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【基礎 物理(力学)】Module 9:単振動の動力学とエネルギー
本モジュールの目的と構成
これまでのモジュールで、私たちは物体が場所を移動していく「並進運動」と、ある点を中心に回転する「回転運動」という、二つの基本的な運動形態を分析してきました。本モジュールでは、第三の、そして自然界の至る所に見られる根源的な運動形態である**「振動(Oscillation)」**に焦点を当てます。
ブランコの揺れ、ギターの弦の震え、時計の振り子、原子の熱振動、そして光や音といった波の根源。これらの現象はすべて、物体がある安定な点を中心として、周期的に行ったり来たりを繰り返す、振動という運動です。
この多様な振動現象の中でも、最も基本的で、最も重要なモデルが単振動 (Simple Harmonic Motion, SHM)です。単振動は、その背後にある物理法則が驚くほどシンプルでありながら、多くの複雑な振動を近似する上で出発点となる、理想的な振動モデルです。
本モジュールでは、まず、どのような力が単振動を引き起こすのか、その動力学的な定義(復元力)を確立し、運動方程式を立てます。次に、その方程式の解として、振動の様子を数学的に完全に記述する方法を学びます。さらに、単振動を円運動の射影として捉える、美しく直感的な視点を獲得し、最後に、エネルギー保存則を用いて、単振動におけるエネルギーの絶え間ない変換の様子を分析します。
- 単振動の定義(復元力)と運動方程式: 単振動を特徴づける力の法則(復元力)を定義し、その運動を支配する fundamental な方程式を導きます。
- ばね振り子の運動解析: 単振動の最も典型的な例である、ばね振り子の水平・鉛直運動を分析し、その周期が何によって決まるかを見ます。
- 単振り子の近似的単振動と周期: 振り子の運動が、なぜ、そしてどのような条件下で単振動と見なせるのか、その近似の物理的意味を探ります。
- 単振動の解(変位、速度、加速度)の数学的表現: 振動の位置、速度、加速度が時間と共にどのように変化するかを、三角関数を用いて完全に記述します。
- 角振動数、振幅、周期、振動数の関係: 振動の「速さ」や「大きさ」を特徴づける、様々なパラメータの関係を整理します。
- 単振動の初期位相の決定方法: 振動の開始状態(初期条件)から、運動の数式を完全に決定するための手法を学びます。
- 円運動の正射影としての単振動: 単振動が、実は等速円運動を一次元に投影した影に過ぎないという、美しく本質的な関係を解き明かします。
- 単振動における力学的エネルギー保存則: 復元力が保存力であることから、単振動において力学的エネルギーが保存されることを証明し、その応用を探ります。
- 単振動の速度・加速度の最大値: 振動の中で、物体が最も速く、また最も強く加速される瞬間とその値を求めます。
- 減衰振動と強制振動、共振現象の定性的理解: 理想的な単振動から一歩進み、摩擦がある場合の減衰振動や、外部から力を加える強制振動、そして巨大な揺れを生む共振現象を概観します。
このモジュールを通じて、あなたは周期的な運動の背後に潜む、シンプルで美しい数学的・物理的構造を理解し、力学の世界における第三の運動形態を、完全にマスターすることになるでしょう。
1. 単振動の定義(復元力)と運動方程式
あらゆる振動現象の基本モデルとなる単振動 (Simple Harmonic Motion, SHM)。この運動を他の複雑な振動と区別し、定義づけるものは何でしょうか。それは、運動を引き起こしている力の性質にあります。
単振動とは、その運動を支配する力の合力が、ある特定の性質を持つ場合にのみ生じる、極めて特殊で理想的な振動です。その力の性質こそが、「復元力」という概念に集約されます。
1.1. 単振動を定義する力の法則:復元力
物体が単振動をするための、動力学的な条件は、その物体に働く力の合力 \(F\) が、以下の二つの条件を同時に満たすことです。
- 力の向きが、常に**ある定点(つりあいの位置、平衡点)**を向いている。
- 力の大きさが、そのつりあいの位置からの変位(距離)\(x\)に比例する。
このような、変位に比例して、常に中心に戻そうとする力のことを復元力 (Restoring Force) と呼びます。これを一つの数式で表現したものが、単振動の定義式となります。
単振動の定義(力の法則)
物体に働く合力 \(F\) が、つりあいの位置からの変位 \(x\) に比例し、向きが常に変位と反対であるとき、その物体は単振動を行う。
\[ F = -kx \]
この式の各要素は、極めて重要な意味を持っています。
- \(F\): 物体に働く力の合力。
- \(x\): つりあいの位置を原点(x=0)とした、物体の変位。
- \(k\): 復元力の比例定数と呼ばれる、正の定数。この値が大きいほど、同じ変位に対してより強い復元力が働く(ばねで言えば「硬さ」に相当)。
- マイナス符号 (-): これが復元力であることを示す、最も重要な部分です。
- 物体が正の方向(\(x>0\))に変位すれば、力は負の方向(中心向き)に働く。
- 物体が負の方向(\(x<0\))に変位すれば、力は正の方向(中心向き)に働く。この符号があるからこそ、物体は常につりあいの位置へと引き戻され、振動が維持されるのです。
1.2. 単振動の運動方程式
この力の法則 \(F=-kx\) を、ニュートンの第二法則 \(F=ma\) と結びつけることで、単振動の運動を支配する運動方程式を導くことができます。
\[ ma = -kx \]
ここで、加速度 \(a\) は、位置 \(x\) の時間に関する二階微分(\(a = d^2x/dt^2\))なので、この運動方程式は、以下のような微分方程式の形で書くことができます。
\[ m\frac{d^2x}{dt^2} = -kx \]
この方程式を、二階微分の項の係数が1になるように、両辺を \(m\) で割って整理します。
\[ \frac{d^2x}{dt^2} = -\frac{k}{m}x \]
この形は、物理学における振動・波動現象を記述する際に、繰り返し現れる、極めて重要な方程式です。
1.3. 角振動数(ω)の導入
方程式 \(d^2x/dt^2 = -(k/m)x\) を、よりシンプルで普遍的な形にするために、新しい量 角振動数 (Angular Frequency) \(\omega\) を導入します。角振動数 \(\omega\) は、\(k\) と \(m\) という、その振動系の物理的な特性(復元力の強さと慣性の大きさ)によってのみ決まる、固有の量です。
角振動数の定義
\[ \omega^2 = \frac{k}{m} \quad \Leftrightarrow \quad \omega = \sqrt{\frac{k}{m}} \]
この \(\omega\) を用いると、単振動の運動方程式は、以下のように、その本質を最も明確に示す形で書き表すことができます。
単振動の運動方程式(標準形)
\[ \frac{d^2x}{dt^2} = -\omega^2 x \]
この方程式こそが、ある運動が単振動であるか否かを判定するための、数学的な「リトマス試験紙」です。どのような物理的な系であれ、その運動方程式が、最終的にこの \(a = -(\text{正の定数}) \times x\) という形に変形できるならば、その系は必ず単振動を行い、その角振動数は \(\omega = \sqrt{\text{正の定数}}\) となるのです。
