【基礎 物理(電磁気学)】Module 9:交流回路の基礎

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本モジュールの目的と構成

これまでのモジュールで探求してきた電気の世界は、その大部分が「直流 (Direct Current, DC)」の世界でした。電池のように、電圧の向きと大きさが一定で、電流が常に一方向に流れる、穏やかで安定した流れです。しかし、私たちが壁のコンセントから得て、現代文明の動力源としている電気は、その性質を全く異にする「交流 (Alternating Current, AC)」です。交流とは、電圧と電流の向きと大きさが、まるで寄せては返す波のように、周期的に絶えず変化し続ける、ダイナミックな電気の流れです。

なぜ、私たちの社会は直流ではなく交流を主要な電力源として選択したのでしょうか?その答えは、Module 8で学んだ変圧器(トランス)の存在にあります。変圧器は、交流電圧を極めて効率的に昇圧・降圧できるため、発電所で作った電力を超高電圧で送電し、損失を最小限に抑えることを可能にしました。この交流の利便性が、私たちの電力網の形を決定づけたのです。

しかし、この「絶え間ない変化」は、回路の振る舞いに、直流にはなかった新たな複雑さをもたらします。特に、コンデンサーやコイル(インダクター)といった素子は、この「変化」に対して、単なる抵抗とは全く異なる、特有の応答を示します。電圧と電流のタイミングがずれる「位相のずれ」や、周波数によって変化する「リアクタンス」といった、新しい概念が登場します。

本モジュールは、このダイナミックな交流の世界を理解するための、基礎的な語彙と文法を習得することを目的とします。直流におけるオームの法則 V=IR という単純な関係が、交流の世界ではどのように拡張され、より豊かな物理現象を記述するのか。そのための新たな視点と、強力な解析ツールを手に入れていきます。

学習は、まず交流そのものの性質の定義から始まり、各回路素子が交流に対してどのように応答するのかを個別に分析し、最終的にそれらを統一的に扱うための数学的ツールを導入する、というステップで進められます。

  1. 交流の発生原理: まず、なぜ交流が自然な電気の形なのかを、発電機の原理に立ち返って再確認します。
  2. 正弦波交流と瞬時値、最大値、角周波数: 交流の波形を数学的に記述する方法(正弦波関数)と、その特徴を表す基本的なパラメータを定義します。
  3. 交流の実効値(電圧・電流)の定義: 常に変化する交流の大きさを、直流と等価な仕事をする能力という観点から評価するための、実用上極めて重要な「実効値」の概念を学びます。
  4. 抵抗のみを接続した交流回路: 最も基本的な素子である抵抗が、交流に対してどのように振る舞うかを見ていきます。
  5. コイルのみを接続した交流回路: 電流の変化を嫌うコイルが、交流に対して示す特有の応答、「位相のずれ」と「誘導リアクタンス」を学びます。
  6. コイルのリアクタンス: コイルの交流における「流れにくさ」であるリアクタンスを定量化します。
  7. コンデンサーのみを接続した交流回路: 電圧の変化に応じて電荷を蓄えるコンデンサーが、交流に対して示す、コイルとは対照的な応答を学びます。
  8. コンデンサーのリアクタンス: コンデンサーの交流における「流れにくさ」であるリアクタンスを定量化します。
  9. 交流における位相のずれ: コイルとコンデンサーによって生じる、電圧と電流のタイミングのずれである「位相」の概念を、視覚的に整理します。
  10. ベクトル図(フェーザ表示)の導入: 位相がずれた交流の量(電圧や電流)を、あたかもベクトルであるかのように図示して計算するための、強力な解析ツール「ベクトル図」を導入します。

このモジュールを修了したとき、あなたは交流回路という、一見すると複雑な波の世界を、その背後にある法則性に基づいて読み解くための、確かな第一歩を踏み出していることでしょう。

目次

1. 交流の発生原理

私たちが日常的に利用する電気が、なぜ直流(DC)ではなく交流(AC)なのでしょうか。その答えは、電気を大規模に、そして効率的に作り出す「発電」のプロセスそのものに隠されています。現代の電力システムの根幹をなす発電機は、その物理的な構造から、本質的に交流を生み出すようにできているのです。

このセクションでは、Module 7で学んだ電磁誘導の法則と発電機の原理を再訪し、なぜ**正弦波(サインカーブ)**を描く交流電圧が、最も自然で基本的な電気の形として生成されるのかを、改めて確認します。

1.1. 発電の基本原理:電磁誘導

全ての商業用発電の基本原理は、マイケル・ファラデーによって発見された「電磁誘導の法則」です。

コイルを貫く磁束が時間的に変化するとき、そのコイルに誘導起電力(電圧)が生じる。

この「磁束の変化」を、連続的かつ効率的に作り出すための最も合理的な方法が、磁場の中でコイル(あるいは磁石)を定速で回転させることです。水力、火力、原子力といった様々なエネルギー源は、すべて最終的にタービンと呼ばれる巨大な羽根車を回す力に変換され、その回転運動が発電機に伝えられます。

1.2. 回転運動と磁束の周期的変化

一様な磁場 \(B\) の中で、面積 \(S\) のコイルが、角周波数 \(\omega\) で回転している状況を考えましょう。

  • コイルを貫く磁束 \(\Phi\) は、\(\Phi = BS\cos\theta\) で与えられます。ここで \(\theta\) は、磁場の向きとコイル面に立てた法線とのなす角です。
  • コイルが角周波数 \(\omega\) で定速回転しているため、時刻 \(t\) における角度 \(\theta\) は \(\theta = \omega t\) と表せます。
  • したがって、時刻 \(t\) における磁束 \(\Phi(t)\) は、\[ \Phi(t) = BS \cos(\omega t) \]となります。

この式は、コイルが回転するにつれて、コイルを貫く磁束が、コサインカーブを描いて周期的に変化することを示しています。

  • コイルの面が磁場に垂直なとき(\(\theta=0\))、磁束は最大になります。
  • コイルの面が磁場に平行なとき(\(\theta=90^\circ\))、磁束はゼロになります。
  • そして、再び垂直になると(\(\theta=180^\circ\))、逆向きに最大となり、一周して元に戻ります。

