられる。\[ a_n = a_c = \frac{v^2}{r} \]たとえ非等速円運動であっても、ある瞬間に円運動の中心を向く加速度成分の大きさは、その瞬間の速さ \(v\) を用いて \(v^2/r\) と計算できます。
2. 接線加速度 (Tangential Acceleration) \(\vec{a}_t\)
- 役割: 速度の**大きさ(速さ)**を変化させる。
- 向き: 常に軌道の接線方向を向いている。
- 速くなっている(加速している)とき、接線加速度は速度ベクトルと同じ向きを向く。
- 遅くなっている(減速している)とき、接線加速度は速度ベクトルと逆の向きを向く。
- 大きさ: 速さ \(v\) の時間的な変化率として定義される。\[ a_t = \frac{dv}{dt} \](\(v\) はベクトルではなく、速さ(スカラー)であることに注意)これは、直線運動における加速度の定義と同じ形をしています。
10.2. 合成加速度
ある瞬間の全加速度ベクトル \(\vec{a}\) は、法線加速度 \(\vec{a}_n\) と接線加速度 \(\vec{a}_t\) のベクトル和です。
\[ \vec{a} = \vec{a}_n + \vec{a}_t \]
この二つの成分は常に互いに直交しているので、全加速度の大きさ \(a\) は、三平方の定理を用いて計算できます。
\[ a = |\vec{a}| = \sqrt{a_n^2 + a_t^2} = \sqrt{\left(\frac{v^2}{r}\right)^2 + \left(\frac{dv}{dt}\right)^2} \]
運動の種類と加速度成分の関係:
- 等速円運動: 速さが一定なので、\(dv/dt=0 \Rightarrow a_t = 0\)。加速度は法線成分(向心加速度)のみ。\(\vec{a} = \vec{a}_n\)。
- 直線運動: 運動の向きが変わらないので、軌跡の曲率半径は無限大(\(r \to \infty\))。したがって、\(a_n = v^2/r \to 0\)。加速度は接線成分のみ。\(\vec{a} = \vec{a}_t\)。
- 非等速円運動: \(a_n \neq 0\) かつ \(a_t \neq 0\)。加速度は両方の成分を持つ。
10.3. 力との関係
運動方程式 \(\vec{F}{net} = m\vec{a}\) に従い、加速度の成分は、力の合力の成分に対応しています。
物体に働く力の合力 \(\vec{F}{net}\) も、軌道に対する法線成分 \(F_n\) と接線成分 \(F_t\) に分解することができます。
- 法線方向の運動方程式:力の法線成分の合力が、法線加速度を生み出します。この \(F_n\) こそが、向心力の正体です。\[ F_n = ma_n = m\frac{v^2}{r} \]
- 接線方向の運動方程式:力の接線成分の合力が、接線加速度を生み出します。\[ F_t = ma_t = m\frac{dv}{dt} \]
例:鉛直面内の振り子運動
角度 \(\theta\) の位置にある振り子のおもりを考えます。
- 力の分解:重力 \(mg\) を、糸に沿った方向(法線方向)と、それに垂直な方向(接線方向)に分解する。
- 法線方向成分(外向き):\(mg\cos\theta\)
- 接線方向成分(最下点向き):\(mg\sin\theta\)
- 運動方程式:
- 法線方向(中心向きを正):\(F_n = T – mg\cos\theta = m\frac{v^2}{L}\)
- 接線方向(速度の向きを正):\(F_t = -mg\sin\theta = ma_t = m\frac{dv}{dt}\)(\(\sin\theta>0\) のとき、この力は速度と逆向きなので、減速させる働きをする)
この接線方向の運動方程式は、単振り子の運動を記述する微分方程式そのものです。
加速度を法線成分と接線成分に分解する考え方は、運動を「向きの変化」と「速さの変化」という二つの独立した側面から、より深く、そして一般的に分析するための、強力な視点を提供してくれるのです。
Module 8:円運動の運動学と動力学の総括:回転の世界を支配する中心力の法則
本モジュールを通じて、私たちは並進運動の世界から、もう一つの根源的な運動形態である円運動の世界へと、その探求の領域を広げました。この新しい世界を理解するために、私たちはまず、回転を記述するための新しい言語、すなわち角度、角速度、周期、回転数を学び、それらが並進運動の速さと \(v=r\omega\) という美しい関係で結ばれていることを見出しました。
運動学の探求は、やがて動力学の核心へと至りました。それは、「等速円運動は、その速度の向きが絶えず変化するために、常に加速度運動である」という、決定的な洞察です。私たちは、この向心加速度が、常に円の中心を向き、その大きさが \(a_c = v^2/r = r\omega^2\) で与えられることを、幾何学的な考察から厳密に導出しました。
加速度あるところには、必ず力あり。ニュートンの第二法則に基づき、私たちは向心加速度を生み出す原因として、中心向きの合力である向心力の概念を確立しました。そして、その最も重要な本質が、「向心力は新しい種類の力ではなく、張力、重力、摩擦力といった、我々がすでに知る様々な実在の力が、円運動を実現するために担う**『役割』**の名前である」ことを見抜きました。
この基本原理を武器に、私たちは様々な円運動の姿を解き明かしていきました。水平面内の円運動や円錐振り子では、運動を水平・鉛直の成分に分解し、一方は円運動の運動方程式、もう一方は力のつりあい、という形で分析する手法を確立しました。速さが変化する、より複雑な鉛直面内の円運動では、力学的エネルギー保存則と運動方程式を連携させることで、そのダイナミックな振る舞いを完全に予測する道筋をつけました。
さらに、円運動を学ぶ上で陥りやすい**「つりあい」と「運動方程式」の混同という概念的な罠を明確に区別し、慣性系の視点に立つことの重要性を再確認しました。最後に、最も一般的な非等速円運動における加速度を、向きを変える法線加速度と、速さを変える接線加速度**という二つの成分に分解することで、運動の変化をより精緻に分析する視点を獲得しました。
このモジュールで得た知識は、単に円運動の問題を解くためのものに留まりません。それは、惑星の運行からミクロな粒子の軌道まで、宇宙のあらゆる回転現象の根底に流れる、普遍的な「中心力の法則」を理解するための、揺るぎない礎となるのです。