次のセクションから、ばね振り子や単振り子といった具体的な物理モデルが、まさしくこの方程式に帰着することを見ていきます。
2. ばね振り子の運動解析
単振動の最も典型的で、理想的なモデルがばね振り子 (Mass-Spring System) です。ばね振り子とは、その名の通り、ばねの先におもりをつけたもので、その運動は、単振動の定義 \(F=-kx\) に見事に合致します。
このセクションでは、まず滑らかな水平面上での水平ばね振り子を分析し、次に、重力が関わる鉛直ばね振り子を分析します。驚くべきことに、どちらの系も、全く同じ形の運動方程式に帰着し、同じ周期で振動することを見出します。
2.1. 水平ばね振り子
状況: 滑らかな水平面上に、質量 \(m\) のおもりが置かれている。おもりは、ばね定数 \(k\) のばねの一端に繋がれ、ばねの他端は壁に固定されている。ばねが自然長のときの、おもりの位置を原点 \(x=0\) とする。
- 力の分析:おもりに働く力を考えます。
- 鉛直方向:重力 \(mg\) と垂直抗力 \(N\) が働いているが、これらは常につりあっている(\(N=mg\))。鉛直方向の運動はない。
- 水平方向:おもりが変位 \(x\) の位置にあるとき、ばねがおもりに及ぼす弾性力のみが働く。フックの法則より、この弾性力は \(F = -kx\) である。
- 運動方程式の立式:水平方向について、運動方程式 \(ma=F\) を立てると、\[ ma = -kx \]
- 単振動であることの確認:この方程式は、まさしく前セクションで導出した単振動の運動方程式 \(ma=-kx\) そのものです。したがって、水平ばね振り子は、厳密に単振動を行うことがわかります。
- 角振動数と周期:単振動の運動方程式 \(ma=-kx\) から、この系の角振動数 \(\omega\) は、\[ \omega = \sqrt{\frac{k}{m}} \]となります。周期 \(T\) は、\(T=2\pi/\omega\) の関係式から、\[ T = 2\pi\sqrt{\frac{m}{k}} \]となります。この式は、ばね振り子の周期を決定する、最も重要な公式です。
- おもりの質量 \(m\) が大きいほど、慣性が大きいため、ゆっくりと振動し、周期は長くなる。
- ばねのばね定数 \(k\) が大きい(ばねが硬い)ほど、復元力が強いため、素早く振動し、周期は短くなる。
- 重要なのは、周期 \(T\) は振幅(振動の幅)によらないという点です。これを単振動の等時性と呼びます。
2.2. 鉛直ばね振り子
次に、同じばねとおもりを、天井から鉛直に吊るした場合を考えます。この場合、常に重力が関わってくるため、運動の様子は変わるように思えます。
状況: 天井から、ばね定数 \(k\) のばねを吊るし、その先端に質量 \(m\) のおもりを取り付けた。
- つりあいの位置の決定:まず、おもりが静止するつりあいの位置を探します。この位置では、下向きの重力 \(mg\) と、上向きの弾性力がつりあっています。ばねが自然長の位置から \(d\) だけ伸びてつりあったとすると、弾性力の大きさは \(kd\) なので、力のつりあいの式は、\[ kd = mg \quad \cdots ① \]となります。水平ばね振り子と異なり、鉛直ばね振り子の振動の中心は、ばねの自然長の位置ではなく、この力がつりあう位置になります。
- 運動方程式の立式:このつりあいの位置を、新たな原点 \(y=0\) とします。そして、おもりが、このつりあいの位置から、さらに \(y\) だけ下向きに変位したときの運動を考えます。(鉛直下向きを正とする)
- このとき、ばねの自然長からの伸びは、合計で \(d+y\) となります。
- おもりに働く力の合力 \(F_{net}\) は、
- 下向きの力:重力 \(mg\)
- 上向きの力:弾性力 \(k(d+y)\)\[ F_{net} = mg – k(d+y) \]これを展開すると、\[ F_{net} = mg – kd – ky \]
- ここで、①のつりあいの条件式 \(kd=mg\) を代入すると、\(mg\) と \(kd\) が相殺し、\[ F_{net} = -ky \]
- 結論:おもりにはたらく合力は、\(F_{net}=-ky\) となりました。ここで \(y\) は、つりあいの位置からの変位です。したがって、運動方程式 \(ma=F_{net}\) は、\[ ma = -ky \]となります。これは、水平ばね振り子と全く同じ形の、単振動の運動方程式です。
鉛直ばね振り子の驚くべき性質:
この導出から、以下の重要な結論が得られます。
- 鉛直ばね振り子も、厳密に単振動を行う。
- その振動の中心は、重力と弾性力がつりあう位置である。
- その角振動数と周期は、\(\omega = \sqrt{k/m}\)、\(T = 2\pi\sqrt{m/k}\) であり、水平ばね振り子と全く同じである。
つまり、鉛直ばね振り子において、重力は、振動の中心(つりあいの位置)を下にずらす効果しか持たず、振動の周期そのものには一切影響を与えないのです。この事実は、一見すると直感に反するかもしれませんが、運動方程式が示す、揺るぎない結論です。
3. 単振り子の近似的単振動と周期
ばね振り子と並んで、振動現象の代表例として挙げられるのが単振り子 (Simple Pendulum) です。単振り子とは、伸び縮みしない軽い糸の先端に、点と見なせるおもり(質点)をつけたものです。
一見すると、振り子の往復運動は、ばね振り子の運動とよく似ています。しかし、その運動を支配する復元力は、ばねの弾性力とは異なり、重力から生じます。そして、厳密に言えば、単振り子の運動は単振動ではありません。
しかし、ある重要な近似条件の下で、単振り子の運動は、ほぼ単振動と見なすことができるのです。このセクションでは、その近似の物理的な意味を探り、その条件下での周期の式を導出します。
3.1. 単振り子の復元力
状況: 長さ \(L\) の糸につるされた、質量 \(m\) のおもりが、鉛直方向から角度 \(\theta\) だけ変位した位置にある。
- 力の分析:おもりには、重力 \(mg\) と糸の張力 \(T\) が働いています。これらの力を、運動の軌道である円弧の接線方向と、それに垂直な半径方向に分解して考えます。
- 半径方向:張力 \(T\) と、重力の半径方向成分 \(mg\cos\theta\) が働いている。これらの合力が、円運動の向心力となる。
- 接線方向:この方向に働く力は、重力の接線方向成分のみである。この力が、おもりを最下点(つりあいの位置)に戻そうとする復元力の役割を果たします。その大きさは、\[ F_{restore} = mg\sin\theta \]符号まで含めると、変位(角度 \(\theta\))と逆向きなので、\(F_{restore} = -mg\sin\theta\) となります。
3.2. 単振動との比較と「小角近似」
この復元力 \(F_{restore} = -mg\sin\theta\) と、単振動の条件である \(F=-kx\)(復元力が変位に比例)を比べてみましょう。
単振り子の場合、変位は角度 \(\theta\)(あるいは弧長 \(s=L\theta\))で表されますが、復元力は変位 \(\theta\) ではなく、\(\sin\theta\) に比例しています。
\(\sin\theta\) のグラフは直線ではないため、厳密には、単振り子の復元力は変位に比例しておらず、その運動は単振動ではありません。