1.3. 誘導起電力の発生:正弦波交流

ファラデーの電磁誘導の法則によれば、コイルに生じる誘導起電力 \(V\) は、この磁束 \(\Phi(t)\) の時間変化率(グラフの傾き)に比例します。

N回巻きのコイルの場合、誘導起電力 \(V(t)\) は、

\[ V(t) = -N \frac{d\Phi}{dt} = -N \frac{d}{dt}(BS \cos(\omega t)) \]

となります。

\(\cos(\omega t)\) を時間 \(t\) で微分すると \(-\omega \sin(\omega t)\) となるので、

\[ V(t) = -NBS(-\omega \sin(\omega t)) = NBS\omega \sin(\omega t) \]

という結果が得られます。

これが、発電機が生み出す電圧の、時間に対する関数形です。この式が示す重要な結論は、

定速回転する発電機は、その起電力が時間と共に正弦波(サインカーブ)を描いて変化する、正弦波交流電圧を自然に生成する

ということです。

  • 起電力の大きさは、磁束そのものではなく、磁束の変化率に比例します。
    • 磁束が最大または最小となる(コイルが磁場に垂直な)瞬間、コサインカーブの傾きはゼロなので、誘導起電力はゼロになります。
    • 磁束がゼロとなる(コイルが磁場に平行な)瞬間、コサインカーブの傾きは最大なので、誘導起電力は最大になります。

この正弦波交流は、数学的に扱いやすく、またフーリエ解析によれば、どのような複雑な波形も正弦波の組み合わせで表現できるため、交流理論の基礎として中心的な役割を果たします。私たちの社会が交流電力に基づいているのは、この電磁誘導という物理法則の、直接的で美しい帰結なのです。

2. 正弦波交流と瞬時値、最大値、角周波数

発電機が自然に生み出す交流電圧(および電流)は、美しい正弦波(サインカーブ)を描いて周期的に変化します。この絶え間ない変化を、物理学の言葉で正確に記述するためには、その波形を特徴づけるいくつかの基本的なパラメータを定義する必要があります。

このセクションでは、正弦波交流を数学的に表現する方法を学び、その式に含まれる「瞬時値」「最大値」「角周波数」といった、交流を語る上での基本的な語彙の意味を、明確に理解します。

2.1. 正弦波交流の数学的表現

ある時刻 \(t\) における交流電圧の値を \(v(t)\)、交流電流の値を \(i(t)\) と書くことにします。(直流の定数値 \(V, I\) と区別するため、また時間変化することを明示するために、小文字で表すのが慣例です。)

正弦波交流の電圧と電流は、三角関数を用いて、以下のように表されます。

\[ v(t) = V_0 \sin(\omega t) \]

\[ i(t) = I_0 \sin(\omega t + \phi) \]

これらの式に含まれる各パラメータが、交流の性質を規定しています。

2.2. 瞬時値 (Instantaneous Value)

瞬時値とは、その名の通り、ある瞬間、ある時刻 \(t\) における、電圧や電流の値のことです。

\(v(t)\) や \(i(t)\) が、この瞬時値を表します。

交流では、この値は常に変化し続けており、正の値も負の値もとります。例えば、日本の家庭用電源は「100V」と言われますが、これは後述する「実効値」であり、瞬時値は0Vになったり、約+141Vになったり、約-141Vになったり、という変化を繰り返しています。

2.3. 最大値(振幅) (Maximum Value / Amplitude)

最大値とは、正弦波が取りうる瞬時値の最大の値のことです。波の「振幅」に相当します。

  • 電圧の最大値は \(V_0\)
  • 電流の最大値は \(I_0\)と表します。

瞬時値 \(v(t)\) や \(i(t)\) は、この最大値(振幅)の範囲内(\(-V_0 \le v(t) \le V_0\))で振動します。

2.4. 周期と周波数、角周波数

  • 周期 (Period) \(T\):波形が一つのサイクルを完了し、同じ状態に戻るまでにかかる時間。単位は秒 (s)。
  • 周波数 (Frequency) \(f\):1秒間に、波形が何サイクル繰り返されるかを示す量。単位はヘルツ (Hz)。周波数と周期は、互いに逆数の関係にあります。\[ f = \frac{1}{T} \]日本の東日本では50Hz、西日本では60Hzの交流電源が使われています。これは、1秒間に50回または60回、電圧の向きがプラス・マイナスと入れ替わることを意味します。
  • 角周波数 (Angular Frequency) \(\omega\):三角関数の引数(\(\sin(\dots)\) の括弧の中)に出てくる \(\omega\) を角周波数と呼びます。これは、波の振動の速さを、**1秒間あたりの位相の変化量(ラジアン)**で表したものです。1周期(T秒)で、位相は \(2\pi\) ラジアン(360°)進みます。したがって、角周波数 \(\omega\) は、\[ \omega = \frac{2\pi}{T} \]と定義されます。また、\(T=1/f\) の関係を用いると、\[ \omega = 2\pi f \]となり、周波数 \(f\) とも直接結びつきます。交流回路の計算、特にリアクタンスの計算では、周波数 \(f\) よりも、この角周波数 \(\omega\) を用いる方が、式がシンプルになり、非常に便利です。

2.5. 位相 (Phase)

位相とは、波の周期的な変化の中で、ある瞬間がどのタイミングにあるかを示す角度(ラジアン)のことです。

\(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) の、\(\omega t\) の部分が時刻 \(t\) における位相を表します。

電流の式 \(i(t) = I_0 \sin(\omega t + \phi)\) に含まれる \(\phi\)(ファイ)は、電圧と電流の**位相のずれ(位相差)**を表します。

  • もし \(\phi = 0\) ならば、電圧と電流は同じタイミングで増減し、これを「同相である」または「位相が揃っている」と言います。
  • もし \(\phi > 0\) ならば、電流は電圧よりも位相が進んでいることになり、「電流は電圧に対して進み位相である」と言います。
  • もし \(\phi < 0\) ならば、電流は電圧よりも位相が遅れていることになり、「電流は電圧に対して遅れ位相である」と言います。

この位相のずれは、直流回路には存在しなかった、交流回路に特有の極めて重要な概念です。抵抗だけの回路では位相のずれは生じませんが、コイルやコンデンサーを含む回路では、この位相のずれが本質的な役割を果たします。

これらのパラメータ(瞬時値、最大値、角周波数、位相)は、交流という動的な現象を、静的な数学の言葉で記述するための基本的な道具立てです。

3. 交流の実効値(電圧・電流)の定義

交流電圧や電流は、その値が常にゼロと最大値の間を変動しています。では、この交流の「大きさ」を、一つの代表的な値で表すにはどうすればよいでしょうか?