しかし、ここで、振幅が非常に小さいという条件を考えます。
角度 \(\theta\) が十分に小さいとき(目安として5°程度以下)、ラジアンで表した \(\theta\) の値と、\(\sin\theta\) の値は、非常によく似た値をとります。
例えば、\(\theta=5^\circ \approx 0.0872\) [rad] のとき、\(\sin 5^\circ \approx 0.0871\) であり、誤差はごくわずかです。
この数学的な事実を、小角近似 (Small-Angle Approximation) と呼びます。
小角近似
\[ \theta \ll 1 , \text{[rad]} \quad \text{のとき} \quad \sin\theta \approx \theta \]
この近似を、単振り子の復元力の式に適用すると、
\[ F_{restore} = -mg\sin\theta \approx -mg\theta \]
となります。
さらに、弧長 \(s=L\theta\) の関係から \(\theta = s/L\) なので、
\[ F_{restore} \approx -mg \frac{s}{L} = – \left( \frac{mg}{L} \right) s \]
3.3. 近似的単振動としての解析
この近似的な復元力の式 \(F_{restore} = -(mg/L)s\) は、変位 \(s\) に比例する、単振動の力の法則 \(F=-kx\) と、全く同じ形をしています。
したがって、**「振幅が十分に小さいという条件下で、単振り子は単振動と見なせる」**という、極めて重要な結論が導かれます。
この近似的単振動において、
- 変位の役割を果たすのが、弧長 \(s\)。
- 復元力の比例定数(有効ばね定数)の役割を果たすのが、\(k_{eff} = mg/L\)。(\(eff\)はeffectiveの意)
周期の導出
ばね振り子の周期の公式 \(T = 2\pi\sqrt{m/k}\) に、この有効ばね定数 \(k_{eff}\) を代入してみましょう。
\[ T = 2\pi\sqrt{\frac{m}{k_{eff}}} = 2\pi\sqrt{\frac{m}{mg/L}} = 2\pi\sqrt{\frac{mL}{mg}} \]
質量 \(m\) がきれいに消去され、以下の周期の公式が得られます。
単振り子の周期(小角近似)
\[ T = 2\pi\sqrt{\frac{L}{g}} \]
この式は、単振り子の最も重要な性質を示しています。
- 周期は、糸の長さ \(L\) と、その場所の重力加速度 \(g\) だけで決まる。
- 周期は、おもりの質量 \(m\) にはよらない(ガリレオの発見)。
- 周期は、振幅にはよらない(振り子の等時性)。(ただし、これはあくまで小角近似の範囲での話であり、振幅が大きくなると、実際の周期はわずかに長くなります。)
この周期の式は、地球の重力加速度を精密に測定する装置(重力計)や、古時計の時間の基準として、物理学の発展に大きな役割を果たしてきました。それは、自然界の法則が、巧妙な「近似」を通じて、いかにシンプルで美しい姿を現すかを示す、感動的な一例なのです。
4. 単振動の解(変位、速度、加速度)の数学的表現
単振動の運動方程式 \(d^2x/dt^2 = -\omega^2 x\) を確立した今、次なる目標は、この方程式を「解く」ことです。方程式を解くとは、この関係を満たすような、物体の位置 \(x\) を時間の関数 \(x(t)\) として、具体的な形で求めることを意味します。
この解は、振動運動のあらゆる側面(特定の時刻における物体の位置、速度、加速度)を、完全に記述し、予測することを可能にします。そして、その解の形は、自然界の周期現象を記述する上で普遍的に現れる、**三角関数(サインまたはコサイン)**となります。
4.1. 単振動の一般解
微分方程式 \(d^2x/dt^2 = -\omega^2 x\) の意味は、「時間で二回微分すると、元の関数の \(-\omega^2\) 倍になるような関数 \(x(t)\) は何か?」という問いです。
この性質を持つ関数として、数学では \(\cos(\omega t)\) と \(\sin(\omega t)\) が知られています。
これらの線形結合で表される、最も一般的な解の形は、以下のようになります。
単振動の一般解(変位)
\[ x(t) = A\cos(\omega t + \phi) \]
この式に含まれる各パラメータは、振動の様子を特徴づける、重要な物理量です。
- \(A\): 振幅 (Amplitude)。振動の中心(\(x=0\))からの、最大変位の大きさ。常に正の値をとる (\(A \ge 0\))。振動の「幅」を決める。
- \(\omega\): 角振動数 (Angular Frequency)。振動の「速さ」を決める。\(\omega = \sqrt{k/m}\) であり、系の物理的特性によって決まる。
- \(\phi\) (ファイ): 初期位相 (Initial Phase / Phase Constant)。時刻 \(t=0\) における振動の状態(どの位置から運動が始まったか)を決める、位相の「ずれ」を表す定数。
- \((\omega t + \phi)\): 位相 (Phase)。振動運動における、ある瞬間の「タイミング」や「状態」を表す、振動の進行度合いを示す角度。
サイン関数による表現:
一般解は、\(x(t) = A\sin(\omega t + \phi’)\) のように、サイン関数で表現することも可能です。コサインとサインは、位相が \(\pi/2\) ずれているだけなので、どちらで表現しても物理的には等価です(初期位相 \(\phi\) の定義が変わるだけ)。慣習的には、コサイン関数がよく用いられます。
4.2. 速度と加速度の導出
変位の式 \(x(t)\) がわかれば、それを時間で微分していくことで、任意の時刻における速度 \(v(t)\) と加速度 \(a(t)\) の式を導くことができます。
- 速度 \(v(t)\) の導出:\(v(t) = \frac{dx}{dt} = \frac{d}{dt} \left( A\cos(\omega t + \phi) \right)\)合成関数の微分法を用いると、\[ v(t) = -A\omega \sin(\omega t + \phi) \]
- 速度は、サイン関数で変化します。これは、変位が最大(\(\cos= \pm 1\))の転回点で、速度がゼロ(\(\sin=0\))になり、変位がゼロ(\(\cos=0\))の平衡点で、速度が最大値をとる(\(\sin=\pm 1\))、という物理的な事実と一致します。
- 速度の最大値(速さの最大値)は、\(v_{max} = A\omega\)。
- 加速度 \(a(t)\) の導出:\(a(t) = \frac{dv}{dt} = \frac{d}{dt} \left( -A\omega \sin(\omega t + \phi) \right)\)\[ a(t) = -A\omega^2 \cos(\omega t + \phi) \]
- 加速度は、変位と同じくコサイン関数で変化します。
- 加速度の最大値は、\(a_{max} = A\omega^2\)。これは、変位が最大(\(x=\pm A\))の転回点で生じます。復元力が最大になる点なので、当然です。