最大値 \(V_0\) や \(I_0\) を使うこともできますが、これは波のピークの値に過ぎず、全体のエネルギー的な効果を表すには不十分です。例えば、「最大値100Vの交流」と「100Vの直流」では、同じ抵抗につないだときに発生する熱量は全く異なります。

そこで、交流の能力を、それと等価な仕事(熱を発生させる能力)をする直流の値に換算して表す、という実用的な考え方が導入されました。この、交流の能力を直流のスケールで測った値が、「実効値 (effective value)」です。実効値は、RMS値 (Root Mean Square value) とも呼ばれます。

私たちが日常的に「コンセントの電圧は100V」と言うときの「100V」は、この実効値を指しています。

3.1. 実効値の定義

交流の実効値とは、その交流がある抵抗で消費する平均の電力が、同じ抵抗である大きさの直流を流したときに消費する電力と等しくなるような、その直流の電圧または電流の値である。

この定義に基づいて、最大値 \(I_0\) の交流電流の実効値 \(I_e\)(または単に \(I\))を導出してみましょう。

3.2. 実効値の導出

  1. 交流による瞬時電力:抵抗 \(R\) に、瞬時値 \(i(t) = I_0 \sin(\omega t)\) の交流電流が流れているとします。その瞬間に抵抗で消費される電力(瞬時電力) \(p(t)\) は、\(p = i^2 R\) なので、\[ p(t) = (I_0 \sin(\omega t))^2 R = I_0^2 R \sin^2(\omega t) \]となります。この瞬時電力も、時間と共に \(\sin^2\) の形で変動します。
  2. 平均消費電力:私たちがエネルギーとして利用するのは、ある時間での平均的な電力です。そこで、この瞬時電力 \(p(t)\) の、1周期にわたる時間平均 \(P_{avg}\) を計算します。\[ P_{avg} = \overline{p(t)} = \overline{I_0^2 R \sin^2(\omega t)} \]\(I_0\) と \(R\) は定数なので、平均操作の外に出せます。\[ P_{avg} = I_0^2 R \overline{\sin^2(\omega t)} \]ここで、\(\sin^2(\omega t)\) の時間平均が問題となります。三角関数の半角の公式 \(\sin^2 x = \frac{1 – \cos(2x)}{2}\) を使うと、\[ \sin^2(\omega t) = \frac{1}{2} – \frac{1}{2}\cos(2\omega t) \]となります。この式の右辺を時間平均すると、\(\cos(2\omega t)\) の項は、1周期にわたってプラスとマイナスの値をとり、その平均はゼロになります。したがって、\[ \overline{\sin^2(\omega t)} = \overline{\frac{1}{2} – \frac{1}{2}\cos(2\omega t)} = \frac{1}{2} – 0 = \frac{1}{2} \]という、非常に重要な結果が得られます。これを平均電力の式に戻すと、\[ P_{avg} = I_0^2 R \times \frac{1}{2} = \frac{1}{2} I_0^2 R \]となります。
  3. 直流との比較:一方、実効値 \(I_e\) の直流電流を同じ抵抗 \(R\) に流したときに消費される電力 \(P_{DC}\) は、\[ P_{DC} = I_e^2 R \]です。
  4. 実効値の決定:実効値の定義は、\(P_{avg} = P_{DC}\) でしたから、\[ \frac{1}{2} I_0^2 R = I_e^2 R \]両辺の \(R\) を消去し、\[ I_e^2 = \frac{I_0^2}{2} \]平方根をとると、\[ I_e = \frac{I_0}{\sqrt{2}} \]という、実効値と最大値の間の関係式が導かれます。

電圧についても、全く同様の計算から、

\[ V_e = \frac{V_0}{\sqrt{2}} \]

となります。

3.3. まとめと実用上の注意

【公式】

正弦波交流において、実効値と最大値の関係は、

\[ \text{実効値} = \frac{\text{最大値}}{\sqrt{2}} \quad (\approx 0.707 \times \text{最大値}) \]

\[ \text{最大値} = \sqrt{2} \times \text{実効値} \quad (\approx 1.414 \times \text{実効値}) \]

となります。

  • 日本の家庭用電源:コンセントの電圧は、実効値で100Vです。したがって、その電圧の最大値(振幅)は、\(V_0 = \sqrt{2} \times 100V \approx 141V\) となります。瞬時電圧は、+141V と -141V の間を、1秒間に50回または60回、激しく振動しているのです。
  • 表記の慣例:これ以降、交流回路の問題で、特に断りなく電圧 \(V\) や電流 \(I\) の値が与えられた場合(例えば「100Vの交流電源」)、それは通常、実効値を指します。最大値の場合は、「最大値 \(V_0\)」のように、明示されるのが一般的です。
  • 電力計算:実効値を用いると、交流回路の平均消費電力の計算が、直流回路と全く同じ形で行えます。\[ P_{avg} = V_e I_e \cos\phi = I_e^2 R = \frac{V_{eR}^2}{R} \](\(\cos\phi\) は、後で学ぶ力率。抵抗だけの回路では1。)この計算の簡便さが、実効値が広く使われている理由です。

4. 抵抗のみを接続した交流回路

交流回路の解析を始めるにあたり、最もシンプルで、全ての基本となるのが、抵抗器のみを交流電源に接続した回路です。

抵抗は、これまで学んできた直流回路においても中心的な役割を果たしてきました。交流回路において、抵抗はどのように振る舞うのでしょうか?特に、コンデンサーやコイルとの違いを際立たせる上で重要な、「位相」の関係に注目して分析します。

4.1. 回路と基本方程式

【回路設定】

抵抗値 \(R\) の抵抗器に、瞬時値が \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) で表される正弦波交流電源を接続します。

このとき、回路を流れる瞬時電流 \(i(t)\) を求めてみましょう。

【オームの法則の適用】

抵抗器においては、その両端の電圧と、そこを流れる電流の関係は、いかなる瞬間においても、オームの法則 \(v=iR\) が成り立ちます。これは、直流でも交流でも変わりません。

したがって、瞬時電流 \(i(t)\) は、

\[ i(t) = \frac{v(t)}{R} \]

で計算できます。

4.2. 瞬時電流の導出と最大値

この式に、電源電圧の式 \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) を代入します。

\[ i(t) = \frac{V_0 \sin(\omega t)}{R} = \left(\frac{V_0}{R}\right) \sin(\omega t) \]

この結果の式を、正弦波交流電流の一般式 \(i(t) = I_0 \sin(\omega t + \phi)\) と比較してみましょう。

  • 電流の最大値 \(I_0\):式の形から、電流の最大値 \(I_0\) は、\[ I_0 = \frac{V_0}{R} \]となることがわかります。これは、直流におけるオームの法則と全く同じ形をしています。交流回路においても、抵抗における電圧と電流の最大値の間には、オームの法則が成り立ちます。同様に、両辺を \(\sqrt{2}\) で割れば、実効値の間にもオームの法則 \(I_e = V_e/R\) が成り立つことがわかります。

4.3. 電圧と電流の位相関係

次に、最も重要な位相の関係を見ます。

  • 電圧の式: \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\)
  • 電流の式: \(i(t) = I_0 \sin(\omega t)\)

両方の式の、\(\sin(\dots)\) の中身(位相)が、完全に一致しています。一般式 \(i(t) = I_0 \sin(\omega t + \phi)\) と比較すると、位相差 \(\phi\) がゼロ(\(\phi=0\))であることに相当します。

【結論】

抵抗のみを接続した交流回路では、電圧と電流の位相は、常に同じ(同相)である。

これは、電圧が最大になる瞬間に電流も最大になり、電圧がゼロになる瞬間に電流もゼロになり、電圧の向きが反転する瞬間に電流の向きも反転する、ということを意味します。両者の波は、完全に足並みを揃えて振動します。

【グラフによる視覚化】

横軸に時間 \(t\)(または位相 \(\omega t\))、縦軸に電圧と電流をとってグラフを描くと、\(v(t)\) のサインカーブと \(i(t)\) のサインカーブは、振幅(最大値)こそ異なりますが、山と谷、そしてゼロになる点が、完全に一致している様子がわかります。

4.4. 消費電力

抵抗における平均消費電力 \(P_{avg}\) は、実効値を用いて、

\[ P_{avg} = V_e I_e = I_e^2 R = \frac{V_e^2}{R} \]

と、直流の場合と全く同じ式で計算できます。抵抗は、交流のエネルギーを、周期的にジュール熱として消費し続けます。

この「電圧と電流が同相である」という抵抗の性質は、後に学ぶコイルやコンデンサーの振る舞い(これらは位相をずらす)と比較する上での、重要な基準となります。交流回路の物語は、この抵抗という、変わらぬ実直な登場人物から始まるのです。

5. コイルのみを接続した交流回路

抵抗に続き、今度は自己インダクタンス \(L\) のコイル(インダクター)のみを、交流電源に接続した場合の振る舞いを分析します。

コイルの最も本質的な性質は、「電流の変化を妨げる」という自己誘導でした。交流回路では、電流は絶えず変化し続けています。したがって、コイルは、交流に対して、その「慣性」を最大限に発揮し、抵抗とは全く異なる、特有の応答を示すことになります。

5.1. 回路と基本方程式

【回路設定】

自己インダクタンス \(L\) の理想的なコイル(内部抵抗はゼロとする)に、瞬時値が \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) で表される交流電源を接続します。

このとき、回路を流れる瞬時電流 \(i(t)\) を求めます。

【基本関係式】

コイルにおける、その両端の電圧 \(v(t)\) と、そこを流れる電流 \(i(t)\) の関係は、自己誘導の法則によって与えられます。

\[ v(t) = L \frac{di}{dt} \]

(キルヒホッフの第二法則を考えると、電源電圧とコイルの誘導起電力が釣り合うので、この式が成り立ちます。)

5.2. 瞬時電流の導出(積分)

この関係式から \(i(t)\) を求めるには、\(v(t)\) を \(L\) で割って、時間 \(t\) で積分する必要があります。

\[ \frac{di}{dt} = \frac{v(t)}{L} = \frac{V_0}{L} \sin(\omega t) \]

両辺を時間 \(t\) で積分すると、

\[ i(t) = \int \frac{V_0}{L} \sin(\omega t) dt \]

\(V_0/L\) は定数なので、積分の外に出せます。\(\sin(\omega t)\) を積分すると、\(-\frac{1}{\omega}\cos(\omega t)\) となります。

\[ i(t) = \frac{V_0}{L} \left( -\frac{1}{\omega}\cos(\omega t) \right) = -\frac{V_0}{\omega L} \cos(\omega t) \]

積分定数は、周期的に変動する定常状態ではゼロと考えます。

5.3. 電圧と電流の位相関係

この結果を、電圧の式 \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) と比較しやすくするために、三角関数の性質 \(-\cos x = \sin(x – \pi/2)\) を用いて、\(\sin\) の形に変換します。

\[ i(t) = \frac{V_0}{\omega L} \sin\left(\omega t – \frac{\pi}{2}\right) \]

この式を、一般式 \(i(t) = I_0 \sin(\omega t + \phi)\) と比較します。

  • 位相差 \(\phi\):\(\sin(\dots)\) の中の位相項を見ると、電圧の \(\omega t\) に対して、電流は \(\omega t – \pi/2\) となっています。これは、位相差 \(\phi = -\pi/2\)(-90°)に相当します。