- つりあいの位置(\(x=0\))では、復元力はゼロなので、加速度もゼロになります。
4.3. 運動方程式との整合性
導出された加速度の式 \(a(t) = -A\omega^2 \cos(\omega t + \phi)\) と、変位の式 \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\) を見比べると、興味深い関係が見えてきます。
\[ a(t) = -\omega^2 \times \left( A\cos(\omega t + \phi) \right) \]
括弧の中は \(x(t)\) そのものですから、
\[ a(t) = -\omega^2 x(t) \]
となります。
これは、まさに私たちが全ての議論の出発点とした、単振動の運動方程式 \(a = -\omega^2 x\) そのものです。
したがって、\(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\) という解が、単振動の運動方程式を正しく満たしていることが、ここで改めて確認されました。
これらの三つの式(変位、速度、加速度)は、単振動という運動の様子を、時間の経過と共に、完全に、そして定量的に描き出すための、完全な設計図なのです。
単振動の運動記述まとめ
- 変位: \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\)
- 速度: \(v(t) = -A\omega \sin(\omega t + \phi)\)
- 加速度: \(a(t) = -A\omega^2 \cos(\omega t + \phi) = -\omega^2 x(t)\)
5. 角振動数、振幅、周期、振動数の関係
単振動の運動を記述する解 \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\) には、いくつかの重要なパラメータ(\(A, \omega, T, f\) など)が含まれています。これらのパラメータは、それぞれ振動の異なる側面を特徴づけており、互いに密接な関係を持っています。
これらの関係を正しく理解し、何が系の物理的性質によって決まり、何が初期のエネルギーによって決まるのかを区別することは、振動現象を深く理解する上で不可欠です。
5.1. 振動の「大きさ」を決める量:振幅 (A)
- 振幅 (Amplitude) \(A\):
- 定義: 振動の中心(つりあいの位置)から、最大変位までの距離。振動の「幅」や「大きさ」を決定します。
- 決定要因: 振幅の大きさは、その振動系が持つ力学的エネルギーの総量によって決まります。あるいは、振動を開始させるときに、どれだけ大きな初速を与えたか、どれだけ遠くまで引っ張ってから放したか、といった初期条件によって決まります。
- 周期との関係: 最も重要な性質の一つは、単振動の周期は、振幅の大きさによらない(等時性)ということです。大きく振っても、小さく振っても、一往復にかかる時間は同じです。
5.2. 振動の「速さ」を決める量:角振動数、周期、振動数
これらの量は、振動が一往復するペース、すなわち振動の「速さ」を規定し、すべて**系の物理的性質(慣性 \(m\) と復元力の強さ \(k\))**によって、ただ一つに決まります。これらは、振幅や初期条件には依存しません。
- 角振動数 (Angular Frequency) \(\omega\):
- 定義: 振動の速さを、\(2\pi\) 秒あたりに何ラジアン位相が進むか、で表した量。単振動の運動方程式 \(a = -\omega^2 x\) に現れる、最も基本的な振動の特性値。
- 決定要因: \(\omega = \sqrt{k/m}\) (ばね振り子)や \(\omega = \sqrt{g/L}\) (単振り子)のように、系の質量(慣性)と復元力の強さ(\(k\) や \(g/L\))の比によって決まります。
- 単位は [rad/s]。
- 周期 (Period) \(T\):
- 定義: 物体が一回の完全な振動(一往復)をするのに要する時間。
- 角振動数との関係: 一回の振動(\(2\pi\) ラジアン)に要する時間なので、\[ T = \frac{2\pi}{\omega} \]
- ばね振り子の周期:\[ T = 2\pi\sqrt{\frac{m}{k}} \]
- 単振り子の周期:\[ T = 2\pi\sqrt{\frac{L}{g}} \]
- 単位は [s]。
- 振動数 (Frequency) \(f\):
- 定義: 単位時間(1秒)あたりに、物体が完全な振動をする回数。
- 周期との関係: 周期とは互いに逆数の関係にある。\[ f = \frac{1}{T} \]
- 角振動数との関係: \(T=2\pi/\omega\) を代入すると、\[ f = \frac{\omega}{2\pi} \]
- 単位は [Hz](ヘルツ)。
5.3. パラメータの関係性のまとめと考察
パラメータ | 記号 | 意味 | 決定要因 | 周期との関係 |
振幅 | \(A\) | 振動の幅(最大変位) | 初期エネルギー・初期条件 | 独立(無関係) |
角振動数 | \(\omega\) | 振動の速さ (rad/s) | 系の物理特性 (k, m, L, g) | \(T = 2\pi/\omega\) |
周期 | \(T\) | 1回の振動にかかる時間 (s) | 系の物理特性 (k, m, L, g) | (基準) |
振動数 | \(f\) | 1秒あたりの振動回数 (Hz) | 系の物理特性 (k, m, L, g) | \(T = 1/f\) |
思考を深めるための問い:
- ばね振り子のおもりの質量を4倍にすると、周期はどうなるか?\(T \propto \sqrt{m}\) なので、周期は \(\sqrt{4}=2\) 倍、すなわち2倍長くなる(振動がゆっくりになる)。
- 振り子の長さを4分の1にすると、周期はどうなるか?\(T \propto \sqrt{L}\) なので、周期は \(\sqrt{1/4}=1/2\) 倍、すなわち半分になる(振動が速くなる)。
- 月面で同じ振り子を振ると、周期はどうなるか?月面の重力加速度 \(g\) は、地球の約6分の1。\(T \propto 1/\sqrt{g}\) なので、周期は \(\sqrt{6}\) 倍、すなわち約2.45倍長くなる(振動が非常にゆっくりになる)。
- ばね振り子を、振幅を2倍にして振動させると、周期はどうなるか?単振動の等時性により、周期は変わらない。ただし、振幅が2倍になるので、同じ時間でより長い距離を往復する必要がある。これは、転回点での復元力が大きくなり、全体の平均速度が上がることで実現される。
これらのパラメータの関係性を明確に区別し、何が普遍的で、何が状況依存なのかを理解することが、振動現象を正確に分析するための基礎となります。
6. 単振動の初期位相の決定方法
単振動の一般解 \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\) は、振動の基本的な形を記述します。このうち、振幅 \(A\) と角振動数 \(\omega\) は、それぞれ系のエネルギーと物理特性に対応していました。しかし、もう一つ、初期位相 \(\phi\) という未定の定数が残っています。