【結論】

コイルのみを接続した交流回路では、電流の位相は、電圧の位相に対して \(\pi/2\)(90°)だけ遅れる。

  • 物理的な解釈(慣性のアナロジー):この「遅れ」は、コイルが持つ「電気的慣性」から直感的に理解できます。
    • 物体に力を加えても(電圧をかけても)、その物体の速度はすぐには上がりません(電流はすぐには流れない)。まず力を加え、その後に速度がついてきます。
    • 電圧が最大になって、電流を「押す力」が最大になった後、少し遅れて電流の増加率が最大となり、さらに遅れて電流そのものが最大値に達します。
    • 具体的には、電圧が最大値をとる \(\omega t = \pi/2\) のとき、電流は \(i = (V_0/\omega L)\sin(0) = 0\) となり、まだゼロです。電圧がゼロになる \(\omega t = \pi\) のとき、電流は \(i = (V_0/\omega L)\sin(\pi/2) = I_0\) となり、最大値に達します。常に電圧が先に変化し、それを追いかけるように電流が変化するのです。

5.4. 平均消費電力

コイルに流れる電流と、コイルにかかる電圧の位相は、ちょうど90°ずれています。

このとき、1周期にわたる平均の消費電力 \(P_{avg}\) はどうなるでしょうか。

\[ P_{avg} = \overline{p(t)} = \overline{v(t)i(t)} = \overline{V_0 \sin(\omega t) \cdot I_0 \cos(\omega t)} \]

(\(i(t)) は \(-\cos\) の形なので)

\(\sin(\omega t)\cos(\omega t) = (1/2)\sin(2\omega t)\) という三角関数の公式を使うと、

\[ P_{avg} = \overline{\frac{1}{2} V_0 I_0 \sin(2\omega t)} \]

\(\sin(2\omega t)\) の1周期にわたる平均はゼロなので、

\[ P_{avg} = 0 \]

となります。

【結論】

理想的なコイルは、交流回路において、電力を消費しない。

コイルは、電源からエネルギーを受け取って磁場に蓄え(1/4周期)、次の1/4周期では、その蓄えたエネルギーを全て電源に送り返します。このエネルギーのキャッチボールを繰り返すだけで、熱としてエネルギーを消費することはありません。

6. コイルのリアクタンス

前セクションで、コイルを流れる交流電流の瞬時値は、

\[ i(t) = \frac{V_0}{\omega L} \sin\left(\omega t – \frac{\pi}{2}\right) \]

となることを見出しました。

この式の振幅(最大値)の部分に注目すると、

\[ I_0 = \frac{V_0}{\omega L} \]

となっています。

この関係は、直流におけるオームの法則 \(I = V/R\) と非常によく似た形をしています。このアナロジーから、コイルが交流電流に対して示す「流れにくさ」を定義することができます。

6.1. 誘導リアクタンスの定義

\(I_0 = V_0 / (\omega L)\) という関係から、\(\omega L\) という項が、電圧 \(V_0\) を電流 \(I_0\) に変換する際の、抵抗のような役割を果たしていることがわかります。

この、コイルが交流に対して示す、見かけ上の抵抗のことを、「誘導リアクタンス (inductive reactance)」と呼び、記号 \(X_L\) で表します。

\[ X_L = \omega L \]

誘導リアクタンスの単位は、抵抗と同じくオーム (Ω) です。

\(\omega = 2\pi f\) なので、

\[ X_L = 2\pi f L \]

と書くこともできます。

6.2. 誘導リアクタンスの性質

この定義式から、誘導リアクタンス \(X_L\) の重要な性質がわかります。

  • \(X_L\) は、自己インダクタンス \(L\) に比例する:当然ながら、コイルの「電気的慣性」が大きいほど、電流の変化は妨げられやすく、交流は流れにくくなります。
  • \(X_L\) は、角周波数 \(\omega\)(および周波数 \(f\))に比例する:これが、抵抗 \(R\) とは根本的に異なる、リアクタンスの最も重要な特徴です。
    • 周波数が高い交流ほど、電流の向きの切り替わりが速く、激しく変化します。コイルは、この「激しい変化」をより強く妨げようとするため、リアクタンスは大きくなります。高周波の交流にとって、コイルは非常に流れにくい「壁」のように見えます。
    • 周波数が低い交流ほど、変化は緩やかになり、コイルの抵抗作用は弱まります。リアクタンスは小さくなります。
    • 直流(\(f=0, \omega=0\))の場合:\(X_L = 0\) となります。これは、直流(定常状態)では電流の変化がないため、コイルは自己誘導を起こさず、単なる**抵抗ゼロの導線(ショート回路)**として振る舞うことを意味します。これは、Module 8の過渡現象で学んだ結論と一致します。

【まとめ】

コイルは、周波数が高いほど通りにくく、周波数が低いほど通りやすいという、周波数選択的な性質を持っています。この性質を利用して、特定の周波数成分だけを通過させたり、遮断したりする「フィルター」として、電子回路で広く応用されています。例えば、オーディオ機器で、低音成分だけをウーファー(低音用スピーカー)に通すための「ローパスフィルター」などに使われます。

リアクタンスは、抵抗とは異なり、エネルギーを消費しません(位相が90°ずれるため)。それは、あくまで電流の「変化」に対する「反発」であり、エネルギーを一時的に磁場に蓄え、また放出するという形で、流れの勢いを制御しているのです。

7. コンデンサーのみを接続した交流回路

コイルに続き、今度は静電容量 \(C\) のコンデンサーのみを、交流電源に接続した場合の振る舞いを分析します。

コンデンサーの最も本質的な性質は、「電荷を蓄え、電圧(電位差)を生じさせる」ことでした。交流回路では、電源の電圧が絶えず変化するため、コンデンサーはこれに応じて、休むことなく充電と放電を繰り返します。このダイナミックな振る舞いが、抵抗やコイルとは全く異なる、特有の応答を引き起こします。

7.1. 回路と基本方程式

【回路設定】

静電容量 \(C\) のコンデンサーに、瞬時値が \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) で表される交流電源を接続します。

このとき、回路を流れる瞬時電流 \(i(t)\) を求めます。

【基本関係式】

コンデンサーにおける、その極板間の電圧 \(v(t)\) と、蓄えられている電荷 \(q(t)\) の関係は、静電容量の定義から、

\[ q(t) = C v(t) \]

で与えられます。

一方、回路を流れる電流 \(i(t)\) は、コンデンサーに蓄えられる電荷の時間的な変化率(単位時間にどれだけ電荷が流れ込むか)に等しいので、

\[ i(t) = \frac{dq}{dt} \]

となります。

7.2. 瞬時電流の導出(微分)

この関係式から \(i(t)\) を求めるには、まず \(q(t)\) を求め、それを時間 \(t\) で微分する必要があります。

  1. 電荷 q(t) を求める:\(q(t) = C v(t)\) に、電源電圧の式 \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) を代入します。\[ q(t) = C V_0 \sin(\omega t) \]
  2. 電流 i(t) を求める(q(t)を微分):\[ i(t) = \frac{d}{dt} q(t) = \frac{d}{dt} (C V_0 \sin(\omega t)) \]\(C V_0\) は定数なので、微分の外に出せます。\(\sin(\omega t)\) を時間 \(t\) で微分すると、合成関数の微分により \(\omega \cos(\omega t)\) となります。\[ i(t) = C V_0 (\omega \cos(\omega t)) = \omega C V_0 \cos(\omega t) \]

7.3. 電圧と電流の位相関係

この結果を、電圧の式 \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) と比較しやすくするために、三角関数の性質 \(\cos x = \sin(x + \pi/2)\) を用いて、\(\sin\) の形に変換します。

\[ i(t) = \omega C V_0 \sin\left(\omega t + \frac{\pi}{2}\right) \]

この式を、一般式 \(i(t) = I_0 \sin(\omega t + \phi)\) と比較します。

  • 位相差 \(\phi\):\(\sin(\dots)\) の中の位相項を見ると、電圧の \(\omega t\) に対して、電流は \(\omega t + \pi/2\) となっています。これは、位相差 \(\phi = +\pi/2\)(+90°)に相当します。

【結論】

コンデンサーのみを接続した交流回路では、電流の位相は、電圧の位相に対して \(\pi/2\)(90°)だけ進む。

  • 物理的な解釈:この「進み」は、コンデンサーの充放電のプロセスから直感的に理解できます。
    • コンデンサーの電圧(極板間の電位差)は、電荷が蓄積されて初めて生じます。
    • 電荷を蓄積させるためには、まず電流が流れ込まなければなりません。
    • したがって、常に電流が先に流れ、その結果として電圧が変化する、という因果関係になります。
    • 具体的には、コンデンサーの電圧がゼロのとき(電荷が空っぽのとき)、回路には最も勢いよく電流が流れ込めます(電流が最大)。電圧が最大になると(充電が満タンになると)、もはやそれ以上電荷を押し込めなくなり、電流は一瞬ゼロになります。常に電流の波が、電圧の波よりも90°先行するのです。

7.4. 平均消費電力

コンデンサーの場合も、コイルと同様に、電圧と電流の位相がちょうど90°ずれています。

したがって、1周期にわたる平均の消費電力 \(P_{avg}\) を計算すると、

\[ P_{avg} = \overline{v(t)i(t)} = \overline{V_0 \sin(\omega t) \cdot I_0 \cos(\omega t)} = 0 \]

となり、理想的なコンデンサーもまた、交流回路において電力を消費しません。

コンデンサーは、電源からエネルギーを受け取って電場に蓄え(充電)、次の1/4周期では、その蓄えたエネルギーを全て電源に送り返す(放電)という、エネルギーのキャッチボールを繰り返すだけです。

8. コンデンサーのリアクタンス

前セクションで、コンデンサーを流れる交流電流の瞬時値は、

\[ i(t) = \omega C V_0 \sin\left(\omega t + \frac{\pi}{2}\right) \]

となることを見出しました。

この式の振幅(最大値)の部分に注目すると、

\[ I_0 = \omega C V_0 \]

となっています。

この関係を、オームの法則 \(I_0 = V_0 / R\) の形に無理やり変形してみると、

\[ I_0 = \frac{V_0}{1/(\omega C)} \]

となります。このアナロジーから、コンデンサーが交流電流に対して示す「流れにくさ」を定義することができます。

8.1. 容量リアクタンスの定義

\(I_0 = V_0 / (1/(\omega C))\) という関係から、\(1/(\omega C)\) という項が、電圧 \(V_0\) を電流 \(I_0\) に変換する際の、抵抗のような役割を果たしていることがわかります。

この、コンデンサーが交流に対して示す、見かけ上の抵抗のことを、「容量リアクタンス (capacitive reactance)」と呼び、記号 \(X_C\) で表します。

\[ X_C = \frac{1}{\omega C} \]

容量リアクタンスの単位は、抵抗と同じくオーム (Ω) です。

\(\omega = 2\pi f\) なので、

\[ X_C = \frac{1}{2\pi f C} \]

と書くこともできます。

8.2. 容量リアクタンスの性質

この定義式から、容量リアクタンス \(X_C\) の重要な性質がわかります。

  • \(X_C\) は、静電容量 \(C\) に反比例する:コンデンサーの「器の大きさ」である \(C\) が大きいほど、たくさんの電荷を容易に蓄えることができるため、交流電流は流れやすくなります。したがって、リアクタンス(流れにくさ)は小さくなります。
  • \(X_C\) は、角周波数 \(\omega\)(および周波数 \(f\))に反比例する:これが、誘導リアクタンスとは真逆の、容量リアクタンスの最も重要な特徴です。
    • 周波数が高い交流ほど、電圧の向きが非常に速く切り替わります。コンデンサーは、この速い変化に追随して、絶えず急速な充放電を繰り返します。これは、あたかも電荷がコンデンサーを素通りしているかのように見え、交流電流は非常に流れやすくなります。したがって、リアクタンスは小さくなります。
    • 周波数が低い交流ほど、充電と放電のペースは緩やかになります。一つの方向に充電される時間が長くなり、電流は流れにくくなります。リアクタンスは大きくなります。
    • 直流(\(f=0, \omega=0\))の場合:\(X_C = 1/0 \to \infty\) となります。リアクタンスは無限大です。これは、直流(定常状態)では、コンデンサーが完全に充電された後は、もはや電流を全く通さない「断線(オープン回路)」として振る舞うことを意味します。これは、Module 3の過渡現象で学んだ結論と一致します。