初期位相 \(\phi\) は、時刻 \(t=0\) の瞬間に、物体が振動のどの段階(フェーズ)にいたかを決定する、重要なパラメータです。例えば、\(t=0\) に最大変位の位置にいたのか、つりあいの位置を通過中だったのか、といった初期条件を、数式に反映させる役割を担います。
このセクションでは、与えられた初期条件(時刻0での位置 \(x_0\) と速度 \(v_0\))から、振幅 \(A\) と初期位相 \(\phi\) の両方を決定する、体系的な方法を学びます。
6.1. 初期条件と一般解の関係
私たちの手元には、以下の三つの情報があります。
- 初期位置: \(x(0) = x_0\)
- 初速度: \(v(0) = v_0\)
- 運動を記述する一般解:
- 変位: \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\)
- 速度: \(v(t) = -A\omega \sin(\omega t + \phi)\)
これらの一般解に、\(t=0\) を代入することで、初期条件とパラメータを結びつけます。
- 変位の式に \(t=0\) を代入:\[ x_0 = A\cos(0 + \phi) \quad \Rightarrow \quad x_0 = A\cos\phi \quad \cdots ① \]
- 速度の式に \(t=0\) を代入:\[ v_0 = -A\omega \sin(0 + \phi) \quad \Rightarrow \quad v_0 = -A\omega \sin\phi \quad \cdots ② \]
これで、未知数 \(A\) と \(\phi\) を含む、二つの連立方程式が得られました。この連立方程式を解けば、\(A\) と \(\phi\) を、既知量である \(x_0, v_0, \omega\) を用いて表すことができます。
6.2. 振幅 A と初期位相 φ の導出
振幅 A の導出
振幅 \(A\) を求めるには、三角関数の性質 \(\sin^2\phi + \cos^2\phi = 1\) を利用するのが賢明です。
①より \(\cos\phi = x_0/A\)、②より \(\sin\phi = -v_0/(A\omega)\)。
これらを \(\cos^2\phi + \sin^2\phi = 1\) に代入します。
\[ \left( \frac{x_0}{A} \right)^2 + \left( -\frac{v_0}{A\omega} \right)^2 = 1 \]
\[ \frac{x_0^2}{A^2} + \frac{v_0^2}{A^2\omega^2} = 1 \]
両辺に \(A^2\) を掛けて、
\[ x_0^2 + \frac{v_0^2}{\omega^2} = A^2 \]
したがって、振幅 \(A\) は、
\[ A = \sqrt{x_0^2 + \left(\frac{v_0}{\omega}\right)^2} \]
となります。この式は、系の力学的エネルギーが \(E = \frac{1}{2}m\omega^2 A^2 = \frac{1}{2}k A^2\) であり、また初期状態のエネルギーが \(E = \frac{1}{2}mv_0^2 + \frac{1}{2}kx_0^2\) であることから、エネルギー保存則を用いて導くこともできます。
初期位相 \(\phi\) の導出
初期位相 \(\phi\) を求めるには、②を①で割るのが簡単です。
\[ \frac{-A\omega \sin\phi}{A\cos\phi} = \frac{v_0}{x_0} \]
\[ -\omega \tan\phi = \frac{v_0}{x_0} \]
したがって、\(\tan\phi\) は、
\[ \tan\phi = -\frac{v_0}{\omega x_0} \]
となります。この式から、アークタンジェント(\(\arctan\))を用いて \(\phi\) の値を求めることができます。
(ただし、\(\tan\phi\) が同じ値になる角度は二つ存在するため、①と②の式の符号を吟味して、正しい角度を選ぶ必要があります。)
6.3. 具体的な初期条件での適用
これらの一般式は複雑に見えますが、物理問題でよく登場する、いくつかの典型的な初期条件に適用してみましょう。
ケース1:最大変位の位置から、静かに放す
- 初期条件: \(x_0 = A, v_0 = 0\)
- 方程式:
- ①: \(A = A\cos\phi \Rightarrow \cos\phi = 1\)
- ②: \(0 = -A\omega \sin\phi \Rightarrow \sin\phi = 0\)
- 結論: \(\cos\phi = 1\) かつ \(\sin\phi = 0\) となるのは、\(\phi=0\) のとき。
- 運動の式:\[ x(t) = A\cos(\omega t) \]これは、最も基本的な、基準となるコサインカーブです。
ケース2:つりあいの位置を、正の向きに最大速度で通過する
- 初期条件: \(x_0 = 0, v_0 > 0\)
- 方程式:
- ①: \(0 = A\cos\phi \Rightarrow \cos\phi = 0\)
- ②: \(v_0 = -A\omega \sin\phi\)\(\cos\phi=0\) となるのは \(\phi = \pm \pi/2\)。もし \(\phi = \pi/2\) ならば、\(\sin\phi=1\) となり、\(v_0 = -A\omega\) となって、\(v_0>0\) の条件に反する。もし \(\phi = -\pi/2\) ならば、\(\sin\phi=-1\) となり、\(v_0 = -A\omega(-1) = A\omega\) となって、条件を満たす。
- 結論: 初期位相は \(\phi = -\pi/2\)。
- 運動の式:\(x(t) = A\cos(\omega t – \pi/2)\)三角関数の性質から、これは \(x(t) = A\sin(\omega t)\) と等価です。つりあいの位置から始まる運動は、サインカーブで記述するのが自然です。
ケース3:つりあいの位置を、負の向きに最大速度で通過する
- 初期条件: \(x_0 = 0, v_0 < 0\)
- 結論: 同様の考察から、初期位相は \(\phi = \pi/2\) となります。
- 運動の式: \(x(t) = A\cos(\omega t + \pi/2) = -A\sin(\omega t)\)。
このように、初期位相 \(\phi\) は、振動の「開始点」を決定し、運動の数式を、観測される物理現象に完全に一致させるための、最後の調整パラメータとして機能するのです。
7. 円運動の正射影としての単振動
単振動の運動は、三角関数という純粋に数学的な関数で記述されます。一方で、Module 8で学んだ等速円運動も、その座標が三角関数で記述される運動でした。この二つの運動の間には、偶然とは思えない、深く、そして美しい幾何学的な関係が隠されています。
実は、単振動は、等速円運動を、ある一直線上に投影した「影」の運動として、完全に理解することができるのです。この視点(円運動の正射影モデル)は、単振動の様々な性質(特に速度や加速度の式)を、微分計算を用いることなく、直感的に導き出すことを可能にする、非常に強力な思考ツールです。
7.1. 正射影モデルの構築
状況設定:
xy平面上を、半径 \(A\) の円周に沿って、ある点Pが、角速度 \(\omega\) で等速円運動しているとします。時刻 \(t=0\) での角度(初期位相)を \(\phi\) とすると、時刻 \(t\) における点Pの角度は \(\omega t + \phi\) となります。
このとき、点Pのx座標とy座標は、三角関数の定義から、
- x座標: \(x_P(t) = A\cos(\omega t + \phi)\)
- y座標: \(y_P(t) = A\sin(\omega t + \phi)\)と書けます。
ここで、この円運動に、y軸の負の方向(あるいは正の方向)から、平行な光を当てて、x軸上にできる「影」の動きを想像してみてください。
この影(点Qとします)のx軸上での位置 \(x_Q(t)\) は、まさしく運動する点Pのx座標 \(x_P(t)\) と一致します。
\[ x_Q(t) = A\cos(\omega t + \phi) \]
結論:
この式は、私たちが前セクションで学んだ、単振動の変位の式そのものです。
したがって、以下の驚くべき関係が成り立ちます。
円運動と単振動の関係
等速円運動の、直径上への正射影(projection)は、単振動である。
この等速円運動のことを、単振動に対応する参照円 (Reference Circle) と呼びます。
- 参照円の半径が、単振動の振幅 \(A\) に対応する。
- 参照円の角速度が、単振動の角振動数 \(\omega\) に対応する。(これが、振動のパラメータが「角」振動数と呼ばれる、歴史的・幾何学的な理由です。)
- 参照円の初期角度が、単振動の初期位相 \(\phi\) に対応する。
7.2. 速度と加速度の幾何学的導出
この正射影モデルの真価は、単振動の速度と加速度を、微分計算なしに導出できる点にあります。
- 速度の導出:
- 参照円上を運動する点Pの速度ベクトル \(\vec{v}_P\) を考えます。その速さは \(v_P = A\omega\)(\(v=r\omega\)より)、向きは常に円の接線方向です。
- この速度ベクトル \(\vec{v}_P\) を、x軸上に正射影したものが、影の運動(単振動)の速度 \(v_x\) となります。
- 簡単な幾何学的考察から、速度ベクトル \(\vec{v}_P\) のx成分は、\(-v_P \sin(\omega t + \phi)\) となることがわかります。
- したがって、\[ v_x(t) = -(A\omega) \sin(\omega t + \phi) \]となり、微分計算で得た結果と完全に一致します。
- このモデルから、影の速さが最大になるのは、点Pが円の上端または下端(\(x=0\) の位置)を通過するときであり、その最大値は参照円の速さ \(A\omega\) に等しいことも、直感的に理解できます。
- 加速度の導出:
- 参照円上を運動する点Pの加速度ベクトル \(\vec{a}_P\) を考えます。これは、常に円の中心を向く向心加速度であり、その大きさは \(a_P = A\omega^2\)(\(a=r\omega^2\)より)です。
- この加速度ベクトル \(\vec{a}_P\) を、x軸上に正射影したものが、影の運動(単振動)の加速度 \(a_x\) となります。
- 加速度ベクトル \(\vec{a}_P\) のx成分は、\(-a_P \cos(\omega t + \phi)\) となることがわかります。
- したがって、\[ a_x(t) = -(A\omega^2) \cos(\omega t + \phi) \]となり、これも微分計算の結果と完全に一致します。
- このモデルから、影の加速度が最大になるのは、点Pが円の左右の端(\(x=\pm A\) の位置)にあるときであり、その最大値は参照円の向心加速度の大きさ \(A\omega^2\) に等しいことも、直感的にわかります。
この円運動の正射影モデルは、単振動を、より具体的で、動きのあるイメージとして捉えることを可能にします。それは、抽象的な微分方程式の世界と、直感的な幾何学の世界とを結びつける、美しく、そして強力な架け橋なのです。
8. 単振動における力学的エネルギー保存則
単振動を引き起こす復元力 \(F=-kx\) は、ばねの弾性力に代表されるように、その仕事が経路によらない保存力です。
したがって、摩擦や空気抵抗のような非保存力が働かない理想的な状況では、単振動を行う系の力学的エネルギー \(E\) は、常に一定に保たれます。
この力学的エネルギー保存則は、単振動を分析するための、運動方程式とは別のアプローチを提供してくれます。運動方程式が運動の「プロセス」を追跡するのに対し、エネルギー保存則は、運動の異なる瞬間での「状態」を直接結びつける、強力なツールとなります。
8.1. 単振動の力学的エネルギー
単振動を行う系の力学的エネルギー \(E\) は、その定義から、運動エネルギー \(K\) と位置エネルギー \(U\) の和です。
ばね振り子を例にとると、
\[ E = K + U_s = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}kx^2 \]
力学的エネルギー保存則は、この \(E\) の値が、振動のどの瞬間においても、常に一定であることを主張します。
\[ \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}kx^2 = \text{一定} \]
この「一定値」はいくらになるでしょうか。それは、系のエネルギーが最も計算しやすい、**転回点(振動の端)**で考えることで、簡単に求めることができます。
振幅が \(A\) の振動を考えます。転回点(\(x=\pm A\))では、物体は一瞬静止するので、速度 \(v=0\) です。
したがって、この点での力学的エネルギーは、
- 運動エネルギー: \(K=0\)
- 位置エネルギー: \(U_s = \frac{1}{2}kA^2\)
- 総エネルギー: \(E = 0 + \frac{1}{2}kA^2 = \frac{1}{2}kA^2\)
この値が、運動中ずっと保存されるのです。
単振動の力学的エネルギー
\[ E_{total} = \frac{1}{2}kA^2 \]
角振動数 \(\omega = \sqrt{k/m}\) の関係(\(k=m\omega^2\))を用いると、
\[ E_{total} = \frac{1}{2}m\omega^2 A^2 \]
と表現することもできます。
この式は、単振動の総エネルギーが、振幅 \(A\) の2乗に比例するという、非常に重要な事実を示しています。
8.2. 保存則の数学的な証明
この保存則が、運動の解 \(x(t), v(t)\) と矛盾しないことを、実際に代入して確認してみましょう。
- \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\)
- \(v(t) = -A\omega\sin(\omega t + \phi)\)
これらを、力学的エネルギーの式 \(E = \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}kx^2\) に代入します。
\[ E(t) = \frac{1}{2}m(-A\omega\sin(\omega t + \phi))^2 + \frac{1}{2}k(A\cos(\omega t + \phi))^2 \]
\[ E(t) = \frac{1}{2}mA^2\omega^2 \sin^2(\omega t + \phi) + \frac{1}{2}kA^2 \cos^2(\omega t + \phi) \]