【まとめ】

コンデンサーは、周波数が高いほど通りやすく、周波数が低いほど通りにくいという、コイルとは正反対の周波数選択的な性質を持っています。この性質を利用して、特定の周波数成分だけを通過させたり、遮断したりする「フィルター」として、電子回路で広く応用されています。例えば、オーディオ機器で、高音成分だけをツィーター(高音用スピーカー)に通すための「ハイパスフィルター」などに使われます。

9. 交流における位相のずれ

これまでのセクションで、交流回路における3つの基本素子、抵抗(R)、コイル(L)、コンデンサー(C)が、それぞれ全く異なる振る舞いをすることを見てきました。その違いを最も特徴づけているのが、各素子を通過するときの、**電圧と電流の「位相のずれ」**です。

直流回路では、電圧をかければ即座にそれに応じた電流が流れる、という単純な世界でした。しかし、絶えず変化する交流の世界では、コイルの「慣性」やコンデンサーの「蓄積」といった性質が、電圧と電流の間に時間的な「ズレ」を生み出します。この位相のずれを正しく理解し、表現することが、交流回路を解析するための第一歩となります。

9.1. 位相差のまとめ

電源の電圧を基準 \(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\) としたとき、各素子を流れる電流 \(i(t)\) の位相は、以下のようになります。

回路素子電圧と電流の位相関係位相差 (\(\phi\))備考
抵抗 (R)同相 (in phase)\(\phi = 0\)電圧と電流の山と谷が一致する
コイル (L)電流は電圧より 90°(π/2) 遅れる\(\phi = -90^\circ = -\pi/2\)電圧の波が先行し、電流の波が追いかける
コンデンサー (C)電流は電圧より 90°(π/2) 進む\(\phi = +90^\circ = +\pi/2\)電流の波が先行し、電圧の波が追いかける

9.2. 位相のずれの視覚的理解

この位相のずれの関係は、グラフや円運動のアナロジーを用いると、より直感的に理解することができます。

【正弦波グラフによる比較】

横軸を時間 \(t\) または位相 \(\omega t\) とし、電圧 \(v(t)\) と電流 \(i(t)\) の波形を同じグラフ上に描いてみましょう。

  • 抵抗 (R):\(v(t)\) と \(i(t)\) のサインカーブは、振幅が異なるだけで、ゼロになる点、最大になる点(山)、最小になる点(谷)が、時間軸上で完全に一致します。
  • コイル (L):\(i(t)\) のサインカーブは、\(v(t)\) のサインカーブに比べて、時間軸上で 1/4周期(位相\(\pi/2\))だけ右にずれた形になります。電圧がピークを迎えてから、1/4周期後に電流がピークを迎えます。
  • コンデンサー (C):\(i(t)\) のサインカーブは、\(v(t)\) のサインカーブに比べて、時間軸上で 1/4周期(位相\(\pi/2\))だけ左にずれた形になります。電流がピークを迎えてから、1/4周期後に電圧がピークを迎えます。

9.3. 「CIVIL」の法則

コイルとコンデンサーにおける電圧と電流の位相の進み・遅れの関係は、しばしば混乱の原因となります。これを覚えるための、英語圏でよく使われる語呂合わせがあります。

ELI the ICE man

  • ELIEMF (電圧 E) は、L (インダクター) において、I (電流) よりも先に来る (leads)。→ コイルでは、電圧が電流より進む(=電流が遅れる)。
  • ICEI (電流) は、C (コンデンサー) において、EMF (電圧 E) よりも先に来る (leads)。→ コンデンサーでは、電流が電圧より進む

この二つの関係を覚えておけば、位相の進み・遅れを混同することが少なくなります。

9.4. RLC直列回路への展望

では、もし一つの回路に、抵抗、コイル、コンデンサーが全て直列に接続されていたら、全体の位相差はどうなるのでしょうか?

  • 抵抗は、電圧と電流の足を引っ張りも、押しもしません(同相)。
  • コイルは、電流の足を引っ張り、電圧に対して遅らせようとします(遅れ位相)。
  • コンデンサーは、電流をせかし、電圧に対して進ませようとします(進み位相)。

回路全体として、電流が電圧に対して進むか、遅れるか、あるいは同相になるかは、このコイルとコンデンサーの「綱引き」の結果、どちらの効果が勝つかによって決まります。そして、この綱引きを、ベクトルという数学的なツールを使って、視覚的かつ定量的に解決する方法が、次セクションで学ぶ「ベクトル図」なのです。

10. ベクトル図(フェーザ表示)の導入

交流回路では、電圧や電流が、それぞれ異なる振幅と位相を持つサインカーブとして変化します。抵抗、コイル、コンデンサーを組み合わせた回路全体の電圧や電流を求めようとすると、これらのずれたサインカーブを足し合わせる必要があり、三角関数の合成公式などを用いた複雑な計算が必要となります。

この計算を、劇的に簡略化し、物理的な関係を直感的に理解させてくれる、極めて強力なツールが「ベクトル図 (vector diagram)」、より厳密には「フェーザ図 (phasor diagram)」です。これは、周期的に振動するスカラー量(瞬時値)を、あたかも回転するベクトルであるかのように表現する、巧妙な手法です。

10.1. なぜベクトルで表現できるのか?