ここで、\(k=m\omega^2\) の関係を代入して、\(k\) を消去します。
\[ E(t) = \frac{1}{2}m\omega^2 A^2 \sin^2(\omega t + \phi) + \frac{1}{2}(m\omega^2)A^2 \cos^2(\omega t + \phi) \]
共通因数 \(\frac{1}{2}m\omega^2 A^2\) でくくると、
\[ E(t) = \frac{1}{2}m\omega^2 A^2 \left( \sin^2(\omega t + \phi) + \cos^2(\omega t + \phi) \right) \]
三角関数の基本的な恒等式 \(\sin^2\theta + \cos^2\theta = 1\) を用いると、括弧の中は常に1になります。
したがって、
\[ E(t) = \frac{1}{2}m\omega^2 A^2 \]
となり、エネルギーが時間 \(t\) によらない一定値であることが、見事に証明されました。
8.3. エネルギー保存則の応用
エネルギー保存則は、任意の位置での速さを求める際に、非常に強力なツールとなります。
\[ \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}kx^2 = \frac{1}{2}kA^2 \]
この式を、速さ \(v\) について解くと、
\( mv^2 = kA^2 – kx^2 = k(A^2 – x^2) \)
\[ v^2 = \frac{k}{m}(A^2 – x^2) \quad \Rightarrow \quad |v| = \omega \sqrt{A^2 – x^2} \]
となり、微分計算を行わずに、任意の位置 \(x\) での速さを、振幅 \(A\) と角振動数 \(\omega\) から直接求めることができます。
エネルギー保存則は、単振動という運動が、位置エネルギーと運動エネルギーという二つの形態の間で、総量を一定に保ちながら、絶えずエネルギーを交換し続ける、閉じたプロセスであることを美しく示しています。
9. 単振動の速度・加速度の最大値
単振動は、物体が絶えず加速と減速を繰り返す運動です。その運動の中で、物体の速度や加速度は、どの位置で、どのような値の最大値をとるのでしょうか。これらの最大値を求めることは、振動の挙動を特徴づける上で重要であり、また、様々な問題で問われる基本的な計算でもあります。
これらの最大値は、Section 4で導出した、速度と加速度の時間に関する式から直接求めることもできますし、エネルギー保存則や力の法則といった、より物理的な観点から導くこともできます。
9.1. 速度の最大値 (v_max)
数学的な導出
速度の時間変化は、以下の式で与えられます。
\[ v(t) = -A\omega \sin(\omega t + \phi) \]
この式が最大値(速さの最大値)をとるのは、三角関数 \(\sin(\omega t + \phi)\) の絶対値が最大、すなわち \(|\sin(\omega t + \phi)| = 1\) となるときです。
したがって、速度の最大値 \(v_{max}\) は、
\[ v_{max} = A\omega \]
となります。
物理的な解釈
\(|\sin(\omega t + \phi)| = 1\) となるのは、位相が \(\pi/2, 3\pi/2, \dots\) のときです。このとき、変位 \(x = A\cos(\omega t + \phi)\) はゼロになります。
これは、速度が最大になるのは、物体が振動の中心であるつりあいの位置(\(x=0\))を通過するときであることを意味します。
エネルギー的アプローチによる導出
力学的エネルギー保存則からも、同じ結論が導かれます。
\[ \frac{1}{2}mv^2 + \frac{1}{2}kx^2 = \frac{1}{2}kA^2 \]
速度 \(v\) が最大になるのは、運動エネルギー \(K = \frac{1}{2}mv^2\) が最大になるときです。そのためには、位置エネルギー \(U_s = \frac{1}{2}kx^2\) が最小になる必要があります。
位置エネルギーが最小になるのは、変位がゼロ、すなわち**つりあいの位置(\(x=0\))**です。
このとき、
\( \frac{1}{2}mv_{max}^2 + 0 = \frac{1}{2}kA^2 \)
\( v_{max}^2 = \frac{k}{m}A^2 = \omega^2 A^2 \)
\[ \therefore v_{max} = A\omega \]
となり、同じ結果が得られました。
9.2. 加速度の最大値 (a_max)
数学的な導出
加速度の時間変化は、以下の式で与えられます。
\[ a(t) = -A\omega^2 \cos(\omega t + \phi) \]
この式が最大値(加速度の大きさの最大値)をとるのは、\(|\cos(\omega t + \phi)| = 1\) となるときです。
したがって、加速度の最大値 \(a_{max}\) は、
\[ a_{max} = A\omega^2 \]
となります。
物理的な解釈
\(|\cos(\omega t + \phi)| = 1\) となるのは、変位 \(x = A\cos(\omega t + \phi)\) の絶対値が最大、すなわち \(|x|=A\) となるときです。
これは、加速度が最大になるのは、物体が振動の両端である最大変位の位置(転回点, \(x=\pm A\))に達したときであることを意味します。
力の法則による導出
この結論は、力の法則からも明らかです。
単振動の運動方程式は \(a = -\omega^2 x\) です。
加速度の大きさ \(|a| = \omega^2 |x|\) は、変位の大きさ \(|x|\) に比例します。
したがって、加速度が最大になるのは、変位が最大、すなわち \(|x|=A\) の位置です。
そのときの加速度の大きさは、
\[ a_{max} = \omega^2 A \]
となり、同じ結果が得られました。このとき、物体には最大の復元力 \(|F_{max}| = kA\) が働いています。
9.3. まとめと応用
単振動における最大値
- 速度の最大値 (at \(x=0\)):\[ v_{max} = A\omega \]
- 加速度の最大値 (at \(x=\pm A\)):\[ a_{max} = A\omega^2 \]
これらの公式は、単に暗記するだけでなく、どの位置で最大値をとるのか、そしてその理由を物理的に(エネルギーの観点、力の観点から)理解しておくことが、応用力を高める上で非常に重要です。
例えば、「振幅を2倍、周期を半分にすると、速度の最大値はどうなるか?」といった問題に、これらの関係を理解していれば、即座に答えることができます。
(周期が半分 \(\Rightarrow \omega\) は2倍。\(v_{max}=A\omega\) なので、\(A \to 2A, \omega \to 2\omega\) となり、\(v_{max}\) は \(2 \times 2 = 4\) 倍になる。)
10. 減衰振動と強制振動、共振現象の定性的理解
これまで私たちが扱ってきた単振動は、摩擦や空気抵抗が一切ない、理想化された世界での運動でした。そこでは、一度始まった振動は、永遠に同じ振幅で続くことになります。しかし、現実の世界では、ブランコの揺れはやがて止まり、ギターの弦の音も消えていきます。
このセクションでは、理想的な単振動から一歩踏み出し、より現実の振動に近い、二つの重要な概念を定性的に理解します。それは、抵抗によって振動が弱まっていく減衰振動と、外部から周期的な力を加えて振動を維持、あるいは増大させる強制振動、そしてその特殊な形である共振です。
10.1. 減衰振動 (Damped Oscillation)
- 定義:実際の振動系には、摩擦力や空気抵抗のような、運動を妨げる力(抵抗力)が必ず存在します。これらの力は、系の力学的エネルギーを熱エネルギーなどに変えて散逸させる、非保存力です。このような抵抗力の影響を受けながら起こる振動を、減衰振動と呼びます。
- エネルギーと振幅の変化:
- 抵抗力は、常に運動と逆向きに働き、負の仕事をします。
- その結果、系の力学的エネルギー \(E\) は、時間と共に単調に減少していきます。
- 単振動のエネルギーは振幅の2乗に比例(\(E = \frac{1}{2}kA^2\))するので、エネルギーが減少するにつれて、振幅 \(A\) もまた、時間と共に徐々に小さくなっていきます。
- 運動の様子:減衰振動の変位-時間グラフを描くと、振動の幅が指数関数的に小さくなりながら、やがて振幅がゼロ(つりあいの位置で静止)に収束していく、美しい曲線を描きます。振動の周期も、抵抗がない場合に比べてわずかに長くなりますが、振幅が小さくなる効果の方が顕著です。
10.2. 強制振動 (Forced Oscillation)
- 定義:減衰していく振動を維持するためには、外部からエネルギーを補給し続ける必要があります。このように、振動系に対して、**外部から周期的な力(駆動する力、Driving Force)**を加えて振動させることを、強制振動と呼びます。
- 例:
- 子供が乗るブランコを、タイミングを合わせて繰り返し押してあげる。
- 地震の際に、地面が周期的に揺れることで、建物が強制的に振動させられる。
- 定常状態:強制振動を始めると、最初は複雑な揺れ方をしますが、やがて時間が経つと、系の振動は安定した状態に落ち着きます。この状態では、物体は、外部から加える力の周期(駆動周期)と同じ周期で、一定の振幅で振動し続けます。このとき、外部から供給されるエネルギーと、抵抗力によって失われるエネルギーが、ちょうどつりあっているのです。
10.3. 共振 (Resonance)
強制振動において、最も劇的で、物理学的に重要な現象が**共振(または共鳴)**です。
- 定義:強制振動の駆動周期を、その振動系が本来持っている固有周期(抵抗がない場合に振動する周期)に近づけていくと、振動の振幅が著しく増大する現象。
- メカニズム:ブランコを押す場面を想像してください。ブランコが最も遠くへ行き、一瞬止まって戻り始める「最適なタイミング」で、毎回力を加えると、ブランコはどんどん大きく揺れます。これは、加える力の位相が、ブランコの固有の運動の位相とぴったり合っており、系が外部からのエネルギーを最も効率的に吸収できるためです。逆に、全く見当違いのタイミングで力を加えると、揺れをかえって打ち消してしまい、振幅は大きくなりません。このように、**駆動周期と固有周期が一致(あるいは非常に近くなる)**と、エネルギーが効果的に蓄積され、振幅が爆発的に増大するのです。これが共振です。
- 共振の応用と危険性:共振は、私たちの身の回りの様々な技術に応用されています。
- 有益な応用:
- ブランコ: 上述の通り。
- 楽器: ギターの胴体やヴァイオリンのボディは、弦の振動と共振して、豊かな音を響かせます。
- ラジオ・テレビの同調: 特定の放送局の電波(特定の周波数の波)に、受信回路の固有周波数を合わせることで、その電波だけを選択的に増幅して受信します。
- 電子レンジ: 食品中の水分子の固有振動数に近い周波数のマイクロ波を照射し、水分子を共振させて激しく振動させ、その運動エネルギー(熱)で食品を温めます。
- 危険な例:
- 橋の崩落: 1940年にアメリカで崩落したタコマナローズ橋は、橋の固有振動数と、風によって生じるカルマン渦の周期が偶然一致し、共振によって巨大なねじれ振動が引き起こされたことが原因とされています。
- 地震による建物の倒壊: 地震の揺れの周期と、建物の固有周期が一致すると、建物は共振して激しく揺れ、倒壊に至る危険性が高まります。建物の耐震設計において、共振を避けることは最も重要な課題の一つです。
- 有益な応用:
共振は、小さな周期的な力が、いかに巨大な効果を生み出しうるかを示す、自然界の普遍的な原理です。理想的な単振動の理解は、このような現実世界の複雑でダイナミックな現象を理解するための、不可欠な第一歩なのです。
Module 9:単振動の動力学とエネルギーの総括:周期運動の普遍的モデルを解明する
本モジュールを通じて、私たちは力学における第三の基本運動形態、「振動」の世界を探求し、その最も根源的なモデルである単振動の物理を、動力学とエネルギーの両面から完全に解き明かしました。
私たちの旅は、単振動を定義づける力の法則、すなわち、つりあいの位置からの変位に比例し、常に中心を向く復元力 \(F=-kx\) から始まりました。この法則を運動方程式に組み込むことで、単振動が**\(a = -\omega^2 x\)** という形の微分方程式によって普遍的に記述されること、そして、その角振動数 \(\omega\) が、系の慣性と復元力の強さの比によって完全に決定されることを見出しました。
この普遍的な方程式を具体的な系に適用し、ばね振り子が厳密な単振動を行うこと、そして驚くべきことに、単振り子もまた「小角近似」という条件下では、極めて良い精度で単振動と見なせることを明らかにしました。これにより、それぞれの系の周期が、\(T=2\pi\sqrt{m/k}\) および \(T=2\pi\sqrt{L/g}\) という、系の物理定数のみに依存する形で与えられることを導きました。
次に、運動方程式の解として、単振動の運動が \(x(t) = A\cos(\omega t + \phi)\) という三角関数で完全に記述されることを学びました。振幅 \(A\) が初期エネルギーを、初期位相 \(\phi\) が開始状態を決定する一方で、周期は振幅によらないという「等時性」の重要性を理解しました。さらに、この抽象的な数式が、等速円運動の正射影という、美しく直感的な幾何学モデルと完全に一致することを発見し、単振動と円運動の間の深い関係性を垣間見ました。
エネルギーの視点からは、復元力が保存力であるため、単振動において力学的エネルギーが保存されることを証明しました。運動エネルギーと位置エネルギーが、その総和 \(E = \frac{1}{2}kA^2\) を一定に保ちながら、互いにその姿を変え続ける様を分析し、エネルギー保存則が、運動の特別な点(最大速度点、転回点)を特定する上で強力なツールとなることを示しました。
最後に、理想の世界から現実の世界へと視野を広げ、抵抗による減衰振動、外部からの力による強制振動、そして特定の周期で揺れが爆発的に増大する共振という、より複雑で、しかし私たちの生活に深く関わる現象を定性的に理解しました。
単振動のモデルは、そのシンプルさにもかかわらず、物理学のあらゆる分野(波動、電磁気学、量子力学)に繰り返し現れる、普遍的なプロトタイプです。この基本モデルをマスターしたことで、あなたは自然界に満ち溢れる、あらゆる周期現象を解き明かすための、本質的な鍵を手に入れたのです。