単一の周波数で振動する正弦波交流量(例えば、\(v(t) = V_0 \sin(\omega t)\))は、実は、**一定の長さ \(V_0\) のベクトルが、角周波数 \(\omega\) で反時計回りに回転しているときの、y軸への射影(影)**の動きと、数学的に完全に等価です。

  • ベクトルの長さ ⇔ 交流の最大値(振幅)
  • ベクトルの回転の速さ ⇔ 交流の角周波数 \(\omega\)
  • ベクトルのy軸への射影 ⇔ 交流の瞬時値

回路内の全ての電圧と電流は、同じ角周波数 \(\omega\) で回転しているので、これらの回転ベクトル(フェーザ)の**相対的な角度関係(位相差)**は、時間が経っても変わりません。

したがって、ある瞬間(例えば \(t=0\))で、この回転を「スナップショット」のように静止させて、各量の最大値と位相差をベクトルとして図示することで、回路の状態を静的に、しかし完全に表現することができるのです。

10.2. ベクトル図の描き方のルール

  1. 基準ベクトル:直列回路では、全ての素子に共通の電流が流れます。したがって、電流フェーザ \(\vec{I}\) を基準として、その向きをx軸の正の向きに描くのが一般的です。ベクトルの長さは、電流の最大値 \(I_0\)(または実効値 \(I_e\))を表します。
  2. 各素子の電圧ベクトル:基準となる電流ベクトル \(\vec{I}\) に対して、各素子(R, L, C)の両端の電圧ベクトル \(\vec{V}_R, \vec{V}_L, \vec{V}_C\) を、それぞれの位相関係に従って描きます。ベクトルの長さは、各電圧の最大値(または実効値)です。
    • 抵抗の電圧 \(\vec{V}_R\):電流と同相なので、\(\vec{I}\) と同じ向き(x軸正の向き)に描きます。長さは \(V_{R0} = I_0 R\)。
    • コイルの電圧 \(\vec{V}_L\):電流より 90°(π/2) 進むので、\(\vec{I}\) から**反時計回りに90°**の向き(y軸正の向き)に描きます。長さは \(V_{L0} = I_0 X_L = I_0 \omega L\)。
    • コンデンサーの電圧 \(\vec{V}_C\):電流より 90°(π/2) 遅れるので、\(\vec{I}\) から**時計回りに90°**の向き(y軸負の向き)に描きます。長さは \(V_{C0} = I_0 X_C = I_0 / (\omega C)\)。
  3. 合成電圧の作図:キルヒホッフの第二法則(電圧則)は、ベクトル図の上では、「回路全体の電圧ベクトル \(\vec{V}\) は、各素子の電圧ベクトルのベクトル和に等しい」という形で成り立ちます。\[ \vec{V} = \vec{V}_R + \vec{V}_L + \vec{V}_C \]したがって、\(\vec{V}_R, \vec{V}_L, \vec{V}_C\) を、ベクトルの足し算(矢印を頭から尾へつなげる、あるいは平行四辺形を作る)によって合成することで、回路全体の電圧ベクトル \(\vec{V}\) を作図できます。

10.3. ベクトル図がもたらすもの

このベクトル図を描くことで、複雑な交流回路について、以下の重要な情報を、三角関数を一切使わずに、**幾何学的に(三平方の定理や三角比を使って)**求めることができます。

  • 回路全体の電圧と電流の最大値の関係:合成された電圧ベクトル \(\vec{V}\) の長さが、電源電圧の最大値 \(V_0\) に相当します。
  • 回路全体の電圧と電流の位相差:基準である電流ベクトル \(\vec{I}\) と、合成された電圧ベクトル \(\vec{V}\) のなす角度が、回路全体の位相差 \(\phi\) となります。
  • 回路全体の「抵抗」(インピーダンス):回路全体としての、電圧と電流の比(\(V_0/I_0\))を、ベクトル図の幾何学的な関係から求めることができます。これが、次モジュールで学ぶ「インピーダンス」です。

ベクトル図は、時間と共に変化するサインカーブの複雑な足し算を、静止したベクトルの幾何学的な足し算へと翻訳する、魔法のようなツールです。この手法をマスターすることが、RLC回路をはじめとする、本格的な交流回路解析を攻略するための、最も重要な鍵となります。

Module 9:交流回路の基礎の総括:変化の世界の新たなルールを識る

本モジュールにおいて、私たちは、直流という静謐な流れの世界から、絶え間なくその姿を変える交流という、ダイナミックな波の世界へと漕ぎ出しました。この新たな世界を航海するため、私たちはまず、その波の性質を記述するための基本的な言語、すなわち「瞬時値」「最大値」「実効値」「角周波数」そして「位相」といった、交流の語彙を習得しました。特に、交流の能力を直流と等価な熱量で測る「実効値」は、変化する量を一つの代表値で扱うための、実用的な知恵でした。

航海の核心は、3つの基本的な回路素子、抵抗(R)、コイル(L)、コンデンサー(C)が、この交流の波に対して、いかに異なる応答を示すかを探求することにありました。

  • 抵抗は、直流の世界と同じく、電圧と電流が常に足並みを揃える(同相である)、忠実な存在でした。
  • コイルは、その「電気的慣性」ゆえに、常に変化に抗い、電流は電圧に対して90°の「遅れ」を示しました。その抵抗の度合い「誘導リアクタンス」は、変化が激しい(周波数が高い)ほど増大しました。
  • コンデンサーは、まず電荷を蓄積するという性質から、電流が電圧に90°「進む」という、コイルとは正反対の振る舞いを見せました。その抵抗の度合い「容量リアクタンス」は、変化が激しいほど電荷の出入りが容易になるため、周波数が高いほど減少しました。

この、素子ごとに異なる「位相のずれ」という、直流にはなかった複雑な関係性を、統一的かつ直感的に解き明かすために、私たちは「ベクトル図(フェーザ表示)」という、極めて強力な羅針盤を手にしました。時間変化する正弦波を、回転するベクトルとして捉えるこの手法は、複雑な三角関数の計算を、エレガントな幾何学の問題へと昇華させます。電流を基準としたとき、抵抗の電圧は同相に、コイルの電圧は90°進み、コンデンサーの電圧は90°遅れる。この単純なルールに従ってベクトルを配置し、合成するだけで、回路全体の振る舞いを予測することが可能になるのです。

このモジュールで学んだ、リアクタンス、位相、そしてベクトル図という三つの核心的な概念は、次なる、そして交流回路のクライマックスである「RLC直列回路」の解析に不可欠な、まさに三種の神器です。私たちは今、抵抗、コイル、コンデンサーという個性豊かな三者が一堂に会したとき、どのような壮大な「共演」――特に、特定の周波数で劇的な応答を示す「共振」――が繰り広げられるのかを探求する、その準備が整ったのです。


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